東方鞍馬録   作:Etsuki

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一年ぶりのこんばんわ、そしてごめんなさい


花妖怪と枷と刀

 

 幽香はワクワクしていた。

 陳腐な表現ではあるがそう表すしかなかった。

 

 天鴎の力を自分が引き出せている。そう実感できるだけでも、幽香は気持ちが昂ってくる。

 前回、手加減されていることなど分かり切った戦いだった。

 自力の技術も拳を振り切る速さも、全てにおいて負けていた。天鴎が妖力を使っていなくてもだ。

 それが悔しかった。

 とても悔しかった。

 

 自慢する訳ではないが、幽香だって修羅場を浴びる程経験して、今の強さにまでたどり着いたのだ。それなりに壮絶なものだと思っていたのだ。

 最初はなんだったか?花を守るためだったか?何かを奪われそうになったのか?それとも何かを奪われたんだったか?

 覚えていない。覚えていないが何かがあって闘い始めたんだ。

 仲間も頼れる何かもいないまま、追い詰められるままに闘った。弱小の花妖怪なんて他の妖怪に食いつぶされるだけなのに、幽香は闘い続けた。自身の前に立ち塞がる壁を、乗り越え続けた。

 倒した妖怪を喰らい、その全てを喰らい、全てがなくなるまで喰らい続けた。

 より強大な敵へ、より自身を苦しめる敵へ、幽香は立ち向かっていった。

 

 そしてある時、幽香の中で大事な何かが壊れた。大事なはずの何か、忘れてはいけなかったはずの何か。闘い始めた自身の全ての理由だったはずの何か。

 けど、壊れてしまった後にはもうそれにはなんの意味もなくて、何かを成すはずの手段だった闘いも、いつの間にかより自身が強くなる為だけの手段になっていって。

 最初は嫌悪していたはずの闘いも殺し合いも、次第に相手を殺す感覚は甘美なものになっていって、今の幽香が生まれた。多くの物を取りこぼしながらも、目的を捻じ曲げながらも、今の強さにたどり着いた。

 

 けど、それを優に超えるヤツが出てきて、それが今まで感じた事が無い程悔しくて、それと同時に楽しくて、絶対に超えてやると誓って、やったことのない鍛錬までした。

 それでも、ヤツの奥底はまるで見えない。天鴎の全力はまるで底がない。

 

 だが、それでも超えてやる。全てを喰らってやる。喰らって喰らって、天鴎の全てを自分の物にしてやる。

 そう考え、幽香は笑った。

殺し合い、喰らい、全てを己の物とする。

それが幽香の本能なのだから。

 

 ■

 

 

 この幻想郷に来てから感じたことが無い程興奮している。

 こんなに興奮したことは強いて言えば妖忌と闘った時、いや絶対にそれ以上だ。

 それ程までに今の幽香は強い。

 

 元々幽香の持っている地力にはかなりの物がある。

 

 それを幽香はさらに仕上げてきた。

 自身で慣れない鍛錬をしたのだろう、踏み込みもキレも全てが前回の幽香を上回っている。

 妖忌と闘っても幽香が勝つだろうと思えるほどには。

 

 だが、それぐらいじゃないと俺の強さは引き出せない。

 俺の奥底にある強さを引き出せない。

 

 

 妖力を体に巡らす。

 更に一段上の高みへ己を持って行く。

 

 幽香もその顔に笑みを浮かべこちらに鋭い視線を送る。

 

 それと同時に向日葵畑の向日葵たちがその花弁を俺に向けた。

 太陽へとその顔を向ける向日葵がだ…

 

「死になさい」

 

 幽香がそう囁く。

 その瞬間、向日葵たちから途轍もない力が溢れ出し、その花の真ん中に眩い光が収束し、放たれた。

 

「なっ!?」

 

 向日葵畑から一斉に放たれた極光はとんでもない光の奔流となって襲いかかってくる。

 

 俺はこれを凌ぐため体に流れる妖力をより高密度にしある技を使う。

 

「鞍馬流!防ノ型、金剛一心!!」

 

 この技は体に流れる妖力を体表に流し、どんな攻撃にも耐えられる程に体を頑丈にする技だ。

 これを拳に集中させる。

 そして光を殴る!

