魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第九十二話

 中層十五階層。

 不意の転落によって落とされた階層であったため、地図類が一切ない状態で潜っていた区域を抜けてそろそろ十四階層に続く上層へ続く道が見えてくるはずだ。

 周囲の洞窟の見紛う様な薄暗い空間。行きは死と隣り合わせで恐怖に身を震わせていた階層であるが、今現在は第二級冒険者が二人も同行している為か空気は弛緩している。

 

「いやぁ、それにしても大激戦だったねえ。十八階層で休んでいきたかったけど俺とヘスティアが居たからなあ」

 

 神ヘルメスのすっとぼけた台詞。むかついたので軽く睨み付けるがヘラヘラ笑うのみでこたえた様子はない。

 俺はお前が十八階層でやらかした事を忘れる積りは無いからな。

 

「本当です。ヘスティア様さえ居なければベル様はリリと一緒にゆっくりと休んでいただけたのに」

「何を言っているんだサポーターくん。ベル君はボクとかえってゆっくり休みたいに決まってる」

 

 …………。いやね、空気が弛緩するのは悪い事とは言わないけど、こんな所で修羅場やってどうすんのさ。

 まあ、ベルがモテモテなのは仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 

「ヘスティア様とでは疲れがとれません! ベル様はリリが労わって、尽くして、癒して差し上げます!」

「何を言っているんだ、ベル君は三度の食事よりボクと居るのが好きなんだよ!」

 

 俺はヘスティア様と居る方が好きかなー。

 呑気にへらへらしてたらベルが二人を振り払って一瞬で前衛に飛び出し、両手にナイフを構えた。

 

「きますっ!」

 

 あー、ベルに任せよう。本調子じゃない上にどっちかっていうと俺の扱いは負傷者だし……。ベル君も本当は負傷者組なんだけど、回復魔法で全力で癒したしね。

 体力は回復しきってないはずなんだけど、張り切ってるねぇ。前方にヘルハウンド3匹、だけじゃない。物陰からも出てきて、8匹か、多いか?

 

「ヘスティア様、私の近くへ」

「わかった」

 

 援護射撃は必要なさそうだし、ヘスティア様の近くで防御しとくか。結晶竜は大人しくしててくれ。

 

《何もしなくていいの?》

 

 しなくていいよ。うん、何もしないで……魔石諸共結晶塊に変えるとリリが小うるさいんだよ。

 っと、すぐそばの壁に亀裂。出てきたのは、ハードアーマードか。

 

「『ピストル・マジック』『リロード』」

 

 構えて────飛び出してきたベルが一瞬でハードアーマードを斬り捨てていった。……うん、何もしなくてもよさそうだ。

 ものの一分足らずで十匹以上居たハードアーマードが全て討伐され尽くし、魔石が転がり落ちて周囲が静かになる。

 

「凄いじゃないかベルく────」

「凄いですベル様!」

 

 ヘスティア様がベルに駆け寄るより前にリリがベルの視線を奪い去る。あぁー、なんだかねぇ。いや、別に構わんがダンジョン内で色恋沙汰は……いうだけ無駄か。恋は盲目って言うし?

 

「お見事でした。クラネルさん」

「私達の出る幕はありませんでしたね」

「流石【リトル・ルーキー】だ」

「いやぁ、そんな」

 

 褒められて照れてやんのー。まぁ、第二級冒険者より早く敵を掃滅してたしね? リューさんもアスフィさんも本調子ではない為かやはり動きが少し鈍い気もする。

 もうちっと警戒心強めるかねぇ。

 

「なんだいベル君、デレデレしちゃってもう」

「まぁ、褒められれば誰しもあんなふうになりますよ。リューさんもアスフィさんも美人ですし」

「僕だってなっ」

 

 すねたヘスティア様が石ころを蹴っ飛ばしはじめたのを見つつも、周辺を見回す。

 落ちてる魔石のほかには特に異常はないかな。キューイを早いところ召喚したいがまだ出来ないんだよなぁ。

 石ころの転がる音、そして壁にぶつかる音────罅割れる音。

 音の出所はヘスティア様が石ころを当てた壁。そこがちょうど崩れていっている。モンスターが出現する時とは毛色が違う?

