魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第七十四話

 ダンジョン十三階層。中層を嘗めていた等という事は決してない。無かったはずだ。

 万全の準備を行い、レベル2になって挑んだ中層域。

 

 油断してはいなかった。けれども、ダンジョンは甘くはない。

 

 洞窟を思わせる雰囲気の通路を走る仲間の背を追いながらも、後ろを振り向けば数匹のアルミラージの姿が確認できた。

 桜花に背負われた千草の肩には、アルミラージがよく手にしている石の斧が深々と突き刺さっている。出血を抑える為に包帯で固定されているのみで、碌な治療が行われておらず、滴る血が道に点々と零れ落ちる。

 その滴る血の痕跡が、モンスターの追跡を撒くのを阻害している。千草を見捨てるか、モンスターを掃滅するかのどちらかをしなくては、このままではモンスターに追いつかれて全滅してしまう。

 それ以前に、出血によって千草の顔色は既に青褪め始めており、このままでは長くは持たない事が伺える。

 

 もっと自分がしっかりしていれば、歯噛みしながらも振り向き反転。真っすぐ走ってくるアルミラージを居合の一太刀で斬り捨てる。残る一匹も突きで対処して────他のアルミラージに隠れる様に潜んでいた一匹が真っすぐ突っ込んでくる。

 しまった、そう思った時には刀はアルミラージに突き刺さり、直ぐには抜けなくなってしまった。刀を引き戻そうとするも、それよりも早く隠れていた一匹が目の前に迫る。

 

「ミコトっ!!」

 

 桜花の焦る声。あぁ、私はなんてしょうもないミスをしでかしてしまったのだろうか。焦りか、それとも油断か、あれだけの数のモンスターから逃げているさ中に、追ってきているのが三匹だけしかいない事に違和感を覚えるべきだった。

 眼前に迫る鋭い角、顔の中心を穿つのに十分な威力と鋭さを伴った突進だ。即死か、運が良ければ重傷で済むか。どちらにせよ私は此処でお終いだ。

 

 脳裏に浮かんだ主神の姿に謝罪した。時の流れが遅くなったかのように感じ、走馬燈が駆け抜けていく。せめて桜花達だけでも助かってほしい。そう思いながらも目を瞑る事だけはせずにアルミラージを睨み────唐突に響いた幼い少女の声と共に、今まさに自分の顔を穿とうとしていたアルミラージが吹き飛んだ。

 

「『ファイア』ッ!」

 

 吹き飛び、壁にたたきつけられて動きを止めたアルミラージを見て、ようやく自分がまた生きている事に気付いて腰が崩れ落ちかけた。

 

「ミコトっ! 無事かっ!」

 

 桜花の焦る声、此処で座り込んでいる暇はない。現にモンスターの声は未だに響いている。

 

「あ、あぁ。なんとか……それより、今のはいったい」

 

 幼い声に聞き覚えは無く。自分の仲間ではない誰かだというのはわかる。いったいどこから、そう疑問を覚えて周囲を見回せば、遠く離れた通路の分岐路にオラリオの一般的魔法使いの様な格好をした、けれどもどこか違和感を感じさせる小柄な人物がとんがり帽子を片手で押さえつつ此方を見ていた。

 

「貴女は……」

押し付けるか

「っ! 桜花殿っ!?」

 

 助けてくれたらしき人物に、まさかモンスターを押し付ける様な事は出来ない。桜花の呟きに思わず桜花を見れば、彼は苦々し気な表情でつぶやいた。

 

「このままじゃ千草がもたない。どっかで治療しないといけない」

 

 千草はモンスターに追われていて応急処置すらできていない。確かにその通りだが、押し付けるのは……。

 迷いながらもその小柄な人物の方を伺えば、その人物は声をかけてきた。

 

「此方ヘスティアファミリア、ミリア・ノースリスです。其方の惨状についてある程度理解しています。ファミリア名を名乗って頂いてよろしいでしょうか」

 

 その人物の言葉に思わず目を見開いた。

 

 ヘスティアファミリア、それは最近有名になったファミリアでもあり、タケミカヅチ様からも聞いた事があるファミリアでもあった。

 世界最速兎(レコードホルダー)、そして竜を従える者(ドラゴンテイマー)。オラリオでも別格な有名人の所属するファミリア。そして、神タケミカヅチと交流のある神が主神を務めているファミリアだ。

