最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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色んなところをばっさりとカット。でも話があまり進んでいないという不具合。


最後の物語へようこそ 第十一話

 人が死ぬ度にユウナは舞う。

 

 迷える死者を異界へと送る悲しき舞───異界送りを。俺はそこかしこに死体が散乱する海岸線に立ち尽くし、それを見守るしかできないでいた。

 

「………これで四回目」

 

 シンと遭遇した回数はこの短い期間に四回だ。ザナルカンド、アルべドの船の上、キーリカ、そして今回。遭遇するたびにシンの強大さをより一層実感させられる。

 

 ミヘンセッションは原作通り失敗に終わった。

 

 海岸線に並べられた数百門の大砲もアルべドの切り札たる主砲ヴァジュラもシンの体に傷を付けることすらできない。逆に討伐隊が受けた被害は甚大だ。チョコボ騎兵隊や歩兵に砲兵など千人以上がシンの一撃で跡形もなく消え去った。ガッタだけはなんとか司令部に引き止めることができたので助かったが、元から前線に配属されていたルッツは助けることができなかった。

 

 二人とは軽く数回会話をしたことがあるだけで、そこまで特別仲が良かった訳ではない。それでも知り合った人が死んでしまうというのはやはり堪える。

 

 だが、逆に討伐隊の死を望んでいた者もいた。

 

「………これで満足か?」

「アーロン、それはどういう意味だ?」

「教えに反した兵士達は死亡。そして従順な僧兵たちだけが残った………お前にとって実に都合のいいことにな」

 

 それはアーロンが声をかけた人物。ウェン=キノック老師。僧兵の指揮と討伐隊の監督を司るエボン四老師の一人だ。

 

 今回の作戦ミヘンセッションはエボンの教えから外れた物であり、参加した討伐隊の者達は尽く破門されている。だというのに、その指揮者としてキノックはシーモアと共にこの場にやって来た。

 

 実は今回の作戦は純粋なシンの討伐作戦、という訳ではない。その作戦には裏があった。キノックがここに来たのは、討伐作戦の指揮を取るためなのだが、その本当の目的は討伐隊を壊滅させることにある。より正確に言えば自分に従順な者達以外を処分するため。

 

 昨今の討伐隊はキノックの意思とは少し離れた場所にあった。討伐隊のメンバーは本気でシンの討伐を望む者達が多く、その思いが暴走しがちになり制御下から離れることがある。

 

 それが気に入らない。自分の思惑通りに動かない駒など何の価値もないと考える。故に今回の作戦は実に都合がよかった。

 

「………ふむ、昔と同じ訳にはいかんようだな」

「………………」

 

 かつてはアーロンの同僚であり親友でもあったキノック。だが、アーロンが上司の薦めた縁談を断り、出世の道を外れた後、その縁談を自分のものとして出世コースをのし上がっていった。結果、かつてのスピラに平和と安定をという志など忘れ果て、権力のみを求める野心家の男に成り下がってしまった。アーロンはそれを少しだけ引きずっている。自分の行動が親友だった男を歪める原因となってしまったと。

 

 暫し無言で視線が交わされていたが、やがてシーモアが近づいて来るとどちらからともなく視線を外す。キノックはそれ以上は言葉を口にすることはなく、この場から立ち去って行った。その背を見つめるアーロンの目に微かに寂しそうな光が浮かんだのは俺の気のせいだろうか。

 

「顔色が優れませんねユウナ殿。しかし、こんな時にこそ気丈に振る舞わなければいけません」

 

 キノックと入れ違いでやってきたシーモアは、ユウナを気遣いながらも厳しい言葉をかけている。

 

 シンが残した爪痕は酷いものだ。死体がそこかしこに転がっており、辺りには仲間を失った討伐隊の慟哭が響き渡る。目を背けたくなる光景。だが、シーモアはそんな時にこそ気丈に振る舞わなければならないと説く。

 

 普通の人間ならば悲しみに浸っても仕方ない。だが、召喚士とはスピラの希望の光であり、エボンの民がその一挙手一投足に注目している。弱い姿を見せることは許されなかった。押し潰されそうな重圧の中でも凛として立っていなければならない。それが召喚士の義務でもある。厳しい意見ではあるが正論だった。

 

 無論ユウナもそれは分かっている。だから頷き、気丈に振る舞おうとする。けれどまだ十代の少女なのだ。悲しみや不安を完全にコントロールすることなどできるはずもない。

 

