東方鞍馬録   作:Etsuki

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 遅れてすみません。
 結構難産でした。
 それでも駄文ですし、グダグダですが、お付き合い頂けると幸いです。


鞍馬の里 エピローグ

文は顔を歪めている天鴎を見上げる。

天鴎は不安に支配され泣きそうな顔をした文を見下ろした。

 

「……、聞いたのか?」

 

文は今まで聞いたことのないような冷たい声だと思った。

文はその冷たい声を聞いてやはり、天鴎は無知で何も知らない、ただたに何も知らずに笑っている私が欲しかっただけなのか…

 

文はそんな考えが頭の中をよぎってしょうがなかった。

私は捨てられるのだろうか?私は天さんが好きなだけだったけど、天さんは違うのだろうか?天さんは、私の事なんて、都合のいい女としか考えてなかったのだろうか?

 

負の思考は文の中で途切れることがない。

このままじゃ天さんと別れる事になるのか?ならこんな事話さなければよかった。やっぱりまだ天さんと一緒にいたい。

後悔までも文の中を支配していく。

文の心は悲鳴をあげたしそうだった。

しかし、その時天鴎が口を開いた。

 

「俺の事、嫌いになったでしょ?」

 

文はその言葉に首を横に振り、必死に否定する。

 

「幻滅したでしょ?」

 

その言葉にも文は首を横に振り、否定する。

 

「俺から、離れたくなったでしょ?」

 

その言葉にも文は首を必死に横に振り、否定する。文は今天鴎が言った事のどれも思ってなんかいない。文が天鴎が好きな気持ちに揺るぎは無い。

 

「嘘をいうなよっ!!」

 

 天鴎は突然声を荒げる。

 文はその突然の行動に身を縮めてしまう。

 

「文はわかるだろ?俺はずっと俺の綺麗な所しか文に見せていないんだっ、俺はずっと自分を偽るようにした自分でしか文に接していないんだ。俺はずっと文を騙してたんだよっ!!」

 

 文はその言葉を聞いて顔がさらに泣きそうな顔に変わる。

 

「本当の俺は復讐に身を費やしたような馬鹿で、どうしようもない奴なんだよ!俺の力だって、この世界が憎くて憎くて、ぶっ壊したくてしょうがなかったから付けた力なんだよ」

 

 天鴎の拳に力がこもる。

 

「俺のダメな熱が冷めたのだって、最近なんだよっ!それまでずっと、ずうっと、周りを憎みながら、世界を憎みながら、そしてなによりも、こんなクソな自分をなによりも憎みながら生きてきたんだよっ!!」

天鴎の手に爪が食い込む。

 

「俺は、俺は、この里のなかで一番…ダメな奴なんだよ。守りたい物もなくて、守りたい人もいなくて、勝手に視野を狭めて、自分の殻の中に引きこもって、壊すための手段ばっかり磨いて、どうしようもない奴なんだよっ!!」

 

 天鴎の顔が悲しさで歪む。

 

「皆、守るために、誇りのために、強くなっていったのに、俺だけ子供みたいに、過去に囚われて、壊すことしか考えていなかった」

 

 天鴎の顔が更に歪む。

 

「愛なんて、歪んだ形でしかもう分からない。昔の、まだ何にも知らなくて、ただ母さんと父さんを純粋に愛していたころなんて、思い出せない。普通の、純粋な愛なんて、もうよくわからない」

 

天鴎の顔がまた歪む。

 

「だから、分からないんだよ、お前を、文を、思う気持ちが、愛情なのか、分かんないんだよっ!もしかしたら、俺が自己満足のためだけに、文を求めたのかもしれない、里の皆みたいに、守れるような自分よりも弱い存在を求めて、文の心を利用したのかもしれない」

 

天鴎の顔がまた更に歪む。

 

「だから分からないんだよ、これが愛なのか、お前を本当に愛していられてるのか、分かんないんだよ…、嫌なんだよ、お前を俺の自己満足のためだけに使うなんてこと……絶対に嫌なんだよ、ちゃんと、幸せにしたいんだよ……」

 

文の頰に水が流れる。

 

 しかし、その頬に流れる水は、文の目から流れてくる物じゃない。

 それは文の頬の上から、ポタポタと流れ落ちてきている。

 

 文はそれを見て、それを理解して、息をのんだ。

 

 なぜならば、それは、文が始めてみる、天鴎の泣き姿だったからだ。

 

「天さんっ」

 

