時系列:ヘルマプロディートスの恋 第25話と第26話の間
最高潮にリズムを刻む音楽。
強烈なライトに照らされる中、俺は躍り続ける。今日は絶好調だ。完璧にノッている。体幹の動きが指先にまで痺れるように伝わっている。
最高のパフォーマンスだ。
やがて音楽はクライマックスを迎え、唐突に終わる。
まばらな拍手……。逆光の向こうにかすかに見える客席はほとんど空席。かといって、手を抜くことはできない。幕がおりるまでは。
幕がおりて風景が暗転する。すると突然、目の前に禿げ頭のオヤジが現れた。
「あー。うー。ごめんね。荒木君」
まったく謝る気がない雰囲気を醸し出しながら劇団の禿げ理事長が俺に告げた。「キミ、明日から来なくていいから」
「はあ」
あまりにも突然で返事でもなく、同意でもなく、質問でもない言葉を俺は返す事しかできなかった。
重大なミスはしていないし、俺より下手なダンサーなんていくらでもいるはずなのに。
「キミならどこでもやっていけるでしょ。大丈夫、大丈夫」
「何が大丈夫だ!」
適当な言葉しか繰り返さない理事長に怒りが爆発して俺はその襟首を締め上げた。
「や、やめたまえ」
「やめろ! 荒木!」
理事長の焦った声に劇団員がぞろぞろと集まって俺を引き離す。
「それだからお前は!」
ドンと突き飛ばされて、俺は闇の中に落ちて行った。どこまでも、どこまでも……。
俺はベッドから落ちた衝撃で目を覚ました。寝ているうちにベッドから転落してしまったらしい。
「夢……か?」
俺は目をこすった後、周りを見渡す。
石造りの落ち着いた色合いの部屋だ。置かれている家具もクラシックな感じで前時代的な雰囲気だ。
見慣れた風景。まちがいない。ここは俺の部屋。
俺は立ち上がってカーテンを開いて外を見る。ヨーロッパの古い町並みを再現したような光景。そして、空にあたる部分には石造りの天井に覆われている。
そう、ここは今の俺の現実世界。ソードアート・オンライン――。
(ここに閉じ込められてからもうすぐ2年も経つというのに、いまさら現実世界の夢を見るなんて)
俺はため息をついてベッドに腰かけると、髪の毛をガシガシとかき混ぜた。(幸先、悪りぃ。これって死亡フラグなんじゃねーの? よりによって、解雇された時の夢を見るなんて)
今日、第75層のボス部屋偵察が行われる。
これまで第25層、第50層は強力なボスモンスターが配置され多くの犠牲を出してしまった。クォーターポイントには強力なボスが配置されているのではないかというのが攻略組でも共通認識になっていた。
今回は5ギルド共同で20名の偵察部隊を送る事になり、俺も血盟騎士団の代表として……というよりルーレットに負けて参加する事になったのだ。
俺の他でルーレットに負けた不幸な連中は、アラン、コートニー、ジークリードだ。
コートニーは右腕が動かなくなったというトラブルにもめげず、片手用直剣スキルを1から取り直して戦線復帰を果たしたばかりだというのに、運が悪いったらない。もっとも、本人は今回の偵察にノリノリで参加しているのだから『運が悪い』なんて考えていないのかも知れないが。
そう言えば、アランも先日、とても仲が良かった相棒のゴドフリーを亡くしたばかりだ。ひょっとすると、今回の偵察メンバーは運が悪い連中だらけなのかも知れない。
目覚ましのタイマーアラームが鳴った。
俺はそのアラームを止めると、偵察の準備を始めた。
グランザムの血盟騎士団のギルドハウスに到着し、ブリーフィングルームに入るとすでに全員がそろっていた。
「マティアスのダンナ。遅いよー」
アランがくつくつと笑いながら言った。
「ん? そうか?」
俺は視界の隅の時計を確認した。集合時間の10分前だ。遅いという事はないはずだ。
「もうちょっと早く来れば、夫婦漫才が見れたのに」
アランはニヤニヤしながら視線をコートニーとジークジードに送った。
「ア~ラ~ン~君~」
妙にドスが効いた声でコートニーが睨みつけている。その後ろでジークリードが困ったような微妙な笑顔を浮かべている。
いつも通りだ。
明るい雰囲気に俺はクスリと笑った。
