魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
数人の倒れ伏した冒険者を引き摺って撤退する者。
迫りくるモンスターを迎撃すべく武器を取る者。
連携を失って戦線は歪み切り、横から突っ込んできたモンスターの勢いを殺しきれずに前線は崩壊していた。
前線を下げようと周囲の冒険者に声をかける者も数名居るが、既に応えられるものは居ない。
今や殆どの者が自身の、そして同じパーティの仲間を守る事で精一杯である。
最前線よりさらに突出した地点、
その苛烈な攻撃の前に漆黒の巨人は平然と立ち続けている。
「く、このままでは……」
「リオン! 下がりなさい、死にますよ!」
アスフィの警告を聞きながらもリューは蒼炎を外套で防ぎながら木刀を振るった。
「何を、このまま進ませれば前線は潰滅してしまう。今ならまだ立て直せる! ここで食い止めます!」
「無茶苦茶な……」
漂う蒼炎を弾いた外套が一瞬で結晶塗れになり、散り散りになった布片と結晶が飛び散り、リューの描く軌跡を空中に残す。
少しのミスが全身結晶塊になって死ぬという危険極まりない行動を平然と行いながらも、リューはひたすらに攻撃を繰り返す。
無茶苦茶な行動をとり続けているのにはちゃんとした理由が存在する。
後方、隆起した大地の上。白髪の少年がこれ見よがしに右手を掲げて立っていた。
その右手は光り輝いており、なんらかの攻撃を行う事を示している。
「アンドロメダ、彼が何かをします。時間稼ぎを手伝いなさい」
「っ、無茶を言ってくれますね!」
何かとは何なのか。彼女は理解していない。
しかし、後方から発せられる魔力の流れと、それを隠す様に周囲で巻き起こる冒険者の散発的魔法。
先程の回復魔法の発動、結晶竜を攻撃したゴライアス。察しの良い冒険者の何人かが既にベルと同じように動き始めている。
後方から発せられる回復の波動が失せ、何かを企んでいるのは明らか。詠唱を行っているらしい事は魔力の流れで読み取れる。それに対して隠す様に動く皆を見れば会話を交わさずともなんとなくは理解できた。
「結晶竜を仕留めるつもりですか……」
其の為に自らを囮としているらしいベルを見てアスフィは眉を顰めた。
隆起した大地。突き出た小高い岩の上でベルは右手を高々と掲げて
目の前で暴れ狂うゴライアス。その頭上で蒼炎を撒き散らす結晶竜。
動ける冒険者に作戦を簡単に伝え、注意を引いて結晶竜に回復魔法を当てる事を伝えて僅か一分足らず。
ベルはただ目立つ場所でゴライアスに向けて敵意を向けながら溜めを行っていた。
「まだ、まだだ、早過ぎる」
遥か後方、ミリア・ノースリスの居る地点より薄っすらと、微かに放たれる魔力の流れ。詠唱を開始するにはまだ早い。
絶妙なタイミングを見極めなければならない中、ベルは出来る限り目立つ様に、ミリアに見える様に、同時にゴライアス気を引く為に、腕を掲げる。────ついにゴライアスの目に留まった。
「っ!」
向けられた膨大な殺意。脅威と認識され、攻撃対象に選ばれた者だけが感じ取る威圧。
足が震えそうになり、溜めが止まりそうになる。けれども歯を食いしばって耐える。
「大丈夫。大丈夫だ」
口を大きくあけ、ベルに向けて
いち早くそれに気づいたのはアンドロメダであった。
「リオンっ! クラネルさんが狙われていますっ」
「……アンドロメダ、死ぬ気で止めますよ」
冒険者も察した者から順にゴライアスの気を逸らすべく攻撃が激しくなり、ゴライアスの
無数の
ベルを脅威と認識したゴライアスの赤い瞳がベルを強く睨み、口を大きく開けて
戦場を見下ろせる高台の上。
近くに居た魔法使いから借りた杖を持ちながら、ひたすらに待っていたのだ。
周囲に飛び散っていたキューイの血。此処はキューイが死亡した地点だ。
既に魔力として霧散してしまった為、鱗が少し散乱し、血が飛び散っている以外には死体が残っていないこの場所で魔法を使えば、威力増強の効果が得られる。
