魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
うららかな日差しに照らされた整然とした石畳。
晴れ晴れとした天候の元、街の人々の笑顔が咲き誇り、そこら中から弾んだ声が響いている。
つい三日程前にようやく帰還を果たした街並み。少なくとも俺にとっての故郷というにはまだ少し違和感が残る所ではあるが、この光景を見れば思わず口元が綻ぶ。
そも故郷等と呼べる場所は俺には無いんだが。
「ベルさん達が無事に帰ってきてくれてよかったです」
「その、ご心配おかけしました……あと、ありがとうございます」
「シルさんがリューさんを説得してくれたんですよね。本当にありがとうございました」
西のメインストリートの一角に存在する知る人ぞ知る酒場『豊穣の女主人』の店先。
はにかんだような笑みを浮かべているシルさんに感謝を伝えつつも店の中を覗けばアーニャさんがブーブーと文句を零し、椅子に足を引っかけて山積みの皿の山をぶちまけている光景が目に入ってきた。
あぁ、アーニャさん今日もやらかしてるんですか。何時も通りの光景だなぁ。
中層においてタケミカヅチ・ファミリアの救援を行い、そのまま不幸にも十五階層へ転落した結果、十八階層への決死行という今考えると相当な無茶をしたあの一件。
地上ではたくさんの人々が帰還しなかった俺達の心配をしてくれていたらしい。謙遜を口にするシルさんもそうだが、直接ダンジョンに乗り込んで捜索にきてくれたヘスティア様とは違う方法。リューさんを送り込む形で救援を行ってくれたのが彼女なのだ。
リューさんにはすごく助けられた此方からすればなんとお礼を言えばと言った感じである。
「お体の方は大丈夫なんですか?」
「はい。ミアハ様……良くしてもらっているファミリアの人たちに治療してもらったので」
「私も問題無いですよ」
十八階層での激戦の後の帰還。途中で怪物の狩場であった温泉に立ち寄りこそしたものの、疲労や精神力なんかをすり減らし過ぎた影響もあってここ二日は休息に当てていたのだ。ベルは、だが。
「ミリアは戻ってきてからずっと動き回ってますけど」
「そうなんですか? ミリアさん、ちゃんと休息をとらないとだめですよ? お手伝いしてくれる人が減ったら私も困ってしまいます」
豊穣の女主人で時折バイトしてたからか当てにされてるんかね。と言っても皿洗いか野菜の皮剥きとかの下拵えばっかやってるんだけどね。フロアは小人族にはきついし。
「あー、はい。体の方は問題ないですよ。えぇ、体の方は」
別の問題はあるんですけどねぇ。
「体の方? 何かあったんですか?」
「あー、すいません。箝口令もありますしあんまり詳しくは言えないのでかなりぼかしますけど」
十八階層での一件は口外禁止となっている。ギルドが箝口令を敷いたのだ。
特に酷いというか、かなり厄介な問題となって俺に降り注いでいるのは『結晶竜』の存在である。
あの十八階層での異常事態において発生した、というよりは
ただでさえ未確認ってだけでも厄介だってのに、其処に階層の大移動までしてきたとなればギルドが騒ぎ立てる。というか
『結晶竜』の体を構築している結晶体は非常に貴重な深層でわずかにしか取れないモノらしく、どうにもそのわずかにしか採取されない結晶っていうのがこの結晶竜の体の一部だったらしい?