コートニーの右腕が動かなくなって戦線を離脱してからというもの、血盟騎士団ではロクな事がなかった。コートニーが抜けてすぐの第67層攻略では大苦戦して血盟騎士団から死亡者が出そうになったし、雰囲気も暗く重苦しいものに変わった。
しかし、彼女が戻って来てからギルド内の雰囲気は明るくなった。クラディールの裏切りによるゴドフリーの死。それに伴う、副団長アスナとキリトの離脱。こんな大事件の連続があってもコートニーがいるおかげでギルドの雰囲気は昔の小規模ギルドの頃のように明るいものになっていた。
「マティアス。何、思い出し笑いしてんの?」
アランに向けられていた鋭い視線がこちらに向けられた。
「うぉ! こっち来た!」
俺はおどけながらジークリードの後ろに走った。「助けてジーク。凶暴な女が襲ってくるお! 怖いお」
「やる夫になってるし!」
アランは大爆笑し、それにつられて全員の笑い声がブリーフィングルームに響いた。
「リラックスしているようだね」
引き締まったテノールの声を響かせながらブリーフィングルームに入ってきたのはヒースクリフだった。
「リラックスっていうか、緊張感なさすぎ」
アランが両手を広げ、肩をすくませながら笑った。
「そんな事ないお」
キモオタ風の声で俺が言うと、ツボを刺激したらしくアランが笑い転げた。
「まあ、百戦錬磨の君たちなら不覚を取る事はないとは思うが、十分気を付けるように」
ヒースクリフは口元をほころばせながら一人一人を順番に見つめた。
俺はその表情に微妙な違和感を覚えた。
(目が笑っていない……)
じっとヒースクリフの表情を観察してようやくその事に気づいた。
「でも、このメンバーだったら偵察どころか、ボスも倒しちゃうかもね」
いたずらっぽく笑いながらコートニーが顎に手をやって独り頷いた。
「いや、それねーから」
「無理でしょ」
右からアラン、左からジークリードにツッコミをいれられてコートニーはなぜかご満悦だった。どうも彼女のツボがよくわからない。
「クォーターポイントの75層のボスは今まで以上に厳しい戦いになるだろうからね。まずは生きて帰ってくることを目標にしてくれたまえ。もちろん、その上で攻略情報を持ってきてくれれば最高だが」
ヒースクリフのその言葉で緩んだ空気がピンとはりつめた物に変わった。
「はい」
俺とジークリードは真剣な顔で、アランは子供のような崩れた表情で、コートニーは微笑みながら――四者四様の表情でヒースクリフに敬礼した。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
コートニーは俺たちに声をかけると、改めてヒースクリフに敬礼した。「では、行ってきます」
「期待しているよ」
ヒースクリフは微笑みながら敬礼を返した。――目が笑っていない微笑みで……。
偵察部隊は迷宮区入り口で集合し、モンスターを排除しつつ1時間かけてボス部屋の前に到着した。さすがに各ギルドを代表するメンバーがそろっている事もあって迷宮区にエンカウントするモンスターなど路傍の石のように蹴散らした。1時間掛かったのは純粋に距離があったからだ。
「回廊結晶でマークしておこうよ」
俺はボス部屋の巨大な扉を見上げながらコートニーに言った。
「そうだね。結構、時間かかったもんね」
コートニーはそう言いながら、右手を左手で支えながらメニュー操作して回廊結晶を取り出した。「マーク!」
コートニーがコマンドを言うと、回廊結晶の色がピンク色から鮮やかな水色に変化した。
それにしてもここに漂う冷気は何だろうか。まったく嫌な予感しかしない。
俺はゴクリとツバを飲み込んで、おろしたての盾を握りしめた。今回、俺は新装備でこの偵察に臨んでいる。リズベット武具店でのオーダーメイド品だ。鎧も盾も剣もとてもいい出来に仕上がっている。無意識のうちにベビーピンクがよく似合う彼女の姿を思い浮かべた。
「みんな、聞いてくれ!」
その声に全員が目を向ける。声の主は今回の偵察部隊の指揮を執る聖竜連合のシュミットだった。
彼はガチガチの壁戦士だ。攻撃力よりも防御力に重点を置いている装備で、恐らくこのアインクラッドで一番硬い男だろう。そんな性格ゆえかかなり保守的というか慎重な男だ。
「今回は偵察部隊を二つに分ける。前衛の10人がボス部屋に入り、後衛の10人はボス部屋の入り口で待機して前衛の退路を確保する」