 

「ヘスティア様、下がってください」

「あ、あぁ……これは……?」

「神様、ミリア、大丈夫!」

 

 ベル達も気付いて急ぎ陣形を固める。非戦闘員のヘスティア様とヘルメスを庇う様に陣取り、その崩れ逝く壁を警戒し────壁が崩れ落ちた後には、何処かへ続く通路が出来上がっていた。

 うっすらと光を放つ水晶が所々に生えており通路は大分奥まで続いている様に見える。

 十五階層とはまるで毛色の異なるその道。

 

「これは……未開拓領域」

「未開拓って事はまだマッピングされてない所ですか?」

 

 おいおい、マジか。結晶竜の様な新種のモンスターなんかが待ち構えている可能性もある超危険な場所……流石に下層と中層を一緒にするのは不味いんだろうが、それでも未開拓っていうのは怖いな。

 

「間違いないでしょう。私の記憶でもこの階層にこんな地形は無かったはずです。縦穴とも構造が違います」

「つまり新発見ってわけか」

 

 確かに新発見なんだろうが……結晶竜みたいなヤバいのが出てきたら不味いし此処は引くべきだと思うなぁ。とりあえずマップに位置だけ記してギルドに提出しとこう。そうしよう……ほら、ヤバいモンスター出てきたらアレだしね?

 

「凄いですね神様」

「え? あぁうん、まあね、ボクにかかればこんなもんだよ」

 

 いや、偶然ですよねヘスティア様……。いや、神の強運的な?

 

「はっ?! クンクンッ、この匂いは……」

 

 一瞬で何かが目の前を横切っていき、その何か、というかその人物は未開拓領域へ続く道の入り口の匂いをこれでもかと嗅いでいる。何してんだミコトや……。

 

「ミコトさん?」

「おい、どうかしたのか……?」

 

 おーい、何をして────。

 

「まさか!?」

 

 ────はぁ?

 いや、待て。何が起きてる?

 

 未開拓領域である通路の奥に消えて行くミコトの背中。

 匂いを嗅いでいたと思えば、次の瞬間にはすさまじい勢いで未開拓領域の奥へと駆けだしていってしまった。って待てよっ!?

 

「ミコトッ!?」

「一人じゃ危ないですよっ!」

 

 って待て待て待て、皆で突撃とか死にたいのかおまえら。

 

「全員ストップ!」

「ミリア?」

「おい、ミコトが行っちまうぞ」

「早く追いかけたほうが」

 

 馬鹿ですかね? 馬鹿なんですね? 馬鹿なんでしょう?

 

「馬鹿ですか、彼女が何で駆け出したのか知りませんが未開拓領域ですよ? 地図に載っていないだけじゃない、どんなモンスターが出てもおかしくはないんです。こんな結晶竜みたいなのが出てきたらどうするんですか?」

「……だが、それなら尚の事ミコトが危ないんじゃ」

 

 知らんがな。いや、言っちゃ悪いけど一人で飛び出した阿呆が悪いだろ。ミコトが何を思って突撃したのか知らんが、この場においてする事はとりあえず地上に戻る事じゃないのかね。

 

「ヘスティア様や神ヘルメスなんかの非戦闘員を抱えたままリスクの高い行動はとりたくはないのですが」

「んー、ミリアちゃんの言う通りっちゃあそうなんだけどねえ」

 

 うるせぇヘルメス。結晶竜ぶつけんぞ。

 

「此処でミコトちゃんを見捨てるのも後味悪いだろうし、ヘスティアについてはちゃんと守るからさ。このアスフィが」

「……ヘルメス様、はぁ」

 

 いや、そういう話じゃぁなくてだな。

 確かに後味悪いし行くべきなんだが……あぁ、しゃあない。

 

「では結晶竜を先行させながら隊列を組んで進みましょう。もし結晶竜が一度でも死ぬ様な事があったら……申し訳ないですけどミコトさんは諦めてください」

 

 いやだってね、未開拓領域だよ?