それを目当てに此処まで大急ぎでやってきた。途中で出会ったモンスターに対処するためにマガジンを2つ程使ってしまい、残り7個しかマガジンが残っていない。
俺はベルが前に進みだしたのを見て、詠唱を開始した。
「聖域を守護する者達よ、非力な我が身が捧げる献身を受け取りたまえ」
どれだけじれったい想いをしたか。
「聖域に降り注ぐ雫よ、癒しとなれ」
ベルの元に降り注ぐ
「流るる涙の代わりとし、我が血を捧げよう────」
心臓が早鐘を打っていた。ベルの周囲に着弾する度に悲鳴が零れそうになった。
マガジンが分解され、魔力として周囲に飛び散る血に、俺が展開した
「聖域に響く音色よ、癒しであれ」
充足した魔力。ゴライアスの注意が此方に向いた。
目が合った。
モンスターと冒険者。乱戦に陥っている前線を走り抜けるさ中、ベルは自分に向いていたゴライアスの殺気が逸れたのに気付き、口元を歪めた。
ミリアを見ている。
見上げたゴライアスの視線は、ゴライアスが脅威だと認識したはずのベル・クラネルではなく、後方より放たれる癒しの効力を持つ魔法を放とうとする魔力の流れに向けられている。
ただの知能無き化け物と決めつけていたわけではない。けれども目の前の脅威から視線を逸らす事をしてでも、回復魔法を防ごうとしている事はこの作戦が無駄ではない事を知らしめている。
ベルは拳を強く握りしめる。
漆黒の巨人が口蓋に魔力を溜め始める。
ベルの事を眼にもくれず、ただ
リューの連撃に揺らがず、アスフィの使う道具の爆発にも揺らがない。
だから、ベルは躊躇せずに飛び込める。
「こっちを、見ろぉっ!! 【ファイア・ボルト】ォォッ!!」
注意の逸れた階層主。目の前の短期的な脅威ではなく。長期的な目でみた脅威を排除せんと
稲妻と共に轟音が響き渡るさ中、狙いすましたタイミングに、癒しの波動が弾ける。
此方が狙われた瞬間に感じた圧力。足が震えそうになり、魔力の流れが乱れかけた。
一瞬で此方をギョロリとみた巨人の眼。言葉にするまでもなくその目に映る殺意は俺に向いていた。
リューさんとアスフィさんが横から注意を逸らすべく動くも、無意味に終わり、次の瞬間には俺に向かって
ベルが居たから。
弾けた稲妻の閃光が視界を焼き。轟音によって耳も潰されて世界が塗り潰される。
此処で外せば、次は無い。だが、外すなんて思わないし、思えない。
「『ヒール・バースト』」
真っ白に焼けた視界の中。何も見えない、聞こえなくなるぐらいの轟音に合わせて、魔法を発動させた。
徐々に光が消えて行く。
視線の先。中央樹の傍の草原に立ち尽くす
そして────癒しの波動が直撃した結晶竜が灰になって散っていく姿が目に入ってきた。
「よしっ」
思わず拳を握り締めてガッツポーズをとる。
先程まで響いていた甲高くも不気味な不協和音の悲鳴は途絶え、代わりに唄う様な、美しい音色が響いている。
《暖かい────暖かい────暖かい────》
心に染み渡る様な、音色の様な、歌声にも似た響きの声。結晶竜がもつ本来の声だろうその音色に意識を奪われかけ────慌てて両手を結晶竜に向けた。
「こっちに、おいで」
今すぐ、此処まで下りてきて。いや、命令だ、降りて来い。助けてやったんだ、今度は助けてくれ。
灰になって散り逝く結晶竜だったもの。
飛び散った蒼炎が散り散りになって消えて行くさ中、何かが此方に向かってふわふわととんできた。
何とも言いようがない。実体のない霧の様な何か。
《ありがと────何をすればいいの?》
「すぐ、呼び出してあげるから、力を貸して」
その霧の様な何かを抱き留めれば、解けて消えた。まるで何かを取り込んだ様に胸の内側にスーッと収まるソレ。
静かにその感触を感じとりながらも顔をあげれば、視界に映る階層主は相も変わらず顔の八割以上が消滅していて────待て、なんで灰になってない?
頭部の八割以上を失ったんだ、今すぐ灰になるはずなんじゃないか?
