終焉の聖騎士伝説~オメガモンとなった青年の物語~   作:LAST ALLIANCE

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今回の話ですが、次回予告で書いた内容と若干変更した箇所があります。
話の流れをスムーズ、かつ自然な物にしたかったので変更しました。

今回から人間界とデジタルワールドで事態が動き始めます。
この事態は一本の線で結ばれていますが、一体どういう事なのか。
それは本編の中で明かしていきますのでお楽しみ下さい。


第28話 動き出す事態の中で

「『デーモン大暮閣下のラジオレクイエム』!!!」

 

 “デジクオーツ”事件が終結して1年後。“電脳現象調査保安局”は組織的に大きく発展すると共に仕事量が増えたが、人間界に来ているデジモン達の中には事件が起きていた頃と全くと言って良い程、変わらない生活を送っている者もいる。

 その中の1体がデーモン大暮閣下。この日もまたパーソナリティーを務めるラジオ番組の収録が始まろうとしている。

 

「ドゥハハハハハハハッ!!!!! 貴様ら今日も始まったぞ! 今日も吾輩、お昼ご飯が美味しい豚骨醤油ラーメンだったデーモン大暮閣下と……」

 

「……ここ最近ラーメン大好き大暮さんに付き合わされているスカルサタモンです」

 

「では早速この曲から始めたいと思います。『Chase the Light!』です、どうぞ!」

 

 人間界で随一の人気を誇る『デーモン大暮閣下のラジオレクイエム』。ここ最近になってデジタルワールドでも放送が始まり、ホメオスタシスまで熱心なリスナーとなっている。

 実は番組を聴いたジエスモンがデジタルワールドでも聴けるように交渉してみた所、本人がノリノリで了承したと言う。ジエスモンのおかげなのだが、サービス精神の塊たるデーモン大暮閣下も流石としか言いようがない。

 最近になってラーメンの食べ歩きを行っているデーモン大暮閣下。これは本人の趣味ではなく、ラーメンを食べ歩きながらそのお店を紹介する番組が始まったからだ。その司会役を担当しており、番組のロケでこの日もラーメンをお昼ご飯に食べて来た。

 スカルサタモンがグロッキーになっている理由。それは毎日のようにラーメンを食べている為、たまには違う物が食べたいからだ。確かに人間界の食事は美味しいのだが、流石に毎日同じような物を食べていると、流石に飽きて来る。

 

「Are you ready!?」

 

『ウオオオオオォォォォォーーーーーー!!!!!』

 

 同じ頃、ルーチェモン・フォールダウンモード率いる5人組ヴィジュアル系ロックバンド、『セブンヘブンズ』はとある音楽番組の収録を行っている。目の前にいるのは沢山のオーディエンス。完璧な生演奏。ライブの盛り上がりをお茶の間にお届けする。

 観客は男性と女性が半々。ちょうど良い比率だ。ルーチェモン・フォールダウンモードの声に観客達が応える。黄色い歓声と野太い歓声。それに満足気な笑みを浮かべながら、ルーチェモン・フォールダウンモードは左拳を掲げた。

 

「さぁ宴の始まりだ! 全力で楽しめ!」

 

 観客を煽りながら歌うルーチェモン・フォールダウンモード。止まる時間の方が少ない程、かなり激しく動き回るリズムギターのデビモン。コーラスをしているリードギターのデビドラモン。アクティブに動きつつ、スラップを織り交ぜた弾き方で魅せるイビルモン。激しさと正確さを内包するドラミングで曲を支えるネオデビモン。

 彼ら5体のデジモンが『セブンヘブンズ』。単独で野外フェスを開催する所まで登り詰めているが、未だに全員贅沢が出来ない奇妙なヴィジュアル系ロックバンドだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「これは……酷い」

 

 その頃、デジタルワールドでは新たなる事態が起きていた。その事態を目の当たりにしているのは工藤優衣。彼女はつい先日からデジタルワールドに来ている。

 薩摩本部長からデジタルワールドへの出張を命じられたが、これは建前だ。本音はイグドラシルの動向を探る為。つまりは密偵だ。

 そこでガンクゥモンやジエスモンと協力しながら、イグドラシルの動向を探る。それと共に『寿司処 王竜剣』のネタを仕入れている。この日は新鮮な魚を仕入れる為にウェブ島に来ているのだが、彼女は目の前に広がる光景に言葉を失っていた。