「悲しいですか?不安ですか?──────ならば、私が支えとなりましょう。ユウナレスカを支えたゼイオンのように」

「………え?」

 

 シーモアは最後に甘い言葉で締めくくる。その意味は遠回しなプロポーズに近い。歴史上初めてシンを倒した召喚士ユウナレスカとそれを支えた夫ゼイオン。自分達はその関係になりたいと言外に言っているも同然だった。

 

 ただ、ユウナは今まで召喚士の修行一辺倒だっためにその手の話に疎い。そのため困惑した様子を見せるのみ。それを見たシーモアは、微笑を浮かべて続きはまたの機会にと去って行く。

 

「………………っ」

 

 俺はその背中を沸き上がる感情を抑えながら見送る。シーモアの魂胆は分かっている。口に出しそうになるのをぐっと堪え、心の中で吐き捨てた。

 

(支えになる?違うだろ。踏み台になってくれ、だろうがっ)

 

 全ては自分がシンに成り代わるために。

 

 シンは生まれ変わる。それはエボンの教えにあるように、シンが人の罪だから人々の罪が消えるまで死ぬことはない、といったことでは決してない。そのような曖昧な教えではなく、きちんと原因がある。

 

 過去に五度、究極召喚によって打倒されているシンだが、それはエボン=ジュを守る鎧のような物に過ぎず、シンの大元であるエボン=ジュにまでは手が届かない。そしてシンを倒した究極召喚にエボン=ジュは乗り移る。つまり、究極召喚でエボン=ジュの鎧たるシンを壊しても、その究極召喚自体が次代のシンとして生まれ変わってしまう。

 

 皮肉もいいところだ。文字通り命を捨ててシンを倒したのに次は自分が死を振り撒く存在になってしまうとは。これがスピラを取り巻く死の螺旋として千年物間続いていた。

 

 シーモアはこの事実に目を付けた。自身の目的はシンとなり、スピラに死をもたらすこと。つまり自分が究極召喚となり、シンを倒せば己が悲願は叶う。

 

 究極召喚は既存の召喚とは成り立ちが違う。召喚士の旅の終着地点は最果ての地ザナルカンド。彼等はそこで究極召喚の祈り子様が待っていると寺院から教え込まれているが、それは正しい情報ではない。そもそもザナルカンドに祈り子様は存在しない。そこで待っているのは人の身を捨て、千年もの間現世に留まっているユウナレスカその人だけだ。

 

 現在では彼女だけが行使できるエボンの秘法。それを使ってガードを祈り子へと変じる。これが究極召喚の祈り子の正体だ。過酷な旅で心身共に鍛え上げた召喚士とガードの間にある固く強い絆。それが究極召喚と言う形を成して初めてシンを打破しうる力となる。

 

 シンに成り代わるためには究極召喚になることが必要だ。だが、先に説明した通りそれには強い絆が必要となる。ユウナレスカとゼイオンの夫婦、歴代の大召喚士達のように固い絆で結ばれたガードと召喚士、果てはシーモアのように母と子の絆などの強固な繋がりが。

 

 グアド族の女性にも幾人か召喚士はいるが、彼女たちとの間に固い絆が結ばれることは未来永劫あり得ない。彼女たちはグアド族族長にしてエボン四老師の一人でもあるシーモアに対して厚い信頼と尊敬の念を抱いている。だが、その思いは一方通行だ。彼は忘れておらず、心の奥底に封をして隠し持っている。かつて母と共に自分を島流しにして絶望に落とした一族への憎しみを。

 

 そこで目を付けたのがユウナだった。十年前にシンを倒した大召喚士ブラスカの一人娘。血統は申し分なく、シンを倒すと言う強い意志もある。欲する人材としてこれ以上の者はいないだろう。後は婚姻関係となり、究極召喚の祈り子として選んでもらえばいいだけのことだ。そのために愛もなく愛の言葉を送る。それが俺には酷く腹立たしい。

 

 確かに政略結婚など愛のない婚姻の形もある。また、有力者同士の婚姻で純粋にスピラに明るい話題を届けたいと言うのならそれも百歩譲ってありだとしよう。だが、スピラに一時でもいいから平穏な日々を届けたいというユウナの決死の思い。それを踏みにじるつもりのシーモアとの婚姻など到底認められるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ジョゼ寺院

 