 結晶竜が元々居た場所もそんな未開拓領域なんだよ? 結晶竜みたいなの出てきたら死ねるって、ただでさえ十八階層で損耗が激しい現状。結晶竜レベルの厄介なの出てきたら全滅するっての……。

 

 

 

 

 

 生え茂る竹、の様な植物。結晶が立ち並ぶ岩場。独特の臭気の漂うこの空間に名を着けるとするなら『迷宮の秘湯』とかになるんだろうか。

 湯気立ち昇る泉の前で呆然と立ち尽くす阿呆一名発見。結晶竜曰く『強そうなのは居ない』との事なので問題は無いか? この匂いは温泉のモノだろう。

 周囲を警戒してみるも特に何かがある訳ではない。いや、めっちゃあるんだけどね?

 竹っぽい植物に木の実の様に鈴なりに連なる果実っぽいなにか。というか手酌の様な形のモノや徳利の様な形のモノまで、材質が竹っぽいが形がまんま御猪口だったり徳利だったり桶だったりと、温泉であると良いねと思えるモノが竹に生えてる。なんだこの植物。

 

「珍しいですね、竹酒がこの階層にあるなんて」

「……なんですかその竹酒って」

「湯を入れるだけで酒が出てくる徳利型の果実ですね。十八階層より先で稀に見つかるモノですよ」

 

 へぇ、あの瓢箪みたいな果実と一緒かぁ。ってか酒が簡単に出来るって凄くない?

 

「これを地上に持って行けば売れるのでは?」

「回収してから数時間でダメになるので地上に持って行くのは難しいですね。それに味もあまり良くはありませんし、酒精も弱い。下手な安酒よりも高価な割には安酒より不味いので迷宮内でどうしても酒を飲みたいというドワーフが使うぐらいのモノですよ」

 

 リリはちょっとがめつすぎやしませんかね。いや、損耗激しくて出費もアレだしね? でも十八階層での買い物分は全部ヘルメスファミリアが支払うって事で話はついてるし。

 

「それより、ミコトは大丈夫なのか? 呆けてるみたいだが」

「この温泉にでも突き落としてみますか?」

「……ミリア、苛立ってるのはわかるが、やめてやれ」

 

 命知らずな阿呆な行動取ってる阿呆は温泉にぶち込むぐらいでいいんじゃなかろうか。

 

「温泉、こんなダンジョンに?」

「────はいっ! 間違いなく温泉ですっ!! 自分、温泉の事になら自信があるんです!!」

 

 おう、ミコトが再起動したのか凄まじいハイテンションで捲し立てはじめたぞ。やっぱこいつ何処かネジ外れちまってるだろ。一度ぶっ叩くなり温泉に突き落とすなりした方が良いぞ。

 

「他には特に何もないですね」

「モンスターの気配もありませんし」

 

 本当かぁ? いや、だってダンジョンだし、未開拓領域だし、結晶竜っていう前例があるし……。実は結晶の向こう側とかでこっち見てたりしない?

 

《むこうがわにはだれもいないよ?》

 

 ふぅむ。警戒し過ぎか? でも未調査な訳だし何があっても不思議じゃないでしょう? 怖いよ。

 

「此処はダンジョンが作った癒しの空間という事なのでしょう」

「なるほど。少しはのんびりできるってわけか」

 

 んー。結晶竜やい、ちょいと索敵してきてくんない? もし異常があれば連絡をよろしく。キューイが居たら良かったんだがなぁ。

 

《わかったー。みてくるねー》

 

 するんと結晶竜が近くにあった水晶に()()()()()()。マジか、そんな風に移動すんのかぁ。そりゃ見つからんわ。

 所々に生えている水晶に一瞬だけ結晶竜の姿が映し出されてはいるが、それも光の加減による目の錯覚とでも思ってしまいそうだ。今まで姿を見た者は殆どが生きて帰らなかった事もそうだし、水晶の向こう側にいかれたら手出しが出来ないというのと、回復魔法を食らわない限りは不死身という性能から他のモンスターとは一線を画す。

