魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
あぁ、悔しい。悔しいが俺は弱い。泣いても、喚いても、俺は弱いのだ。俺の魔法ではインファントドラゴンの鱗を貫けない。俺の剣ではそもそもインファントドラゴンに当てられない。
そりゃぁ『弱き者』呼ばわりも仕方ないよなぁ。
それで、納得できるかって話なんだが。
目の前、
神ガネーシャの許可を取り封印を解除してみれば、小型犬サイズだったインファントドラゴンはみるみる大きくなり、翼が失われ、本来の姿を取り戻した。
状況は至ってシンプルだ。神ガネーシャを説き伏せて、俺はインファントドラゴンと戦うと決めた。もし、俺が死にそうになった場合は即座に周囲で警戒している団員が割って入ってくるそうだが、間に合わない可能性の方が高いときっぱり言われたし。ヴィルヘルムからは《人には誇りなんぞ無いか》等と侮蔑の言葉を頂いたが。キューイは『死にたいの? 馬鹿なの?』と小馬鹿にされるし。
だが、それも納得ができる。
日差しの元で見ると、随分と美しい竜だ。いや、キューイもヴィルヘルムもそうだが、竜とは美しい生き物だ。誇り高く、気高い、生物としての強者。
その鱗は生半可な魔法や剣では傷一つ付けられず。その強靭な肉体は相応の力を持たねばびくともしない。知性にも満ちており、あのポンコツ気味なキューイを見ているとそうは思えないが、ヴィルヘルムを見ればそれは分かる。
あのダンジョン内で狂った様に襲い掛かってきた姿が、間違いだったのではないかと思える程に、其処に座すインファントドラゴンは美しかった。
もちろん、恐怖もある。だがその畏怖とも呼べるそれは、ただ恐ろしいのではなく、恐ろしくとも美しいという、不可思議な感想を抱くものだ。
その姿の前で、俺は震えながら立っていた。
《諦めろ
その言葉に、腹の奥から湧き上がる怒りと、同時に頭に冷や水をぶっかけたかの様に冷静さに囚われる。
《もう一度言う。俺様は
目の前の体長4Mにも届きうる巨体。上層では破格な大きさを持つそいつだが、下層ではワイバーンであるヴィルヘルムに追いつかれる程度の大きさでしかない。能力もヴィルヘルムには遠く届かないはずなのだが、それは何の慰めにもならない。俺より強大なのは変わりないからだ。
それでも、俺がこいつを倒せなくては────ベルに追いつけない。
「ご心配どうもありがとうございます。ですが、その心配は不要です」
できる限り強がりを口にする。足は震えるし、魔法が通用するかどうかもわからない。それでも、此処を突破しなくては、いけない。
無論、無茶なのはわかる。だが、それでもしなければならない。いや、したい。此処でこいつをぶっ倒して、俺もベルに追いつけるのだと証明したい。言ってしまえば我儘な訳で。
《愚かなる者よ。良いだろう、加減は無用だ。この俺様を──殺してみせよ》
そういうと、インファントドラゴンはゆっくりとした動きで姿勢を落とす。この動きは知っている。あのとびかかり攻撃だ。だが──今回は前とは一味違う。今回は──ちょっと魔法を変えてみる。
「『ピストル・マジック』っ!」
想像したのは、カンプピストーレと呼ばれる拳銃。正式名称は『ワルサー・カンプピストーレ』と呼ばれる“戦闘拳銃”だ。
簡単に言うと拳銃型の
インファントドラゴンはゆっくりとした動きをしている。まるで此方を嘗め腐ったかの様な────違う。完全に嘗めてるのだ。そうでなきゃあんなゆっくりとした動きはしやしない。
馬鹿にしやがって。今に見てろ、泡吹かせてやる。
「『リロード』っ!!」
想像するのは26.6mm対戦車榴弾。たかが14.5㎜程度しかないライフル弾なんて目じゃない。
イメージを込められるだけ込めた影響か、刀身側部に現れた結晶体はバチバチと放電している。まるで
目の前のインファントドラゴンは未だに姿勢を低くしたまま、こちらの様子を伺っている。嘗めるな、此処でそのきれいな顔を吹っ飛ばしてやるっ!
