最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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最後の物語へようこそ 第十五話

 

 客室の前に立ち、静かにノックをする。

 

「ユウナ、今大丈夫か?」

「───っ、ごめん、ちょっと待って」

 

 ユウナは旅行公司に入るなり、一人になりたいと言って部屋に直行していた。ルールー達はユウナの様子を気に掛けつつも、そっとしておく方針のようでそのままロビーで各自休息をとっている。

 

 一方で俺はタイミングを見計らってユウナの部屋に来ていた。もう入ってもいいよ、と許可が出たので中に入る。

 

「えっと、どうしたの?」

「ユウナが悩んでいるみたいだったからさ、何か力になれればと思って来たんだけど」

「………悩んでないよ………ティーダの気のせいじゃないかな?」

 

 ユウナの様子に思わず苦笑してしまう。そんな調子で言っても説得力ゼロだ。

 

「アーロンの言った通り、隠し事が本当に下手っすね」

「本当に何でも───」

「いや、ユウナって皆の前だと結構顔に出てるから」

 

 そう指摘するとさらに反論の言葉を口にしようとしたが、口を閉じる。どうやら観念したようだ。

 

「………私って、そんなに分かりやすいかな?」

「雷でパニック状態のリュックでも気が付いてるからな」

「心配………かけちゃってるよね」

「まあな」

 

 ビサイドからガードをしている三人は特にそうだろう。それこそ目に入れても痛くないほど可愛がってきた妹分が思い悩んでいるのだ、今は見守っているが、心配していないはずがない。

 

「で、悩んでるなら、せめて俺にだけでも話してくれると気が楽になるじゃないかと思ってさ」

「………そうしたいんだけど………でも、今はまだ………」

「そっか、分かった。俺も無理にとは言わない」

 

 ジョゼ寺院で俺に弱音を吐いてくれたことから、もしかしたら打ち明けてくれるかもと思って来たが………エボン最高指導部のスキャンダルとも言える事実はおいそれと口にできないか。話の全容はそれほど変わらないだろうし、無理に聞くことはしないでここは引き下がる。

 

「ごめんね。仲間なのに隠し事なんて………」

「まあ、誰にでも秘密くらいあるさ。かくいう俺にも一つや二つじゃすまない秘密があるしなぁ」

 

 ユウナは申し訳なさそうな顔で謝ってくるが、気にするなと軽い調子で言っておく。

 

 実際、俺の隠し事に比べたらユウナの隠し事はまだましだ。この世界では特大級の地雷情報であるFFⅩの内容等々。果たしてユウナが知ってしまったらどんな反応をするのやら。

 

「ティーダの秘密?」

「ん?知りたい?」

 

 俺が抱えている秘密にユウナは少し興味がありそうだった。

 

「えと、勿論無理にとは言わないけど、教えてくれるなら知りたいかも」

「そうだな………よし、特別に一つだけ教えてあげようじゃないか!」

 

 話題を変えるのに丁度いいかもしれない。そう思った俺は、意図的にテンションを上げて秘密を一個解禁する。もっとも、あまりに突拍子もない話だから流石に信じてはくれないだろうけどな。

 

「ユウナと最初に出会った時、俺は旅人だと自己紹介したよな?」

「覚えてるよ。たしか自称さすらいの旅人って言ってたよね」

「そう。でも、俺は旅人は旅人でも、そんじょそこ等の奴等とは訳が違う。実は、俺はな………」

 

 一拍置いて、

 

「なんと、異世界からの旅人だったんだよ!」

 

 な、なんだってー!と、世界の壁をぶち破って某四人組の声が聞こえてきそうな調子で言い放つ。ちょっとふざけ過ぎたかもしれないが、暗い雰囲気を吹き飛ばすにはこのくらいでいい。異世界からの旅人というのは事実とは少し違うが、嘘という訳でもない。ユウナなら笑って受け流してくれるだろう。

 

「異世界………そっか、ティーダはどこか皆と違う雰囲気があるなとは思ってたんだ。でも、それなら納得かも」

 

 ───と、考えていたが、甘かったらしい。ユウナの素直さを低く見積もりすぎていた。

 

「え、いや、信じちゃうのか?こんな冗談みたいな───」

「冗談ならそう言って。でも、ティーダが本気でそう言っているのなら、私は信じるよ」

「………………」

 

 正直に言えば予想外。いくら根が素直なユウナでもこんな突拍子もない話を本気で信じるとは流石に思わなかった。いや、予想以上に俺のことを信頼してくれている結果なのか?