シュミットは運動部キャプテンといった外見にふさわしいよく通る声で言った。「各ギルドで2名ずつ、前衛と後衛に分かれてくれ」
「だってよ。シュミットのダンナは慎重だなあ」
アランが肩をすくめながら微笑んだ。
「じゃあ、いつものようにルーレットで決めよ」
コートニーはそう言いながら右手を左手で動かしながらメインメニューを立ち上げてルーレットを始めた。
俺も右手を振ってメインメニューを立ち上げるとルーレットを起動した。スタート、そしてストップボタンを押す。これによって1から100までのランダムな数字がパーティーメンバーに通知される。
「おお。100だ」
俺は思わずよっしゃーと呟きながら右手を握りしめた。
「おー。運がいいね!」
そう感嘆の声を上げたコートニーは61。
「マティアスのダンナ、こんな所で運を使っちゃだめだよ」
ニヤニヤ笑うアランは34。
「じゃあ、マティアスさんは後衛ですね」
ジークリードは78だった。
パーティーをアラン&コートニー、マティアス&ジークリードと組み直そうとした時、アランがしつこいぐらいに俺に目配せしてきた。
(……あー。わかった、わかった)
俺は心の中でため息をつきながらコートニーの肩を叩いた。
「コートニーちゃん。その席、譲ってくんね?」
「はぁ? なんでさ!」
コートニーがその可愛らしい姿に似合わない鋭い視線を俺に向けた。
そうなのだ。彼女は攻略の鬼、ボス戦に燃える女性なのだ。偵察とはいえボス戦に最初に臨むという事を彼女は楽しみにしているらしい。
「まあ、なんつーの。お二人さんが分かれるのはちょっとやりにくいっていう感じ?」
俺はコートニーとジークリードに視線を交互に向けながら言った。
「じゃあ、アラン君とジークを入れ替えればいいじゃん!」
「二人が後衛にいてくれた方が心強いんだけど」
アランはコートニーの言葉をさえぎって珍しく力強く自分の意見を主張した。
「まあ、夫婦のお二人を前衛に立たせるほど血盟騎士団は人手不足って思われたくないし」
俺は応援を求めてジークリードに目配せした。きっと、彼だって危険な場所にコートニーを立たせたくないはずだ。
「コー。ボス戦本番で思いっきり戦えばいいよ。今日は後衛に回ったら?」
ふんわりとした声で諭すようにジークリードはコートニーの肩を撫でながら言った。
「ジークの弱虫!」
ジークリードと打って変ってコートニーの言葉は苛烈だった。
「ええ?」
ジークリードはその剣幕に押されて後ずさりした。
「あー。ここは民主的にいこう」
俺は深いため息をついた後、右手を挙げた。「コートニーちゃん後衛に賛成の人」
ぱっとアラン、ジークリードの右手が挙がる。
「賛成多数ってことで」
と、視線をコートニーに向けると不満そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ、ルーレットする意味なかったじゃん」
コートニーは地面を蹴り飛ばして、怒りをあらわにしていた。
「まあまあ。たまには俺にかっこいい仕事をさせてくれよ」
「ボス、倒さないでよ」
上目づかいでコートニーが俺を見つめてきた。その儚げな瞳から醸し出されるあまりの美しさに俺は息を飲んでしまう。
「倒さない、倒さない。倒せるわけないじゃん」
俺は黙ってれば美人なのにという言葉を飲み込んで手を振りながら言った。
ひとつ前の第74層では≪黒の剣士≫キリトがたった一人でボスを倒してしまったがあんな規格外の強さを持っているのはヒースクリフ団長ぐらいだろう。
「そろそろ前衛、後衛に別れてくれー!」
シュミットの声が響き、俺とアランは前に出た。
「気を付けてね」
コートニーは小さく手を振りながら微笑んだ。
「うん!」
アランは元気よく答えて大きく手を振りかえした。
「難しそうだったら、すぐに撤退してくださいね」
ジークリードは心配そうに声をかけてきた。
「ああ。ヤバかったら転移結晶でもなんでも使って逃げ帰るよ」
俺は微笑みながら拳を突き出すと、ジークリードも拳で返してくれた。「じゃあ。また後で」
「固まって行きましょう」