 

「っ!? こちらタケミカヅチファミリアっ! タケミカヅチファミリアだっ! 主神同士の誼みで助けを求めたいっ!」

 

 即応で桜花が声をかければ、小柄な人物。ミリア・ノースリスは軽く驚いてから大きく杖の様な、槍の様な珍妙な武器を振って答を返してきた。

 

「この先のルームで防衛線の準備を行っています。応急処置も其処で行う積りですので共闘の意思ありならば此方に来てください」

 

 桜花と顔を合わせ、頷き合う。この状況での救援。蜘蛛の糸にもすがりたい状況であったのだ、感謝してもしきれない。

 

「わかったっ! そっちに向かうっ!」

「灰色のワイバーンと、赤色のワイバーンは私の調教(テイム)済みの仲間ですので攻撃しない様に、それと後方から来る敵は私に任せて先に行って」

 

 そういうと彼女は杖の様な槍を構え、魔法を詠唱しはじめ──すぐに攻撃を開始していた。

 

「『ピストル・マジック』『リロード』『ファイア』!」

 

 後ろを振り返れば、遠くの方に見えたモンスターが灰になって崩れ落ちる姿が確認できる。あの距離から的確に魔法を当てた事に驚きつつも、桜花達と共に彼女の横を走り抜ける。

 通り過ぎるさ中、彼女はそのまま私たちの隊列の後ろにピタリと張り付いて走っているのを確認してから前を見据え──後ろで響いた詠唱に思わず再度後ろを振り向いた。

 

「『ファイア』『ファイア』……数が多いわ。ヴァンっ、適当に足止めお願い」

 

 並行詠唱。走りながら、当たり前の様に行われた行為に目を見開き、驚いていると前を走っていた桜花の驚きの声が聞こえ、前を向けば灰色の何かが自身の真横をすり抜けていった。

 モンスターかと驚いてその灰色の何かの姿を追う。目に飛び込んできたのは灰色の小柄なワイバーンの姿。

 

 ミリア・ノースリス殿の言っていた調教(テイム)済みのワイバーンであろうそれ。

 

 後方、アルミラージとヘルハウンドの群れの中に恐れを知らずに真っすぐ突撃し、その群れを散り散りに粉砕して即座に跳躍と滑空をしてミリア殿の横に並走しはじめる。

 ミリアが口元に笑みを浮かべてそのワイバーンをほめれば、何でもないとでもいう様に唸り声を上げるワイバーン。オラリオで流れていた噂が真実と知り、目を剥いて驚いていると、ミリア殿はこちらを見て口を開いた。

 

「一応状況確認。其方の戦闘員の状態と、負傷具合。後は……そっちの射手の矢筒に矢が入ってない様に見えるけど、剣は?」

 

 矢継ぎ早の質問に一瞬怯み、直ぐに答える。

 

「戦えるのは私と桜花殿の二人。一人はサポーター、一人はマインドダウン寸前。一人は矢を補充すればなんとか戦えるでしょう。千草は簡易手当しかできておらず完全な止血が出来ていないのでこのままでは失血死してしまいます。矢についてはサポーターバッグに予備が一束入ってますが取り出す余裕が無くて」

 

 走りながら状況を伝えれば、彼女は一つ頷いて後ろに向かって数回魔法を発動したのち、桜花殿に走り寄って並走しながら槍の様な物の切っ先を千草に向けた。驚いた桜花が槍の切っ先から逃れる様に動き、声を上げる。

 

「おいっ!」

「避けないで、回復魔法使うだけだから」

 

 何気なく彼女は『回復魔法を使う』と口にしているが、現在も皆で走って移動しているのだ。立ち止まる余裕はない、のだが。ミリア殿は当たり前の様に魔法を唱え、発動した。

 

「『癒しの光を』『レッサーヒール』……あんまり効果無さそうね。斧抜かないと──此処で抜いたら不味いか。もう少しだから耐えて頂戴」

 

 申し訳なさそうしているミリア殿。当たり前の様に彼女が走りながら魔法を扱っている事に驚きを隠せない。並行詠唱、自身も魔法を覚えている事から、詠唱しながら他の事を行う事がどれ程難しいのかは理解している。それが平然と行えている事から、噂はしょせん噂だったのだろう。

 

