魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第六十五話

 リリルカ曰く、『クロッゾ』という家名。別名『呪われた魔剣のクロッゾ』『没落した鍛冶貴族』というらしい。

 かつて強力な魔剣を打つ能力で名を上げた一族。だが、ある日を境に魔剣を打つ能力を失ってしまい。以降は完全に没落したと。

完全に没落したと。

 それを聞いた上での俺の感想は、まぁ別に? って感じ。

 魔剣打てないのか。そうかといった感想しか浮かばなかった。

 

 というのもだ、魔剣ってのは馬鹿みたいにお値段の張る代物である。当然、駆け出し相応、ベルがランクアップしたとはいえ、それでもたかが下級冒険者程度の稼ぎでどうにかなる金額の代物ではない。

 当たり前だが、そんなもんが打てようが打てまいが、ベルがその人が制作した防具類を気に入っているなら関係ない。打てたとしても金が無い以上、取引なんてできるはずもない。打てないなら当然取引以前の問題。

 というか、魔剣を打てない魔剣鍛冶師って話なら、なぜファミリア内での扱いが悪いのかがさっぱりわからん。

 その魔剣で何かしでかしたのか? 街を滅ぼしたとか? ヴェルフ自身に何か問題がなければ特に言うことはないんだが。

 

 

 

 

 

「やってきたぜ十一階層っ!」

 

 ダンジョン十一階層。大きく両手を広げて歓喜をあらわにするヴェルフ・クロッゾの背中を眺めつつ、不機嫌そうなリリをなだめる。

 

「リリ、ほら機嫌直して」

「別に、見知らぬ方が居るからと不機嫌になっている積りはありません」

 

 つーんとそっぽを向いたリリ。説得力がない。

 大体の場合、ダンジョン内でリリがベルにアタックしてたとしても見逃してあげてたが、新しい人が入ってきた影響でベルに積極的に関われなくなったとでも思っているのだろう。

 あとは、隠し事であるキューイ関連についても色々と注意された。『ミリア様は警戒心がなさすぎます』と。最低限警戒はしている積りなんだがなぁ。

 

「悪いな二人とも、昨日の今日でこんな無茶聞いてもらって」

「いえ、ヴェルフさんが《鍛冶》のアビリティを手に入れる為っていうなら、契約した僕にも無関係じゃないですし」

 

 《鍛冶》の発展アビリティの有無は鍛冶師にとって死活問題レベルの代物らしい。それを入手できるだけの経験は積んできたが、ランクアップできなくて困ってたというのがヴェルフの現状。そこに協力するの事で、今後契約したベルは《鍛冶》の発展アビリティを得たヴェルフから、高品質な武具を格安で作成依頼できるというわけだ。

 損はない。一時的な戦力増強といった形ではあるが、早々ランクアップなんてできるはずもない。しばらくの間は世話になるだろう事は確実である。

 

「そりゃあ、この人はそれで万々歳でしょうけど」

 

 不満そうなリリを除けば、だが。

 

「だったらご自分のファミリアの人たちと探索すればよろしいのではないですか?」

 

 若干語気の荒いリリのセリフに対し、ヴェルフが微妙そうな表情を浮かべる。まさにその通りの指摘ではあるが、それが出来なかったからこそ、この場にいるのであって。

 

「だからさ、リリ。ヴェルフさんはファミリア内でその……」

「仲間外れなんですよね。ベル様もミリア様もそんな話に絆されて、おまけに新しい防具で買収されて」

 

 良質な鎖帷子を用意してくれたからね。今まで使ってたのがただの重しにしかなってなかったんじゃないかってぐらい、ヴェルフが用意してくれた鎖帷子は上質な物だった。普通に売りにだすなら8000ヴァリスぐらいの値段にするといっていた。それだけ自信があるということだろう。

 

「どうして二人とも相談してくださらないのですか」

 

 あー、そりゃぁ、ベルがリーダーだし? ベルがそうすると決めたのなら、それに従うべきだと思った訳で。少なくとも俺の見立てでは不誠実な糞野郎ではないっぽいし?