「『ファイア』っ!!」
ボシュッと気の抜ける様な音と共に、弾丸とは思えない程巨大な小さな砲弾じみた光の塊がインファントドラゴンの頭めがけて一直線に飛ぶ。目を細め、その様子を眺めるインファントドラゴン。回避する気は一切無いらしい。
キューイとヴィルヘルムの言った通りだ。インファントドラゴンは
まっすぐ、若干放物線を描き、飛翔する榴弾は、狙い違わずインファントドラゴンの眉間にぶち当たり。凄まじい爆発音を響かせた。爆炎が巻き起こり、次の瞬間には爆風で土が舞い上がり視界を塞ぐ。
どうだ、この威力ならお前の驕り切った顔を吹っ飛ばして────
《この程度か》
ははっ……嘘だ────土煙が吹き荒れ、次の瞬間には目の前にインファントドラゴンの手があった。後ろに下がる? 足が竦んで動かない。助けを求める? もう遅すぎる。このまま、潰され────
意識を失っていたのは、数秒か、数分か。周囲から聞こえるガネーシャファミリアの団員の呼びかけで、うっすらと意識が覚醒する。
大丈夫か、無事か、等と叫ぶ声が聞こえる。体にのしかかる圧迫感に息が詰まり、なんとか目を開ければ──目の前にインファントドラゴンの顔があった。
竜の吐息が顔全体あたり、生物特有の生臭さの残る吐息に咽かけ、自身がインファントドラゴンの右足の下敷きになっているのに気が付いて息を呑んだ。
《死んでいないな? 殺さずに居るのは加減が難しい。言っただろう、お前では敵わぬと》
なんで、殺されていない。体は、絶妙に動けない程度に押さえつけられていて身動きができない。
《貴様が死ねば、俺様はまた
なるほど、彼の魂を捕えている俺が死ねば、こいつはあのダンジョンに戻る訳か。なんでそうなるのかは知らんし、どうせ答える気もないんだろう。というか、効果なかったのか。
《
────は?
《貴様は弱い。弱過ぎる。お前が死ねば、俺様はあの場所へと戻るのだ。だというのに》
何を言ってるんだこいつは。
《貴様が死なぬ様、俺様が守ってやると言っているのだ。意味は理解できるだろう?》
それは……。
こいつの言いたい事は、つまるところこいつがあのダンジョンに戻らなくても良い様に、危機から俺を守ってくれるという話。無論、俺にとって都合の良い条件ではない。簡単に言えば
わざわざ危険なダンジョンに潜る? そんな事はさせない。安全な場所で、危険の無い場所で、危険をすべて排除し、純粋培養する様に、俺を
もし、此処で頷くなら、そうしてやる。そんな風に言われた。
《それでも、まだ挑む気があるのならその時は────》
圧し掛かる重さが急激に増していく。ギリギリとした音から、ミシリミシリと骨の軋む音へ変わっていく。圧迫感で息が詰まり、呼吸ができない。顔に当たるインファントドラゴンの吐息と、目の前に迫る顎。
至近距離、キスすら出来る様な距離で、まっすぐに向けられる殺気。吐き気を催し、押さえつけられていて吐くこともできない。苦しさと、圧迫されて血流が悪くなっているのか視界が暗くなっていく。
《────次は確実に殺す。
糞が、なんでこんなに俺は────弱いんだよ。
目を覚ますと、神ガネーシャが腕組をしていた。場所は、円形闘技場の医務室。
あの時、ガネーシャファミリアの団員は、完全に間に合わなかったらしい。インファントドラゴンの予想外の動きの所為で、などと言っていた。
どうやら、インファントドラゴンが跳躍によって攻撃するのは珍しいらしい。
「それで、此方で責任をもって始末するのも構わないぞ。その代わり、あのインファントドラゴンはもう呼び出さないと誓ってくれないだろうか」
制御できないのであれば始末せざるをえない。危険すぎるのだ。
あのインファントドラゴンがオラリオ内部で暴れまわれば、第一級冒険者が到着するまでに、どれ程の被害がでるのか。
今はあの中央の舞台の上で大人しく空を見上げているが、いつ暴れだすのかもわからない。
「神ガネーシャ……」
「あとはこの俺、ガネーシャに任せておけ」
だからこそ、ガネーシャファミリアの団員に手伝ってもらうべきなのだろう。
だが、それでいいのか? 確かに、勝てないだろう。少なくとも、俺の打てる手は全部打ち切った。其の上で勝てないのなら、もう諦める他無いだろう。
それに、あと本の少しの偉業のエクセリアについては、別の機会を探せばいい。小指の先程足りないだけなのだから、その機会に巡り合えるまで、もう少し自分を鍛えれば、それで……いい。
「キュイキュイ? キュイ」
勝てないってわかった? それが普通だよ。
ベッドに腰掛けて悩んでいれば、キューイがローブの裾から這い上がってきて小馬鹿にした様に言い放った。
それが、普通かぁ。そうだよなぁ。
でも、追いつきたい相手が普通じゃなければ?