 

「破ッ!!」

 

 俺の強烈な拳に、光は屈折する!!

 斜めに逸れた光は空を更に明るくした。

 

「殴って今の攻撃を逸らすなんて、あなたってほんと、規格外ね」

「今みたいな攻撃できる幽香も結構規格外なんじゃない?」

「あなた程じゃないわ」

「ああ、そうかい!」

 

 俺はそう答えると共に踏み出す。

 妖力で強化された踏み込みだ。

 

 音も衝撃もださず、俺は幽香の眼前へと一瞬で移動する。

 

「これはどうだ!!」

 

 踏み込みの勢いそのまま俺は拳を突き出す。

 結構マジの攻撃だ。

 しかし…

 

「きえた……?」

 

 幽香は俺が攻撃すると同時に霧のように消えてしまった。

 

「どうやって…?」

 

 全く種がわからない。

 それにまたあの奇妙な感覚だ。

 視線を全方向から感じるのにその視線の主は全て同一に感じる。

 一度感じたことのある奇妙な感覚。

 

「あら?私を見失っちゃったの?」

「な!?」

 

 幽香の強い気配を後ろに感じ振り向くがそこにはだれもいない。

 

「嫌ね天鴎、私を見失うなんて…」

 

 その言葉と共に俺の目が手で優しく隠される。

 

「天鴎、私が全てを奪い取るまで、私だけを見てなさい…」

「馬鹿なっ!?」

 

 驚愕で体が固まる。

 気配察知を全力で広げていないとは言え、だいだいのものは察知に引っ掛かる。

 それを潜り抜け俺の背後をとるなんて、どんな手を使ったんだ?

 思考を全力で回し、体の硬直から一瞬で逃れる。

 それと同時に幽香に向かって肘打ちを放つ。

 しかしそれも空を切る。

 

「私はここよ、天鴎」

 

 その瞬間、背中にとんでもない衝撃が走る。

 俺は向日葵畑に向かって吹き飛ばされる。

 背中に思いっきり蹴りを入れられた。

 妖力で体を強化していたからダメージは少ないが、未だにその気配を察知できていない。

 俺は向日葵畑の中で立ち上がろうと体を起こす。

 

 その瞬間気づいた。

 

 向日葵たちの顔が全て俺のほうを向いていることに。

 

「こりゃやべえわ」

 

 咄嗟に駆け出す。

 回避行動をとる。

 向日葵たちは光を持ち始め、その花に光を持ち始める。

 俺は花畑から出ようとする。 

 

「だめよ天鴎、この子たちから逃げるなんて」

 

 その瞬間、地面が隆起し始める。

 ドクドクと胎動のように、動き始める。

 地面から大量の蔦が出てくる。

 俺は蔦の大群に掬われ、空中に放り出された。

 その瞬間、眩い光が一斉に俺の方を向く。

 

「やられるかっ!!」

 

 俺は翼を広げ、空中を飛ぶ。

 花畑の外へ逃げようとする。

 

「あら、逃がすはずないじゃない」

「マジかよっ!」

 

 向日葵畑の上空は蔦で作られた鳥籠によって逃げ場のない牢屋になっていた。

 空中にも地上にももう逃げ場はない。

 俺がそれを認識したと同時に、光が放たれた。

 俺はそれを金剛一心で受け止めようとする。

 が、気づいてしまう。

 先ほどの濁流のような光の奔流ではない。

 まるでするどい針のような、収束された光の柱だと。

 

「そうきたかっ!」

 

 俺は咄嗟に移動を始める。

 あれに当たるのはマズイと本能が囁いている。

 

「グウウウウウウッ!?」

 

 俺は鳥籠の外側すれすれを高速飛行する。

 

「ねえ、天鴎…私の能力随分と強力でしょ?かなり苦労したのよ?能力の解釈から改め直して、能力の強化までするのは。けど、そのおかげて今私はあなたをこうやって追い詰められてる。とても嬉しいわ」