 

「そんなに俺が邪魔か、チビ助」

 

 あー、流石にこれだけあからさまに邪険にされれば怒るか。とはいえチビ助は、刺さる。俺にも刺さってる。

 

「チビではありません。リリにはリリルカ・アーデという名前があります」

「おう、じゃあよろしくなリリ助」

「……もういいです」

 

 リリの方が折れたか。まぁどの道ベルがそう選択した以上、パーティメンバーとしてはそれに従う他無い訳だがね。

 

「でもさ、リリ。僕気に入ってるんだ。このヴェルフ・クロッゾさんの作る防具が」

「……? クロッゾっ!? 今、“クロッゾ”と言いましたかっ!?」

 

 リリには言ってなかったな。“クロッゾ”という名に聞き覚えは? としか尋ねなかったし、今回参加したヴェルフが“クロッゾの一族”だとは思わなかったわけか。いや、流れ的に気付くかなって思ってたんだけど。

 

「ミリア様っ! なんでこの人があの呪われし魔剣の一族、没落した鍛冶貴族の方だと教えてくれなかったのですかっ!」

「あー、話の流れ的に気付いてるものだと……」

「なにそれ……?」

 

 道中にそれとなく尋ねただけだから気付かなかったのか。当然ながら、ベルも知らない。そりゃ話す暇なかったしね。

 

「ベル様は知らないんですかっ!? かつて強力な魔剣を打つ能力で名を上げた鍛冶一族それがクロッゾです」

「ある日を境に全ての能力を失ったらしいですよ。今では没落貴族と……あー、ヴェルフさん。今の話はしても平気でしたかね」

 

 いかんいかん、本人の前で話す事はまずいかもと避けてた話題だったわ。

 ただ、それを聞いた本人は肩をすくめるのみ。怒っている訳でもない様子だ。

 

「あぁ、ただの落ちぶれ貴族さ。今はそんなことどうでもいいだろう」

「でも────

 

 リリが何かを言い募ろうとするが、それより前にボコリと地面が隆起する音が響く。一つや二つではなく無数に。キューイ、数は? ざっと二十ぐらい? ちっこいの、えっとインプが14匹。でかいの、オークが7匹ぐらいね了解。

 

「インプ14、オーク7です。計21体、正面インプ14、側面オーク2、背面オーク5」

「っ、多いな。不味くないか。逃げるか?」

 

 怖気づいたというより、安全を考えてのヴェルフの発言。確かに普通のパーティならいったん引く数ではある。まぁ問題はないんだがな。最悪、俺がヴェルフの援護に徹すれば、レベル2になったベルであるなら、話を聞く限りではあるが余裕だろう。

 

「いえ、いきます」

「そうか、じゃあオークは任せろ。あいつなら俺の腕でも当てられる」

「……じゃあリリも微力ながらヴェルフ様の援護を行います」

 

 ふむ、公私を分ける事は問題ないっぽいな。まぁリリはそこらへんはしっかりしてくれる子だしね。

 

「おー、俺が気に食わないんじゃなかったのか」

「……嫌ってるにきまっています。ただ、ベル様とミリア様の邪魔だけはしたくありませんので」

 

 あー、まぁいいか。ベルは数ばっかり取り揃えてきてるインプを、俺は数多めの5匹のオークを、ヴェルフはリリの援護を受けてのオーク2匹を、いっちょやりますかぁ。

 

 ベルが弾丸の様に飛び出して行って、一瞬の内に一匹のインプを切り裂く。瞬く間に一匹が仕留められて──速いなおい。今までの比ではないぐらいに速い。ランクアップを経てあんなに強くなったのか。

 たかが5匹程度のオークならさっくり終わらせないとまずいぞこれは。

 

 

 

 

 

「でぇやぁぁぁっ!!」

 

 動きの鈍い小さなオークを真っ二つに切り裂き、魔石が転がるのを見て安堵の吐息を零す。流石に十一階層ともなれば相応の強さがある。ステイタス的には問題ないだろうが、それでも油断すれば普通に殺される様な階層だ。

 そんな階層のオークをようやく仕留め、二人の様子を見れば、一人で10匹以上のインプを瞬く間に切り裂いて片づけていくベルの姿が目に入ってきた。

 

「すげぇ」

 

 周囲に居たインプが瞬く間に灰になり消えた。流石レベル2と言うわけか。

 

