東方鞍馬録   作:Etsuki

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本編では無く、回想回です。
本編書けなくてすみません、どうしても文字数が多くなりすぎてしまいまして。
そしてこのお話しは、これからの天鴎の歩んで来た道を話すのに必ず必要な事になります。
シリアスにグロ要素もあり、苦手だという方は読むのをお控えください。
まあ、自分の表現では他の作者さんよりグロくは表現できていませんけどね。


回想 天鴎の過去

子どもの頃の天鴎は、今と違い特に特筆する程特徴も無いが、普通とも違うどこか変わった少年だった。

 

しかし、本家の天正とその奥さんとの間に生まれた初めて(・・・)の子供ということでかなり可愛がられて育った。

 

そもそもが鞍馬天狗には子供が少ない事から子供には甘いところが多いが。

そんな天鴎の子供時代は周りの子供達と変わらず、時には家族と遊び、稽古をつけて貰い、修行を見て貰ったり、友達と遊んだり、鞍馬の里の子供達となんら変わる事の無い生活を送っていた。

 

ある日、天鴎は友達と近隣を探検していた時にふと遠出をしようと思いたった。

果たしてそれが子供の無邪気から来たものなのか、それとも彼の持つ転生者(前世知識)から来た驕りなのか、しかし天鴎は周りの子供も連れずに、たった一人で、自身が行った事も無く、また大人の目も届かないところに偶然にも行ってしまったのだ。

 

案の定、それが悲劇の始まりであった。

 

天鴎は知らない場所で目を覚ます。白のような、白で無いような、他の色がぐちゃぐちゃに混ざっているような、そんな不思議な世界。

天鴎はそんな知らない事ばかりの光景にただただ混乱することしかできない。必死に自身の行動の記憶を思いだす。

 

確か、一緒に遊んでたアイツらと大人の目を盗んで遠出してみて、それで空を飛んでて、疲れたから地面に降りようとしたら、あれ、そこからどうなったんだっけ?

 

天鴎はあるところからスッパリと記憶が途切れている。可笑しい、天鴎は別に風に流されて地面に墜落した訳でも無い。

それなのに、何故記憶がないのか?天鴎は思い出そうと頭を動かすが、解決策など思い浮かばない。

 

天鴎は混乱のまま、頭な自身の手を持っていき、その頭を抱えようとした。

 

刹那、天鴎の悲鳴が響き渡った。

 

「ぎぃァァァァァァァァァァアアッッ!!痛い痛い痛い!?」

 

天鴎の周りには鮮血が咲き誇り、彼のまだ小さなその手からは鮮烈な赤が顔を覗かせている。

 

 禍々しく歪な形をし、しかし光を反射する程の輝きを持つ漆黒。ただただ不気味な槍のような物体が真っ白な地面からいつの間にか生えていた。

 

「アガっ!なん、だよ…コレ」

 

天鴎は地面から突き出し自身の手を貫いている黒い棘のようなものを見る。

それは天鴎が前世と今世を含めても見た事が無い物質であった。

 

 

「やっとぉ、ヤットォ、引っかかったぞぉっ!!」

 

ぐちゃぐちゃの空間に唐突に声が響き渡る。

男とも、女とも、子供とも、老人とも聞こえる全く理解のできない不快な声。

 

そして世界が急速にその色を変え始める。

不純物は取り除かれ、追いやられ、消されて、世界は痛い程に真っ白な世界になった。

 

そして、天鴎の前に波紋が広がり、何かが現れようとしている。

 

天鴎は痛みと驚き、そして恐怖によってその何かがこの真っ白な世界に完全に姿を現わすまで何も言えないでいた。

 

「やあ、ようこそ我が箱庭へ」

 

その何かは天鴎に話し掛ける。

天鴎は痛みに耐えながらも顔を上げる。

 

その何かは顔、体、腰、足、腕などはギリギリ判断できる奴だった。

腕は何本もあるし、足も変な所から生えているのもある。何より、体は黒くゴツゴツとしたような肌なのに、顔は白い袋によって隠されている。

 

「この箱庭、なかなか粋な趣きをしているだろ?そう思わないかい?」

 

何かが天鴎に話し掛けるが、天鴎は自身の手を貫通している黒い棘が生み出す痛みによって上手く考える事が出来ずに答えられない。

 

「おっとぉ、無視かぁ、やっぱり鞍馬の天狗は生意気な奴が多いんだよなぁ」

 

ゲラゲラと笑いながら、こちらを蔑むような視線を送ってくる。

しかし、その雰囲気が一変する。

 