「ああ、そうかい!俺も強い幽香と闘えて嬉しいよ!」

 

 俺はそういいながら着実に狙いが俺に定まってきているビームを更に加速することで引き離す。

 ビームを避けきってこのままガス欠を狙うか、それかビームを放っている向日葵自体を壊すか。

 でも、できれば後者の方法はとりたくない。

 このままガス欠を狙うしか…

 その瞬間、俺の視界にちょっろと白が映り込む。

 幽香が着ているカッターシャツの色だ。

 

 俺は気配察知を全力で展開する。

 捕捉して、絶対に逃がさない!

 捉えたっ!!

 

 その瞬間、俺は空気を蹴った!

 急角度の方向転換に加え圧倒的な加速でビームの雨を振り切り、幽香に急接近する。

 

「あら天鴎、やるじゃない」

 

 幽香は余裕の笑みを崩さない。

 

「そりゃどうも!!」

 

 俺は加速の力も乗せた拳を振るう。

 しかし、それは空を切る。

 でも、それも予想範囲内だ。

 

 真後ろに現れた幽香に蹴りを放つ。

 空を切る。

 右に現れた幽香に拳を放つ。

 空を切る。

 左に現れた幽香に肘打ちを放つ。

 空を切る。

 上に前に左右に斜めに、現れた幽香に攻撃する。

 全て空を切る。

 

「天鴎、大丈夫?全く拳が当たってないわよ?」

「ああ、そうだな」

 

 少し息が上がって来るほど攻撃したのだが、全く当たらない。

 けど、これだけ攻撃したから分かってきたことがある。 

 

「瞬間移動をしているのは分かってる、けどなんで花妖怪がそんなことができるのかが分からなかった。それが疑問だった」

「ええ、なんででしょうね?」

「お前さっき自身の能力の解釈から改めたと言ったな」

「ええ、そうね」

「お前の能力は後天性ではなく妖怪の種族からくる前天性の物だ。だから、お前が能力の解釈をするには幽香自身の妖怪としての解釈から改めなければいけない」

「…」

「幽香は花妖怪、花がなければ幽香はいないし、花のある場所にしかいられない」

「ふふ、よく分かったわね」

「ああ、何度も移動させてその存在の移動の仕方を観察しなかったら分からなかったよ」

「そう、私は花妖怪、私という存在は花に在る。花の在る場所に私は存在する」

「花と幽香の存在が同格だと気づくまで時間が掛かったよ」

「ええ、掛かりすぎじゃないかしら?私が花の在る場所に移動していたことぐらいすぐ分かるでしょうに」

「能力の解釈をさらに広げて花の咲いてない植物にも移動してたくせに…」

 

 この幽香の瞬間移動を止めるには周囲の花や植物を全て殺せばいい。

 けど、それでは確実ではないし、なにより俺がこの向日葵を殺したくない。

 だから、俺はもう一度気配察知を強くする。

 幽香と花の存在が同格というのが分かれば工夫しだいで気配察知にも引っ掛かるし、存在を妖力で掴むこともできる。

 

 

 幽香が背後に瞬間移動してくる。

 だが、俺はもうどこに瞬間移動してくるかも分かっている。

 そこ!

 

 ガッ!

 

「あら、天鴎、惜しいわね」

 

 幽香がは俺の拳を受け止めていた。

 次に俺が瞬間移動してくるのと全く同時に攻撃を当ててくることを予想していたのだろう。

 が、俺も同時に幽香の手を掴む。

 

「存在の在り方がわかったんだ、幽香が瞬間移動できないようにここに拘束することもできる」

 

 幽香の存在自体を俺の妖力で掴み拘束する。

 これで逃げられることはない。

 俺は幽香の手の関節を極めにいく。

 幽香はそれを手を大きく振り、逃げる。

 でも、手は離れていない。

 もう片方の手で殴りにかかる。

 幽香はそれを膝で受け止める。

 俺は両手を拘束しようと動くがうまく動きを合わせられて逃げられる。

 片手だけしか拘束できない。

 