 荒地となったウェブ島。島全体に『波動(コード)』を放ってみたものの、住民のデジモン達の反応は無かった。全員消し去られた事となる。

 

「という事はジエスモンの方も駄目っぽいわね……」

 

 問題なのはこれが初めてではないと言う事だ。ジエスモンも場所こそ違えど、内容が同じ依頼を受け取った。つい先程その場所に向かった。今頃は到着している頃だろう。

 同時多発的となる今回の襲撃事件。一体何が起きているのか。優衣は右手に持っている依頼状に目を落とす。

 

 

依頼人:ゴツモン

 

依頼内容:謎の集団がウェブ島に来てデジモン達を殺戮し始めました。その姿が全く見れなかったので、誰が何の為にしたのか全く分かりません。お願いします。謎の集団を見付けて退治して下さい。

 

 

「助けられなくてごめんね……」

 

 優衣は悲し気な表情を浮かべながら一言呟いた。謎の集団が突如としてデジモン達を殺戮し始めた。その理由は。誰が一体何の為に。恐らく依頼状が届いた時にはゴツモンを含めたデジモン達は殺戮されていたとしか言えない。

 自分がもう少し早く来ていれば、1体でも多くのデジモンを助ける事が出来たのかもしれない。そう思う優衣だったが、彼女はこの依頼状を受け取って直ぐにウェブ島に来た。やれるだけの事はやった。ただ間が悪かっただけだ。

 

「優衣さん!……そっちも駄目だったか」

 

 そこに来たジエスモン。彼も別のデジモンからの依頼状を受けて他の場所に向かったのだが、どうやら向かった場所も同じような有り様だったのだろう。優衣の表情と変わり果てたウェブ島。それを見たジエスモンは瞬時に状況を理解し、無言になった。

 自分達が来るよりも前に、向かう場所にいた全てのデジモンが殺戮された。『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』の中では、年齢的にはまだまだ若手の2人。遣る瀬無い表情をお互いに浮かべている。

 

「もしかして……これってイグドラシルの仕業なのかな?」

 

「イグドラシルが? どうして?」

 

「確か『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』に凶暴化したデジモンを撃退しろと言ったんでしょ? それでも収まらないから、凶暴化が確認されたデジモンごと消しちゃえ……みたいな話になって……」

 

「でもだからと言って……いや在り得ると言えるかもしれないなこれ」

 

 外れデジモンが歪みを通り、人間界に来ていると言う事態が起きている中、デジタルワールドでも外れデジモンによる被害が報告されている。ジエスモン達はその対処と処理に追われている。

 今まではジエスモンとガンクゥモンと仲間達で対応していたが、つい最近になってイグドラシルも協力するようになった。他の『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』に凶暴化したデジモンを撃退し、最悪倒して良いと指令を下した。

 しかし、だからと言って凶暴化したデジモン以外のデジモンを殺戮する理由にはならない。例えそれが被害の拡大を防ぐ為だったとしても。

 

「つまり、今回イグドラシルは何かしらの動きを見せて来たと言う訳だな? 先に言うけど、イグドラシルと『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』……奴らと戦うには相当の覚悟がいるよ? 何しろ世界を相手にする物だから……クオーツモンとは違う」

 

「実力と格を兼ね揃えたデジモン揃いだからね……しかもイグドラシルというラスボスもいる時点で分かってはいるけど」

 

 ジエスモンはイグドラシルが何かしら仕掛けて来たと考えている。いよいよホメオスタシスを潰しに、人間界の崩壊に動き出したのか。そう考えている為、表情が真剣となっている。それは優衣も同じ。

 クオーツモンとの戦い。クオーツモンと言う本丸さえ潰してしまえば、勝利が確定した立戦いだった。しかし、今回は違う。質と量が逆転している。量は多いけど、質が低いクオーツモン。量は少ないけど、質が高いイグドラシル。完全な正反対だ。

 

「しかも連携やチームワークも強い聖騎士達。それが『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』。恐らくイグドラシルの事だから何らかの強化を施していると思うけど……」

 

「そうね……これからどうする? 貴方とガンクゥモンが裏切っている事も、私がこの世界にいて色々やっている事も向こうに気付かれているかもしれないし……デジタルワールドで花火が上がるか、人間界で花火が上がるか。どちらにせよ、時間の問題よ?」

 

「あぁ。ガンクゥモンや一真君達には俺から伝えておくよ。人間界で何かが起きても構わないって。俺達は何時でも準備が出来ていると」

 