ほら見てみろ。俺が追い付きたい、相手は、
「普通じゃ、ダメですよ」
「……少し、席を外そう。今は監視に留めておく。もし決めたのなら、声をかけてくれ」
気を利かせてくれたのか。神ガネーシャが部屋を出て行き、見守ってくれていた団員の人も廊下で待機しているから何かあれば声をかけてくれと言って部屋を出て行った。
残っているのは俺と、キューイの一人と一匹。
「キュイキュイ」
何を悩んでるの? か。
「インファントドラゴンは、私を飼い殺しにしたいそうです」
俺が死ねば、ダンジョンに逆戻りになる。それは嫌だから、安全な場所で、檻に入れて、水と餌を与え、生きているだけで構わないと。安全は確保してやる。水と餌も確保してやる。病気にならない様に面倒も見てやる。
完全に、此方を格下としてしか見ていない、そんな提案。
嫌に決まってるだろ。でも、それに抗える程の力は、無い。
「キュイキュイ? キュイキュイ」
そうなんだ。それで、従うの? 従わないなら頑張らなきゃね。って、簡単に言うなこいつは。
「そんな簡単に
「キュイ? キュイキュイ? キュイ」
勝つ?
「私が戦っていないと?」
「
速攻で肯定しやがった。ふざけんな、さっき俺は死にかけて────
「
──────。
「
────。
「
──。
言いたい事は、理解できた。
インファントドラゴンが最後の一線を越えなかったのも、多分それが理由。
何せ、ガネーシャファミリアが
だが、もしその条件がなければ。俺は死んでいただろう。
「無理でしょう。だって、私の攻撃は彼に通じませんし」
「キュイ?」
なんでって、意味わかんないよ。勝てないよ、攻撃が通じないんだぞ。どうすりゃいいんだよ……。
「キュイキュイ?」
追いつきたくないの? 追いつきたいに決まってんだろ。どうしろってんだよ……。
「キュイ? キュイ? キュイキュイ?」
本気で闘う気はある? 無理だから諦める? ミリアはどうしたいの?
俺は────ある。本気で、追いつきたいから、追いつくために戦う必要があるなら。戦おう。
「でも、攻撃が通じないのに、本気で戦っても死ぬだけでは?」
「キュ? キュイキュイ」
え? そんなの知らないよ。ってこいつは、発破だけかけて後は放置かよ……。
「キュイ、キュイキュイ。キュイ」
そういえば、あの時不味そうな虫を一撃で吹っ飛ばした技。使わないの?
不味そうな虫?