前衛10人が集まった所で聖竜連合のブラントが声をかけた。どうやら、シュミットは後衛に回ったらしい。つくづく慎重な男だ。「では、開けます」
ゴゴゴゴ
重苦しい音と共にボス部屋の扉が開かれた。
中はかなり広いドーム状の部屋のようだ。奥は暗くて見えないが、今までのパターンから言って最奥部にボスモンスターが待ち構えているのだろう。
「盾持ち戦士は前に並んでください」
ブラントの指揮で俺は右端の前列に立った。そして、すぐ後ろにアランがついた。
俺とアランは対毒ポーションとハイポーションを飲んで不測の事態に備えた。
「前進!」
陣形が整ったところで、ブラントの命令が下った。
どんなボスが現れるのか……。今回は事前情報がほとんどなかった。この層は虫系モンスターやアンデット系モンスターが多く現れている事から、恐らくその系統のボスモンスターであろうと予測されていたが、どの程度の強さなのかはその姿を見るまでは分からない。もしかすると、こんな10人なんてあっという間に葬るモンスターかも知れない。
俺たちはゆっくりと前進し、部屋の中央まで進んだ。
どうやらボス部屋は円形のドーム状で黒く高い壁が全体を囲み、はるか頭上で湾曲して閉じている。ボス部屋としてはシンプルすぎる。ボスが鎮座している椅子もないし、壁にも何の装飾もない。
背後で突如轟音が響いた。
「なんだ!」
「扉が閉まるぞ!」
俺はその声で後ろを振り向くと、今まさに扉が閉じられるところだった。これでは後衛10人と切り離されて孤立してしまう。
「アラン!」
「うん!」
俺が声をかけた途端、アランは扉へ駆け出した。しかし、たどり着く前に扉は完全に閉じられ、さらに壁と同化してしまった。
(閉じ込められた?!)
俺はアランに追いつくと、その表情を伺った。
アランは開錠スキルの持ち主だ。つい先日、アイテムブースト込みではあるが、完全習得にあたる1000に到達したばかりだ。ゆえに、この世界で彼に開けられない鍵は存在しない。
だが、システム上ロックされたものは例外だ。
果たして、このボス部屋の扉は開錠スキルの対象になっているのか……。
アランは俺に向かって小さく首を振って笑った。
「駄目か?」
「だーめ」
念のため問うと、肩をすくめて寂しい笑みが帰ってきた。
「転移結晶で離脱しましょう!」
俺たちの後を追って来たブラントが声を上げたが、すぐに「転移結晶が効かない!」と悲鳴のような返事があった。
どうやら覚悟を決めなければならないらしい。見たところ、ボス部屋は壁に覆われていて、他に抜ける通路らしいものはない。
ボスを倒さねばここから出る手段がないという事だ。
「対毒ポーションと回復ポーションを飲んでおいてください」
ブラントが指示を飛ばす。
「それにしても、ボスはどこだ?」
そんな声が聞こえた時、ボス部屋の中央に何か巨大なものが上から落ちてきて地面が揺れる衝撃と同時にボス部屋が明るく照らされた。
部屋の中央で雄叫びをあげたのは禍々しい形の頭蓋骨を持ったムカデのようなモンスターだった。2対4つの鋭い眼窩の下には見るからに凶悪な威力を秘めていると思われる巨大な鎌が両腕のように空を切り裂いている。そして、人間の背骨のような体節一つ一つに1対の骨むき出しの足が波打つようにうごめいていた。
≪The Skull Reaper≫
強敵を示す深紅のカーソルの下にその名前が表示される。ヒットポイントバーは5本。
こちらの様子をうかがっていたスカルリーパーが動き始めた。
速い! 今まで見てきたボスモンスターのどれよりも速い。
偵察前衛部隊は隊列を整える暇もなく、スカルリーパーに蹂躙された。轟音の唸りをあげて鎌が振るわれる。
「マティアスのダンナ。こいつァはやばいぜ。あいつ。90層クラスだ!」
アランの叫び声と同時に二人が鎌に切り飛ばされた。
激しいノックバックのためだろう。二人は高く宙へ放り出され、そのヒットポイントバーが見る見るうちに幅を狭めていく。イエローの注意域、レッドの危険域――そして、あっけなくその表示が消えて、二人はポリゴンの欠片となって空中で散った。
「馬鹿な……一撃……だと?」
俺は目の前で起きたことが飲み込めず絶句した。一人は軽装だったが、もう一人はガチガチの壁戦士装備だった。それが一撃だと?