「頼むわ。私達も来たるべき戦いに備えないとね」

 

 優衣とジエスモン。彼らがイグドラシルと『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』との激突が近付いていると感じ取っていたが、彼らが考えていた通り、自分達の行動はイグドラシル達に気付かれていた。

 デジタルワールドの何処か。世界樹イグドラシルがある場所。そこには『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』と、1人の女性がいた。銀色のショートヘアーに黄金の瞳をした美女。彼女の名前はマキ・イグドラシルと言う。

 

「全員揃ったかしら?」

 

「いえ、凶暴化したデジモンの排除で来れないのが何体かいます」

 

「分かりました。イグドラシル様。人間界にいるデジモン達なのですが……強い相手ばかりだと伺いました。それは本当ですか?」

 

「えぇ。今度の相手は『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』に『七大魔王』、それに『厄災大戦』で活躍した英雄もいる。今までの相手とは訳が違う……幾ら私の方で貴方達を強化したと言っても、気合を入れないと此方がやられるわ」

 

 マキの質問に答えたのはマグナモンX。黄金の超金属“クロンデジゾイド”製の聖鎧に身を包んだ聖騎士。このデジタルワールドの『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』の一員。彼はマキの事を“イグドラシル様”と呼んでいる。

 続けてマグナモンXが質問をすると、マキは真剣な表情をしながら答える。それを見た聖騎士達の間に緊張感が走った。相手は自分達と同じ聖騎士や魔王達。しかも『厄災大戦』で活躍した英雄もいる。それを聞いただけで真剣になるしかない。

 

「1年前にクオーツモンを倒しただけあって、かなり強いわ。オメガモンを筆頭にアルファモンやデーモン……そしてパラティヌモンもいる。皆が皆一騎当千の強者よ? 油断も慢心も出来る相手じゃないわ」

 

「上等ですね! ところでイグドラシル様。既に動いていますよね? 人間界に逃れたもう1人の貴女を捕らえるのに誰を送りました?」

 

「ベイリンとシグムンドを送ったわ。奴は必ず取り返さないと。今話した事は不在の聖騎士を含め、皆に伝えて。どちらにせよ、今回は大規模な戦争になりそうね。私とホメオスタシス。デジタルワールドと人間界。世界を巻き込んだ大戦になるわ……ローラン、グラーネ、フェルグス。ちょっと私の用事に付き合ってくれるかしら?」

 

『はい!』

 

 マキは既に人間界に刺客を送り込んでいた。人間界に逃げ込んだもう1人のイグドラシルを連れ戻す為に、2体の聖騎士を人間界に派遣した。そして何かを思い付いたのだろう。3体の聖騎士を呼び出した。

 今回の戦いはイグドラシルとホメオスタシスという2人の神だけではなく、デジタルワールドと人間界の未来をかけた大戦となる。その始まりは直ぐ近くに迫って来ていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

 デジタルワールドで来たるべき大戦に向けて着々と準備が進んでいる頃、人間界では早速その前哨戦が始まろうとしていた。

 とある高等学校でデジモンに関する特別授業を行っていた八神一真。特別授業を終えて営業車で“電脳現象調査保安局”の本部に戻っている最中、何か強大な『波動(コード)』を感じた。

 

―――何だこの反応は?

 

 この『波動(コード)』は今までとは少し異なる。デジモンではない。かと言って人間でもない。一体誰なのか。そう考えながら、『波動(コード)』が探知された方向に向かって営業車を走らせる。

 『波動(コード)』が探知された場所。そこは広大な運動場だった。駐車場に車を停めて誰もいないグラウンドに出ると、そこには1人の女性が倒れていた。

 僅かに揺れる三つ編みの金髪。それはまるで金色の絹糸のようだ。幻想的な美しさを誇る芸術品に心を奪われた一真がその女性に歩み寄ろうとすると、上空から1体のデジモンが一真の目の前に降り立った。

 

「……ロードナイトモン!?」

 

「如何にも。私はロードナイトモン・ベイリン。ベイリンと呼んで下さい」

 

 そのデジモンの名前はロードナイトモン。流線形独特の滑らかな曲線美の聖鎧を身に纏う聖騎士。聖鎧の色は薔薇色。両肩から伸びているのは金色の帯刃と装飾。右手に持っているのはパイルバンカー。杭打ち器。