 

(そうだとしたらスゲー嬉しい。でも………)

 

 この後どうすんだよ、と内心で頭を抱える。その場の雰囲気で、よく考えずに行動をした結果がこれだ。

 

 ………多分、今からでも誤魔化しは効く。実は冗談だよ、からかって悪かった、とでも言えばユウナはそういう事にしてくれるだろう。けど、そうやってユウナの信頼を自ら裏切る真似が出来るのか?………無理だ。自問してみれば、答えはすぐに出た。

 

 どうにも少し前からユウナの前だと行動が空回りしてばかりだ。もう、いっそのこと………

 

(………この際、現状を打ち明けるか?)

 

 そんな開き直りとも言える結論に達した。

 

 流石にFFⅩの内容は話せない。だが、もう俺が異世界の存在だとユウナに言ってしまった。なら、いっそのこと憑依した事実まで全部ゲロってしまったほうがいいかもしれない。

 

 なにせこの先は色々とイベントが立て込んでいて、ゆっくり話していられる状況じゃなくなってしまう。特にバハムートの祈り子様が待ち構えているべベルなどは、何が起こるのか分からない。今この時を逃すとずるずると後回しになってしまう気がした。

 

(どうする?打ち明けるか、否か)

 

 正直に言えば、どんな反応が返って来るのか怖くもある。だが、今のうちに伝えておきたい気持ちが強まっていくのも事実だ。

 

 少し悩んだ末に、ユウナに俺の現状を打ち明けることに決めた。

 

「………まさか本気で信じてくれると思ってなかったけど、今の話は本当だ。さらにぶっちゃけると………この体は俺の本当の体じゃない。俺とはまったく関係のない他人の物だ」

「え………体が他人の物?どういうことなの?」

「簡単に言えば他人の体を間借りさせてもらっている状態、と言ったらいいのかな」

 

 言葉に出してしまったからにはもう引き返せない。少し性急過ぎたと思うし、万一ユウナに拒絶された時のことを考えると寒気がするが………喋り始めたらもうこのまま突っ走るしかない。

 

「今から一年位前かな。俺は精神だか魂だか分からないけど、それのみでこの世界に来ちまったみたいなんだ。………驚いたよ。いつも通りに寝ていつも通りに起きたら、なんの前触れもなくこの体の本来の持ち主であるティーダって奴の体に入り込んでたんだからさ」

「え、えーと………」

 

 言うだけ言って様子を窺ってみれば、流石に憑依のことまでは予想外過ぎたのか、俺の告白を聞いたユウナの表情には、驚きと困惑が混じっていた。もっとも、疑っているという訳ではなさそうで、理解が追いついてないと言ったところか?

 

 無理もない。いきなりこんなこと言われれば混乱するのも当然。拒絶されたりゴースト系の魔物をみるような目を向けられないだけありがたい。

 

「………その、ごめんね。疑ってる訳じゃないけど、少し整理させて欲しいかも」

「いや、こっちこそ悪い。ユウナ悩んでるところに、余計な事を言っちまって」

「ううん、そんなことない。この前は私が聞いてもらったんだから、今度は私が聞く番だよ」

 

 そう言ってくれているが、ユウナの悩み事を少しでも軽くするためにここに来たってのに、これでは本末転倒もいいところだよなぁ。いや、反省は後だ。

 

「………まとめると、その体の本当の持ち主はティーダという人。でも、今こうして私と話しているキミは異世界から精神だけで来た別人。何故か分からないけどスピラに来てしまって、偶然今の体に入り込んでしまった………で、いいんだよね?」

「ああ、大体その認識でいいと思う」

 

 本当はバハムートの祈り子様が───と言えたらいいんだが、そこまでは流石に言えない。少なくともべベルで祈り子様に会うまでは。

 

 それを聞くとユウナはそっと目を閉じて考え込むような仕草をする。そして、再び目を開けると真っすぐに俺を見据えた。

 

「正直に言えば、聞きたいことが色々あって上手くまとまらないんだけど………今は出来れば一つだけ教えて欲しい」

「俺に答えられることなら」

「えっとね───」

 

 ユウナの言葉に頷いて見せる。FFⅩのことを除いて可能なことは全部答えるつもりだ。どんな質問が来るのかと身構えるが、ユウナが求めていたものは至極単純なことだった。

 

「───名前を、キミの本当の名前を教えて欲しい」

 

 その言葉に心臓が大きく跳ね上がり、感情を乱される。ユウナは特別な事は何もしていない。ただ名前を聞いただけ。それなのに今までで一番衝撃を受けた。

 