 竜を従える者(ドラゴンテイマー)はガネーシャファミリアのお零れに預かっただけ。何の取り柄もないただのパルゥム。従って()()()()()()ワイバーンが居なければ何も出来ない。

 

 そんな噂であった気がする。神タケミカヅチも言っていた。『ヘスティアの所の子は只者じゃないだろう』と。

 

 

 

 

 

 モンスターに追われていたファミリアに合流して、思わず驚いた。と言うか状況最悪なうえ、見捨てるという選択肢が除外されてしまった訳で。まさか神タケミカヅチのファミリアの眷属だとは思ってなかった。

 本当に偶然である。とはいえ負傷具合、消耗具合から鑑みてかなりヤバい状況っぽい。つか、追ってきてるモンスターの量が多すぎる。特に千草だったか? 背負われてる奴が手当てが雑過ぎる。滴る血が痕跡となってモンスターの追跡を振り切れない状況。そして立ち止まっての治療も出来ないと最悪である。

 他のメンバーも、魔法使いっぽい奴はマインドダウン寸前、足がふらふらしてるし。射手は矢筒が空。サポーターは剣は腰に差してるけど戦える雰囲気じゃない。

 

 後ろをちらちらとみていると、数えきれない量の赤い瞳が通路を埋め尽くさん勢いで走ってきている。一応、トラップ設置してみるか……。

 

「先行ってください」

「ミリア殿?」

 

 黒髪ポニテっ娘がなんか言ってるが、気にしてる余裕はない。もう分岐路は無いので真っすぐ進めばベル達と合流できるし、ちょっと足止めを──クラスチェンジ、からのトラップメーカーっと。

 

「セット、簡易土嚢(バリケード)っと」

 

 薄い光の壁がさっと通路を塞ぐのを確認してからタケミカヅチファミリアを追いかける。酷い状況と言うか、なんというか──後方で硝子の砕ける音が響いた。うん、物量でごり押されて一瞬で破壊されてやんの……。ちょっと、と言うかかなり不味い。どこかで数を減らす余裕も無いし。

 考え事してる間に、例のルームに到着。張り巡らせたトラップ類に異常はない。

 

「ミリアっ」

「無事か」

「この方たちが?」

 

 立ち止まって見つめ合っているタケミカヅチファミリアの面々とベル、ヴェルフ、リリの三人。ちょっとモンスター来てるんだからさっさと迎撃準備しようよ……。 

 

「状況を簡易に説明します。このルームでモンスター達を迎撃しますので戦える方は準備を。重傷者の方は治療をするので彼方の魔法障壁の中へ運んでください。リリ、ヒーラーバッグ全部使っていいからなんとかしてあげて」

 

 さて、このルームの地形は二段に別れた大部屋。リリルカ曰く通路の数は八。今回追ってきてるモンスターの群れの数的に雪崩れ込まれたらどうにも出来ん可能性は高い。

 タケミカヅチファミリアの桜花って奴が前衛出来るっぽいので前衛に桜花、ヴェルフ、ヴァンの二人と一匹。 遊撃はタケミカヅチファミリアのミコトって奴とベル、後キューイ。

 後衛の支援火力として俺とタケミカヅチファミリアの射手。魔法使いの奴はマインドダウン寸前らしいのでリリとタケミカヅチファミリアのサポーターと三人で治療にあたってもらう。

 

 主に簡易土嚢(バリケード)を設置した通路は無視して正面方向の敵を受け止める形でいこう。治療するスペースとして簡易土嚢(バリケード)で囲った比較的安全な場所は用意したが、モンスターの群れの前だとすぐ突破されそうだ。

 

「よく聞いてください。後方で重傷者の治療を行っています。モンスターに抜けられても少しなら平気ですが、数が嵩むと簡易土嚢(バリケード)が壊されてリリ達が襲われます。最低でも彼女の治療が完了するまでは動けませんのでここでどうにかしてモンスターを食い止めてください」

 

 治療完了後は即座に移動。尻を齧られながら逃げるのは割ときついが、ここで受け止め続けるのもほぼ不可能なのだから仕方あるまい。

 

「先に言っておきますが、下手に連携を気にしても仕方ありませんので最初のモンスターの群れを受け止めた後は各自で対処してください。中衛のベル、キューイ、後はミコトさんの三名は抜けてくるモンスターの足止めまたは殲滅を、私と彼で後方から支援しますが、弓は矢の数が1束しかないので過信禁物で」