「本気で言っているのか?」
「はい」
神ガネーシャは目の前で見上げてくる金髪のパルゥムの少女、ミリア・ノースリスの言った言葉が信じられずに再三の問いかけを投げかける。返答は全く同じモノであった。
「次、私が戦う際には──ガネーシャファミリアの補助は必要ありません」
ミリア・ノースリスが危機的状況に陥った場合、円形闘技場の中央広間を等間隔で囲っているガネーシャファミリアの精鋭がミリア・ノースリスを助ける。そういった条件を以てしての戦闘は許可した。もし彼女が死ねば神ヘスティアを悲しませることになる。それを避ける為の最低限の条件。
その条件を変更してほしいと、ミリア・ノースリスから提案してきた。
「……許可できない」
「お願いします」
頭を下げる彼女の姿に言葉を失い、すぐに彼女を見下ろして神威を放ってもう一度よく聞こえる様に言い放つ。
「許可は、出来ない」
「お願いします」
神威を受けてなお、怯みもせずに言い放つその姿に心が揺らぐ。だが、神ガネーシャは此処でミリア・ノースリスに許可を出すわけにはいかないのだ。
「神ヘスティアから、ミリア・ノースリスの身の安全を確保した上で協力するという契約になっている。先程の戦闘も、我がファミリアの精鋭が見守る中で行うからこそ、許可を出したのであってだな」
「神ガネーシャ。あの方法ではインファントドラゴンは私を認めません」
他の、強い者に守られたまま。危機的状況に陥ったら助けてもらえるなんて甘ったれた状況で、彼を倒せたとしても、決して彼はそれを認めない。認めるわけにはいかない。だからこそ、此処で、ミリア・ノースリス一人の力で倒す必要がある。当然、負ければ死を意味する事である。
「ミリア・ノースリス。もう一度言う。それは出来ない」
「……お願いします」
神ガネーシャは思わず腕組をし、深々と吐息を零した。
目の前で頭を下げる彼女の固い決意は、どれだけ言葉をぶつけても決して揺るがないだろう。それがわかる為に、ここで許可を出したいという思いもある。
もし、もしも彼女が自身の眷属であったのなら。迷わず許可を出しただろう。それ程までに彼女は固い決意を抱いている。だが、彼女は決して自身の眷属ではない。神ヘスティアから借り受けているという扱いなのだ。
「……ミリア・ノースリス。お前が死ねば神ヘスティアが悲しむぞ」
「……お願いします」
「ここでいうのもなんだが。この俺、ガネーシャも、最近眷属を失ってな」
「…………お願いします」
「あぁ、お前も知っているだろう。彼女、キューイの世話役として紹介した彼だ」
「………………お願いします」
「名を、ハシャーナ・ドルリアと言ってだな」
「………………っ」
「ここだけの話だ。泣いたさ」
団員を失う悲しみを味わうには、神ヘスティアは早すぎる。
「神ヘスティアを、泣かせる積りか」
「………………」
彼女が、顔を上げた。その表情を見て、確信した。神ヘスティアへ頭を下げねばならぬと。
円形闘技場中央部、周囲三百六十度全てから均等に見下ろせるど派手な舞台。
観客数は、神が一人、護衛が三人とそしてワイバーンが1匹。
中央に立つ主役は灰色の鱗を日の光で輝かせる一匹の小竜。
挑む参加者は、ローブ姿に右手に赤色の皮手袋。左手に竜鱗の朱手甲。手には右手に剣、左手に杖という変則型。小さい体躯はヒューマンで言えば4~5歳程でしかないパルゥムの少女。
頭には緋色の幼竜を乗せ、不敵な表情を浮かべて主役の前に立つ。
「貴方に闘いを申し込みます」
日の光を思う存分浴び、日光浴と洒落込んでいたインファントドラゴンも、周囲で見張っていた人間達が訝しげな表情をしながらも引いて行ったのを見ていたが故に、彼女、ミリア・ノースリスのこれから行う宣言についても理解している。其の上で、彼はゆっくりとした動きでミリア・ノースリスを見下ろして言葉を放つ。
《今度は、安全な場所は無いぞ。どこかに隠れている者に助けて貰おう等と考えているのなら。やめておけ、次は殺すと言ったはずだ》
