青の祓魔師《紫眼が見つめるモノ》   作:蛇騎 珀磨

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入塾編-4-

 《憑依騎士(スピリット)》。

 僕がそう呼んでいるこの能力は、召喚した悪魔を憑依させて自分の姿を変え、自分の力に変換させて攻撃するスタイルだ。現に、三体いる内の鎌鼬《斬牙丸》を憑依させ、両方の腕を刀身へと変化させている。

 

 不知火(しらぬい)の炎に藻掻いている屍に向かって、斬撃を繰り出す。鎌鼬特有の旋風を巻き起こしつつ身体を切り裂き、威力を上げた火柱の中で悲鳴を上げながら、力無く頽れていく様をしばらく見つめ、それが消し炭と化してようやく終わったのだと実感する。

 攻撃対象がいなくなったのとほぼ同時に、斬牙丸の憑依が解け「もういいよ」と合図を出すと、二体共少し寂しそうな顔で霧状になって姿を消した。

 

 疲れた身体を引きずるように、皆のいる居室に戻る。

 やっぱり、この戦い方は消耗が激しい。ヴァチカンへの称号認定を得られる為に、本部命令で憑依を禁止されたのが三年前。今度の入塾に伴って、禁止解除してもらってから一度も憑依しなかった。する機会も特になかったし。

 これから少しずつ憑依の耐性を鍛えないとなぁ。ものすごく面倒だけれど...。

 

 

 

 

 屍が壊した入口を潜ると、唖然とした表情の皆の視線が集中した。

 奥村くんの方が先に戻っていて、既にネタばらしがされている真っ最中だったらしい。教師陣の中に、昨日までいなかったはずの理事長の姿もある。面白そうだと思ったんだろうな......。

 

「五十嵐っ!」

「ただいま~。奥村くん、早かったね」

 

 多分、例の青い炎を使ったんだろうな。

 あれで隠してるつもりらしいけど、嘘が下手すぎて誤魔化しきれていない。それでも通用してしまうのは、他の皆がまだ素人で無知だからだ。

 

「あ......」

 

 ぐらり、と揺れる視界に思わず声が漏れる。

 皆に何ともなかった事で安心したら力が抜けて、ついでに意識を保つ力も抜けてしまう。僕は、ゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中で意識を取り戻した僕は、開いた瞼から射し込む光に眉をしかめた。視界の焦点を合わせる為にじっと一点だけを見つめていると、右隣りに人の気配があるのに気付いた。

 

「............勝呂くん...?」

 

 どうやら僕は、意識を失っている間に運ばれたらしく、見覚えのない部屋のベッドに横たわっていた。

 眠くて力が入らない身体を、ゆっくりと起こしつつ右隣りの人物に声を掛ければ、差し出された両手と共に「大丈夫か?」の声が返って来る。

 

「ここは...」

「正十字学園の医務室や」

 

 ああ、だから見覚えが無いのか。

 ぼんやりと周りを眺めていると、触れた手に力が入った。小刻みに震えているのを確認して、怖かっただろうなぁ、と勝手に想像する。

 

「上手く誘導出来なくてごめん。まさか、分裂するとは思わなくて......」

「死ぬか思たわ」

「...でも、死ななかった」

 

 手を握り返し「大丈夫だよ」と声をかけると、勝呂くんは弾かれたように頭を上げた。いつか見た事のある揺れる瞳に思わず苦笑してしまったけど、それを咎められはしなかった。

 

「今回の事は、きっと勝呂くんの力になるよ。試験も合格じゃないかな?」

「──お前は、気付いとったんやな」

「僕、鼻はよく利く方でね」

 

 遠い目をしながら「椿先生の香水が決定打かなぁ...」と呟けば、勝呂くんから労いの声が掛けられた。

 

 

 

 今日はそのまま解散になり、勝呂くんが男子寮に戻って行くのを見送って、用があるから......と僕は遅れて帰路に着く。

 太陽はとっくに沈みきっていて、空には無数の星と欠けた月が昇っていた。何となしにそれを眺めていると、僕の名前を呼ぶ声に反応してそちらを向く。そこには甚平姿の理事長がいて、人前の時とは少し違った笑顔が浮かんでいた。

 

「身体の調子はどうです?」

「戦闘中は気が張っているので、今回のように倒れたりはしないと思いますよ。あとは、慣れが必要ですかね......はぁ」

「『面倒臭い』......ですか」

「はい、とっても」

 

 それでも、僕にはやりたい事がある。

 今はまだその時じゃないけど、それだけは『面倒臭い』なんて言ってられない。

 独り善がりなんて分かりきっている。賛同してくれる人なんていない事も分かってる。それでも、僕はやり遂げたい。

 