 このパーティの安定性はミリアが説明していた以上だ。ミリアの索敵能力の高さ、リリの的確な補助行動、ベルの戦闘能力。どれも十二分に過ぎる程に高い。

 唯一、ミリアが魔法だよりになりすぎてマインドダウンを多発させていたという欠点があるらしい事を聞いていたが。

 ミリアはどこだろうと視線を巡らせれば、たった一人でオーク5匹に囲まれているミリアの姿を見つけ、慌てて大刀を担いで援護に向かおうとする。

 

「今行くっ」

「待ってください、ミリア様の邪魔をしてはいけません」

「何をっ」

 

 何を言っているのだこのパルゥムは。ミリアは索敵能力に長けた魔法使いだろうに。オーク5匹に囲まれ、すでに接近されている。早く前衛が援護しにいかなくては彼女が危ないだろう。

 そう思いリリ助を睨むが、リリは涼しい顔をしたまま消えずに残った躯を引きずってどかし、ベルの戦闘区域の確保に努めている。

 どうして援護に行こうともしないのか。それの答えはすぐにでた。

 

「『ショットガン・マジック』『リロード』」

 

 分岐詠唱魔法。ミリア本人に聞いた多用している魔法。

 通常の魔法使いなら、詠唱に集中しなくてはならず。モンスターに接近されてしまえばなすすべなく殺されてしまう。しかし、彼女は違った。

 

「『ファイア』ッ!せいっ! 『ファイア』ッ!」

 

 ズゴンとミリアの生み出した指先の魔法陣から放たれたのは無数の魔弾。放射状に無秩序に放たれたその魔弾によって、オークが二匹足を破壊され転倒する者と膝を突くのの二匹。転倒した一匹の喉を剣の切っ先で掻き切り、膝を突いたほうの個体を盾にするようにミリアが滑り込む。──魔法は維持されたままであり、次の瞬間に放たれた二射目が残り三匹のオークの顔を抉る。

 

 上手い、それ以上に当たり前の様に行っている行為。オラリオでも片手の指の数程しか習得している者の居ない魔法使い達が使える様に努力を重ねている並行詠唱を軽々と使いこなす様はすごいの一言。

 直接攻撃系の魔法ではないとはいえ、自身も魔法を覚えてる冒険者の一人。詠唱するのにどれほどの集中力を必要とするかは自分も知っていた。

 それをあんなに簡単に、当たり前の様に使いこなす姿には度肝を抜かれた。

 

「言ったでしょう。ミリア様は平気だと。“あの”第一級魔術師の【九魔姫(ナイン・ヘル)】が認める程の並行詠唱魔法の使い手なのですから」

 

 十二分に過ぎる程の索敵能力に加え、あの並行詠唱と組み合わさった分岐詠唱魔法。あのオラリオ最高峰の魔術師が認めるという言葉も思わず頷ける様な鮮やかな並行詠唱。

 自分が入ったこのパーティは、相当な()()()なのかもしれない。

 

 

 

 

 眼下に広がる戦場を眺め、ガレス・ランドロックは呆れ返るように呟いた。

 

「何を興奮しとるんじゃあ奴らは、あれでは他の者が育たん」

 

 ガレス達が見下ろす戦場。崖の上より見下ろしているのはロキファミリア第二軍メンバーを中心にした者達が囲む戦場。第一級冒険者であるベート・ローガ、ティオネ・ヒリュテ、ティオナ・ヒリュテの三人が他の者たちを置き去りにして激しくモンスターと戦闘を行っている。

 ガレスの指摘通り、あれでは三人以外が介入することができず、他の者たちが育つ事が出来ない。

 半ば呆れた様子のガレスに対し、フィン・ディムナは困ったように呟いた。

 

「どうも、来る途中で見た冒険者に当てられたみたいだ」

「ほぅ、儂が合流する前にそんな活きの良い冒険者が?」

「あぁ、二人もな。ベル・クラネルと、ミリア・ノースリスだ」

 

 リヴェリアが答える間にも、同じく崖の上から戦場を見下ろしていたアイズ・ヴァレンシュタインが顔を上げて呟いた。

 

「私も行く」

 