元々『結晶の領域』なる場所に居たらしい彼女。
時折、縄張りである自己領域のギリギリまで出ては他の怪物を撃退していたのだが、その撃退した際に残った結晶塊がその超希少鉱石の一種だったらしい。今まではダンジョン内で採掘できる鉱石が露出して転がっていたと思われていたその希少鉱石。それがなんと結晶竜が戦闘を行った結果残された戦闘跡だったと知れたのだ。
ギルド長のマルディール? という奴がなんかギルド権限を行使して
「はぁ、結局取り消されたと?」
「はい、一昨日から一日と半ぐらいずっとギルドで捕まってましたよ……」
とある話をした所、唐突にマルディールが誰かに話しかけられたみたいに独り言呟きだし、その後解放された。
解放された後、外套ですっぽり全身を覆い尽くした糞怪しい『フェルズ』と名乗った冒険者(?)らしき人物に引き合わされ、其処で話を聞いた。
なんでも彼らは
…………最近、頭が悪くなった気がするが気のせいか? 多分、前世の俺なら正しく理解できたと思うんだがなぁ。
「それで二日居なかったんだね」
「ギルド管理の宿で一晩中ずぅーっと詰問ですよ。洒落になってないです」
おかげで若干疲れが残ってるというか、身体的な疲労はないのに精神的な疲労が溜まってる。
ちなみに結晶竜本人……本竜? は今はガネーシャ・ファミリアに預けてある。どうもガネーシャ様もその異端児の件は知っているらしい。
知性と理性を兼ね備えた怪物。人と同じ感情を持ち、人と同じように愛し合い、慈しみ合う。そんな怪物の中の異端。彼らに対しどう思っているのか問われたが、なんとも言い難い感じだ。
何せ、俺からすれば人も怪物も違いは無い。むしろ、怪物なんかより
鋭い爪を、強靭な牙を、堅牢な鱗を、そんな天然の武装を身に着けた怪物。
人に害意と殺意を以て襲い掛かってくる。
それを人は恐ろしいと感じ、恐怖し、排除しようとする。
けれど、見た目からして恐ろしいなんて別にどうでもいいと俺は思う。
人に害意と殺意を以て襲いかかってくる? それがどうしたんだというんだ。
むしろ、笑顔で手を差し出して握手を求めてきながら、反対の手にナイフを握り込んで殺意と害意を隠して近づいてくる人間の方がよっぽど怖い。むしろ見えない恐怖は怪物よりも恐ろしいとは思わないのだろうか?
笑顔で挨拶を交わしていた隣人が、裏で人を騙して金を奪い取る下種だったらとか。人を犯して殺して、平然と日常生活を送れる異常者だっている。
むしろ『殺してやる!』って叫んで自己主張してる奴なんて一目みれば『ヤバい奴』って判るだけ良いと思うんだがね。怪物なんてそんなもんでしょ。
…………怪物の方がまだ良いとか頭狂ってんじゃねぇのって話なんだがね。
神ガネーシャと神ウラノスには伝えたが、俺は
けれど、リリの様に後ろ暗い所があると途端に疑ってかかってしまう。
悪い癖かもしれないし、そうじゃないかもしれない。なんとも言い難く、どうしようもない俺の
それに当てはめると、俺は怪物が笑顔────怪物の笑顔は想像がつかんが────で差し出した手をすぐには握れない。それが本当に
まぁ、逆に言えば
武器を手に襲ってくれば、人も撃つ。
爪を、牙を振るって襲い掛かってくれば、怪物も撃つ。
笑顔で手を差し出してくれば、疑いながら確信を得られるまで警戒しながら接する。本物だと分かれば打ち解ける。人も、怪物も同じ様な形で接する。それだけ。
疑心暗鬼を生ず。常に疑うから、常に鬼に怯えてる。怪物への怯えより、人への怯えが大きい。それだけの話だ。
「ミリアさん? 大丈夫ですか? 表情が暗いですけど」
「え、えぇ。少し憂鬱な気分ではありますかね」
「ギルドでの事?」
いや違うが。心配そうな表情のシルさんとベルを見て少しほっとした。
心の底から信じられる誰かが居る。それだけで凄く楽になれる。
異端児がどうとか、今の所はそのリドたち異端児に会うといった予定は無いし、彼らの活動に協力するといった事も無い。口外を禁じられた以外に特に無く、結晶竜の問題の方が俺にとっては重要といえば重要だ。
というか彼女の名前、なんか考えておかないとな。いつまで経っても結晶竜だとアレだし?
クリスタルドラゴン、からクリスで良いんじゃね?