 文は自然と天鴎のことを呼んでいた。

 しかし、天鴎はそんな文に気づかず自身の独白を続ける。

 

「ごめんな、ごめんな文。たぶん俺は利用してたんだ、自分の欠けた部分を埋めたい一心で、文を利用したんだ。純粋に愛することも出来ない欠陥の多い奴なのに、文の気持ちを利用したんだ」

 

「やめてくださいっ、天さん…」

 

 文は分かっている、ちゃんと気づいている。

 天鴎は天鴎自身が言う程酷い人なんかじゃない、欠陥だらけの人なんかじゃない、自身のためだけに生きてきた訳なんかじゃないとわかっている。

 

「俺は、俺は、最低な奴なんだっっ!どうしようもないクズなんだ!誰かと一緒にいれるようなやつじゃないんだっ!!」

 

 違う、違う、違うっ!!

 天さんはそんな最低な奴じゃないっ!!

 少なくとも、私は天さんに救われたんだ、死にそうになった時に、救ってくれたんだ。

 それだけなんかじゃない!私にひと肌の暖かさを教えてくれたんだ。大切な暖かさを教えてくれたんだ!

 帰る場所の大切さを教えてくれたんだ!!大事な場所に、大事な人がいることが、どれだけ心が救われるのか教えてくれたんだ。

 私がどれだけ天さんに助けられてきたことか、私がどれだけ天さんに励まされたことか、私がどれだけ天さんに救われたかっ!!?

 

 だからっ、だからっっ!!

 

「俺はっ、俺はっ!!皆とっ、文とっっ!!一緒にいる資格なんて「それ以上は言わないでくださいっっ!!」」

 

 文の悲痛な叫びが天鴎の鼓膜を揺らす。

 天鴎は茫然としながらも文の顔を見下ろす。

 怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合った顔で天鴎を見つめる文を見下ろす。

 

「天さん、私に告白してくれた時に言いましたよね?これからもずっと、私の隣に居てくれるって、ずっと一緒に居てくれるって?その言葉は嘘なんですか?」

 

「嘘じゃない、少なくともいった時は本気だったさ、けどわかんないんだよ、そこに愛情があるかわからないし、俺みたいな奴がこれからも幸せにできるかなんてわかんないんだよ!自信もないんだよ!誰かを拒み続けてきた俺にはどうしようもないんだよ!」

 

「なんで天さんには私といる資格がないんですか?なんでどうしようもないんですか?」

 

「だって、だって、俺みたいな奴は愛情なんてわからないし、誰かを傷つけ、殺すことしか考えてなかったんだ。母さんが悲しむだろうことも、家族も悲しむだうことも分かっていたのにっっ!」

 

「じゃあ、なんで天さんは愛情が分からないんですか?」

 

「なんでってっ、分かってるだろ?俺の過去の話を知ってるんだろ?こんなクズな自分主義な奴が里の皆みたいに純粋な愛なんてもう分かんないんだって、文だってそう思うだろう?」

 

「天さん……」

 

 文の声が一層低くなり、拳は握られている。顔も天鴎が見たことが無いほどに暗い影がさしている。

 だが、次の一言は天鴎の思っているどれとも違った。

 なぜならばその言葉は…

 

 

 

「そんな馬鹿なこと言わないでくださいっ!!」

 

 

 

 天鴎がこれまで受けたことのない、どこまでも真っ直ぐな、文の激情であり、天鴎への叱咤の言葉であり、文の思いだったからだ。

 

「へ?」

 

「さっきから聞いていれば、ずっとくよくよくよくよとっ!さっきから何を弱音を吐いてるんですかぁ!!」

 

「へ?文、なにを?」

 

「天さんは少し黙っててくださいっ!!」

 

「は、はい…」

 

「そもそも、私は天さんの昔を聞いたからって、天さんを嫌いにはなりませんっ!確かに最初に聞いた時は驚いてしまいましたけど、ただそれだけです。むしろ、天さんの弱いところも、支えてあげなきゃいけないところもしれて良かったと思っているくらいです」

 

「…」

 

「それに私は一緒に過ごした時の天さんを丸々そのまま好きになったんです。昔がなんなんですか!過去がなんなんですか!私は今の天さんが好きなんです!あなたと会ってから今まで過ごした時間の天さんの全てが好きなんです!例えそれが偽りでも、例えそれがごく一部の側面であっても、私はこれからの天さんを私が知らない天さんもっ!好きになれる自信があります!!」

 

「文……」

 