 そのロードナイトモンの個体名はベイリン。人間界にいるロードナイトモンの個体名はオリヴィエと言う。恐らくはデジタルワールドにいる個体なのだろう。一体人間界に何をしに来たのか。倒れている女性と何か関係があるのか。そう考えた一真はベイリンに質問をする事を決めた。

 

「一体この世界に何をしに来ました?」

 

「私は争いに来ていません。その女性を引き渡して下さい。そうすれば直ぐに立ち去りますので」

 

「この女性を? 理由を聞かせて下さい」

 

「良いでしょう。このお方はノルン・イグドラシル。デジタルワールドの神」

 

 ベイリンの話によると、一真の目の前で倒れている女性はノルン・イグドラシル。デジタルワールドの神様。

 ホメオスタシスと対立している筈の彼女が何故人間界に来たのか。『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』がどうしてこの世界に来たのか。突然の事態に訳が分からず、一真はベイリンから事情を聞き出す事に専念している。

 

「彼女はもう1人のイグドラシル。しかも世界樹の中心部なんですよ。我々にとってとても大事な存在……出来れば引き渡して欲しいのです。私は人間界で悪さをしたくないですし、争いたくもない。何事も平和的解決が望ましいですよね?」

 

 ノルンはもう1つのイグドラシル。つまりはホストコンピューター。しかもイグドラシルの重要部分を司っている。何故人間界に逃げて来たのかは分からないが、取り敢えず事情は分かった。ベイリンはノルンを連れ戻しに来たのだろう。

 それでもベイリンの言い分は分かる。人間界で悪さをしたくないし、争いたくもない。それは彼の本音だ。何事も平和的解決は望ましい。

 

「そちらの事情は分かりました。おっしゃる通りです。ですが、こちらにも事情があります。彼女がイグドラシルならば、今こちらで起きている外れデジモンの出現に対して聞きたい事があります。それに……デジタルワールドの神が人間界に逃亡し、聖騎士が連れ戻そうとしている。これは明らかに何かがあります。はいそうですかと言って引き渡す訳には行きません」

 

「……交渉決裂のようですね。貴方のような勘の鋭い人は嫌いです。多少武力を用いても彼女を連れ戻せ。それがマキ様の指令……死にたくなければ彼女を引き渡して下さい」

 

 ベイリンの言葉に同意しながらも、一真はやんわりと断った。ノルンがイグドラシルの主要部分だとすれば、外れデジモンの事に関して何かを知っているだろう。

 それにデジタルワールドの神が人間界に逃亡している時点で只事ではない。彼女を『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』が連れ戻そうとしている事もそうだ。増してや、それはイグドラシルの指令だと言う事にも。

 ノルンから話を聞き出さなければならない。デジタルワールドで何が起きているのか。何故イグドラシルが逃亡して来たのか。

 ベイリンは話が平行線のまま進んでいる事に気付き、武力を用いてノルンを連れ戻す事を決めた。右手に握り締めたパイルバンカーを構える一方、一真は安全と思われる所にノルンを横たえ、そのままベイリンの所に戻って来た。

 

「ほぉ、人間たる貴方が聖騎士たる私に挑みますか。随分と身の程知らずではないですか?」

 

「そう言えば自己紹介してませんでしたね。失礼しました。僕は八神一真と言います」

 

「八神……一真!?」

 

「又の名を……オメガモンと言います。超究極進化!!!」

 

 人間の姿で自分と戦おうとしていた一真の姿を見たベイリン。彼は馬鹿にするように嘲笑うが、一真の名前を聞いた途端、その嘲笑は消え失せた。

 クオーツモンを単独で倒した聖騎士。マキが人間界で一番警戒するように何度も忠告していたデジモン。それが自分の目の前の相手だった。その相手を思い出したからだ。

 一真の雄叫びと共に全身を覆い尽くす程の膨大な光の奔流が発生し、一真の周囲一帯に眩い光が渦巻いていく。周囲一帯に発生した光の中で一真の両目が空色に輝き、超究極進化が始まった。

 ベイリンが純白の光に包まれた一真を見つめていると、純白の光が消え去り、その中からオメガモンが姿を現した。

 

―――こ、これがこの世界を守護するオメガモンなのか……!