 理事長は溜息を吐いて「やっぱり父親に似てる」なんて事を言うもんだから、不満たっぷりに呻いておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 祓魔塾を脱退した朴さん以外の全員が、無事に候補生へと昇格を果たして数日。それぞれに任務が割り振られ、片や囀石(バリヨン)採り、片や蝦蟇(リーパー)の檻の掃除、片や理事長のお客の案内など、任務......というよりは雑務だ、と誰かが呟いた。

 奥村くんは、一足先に使い魔を手に入れたと自慢気にしていたけど、京都組の三人には相手にもされなかった。理事長室でその光景を眺めていたから真相を知っているけど、あれは使い魔になったっていうか......和解したっていうか......ペットになったっていうか......。とにかく、自慢するような内容ではなかったのは確かだ。

 

 さて。

 僕らは、今、正十字学園にある遊園地の内部を散策中だ。

 通称『メッフィーランド』と呼ばれている遊園地に、幽霊(ゴースト)の目撃情報があるとの事で、僕ら候補生に声が掛かったのだ。因みに、僕だけ一人。あとの皆はペアを組んで行動している。

 普段の授業感覚で、幽霊の定義の質疑応答をした事からするに、それほど脅威的な悪魔ではないんだろう。対象は小さな子供の姿で...とか言ってたし、気が済んだら勝手に消滅してくれるような相手だと思えた。

 奥村先生からは、見つけしだい連絡しろと言われているので、とりあえず敷地内を手分けして探しているところだ。

 

 それにしても、今日はやけに埃っぽいな。

 埃っぽい匂いに混じって、ほんの少し土っぽい匂いがする。嫌な予感しかしないんだけど......。

 ああ...後方からいろんな物が壊れていく音がする。

 ああ...血の匂いが微かに漂ってくる。

 ああ...杜山さんの悲鳴が聞こえ──あれ!?

 

「“いでよ!斬牙丸”。──憑依!“螺旋風牙(らせんふうが)”!」

 

 意外とすぐ近くで聞こえた悲鳴に反応すると、少し離れた場所でうずくまる杜山さんを見つけて、咄嗟に鎌鼬を簡略召喚、同時に憑依する。

 杜山さんの頭上からは、『GO TO HELL』とポップに飾り付けられた巨大な看板が瓦礫と一緒に落下して来ている所だった。地獄行きかどうかは分からないけど、あれが当たれば怪我では済まないのは分かる。

 螺旋状に風を巻き起こしつつ物体を切り刻む術を唱えると、僕とは反対側から青い炎が飛んで来ていて、青い火柱となって看板はもちろん瓦礫もまとめて焼き尽くした。

 

 瓦礫の周りは土埃が舞っていて、丁度いい目隠しになっている。僕もその向こうに足を踏み入れれば、嫌な予感の元凶である悪魔が、同塾生の男子に向かって刀を突き付けているところだった。

 

「やっぱり、貴方ですか......アマイモン」

「ば、ばかっ! 逃げ、ろ......ッ!!」

 

 僕は、首を傾げた。

 ボロボロになってる人に『ばか』と言われる筋合いは無いし、攻撃対象が僕でない事は分かりきっている為、逃げる必要性が無い。そもそも、逃げなきゃいけないのはアマイモンの方だ。

 頭上からの気配に構えると、それはアマイモンにだけ向けられていて、刀同士の甲高い金属音が鳴った。

 

 フードを深々と被った人物......山田くんだよね?

 普段のやる気の無さとは打って変わって、隙の無い構えのままアマイモンと対峙する。そのすぐ後ろで、状況を把握し切れていない奥村くんが、目を白黒させていた。

 

「お前......地の王、アマイモンだな?」

「............」

「何故ここにいる。メフィストの手先か?」

「............」

「答える気は無い......という事か」

 

 アマイモンは答える気が無い。

 それは正解だけど、少し意味合いが違う。

 先ほどから、アマイモンは虚空を見つめていて、敵意剥き出しの山田くんなど眼中に無い。取るに足らない、と相手にすらしていないという事だ。

 

 そうこうしている間に「しらけたので帰ります」と、裸にされていた刀は鞘に納められ、持ち主である奥村くんに投げ返し、自分はあっという間にぴょーんと飛び跳ねて去ってしまった。去り際に「また今度」とか聞こえたけど、気の所為だと思いたい。

 山田くんはそれを追い掛けるも、途中で見失ったのかしばらくすると戻って来た。フードの奥からの視線が僕にも向けられる。

 敵意はあまり感じられないけど、警戒しているのがよく分かった。『お前は何者だ?』と聞きたいんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 正十字騎士団 本部。尋問部屋。