「答えろって言ったんだよ、この間抜けがぁっ!!」

 

「がっああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!」

 

今まで黒い棘は天鴎と同じぐらいの高さまでしか無かったのだが、その棘が一気に上に伸びた。

 

下に行く程少しずつ太くなっている黒の棘は、天鴎の手を引きちぎるでもなく、更に貫くのでもなく、天鴎の手に更にめり込みながらもその小さな体を宙に浮かせた。

 

「ふふふ、まあ答えて貰わなくてもどうでも良いけどね。したい事など俺に散々苦渋を与えてくれた鞍馬のヤツラに復讐することだけだからな」.

 

天鴎は更なる痛みにより、霞む思考の中何かが言った言葉を理解した。

コイツは復讐がしたいらしい。俺をダシにして皆んなを殺したいらしい。

天鴎はこの瞬間自分一人でだけでこんな所まで来てしまった事に深く後悔した。両親にも注意されていたのに。しかし、後悔したところでこの現状は変わらない。

自身の手を貫く棘が、自身の自重によりさらに手に食い込み更なる痛みを与えてくる。

更に自身の思考が上手く回らなくなる。

今の幼く、なおかつ未だ大した覚悟も無く人間の精神すら混ざっている天鴎ではどうする事も出来なかった。

むしろ、現状は悪化するばかりだ。

 

天鴎は考える、この現状をどうしたら良いのか、どうしたらこの無力な自分が少しでもこの場を少しでも良くできるのか。

 

天鴎は霞む思考の中で前世からの知識なのか、自身が殺される事を思い付いた。

 

自身が死ねば、誰にも迷惑などかかる事はない。父さんと母さんは悲しむだろうけど、そのどちらかに害が及ばないと考えれば安いものだろう。それにどうせ、里の人達が動いたところで俺を無事に見つけて連れ帰る事など出来ないだろう。コイツは少なからず里の皆んなから逃亡して、逃げ切れているのだ、相当に運があり頭も切れるのだろう。ならば、ココが見つからないように何十もの仕掛けと罠を仕込んでいたのだろう。

両親はこれからの鞍馬に必要な人材だ。何かあってはいけない。

 

天鴎はこの瞬間、人生で最後の親孝行と最悪の親不孝をしようと決めた。

 

コイツの怒りのトリガーを引くことなど簡単だ。まだ、この世界に不慣れな天鴎でもできる。

 

「へっ、どうせテメーは、鞍馬の皆んなに惨めに負けて、こんな所に引きこもって、弱い者イジメでもしてるバカなんだろ?この様子だと俺たちに負ける前はそのご大層な身の丈に合わない力を滑稽にも振舞っていたんだな。邪神と言ったところか?笑えるがな」

 

コイツへの恨みが溜まっていたのか、スラスラと悪態が出てくる。

上出来だ。

これでコイツの怒りは簡単に沸騰するだろう。

 

「ほう、何だと?クソ餓鬼?」

 

ほら、思った通り。怒気がコイツの声に含まれた。

簡単に激昂したコイツは俺の事をその怒りのままに殺すだろう。

こんな事でしか抵抗できないが、こんな簡単に一矢報えるのだ。そう考えれば、恐怖よりも内心で笑いコイツをバカだと笑う感情の方が勝った。

次の瞬間には痛みで直ぐに恐怖が勝つのだろうが。

 

「もう一度言ってみろ、クソ餓鬼っっっぃいい!!!」

 

「ぐううぅぅぅっっ!?」

 

腹に地面から生えた棘が突き刺さる。

しかし、何故だ?

何故急所に刺さっていない?

こんなヤツの事だからそこを思いっきり刺そうとしてくると思ったのに。

 

「ハハハハハ、やはり餓鬼は餓鬼だなあっ!」

 

ヤツはこちらに近づき自身の顔を除きこむ。

 

「お前の考えている事が分からないとでも思ったのか?間抜け」

 

天鴎はその言葉を聞いた瞬間、内心で焦ってしまう。それが顔に出てしまう。

 

「ハハハハっ!やはりな!お前は自身が死ぬ事で俺が鞍馬の里に手を出せないようにしようとしたなっ!!」

 

天鴎はその言葉を聞き、その顔が青ざめる。

 

「そんな事この俺が考え付かないと思ったのかあっ!!確かにこんな餓鬼が思い付くそんな事考えるのは意外ではあるが、こんな状況であんな事を言うなど意図がバレバレなんだよ。