「いえ、次の勝負は
優雅に一礼し、怯む事なく堂々と胸を張りたたずむ姿を見せるミリアに、彼は首を横に振る。
《無礼を許せ。本気でくるのだな》
「此方も、先程の非礼を詫びましょう。ごめんなさい」
インファントドラゴンは目礼を、ミリア・ノースリスは深々とした礼を、互いに謝罪を交わし合い。顔を上げる。
《それで、本気で
「構いません。私が負けたら、
不敵な笑みと共に、ミリア・ノースリスが腰を落とす。
今度は、合図は無い。既に闘いは始まっている。油断なく、けれども大胆に、インファントドラゴンは悠長に構える。強者故の驕りを以て、目の前の
神ガネーシャに頭を下げ、土下座する勢いで頼み込み。この場を用意した。
目の前には灰色の小竜。その小竜ですら、俺を一飲みにできるぐらいに大きい。普通の竜がどの程度の大きさなのか考えたくないぐらいだ。だが、今考えるのは目の前の
次、負ければ。死ぬ。だが、宣言した通りだ。
そして、このインファントドラゴンは、強者故の驕りを持っている。むしろ
弱者相手に全力を出す。獅子は兎を捕えるにも全力を尽くす。簡単な事にも手を抜かないなんてことわざがあるが、竜にはそれが通じない。強いのだから、驕れ、それが竜の在り方である。
そして、その在り方が許される程の強者なのが竜という生き物、らしい。キューイ曰く。
簡単な話だ、このインファントドラゴンは、
弱者の攻撃を真正面から受け止め、砕き、そして反撃にて一撃にて屠る。その在り方こそが、竜の誇りなのだと。
人にとってはくだらない誇りだが、その誇りの在り方が
なら、其処を全力で突かせて貰おうじゃないか。弱者と、愚か者と罵られる程度の雑魚でしかない俺でも、竜に届きうる力を持っていると、此処で証明すればいい。
「『ピストル・マジック』」
想像するのは、先程も失敗したカンプ・ピストル。26.6㎜の榴弾を単発発射する頑丈な機構。ただ頑丈さだけを想像しておく。これからやる事がどれ程の無茶なのか。考えたくもない。いや、考えるだけ無駄だ。
「『リロード』」
想像するのは26.6㎜対戦車榴弾の
さて、此処からが勝負の決め所である。失敗は、死を意味する。
「『
二度目の
これに気付いたのはついさっきだ。
あの威力を考えると、今の魔法の威力はだいぶ低いのではないか? あの時、どうやって俺は威力を引き上げたのか。考えてみれば単純な話であった。
『ショットガン・マジック』から『リロード』して、一度解除。マガジンは装填されたままの所に『ピストル・マジック』からさらに『リロード』を重ねたのだ。その結果
だとするのなら、もし、もしも俺の想定が正解だというのなら。マガジン三つ分をたった一発の榴弾に込めたらどうなるのか? その答え合わせを、今から行う訳だ。
右手に持つ剣から、盛大に火花が散りだす。バチバチィッという異音と共に、剣に罅が入った。キューイの血によって魔法の媒体にまで昇華された剣でも、込められた魔力の量に耐え切れないらしい。だが、後一マガジン捻じ込む積りなのだ。もう少し耐えてくれ。
「キュイッ!」
キューイが、周りに血をまき散らし始める。キューイの血が俺の手や剣、足元にぶちまけられ、ぶちまけられた瞬間に魔力に反応して発光しだす。疑似的な魔法陣の様に、歪な円形の血で描かれた魔法陣が俺を中心に出来上がる。さて、もう一マガジン捻じ込もうか。
「『リロー……ド』っ!」
マガジンを捻じ込む事には成功した。したが、一瞬で視界が歪む。ぐにゃぐにゃと揺れる視界の中、手の中で風船が破裂しかけているかのような、不可思議な感触。溢れ出る水を必死にせき止めようと意識を其方に向けようとして、すとんと膝が落ちた。インファントドラゴンの方に向けていたはずの剣は、いつの間にか地面とキスしている。なんとか
腕の中で暴れ狂う様な魔力の奔流を大人しくさせるので手一杯で、視界もぐにゃぐにゃと歪んでいてそもそも狙いも付けられなくて、ほんの少しだけ魔力が漏れたなと感じた瞬間に、左肩から血が噴き出した。服の中がどうなっているのかわからないが、