冷や汗が止まらない。体の芯まで凍える様な悪寒が走る。
「待って、ねぇ嘘でしょ。冗談……きついわ……」
おい、おいおいおい、なんだありゃ……。
冒険者全ての視界が稲妻によって一瞬だけ眩んだ次の瞬間、周囲を漂っていた幽鬼の様な蒼炎が消えて階層全体が蒼い暗闇に沈み、階層主の姿が薄闇の中にぼんやりと浮かび上がる。
誰が見ても頭部の八割方を失って生物として死亡していると確信できる程の傷。
あの鉄壁を誇る外皮を穿ち、同時に肉や骨も綺麗に消しとばしたその威力に冒険者達が息を呑む。
疲労感がこびりついて一歩も動けなくなっていたベルは目を見開いたまま喉を震わせていた。
「うそだ……」
消えない。
頭部の八割を失っている。頭を失って活動を続けられる生物は存在しない。
ましてやモンスター等は致命傷を追うか核である魔石を破壊されれば灰となって消滅するはず。その当たり前の現象を無視してその巨躯は立ち続けている。
その光景に誰しもが言葉を失うさ中────遂に動き出した。
戦慄と恐怖に染まる冒険者達の視線を一身に浴びながら、復元しきっていない目玉をギョロギョロと凄まじい速度で動かして視界の中に映る
頭部を失って尚────結晶竜の力を借りる事なく、
再生しかけの真っ赤な眼球が、ベルを捉えた。先程まで無視されていた攻撃が被弾し、意識を向ける対象であった結晶竜が消え失せ、ベルから視線を逸らす理由が何処にも存在しなくなった事で、ベルだけを見て、ベルだけを狙い、他の何者を無視してでもベル・クラネルを殺す為に漆黒の巨人が動き出した。
「────逃げなさいっ!!」
リューのなりふり構わない叫び。アスフィとほぼ同時に駆け出してベルから意識を引きはがそうと試みる二人がゴライアスに攻撃を当てるより早く
再生しきっていない砲口────口腔の周囲の血肉や牙片を飛び散らせながら放たれたソレ。
身動きが出来ない程の疲労感に襲われたベルの元に血と肉片、牙片が恐ろしい勢いで降り注ぐ。
直撃を避けんと飛び退いて────魔力塊が弾け、ベルの体を大きく吹き飛ばす。
傷付き、吹き飛ばされ、地から足が離れたベルの体。襤褸となった彼の視界に映ったのは────大砲弾となって突き進んでくる巨躯。
殺意に満ちた咆哮を響かせて、大草原を沼地の如く陥没させてベルに急迫する。
リューとアスフィがゴライアスから引きはがされ、救援も間に合わない。
回避不可能にして一撃必殺の攻撃。
直撃を待つ以外の選択を失ったベルの時が凍り付き────真っ蒼な魔力障壁に包まれ、同時に盾を構えた偉丈夫が割り込む。
誰よりも早く駆け付けた桜花。その体を包む魔力障壁と、ベルを包む魔力障壁が重なり合い、ほんのりと強化されるソレ。
悲壮な表情で盾を構え、迫りくる攻撃に歯を食いしばり、迫りくる薙ぎ払いを防御する。
ミリアの要いた『障壁共有』によって与えられた『マジック・シールド』と、桜花の持つ盾。
緩慢に流れる時の中、彼らを包み守ろうとした魔力障壁はまるで紙屑の様に砕け散り、桜花の盾に巨人の中指がめり込み、ひしゃげ、桜花の体に食い込む。
口から吐き出される大量の血液。桜花の背に押し当てられたベルの体からも骨の折れる音が響いた。
限界まで目を見開いた二人の体が、弾き飛ばされ、砲弾の如き勢いで森の方へ吹き飛んでいった。
飛び散った血飛沫。剥がれ落ちたエンブレムが零れ落ちる。
間に合わなかった? いや、間に合った。────間に合ったけど、意味が無かった。
砲弾の様な勢いで桜花とベルが吹っ飛んでいった。
まるで、まるでパチンコで打ち出されたパチンコ玉みたいな、そんな吹き飛び方をしていた。
待ってくれと祈った。ほんの少しでいいから、時間をくれと。
ヘスティア様の元に駆け付けて、クラスチェンジしてスナイパーで巨砲をぶち込めれば。
アサルトで転移してベルを離脱させれればと、サンクチュアリの障壁共有が無意味に砕け散り、ベルと間に割り込んだ誰かが呆気なく吹き飛んでいった。
────なんでだよ……おかしいだろ? あの一撃で、死んでなきゃおかしい。
喉がカラカラに乾いて、攻撃を食らった訳でもないのに足がガクガクと震えた。
────あの攻撃を食らって、無事で済むのか? ベルは生きてるか?
