青の祓魔師《紫眼が見つめるモノ》   作:蛇騎 珀磨

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入塾編-3-

 赤い空。赤い大地。

 霧になって消えてしまった女性。

 泣き叫ぶ少年と少女。

 そして、紫眼の男。

 

 男の語りかける言葉は風と共に消えてしまう。

 その瞳から流れる雫が、赤い大地に落ちたのと同時に目が覚めた。

 

 

 

 

「──夢......?」

 

 夢みたいなものを見ていた気がする。──というのも、僕はその内容を完全には覚えていないのだ。

 ただ、その男が父親に似ている、という印象しか残っていない。女性も、少年も、少女も、身に覚えが無い。知っている人なのか、それとも、ただ見た事があるだけの人なのか...。それさえも曖昧で、腑に落ちないでいる。

 

(それにしても、昨日はドタバタだったなぁ......)

 

 結局、あの後は何が何やら分からない内に全て終わっていて、屍系の魔障にやられた朴さんを部屋に送るだけしか出来なかった。魔障の処置は、その場にいた杜山さんが対応していたし、悪魔の姿は既に去ったあとだった。

 奥村くんの話によると、頭が2つある大きな悪魔だったらしいから中級悪魔だと思う。でも結界が張ってあるのに、外部から中級悪魔如きが侵入出来たのが不思議だ。

 

「結界内から召喚した──とか?」

 

 声に出してみるとしっくりくる。

 屍系の悪魔を使役する人を僕は知っている。それも、ごく身近な人物の中でだ。

 

(ま、どうでもいいや。準備しよっと)

 

 枕元の時計を確認すれば、まだ4時40分だった。日の出までの散歩が沢山出来る、と急いで寝巻きを脱いだ。

 

 

 散歩の途中で例の如く勝呂くんと遭遇し、帰りはゆっくり歩いて旧男子寮へ戻る。その間に沢山ではないけれど、色々な話をした。

 勝呂くんのお母さんが旅館の女将さんだとか、僕が過去に受けた仕事とか(機密事項はもちろん内緒で)、勝呂くんのお父さんはお寺の住職だとか、今まで会ったことがある祓魔師(エクソシスト)の話とか......。

 仕事の話の時は真剣に耳を傾けていたけど、具体的な対処の方法までは許可なく教えられない。とりあえず、残念だけど...と伝えると、特に残念そうな素振りも無く「当然やろ」と逆に感心した様子で何度も頷いていた。

 

 寮に到着して部屋へ向かう勝呂くんを見送り、僕は一足先に集合場所へと向かうことにした。

 その途中、微かな匂いの変化に違和感を覚えて足が止まる。匂いの元に視線を送り「男子寮にピュアローズは合わないですよ」と独り言を呟いておいた。

 

 

 

 

 

 カッカッカッ......と、黒板に慣れた手つきで描かれていく魔法円は不完全な形のままだ。ネイガウス先生がそれを完成させるようにと神木さんを名指しで指名するも、神木さんが反応する様子もなく、再度やや強めにその名前を呼んでようやく反応する。

 呼ばれた神木さんも、呼んだネイガウス先生も、周囲の皆も、それが“らしくない”事だと思った。自然と集まった視線から目を逸らすように、固く目を瞑って着席する姿をマジマジと眺めていると両側頭部に軽い衝撃があった。どうやら、ネイガウス先生のチョークと勝呂くんの消しゴムが同時に当たったらしい。

 それらは同じ経由でお返ししておいた。

 

 次の暗唱術の授業では、宿題に出されていた“詩篇の第三十篇”の暗唱を神木さんが指名されていたけど、全部は答えられなかった。

 牧先生がすかさず僕に振ってきたけど、しっかり「覚えてません」と断っておいた。先生もそんなに期待していなかったらしく、然程叱られもせずに勝呂くんにバトンが渡される。

 それを難無く熟してしまう彼の姿を、ただ呆然と眺めていた。牧先生の称賛の声が上がるのとほぼ同時に終業のチャイムが鳴った。

 

 

 

「──で、何で僕らはこんな所にいるの?」

 

 場所はおそらく合宿所でもある旧男子寮の一室。そこに祓魔塾の生徒が正座をさせられていて、更にその上から囀石(バリヨン)が置かれている状態だ。

 目が覚めたらコレって、どういう事?

 

「ようやくお目覚めですか、五十嵐さん?」

「出来るなら状況を説明していただけるとありがたいんですけど」

 

 目の前にいた奥村先生が呆れた様子で説明してくれたが、どうやら暗唱術の授業の後、勝呂くんと神木さんが喧嘩をしたらしい。喧嘩の内容は詳しくは教えてもらえなかったけど、説明中も喧嘩腰で話している内容からすれば、吹っ掛けたのは神木さんのようだ。でも、何でそれで僕らも罰を?

 その疑問に奥村先生が「連帯責任ってやつです」と答えた。確かに、祓魔師が任務に当たる場合は二人以上の組を組むのが定石だけど......。

 

「あー...なるほど。今回の合宿の目的に“塾生同士の交友関係の向上”なんてものが上がっていても不思議じゃないですね」

「そこまで分かっていながら、君には協調性が見られませんが?」

「そりゃ集団行動は今回が初めてだからですよ。学校とか行った事ありませんし。それに先生と任務が一緒にならなかったのは、任務の時にソロで活動している所為ですよ」

 

 何を今更?と聞き返せば、奥村先生から盛大な溜息が返って来る。

 

「...では僕は、今から三時間ほど小さな任務で外します」

 

 腕時計を気にしながらそう言うと、僕らに背を向ける。ドアに手を掛け、昨日の屍の件もあるので......と口を開き、寮にある全ての外に繋がる出入口に施錠と魔除けを施すことを告げた。

 すかさず、勝呂くんが「どうやって出れば?」と質問すると、にこやかな笑顔の後に「僕が戻るまで反省しててください」と鬼のような指示を残していった。

 三時間このままか......。寝ようかな。

 

「か、要ちゃん......よう寝られるな......」

 

 周りが騒いでいる中でうつらうつらと船を漕いでいると、突然の腐敗臭に目が覚めた。部屋が暗い。停電だろうか?