 

 応戦準備万端。後方には治療中の仲間。神タケミカヅチのファミリアの人物であるのなら信頼に値するし、問題はない。あるとするならば、冒険者6人、ワイバーン2匹っていう多人数での防衛に対し、モンスターの数が百を軽く超えている所ぐらいか。

 

「くるぞっ!」

 

 大男、桜花の叫びと共にモンスターが通路の入り口から溢れ出てくる。

 その勢いが俺の設置したトラップ群に阻まれて一気に速度が落ちる。仕掛けたのは主に足止め用の粘着床(しろいベトベト)転倒床(スリップフロア)等。

 だが、数が多すぎてあまり効果がなさそうというか、粘着床に囚われたモンスターを踏み越えてやってくる奴が居れば、転倒床で転倒したモンスターを踏み殺して進んでくる奴もいる。仲間を仲間だと思ってないのか、モンスターの瞳に映るのは俺たちに対する殺意のみ。

 思わずぞっとしながらも杖を背負いなおし、両手に剣を装備する。

 

「『ピストル・マジック』『デュアル』『リロード』」

 

 正面通路を埋め尽くす処か、一気にルームの入り口から広がって浸食してくる様にも見えるモンスターの群れ。受け止めきれるとは到底思えないんだが……。

 

「トラップ起動っ!」

 

 トラップ類が軒並み突破されているのを見て驚くベルとヴェルフ。桜花とミコトの方は知らん。とりあえずキューイのブレス撃ち込んで数を減らす。後はこっちも射撃して──驚いてる暇ないから動け。

 

 ヴェルフが大刀を、桜花が戦斧を両手で振るい、モンスターの勢いを殺す。しかしモンスターの後ろから次々に現れるモンスターにすぐに押され始め、抑えきれなくなった分が一気に溢れだして中衛のベルとミコトが応戦しはじめる。

 ヴァンとキューイは各々闘っている様子だが、共闘と言う選択肢がとれそうにない。体全体を使って突進したりタックルしたり跳躍叩きつけなんかのコンボ決め込んで一匹だけなんか世界観が違う戦いを繰り広げるヴァンと、火球を吐いて援護しようと動いているが、巻き込まない様に気を使い過ぎて援護になっていないキューイ。

 いやもうキューイ、援護とか良いや、とりあえず数が多い所に撃ち込んでくれ。

 

「なあ、大丈夫なのか……」

 

 不安そうに弓を引く男の顔を見上げて、口元に笑みを浮かべておく。気弱になったら本当に押し込まれかねない。まだ発動していないトラップはいくつかあるのでそれに期待……っと、モンスターが抜けてきてるな。

 

 

 

 応戦開始から五分ぐらい経過しただろうか。設置したトラップ類が半分程消費されていて、簡易土嚢(バリケード)も四割近く破壊されている。負傷こそだれもしていないが、もう押し込まれる寸前。不味いなんてもんじゃなくて──本当に死者が出かねない。

 

「『ファイア』ッ!」

「だぁぁっ!!」

 

 ベルが縦横無尽に駆け回り後ろに抜けてくるモンスターを対処しているが、そのベルですらモンスターを完全に排除しきれずに後ろに抜けられている。

 ミコトも桜花も頑張っているが、ダメだな。桜花が戦斧でモンスターを薙ぎ払い、ミコトが刀で素早くモンスターを切り裂くが、ミコトを中衛にしたのは間違いだったか。敏捷がベル程高くないらしく処理速度が違い過ぎて戦線が歪になっている。

 

 桜花がレベル2故に戦線を維持し続け、ヴェルフがレベル1故に少しずつ戦線を下げる。

 ベルが戦線維持し、ミコトが戦線を下げる。

 ヴァンとキューイはそれぞれ戦線を維持しているが、抜けてくる個体も多い。

 

 後衛の射手は既に矢が尽きたので投石で対処してるが、石ころなげた所で焼け石に水。俺の方はマガジンが不足しはじめ作成してはぶっ放してをしている所為か普段の殲滅力は無い。

 治療完了まであとどれぐらいかかるのか知らんが、このままだと本気で戦線が崩れるぞ。

 

「キュイッ!?」

 

 キューイの悲鳴。警告を知らせる様に甲高くキューイが鳴いている。内容は────右の通路から沢山来てる?