 べベルに次いで長い歴史を持つ僧院ジョゼ。その形状は数ある寺院の中でも際立って特異であり、雷キノコ岩と呼ばれる特殊な岩で覆われている。この雷キノコ岩は、召喚士と祈り子の間に精神の交流がなされた時にのみ開かれる。まるで寺院の周辺が無重力空間となったかのように雷キノコ岩が空中を漂う様は一見の価値ありだ。また、英雄ミヘンと関わりが深く、旅の安全を願う旅人が日夜参拝に訪れている。

 

 ミヘンセッションの後処理に一区切りをつけ、俺達は次の目的地であるジョゼ寺院に向かっていた。本当はもう少し治療や手伝いのために残るつもりだったのだが、大方の重症患者の治癒が済んだことと、ジョゼの寺院から僧兵たちが手伝いに来たことから俺達は旅の先を急がせてもらった次第だ。

 

 入り江から出発して海岸線を進んでいくと多くの魔物と遭遇するはめになった。また、数が多いだけじゃなく、ここの魔物はスピラの中でもかなり凶暴だ。特に厄介だったのが石化睨みを使用してくるバジリスクだ。対処法は目線を合わせず全体をぼかして見ること。それで石化を防ぐことができる。だが、じっくりと狙いを定める必要のあるワッカがうっかり視線を交わしてしまい、一度石像となるはめに。まあ、金の針は常備しているのでルールーがため息ととも石化を解除して事なきを得た。石化を解除されたワッカは、いやー面目ないと頭を掻いてバツが悪そうな表情で謝った。

 

 そんなちょっとしたハプニングもあったが、それ以上の問題は起こることなくジョゼ寺院に無事到着。

 

「やっと着いた。みんな、早く!」

「あ、おい、ユウナ。ちょっと待ってくれ!」

「ふふ、待ちませーん」

 

 ユウナは寺院を目前にすると、小走りに皆を追い抜いていく。その顔には微笑みを浮かべ、表面上は持ち直したように見えた。だが、実際は空元気なのだと何となく分かる。こんな時に何か気の利いた一言でもかけてやれればいいんだけどな………

 

「辛い時ほど努力して明るく振る舞う」

「え?」

 

 寡黙なキマリが唐突に口を開く。何事かと驚くと、真剣な表情で俺を見据えるキマリの姿があった。

 

「今も同じだ。ユウナは無理をしている」

「………それで?励ましの言葉でもかけてやれって?」

「逆だ。ガードが心配するとユウナはもっと無理をする。だからそのような心配そうな顔をしてはならない。お前も気を付けろ」

「あー、そんなに顔に出てた?」

「キマリにも分かる程度にはな」

「マジっすか」

 

 言われて初めて気が付いた。自分では隠しているつもりだったが、キマリが忠告するくらいなら相当心配そうな顔をしていたのだろう。ここ最近は色々とあって自分の表情に気が付かない程に心の余裕がなくなっていた。

 

「分かった。気を付ける」

 

 ならば今度こそは、と気合を入れて表情をつくる。どうだ、このイケメンスマイルは!とばかりに決め顔をキマリに披露するが、何故か頭を振られてしまう。

 

「むしろ少し肩の力を抜くといい。ルカを出発してから何故かお前は常に力を入れっぱなしだ。それではいつか疲れ果てて倒れてしまう」

 

 ………キマリは意外に人の事を見ているんだな。失礼かもしれないが、ユウナを守る事しか頭にないと思っていた。確かにルカでアーロンから衝撃的な話を聞いてから、常に気を張り続けていたかもしれない。───というか、もしかしてだが、

 

「ユウナだけじゃなくて、俺の心配もしてくれたり?」

「お前は仲間だ。無理をしていれば心配の一つもする」

 

 なんだかその言葉で肩の力が少し抜けた気がする。そして独り相撲をするとはこういう感覚なのかとも思った。

 

「………うっし」

 

 パンッと顔を張り、一度全てリセットする。無論それだけで抱え込んでいる事すべてがリセットされる訳ではないが、切り替えにはなった。今度こそ自然な表情になれた気がする。

 

「サンキュー、キマリ」

 

 気づかせてくれたことに礼を言う。キマリは俺の言葉にコクと頷くと、何事もなかったかのようにユウナの後を追う。普段は寡黙だけどしっかりと仲間のことを見てくれていた獅子の武人の背中に一礼して俺も後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───夜

 

「………召喚士が行方不明か」

 

 借りた個室でベットに仰向けになりながら呟く。

 