「あら、別に拘束されてても逃げられるわよ?」

 

 幽香が拘束されていないほうの手を向日葵にかざす。

 その瞬間、向日葵が枯れ、灰色になり地面に横になる。

 周りの向日葵、いや、植物全部が枯れている。

 幽香の存在も薄くなり、存在を手放してしまう。

 

「ほら、言った通りでしょ?」

 

 幽香がそういう、でも俺は何よりも、他のことに衝撃を受けた。

 

「枯らしたのか?向日葵も、周りの植物も?」

「ええ、そうよ?これぐらい枯らしたってどうってことないわ、例えここの向日葵たちを全て枯らしたって私は何も感じないわ」

「それは本当のことなのか?」

「そうよ」

 

 嘘だろ?本当にそうなのか?

 俺は幽香の言葉を聞いて胸が苦しくなる。

 

「幽香はこの向日葵たちを簡単に殺せるっていうのか?こんなに美しい向日葵たちを簡単に殺せるっていうのか?幽香は、この花たちがいるから存在できるっていうのに?花と幽香は同じ存在なのに?」

「ええ、現に私はこの子達から」

 

 そう言うとともに幽香が手を振り上げる。

 蔦が俺の体を叩き宙に持ち上げ、拘束する。

 おれは、空中で拘束される。

 

「生命力を貰っているわ、あなたも分かっているでしょ?あの光の攻撃の力の源は私の妖力じゃないことぐらい」

 

 確かにあの攻撃の元は幽香の妖力じゃない。向日葵自身の生きる力、もっと言えばこの土地が内包している自然の力だ。

 

「このまま力を使い続ければ、この子達は種も残せない程に弱り切るでしょうね。いえ、もっと言えばこの土地はなにも実らない不毛の土地になるわ」

 

 蔦が光始める、向日葵が光始める。

 けど、俺にはもう、この向日葵が、蔦が、植物たちが、悲鳴を挙げているようにしかみえない。

 

「それでも、幽香は闘うのか?」

「ええ、それが私の生きがいだもの、それしか、わたしに生を感じさせてくれないもの、それしか私は何かを得られないもの」

 

 絶対、そんなはずはない!

 

「戦うだけが!全てじゃないだろ!!」

「ええ、そうね。けど私にはそれしか縋るものがないの」

 

 

 思い出す、闘うことでしか、強くなることでしか贖罪できなかったあの頃を。

 

 

「そんなにこの子たちのことを思うなら、天鴎?あなたが死ねばいいのよ」

 

 

 思い出す、全てから己を切り離し、ただ一人孤独でいた頃を。

 

 

「私が欲しいのはあなたを超えたという結果なんだから」

 

 

 思い出す、そんな自分を叱り、抱きしめ、連れ戻してくれた者たちのことを。

 

 

「ほら、さっさと死になさい」

 

 

 その瞬間、向日葵たちから光の奔流が放たれ、蔦が圧倒的光量をもって爆破した。

 全てが合わさって、まるでこの幻想郷が壊れてしまうんじゃないかと言うほどの光の爆発か起きる。

 

 俺は、その圧倒的な光の奔流の中で思い出していた。

 

 

 自分を幸せにしてくれた者たちのことを。

 

  

 俺は体の奥底で眠らせていた妖力を開放する。

 

 圧縮され、濃密になっていた圧倒的な妖力は波動となり、その力で光の爆発をかき消す。

 

 辺りには、自らの光で焼け切り、生きる生命力を無くした向日葵が、灰になった向日葵が横たわっている。

 

「あら、天鴎?これでも死なないの?」

 

 幽香が話す。

 俺は幽香を見る。

 

 分かった、なんでこんなに胸が苦しくなるのか。

 そうだ、似ていたんだ、こいつは似ていたんだ。

 

 そっくりだ。昔の俺に、そっくりなんだ。

 

「でも、少なからずダメージを受けているみたいね」

 