 

「っ!? 全員聞いてっ、右側通路からモンスター接近っ! 数多数っ、桜花とミコトは其方の対処をっ!」

 

 おいおいおい、冗談はやめろ。通路一つから溢れてくるモンスターを押しとどめるので限界なんだぞ。桜花とミコトも驚きの表情浮かべてるし、なんとか戦線維持しないと────

 

 こんな時に思い出したのはリューさんの『ダンジョンは狡猾です』と言う言葉。

 

 即応で桜花が右側通路の方へと走っていく。もともと設置されていた簡易土嚢(バリケード)は既にひび割れて砕ける寸前。桜花がたどり着いて戦斧を構えた瞬間に簡易土嚢(バリケード)が砕け、十匹以上のアルミラージと、数えきれないヘルハウンドがその通路から溢れ出してくる。

 

『一つ一つは取るに足らない出来事でも、積み重なればやがて、抱えきれない重みとなって表面化します』

 

 取るに足らない出来事? 笑っちゃうね、一つ一つが重すぎるっての……中層舐めてた積りなんてないが、それでも、想定が足りな過ぎた。不味い、此処で左側とか後ろ側から別のモンスターの群れが突っ込んできた日には────

 

『そして、覚束ない足を崩すのは、砂の城を崩すのより容易でしょう』

 

 まさに現状って訳だ。冗談じゃない、此処でなんか起きるとか、こういうのはアレか死亡フラグって奴か。

 

 桜花とミコトの二人に負担が行かない様に、後ろから援護射撃を繰り返す。ベル達と桜花達、二方面のタワーディフェンスでもやってる様な感覚になるが、ゲームなら死んでもやりなおせる。だが現実で防衛役(タワー)は生きた人間。それも大事な仲間な訳で。壊されたら建て直せば良いやとか出来ない。

 作成した端から消費されるマガジン。弾薬不足だ、全く足りてない。もっと、もっと弾をくれ。

 

『態勢はすぐには立て直せません』

 

 じゃあ一手打って余裕作りするしかねぇな。

 

「全員後退っ! トラップ起動しますっ!」

 

 あぁもう、残ってるトラップ全部起動だこん畜生。これで態勢を立て直すっきゃない。

 声に反応したベルとヴェルフが即座に下がり、桜花とミコトも遅れて下がる。キューイとヴァンも下がったのを確認した所で設置されたトラップ類を一気に起動。

 

 電気柵(ショックフェンス)粘着床(しろいベトベト)が発動し、モンスターの群れとの間に一時的な防壁が出来上がる。よしマガジン作成だ。

 

「リリ、後どれぐらいかかりそう」

「あと少しです」

 

 少しってどれぐらい? 一分? 二分? 五分とか言われたら絶望しそう。

 

 肩で息をしたベルとヴェルフが下がってきたので回復薬を渡す。ついでにタケミカヅチファミリアの二人にも渡そう。もう限界に近いみたいで大粒の汗を流しつつ肩で息をしながら近づいてきた。

 

「悪い、俺たちの所為で」

「ありがとうございます、貴方達が居なければ」

「礼を言うのはまだ早いですよ」

 

 ちょっと気が早すぎる。まだモンスターは沢山────電気柵(ショックフェンス)の一部が砕け散り、モンスターがこちら側に迫ってくる。糞、まだマガジン3つしかできてないぞ。

 キューイとヴァンが駆け出して対処するのを見つつも、全体の様子を確認。

 

 正面から数えきれないぐらい。右方向からは二十匹ぐらい。──気が付くと左の通路の一つに設置されてた簡易土嚢(バリケード)が罅割れて壊れる寸前だ。つまり左前通路からもモンスターが来てる、と。

 なるほどあと少し罠発動遅れてたらベルとヴェルフが側面から打撃くらって戦線が崩壊してたな。

 

「治療完了まであと少しの辛抱です。治療完了したら、どうにか罠を設置しつつ後退しましょう」

 

 罠で通路塞いで時間稼いで逃げる。其れしかないな、もう応戦も難しそうで────そう言ってる間にも電気柵(ショックフェンス)が次々に壊されて一か所ではなく四か所ぐらいから侵入し始めてくる。

 

「すいませんが応戦お願いします」

「俺たちはあっちを」

「じゃあ僕があそこから入ってくるのを倒すね」

「俺は、キューイとヴァンと一緒にあの二つを対処する」

 