(なんで、こんなに………)

 

 そして、ただ真っすぐに俺を見詰めるユウナの瞳。その二つの瞳に本当の俺を映してくれているかのようで、目を離すことが出来ない。

 

「勿論、無理にとは言わないよ。向うの世界の事をこっちの世───「実(みのる)」……え?」

「だから、実。俺の本当の名前は江本実」

 

 この世界に来て、初めて口に出した俺の名前。

 

「実………それがキミの本当の名前」

 

 まるで確かめるように、ユウナの口から俺の名が紡がれる。ただそれだけで感情がまた大きく揺さぶられているのを自覚した。

 

(………あー………まさかこれ…………)

 

 そして、何となく自分の状態を悟る。

 

「このこと他の皆には?」

「………いや、言ってない。アーロンだけは元から俺が異世界の存在だって知ってたけど、本当の名前までは知らないと思う。この世界では初めてユウナに教えた」

「私が初めての………」

 

 祈り子様は多分俺の名前を知っているだろうが、自発的に教えてのはユウナが初めてだ

 

「ありがとう………あ、でも、皆の前では実じゃなくてティーダって呼んだ方がいいのかな?」

「そうしてくれると助かる。折を見て話すつもりではいるけど、今はまだちょっとな」

「了解っす。それじゃあ、皆に話すまでは実と私だけの秘密だね」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うユウナに、また心臓が跳ね上がる。

 

(………ほぼ確定だよなぁ………やっちまった)

 

 今更、本当に今更ながら自分の中にある感情を自覚する。この感情は十中八九………

 

「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない。それよりさ───」

 

 咄嗟に何でもないと誤魔化して別の話題を振るが、うまく取り繕えているのか自信はない。会話をしながらも思考が宙に浮いているかのようで、現実味がないと言ったらいいのか。

 なんとか平静を取り戻して会話を続けるが、頃合いを見計らって話を切り上げる。

 

「さて、そろそろアーロンが痺れを切らす頃かな?」

「あ、確かにもう結構な時間になっちゃったね。リュックには悪いけどもう出発しないと」

「そんじゃ、俺は先にロビーに行って待ってるから」

 

 立ち上がり、部屋から出ようと扉に手をかける

 

「あ、待って」

 

 ───と、その時ユウナから待ったの声が掛かった。

 

「えっと………………ごめん、やっぱりなしで。何でもない」

「いや、そこまで言ったら最後まで言って欲しいんだけど。凄く気になるし」

 

 続きを促すと、複雑そうな表情で先程言いかけた質問をする。

 

「変な質問なんだけど…………子供が父親を殺そうとするとしたら、どんな理由があったらそんなことになると思う?」

 

 ………ジスカルのスフィアはやっぱり原作通りか。でなければこのタイミングでこの質問が来る訳がない。

 

「そうだな、虐待とか金銭トラブルなんかが絡めば殺そうと思うことはあるんじゃないか?」

「虐待に金銭トラブル………それじゃなかったら他の理由って何かあるかな?」

「うーん………」

 

 まあ、ユウナの質問の意図は分かるので、シーモアがジスカルを殺したのは、復讐と言う意味合いもないことはないだろうが、基本的に邪魔だったから、そう答えるのが正解なんだろうな。ただ、今それを言ってしまうと、なんでスフィアの内容を知っているのか説明しないといけないので言えないが。

 

 そして、ユウナの質問を少し考えてみたが、やっぱり一般的な殺す理由と言えば先に述べた物以外は思いつかない。世の中にはゲームの邪魔をされただけで殺したって話も聞くが、それは特殊な事例だろうし、それに──

 

「悪い、他には思いつかないわ。自分に当て嵌めて考えて見たけど、そもそも親父のことあんまり思い出せないしなぁ」

「え?………あの、もしかして」

「あ、違う違う。死んじまった訳じゃない。俺の親父は生きてるから………まあ、元気とは言えないけどさ」

「ご病気なの?」

「いや、事故だった。自動………あー、馬車みたいな乗り物に轢かれた時にちょっとな。打ち所が悪かったみたいでさ」

 

 意識不明の重体で病院に運び込まれ、一命は取り留めたが本当にそれだけだった。それ以来意識のないまま病院にいる。

 

「………その、ごめんね。辛いことを思い出させちゃったみたいで」

「大丈夫。なにせもう十年以上前の事だし、俺の中では一応折り合いはつけたしな」

 