 呟きと同時にその華奢な体を空に投げる。即座に重力にとらわれた彼女の体は、けれども彼女の発動した魔法によって柔らかに地面に着地する。着地と同時に駆け出し、そのままモンスターの一匹を真っ二つに切り裂いた。

 

「あの子にも火がついてしまったみたいだ」

 

 リヴェリアの感慨深げに呟かれた言葉を聞き、ガレスは肩眉を上げて口を開いた。

 

「ミリア・ノースリスと言えば儂は直接会っとらんが、確かミノタウロスに襲われておったパルゥムだったか。む? パルゥム? フィン、まさかお前……」

 

 長い付き合いで、なおかつフィンの目的を知るドワーフの呟きに対し、フィンは口元に笑みを浮かべた。

 

「そうだよ。彼女を狙ってる。何せ、あの()()()()()()()()()()()が認める程の人物だからね」

 

 ()()()()()()()()()()()という名称が、誰のことを指しているのかを知るガレスが、確認する様にリヴェリアを伺えば、リヴェリアは肩を竦めて頷いた。

 

「ああ、あの戦闘スタイルは、私では真似できないだろうな」

「ほう、リヴェリアが認める程か。何をしていたのだ?」

 

 興味を持った様子のガレスに対し、リヴェリアが答える。

 

「ミノタウロス、それも強化種の討滅だ。あの駆け出し二人で、でだ」

「何? 強化種のミノタウロス? 流石に法螺が過ぎるだろうに」

「嘘じゃないさ。僕たちがこの目で見ていたんだからね」

 

 普通ならあり得ないその偉業に信じられないといった表情のガレスに対し、フィンとリヴェリアがそんな反応をするだろうなと肩を竦めた。

 

「事実だ。ミリア・ノースリス、彼女が魔法で攻撃の威力を相殺し」

「ベル・クラネルがその攻撃を受け流す」

「そしてミリア・ノースリスが隙を魔法で生み出し」

「ベル・クラネルが僅かな傷を与える」

 

 流れるように行われたあの場面を脳裏に描きながらフィンとリヴェリアが交互に言葉を放つ。それに対するガレスの反応はいまいちである。

 

「なんだ、ミリア・ノースリスの魔法がすごいだけではないのか?」

「違うさ、彼女はたった一つの魔法しか使っていない」

「……防御魔法ではないのか?」

「攻撃魔法さ、指先または杖や剣の切っ先に生み出した射出口から、魔弾を放つというシンプルな魔法さ」

 

 フィンの補足された言葉に、今度こそガレスが目を見開いた。

 

「それは、本当なのか? 攻撃魔法でミノタウロスの攻撃の威力を削る? 隙を生み出す? 威力が足らんだろうに」

「あぁ、ミリア・ノースリスだけではなく、ベル・クラネルの方も息が合っていたからこその芸当だったよ」

「最後の瞬間には奥の手らしきものも切っていたしね」

 

 あの光景、最後にミリア・ノースリスを包み込んだ真っ赤な魔法障壁。リヴェリア曰くだが魔法詠唱を伴わないマジックアイテムによる魔法障壁だったらしいそれ。彼女が左腕に装備していた竜鱗の朱手甲の効果であろう物だったが、マジックアイテムに頼ったとはいえ、そのマジックアイテムによる魔法障壁が砕かれれば即死は免れ得なかったであろうあの一撃を前に、堂々と魔法詠唱を完了してみせた精神力の高さも、凄いの一言だ。

 

 フィン・ディムナの求めた理想のパルゥムの女性像がそこにあった。

 欲に溺れぬ高貴さ。困難を前に不敵にほほ笑む大胆さ。才能に満ち、その上で努力を怠らぬ姿勢。どれか一つでも当てはまれば十分だというフィンの理想、それに全てに当て嵌まったのは彼女しかいない。

 

 フィンは口元に笑みを浮かべたまま、目を伏せる。

 

「そうだね、叶うならば()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 

 

 

 

 

 モンスターを一通り片づけたのち、他の冒険者パーティがやってきたのを見計らって休憩を挟んでいるとキューイがわめきだした。

 

「キュイキュイ」

「はい? 誰か来る? 誰が来るんですか? ほかの冒険者?」

 