 そう、こいつは昔の俺だ。

 追い詰められて、とことん追い詰めれて、逃げ場なんてなくて、狂気に堕ちて、どうしようもなるしかなかった、昔の俺だ。

 ならやることは一つしかない。

 

「天鴎、今度こそ死になさい」

 

 向日葵たちが悲鳴をあげる。

 命を削って光を生み出す。

 

「幽香、お前は本当にその生き方が正しいと思っているのか?」

「…」

 

 幽香はそのまま俺に向かって手を向ける。

 その瞬間俺の前に膨大な光の奔流がなだれ込んでくる。

 しかし、俺はもう一度手に高密度の妖力を流し込む。

 

「鞍馬流防ノ型、金剛一心・改」

 

 手を妖力で包み込み強化する。

 そして光の奔流を受け流す。

 そのまま受け流しながら幽香の方へ突っ走る。

 

 幽香の方に拳を向ける。

 

「お前の考え方は、その生き方は!間違っている!!」

 

 その拳を振り抜くが、幽香はそれを身を傾けギリギリで避ける。

 

「考え方にも!生き方にも!正解なんてないでしょう!!?」

 

 幽香が蹴りを放ってくる、俺はそれをギリギリで避ける。

 

「私の人生は!私の生き方は!自由よっ!!私はこの生き方がいいのよっ!!」

 

 幽香が拳を放ってくる、俺はその手を掴んだ。

 

「じゃあ、なんで、お前はそんな辛そうな顔をしているんだよ」

 

「え……?」 

 

「てめえは、今なんでそんな辛そうな顔してんだって聞いてるんだよ!」

 

 幽香はその言葉にハッとし、自分の顔を触った。

 

「なんで…」

 

「本当は辛いんじゃないのかよ、強さだけを追い求めて、全てを壊すだけの生き方が!辛いんじゃないのかよ!」

 

「辛いはず…ないじゃない!」

 

 幽香は蹴りを放つ。

 俺はその蹴りを脚で防御する。

 幽香はその時に生じた隙をついて強引に振り払い距離をとる。

 

「俺も最初は辛いはずないと思ってたよ、けど文に認められた時、俺がその時まで偽っていたものが簡単に崩れ去ったんだよ」

「何が言いたいの?」

「幽香は未だに誰にも認められたことが無いんだろう?風見幽香というその存在を、なんにも偽っていない自分を、幽香は誰にも認められていない、認められないから今の自分を形作ったんだろう?」

 

 幽香はその言葉に顔を俯かせる。

 拳を震える程握りしめている。

 そのままキッと顔を上げた。

 

「そんなはずないじゃない、私は誰にも認められなくてもいい、認めてもらわなくてもいい、たった一人で生きていけるんだから、私は弱くない、そう!私は弱くないのよっ!!」

 

 俺は睨んでいる幽香の目を見る。

 

「いや、幽香は認めて欲しいと思っている、心のどこかで絶対にそう思っているさ」

「だから!!私はそんなこと思わないって言ってるじゃない!!」

 

 幽香は強烈な踏み込みと共にその拳を振りぬいた。

 俺はその拳を……避けなかった、避けずに顔面で受けた。

 

 そして俺は、不敵に笑った。

 

「残念だったな、幽香。お前が心っていうのを持っている限り、俺もお前も一人じゃ生きていけない生き物なんだよ」

 

 そして俺は……幽香の蹴りを受けて吹っ飛んだ。

 そのまま地面を無様に転がった。

 

「イテテテ、くっそー、いいのぶち込んでくれるなあ」

 

 俺は幽香の方を見ると、幽香はいつの間にか日傘を携え俺の方を見ている。

 

「気に入らない、本当に気に入らない。いいわ、なんの遠慮も手加減もなく吹っ飛ばしてあげる」

 

 幽香はそういい、日傘を俺に向ける。

 けど、向日葵がこちらを向く様子はない、その代わり、莫大なエネルギーが幽香の体に集まっている。

 

「今度こそ、死になさい、天鴎」

 

 幽香がそう言うと共に、日傘の先に光が集まっていく。

 

「マスタースパーク」

 

 日傘の先から極太のレーザーが放たれた。

 