「これだけ言ってもまだ過去に囚われに行きますか?これだけいってもまだ私と向き合ってくれませんか?これだけあなたに愛を囁いてもまだ離れていきますか?なら、私はどうすればいいんですか?あなたへの愛はどうすればいいんですか?」

 

「けど、けれども、俺は文を愛してあげられないかもしれない、文の望む愛し方を、普通の愛し方を、出来ないかもしれない」

 

「天さん…」

 

文はその天鴎の言葉に咄嗟に返さずに詰まってしまった。分からない物は分からないのだから。けれど、文はやはり納得などできなかった。納得などしたくなかった。だから、言葉を探す。自身の心を探り、自分の心を天鴎に"直"にぶつけられる言葉を探す。

だけど、やっぱり、やっぱり文にもそのあと言葉は分からなくて、こういう言葉しかでなかった。

 

「分かりません…」

 

「え?」

 

「私だって、分かりません。私が求めている愛なんて、普通の愛なんて、理想の愛なんて、私だって……分かりません」

 

「わからないって…」

 

「だって、仕方がないじゃありませんか、私だって天さんがくるまで、誰かと愛を育むなんて、恋人になるなんて、ましてや、こんなにどうしようもなくなるぐらいに誰かを愛してしまうなんて、思わなかったんですから。私だって他の妖怪より、他の同族の中でも長生きしてきたつもりですけど、こんなこと生まれて初めてなんですよ?

こんな気持ちを抱くなんて、生まれて初めてなんですよ?だから、分かるはずないじゃありませんか、なにが理想の愛なのか、どうゆう形が私達が求めている愛なのか、分かりませんよ」

 

 文は自身の不安をかき消すように天鴎に強く抱き着く。

 天鴎を見つめる。

 

「私は天さんと一緒にいるだけで幸せなんですよ、天さんと一緒にいるだけで心が満たされるんですよ?こんなことで満足しちゃて、その先への進め方もよくわかんない私が、天さんに愛の在り方を、形を要求できるはずがないじゃありませんか」

 

「…」

 

「天さん、だから私から離れないでください、私と一緒に居るべきじゃないなんて言わないでください。私たちは仮にも夫婦、恋人なんですから、今愛の在り方が分からなくていいじゃありませんか、これから探していけばいいじゃありませんか?そんな、そんなに、結果を早まることはないじゃありませんか?ちゃんと、ちゃんと、私と愛の意味をゆっくり探していきましょうよ…」

 

「…………、俺は文と一緒にいてもいいってことか?」

 

「…馬鹿ですか天さん?ずっとそうしてくださいっていってるんですよ」

 

「これからも文と、ずっと一緒にいてもいいってことなんだよな?」

 

「だから、そう言っているじゃないですか?私はこれからもずっと天さんに私のそばにいて欲しいと思っていますよ?」

 

「けど、やっぱり、今の俺にそんな事できるのかな?」

 

「もう、本当に、とことん愛情については自信がありませんね?もう、いいじゃないですか。天さんは私のそばにいることで私が不幸になること私が不幸せになること、私を利用してしまうこと、それらに罪悪感をもってこんなにも真剣に悩んでくれている、天さんの思いすらも押し込めて悩んでくれている。私は思いますよ?それはもう立派な愛だって、それはもはや愛情と言われるものなんだって、私はそう思いますよ?」

 

 天鴎はその言葉を聞いて、考えるように俯いてしまうが、少ししてから、その口から文の言葉を噛みしめるように声をだす。

 

「……そうなんだ、それが、愛情なのか…」

 

「そうですよ、それが愛情ですよ」

 

「こんな簡単なことが、こんな当たり前の事が、愛なのか…」

 

「そうですね、こんな簡単でこんな当たり前の事が愛の一部なんですよ」

 

 次は天鴎が、文の存在を確かめるように文を抱きしめる。

 

「なんだか、簡単で身近すぎて、すぐに見失ってしまいそうだな」

 

「本来、愛はそうゆう物なのかもしれませんね?」

 

「そうだな、そうなのかもしれないな」

 

「だからこそ私達は支え合わなければいけません。この気持ちを忘れないために」

 

「ああ、そうだな」

 

 二人の間には、少しの間沈黙が流れた。だがそれは、心地の良い沈黙だ。二人の仲を修復するような、温かな静けさだ。

 

「ごめん、文。取り乱しちゃたよ。文に愛想をつかれると思ったら怖くて、自分から突き放そうとしてしまって、本当にダメだな、俺」

 