「シル、店を空けるとまたミア母さんに……ああ、クラネルさんにミリアさん、いらっしゃったんですか」
「リューさん」
「お久しぶりです」
店内からの呼び掛けと共に顔を出したリューさん。奥ではアーニャさんが涙目になって割れた皿を搔き集めている姿が見えた。アーニャさん、南無……。
ダンジョンに潜っていた時のケープと戦闘衣の姿から一変。可憐な店員の制服姿を見ると若干の違和感と、納得が生まれる。ただ可憐なだけではなく、恐ろしい棘も持ち合わせているのだなぁと。
「壮健そうで何よりです。ミリアさんは、どうかしたのですか? 顔色が良くない」
「あー、ミリアは……」
「ギルドに二日程拘束されてました。結晶竜の件で」
納得の表情を浮かべたリューさん。彼女も共に戦った仲なので理解が早い。
結晶竜の危険度的にギルドがとやかく言うのは予測できていたらしい。
それとは別に、なんとなくリューさんの表情が柔らかい気がする。というか若干ベルとの距離が近い?
「ベルさん、リューと随分仲良くなられたんですね?」
「まぁ、裸体を見せ合った間柄、仲も良くなりますよ」
「ミリアッ!?」
「ミリアさん、誤解を生む発言は控えてください」
冗談を言った瞬間、シルさんの笑顔が深まる。威圧感を伴う笑顔でベルに一歩近づいて釘を刺した。
「覗きなんてしてはいけませんよ?」
「は、はぃっ……」
最初に帰還報告をしにきた際、シルさんは激怒していた。普段の柔らかな物腰が嘘の様な怒りっぷり。
リューさんとベルが横に並んで共に正座する前でこっぴどく叱るシルさん。というかアレは折檻だったと思う。
ベルは十八階層でリューさんの裸を見た事で、リューさんは温泉でベルの下半身を見た事で、どちらもたっぷり怒られた。というかリューさんは二度叱られた。
「リューも、そういう時は見ない振りしてあげなきゃダメですよ?」
「……わかりました。クラネルさん、あの時は不躾な視線を向けてしまい申し訳ありません」
「い、いえっ」
二人がペコペコと頭を下げ合うのを見ていると、ようやくシルさんの怒りも収まったのか普段の笑顔に戻り────こちらに視線が向いた。
「ミリアさんも、ベルさん
あ、待って飛び火した。ヤバいこれは予想外だった。藪をつついて蛇が飛び出してきやがった。
たっぷり十分程の折檻を喰らってしまった……。
「ミリアさん、極東にはこんな格言があるそうです『口は災いの元』と」
「人を揶揄うからだよミリア」
リューさんとベルに若干呆れられた様な表情で見られつつ、痺れた足でなんとか立ち上がる。酷い目にあった……。
口は災いの元。覚えたぞ、もうシルさんの前で不用意な発言は控えよう。
「そういえば、リューに聞いたんですけどすごい
足が痺れてベルに手を借りていると唐突にシルさんが訪ねてきた。
十八階層で突然現れた『ゴライアス』と『結晶竜』の事だろう。
「お二人がそれぞれ倒したと聞きましたが本当ですか?」
「え、いや、あれは」
「どうでしょう?」
リューさんの『謙遜するな』という視線が突き刺さるが、何とも言えないんだよなぁ。
自分を貶める発言はするなって言われたし、温泉の主を倒した際には魔法制御能力が非常に高い事をアスフィさんと二人してベタ褒めしてきてはいたが。
「偉業の
「どう言う事ですか?」
ステイタスの更新を行ったのだが、ランクアップに至る程ではなかったらしい。
片やレベル5に近い能力を得た階層主。片や討伐方法も不明な未発見種の竜。
ゴライアスの方は数多の冒険者の協力があってこそなのでベルの偉業のエクセリアが足りないのは納得なんだが、結晶竜の方のエクセリアの方も思ったより多く無かったのはなぁ。それでもヘスティア様曰く『あと小指の爪の先ぐらいの偉業のエクセリアでランクアップできる』とは言っていたが。後、偉業のエクセリア総量ではベルを上回っているらしい? ただ通常のエクセリアはベルの方が濃密でステイタスは上っぽいが。
「でも倒したのは事実なんですよね?」
「え、えぇ、まぁそうなりますかね」
倒した、というよりは回復魔法ぶち込んで消滅させた感じなんだが。まぁ倒したといえば、倒したのか?