 

 八神一真が超究極進化したオメガモン。その全身から放たれている圧倒的としか言えない威圧感とオーラ。ベイリンは圧倒されるしかない。まるでイグドラシルと相対していると思えるからだ。

 それでも戦うしかない。自分はマキからノルンを連れ戻すように命令されたからだ。ベイリンは姿勢を低くしつつ、右手に握るパイルバンカーを構える。

 

「『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』……ロードナイトモン・ベイリン!」

 

「八神一真……オメガモン・パラディン!」

 

『行くぞ!』

 

 オメガモンも左手のウォーグレイモンの頭部を象った籠手の口部分からグレイソードを射出し、横薙ぎに構える。お互いに名乗りを上げ、ゆっくりと間合いを取りながら動き出すタイミングを伺い始める。

 ホメオスタシスとイグドラシルの代理戦争。人間界とデジタルワールドを巻き込んだ大戦。その前哨戦が始まろうとしていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「う……う~ん……」

 

 2体の聖騎士の一騎打ち。それが始まろうとしている時、気を失っていたノルンが目を覚ました。周囲をキョロキョロと見渡し、自分が人間界に来る事が出来た事に気付き、安堵の溜息を付いた。

 すると、直ぐ近くから轟音が鳴り響いて来た。その正体を探ろうと駆け寄ってその場所を目にした瞬間、ノルンは言葉を失った。2体の聖騎士が戦っていた事に。

 先手を打ったのはベイリンだった。先手必勝と言わんばかりに、オメガモンの視界から消失した。消失したのではない。目にも写らぬスピードで移動したのだ。移動した痕跡さえも残さない、移動した事を気付かせない、消失したと錯覚させる程の超スピードを以て。

 頑丈で身軽な聖鎧と、驚異的な機動力を以てオメガモンとの間合いを一瞬で侵略し、ベイリンは上半身を逸らしながら右足を一歩踏み込み、限界まで引き絞った右腕を目にも写らぬ速さで突き出した。

 

「『アージェントフィアー』!!!」

 

 放たれたベイリンの必殺奥義。オメガモンはパイルバンカーに向かって一回転し、身体を外側に捻る事で『アージェントフィアー』を躱した。

 目にも写らぬ速さで繰り出された必殺奥義。しかし、彼はそれと同等以上の攻撃を放てる上に、これまで何度も潜り抜けて来た。これくらいどうと言う事はない。

 これでベイリンは右腕を前に突き出した無防備な状態となった。オメガモンはグレイソードを下段に構え直し、一気に右下から左上にかけて振り上げる。

 鋼鉄がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響くと共に、2つの武器が激突した事で鮮烈な火花が周囲に飛び散る。

 何かに気が付いたベイリンが顔を上げた瞬間、彼の手から離れたパイルバンカーが緩やかな放物線を描きながら宙を舞い、轟音と共に地面に墜落した。

 

「馬鹿な!?」

 

「貰った!」

 

 表情の一切を伺えないベイリンの仮面。しかし、言葉と様子を見るに、驚愕しながら混乱しているに違いない。

 全力を以て繰り出した一撃があっさり躱され、カウンターを叩き込まれた。その事実に打ち震えるベイリンに、オメガモンは直ぐに追撃に出た。

 大上段からグレイソードが振り下ろされた。唐竹斬りがロードナイトモンの聖鎧に縦一文字の斬り傷を刻み付け、ベイリンを吹き飛ばす。

 

―――何てパワーだ……!

 

 ベイリンはマキによって基本スペックを限界まで上昇されている。『電脳核(デジコア)』を調整された、いわばドーピングを施された状態。通常の個体よりも速く動けるし、頑丈で必殺奥義の威力も大きい。

 反応速度等の身体能力も同様に上がっているが、オメガモンはその上を言っている。元々の個体差もあるが、一番は中身の問題だった。

 オメガモンは1年前の“デジクオーツ”事件、そして異世界での武者修行を経て今の実力を手に入れた。それに加えて一真が“デジモン化”した事で、人間とデジモンが完全に融合した最強形態となっている。

 対するベイリンは『電脳核(デジコア)』に改造手術を施され、限界まで力を引き出された疑似的なX進化状態。しかし自分と同等以上の戦闘経験が少ない。その差が出ている。

 カチャ、カチャという金属音を踏み鳴らしながら、ベイリンに歩み寄るオメガモン。グレイソードで止めを刺すつもりなのだろう。迎撃する為に立ち上がり、聖鎧から伸びている4本の帯刃の中から2本の帯刃を掴み取り、構えを取ったベイリン。

 グレイソードの剣先をベイリンに向けたオメガモン。これから止めを刺そうと言う時に、突如として何処かからエネルギー弾が撃ち込まれた。

 

「『ドラゴンズロア』!!!」

 