 

「そんなっ……」

 

天鴎は完全に絶望した。

 

「ははー、それにしてもこの餓鬼はどうしてくれようか?重要な体の器官を引っ張りだすわけにはいかぬし、解剖などもっての他だ。となるならば、やはりここはアレだな」

 

ヤツは何か呟きながら、こちらを振り向きその口を吊り上げる。

 

 

「達磨だな」

 

 

天鴎の顔が恐怖により青から土気色にかわる。

天鴎は逃げようと、必死にもがく、体を動かす。

 

「おっとぉ、逃げてはいけないよぉ」

 

「がああああぁぁぉぁぁっっぅ!!?」

 

次は天鴎の膝から黒い棘が生えている。

 

「フハハハ、脛の骨を貫くというのも考えたが、やはり膝の皿やら纏めて貫く方が苦痛はデカイよな」

 

天鴎は想像を絶する痛みによりその体が痙攣を繰り返している。

その体の揺れによりますます棘が体に食い込む。

 

ヤツは嬉しそうにこちらを見て笑うだけだ。

 

「さて、コイツを達磨にした後はどうしようか?あの気色の悪い蟲にこの体を犯させようか?少年趣味のヤツもいたな?それとも虐待好きのヤツの元に連れていくか?いや、肌を全て焼き、剥がし、原型を留めない程にしてやろうか?少なくとも精神は壊さないといけんなぁ」

 

目の前のヤツは下種な笑みを浮かべる。

 

天鴎は絶望することしか最早できない。

 

「とりあえず、コイツは達磨だ」

 

ヤツはその手に黒の鋭利な剣を取り出す。

禍々しく、その刃には棘が付いており、まるでノコギリのようだ。

多分、その棘のせいでなかなか切れないようになっているのだろう。ジリジリと天鴎の足が切れていくのを悲鳴と共に楽しむ魂胆なのだろう。

 

天鴎は絶望に叫ぶ事しかできない。

自身の想定した最悪の結果。自身が起こす最悪の出来事。自身で起こしてしまった犬死により酷い生き様。いや、これから起こる事は生きていると言っていいのだろうか?

 

天鴎が更に絶望するようにか、ヤツはそのノコギリのような剣を天鴎の足の付け根にあてる。

 

「フハハハ、さあ、絶望に悲鳴を上げるがいいっ!」

 

 天鴎の脚は元気に遊ぶ子供特有の健康的な肉付きと肌の焼け具合であるが、その脚はまだ小さく細い。大人の脚と比べても絶望的な程柔な脚だ。鋭利な刃を持つ剣に耐えれるなどと到底思えない。

 

 しかし、ヤツはそんな事など気にせず、その刃を動かす。天鴎の、子供の脚の皮膚を簡単に食いちぎる。

 

「くうううううううっっ!?」

 

自身の体内に異物が入ってくるのを痛みと共に感じる。

金属特有の冷たさが、温かな天鴎の脚の体温を血と共に奪っていく。

 

そして、その刃が唐突に止まる。

天鴎はその頃には肉を引き千切る痛みで意識が朦朧としていた。

 

「おっとぉ、どうやら肉を喰い千切り、骨まで達したらしい。ハハハハハ、その小さな体で、骨を意識のあるまま削られるというのはどんな痛みを伴うのだろうな?」

ヤツは愉快そうに笑う。

そして、その剣を持つ手に力を入れる。

 

「さあ、肉を断ち、骨も断とうか!」

 

その剣が前に引っ張られる。

骨を削る。

 

「ギイイイィィィィッッッ!!」

 

最早天鴎は考える事を止めようとする。

その意識をなんとか手放そうとする。しかし、手放せない、手放す事は出来ない。

絶望と痛みと後悔、恨み、怒り、惨めな気持ちが天鴎のまだ幼い子供の許容量を越えようとした。

心が壊れようとした。

 

その時。

 

 

「私の息子を虐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

真っ白な空間に突如女性が現れる。

その手に持った刀でヤツに斬りかかる。

ヤツは予想外の事態に腕に斬撃を受けたが、なんとか後ろに引く事はできた。

その女性、天鴎の母親は天鴎を庇うようにして、ヤツと対面する。

 

「天鴎!大丈夫?まだ死んでないわよね?」

 

天鴎に背を向けながらも無事では無いと分かっているが無事かどうか確認する。

 

しかし、天鴎の心は最早負の気持ちで容量越え(キャパオーバー)寸前だ。返事は返せない。

 