 飛び出して行って穴の開いた場所に走り出した皆を見送る。マインドダウンの兆候の頭痛が出始めてるが、まだなんとかいける。いけなきゃ不味い。

 頭痛を堪えて詠唱しようと息を吸った瞬間、口の中に砂が入り込んで咽込んだ。

 

「けほっ、何? 砂……砂利?」

 

 パラパラと頭の上から降り注いでくる砂利。思わず、顔を上げた。

 天井に罅が入っている。思わず喉が引き攣り、慌てて口を開こうとしてベルと目が合った。

 

『獲物が息を上げ、苦痛に喘ぎ、弱り果てた姿を見せた時。ダンジョンは満を持して牙を剥きます』

 

 あぁ、なるほど。うん、的確なタイミングだ、これ以上ない程に致命的な、瞬間。

 

 悲鳴を上げる間も無く、天井が崩落してきた。

 

 

 

 

 

 土埃の所為で視界が塞がれた中。崩落の際に発生した轟音で耳が馬鹿になっているみたいですぐに状況は理解できなかった。だが、非常に運が良かったのだろう。怪我はしていない。頭痛はするが頭に岩が振ってきたなんて事もなけりゃ、体を押しつぶされたなんて事にはなっていない。もしかしたら感覚がマヒしていて自覚していないだけかもしれんが。

 

「けほっ、っ!? 皆無事っ!?」

 

 咽込みながらも叫んでみれば、ベルとヴェルフの返事が返ってくる。

 リリの方は、完全に大丈夫だったっぽい。崩落が起きたのは正面方向のルームの半分程。つまり後方側に待機していたリリ達は無事な様子だ。

 キューイとヴァンも無事みたいで残ってるモンスターに齧りついて片付けてくれてる。

 

「僕はなんとか」

「俺も無事だ、いや運が良いな。モンスターを潰してくれたぞ」

 

 なんたる幸運。と喜べばいいのか? 最悪のタイミングでの崩落だったが、ヴェルフとベルは無事みたいだ。桜花とミコトは──

 

「桜花殿っ! しっかりしてくださいっ!」

 

 悲鳴の様なミコトの台詞。背筋がゾワりとするような感覚にとらわれる。

 

「どうしたっ!」

「桜花殿が落石の下敷きにっ」

 

 焦る様な声に誘われて慌てて行ってみれば、大男が額から血を流して岩の下敷きになっている。

 体が潰れてはいない様子だ、運の良い事に岩と岩の隙間に挟まってるらしい。

 

「桜花殿っ!」

「ぐっ……ミコトか、挟まれて動けん……」

 

 とりあえず救出を────モンスターの咆哮があらゆる方向から聞こえてくる。

 

 響く咆哮に全員が動きを止め、直ぐに動き出した。

 

「不味い、モンスターが近づいてくる」

「急いでそいつを助けるぞ」

「リリっ! 手を貸してっ!」

 

 大急ぎで大岩をどかす為にリリを呼びつければ、ちょうど崩落と共に治療が完了したらしく、撤退を提案してきた。

 

「キューイ、ヴァン。モンスターが来たら迎撃を。そっちの岩、どうにかなりそう?」

 

 指示を出しつつも警戒している間に、リリが縁下力持(アーテル・アシスト)の効力を使って岩を持ち上げ、挟まれた桜花を助け出している所であった。

 

「桜花殿、良かった……」

「ぐぅっ、すまない。足を痛めた……」

「そんな……」

 

 あぁ、うん。ちょっと状況整理。

 

 現状、戦えるのはベルとヴェルフ、キューイとヴァン。後はミコトと、俺か。

 俺は、もう正直余裕がない。マガジンが尽きたら援護射撃できんし、さっきの崩落で罠は壊滅。

 

 んで何より最悪なのはタケミカヅチファミリア。戦えるのは一人しか居ないぞ。

 

「リリ、とりあえず桜花の治療を」

「はい、応急処置だけでも行います」

 

 焦るな、誰かが死んだ訳じゃない。あの千草って女の子も治療完了しているしよっぽどの事が無い限り死ぬなんて事は無い。無いはずだ。

 どうする? この状況、足手まといが増えすぎてる。

 

「すぐにでも移動を開始しましょう」

 