呆然とする俺を尻目にスカルリーパーはその場にとどまることなく、駆け抜けて行った。第50層のボスモンスターと違ってその場で暴れるタイプではなく、ボス部屋全体を駆けまわるタイプのようだ。という事は攻撃対象を次々に移すタイプ。壁戦士を並べてスイッチしていくという戦術が使えない厄介なタイプだ。
「俺さぁ」
打ち付けにアランが口を開いた。「この偵察に生き残ったら、コートニーちゃんに告白するぜ」
「は?」
俺はアランの頭がどうかしてしまったのかと心配になった。だが、その眼を見ると生気に満ち溢れている。俺は苦笑して言葉を続けた。「お前、それ死亡フラグだろ」
「これ、はっきり言って死ぬレベルっしょ。こうなったら、死亡フラグを建てまくって逆フラグにするしかないっしょ」
アランはスカルリーパーを鋭い視線で追い続けながら、飄々とした軽い口調で言葉を継いだ。「だから、マティアスのダンナもフラグ建てようぜ」
「遺言ってわけか……」
俺はアランの言葉の意味をくみ取った。だが、それにしても人妻のコートニーに告白するというのはどういうチョイスなのだろう。もし、生き残る事ができたなら2時間ほど問い詰めたいところだ。
「そういうこと。来たぜ!」
アランの言葉に視線を向けると、スカルリーパーがこちらに向かって走り始めていた。
「アランは俺の後ろに。援護頼むぜ」
俺はシールドを構えながらアランを後ろに下がらせた。
「あいつの攻撃、うまくかわしてくれよ」
「おう!」
迫りくるスカルリーパーの鎌をじっと見つめる。
大丈夫、スピードは速いがパリングできないほどじゃない。
「左に受け流す!」
俺はじりじりと右に移動しながらアランに声をかけた。
「了解!」
アランが俺の影のようにぴったりと俺の後を追う。
空気を切り裂く音と共に俺にスカルリーパーの右鎌が襲い掛かった。それをシールドで受け止める。鎌とシールドが激しく火花を散らし、猛烈な衝撃が俺の左腕に伝わってくる。OK。これぐらいなら十分受け止められる。
「ダンナ!」
スカルリーパーが怒りの雄叫びをあげて今度は俺に左鎌を振り下ろし、アランの注意を促す声が後ろから飛ぶ。
「うらぁ!」
俺は武器防御スキルで剣を輝かせてその攻撃を受け止めずに身体をひねりながら左に流した。「アラン! 行け!」
「おうともさ!」
アランは俺の右から飛び出すと隙だらけとなったスカルリーパーの懐に飛び込み、≪クロス・エッジ≫を叩きこんだ。
短剣スキルで威力が低いとはいえ、初めてのクリーンヒットで前衛部隊から感嘆の声が上がる。
アランは深追いせずにすぐに俺の後ろに下がった。
スカルリーパーは何事もなかったかのように俺たちの左を駆け抜けていく。視界の隅でまた一人スカルリーパーの鎌の餌食になってその身体のポリゴンを散らした。
「駄目だ、毒も効かねェ」
後ろに下がったアランが舌打ちした。アランの短剣には最高位の麻痺毒とダメージを与える毒が塗られている。だが、スカルリーパーのヒットポイントバーには何の変化もない。両方とも効果が無かったという事だろう。
「基本的にこのパターンで削るしかないな」
深い絶望で思わずため息がもれた。
「さあ、次はマティアスのダンナがフラグを建ててよ」
スカルリーパーが反対側の壁を走るのを見つめながらアランは笑った。
「そうだな……」
誰かに告白なんて現実世界も含めて考えたことはなかった。ふと、脳裏にベビーピンクの少女の顔が浮かんだ。
(ああ、もっと時間があればちゃんとした恋になったかも知れない)
「ほれほれ。恥ずかしがらずにぃ」