 数時間前。ジョゼ寺院試練の間に入る前になにやら召喚士が行方不明になる事件が相次いでいるとの情報を得た。情報の出所は新たに出会った召喚士イサールのガードであるマローダからだ。

 

 召喚士が旅の途中で行方知れずになることは年に何度かはある。魔物にやられたり、自然災害に巻き込まれたり、あるいは怖気づいて逃亡したりなど理由は様々だが、ここ最近の行方不明者の数はいささか不自然なくらいに多いらしい。

 

 その話を聞いてアルべド族のお姫様の姿が脳裏に浮かんだ。アルべド族は旅の召喚士達を連れ去っている。それは別に何か強制的にやらせるために連れ去ったのではない。むしろ逆。何もさせないため、正確に言えば究極召喚を使わせないために保護しているのだ。

 

 召喚士が究極召喚を習得しました。それでシンを倒しました。シンが消えて皆幸せにくらせるようになりました。めでたしめでたし。

 

 と、そんな単純な話ならばアルべド族もこのような旅の邪魔をしたりはしない。究極召喚でシンを倒した召喚士は例外なく死ぬ。その事実がアルべド族をこのような行動に駆り立てている。

 

 アルべド族の者達は老若男女全ての人間が自分の意思で道を切り開く確固とした意志を持つ。それは、かつてシンによって故郷を滅ぼされ、流浪の身となった彼等は機械を活用することでなんとか命を繋いできた経緯からだ。エボンの教えに反する行為により迫害を受けたことはもはや数え切れないほど。だが、もしもエボンの教えに従って機械の使用を放棄していたのならば今ここに彼らはいなかった。

 

 結果、自らの手で道を切り開くという考えはアルべド族の隅々にまで浸透している。召喚士任せに安寧を願い、無抵抗にシンに頭を垂れたりはしない。それが一族の総意。特に今代の族長であるシドはその意思の具現ともいえるほどの激情家であり人情家だ。故に、召喚士ばかりが覚悟を背負わされ、僅かな期間の安全と引き換えに死ななければならない現状を許しはしない。

 

 そしてつい最近のことだが、ようやく機械の力を使えばシンをどうにかできる目途も立った。ミヘンセッションもその一環だったが、まだ次の本命ともいえるプランも持ち合わせている。だから召喚士の保護に出たのだろう。

 

 無論、アルべド族も自分達のやっていることが如何に強引で、召喚士達の意思を無視したものなのかは分かっている。実際、保護と言えば聞こえはいいが、やっていることは誘拐に他ならない。なぜなら召喚士達は強制されてシンを討伐するための旅に出ている訳ではなく、旅に出ている召喚士達は自ら望んで旅に出た者達だけだからだ。

 

 召喚士達の意思を捻じ曲げて連れ行く以上、どれだけ崇高な意思があったとしても誘拐には違いない。だが、それを分かった上でアルべドは行動をやめることはない。機械の力でシンを倒せればそんな悲しい犠牲はもう出さなくて済むから。

 

 召喚士の意思を尊重し、犠牲を許容するのか。別の可能性を信じて、決死の覚悟を捻じ曲げさせるのか。どっちが正解でどっちが間違いなのかは分からない。いや、召喚士の意思を尊重するべきだという意見のほうが多いかもしれない。だが、俺はどちらかというとアルべド族の意見に傾いている。

 

 理由は単純。ユウナを死なせたくないから。たった数年の平穏。それがどれだけ貴重なのかはわかるが、その代わりにユウナがいない世界など認めたくない。それだけの理由だが、それが全てだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ寝る───誰?」

 

 明日の準備を整え、いざ夢の世界へと思った時、扉をノックする音がする。最初はワッカかと思ったが、返って来た声の主はユウナだった。

 

「あの、ちょっと今いいかな?」

「ユウナ?ああ、大丈夫だけど」

 

 こんな時間にどうしたんだと疑問に思いつつも、扉を開け中に招き入れる。少しばかり表情が暗いのが気になるが、とりあえず適当に備え付けのソファーに座ってもらい、俺はそのままベットに腰かける。

 

「こんな時間にごめんね」

「いや、全然大丈夫。だけどどうかした?」

 

 時刻は既に十時をまわっている。現代日本ではまだまだこれからの時間だが、ここスピラではかなり遅い時間帯だ。ユウナはもごもごと言いにくそうにしながら口を開く。

 

「えっとね………話がしたいというか………その、情けない姿を見せてもいいかな?」

「情けない姿?」

「………うん………ちょっと弱音に付き合ってくれると嬉しいかも」

 