 結晶竜ってヤバい存在なんだなと再認識している間に、ミコトが顔を温泉に突っ込んですさまじい勢いで飲んでいた。

 まって、天然の温泉って結構汚い……後、毒性もあるかもだから普通は……あぁ、冒険者だから平気なのか。

 うん、普通の人が真似しちゃアカン奴やろ。

 

「ぶはぁ……」

「どうだった、ミコト」

「湯加減、塩加減、申し分なし! 最高の一品です!! ぜひ入っていきましょう!!」

 

 いや、絶対その温泉ヤバいモン入ってるだろ。ミコトの眼がグルグルしてんぞ……。

 

「あー、ノースリス」

「なんですか桜花さん」

「……ミコトは温泉が絡むとああなるんだ」

 

 えぇ……? あれって素なの? 温泉絡むとあんなふうになるの素なの? ちょっとドン引きだよ……。

 

「十八階層以来疲れも溜まる一方ですし」

「うん。諸君ここは一つ」

 

 ヘスティア様も参加するの? だったらまぁ……。

 

『温泉リゾートと洒落込もうじゃないか!』

 

 いつの間にか忍び寄っていたヘルメスも共に声高らかに宣言しているし。

 ヘスティア様達もそれに気づいた瞬間にヘルメスから距離をとってジトっとした目で睨らみ始めた。

 

「ん? なんだい?」

 

 すっとぼけてんじゃねぇ。温泉に突き落とすぞ。

 

「なんだじゃありません。水浴びの件忘れたんですか」

「ああ、ベル君が()()()()をした」

 

 お前がベル君を男の浪漫なんて言う訳の分からん言葉で誑かしたんだろうが。本気で突き落とそうかな……ダメかな、ダメ? アスフィさん其処退いて、ソイツ突き落とせない。

 

「ミリアさん謝りますので此処は抑えてください」

「アスフィさん、落としたいです。ソレ、其処の温泉に突き落としたいです。退いてもらえませんか」

「やめてください、一応こんなんでも私の主神です」

 

 なんでそんなのの眷属になったんですかねぇ。アスフィさん実は男の趣味悪いんじゃないです?

 

「ベルが良い思い?」

「なんですかそれ?」

 

 良い思いは確かにしたと思う。アイズさんやアマゾネスの二人、後他にも数人の裸体を記憶できたんだ。おかずには困らん事だろう。

 他の男が泣いて悔しがるレベルだし。まあ、ヘルメスも同じ様に見てた訳だが。

 

「アスフィさん、やっぱヘルメスを温泉に突き落とすので其処退いてもらえません」

「ほんっとうにごめんなさい。私が代わりに謝りますのでなんとか……」

 

「ともかく、ボクらはヘルメスが居るんじゃ安心して入れないよ」

「温泉は惜しいですけど……」

「そんなぁ……」

 

 惜しいね。そうだね、だからヘルメスを落としてこの怒りを鎮めよう。アスフィさん早く退いて、そいつ落とせない。

 

水着を着れば良い

 

 唐突に腕組をし、威風堂々と宣言した人物。予想外な事にリューさんがぶっ壊れた事を言い出した。

 いや、確かに豊穣の女主人ではアーニャさんに『リューはポンコツだから時々おかしな事を仕出かしたり言い出したりするニャ』とか言われてたけど、此処でそのポンコツ具合を発揮しなくても……。

 

水着を着れば混浴し放題だ

「それ、名案です!」

 

 阿呆か、何処が名案なんだよ。

 誰だミコトとリューさんの頭のネジ外した奴は。

 それもこれも全部神ヘルメスが悪いんだろう? つまり温泉に突き落とすべきだと俺は確信したね。アスフィさんいい加減退いてくれませんかね?