「じゃあ、生き残ったら、俺、リズベットさんに告白するぜ」
恋にもなっていない想いだが、言葉にしてみると意外としっくりときた。こんな恋の始まりもいいかも知れない。
「おお。渋いチョイス!」
アランはニヤリと笑った。
「おっと、リズベットさんは俺も狙ってるから譲れねーな」
周りから乾いた笑いと共にそんな声が聞こえた。
再び、スカルリーパーがこちらへ向かってきた。
「俺、現実に戻ったらゴドフリーのアニキの墓参りをするぜ」
アランが懲りもせず、死亡フラグをまた建てた。
(現実に戻ったら……か)
俺は朝に見た夢を思い出した。
「俺さ。現実世界で舞台俳優やってたんだよ」
まあ、解雇されてる事は言わない方がいいだろう。
「へー。そうなんだ」
「だから、生き残って現実に戻ったら、舞台に招待してやるよ」
迫りくるスカルリーパーの動きを観察し、次の行動を考える。
「イイネ! あとでサインちょうだい」
「俺のサインなんて価値ゼロだけどな! 左ッ!」
俺は左に飛びながら叫ぶ。
「おう!」
ぴったり後ろにアランの声が聞こえる。しっかりとついてきているようだ。
左鎌の攻撃を再び盾で受け止めて、右鎌の攻撃に備える。しかし、右鎌は別の男に振り下ろされて、俺とリズベットを争う宣言をした男が散った。
アランが俺の左から飛び出して今度は≪ラウンド・アクセル≫で斬りつけた。
スカルリーパーにX文字の赤いダメージ痕を残して、アランは引いた。
スカルリーパーは何もなかったように走り続け、進行方向で逃げ惑っていた4人を次々に葬った。10人いた前衛部隊も残り3人……。もはや、組織だった攻略は不可能になった。
「さすが、KoBっすね。負ける気がしません」
いつの間にか俺の左側にブラントが駆け付けた。
「おいおい。あんたまで死亡フラグを建てる必要はないぜ」
「どうせなら、最後まで乗っかろうと思いまして」
「こいつの遊びにつきあう事はありませんよ」
「遊び言うな! 生き残りたければフラグ建てまくらなきゃ」
アランが人を食ったような笑みを見せた。
「殺人鬼がいるかも知れないんだぞ! 私は自分の部屋に戻る!」
ブラントはアランと同じような人の悪い笑顔を浮かべた。
「それはないわー。TPOに合ったフラグを選ぼうぜ」
アランが笑い声をあげながら視線を鋭く光らせた。「来たぜ」
「生き残ったら、この三人で祝杯をあげようぜ」
「お、いいフラグ」
「右の鎌は引き受けます。左を頼みます」
ブラントは迫りくるスカルリーパーに腰を落としながら言った。
「わかった」
俺は頷いた後、アランに視線を向けた。「アラン、次もガツンとやっちゃってくれ」
「病み上がりだ、無茶はしないさ」
アランはニヤリと笑った。
「死亡フラグの引き出し多すぎだな」
俺は苦笑しながらスカルリーパーの左鎌を受け止めた。「大丈夫。これぐらいの攻撃ならかわして見せる!」
「ダンナのフラグも中々のもんだよ」
ブラントが右鎌を受け止めた所でアランが飛び出した。「見せてやるぜ。究極奥義をなっ!」
アランが放ったのは≪ラピット・バイト≫だった。とても、究極奥義とは言えないソードスキルで俺は苦笑するしかなかった。
スカルリーパーは雄叫びをあげていきなり向きを変えた。特急列車のようにスカルリーパーのムカデ足がアランの前に立ちふさがる。
「アラン! さが……!」
言葉が終わらないうちにアランの身体がスカルリーパーの剣のような尻尾で二つに引き裂かれた。
「ちぇ……まずったなあ……」
アランが口元をゆがませると、粉々に砕け散った。