 その言葉に驚いた。ユウナはどちらかと言えば誰かに心配をかけまいと何でも一人で抱え込む性質だ。召喚士としての自覚を持ち、皆に心配をかけまいと弱った姿を晒そうとしない。この先の話だが、それが原因でシーモアから求婚されたときは話が拗れることにもなった。

 

 だが、今は自ら弱音を吐露したいと言う。しかも、頼りになるルールーやアーロンではなく俺に。その辺を少し疑問に思うが、今はそんなことはどうでもいいかと思い直す。

 

「勿論OK。俺になんかでよければいくらでも付き合うさ。なんなら朝までだって平気っすよ」

 

 正直に言えばちょっと、いや、かなり嬉しい。弱音を吐きたいってことはそれだけ心を許してくれてるってことに他ならない。つまりユウナがそれだけ俺を近くに感じてくれているということだ。それが何よりも嬉しく感じられた。

 

 ユウナはありがとうと言うと、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私は駆け出しでも召喚士なのに………またシンを前にして何も出来なかったなって………」

「いや、それは───」

「うん、分かってるの………一人で出来ることなんて高が知れてる………究極召喚を習得していない私に、シンをどうにか出来るなんていうのは傲慢な考えだって」

 

 でも、それでも………と思うのがユウナだ。

 

 シンを前にして何もできないことを責める者などいない。なにせこの千年間でシンを討伐できたのはたったの五人に過ぎないのだ。それも究極召喚という対抗策があっての事。

 

 通常の召喚獣も強力ではあるが、シンという桁外れに強大な力にはなす術がない。どれほど熟練した召喚士が召喚したとしても、結果は変わりなかっただろう。それを十代の駆け出しの召喚士が何も出来なかったと言って責めるのはあまりに酷だ。この場合は自分で責めているので何とも言えないが。

 

「それから討伐隊の人達の言ってた切り札の機械。正直に言ってあそこまで凄い威力だとは思わなかった。けど、あんな凄い力でもシンには通用しなかった………仮に究極召喚を手にしても、普通の魔物にすら危うくなった私に本当にシンを倒せるのかなって、少しだけ不安になって………」

 

 キーリカではぐれオチューの強襲を受けた時、ただ呆然として何も出来なかったことは今もユウナの中に色濃く残っていた。それが不安の種として心の奥底に巣食っている。

 

 究極召喚は対シン用の召喚としてこれ以上ないほどに有効な手段だ。だが、いくら究極といっても召喚獣の根本的な理は破れない。つまり召喚士が死んでしまえば、その力も幻光虫に還るだけという理を。

 

 あの時はティーダが傍に居たからなんとかなったが、シンを相手にして同じようにはいかない。ユウナが死んでしまえばそこで全てが終わってしまう。もっともそれを防ぐためのガードであり、時には肉の盾となるのが仕事なのだが、ユウナにはその辺の意識が欠落していた。

 

 キーリカで初めてシンを目の当たりにしてその強大さを思い知らされた。それまで漠然としたイメージだったシンという力。それが現実として目の前に現れた。

 

 あの時ユウナは、シンを倒しますと小さい声だったが確かに宣言した。その言葉に嘘はない。だが、同時に心の奥底で微かに思ってしまった。自分なんかに本当にシンを倒せるのだろうかと。そして、今回のミヘンセッションで心の奥底に封じていた思いが滲み出てしまった。

 

 その気持ちは痛いほど分かる。俺も既に四回シンに遭遇しているが、その度に思い知らされる。本当にこんな途方もない存在を俺達の手でどうにかできるのかと。

 

けど、いや、だからこそ言葉の上だけでも断言しようと思う。

 

「大丈夫!俺達なら絶対に倒せるって!」

 

 まだゲームの時と同じくシンの体内に潜り込んでエボン=ジュを倒すことになるのか、それとも祈り子様達の思惑に従って倒すのか分からない。だが、シンはどんな手段を使っても倒す。それは絶対だ。でなければユウナは止まらない。今の様に落ち込むときもあるだろうが、ユウナの中にある芯の部分は絶対に揺るがないだろうから。

 

もっともシンを倒す前に俺の生存ルートやら、日本に帰る手段を見つけなければならない問題やらもあるのだが。まあ、その辺は祈り子様との交渉次第だろう。俺を召喚したのだから返す方法も何かあると思いたい。