 何処かから撃ち込まれた2発のエネルギー弾。それを右手となっているメタルガルルモンの頭部を象った籠手を翳し、受け止めるオメガモン。

 その隙にベイリンの隣に降り立ったのは1体の聖騎士。禍々しい漆黒の竜のような姿をしたデュナスモンX・シグムンド。彼もノルンの連れ戻しをマキに命じられた聖騎士だが、違う場所を探索していたようだ。

 

「遅れて済まない。ノルンは?」

 

「見付けて確保しようとしたが、八神一真の邪魔が入った。気を付けろ、シグムンド。奴は強いぞ?」

 

「あぁ、お前のそのやられようを見れば分かる。あのオメガモンだな……」

 

 隣り合うベイリンとシグムンド。それに合わせ、オメガモンも構えを取り直す。メタルガルルモンの頭部を象った右手の口部分からガルルキャノンを展開する。

 シグムンドは右手に持っている筈のパイルバンカーが違う所にあり、聖鎧に斬り傷を刻まれたベイリンを見ただけで、オメガモン・アルビオンの強さを理解した。

 

「シグムンド、援護を頼む! さっきは失敗したが、今度こそ!」

 

「分かった! 私は奴の足を止める!」

 

 聖騎士の戦い。その第2ラウンドが始まった。2対1。数の上では不利だが、オメガモンは負ける気はしない。何故なら自分自身を信じているから、

 ベイリンは先程と同じく瞬間移動を思わせる程の超機動力で突進を開始し、シグムンドは両手を前に突き出し、手の平から何時でもエネルギー弾を撃てる構えを取った。

 前衛のベイリン。後衛のシグムンド。実に理想的な布陣。それに対し、オメガモンも目にも止まらぬスピードで移動する。ベイリンに突進するのではなく、とある場所に向かって。そこにはベイリンとシグムンドが連れ戻そうとしている人物がいた。

 

「何を血迷って……!」

 

「止めろシグムンド! 撃つな!」

 

「これでも撃てるかな?」

 

―――駄目だ! マキ様からはノルンを連れ戻すように命令を受けたが、無傷で連れ戻さなければならない! もしダメージを受けたら、『NEOプロジェクト・アーク』の進行に大きな影響が出る!

 

 オメガモンが止まった所。その近くには戦いを観ているノルンがいる。彼女を守ろうとする心意気が見えると共に、人質にしているようにも見える。

 ―――連れ戻そうとしている女性を撃てるのか? そう言いたげに目を細めるオメガモン。ベイリンはシグムンドに攻撃をしないように声を張り上げるが、これにはきちんとした理由がある。

 マキからは人間界に逃亡したノルンを連れ戻すように命令された。それと共に、何があっても傷付けないようにきつく言われた。つまり無傷で連れ戻せと言う事だ。マキが遂行している『NEOプロジェクト・アーク』。それに大きな影響が出るからだ。

 それに加え、オメガモンはベイリンの話を覚えている。ノルンはもう1人のイグドラシルであり、ホストコンピューターの主要部分。自分は傷付いても一向に構わないが、ノルンを傷付ける訳には行かない筈。そこまで考えた上で心理的な揺さぶりをかけた。

 

―――さてどう来るかな?

 

「貴様……イグドラシル様を人質に、女性を人質に取るとは何て卑怯な!」

 

―――その女性を連れ戻そうとしている奴に言われたくないな……

 

 オメガモンの作戦と強さに気付いているベイリンの制止を聞かず、シグムンドは怒りを見せながら突進を始める。それを見たオメガモンは内心で独り言ちる。

 騎士道・武士道精神が強い為、卑怯な事を許せないシグムンド。彼はオメガモンの心理的な揺さぶりにまんまとかかった。

 

「止めろシグムンド! 私とお前の2体がかりで……」

 

「行ける! 『ドラゴンズロア』が使えなくてもオメガモンなど……」

 

 シグムンドの言葉を遮るように、オメガモンはガルルキャノンの照準をシグムンドに合わせ、ガルルキャノンから青いエネルギー弾を撃ち出した。

 それを左手の平で受け止めたシグムンド。『ドラゴンズロア』として撃ち返そうとしたが、目の前にいた筈のオメガモンが消失している事に気が付いた。

 攻撃を中断して周囲一帯を警戒するように睨むシグムンドの背後に、オメガモンが現れてグレイソードを横薙ぎに一閃する。

 

「後ろだシグムンド!」

 

「何!? グァッ!!」

 