 文はいまだに自信が持てない天鴎に少しおかしそうに笑いながら、愛しそうに天鴎の語り掛ける。

 

「私が天さんに愛想をつかす訳がないじゃありませんか?私は天さんの隣にずっといたいんですから」

 

「はは、やっぱり、面と向かって言われると恥ずかしいな」

 

 天鴎がそういうと、二人はしばしばの間見つめ合って笑いあった。

 

「天さん、今なら、弱音を吐いてもいいんですよ?」

 

 文が突然にそのような事を言い出す。

 天鴎は先ほど弱音をはいた事で文に 咤されていたことから、分からない顔をする。

 

「先ほどは弱音を吐いたことに怒っちゃいましたけど、でもやっぱり、弱音は適度に吐いておくべきだとおもうんです。天さん、まだまだ吐きたりませんよね?」

 

 天鴎はその文の言葉にまた驚いた顔をする。

 

「分かってますよ。何百年間も吐き出す相手がいなくて、ずっと一人で抱え込んでいたんでしょう?天さんのお父さんも、祖父母も、自分よりも辛いはずなのに自身の辛い気持ちをぶつけることなんて、優しい天さんにはできないでしょう?」

 

「ふふ、ははは、文には全てお見通しかぁ、すごいな文は、ここまで俺の気持ちを的確に言い当てるなんて…」

 

 天鴎は自分の気持ちが易々と読まれていることが分かって苦笑いしてしまう。

 

 そして文は座りなおし、自分の膝に天鴎の頭をのせる。天鴎は力を抜き、なすがままにされる。それから文はゆっくりと丁寧に頭を撫で始める。

 

「天さん、例え道を間違えたとしても、例えとるべき手段を間違えたとしても、大丈夫です。私は天さんが一人頑張ってきたことを分かっています。だから今はもう頑張らなくていいんです。今は弱い所を見せたっていいんです。天さんはさっき、壊すため殺す為の技術を磨いてきたって言ってましたけど、そんなことないと思います。」

 

「なんで、そう思うんだ?」

 

「だって、天さんはとっても優しいじゃないですか?その力をつけたのだって結局は第2第3の天さんのお母さんのような被害者を出さない為だったんじゃないんですか?天さんは誰かを失う事が怖かったから、誰も失わないように、力を求めたんじゃないんですか?」

 

「ああ、確かに俺は弱いから、怖くてしかたがなかったから、力を求めたんだったかもしれないな」

 

「大丈夫ですよ天さん。あなたは少なくとも、壊す為、殺す為だけにその力をつけた訳じゃないんですから、だから、次からは天さんの思うように、正しいと思うようにその力を使えばいいんですよ」

 

「使っていいんだよな、この力は無駄じゃないんだよな…」

 

「ええ、無駄じゃありませんよ、その力は決して無駄じゃありません」

 

「ああ…本当に、俺の過ごした日々は無駄じゃなかったんだなぁ」

 

 天鴎は感情の波を限界までせき止めていたが、文の優しい言葉が天鴎の感情をせき止めていたものを決壊させる。 

 それまで治まっていた天鴎の涙がまた溢れ出してくる。そしてそれは、天鴎には歯止めが効かなくなる。

 

「ありがとう、ありがとう、文。こんなどうしようもない奴を肯定してくれて、受け入れてくれて、本当にありがにっっ本当にっ、ありがとうっっ!」

 

「こちらこそありがとうございます、天さん。私と出会ってくれて、私に優しく接してくれてありがとうございます」

 

「俺もだよっ!本当に、俺と出会ってくれてありがとうっ!」

 

 

 その日、日が昇るまで、天鴎の嗚咽は静かに二人の間に響いていた。

 

 これから天鴎が自信の過去を振り切れるように、文はこれからもずっと天鴎と支え合っていけるように、二人は眩い太陽に向かって互いの思いを刻み、誓いあったのだった。

 

 これからの二人を、一生違えぬ糸で結び合った瞬間だった。




 
 補足ですが、天鴎の全てを無視して修行にのめり込んだ要因としては、憎しみ、文の言ったように守る為も確かにありますが、天正への罪の意識を感じての贖罪という意味もあります。
 天鴎には守る為という意識もありますが、罪の意識もかなりの割合を占めており、修行にのめり込んだ理由としても現実逃避等があります。

 本当に蛇足でしたが、本文では伝えきれないところだと思ったので書かせていただきました。文も気づいている部分です。

 

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