母親はその姿の天鴎を見て、怒りの形相で一度ヤツを睨みつけ、天鴎の方に体を向ける。

 

そして、天鴎の体を貫いているその黒い棘を全て刀で両断する。

 

天鴎は重力に従い空中から落ちるが、母親が優しく受け止める。

 

そして、棘を一本一本抜きながら、妖力を流しながら天鴎の体を治癒していく。

 

「フハハハハハ、知っているぞ、お前は確か天正の野郎と居たはずの希鴎だなっ!!まさか息子が居たとはなぁ!もしかすると、天正との子供か?」

 

ヤツは希鴎が来たというのに余裕の笑みを浮かべている。

対して、希鴎はそんなヤツを更に力強く睨む。

 

「合っているか、合っているようだなぁ。まさか、そんなに因縁深い餓鬼を痛めつけれて居たとは、なんとも愉快なぁ」

 

ヤツは狂ったように笑っている。

希鴎は、ある程度天鴎の傷を治すと、ヤツの前で刀を構える。

 

「お前は、殺す……!」

 

ヤツの前で希鴎は集中を高めていく、妖力を体に流す。その身には怒りでか、紫電が散っている。

 

「ほう?面白い事をいう。お前が私を殺すのか?無理を言え、ここは私が作った異次元空間だ。入ってくるだけでかなりの力を消耗しただろうに?私が好き勝手できる空間で私を殺すと?」

 

「そうだ、私の息子を散々いたぶってくれたんだ。お前を殺さなければ気が済まない」

 

「馬鹿を言え、ここに入ってくるまでにかなりの量の罠を仕掛けたんだ、現にお前は最早ボロボロではないか?大方、息子が痛みつけられているのを見て、耐えきれず出てきたと言うかところか、天正も連れて来ずに一人で来たのだからな。それで?その消耗が激しい状態でどうやって私に勝つと?」

 

そう、今の希鴎は着物も所々破け、体からは少ないが血も流している。体力も妖力も消耗している状態だ。

 

「そんな事は関係無い。鞍馬の技はそもそもが妖力の消費を少なくして闘うことを前提に作られたものだ。お前を斬る為の妖力など余りある程に残っている。」

 

そう、鞍馬の技は長期戦になる事も視野に入れ、無駄を徹底的に省き、妖力の使用を有り得ない程低燃費に抑えている。

「お前を斬る事など容易い」

 

「はんっ!お前は戦闘要員ではなかろうが!」

 

「それでも私は鞍馬の天狗だ。お前程度など」

 

希鴎はその体をバネのように縮め、一気に解放する。

 

「一瞬で殺すっ!!」

 

飛ぶような速さで接近する希鴎。

しかし、ヤツは未だにその顔から笑みは消えない。逆に更にその笑みは濃くなっている。

 

「馬鹿めっ!!さっき俺はこの空間を好き勝手できると言ったよなぁっ!!」

 

ヤツはその手を振り上げると、希鴎の体が上に吹き飛ばされる。

 

「この程度っ!!」

 

希鴎は背中に翼を展開し、空を飛びヤツに接近しようとする。

しかし、

 

「なっ!?進まないっ!」

 

希鴎の体は1㎝も進まなかった。

 

「空気も重力も消えているというのっ!?」

 

そう、鞍馬の天狗が飛ぶ時に使うのは反発力だ。

空気も重力も消え去った空間では、その翼は能力を発揮する事はできない。念力のような力で飛ぶわけではないのだ。

 

「串刺しになれっ!!くそ野郎っ!!」

 

黒い棘が希鴎目掛けて音速にも届きそうな速さで伸びていく。希鴎は斬り落とそうとするが、この空間は空気も重力も無い。

 

「くうううぅぅっっっ!!」

 

一振りしただけで、希鴎の体制は崩れる。当たり前だ、この空間では踏ん張る事はできない。その体は刀で固定されている物を弾こうとすれば、慣性に従い回転する。

 

その事実は希鴎に何本もの棘が生えるという事実が証明する。

 

「ああああああああぁぁぁぁぁぁああっ!!?」

 

しかし、串刺しにされたという事は逆に言えば、その空間に固定された事になる。

体を捻る事に、体を引き千切られる痛みが襲うがそんな事は関係無しに、希鴎は叫びながら黒い棘を斬る。

 

「おっとぉ、逃げられる訳には行かないなぁ」

 

ヤツはわざわざ希鴎のそばまで近づき、その能力を行使する。

すると、希鴎の腕や脚は空間に固定され、動かなくなる。

 