「金剛一心・改!」

 

 俺は妖力を体全体に広げ、レーザーに突っ込んだ。

 なんの躊躇もなく光の中を突き進む。

 とんでもなく威力のある光の濁流の中を進み、ついに幽香の目の前に到達する。

 俺は日傘の先を掴み、逆の手で幽香の手を掴んだ。

 

「幽香、受け止めてやるよ、お前の全て、俺が受け止めてやるよ!お前が俺をボッコボコにしてもいい、殺したっていい!!けど、その後で、お前の全てを俺が受け止める!」

「無茶苦茶なこと言わないで!!」

 

 幽香は日傘を振り回し、俺の手を振り払うと、日傘を突き刺してくる。

 その先端は俺の腹に突き刺さった。

 

「幽香!こいっ!!俺がお前の殻を全て剥いでやる!!」

「無責任よっ!あなたのその言葉は無責任よっ!!」

「違う!!俺が責任を取ってやる!お前の過去も!現在(いま)も、未来も!!全部ひっくるめてお前を受け入れてやるっ!!」

 

 その言葉に幽香は歯を食いしばった。

 

「今更、今更遅いのよ!!私はずっと待っていた、私という存在を受け入れてくれる場所を探していた!!でも、見つからなかった、見つからなくて、私という存在は壊れた、とっくの前に壊れてたのよっ!それで!なに!なんで今あなたが現れるの!なんで今なの!私を救いたいならもっともっと昔に、なんで来てくれなかったの!?」

 

 日傘が更に深く俺の腹に食い込む。

 

「ごめん、幽香、本当にごめん、でも今しか来れなかったんだ、俺みたいな弱いやつじゃ、今が精一杯だったんだ」

「あなたに謝って欲しい訳じゃない!!あなたなんかに!あなたなんかに!!」

 

 俺が顔を上げると、幽香は泣いていた、その目から涙を流していた。

 

「幽香…」

 

 俺は腹に傘先が食い込むのも忘れ、幽香に手を伸ばした。

 そしてそっと、幽香の手に自身の手を置いた。

 幽香はその手に気づき俺を見た。

 その時に見えた幽香の顔は、全てに恐れられるような大妖怪の顔ではなく、ただの年相応な女の子の顔に見えた。

 

「信じてくれ、幽香」

 

 俺は幽香の目を見ていった。

 幽香は酷く動揺し、目を右往左往させ、それから思い出したかのように、俺を睨んだ。

 

「信じないわ、私は誰も…信じない…」

 

 その言葉と共に俺に蹴りを放った。

 俺はそれをまともに受け、吹っ飛ぶ。

 

「私を信じさせたいなら、受けいれさせたいなら、示しなさいよっ!示してみなさいよっ!!」

 

 瞬間、とんでもない突風が巻き起こる、幽香の体をとんでもない魔力が駆け抜ける。

 感情の爆発と共に、幽香の眠っていた才能が姿を見せたのだろう。

 威力は今までの比ではない程に高くなるだろう。

 妖力量だけでいうなら俺を超える程だ。

 

 けど、これを避けるという選択肢はない。

 俺が信じてくれと言い、幽香が示しせと訴えるのなら、これを受け入れなければいけない。

 そして、この攻撃を叩き潰さないといけない。

 俺が幽香よりも強い事を示し、幽香を受け入れられる男だと示さなければならない。

 

 だからこそ、今まで封印していたものを解放し、本気の片鱗をみせる。

 俺は刀に巻き付いている包帯を、自身の刀を封印していた物を、解き放った。

 同時に、自身にもかかっていた封印が解除される。

 

 漲る妖力を体の中に留め、刀身にも宿らせていく。

 真っ直ぐと幽香を見据える。

 俺はゆっくりと構えた。

 何千回、何万回やったかもわからない程にやってきた構えだ。

 

 幽香は溢れ出す妖力を完全に制御しきったようだ。

 幽香は一点に妖力を集めていく。

 

 幽香は日傘を後ろに投げ捨てた。

 