 

「阿呆ですか。水着なんてある訳ないでしょう。それともミコトさんは水着を持ってきていると?」

 

 あぁ、なんかミコトもリューさんもポンコツになって頭痛い……。

 

「こんな事もあろうかとっ」

 

 神ヘルメスの声と共に俺を押しとどめていたアスフィさんのマントが────スカートも一緒に────めくれ上がり、その裏側に無数の水着が縫い留められているのが見えた。ついでにアスフィさんのパンツも見えた。

 

 

 

 

 

 ミリアが温泉に突き落とし、その後アスフィさんの無言の殴打が顔面に注ぎ込んだ事でずぶ濡れのボロボロになったヘルメスから水着を受け取ったものの、着替えるのは『レディーファースト』というヘルメスの言葉から先に女性が岩の向こうで着替える事となり、ベルは水着を片手にヴェルフ達と肩を合わせていた。

 岩の前に仁王立ちするリューを見れば、不埒にも向こう側で着替えるヘスティア達を覗こう等とは微塵も考えられないし、流石のヘルメスもあれだけズタボロにされてなお立ち上がりはしない様である。

 男四人で集まり女性陣の着替えを待つ事になったベル達の中でヘルメスが真っ先に口を開いた。

 

「今頃、あの岩の向こうでは美の饗宴が繰り広げられているんだろうね」

『ッ!』

 

 ヘルメスの言葉に三人の男が一瞬で向こう側の光景を想像した。

 

「リリちゃんはまだ幼さが残る中にも、ダンジョンの中を生き抜く強さを纏ったしなやかな姿を」

 

 ヘルメスの言葉からベルは十八階層の水浴びの場で見たリリの裸体が脳裏に浮かびあがり、一瞬で赤面する。

 

「ミコトちゃんは生真面目さに見合わぬ不埒な体つきを、千草ちゃんは可憐な腰つきを」

 

 ベルの脳裏に次々と浮かび上がる裸体。

 リリルカは確かに幼さが残る中にもしなやかな力強さのある姿であったし、ミコトは生真面目な性格から一変し体つきはれっきとした女性であった。千草についてもやはり腰つきは神ヘルメスの言う通りだと一瞬納得しかけ、ベルはぶんぶんと頭を振ってその光景を消しとばす。

 せっかく謝罪し思い出さない様にしていたはずなのにヘルメスの言葉で簡単に思い描いた事に罪悪感を感じながらもベルは耳を塞いでヘルメスの言葉を聞かないようにした。

 

「アスフィも本来はお姫様────っと、これは秘密だったんだ。ああみえてかなりのもんだ。主神(おれ)が保証するよ」

 

 十八階層の一件で余す所なく思い出す事の出来る裸体を思い浮かべてしまったベルはか細い悲鳴を零しながらもより強く耳を押さえる。

 これ以上聞いているとかつて封じ込めたはずの暗黒(きおく)の蓋が開きかけ────ギリギリで封じ込め続ける。ベルはこれは開けてはいけないモノだと必死に自分に言い聞かせた。

 

「そして極めつけはヘスティアさ天界屈指のあの胸。それがナマで、あの岩の向こうにあると考えると────」

 

 必死になって押しとどめていると、ヘルメスは静かにベルに寄り添って耳元で囁き始める。

 

「そして大穴のミリアちゃんさ」

「え?」

「ミリア……?」

「ノースリスか」

 

 耳を押さえていた手を思わず外してヘルメスの言葉を吟味し、ベルは彼に視線を向けた。

 

「あの、ミリアは無いんじゃ」

「……おいおい、冗談だろ?」

 

 ベルの言葉を聞いた神は呆れ顔を浮かべて三人を見回す。

 三人の男は顔を見合わせてから神に視線を向けた。

 

「いや、流石にミリアは……」

「可愛いっちゃ可愛いが、なぁ」

「…………小さすぎるな」

 

 ベル、ヴェルフ、桜花の言葉を聞いたヘルメスがこれ見よがしに天を仰いで深い溜息を零した。

 

「おいおい、君たちは今まで何を見てきたんだ」

「何をって」

 

 ヴェルフが何か言うより前にヘルメスは真剣な表情で三人を見回し、固い声で静かに語り始める。

 

「君たちは若い。いや、若過ぎる」

「……だからなんですか」

 

 ン億年生きている神からすれば地上の人間(こども)なんぞ100年生きても赤ん坊の様なモノだろう。

 