「フフフ、ハハハハハ、フハハハハハッ!!やったぞ、ついにやったぞ、アイツらに、鞍馬の奴らに復讐する鍵が揃ったぞ。希鴎と天鴎とやらか。こんな重要なヤツラ、アイツらが見放す筈がない。あんなに仲間意識が無駄に高いヤツラが見逃せる筈が無いっ!!勝ったな、勝ったぞおっ!!」

 

希鴎は一瞬で串刺しにされながらも、ヤツを睨み付ける。

 

「ハハハハ、最初からお前が勝てる筈が無かったのだよ。僧正坊や天正がこれば我も危なかったが、お前程度なら私でも簡単だなっ!!相手の実力を見誤るとは、とんだ間抜けだよっ!!」

 

ヤツは高笑いを続ける。

そんなヤツを希鴎は悔しそうに、怒りの形相で見つめていたが、ふとその顔に微笑が浮かぶ。

 

「ほう?何がおかしいのかね?そんな絶望的な状況でとうとう可笑しくなったのか?」

 

しかし、その言葉にも反応せずに、希鴎は更に笑みを深くする。

 

「まあね、賭けに勝ったから、私は笑っているのさ」

 

「賭け?それはどんな賭けかね?」

 

「私の命よりも大切な物を守る賭けさ」

 

「何っ!!?」

 

ヤツは天鴎の方を振り向く。

 

「なっ!?」

 

その体には呪符が貼られ、今まさに転送される所だった。

 

「キサマ、いつの間にっ!!」

 

「あの子を直している時にだよ、最初から分かっていたわよ、この空間でお前に勝てないことなんて、天正が例え気づいたとしても、どうしても間に合わない事も全部気づいてた。だからこそ賭けたのよ、あの呪符は少々時間がかかるから、それまで気付かないようにするための演技をしてね」

 

「キサマッッッッッッッッァァァァァァァァァァアア!!?」

 

ヤツはその手に力を入れると、天鴎の転送を阻止し始める。

「コイツだけは、逃すかァァァァァィァァァァァァァァァァアア」

 

すると、天鴎に貼られた転送の状況が放つ妖力が押さえ込まれ始める。

 

「フハハハハ、またもや私の勝ちのようだなっ!!押さえ込み始めたぞ、あの呪符をっ!!やはり、お前らに何もできる筈が無いのだよ。私がヤツに近づき、あの呪符を解除すれば、お前が体を張った意味も無くなるなあっ!!」

 

ヤツは完全に勝利を確信して、その調子を取り戻す。

しかし、希鴎の笑みもまた消えない。

 

「そんな事、私も予想済みだよ。この空間じゃ、転送が力技で止められるちゃうのわね、だからこれを使うのよ」

 

希鴎はいつの間にか手に、妖術が施された包帯を握りしめている。

「これは、妖力の増強と流れを強化してくれる、鞍馬の特殊装備、これは正規の使い方をすれば、かなりの力を発揮してくれるわ、けどね、これは容量を超える程の妖力を流しても壊れずにかなりの間その力を発揮してくれる、けどねそれはそのオーバーした分はこれが壊れた時に、一気に暴走して解き放たれるという意味なのよ」

 

「まさか、お前っ!!私と一緒に自爆するつもりかっ!!」

 

「よく分かったわね、そうよ、お前と一緒に死んでやるのよ。下賤なヤツラに好き勝手されるよりも何倍もマシだからね」

 

「お前、その意味を分かっているのかっ!私を巻き込んで自爆すれば、この空間は崩壊するぞ。それに、この空間はかなりの深層に位置する、最悪、存在が消滅する可能性もあるんだぞっ!!」

 

「別に良いわよ、息子を守れるんならね」

 

事実を告げられても、まるでどうという事も無いように、あっけからんと答える。

 

「お前、正気かっ!!」

 

「ええっ、正気よ、正気じゃ無いのはあんたの方よ、それに母親っていうのをなめない方がいいわよ?こういう事になるからね?」

 

「クッソ!!」

 

ヤツはそう吐き捨てると、希鴎から距離を取ろうとする。

しかし、希鴎はそんなヤツの腕を掴み取る。

 

「なっ、キサマッッ、なぜ動けるっ!!」

 

「言ったじゃない、この特殊装備は妖力の流れを強化できると、1秒や2秒ぐらいならあんたの力から抜け出す事はできるのよっ」

 

「バカなッッッッッッッッ!!」

 