 ローブの中から聞こえるキューイの声曰く、『なんか怒ってる』『苦しそう』『ヴィルヘルムの方がイケメン』『ヴィルヘルムより弱いけど、ミリアより強い』だとかどうとか。

 意味わかんねぇよ。誰だよそいつ。

 とりあえず周囲を警戒してみるが、リリの近くで一応警戒していた俺の視界には何も映っちゃいない。そりゃ霧でなんも見えんしなぁ。一応リリに警戒する様に伝えとくか。

 

「リリ、何か来るそうです」

「何が来るんでしょうか?」

「えぇっと……さぁ?」

 

 リリが眉間に皺を寄せつつも足元の魔石を拾い集めていく。『何か来る』と言われて『何が来るのか?』と質問したら『さぁ?』って答えたらそうなるよね。

 んでキューイ、本当に何が来るんだ?

 

《出ていけっ!! 此処は俺様の領域だぞっ!!》

 

 っ!? 頭の中に直接響くような怒声が響き渡り、思わず耳を塞いだ。 なんだ今のは、どっかからぶん殴られたみたいな感じだった。明らかにヤバそうだ。

 

「ミリアさま? どうなされたのですか?」

 

 リリは不思議そうに首をかしげている。つまりリリには今の()は聞こえていない? まずいな、これはもしかして────そんな呑気に構えてる余裕は本当になさそうだ。

 

 霧の奥から響いた悲鳴が響き渡る。それから慌てたように()()から全力疾走で逃げようとする先ほどこの階層にやってきた冒険者の姿。何が来たんだ。霧の向こう、大きなそれが目に入った。霧のせいで全体像は見えないが、それでも大きなそいつ。体長4Mに届くほどの小竜。ヴィルヘルムとは違い、翼のないタイプの、けれどもたかが蜥蜴なんて馬鹿に出来ない風格を兼ね備えたそいつ。インファントドラゴンだ。

 

「インファントドラゴンだっ!?」「逃げろぉぉおおっ!!」

 

 走り抜けていく二人の冒険者。前衛らしいプレートアーマーを着込んだ奴と、軽装鎧で身を包んだ奴。そして────逃げ遅れたっぽいローブ姿の魔法使いっぽい奴が、跳ね飛ばされた。というか()()()()()()()()()()

 肉片と骨と内臓と、いろんなものが散弾みたく飛び散り、白い草原を染め上げる。冗談じゃない、レベル1の魔法使い、耐久の低い奴だったんだと思うが、それでもたったの一発で()()()()()()()()

 インファントドラゴン、上層の希少(レア)モンスター。上層には迷宮の孤王(モンスターレックス)というものが存在しないため、実質的に上層の迷宮の孤王(モンスターレックス)扱いされているモンスターである。

 迷宮の孤王(モンスターレックス)の定義が一定周期で必ず出現する同一または近辺階層のモンスターより突出した能力を持つ強大な個体の事を指すがゆえに、めったに姿を見せないインファントドラゴンは実際には迷宮の孤王(モンスターレックス)ではないものの、その能力は迷宮の孤王(モンスターレックス)クラス。

 要するにこの階層で出現するモンスターどころか、下手をすると通常種のミノタウロスを凌ぐ程の能力を持っていることを意味する。

 その攻撃で、魔法使いらしい冒険者が死んだ。そして────その目が此方を見ている。

 

《侵入者、小さき者よ……此処で死ぬが良い》

 

 あ────さっきのどこかから聞こえた声はこのインファントドラゴンの声だったのか。そうかそうか、キューイも竜種、ヴィルヘルムも竜種、そしてインファントドラゴンもまた竜種だ。つまり俺は竜種の言葉が理解できるわけか。なるほどー、なんてのんきに現実逃避。

 

「ミリアっ! リリっ!」「逃げろっ!」

 

 ベルとヴェルフの言葉にぶん殴られ、同じく硬直していたリリの腕を掴んで走る。

 

「リリっ! 逃げるわっ!」

 

 リリの腕を掴んで走り出して────俺とリリのステイタス差を意識していなかったせいか、リリがこけた。俺が引っ張ってしまった所為だろう。リリの敏捷は高くない。俺の敏捷はそこそこ高い。それが仇となった。