―――浅かったか? いやベイリンの邪魔さえ無ければ行けてたかもしれない。

 

 シグムンドはベイリンの声に背後を振り返り、自分に向かって振るわれるグレイソードの存在に気が付いた。間合いを一瞬で侵略し、至近距離まで踏み込んでいた。

 ベイリンの声が無ければ、気付く事は出来なかった。視認はおろか、気配を察知する事すら出来ない超速度。その超神速のスピードでオメガモンは移動していた事になる。

 咄嗟に受け止めようとしたが、シグムンドは踏ん張れずに吹き飛ばされた。力負けしたとしか言えない。それを見たオメガモンも手応えの無さに表情を険しくさせた。

 ―――やはりベイリンの邪魔が無ければ、シグムンドにダメージを入れる事が出来た。そう思っているオメガモンとの間合いを一瞬で詰め、ベイリンは聖鎧から伸びている2本の帯刃を手に取って斬りかかる。

 

「我々2体を相手に互角以上に渡り合うとは……流石は“終焉の聖騎士”様だな!」

 

「そういうお前達こそ、普通ではないな。何らかの強化を施されている。だが、本当に強いのは人間とデジモンの絆だ!」

 

 グレイソードで2本の帯刃を受け止めた事で、そのまま鍔迫り合いに移行する。一見すれば体格では明らかにオメガモンの方が有利だった。

 そして身体能力・基礎スペックの時点でもオメガモンの方が上だ。右足を一歩踏み込むと共に大地を踏み砕き、気合を轟かせながらグレイソードを振り切る。

 たまらないと言わんばかりにベイリンが吹き飛ばされる中、その隙に追撃に出ようとするオメガモン。その聖騎士を牽制するように、先程の攻撃から立ち直ったシグムンドが両手の平からエネルギー弾を連射する。

 

「ベイリン!」

 

「済まないシグムンド!……何て反応速度だ!」

 

 地面を素早く駆けながら、オメガモンは『ドラゴンズロア』を避け続ける。ベイリンがその機動力と反応速度に驚いていると、オメガモンがグレイソードを振り上げた。

 地面を斬り上げて石礫を飛ばすと共に、巻き起こった土煙で自身の体を覆い隠しながら、ベイリンとシグムンドを攪乱させる。

 

「無駄だ! 俺の火力を以てすればこの程度!」

 

「奇襲に気を付けろ!」

 

 シグムンドが必殺奥義で土煙をかき消そうとするのを、ベイリンが制止するが、その判断は正しかった。何故ならシグムンドの目の前に姿勢を低くしたオメガモンが姿を現し、グレイソードを振り上げて来たからだ。

 気配を探知する事が出来ない超速度。目の前に発生していた土煙。完璧とも言える奇襲をまともに喰らい、シグムンドは吹き飛ばされるしかなかった。

 

―――ここまでのようだな。今の我々ではオメガモンを倒すどころか、任務を遂行する事は出来ない。

 

 ベイリンは悟った。自分達では目の前にいる聖騎士を、オメガモン・アルビオンとまともに戦う事が出来ないと。マキの指令を完遂する事は出来なかったが、チャンスは幾らでもある。次こそは必ず倒せる準備を整えなければならない。

 そう思ったベイリンは立ち上がっているシグムンドの肩に手を置いた。シグムンドがベイリンの顔を見ると、ベイリンは首を横に振った。その仕草にシグムンドは俯く事しか出来なかった。

 

「シグムンド。大丈夫か?」

 

「あぁ、何とか……」

 

「このまま撤退しよう」

 

「……でもマキ様の命令が」

 

「我々ではノルンを連れ戻すどころか、オメガモンに勝てない。ここは一度退却しよう」

 

「……そうだな」

 

 このままではノルンを連れ戻すどころか、オメガモンに負ける未来しかない。そう感じたベイリンは、シグムンドに一度デジタルワールドに戻る事を提案した。

 シグムンドは頷いてベイリンと共にその場から飛び立ち、デジタルワールドに戻っていった。それを見たオメガモンは追撃に出なかった。

 

―――戦いは五分の勝ちを持って上となし、七分を中とし、十を下とす。

 

 これは戦国大名の武田信玄の考え方だ。五分の勝利であれば、緊張感も残って次への励みに繋がる。しかし、七分では油断が生じてしまい、完全勝利では、おごりが生じ、次の戦いで大敗してしまう恐れがある。