 リリの言葉に皆が頷くが、正直言おう。もう限界に近い。

 

「すいません、一つ言わせて貰って良いですか」

「どうしたのミリア」

 

 どうしたの? か。うん、ベルは()()()()って選択は絶対にしないからな。答えなんてわかり切っちゃいるが、それでも聞いておかないと。

 

「現在の状況的に、此処で撤退しても、追いつかれます」

 

 足を負傷した桜花。意識の無い千草。そして、ベルとヴェルフ、俺、ミコトの消耗具合。

 

「追いつかれたら、迎撃しながらの撤退になりますが……」

 

 全員が肩で息をしている状態で、走りながら迎撃? 途中で足並み乱れてモンスターの波にのまれればそこで御終い。消耗が大きすぎる。

 

「じゃあどうすんだよ」

「どうって、選択肢なんて片手の指の数ぐらいしかないでしょ」

 

 一つ目、タケミカヅチファミリアを見捨てる。

 戦えるのはミコトぐらいで他は負傷者と足手まとい。しかも負傷者抱えてるだけならまだしも主戦力で大柄な男である桜花の負傷がまず過ぎる。彼を持ち上げて運ぶのは難しいので肩を貸して歩きながら撤退する事になるのだ。

 もう一度言う()()()()()()退()()()()()()()

 消耗し過ぎている今、撤退中に迎撃は不可能に近い。

 

 二つ目、この場で迎撃。

 さっきの崩落で一部通路が崩れて進入路が限定されている上、少しとはいえ簡易土嚢(バリケード)が残ってる。が、当然ながら現状鑑みれば撤退する他無いので不可能。次の波に呑まれてお終い。

 

 三つ目、諦めて負傷者と荷物を投げ出す。

 負傷者と武器以外全部この場に置き去りにして逃げる。負傷者が撒き餌になって時間も稼げるし撤退速度も速いので追いつかれる心配は────

 

「ふざけるなっ!」

 

 がばっと胸倉を掴まれて睨まれる。うん、知ってた。絶対怒るって知ってたよ。

 

「見捨てる? 桜花殿と千草殿を? 冗談も大概にしろ」

 

 ドスの効いた声。だがぶっちゃけ怖く無い。同レベルだからとかそんな事より、背後に迫ってきてるモンスターの方がよっぽど怖い。

 

「じゃあ第四の選択肢でも選びま──ぐぅっ……」

 

 ぐぐっと締め上げられて息が詰まる。ふざけてる訳じゃないんだが、どうやらミコトの怒りを煽っているらしい。

 

「落ち着いてください、ミコト様、最後の案を聞いてからでも遅くはありません」

 

 リリナイス。怒りを収めたというよりは、ほんの少し耳を傾ける気になったって所か。瞳は怒りに染まってる。仲間見捨てりゃ助かるよなんて言われたら怒る。俺だって『ベルを見捨てれば助かりますよ』なんて言われたら怒るし。

 

「じゃあ四つ目、私たちが囮になってる間にタケミカヅチファミリアは撤退する」

 

 俺たちは機動力が下がってる訳じゃない。負傷者は奇跡的にも居らず、消耗はしているがほぼ全員が戦える。タケミカヅチファミリアの方は半数以上が戦えない状態になるのだ。というか6人中4人が戦闘不能ってヤバすぎ。

 軍隊は半数が死傷したら潰滅っていうやん? パーティもほぼ同じだろうし。

 

「それは……」

 

 できれば、四つ目はやめて欲しい。本当に、本当に死にかねない。だが、同時に全員が助かる可能性があるのもこの選択肢ぐらいだろう。

 

 一つ目は言わずもがな。タケミカヅチファミリアが全滅してお終い。

 二つ目は運の良い数人は生き残る可能性があるが、ほぼ確実に被害が出る。

 三つ目は負傷者が確定で死ぬ。

 

 四つ目は?