「そういう意味じゃぁなくてだな。ミリアちゃんの魅力に気付けないなんて青いにも程がある」

「青い果実なのはミリアなのでは……?」

「お、上手い事言うねぇヴェルフくん。じゃなくてだね」

 

 仕切り直す様に咳払いをしたヘルメスが手招きをし、皆で身を寄せ合う。

 

「いいかい? 君たち、今から目を瞑ってミリアちゃんの裸を想像するんだ」

「え? ミリアの……」

「はだか……?」

「なんでまた?」

「いいから、言われた通りにしてごらん」

 

 誰かの裸体を想像する。そんな事が出来る訳もなく何時ものローブ姿のミリアが脳裏に浮かんだベルは静かにヘルメスに呟いた。

 

「出来ませんよそんなこと」

「俺もだ」

「無理だな」

 

 三人が同じ反応をしたのを見たヘルメスがニヤリと笑みを浮かべた。

 

「それは、背徳的だからかい? それとも()()()()()()()()からかい?」

「え? それはミリアに悪いし……」

「おいおいベル君、裸を見といて思い出すのが悪いだなんて言うなよ」

「ってえぇ!?」

「おい待て、ベルはミリアの裸を見た事があるのか?」

「流石に、それは……」

「いや、ちが、見てない! ボクは見てないですっ!」

 

 幼過ぎるミリアの裸体を眼にした事があるとヘルメスに指摘されたベルが赤面し、ヴェルフと桜花の呆れた視線が突き刺さる中、ベルが慌てて言い訳をし始め、ヘルメスは嗤う。

 

「おいおい、見てないだなんてミリアちゃんが可哀相じゃないか。水浴びの時、彼女もちゃんとあの場に居たんだぜ?」

「水浴び……?」

「おいベル、どう言う事だ」

「いや、あの、それは……」

 

 あの場の事をどう説明しようかとベルがわたわたし始めた所でヘルメスが割り込んで話を逸らす。

 

「まぁその事はいいじゃないか。それよりも、ミリアちゃんさ」

「……いくらなんでもミリアは無いだろ」

「幼過ぎる気はするな」

 

 小人族の中でもとりわけ小柄である事もあり、リリルカ以上に背徳的を通り越して色気を感じられないミリアを()()と称したヘルメスに胡乱気な視線が突き刺さる。

 

「君たち、良いかい? 普段のミリアちゃんの態度を思い出すんだ」

「ミリアの態度?」

「それが何か……」

 

 真面目な空気を醸し出すヘルメスにつられ、三人が普段のミリアの態度を脳裏に描く。

 

 見た目は非常に幼い。身長が低いのもそうだが大き目のローブの裾を揺らしている姿ばかりが浮かぶ。

 金髪に碧眼、顔立ちも整っているし十人中十人が美少女だと口を揃える程だが、幼さが際立っており邪な感情が浮かぶ要素は何処にもない。

 しかし、普段の態度は子供っぽくはない。むしろ考え方や行動は非常に大人びているし、しっかりとした言動である。

 ミノタウロスとの戦闘、十三階層での救援時、十八階層への決死行、そして十八階層での大決戦。

 確かに恐怖で動けなくなったりしていた場面もある。けれどそれ以上にしっかりとした立ち回りでベルを助けてくれていた事に気付く。

 顔を上げたベルがヴェルフや桜花を見れば彼らは何かに気付いた様にはっとなっていた。

 

「気付いたかい? ミリアちゃんはね、あの幼い体つきや容姿とは異なって、非常に大人びてるんだ」

「確かに」

「そうだな」

「うむ」

 

 三人が肯定するのを眼にした神はうっすらと笑みを浮かべる。

 

「あの幼い体つきでありながら、彼女は非常に大人びてる。そう、ギャップさ」

 

 小さく、幼い姿をしていても、彼女は確かに自分たちより考え方が大人びていて、冷静である。

 先程も慌ててミコトを追おうとした彼らに対し警戒する様に進言したりしていた。

 十八階層での冒険者とのひと悶着の時も、彼女はリーダーして正しいと思える選択を真っ先に挙げていた。

 