 転倒し、バックパックに押しつぶされるリリ。普通ならばそんなどでかいバックパックなんて背負った状態で前向きに転倒すりゃ荷物に押しつぶされて死ぬが、リリはスキル上問題はない。問題はないが──インファントドラゴンから逃げてる途中なので大問題である。

 このままだとリリが死ぬ。慌ててリリをかばう様にインファントドラゴンの前に飛び出す。

 

「『ライフル・マジック』ッ!!」

 

 想像したのは対物ライフル。英名ではanti-materiel rifle(アンチマテリアルライフル)と呼ばれるタイプの、通常のライフルに比べると大型の代物。

 簡単に言えば()()()()ではなく()()()()()である。旧名が『対戦車ライフル』と言えばわかるはずだ。シモノフPTRS1941という銃をイメージ。

 対戦車ライフルと言えば、数km先に居た兵士に当てたらその兵士を真っ二つにしたとかいう逸話がある。といえば、その威力は想像に容易いだろう。

 

 ドシドシとすさまじい重量を感じさせる足音が近づいてくるのに思わず怯むが、歯を食いしばる。どの道、リリの敏捷では逃げ切れない。此処で仕留めなくては。

 

「『リロード』ッ!!」

 

 装填するのは14.5×11mm弾。対戦車ライフル用に開発された弾薬で、後に航空機用の重機関銃の弾薬としても採用されることになった代物。その上で弾種はDGE02、HEIAP弾薬(徹甲焼夷榴弾)に分類される物。

 射距離800mにおいて、90%の確率で15mmの装甲板を貫通可能とされている代物であるわけで、要するに威力は十二分のはずだ。上層のドラゴンの鱗でも──効くか?

 

「『ファイア』ッ!!」

 

 右手に持っていた竜血の剣の切っ先より放たれたのは今までの比ではないほどの大きさの魔弾。指先処か刀身とほぼ同じ大きさの魔弾。瞬く間にインファントドラゴンの眉間にぶち当たり────魔弾があっけなく砕け散って消えた。

 

「嘘でしょっ!?」

 

 込められるものすべてを込めた一撃が、あっけなく弾かれた。其の上でインファントドラゴンは嘲笑った。

 

《愚かなる者よ、此処で死ね》

 

 その強靭な肉体が一瞬だけ小さくなった。様に見えた。違う、跳躍する為に身をかがめているのだ。そう気づいた時には既にインファントドラゴンは跳躍していた。飛んだ、訳ではない。跳んだ。

 大きさから言ってその重量はトン単位なのは間違いない。その巨体が軽々と跳躍して此方を踏みつぶそうとしてきている。避ける? リリが立ち上がって悲鳴を上げかけている。つぶされる? まぁ痛みはなさそうだ。感じる前に潰れるだろうし。

 

 あぁ、もっと早くに逃げてれば良かったな。阿保みたいな後悔を抱いて────ベルの魔法の光が目の前を通り過ぎた。

 

「『ファイアァボルトォ』ッ!!」

 

 笑っちまう光景だ。ついさっきまで目の前で、跳躍の果てに俺とリリを踏み潰すはずだったその巨体が、消えた。いや、首から上が消し飛んで、降り注いだのは灰となった元インファントドラゴン。

 一瞬、理解が追い付かなくてリリと共に阿保みたいに口を開けたまま驚いていたら、インファントドラゴンの物らしい魔石が音を立てて地面に落ちてきた。

 

 そこで漸く情報を処理しはじめた所で、胸元からキューイが顔を出してパクリと何かを食べた。

 

「キュイ」

 

 不味い。というキューイの呟きが耳に残る程の静寂。呆けたままインファントドラゴンの魔石を眺める。握り拳よりもなお大きい魔石。これ一つでいくらになるのやらと一瞬考えが明後日の方向に向かいかけて、即座に自分の頬をひっぱたいた。

 

 ベルの魔法で、たった、たったの一撃で、インファントドラゴンが消し飛んだ。

 何を言っているのかわからないだろう。俺にも何が起きたのかわかりゃしない。

 

 ただ一つ言えるのは、もう俺の魔法ではベルの一撃に追いつけないってことだけだ。

 




 オリ主の苦悩が増える増える。

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