 確かに敵は倒せる時に倒した方が良い。しかし、敢えて倒さずに自分の脅威を相手陣営に植え付け、心理的な揺さぶりをかける事もまた戦略だ。

 2体の聖騎士が飛び去った後のグラウンド。そこには凄まじいとしか言えない程の破壊の爪痕が刻まれていた。無造作で、無秩序で、方向性が全く感じられない。何かを破壊しようと思って破壊したのではなく、戦闘における余波や衝撃等による物だ。

 単純な余波だけで周囲のフェンスは粉砕され、地面は至る所がクレーターに変わり果てている。これで当分の間野球の試合どころか練習は行えない。改めてデジモンの戦いの凄まじさを突き付けられた。

 

「これは酷いな……」

 

 この戦いはオメガモンの勝利に終わったが、軽い小競り合い・前哨戦に過ぎない。しかし、その程度でこの有り様だ。目の前の現実が嫌と言う程、突き付けて来る。

 今までは“デジクオーツ”で戦っていたから、被害を気にする事なく戦う事が出来た。しかし、これからは違う。ディアボロモン戦のような気遣いをしなければならない。

 既に新しい戦いが始まっている。現実を受け入れるしかない。まもなく“電脳現象調査保安局”の駆除班が来るだろう。オメガモンは一真の姿に戻ると、ノルンと向き合った。

 

「初めまして。八神一真です」

 

「助けて頂きありがとうございました。私はノルン・イグドラシルと言います」

 

「ノルンさん。詳しい話が色々と聞きたいです。“電脳現象調査保安局”に僕の上司がいるので、お話の方をお願いします」

 

「はい。私もその為にこの世界に来ました。よろしくお願いします」

 

 お互いにお辞儀をし合う一真とノルン。奇跡的に無事だった駐車場。そこに停めてある“電脳現象調査保安局”の営業車に乗る一真。

 ノルンを助手席に座らせ、“電脳現象調査保安局”の本部に向かっていく。この出会いが運命を加速させていく事になるとは知らずに。

 




LAST ALLIANCEです。
今回も後書きとして、本編に出たデジモンや内容の裏話を話していきます。

・変わらない物もある
前回は“電脳現象調査保安局”の変化を書きましたが、今回は対照的にデーモン大暮閣下とルーチェモンの生活を書きました。第1章の頃と変化有りません。
彼らが戦いに加わるかどうかは現時点では不明です。

・優衣さんが目にした物

熱心なデジモンファンなら分かるとは思います。
ちなみにウェブ島はデジモンのゲームで登場した地名です。

・マキ・イグドラシル

今回の黒幕です。ラスボスかもしれません。
見た目のイメージは『Fate/Grand Order』のジャンヌ・オルタをイメージして下さい。
名前の元ネタは『デジモンアドベンチャー tri.』に登場する姫川マキです。

・聖騎士の個体名

今回の敵は『聖騎士団(ロイヤルナイツ)』がメインになるので、混ざらないように個体名を付けました。伝承や神話の中から適当にチョイスしました。
今回分かったのはロードナイトモン=ベイリン、デュナスモンX=シグムンドです。
ちなみに人間界にいるロードナイトモン=オリヴィエ、デュナスモン=ミズガルドです。
主人公のオメガモンの個体はパラディンです。

・聖騎士の強さ

今回の敵たる聖騎士達はX進化出来るデジモンはX進化しています。
それに加え、マキに『電脳核(デジコア)』を調整されて基礎スペックと身体能力を限界まで高められた反則仕様となっています。
今回は相手が悪かった・任務が任務でしたが、これからその恐ろしさを書いていきます。

・『NEOプロジェクト・アーク』とノルン・イグドラシル

次回以降詳しい事を書いていきます。
今回は『デジモンアドベンチャー tri.』の要素を入れています。


裏話はこんな感じになります。
話自体はそこまで動かない予定が、書き直している最中にかなり進みました。次回も進むと思います。戦闘はない予定ですが。

皆さん。よろしければ感想・評価の方よろしくお願いします。
あたたかい感想とか前向きなコメント、アドバイスやモチベーションが上がるような応援メッセージや高評価を頂くと、作者のやる気が超進化します。

それでは次回をお楽しみに。LAST ALLIANCEでした!

次回予告

一真が保護したノルン・イグドラシル。
彼女の口からデジタルワールドで起きている事態・マキの目的等が語られる。
一方、事件の調査をしている優衣の所にマキの魔の手が……!?

第29話 2人のイグドラシル




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