「わぁ、すごい! お二人とも本当に一人前の冒険者になってしまったんですね!」
「一人前……?」
助けて貰っておいて一人前と言えるのだろうか? 少なくとも俺一人だったら間違いなく死んでたし、結晶竜の倒し方もリューさんの大ヒントのおかげだった訳なんだがね。……もしかしてリューさんの活躍が偉業のエクセリア総取りしていった感じなのでは?
「酒場のお客様が有名になられるなんて、なんだか私まで誇らしくなってしまいます」
我が事の様に喜んでくれるのは嬉しいといえば嬉しいんだが。
【剣姫】や【勇者】なんかの超有名人も来てるくらいだし、今でも十分なのでは?
「良かったら、またお祝いをしましょうか? せっかく皆さん無事に帰られたんですから。今日のお夕飯なんていかがでしょう?」
シルさんの善意の提案、に見せかけたお金を落とさせようとするあざとい作戦に思わず苦笑が零れる。
ベルの方は一瞬顔を引きつらせて首を横に振った。ミアさんの罵りでも思い出したんだろう。
ファミリア以外の人に助けてもらった事に関して『甘えてんじゃないよ』と厳しく言われたしね。
「いや、流石に迷惑をかけていてお祝いするのは……」
「ミアさんには厳しい事言われてますしねぇ」
「ふふ、お土産話を差し出せば、ミア母さんも機嫌が良くなりますよ」
「確かに、冒険者の武勇伝は彼女の大好物です」
ミアさんはなぁ、酒場で冒険者が武勇伝してるのを楽しそうに見てるからなぁ。まあ、酔っ払って余計な事するとぶん殴られるけど。
まあ、今回は断るんだけどね。
「すいません、先約があるので……」
「あ、そうだったんですか?」
「それはもしかしてアーデさん達ですか?」
リューさんの問いかけに二人で肯定する。
本当なら昨日やりたかったのだが俺がギルドで拘束されてたのと、拘束が解けた直後にガネーシャ・ファミリアに駆け込んで結晶竜の調査やらなんやらで時間をがっつり取られてしまったので出来なかったのだ。
序にヴェルフに武具作成の進捗も確認しときたいかなぁ。
結晶竜の鱗、というか結晶鱗をそれなりの数渡して色々と作成を依頼した。
ぶっ壊れた銃杖、無くした二本の剣、鎖帷子もボロボロで使い物にならなくなったので新調しなきゃだし。後はローブかなぁ、こっちは安物じゃなくてそこそこ良いのを買わないとリリが『こんな古臭い中古品良く見つけてきましたね』とか皮肉言ってくるし。
結構気に入っていたのだが、やっぱり古臭い使い古しのローブっていうのは良くないらしい?
前回から評価を沢山いただきありがとうございました。
おかげさまで評価が8.01から8.15になってました。何処ぞの魔法少女()を名乗ってダンまち二次を書いてる
ともかくR18は書かないです。
それと『オリオンの矢』見ました。
凄く、意味が、わからなかったです。
申し訳ないんだけど、神話を元にした作品かと思ったら、なんかわけがわからない終わり方した感じ? いや、確かに神話通りだとベル君が死んじゃうし、それアレだけど、なんか、その、なに? 意味がわからなかった。
ちなみにストーリーとは関係無いけど、トラウマに近い『ALIEN ISOLATION』を彷彿とさせる卵と背景はどうなのかって思った。
何故あのデザインにしたのか、卵の形状。急激な自己進化と耐性付与ってもうそれエイリアンでしょって感じ?
火炎放射器は効かなくなるわ、デコイは効果無くなるわ、ロッカーに隠れても見つけてくるわ、もう学習し進化していくあのエイリアン怖すぎ……。何度殺されたか……というかクリアできてない。
あ、映画見たから書くかっていうと、無理です。というか結末的に何をどうしてもどうもならないというか、ぶっちゃけミリアちゃん居ても何も変わらないだろうし、途中途中のモンスターの群れを掃滅するのに役にたって『ミリアちゃんすごーい』するぐらいしかできないしね。