 親父の事ははっきりとは思い出せないが、好きだったし尊敬していたと思う。地元ではちょっと名の知れた医者だった。人を救って感謝されている姿がうっすらと記憶に残っている。

 

 まあ、仕事が忙しすぎてあまり遊んでもらった記憶がなく、そのことだけが不満だったけど、感謝されている親父を凄い人だと思っていたのは確かだった。

 

 けど、俺が小学校に入る直前に事故が起きた。

 

 お袋が言うには、俺は最初の一週間くらい泣きっぱなしだったらしい。でも、一ヶ月が過ぎ一年が過ぎ、何時の頃からか分からないが、親父がいない日々を日常として受け入れていた。少なくとも小学校を卒業する頃には親父の記憶が大分薄れていて、たまにお見舞いに行くとき以外は日常生活の中で思い出すことは少なくなっていた。

 

 薄情かも知れないが、金銭的不安がなかったのも大きいだろうな。親父が高給取りの医者だったお蔭でそれなりの貯蓄はあったし、保険金もあったから残された俺達三人が暮らしていくのに不自由はしなかった。

 

 そして、最大の理由としてはお袋の存在だ。

 

「お袋は肝っ玉母ちゃんとでも言うべき性格で賑やかな人だったからな。なんつーか寂しく感じる暇がなかったというか」

 

 一番辛かったであろうお袋は、俺達の前では弱さを一切見せずに、いつも通りに明るく気丈に振る舞っていた。だから俺も何時までもうじうじしていられなかった。まあ、妹にあまり情けない姿を見せたくなかったというのもあるけど。

 

「ってな訳で、気にすることはないから」

 

 軽い調子で気にすんなと伝えると、ユウナの表情が幾分か和らぐ。

 

「素敵なお母様なんだね」

「時々頭に降って来る拳骨が無ければもっと最高なんだけどな………さて、他に聞きたいことがないならそろそろ行くわ」

「………うん、私もすぐに行くね」

「了解っす」

 

 部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタン、とドアが閉まる音を聞きながら深く息を吐いた

 

(不味いな)

 

 思い起こすのは、先程自覚した自分の感情の正体。

 

(………完全に惚れちまってる)

 

 シーモアの屋敷で抑えが効かなかったり、ユウナの結婚を喜ばないと自分らしくもない宣言したこと。また、自分の正体をバラしたのも、名前を呼ばれただけで感情が大きく揺さぶられたことも、つまりそういうことなのだろう。

 

 確かに出会った当初から、いや、出会う前からユウナに対する好意はあった。しかし、それは画面越しに見ていたユウナに対する好意であり、謂わば贔屓のアイドルに向ける感情と同じだ。好意はあるがそれは親愛の情であり、異性への愛情ではない。

 

 だが、今はFFⅩのヒロインとしてのユウナではなく、一人の女性として本気で好きになってしまった。それが少し不味い。

 

(仮に日本に帰れると言う選択肢が提示された時、俺はそれを取れるのか?)

 

 今までの一番の目標だった日本に帰る事。それがユウナへの思いを自覚した今、大きく揺らいでいた。少なくとも、即答で帰るとは言えそうにない。

 

(問題はそれだけじゃない)

 

 そもそも、俺は自分自身を取り巻く状況も把握できていない。日本に帰れるのか、帰れないのか。もし帰れなかったとしたらティーダの精神が眠っている以上、何時かはこの体も明け渡さなければいけないだろう。そうしたら俺は一体どうなるのか?

 

 ティーダと同じく祈り子様が体を作ってくれるのならばいいが、俺の役割が終わった途端にいきなり用済みにされる可能性もないとはいえない。

 

 この先の展開をある程度知っていても、俺自身の状況がさっぱり分からない現状が酷く歯痒い。

 

(………結局、べベルで話を聞かないといくら考えても無駄か)

 

 強引に思考を打ち切る。まずはシーモアと戦って生き延びることが先決だ。対策は立ててあるが、余計な事を考えて戦える相手ではない。

 

 それに、心の準備を整えておかなければならない。なぜなら───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────マカラーニャの森

 

「………………私は………シーモア様と結婚することにしました」

 

 分かっていた。けど、自覚した後だときついなぁ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今更ながらにDFFのOPムービー見ましたけどかっこいいっすね~。ジタンとティーダのタッグ攻撃も好きっすわ。でも敵側にジェクトってのが少し違和感あったり。いや、カッコいいですけど。


誤字報告してくださっている皆さん、ありがとうございます。お手数かけます。

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