 瞼を開けた視線の先には、腐敗臭がするドアを開けようとする志摩くんの姿があった。

 

「志摩くん、逃げて!」

「え?」

 

 僕の制止は届かず、開かれてしまったドアの先には双頭の屍が立ちはだかっていた。

 現実逃避をした志摩くんを引き寄せるのとほぼ同時に、屍はドアを破壊して侵入して来た。

 

 双頭の(グール)──中級悪魔が一体に、その後からもう一体。学園内は結界が張ってあるから、簡単には侵入出来ない。内側で召喚する以外には......だけれども。

 やっぱり、あの人の仕業......かなぁ。

 

「二ーちゃん、ウナウナくんを出せる?」

 

 杜山さんの使い魔が、グッと踏ん張ってとある樹木を辺りに張り巡らせる。枝がその呼び名のようにウナウナとしていた。それでも、樹木を挟んだ先の屍が止まらず、バキバキと破壊を繰り返しながら侵攻している。杜山さんはまだ素人だから、この状態を維持する事は難しいだろう。

 一人で囮になろうとしている奥村くんの襟首を掴んで止めつつ、僕は最低限の指示を出す。指示をとは言っても、強制ではないので本来は自由だ。

 

「杜山さん。なるべく、この状態を保って。他の皆は後ろに下がって。奥村くんは、ちょっと待って」

「うぇッ」

「相手は悪魔が二体。なら、囮も二人の方が上手くいくよ」

 

 それに僕は経験者だ、と付け加える。

 そんな僕の提案に反対したのは神木さんだ。「無謀だ」と早口で責めてくるけど、それが不安から来るものだとすぐに分かった。

 いつも強気な態度でいるが、あまり現場慣れしていない。ほとんど素人と同じだ。

 

「なら、ここで皆で仲良く死ぬ?」

「ちょ...五十嵐。そこまで言わなくても......」

 

 (グール)が人間を殺す時って、どうなるか知ってる? 屍の魔障が肌を焼いて、焼いて、更に焼いて......原型が分からなくなるまでドロドロにされる。まあ、その頃には熱さと痛みに耐えられなくて死んでるだろうけどね。

 屍にも個体差があるからね。腕から食べる奴もいるし、顔だけ食べる奴もいるし、心臓だけにしか興味無い奴だっているよ?

 

 ──ねえ、そんな風に死にたい?

 

「ひっ......」

「嫌? じゃあ、守るよ。......邪魔しないでね」

 

 青い顔をして無言のまま頷くのを確認して、僕らはウナウナくん──もとい、テングシデ──の中を進み、屍達と対峙した。

 二体の悪魔と視線が合う。こいつらには考える頭がほとんど無いため、ほぼ本能的に動くのが特徴だ。故に、遠くの獲物よりも目の前の獲物に喰い付く。

 

 最初の攻撃を避けて、二手に別れる。

 追い掛けて来た屍は、建物を破壊しながら身体を二つに裂いて僕らを追う。

 ということは、まだあの中には別の屍が残っている事になる。やっぱり、この悪魔達は結界内で召喚された使い魔だ。この騒動の犯人は、あの人以外にいないだろう。本来の狙いは奥村くんだろうし、狙う理由も見当がつく。

 でも、そういうのは個人的にやってほしいよなぁ......。

 

「奥村くん! そっちに分電盤がある専用室があるはずだから、なんとか辿り着いて!!」

「おう! 分かった!」

 

 さて、じゃあ......逃げますか。

 

 

 

 

 

 

 暴れても問題の無い場所を考えたけど、屋上しか思い付かなかった。よって、僕は今、階段を駆け上がっている。

 一段ずつ上がるなんて面倒臭い為、何段かとばしながら進む。相手は身体が大きい為、難なく着いて来た。

 

 屋上に出ると、まず星空が視界に映った。

 この建物が真っ暗な分、周りの建物の明かりが普段よりも綺麗に思えた。こんな状況でさえなければ、もっと感動出来たんだろうか......。なんて思考さえ遮るように、屍の興奮気味の叫び声が迫って来ていた。

 すかさず間合いを取って、授業で貰った略式図を懐から取り出す。

 

「“母なる大海を照らすわ汝の子。我、汝を灯す種火とならん”」

 

 屍は《腐の王》の眷属だ。《腐》には《火》がよく効く。僕の使い魔の中で、略式図で召喚出来る火が使える悪魔はこいつだけだ。

 

「──不知火(しらぬい)!」

 

 召喚された不知火が、屍の身体を炎で包んでいく。

 悪魔特有の悲鳴が上がるが、決定的なダメージは入っていないようだ。

 

 そもそも不知火は海を照らすだけの悪魔だ。昔は漁師やら海の近くに住んでいた人間達に恐れられていただけの炎にすぎない。僕も、普段は懐中電灯の代わりにしか召喚していない悪魔だ。

 やっぱり、ちゃんと攻撃しないと駄目か......。

 

「“我が名に応じ姿を現せ。我、汝と共に戦う者なり”」

 

 面倒臭いけどしょうがない。

 この戦い方は幾らぶりになるだろう。随分と久しぶりだ。

 ヴァチカンには否定されてしまったけど、僕はこの戦い方に称号を付けた。

 

「憑依...鎌鼬《斬》!」

 

 ──《憑依騎士(スピリット)》と。

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