中央樹から少し移動した所で拳を振るう巨人が暴れている。戦場に残った者を蹂躙している。
回復魔法を────詠唱文が出てこない。
喉がカラカラに乾いていて、詠唱して広域回復魔法を発動させなければいけないのにできない。
リューさんが戦場を離脱して離れていく。ベルと桜花を回収した者達が全速力で戦場を離脱している。
大きく息を吸って、吐いて、吸って────頬をはたいた。
落ち着け、ベルは生きてる。誰かが庇ってくれたおかげで、生きてるはずだ。
まずはベルの所に向かうべきだ、大丈夫、死んでない。即死してなきゃ回復できる、大丈夫だ……きっと……。
大急ぎで駆け付けたその場所には、ヘスティア様やリューさん、後は千草やミコトが居た。
ボロ雑巾みたいになった血塗れの人物に必死に呼び掛けてるのが見えた。
「クラネルさんっ! クラネルさんっ、返事をしなさいっ」
「桜花……桜花ぁ、死んじゃいやだよ……」
ガンガンと痛む頭。ぐらぐらと揺れる視界。全力疾走でやってきたのはいいが、詠唱をしようにも集中できない。
「ミリア君っ!」
「ヘスティア様……今、回復魔法を」
ベルに歩み寄る。ベルがあおむけに倒れていた。
全身裂傷塗れ。肋骨も折れているのか脇の辺りが歪に歪んでいる。口元から溢れ出た血もそうだが、全身から静かに零れる血が、応急処置として巻かれた包帯が、視線を逸らしたくなる程に痛々しい。
「聖域を守護する者達よ、非力な我が身が捧げる献身を受け取りたまえ。聖域に降り注ぐ雫よ、癒しとなれ。流るる涙の代わりとし、我が血を捧げよう────聖域に響く音色よ、癒しであれ『ヒール・バースト』ッ」
弾けた光の波動。ベルと桜花を包み込み、その傷を癒していく。
呼吸が安定し、傷口が消え────意識が戻らない。
「ベル君、ベル君、聞こえるかい? ベル君」
非常に体力や気力、精神力を消費する大技を放った反動で、ベルは動けない。目覚める確率は、低い。
生きてる、なんとか生きてる。けれど、ゴライアスはまだ暴れてる。
「ヘスティア様、クラスチェンジを」
「ミリア君……わかった」
「リューさん、すいません……大技を撃ち込むので時間稼ぎを」
「……わかりました」
リューさんがゴライアスの元へ駆けていく。それを見届けて、クラス変更が終わると同時にクラスチェンジ。
尻尾や耳が邪魔臭いが、今はそんな事はどうでもいい。
────よくも
────よくも
ぶっ殺してやる。
「アンドロメダ、時間稼ぎをッ!」
「リオンっ、何をっ」
離脱したリューに代わり、一人で戦線を支えようとしていたアスフィの元に戻ってきたリオンの言葉に彼女は眉を顰めた。
「あの再生能力を前に、まだ何か手があるとでもっ!?」
「あります。ミリアさんが大技を放つそうです。時間を────ぐぅっ」
回避し損ねた一撃がリューを掠め、それだけで彼女の体を大きく吹き飛ばす。
危うく地面に叩きつけられかけたリューをアスフィが抱き留め、声を荒げた。
「彼女の大技!? 正気ですか貴女────彼女、相当魔力を消費してますよっ、撃てる訳ないですよっ!」
幾度とない回復の波動を放ち、戦場の流れを変えて見せたミリアだが。傍から見れば魔力消費量は既に限界値を超えていてもおかしくはない。
むしろあれだけの回復魔法を十度以上連発してなお余裕があるなどとは思えず、なおかつミリアの能力を神の指示の元計っていたアスフィからすれば、これ以上の大技は出てこないと言い切れるモノだった。
それを、リューが否定する。
「では、後方から感じ取れるこの魔力を、貴方はどう説明するのですか?」
「何を────まさかっ!?」
「えぇ、もう一度あの
後方より放たれる膨大な魔力。詠唱の進行と共に弾ける様に膨れ上がる魔力の奔流にアスフィが鳥肌を立てながらも口元に笑みを浮かべて呟いた。
「完全に想定外ですが────むしろありがたいですね」
最初に読み取ったミリアの能力から完全に外れた魔力量。本来なら
「────きっと、貴方の命は羽の様に軽い『リロード』」
目の前で行われるリューさんとアスフィさんの命懸けの時間稼ぎ。
他の冒険者も加わった戦列によって此方に飛来する
魔力に乱れはない。綺麗に整った魔法陣から放たれる光を浴びながら、その醜悪な巨人を見据える。
今、その綺麗な顔を吹き飛ばしてやる。
「────
放たれるは極光。全てを穿ち抜き、死を与える光の柱。
防御なんてしようもんなら、その防御諸共ぶち抜いて即死させる確殺の砲弾。
「『ファイア』ッッッ!!」
五つの点灯した魔法陣の魔力が弾け────魔力が溢れ返る。
暴れ狂う銃身。抑え込もうと左手で右腕を押さえるが、
長くなり過ぎたので半分で切ります。
良い所で切る形となって申し訳ない。