「ここでもう一度彼女の裸体を想像してみるんだ」

 

 確かに、彼女の胸はそんな膨らみはないだろう。腰つきこそ色気を感じられなくはないかもしれないが、幼さが際立つだろう。全体的に見れば、やはり幼さや小ささが目立ち、色気なんてモノは感じ取れないだろう。

 

「だけど、その幼い体つきで大人びた考え方をしているのを想像して、君たちは何も感じないのかい」

 

 背徳的で退廃的ではあるが、ミリアに何の魅力も無い訳ではない。

 むしろ、その退廃的な背徳感はヘスティアの胸の様な直接的な刺激よりもなお魅力的に見える。

 神ヘルメスが悪魔の様に囁き、三人をあらぬ道を引き込もうとした瞬間。銃声が轟いた。

 

「『ファイア』……神ヘルメス、何を話していたのか知りませんが、あまり変な事をベルに教えないでください。……もう一度温泉に浸かりたいんですか?」

「おぉっと……これはまた、水着、似合ってるよ?」

「お褒め頂きありがとうございます。死んでくれませんか?」

 

 三人が振り返った先、魔法陣(銃口)をヘルメスに向けながら若干不機嫌そうなミリアの姿があった。

 赤いチューブトップビキニを身に着けており、その小さな体からは想像がつかなかった綺麗な腰つきをしたミリアの姿にベルが息を呑み、そして気付いた。

 普段のミリアの姿はローブ姿であり、体の線が全く分からなかった。それは同じ本拠で暮らす様になって以降もミリアの腰つきや体のライン等を一切意識してこなかったのもそうだが、それ以上にミリアの普段の格好がそういった色気のある衣類でなかった事も大きい。

 見えていなかった部分をさらけ出した姿にベル達はその小さな体を見てごくりと唾を飲み込んだ。

 

「……三人ともどうしたんです?」

「み、ミリアこそどうしたの? 他の皆は……」

「私が一番に着替え終わったんでベル達の様子を見に来ただけですよ。ヘルメスが余計な事してないかの確認も兼ねて、ですが」

 

 不機嫌さを隠しもしないミリアの様子にヘルメスが両手を上げて降参をしめした。

 

「いやぁ、ミリアちゃんの魅力について語ってたのさ。皆若過ぎてミリアちゃんの魅力に気付いてなかったみたいだからねぇ」

「……私の魅力、ですか。それは気付いちゃいけない奴じゃないですかね」

 

 ミリアが不愉快そうに眉を顰め────岩の向こう側からヘスティア様の悲鳴が響き渡り、ミリアが目を見開いてヘスティアの方へ駆け出していく。

 ベルもつられて駆け出し、岩の前で足を止めた。

 

「ヘスティア様っ!」

「なっなんでもないんだベル君! 少々予期せぬ事態が起きた。もう少し待っててくれないか」

 

 岩の向こうから聞こえたヘスティアの声に安堵の吐息を零すベル。その後ろからヘルメスが静かに近寄り、耳元で囁いた。

 

「で? ミリアちゃんの水着姿の感想は?」

「っ!?」

「『ファイア』……神ヘルメス、次は脳天にいきますので。後で覚えておいてくださいね」

 

 岩の影からミリアが威嚇射撃を行い、ヘルメスの頬を掠めて魔弾が通り過ぎて頬に一条の傷が残る。

 神ヘルメスは冷や汗と共に血を垂らした。




 上手いだとか素晴らしいだとかそう褒めないでくれよ(調子に乗っちゃうゾ)

 この温泉のお湯って『衣類だけ』溶かすのか『装備も』溶かすのかどっちなんですかね。
というか溶けたのは本当に温泉の効果なんですかね。
 というかやっぱ水着が溶けた犯人って神ヘルメスですよね。だってリリが全身浸かったりしても服溶けてなかったし、ベル君の水着は溶けたけどシャツは溶けなかったし。
 
 もし『衣類だけ』溶かすとかいう効果なら神々がこぞって採取依頼出して衣類を溶かす雨としてオラリオ中に降らせそう()

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