「『キュイ』っ」
キューイの『レッサーヒール』によって傷が癒える。次の瞬間、超至近距離で火柱が上がった。漏れ出た魔力が暴走し始めている。制御しなくてはならない。
右足が直撃したのか、じゅうじゅうと焼ける音を立てて右足が激痛を訴えてくる。キューイが回復魔法で癒してくれるが、回復量が足りていない。
コヒュゥという不思議な音と共に、足元が凍り付いていく。漏れ出た魔力が無差別に炎になったり、凍り付かせたり、風の刃となったり。気が付けば俺を中心に無差別な魔法の嵐が発生していた。
炎が瞬き、氷が飛翔し、風が刃となり、大地が隆起する。まるで天変地異のさなかに囚われたかの様な感覚だが、腕の中で抱えきれなかった魔力が減った事で制御できるようになってきた。
だが、こんな魔力量の榴弾ではだめだ。レベル差二つを乗り越えるには、足りない。
「『リ……ロー……ド』」
もう一度、二マガジン分にまで減ってしまった所に、マガジンをもう一つ捻じ込む。
無茶苦茶言ってる。並行詠唱の難しさっていうのは、多分これの事だ。今すぐにでもイグニスファトゥスしそうなぐらいに暴れまわる魔力を抑えながら、狙いを定めなくてはならない。
まるで荒れ狂う波の中で、針に糸を通しながら、狙撃を成功させろと言っている様な感覚。だが、成功しなけりゃ、死が待っている。
《……愚かな、自滅で終わる積りか》
声が聞こえる。ちょっと待ってろ、今このじゃじゃ馬な魔力を抑え込んで、テメェにぶつけてやる。さんざん弱いだのなんだの好き勝手言いやがって。
《…………哀れな。仕方がない。このまま自滅されても面白くない》
うるさいっつってんだろ。黙ってろ。今お前にプレゼントしてやるからな。いや、黙るな。何処に居るのか見えないんだよ。歪む視界の所為で狙いが定まらん。ゆっくりと腕を持ち上げて──魔力が漏れ出て火柱になってしまった。もう一度リロードしなくては。
《俺様が殺す前に、死にそうではないか。はぁ、もういい
ずしりと、歪む視界の中で巨体が動いてるのが見えた。其処に居たのか。わかるぞ、其処に居るんだな。よしもう一マガジン捻じ込んで、魔力が漏れ切る前に、ぶち込まなくては。
《…………哀れなる者よ、此処で死ね》
「『リロ……ードォ』っ!!」
早く引き金を引け。また魔力が零れ落ちた。風の刃が俺の体を傷つける。馬鹿野郎、額でも切れたのか血の所為で前が見えない。これじゃ狙いが定まらん。もともとぐにゃぐにゃの歪む視界だ、大した違いはない。
ずんっと跳躍する音、此方に向かってくる大質量の物体。感じた、このままだと潰されると。けれども、それでいい。もう狙いなんてつける事が出来ない。だから、とりあえず腕を持ち上げて、その質量の方に向けたまま、一気にマガジンを捻じ込んで、引き金を引こう。
其処に居るのか? 今プレゼントしてやるから、
「『ファイア』ッ」
硬質な金属の弾ける音と共に、巨大な光の玉が射出され────目の前に迫ってきていたインファントドラゴンの口の中にぶち込まれた。
爆発、衝撃。吹き飛んで────意識を失った。
リロードは一回まで。だれがそう決めたんですかねぇ……。
『一マガジンを一発としてぶち込む』というのが聞かないなら、『三マガジンを一発としてぶっ放す』という無茶しでかそうってのが今回の発想。
半ばイグニスファトゥスしながら魔法ぶっぱとかいう頭のおかしい魔法使いになってしまったが。威力はピカ一だぞ……。
フィリア祭の際にリリを助けたシーン。中層のモンスターの上半身消し飛ばす一撃を放っておきながら、以降なんか威力不足してね? って感じた人。大正解。
普段のイメージは『リロード』の詠唱と共に、前のマガジンを放り捨てる感じ。要するに『余った弾倉を外す→新しい弾倉を装填する』というイメージを無意識にしてたのを『既に弾倉が入ってる所にもう一個捻じ込む』とかいう頭のおかしい発想より完成形。
技名は『オーバーリロード』にでもなるんじゃないですかね(投げやり)