ヤツは狂気に身を染め始め、天鴎を抑え込む力が弱まる。

それによって、天鴎の転送もまた始まる。

それと同時に、希鴎の持つ包帯も光りを放ち始める。

 

希鴎はそれを確認すると、天鴎の方を見て微笑む。

 

「天鴎、あなたは生きるのよ、私の分も生きて、私の分も幸せに生きて、私はあなたが、笑っていてくれるだけで幸せなんだから」

 

希鴎の持つ包帯が更に強い光を放ち始め、希鴎達を包み込み始める。

 

「あと、もう一つだけ、天正に『ごめんなさい』って伝えておいて」

 

そして、希鴎は更に微笑む。

それは、天鴎が最後に見る、強く、美しい、母の笑顔だった。

 

「母さああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああんんん!!?」

天鴎が叫ぶと同時に転送が開始され、目の前の景色が変わり始める。そんな中、天鴎が見たのは、光に包まれ、消えゆく希鴎とヤツの姿だった。

 

 

 

◼️

 

 

 

 

その後、天鴎は生きて鞍馬の里に戻ってくる事が出来た。

天正に泣かれ、僧正坊にも、天詠にも無事を喜ばれ泣かれた。

翌日、天正に希鴎の遺言を伝えると、天正は一瞬泣きそうになったが、なんとか堪え、天鴎にありがとうと言った。

天鴎は見ていたのに、希鴎が死んだ事を知った晩、自分達の前で隠れて、ずっと泣き叫び続けていたのを。

天鴎が見たことのないような顔で、あんなに悲壮な嘆きをしていたのを。

それらを飲み込み、希鴎が死ぬ原因を作ってしまった自分に、恨みを言うのではなく、叱るのでは無く、天正は自分が生きて帰ってきたのを喜び、あまつさえ、自身に礼の言葉を言ったのだ。

 

天鴎には最早、生きて帰った喜びよりも、身内を失った寂しさよりも、罪悪感の方が圧倒的に勝っていた。鞍馬の優しさ故に、天鴎を叱る者が誰も居なかったからだ。

 

そして、その天鴎に更なる悲劇が襲う。

 

ある晩、天鴎は罪悪感に耐えきれずに、ある人達に謝罪をしに行った。それは、生きててくれた事を喜んでくれた天正では無く、母方の祖父母、つまり希鴎の両親だった。

 

二人は、天鴎を玄関で見ると、自分の無事を祝ってくれた。

天鴎はブタれる覚悟で来ていたのに、またそのような言葉をかけられ罪悪感に押し潰されそうになった。

 

だからこそ、天鴎は誠心誠意謝った。

 

自身が母さんを死なせてしまった、自分の身勝手であなた達の娘を死に至らしめてしまった。希鴎母さんはもうこの世にいない、取り返しのつかない事をしてしまったけど、どうか罪を償わせて欲しいと。

 

しかし、二人の見せた反応は天鴎の予想していたどれでも無かった。

 

「はて?希鴎と言うのはどこの子かね?少なくとも、私達の家族にはいないわね?」

 

「そうだな、俺たちには息子も娘もいるが、希鴎という名の娘はいないな」

 

天鴎は最初この二人が何を言っているのか全く理解できなかった。

だから、最初天鴎は二人に飛びかかり、なんの冗談かと激怒した。親が自身の娘を忘れるとは何事かと。

しかし、二人は知らないと言い続ける。希鴎という娘は知らないと。

そして、その晩、天鴎は思い出した、最後にヤツが、この空間が崩壊すれば存在自体が消滅すると。

天鴎は理解した。

 

希鴎という存在は本家の人達以外には忘れ去られている事を、希鴎という存在が生きていた証拠が、皆、忘れていることを。

 

それはまだ幼かった天鴎にはとうてい受け止めきれる物では無かった。

 

それは必然であった。天鴎が狂ってしまうことも、天鴎が道を踏みはずすことも、天鴎が最早自身を許せなくなってしまうぐらいに、この世界はどうしようもなく、どうしようも無く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりにも、残酷なのだから




天鴎はもがき苦しむ、これからも、ずっとずっと。

この後悔の念は、天鴎の心の奥深くにこびりついて、一生離れる事は無いだろう。

今の彼を形作ったのは、あまりにも悲しく、残酷な現実だけだ。

才能も力も無かった彼が、ここまで力をつけたのは、後悔と贖罪の念に押されただけだ。
彼が真の意味で幸せになれる日など、果たして訪れるのだろうか?

その事実は、誰も分かりはしなかった……

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