 

 上手くタケミカヅチファミリアが地上に逃げ帰る事に成功し、その上で此方の上手く逃げ切れれば万事解決。

 

 ただし、タケミカヅチファミリアは戦闘可能戦力がパーティ人数の半数以下しか居ない状態で上層を突破しなくてはいけない訳で。無論、彼らも消耗が無い訳でもないので途中で全滅する危険性は非常に高い。

 当然だが、こっちもモンスター引き付けるんだから相応の危険があるに決まってる。

 

 んで、どうすんの? って話よ。

 

「わかった」

「ベル様?」

「ベル、本気なんだな?」

 

 あぁ、知ってた。と言うか()()()()()。ベルならそっちを選ぶよね。

 

「ミコトさん」

「クラネル殿……」

「行ってください。此処は僕達がなんとかしますんで」

 

 ぐっと拳を握りしめ黙り込むミコトさん。うん、ちょっと悩む時間無いし背中を押すか。いや、身長差的に尻叩くぐらいしかできんわ。

 それなりの威力でミコトの尻をひっぱたいておく。モンスター来てるんだからさっさとしてくれ。

 

「早く行ってください。このままモンスターが来てしまったら……ていうかもう来てるんで早く」

 

 キューイとヴァンが応戦し始めてるんだ。早く行ってくれ。

 

「ですが」

 

 あぁもう、其処で悩むなよ。こちとら善意で言ってるんだぞ。

 ……根が真面目過ぎるタイプか。こういう奴には適当に()()を与えてやればいい。

 

「ではこうしましょう。地上に戻ったら救援要請を、後余裕があれば助けにきてください」

 

 あ、ついでにヘスティア様に伝言頼もう。今日は帰りが遅くなりますって伝えておいてくれれば良いや。

 

「…………いいのですか?」

 

 泣きそうな顔しないで欲しいんだが。泣かせてるみたいじゃん? まあ、ベルならここで囮を買って出るだろうしね。それに…………四つ目の選択肢はある意味タケミカヅチファミリアを見捨ててるのと同じだからな。

 

 一緒に行動しても潰滅するだけだから、彼らと別行動をとる。双方にそれなりに危険がある。

 戦力を考えれば、どっちもどっちとしか言えない。

 

「任せてください。必ず帰りますから」

「…………わかりました。必ず、必ず救援要請を出します。それから、皆を地上に送り届けたら助けに来ます。たとえ私一人だったとしても、必ず助けに来ますから」

 

 あー、ヘスティア様への伝言も忘れないでね? ヘスティア様なら絶対引き留めてくれるだろうし。うん、一人で戻ってくるって正気を疑うよ……パーティ潰滅しかける階層だよ? 一人で来て入れ違いになったらどうするんだ。

 

「ご武運を」

 

 撤退準備の為に動き出したミコトの背を見送りつつも、ベルを伺う。

 

「良かったの?」

「……うん。これしか方法がなさそうだし」

「そっか」

 

 頭がもっと良ければ、もっといい解答があるかもしれん。でも、俺にはわからん。

 生きて帰れるかね……。タケミカヅチファミリアも、俺たちも、どっちも全滅なんて事になんなきゃ良いが。

 

「あ、リリ、ヴェルフ、一つ聞いて良い?」

「何でしょうか」

「なんだ?」

 

 此処で帰る気はない? ベルはもう決めたっぽいから良いけど、二人はねぇ。特にヴェルフ、あっちのタケミカヅチファミリアと一緒に行った方が安全だぞ。疲れてても上層ぐらいはなんとかなるっしょ?

 こっちは、うん、死ぬ。多分七割か八割ぐらいの割合で死ねる。と思う。今までの中層のモンスターの量を見る限りでは。

 

 二人の顔を見て、溜息。あぁ、なんつーか、決意固めた表情してるなぁ。

 

 ベルもベルで、絶対に皆を地上にーとか呟いてるし。とりあえず、マガジンは8つはできた。これ以上絞るとマインドダウンで意識が落ちる。これまでの傾向からして全く足りてる気はしないが──逃げるだけならワンチャンあるかね?

 




 なんか文字数が跳ね上がちゃった。

 半分ぐらいでぶった切る? いや、面倒だしいいやって感じ。

 こっから原作通りにベル達は下の階層に堕ちて十八階層目指しーの。タケミカヅチファミリアは原作以上にボロボロの状態で地上目指しーの。
 まぁそんな感じ……(適当)

本作品内の好きなオリ主・オリキャラは?(オリ主以外人外しか居ない件)

  • TS魔法幼女『ミリア・ノースリス』
  • 恋するポンコツワイバーン『キューイ』
  • 真面目な紳士系ワイバーン『ヴィルヘルム』
  • 誇り高き普通の小竜『ヴァン』
  • 竜種追加希望枠

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