 

 山田くん──改め、上一級祓魔師 霧隠シュラ。

 彼女が男装までして祓魔塾に潜入していた目的は、十中八九奥村くんで間違い無い。おそらく、ヴァチカンはサタンの落胤の存在を知らなかった......もしくは、理事長に何らかの疑いを掛けていたけど、尻尾が掴めずにいた......という事だろう。それなら、奥村くんを尋問するのは理解出来る。

 しかし、それならば何故、僕の目の前には剣を構える霧隠さんがいるのか? 何故、僕が尋問部屋にいるんだ?

 

「あの......奥村くんの尋問は...?」

「もう終わったよん」

「じゃあ、僕のも早めに終わらせてくださいね」

「それはどうか......にゃっ!」

 

 不意打ちの斬撃を避ける。避けやすいように足下を狙ってくれたから、軽く跳ねる程度で簡単に出来た。

 

「んじゃあ〜...これはどうかにゃ? “霧隠流魔剣技 蛇牙(だぼう)”!」

「“いでよ!風牙丸”。“守護風陣(しゅごふうじん)”!!」

 

 連続で放たれる斬撃を凌ぐ為、鎌鼬の《風牙丸》を呼び出して僕を中心にした旋風を創り出す。

 僕の狙い通り、全ての攻撃は守護風陣を越えられず、風に巻き込まれながら四方の壁に激突していた。

 

「守ってるだけか〜? いつまでも終わんないぞ〜」

 

 僕の力を試したい......という事なんだろうか。

 霧隠さんの様子からして、本気で向かって来ていないのは明らかだ。だからといって、このままダラダラと攻防が続くのはごめん被りたい。

 

「“我に力を貸したれば、鋼糸(こうし)の網にて(にえ)()す。御身の御霊に授け賜らん”──鬼蜘蛛!」

 

 《鬼蜘蛛》またの名を《土蜘蛛》と云う。

 

「──憑依!」

 

 すかさず憑依すれば、僕の額には鬼のような二本の角が生え、大量の生毛で覆われる。この二本の角が生える事から、僕は《鬼蜘蛛》と呼んでいるのだ。

 

 霧隠さんは再び「蛇牙!」と剣技を繰り出していた。さっきより斬撃の数が多いのは気の所為ではないらしい。

 僕には未だに風牙丸の守護風陣が発動中で、その斬撃の多くは先ほどと同じように四方へ弾き飛ばされる。しかし、一度防いだ場所の風圧が元に戻る前に、同じような斬撃を繰り返し当てられると防ぎきれなくなってくる。

 守護風陣の弱点を力技だけで押し切ろうとするなんて...。

 

「“鋼糸縛捕(こうしばくと)”!」

 

 鋭く伸びた爪の先から、粘り気のある強度を増した糸を網状にして放つ。『鋼糸』の名の通り、鋼鉄に似たこの糸は切れにくい。一度捕まれば、抜け出すのは容易ではなくなる。

 それを数回。繰り返し放てば、無数に張り巡らされた鋼鉄の蜘蛛の巣の出来上がりだ。

 

「──五十嵐 要。ヴァチカン本部へ祓魔師の申請を行うも、偏った祓魔方法と知識により不可認の判を押され、本部命令にて祓魔塾へ編入となる。個人での祓魔を幼い頃より経験しており、手騎士二種として天賦の才は折り紙付き......だっけ?」

 

 霧隠さんは斬撃を放つのを止め、肩に担ぐように抱えながら、何かの資料を丸暗記しましたと言わんばかりにつらつらと述べる。

 なんだ、それ。と首を傾げていると、くしゃくしゃに丸められた紙切れを取り出して再確認していた。

 

「この資料のどこにも憑依の事は書かれていない。そもそも、()()()()()()()()()()()なんて不可能だ。......かと言って、悪魔落ちとは違うようだしな。──ようは、お前は何者だ?ってとこだな」

 

 ああ、なるほど。

 霧隠さんはヴァチカンから僕の調査を頼まれてでもいたんだろう。たぶん、奥村くんのついでに......。

 渡された資料は、おそらく理事長が用意した物だから色々不備があってもおかしくない。あいかわらず『秘密☆』が人の魅力を上げると思っているんだろう。

 

 霧隠さんから「答えろ」と声が上がる。

 僕が考え込んでしまったのが気に障ったらしい。

 

「あ、ちゃんと答えますよ。えっ...と、僕のプロフィールですよね」

 

 そうして僕は、口を開いた──


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