 

「………そう………だよね、絶対に倒せるよね」

 

 ユウナはまるで自分に言い聞かせているように呟く。俺は力強く頷いて返す。

 

「そもそもシンは今までに五回も倒されてるんだ。なら俺達に出来ないはずがないだろ?シンを倒すまでユウナのことは俺達が、いや俺が守るからさ」

 

 だから任せろと胸をドンと叩く。今度は前の時のように咽るようなへまはしない。格好がつかないからな。

 

「うん、そこは信頼してるよ………あの時も守ってくれたから」

「任せてくれ。あ、そうだ、なんなら今度はもっとスマートに守ってみせるっすよ?例えばお姫様抱っこで颯爽と助けたりとかさ」

 

 ついでに重い空気を払拭しようと軽く冗談を飛ばす。

 

「え?お、お姫様抱っこ?そ、それはちょっとだけ………その、恥ずかしいかも」

 

 俯き加減だったユウナは顔を上げて薄く微笑んでくれたが、今度はお姫様抱っこの部分に反応して少し顔を赤くした。純情なユウナらしい反応だ。そんな姿に思わず悪戯心が沸き上がってしまった。

 

「そっか、ユウナは俺にお姫様抱っこされるのは嫌なのか………変なこと言ってごめんな………」

「あ、ち、違うの。ティーダが嫌な訳じゃないからね?なんていうか、お姫様抱っこ自体が───」

 

 orzの体勢になってわざとらしいくらいに落ち込んだ演技をしてみせると、慌てて否定してくる。このユウナはちょっとレアかもな。普段からは想像もできないくらいにおろおろしている。

 

「なら、お姫様抱っこしてもいいっすよね?」

「え、えと………う、うん」

「………っぷふ」

 

 ニヤケそうになる顔を隠す為に顔を俯かせながら我慢していたのだが、頑固者なのに変なところであっさり流されてしまうユウナに思わず吹き出す。

 

「………え?………あ、今のは私をからかってたの!?」

「あはは、ついね」

「うー………からかうなんて酷いっす」

 

 からかわれていることに気が付いたのか、少しへそを曲げられてしまったようだ。

 

「はは、悪い悪い。でも、少しは元気が出たようで良かったよ」

「………さっきのは私を元気付けるため?」

「半分の半分くらい本気だったけどな」

「も、もぅ、その話はなしだよ」

 

 ユウナは赤い顔のまま頬を膨らまして抗議の声を上げる。なんだろうこの可愛い生き物は?普段の凛としたユウナもいいけど、これはこれで凄くいじりがいがあるな。まあ、流石にこれ以上は本気でへそを曲げられかねないから自重するけど。

 

普段通りの落ち着きを取り戻したユウナは、礼をいいながらペコリと頭を下げる。

 

「………でも、ありがとう。弱音に付き合ってくれて。凄く気持ちが楽になったよ」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 弱音を吐きたいと言うのであれば何時でも付き合う。というかむしろその方が頼られている気がしてこっちも嬉しい。

 

「それにしても、なんだが情けない姿ばっかり見せちゃってるね。召喚士がこんな姿を見せたらまたシーモア老師に言われちゃいそうかな?」

「そんなこと気にすんなって。確かに他の人の前ではちょっと不味いかもしれないけど、俺はユウナのガードだ。守るのは体だけじゃなくて心もってね。また心にもやもやが貯まったら俺に吐き出せばいいさ。まあ、アーロンなんかと比べると頼りないかもしれないけどな」

「ううん、そんなことない。アーロンさんも凄いけど同じくらい信頼してるから。話を聞いてもらって本当に良かったって思ってるよ」

 

 アーロンと同程度の信頼とはかなり評価してくれてるな。過剰な評価ではあるが、その評価に見合う働きをしないと。伝説のガードばりの働きとは中々きついハードルだが、心の中で決意を新たにする。

 

「そろそろ部屋に戻るね。今日は付き合ってくれてありがとう」

「あいよ。またいつでも付き合うからさ。気軽に来てくれよ」

「ふふ、そうさせてもらうね。それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 部屋に戻っていくユウナの表情は、来た時よりも大分明るくなっていた。そのことに確かな充足感を覚えつつ俺は明日に備えて眠りに落ちた。

 

 




読み返して説明がぐだぐだ過ぎる気が………次話はもうちょっとテンポよく進めたいところです。

誤字報告してくださった皆様ありがとうございます。助かります。m(__)m

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