「アラン!」
俺にはアランの死を嘆く時間すら与えられなかった。スカルリーパーが攻撃パターンを変え、俺とブラントに連続して鎌を振り下ろしてくるようになったからだ。
「あっ!」
視界の隅でブラントが短い悲鳴を上げた。スカルリーパーの右鎌を受け止めていた盾が≪Critical hit!≫の表示と共に砕かれ、身体ごと吹き飛ばされた。
「ざけんな! このクソゲー!」
ブラントは茅場に向けて呪いの言葉を吐いて散った。
スカルリーパーは最後のプレーヤーとなった俺に右鎌、左鎌と連続して振り下ろしてきた。
俺は盾と剣で受け止める。二つ合わさると強烈な重さだ。このままでは力でねじ伏せられてしまう。
スカルリーパーがくぼんだ眼窩の瞳を異様に光らせて雄叫びをあげた。まるで勝利を確信し、無様に抵抗する俺をあざ笑っているようだった。
「舐めるなッ!」
俺は咆哮した。怒りで全身が熱くなり、研ぎ澄まされた感覚でスカルリーパーの動きのすべてが手に取るように理解できた。
「オラァ!」
俺は鎌を受け止めていた盾を鎌ごと後ろに投げ棄て、身体をひねりながらもう一方の鎌も受け流しスカルリーパーの懐に飛び込んだ。そして、左手を体術スキル≪閃打≫で輝かせて頭蓋骨に叩きこんだ。
わずかな硬直時間の間に≪ヴォーパルストライク≫を立ち上げて叩きこむ。さらに発生する硬直時間をショルダータックルで埋めた。さらに≪ヴォーパルストライク≫、≪閃打≫とつないでいく。
≪メテオブレイク≫
片手用直剣と体術を併せ持つ者だけが使用できる反則技のようなソードスキルだ。蟲風呂でコートニーとジークリードの姿を見て、岩を叩き割ったプッチーニと共に体術スキルを取りに行ったのが今、役に立った。
強攻撃と体術を使うタイミングが難しくそうそう簡単につなげる事が出来ないのだが、今日は絶好調だ。完璧にノッている。体幹の動きが指先にまで痺れるように伝わっている。
最高のパフォーマンスだ。
思わぬ反撃を受けたスカルリーパーは奇妙な叫び声をあげながら走り去った。敵を探すようにボス部屋の中を駆け回る。
俺は盾を拾い上げると、ベビーピンクのよく似合うリズベットの笑顔を思い浮かべながら彼女が作ってくれた剣に接吻した。
(頼むぜ。相棒!)
もう、ここには俺しかいない。
観客がいない舞台などいつもの事だ。今こそ最高のパフォーマンスを見せつけてやろう。
スカルリーパーが再び俺に狙いをつけてこちらに走ってくる。
(さあ。ラストダンスだ)
腰を落とし、あらゆる攻撃に対応できる構えを取って最強のボスモンスターを迎え撃つ。
俺はなぜか口元が歪んでいるのが自覚できた。
幕は上がった――。強烈な衝撃と鎌が切り裂く風をBGMにして俺は踊り狂った。
人知れず全滅した第75層ボス偵察部隊のお話です。
書いていて、マティアス君、超COOLだぜ。アンタ! と、楽しんで書けました。(結果が残念ですけどそれは相手が悪かったので仕方ないですね;;)
残り3話ですが、後はそんなに暗い話はないかな。(重い話が一つ残ってますが、希望がある終わり方をする予定です)
次はリズベットさん主役で時系列は番外編2より後のお話になります。ほのぼの、笑えるお話です。「絶望? なにそれ?」って感じになると思いますのでお楽しみに。
近況報告は活動報告にて……。ご相談したいことも活動報告に……^^;
では、また来週。っていうか10日後ぐらい?
2013年12月18日追記
すみません。挫折しましたorz
こちらが最終話となります。申し訳ございませんorz