 それと同時に地面をしっかりと踏みしめ、力を溜める。

 

 

 そして幽香はその口から声にならない絶叫と全てを破壊する七色の光を放つ。

 俺の視界が七色の光で支配される。

 

 静かにそれを見据えていた俺は、光に飲み込まれようとしていた。

 

 刹那、俺の刀が閃いた。

 

 剣閃は鋭い光へと変わり、とんでもない力へと変換される。

 

 閃いた光は七色の光を両断し、その軌跡に光の道を作った。

 俺は跳んだ。幽香の元へ一直線に。

 

 そして幽香を押し倒した。

 

「幽香、お前の負けだ」

 

 俺は幽香に馬乗りになりながら言う。

 

「負けてなんかいない!」

 

 幽香が拳を突き出してきたが、それを俺は難なく受け止める。

 

「私は!全てを喰らって、何もかもを喰らって!強くならなきゃいけないのっ!!」

 

 幽香がそう言うと、蔦が地面から飛び出し、拘束してくる。

 幽香は俺の体を浮かせ、俺と幽香の位置を変えた。

 俺は地面に俯けにされ、幽香は俺の上に馬乗りになった。

 

 そしてその拳を振るってくる。

 俺はそれをただ受け止める。

 

「私は、私は、強く…強く…ならなきゃいけないの!!」

「なんでだ?」

「なんでだって、なんだっていいじゃない!」

 

 幽香は癇癪を起す子供のようにその拳を振るう。

 俺はただ幽香をみつめる。

 

「なんでだ」

「…っ」

「なんでだって聞いてるんだ」

 

 拳を掴む。

 幽香は振り払おうと抵抗してくるが、絶対に放さない。

 

「なんでだ、幽香、なんでお前は強くなろうとする」

「そんなのどうだって」

「なんでだ幽香、なんで強くなろうとする?」

「だから、そんなの…」

「なんでだ、幽香」

「…っ」

 

 幽香の体から力が抜ける。

 俺は手を離した。

 

「そんなの、そんなの、分かるわけないじゃない」

 

 幽香は力のない手で殴ってくる。

 たいした力もないただ置くような拳で。

 

「分からない、分からないけど…」

 

 幽香の頬を水滴が流れる。

 

「こうするしかなかったのよ…」

 

 俯きながら、泣きながら、独白をする。

 

「私が、私を守るためには、これしかなかったのよ」

 

 幽香は俺を睨んだ。

 

「これ以上、どうしろっていうのよ!」

 

 俺も幽香を見つめた。

 

「よく頑張ったな、幽香」

「え…?」

 

 俺は幽香の頭に手を置く。

 

「よく頑張ったよ幽香、だからもう頑張らなくていいんだ」

 

 幽香の頭に置いた手で撫でながら言葉を続ける。

 

「俺は負けた、たった今幽香に負けたんだ。だから全てを喰らえ、俺の何もかも喰らえ」

「…」

「そしたら俺が内側から全てを変えてやる、お前の何もかも変えてやる、だから俺の何もかも喰らえ」

「…天鴎」

「助けてやる、変えてやる、お前をお前の思い通りにしてやる、だから俺を受け入れろ幽香」

「天…鴎っ…」

 

 俺は幽香を抱きしめる。

 幽香はそれに一瞬腕を強張らせる、まるで俺の手を恐れているように。

 けど腕を震わせながらも恐る恐る腕を俺の背中に回す。

 

「信じていいの?」

「ああ、信じてくれ」

「本当に私を変えてくれるの?」

「ああ、変えてやる、絶対に変われるさ」

「ええ…そうなれば、いいわね…」

 

 俺は更に強く抱き締める。

 

「大丈夫、変われるさ、俺が全て受け入れてやるから」

「ええ、信じるから…」

 

 俺たちはそのまま涙が枯れるまでそうしていた。

 幽香の何百年分の涙は霖雨のように降り続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、これが天鴎の幻想郷での初めての、敗北であった。 

 

 




 全く進まなかった今回のお話。
 なんか忙しくて書く暇なかった。
 という言い訳でした。

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