最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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最後の物語へようこそ 第十九話

 シーモアの首を飛ばした瞬間、停滞していた世界は通常の時を取り戻す。飛ばされたシーモアの顔には驚愕の表情が張り付けられ、やがて首から上を失った体は思い出したように徐々に傾き地面に倒れ込んだ。

 

「───────~~~~~ッッッ!!!」

 

 今度こそ確実にシーモアを仕留めたと思ったと同時、俺も声にすらならない悲鳴を上げて崩れ落ちる。全身無事な箇所を探す方が難しいほどの重体。正直、途中で気を失わなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。

 

「み………ティーダ!!」

 

 ユウナの叫び声に返事を返す余裕すらなかった。仕込んだハイポーションのカプセルをまとめて噛み砕くが、中々回復が追いつかない。冷たく嫌な汗を流しながら痛みに耐える。

 

「お、おい、いきなりティーダが消えたと思ったら老師の首が………」

「………これは、もしかしなくてもティーダ………しかないわよね」

「そんなのどうでもいいから!ユウナ、すぐに回復魔法をお願い!」

「う、うん!」

 

 混乱した様子を見せるワッカとルールーに叫ぶリュック。無理もない。傍から見れば、俺がいきなり消えてシーモアの首が突然吹っ飛んだ。こんな状況だっただろう。出来れば色々と説明してやりたいところだが、今はそんな余裕は一切ない。

 

「待ってて!今すぐ回復を───」

「ま………待った」

 

 駆け寄って即座に回復魔法の詠唱に入るユウナを止める。今は何よりも優先しなければならないことがある。

 

「ポ、ポーションで回復………してるから………そ、それよりも………異界、異界送りを………今すぐにっ!」

 

 俺の体は重症だが、ポーションで少し回復させたため治療に一刻を争うほどということもない。それよりも一秒でも早く確実に異界送りをして貰わなければ、ここまで無理をした意味がなくなってしまう。

 

「駄目だよ!異界送りなんて後にして、まず回復魔法で治療しない………と………」

 

 急に言葉を詰まらせ、目を見開くユウナ。その目線の先を追ってみれば、ゆっくりとその身を幻光虫に還していくアニマの姿があった。

 

 ただし、問題はそのアニマが最後に与えられた命令を実行しようと拳を地面に向けて振り下ろしていることだった。

 

 通常、召喚獣は主が死ねば即座に幻光虫に還ることになる。しかし、究極召喚は莫大な量の幻光虫をその身に纏うが故に、完全に消え去るまでに時間がかかってしまう。

 

 ただ、幸いと言っていいのか、その拳は制御を失っているため俺が先程までいた場所、つまりヘイスガを発動させた場所に定められている。無論もうそこには誰もいない。つまり、鼬の最後っ屁にもならずに終わるはずだった。

 

 ───この寺院が凍った湖の真上に建てられてなければの話しだが。

 

「ゆ、床が!」

「まずいぞ!このままじゃ真っ逆さまだ!」

「くっ、落下は免れん!全員防御態勢を取れ!」

 

 アニマの最後の一撃で寺院の床が崩落を始める。

 

 手抜き工事かよ!と内心で悪態を付くが、むしろ今までよく持った方かもしれない。なにせヴァルファーレのシューティーング・パワーと、シンに対抗する究極召喚の力が無秩序に暴れたのだ。いくら頑丈に作られた寺院とは言え、耐えきれなかったとしても何ら不思議ではない。

 

(これは………ダメか。逃げきれねぇ)

 

 動けない体に落下の浮遊感を感じて諦めた。広大な試練の間が既に七割方崩れ落ちている。今の俺には震える手で再びポーションを取り出して口に含みながら、頼むから瓦礫の下敷きになって即死しないようにと祈ることしか出来ない。万全の状態でヘイストが使えたらなら逃げ切れたかもしれないが、今の状態ではどう足掻いて無理だった。

 

「ちょ、ちょーっと、これはまずいんじゃないの!?」

「お、おい、ルー!魔法でなんとかならないか!」

「無茶言わないで!いくら魔法だって万能ではないのよ!?」

「慌てるな!とにかく空中で体勢を整えて落下の衝撃に備えろ!分かっているとは思うが、最低限頭だけは守っておけ!」

 

 それは他の皆も一緒のようで、落下に巻き込まれながらも空中でなんとか体勢を整えているのを目の端で捉える。唯一こんな状況でもなんとか動けているのはキマリくらいだった。獣の特有の身軽な動きを披露し、崩落する瓦礫をうまく利用しながらユウナの元にまで辿り付いた。

 

「ユウナ!」

「キマリ!?お願い、ティーダを!」

「ユウナが先だ。それと、すまないが手荒になる」

「え、わ、私じゃなく───」

 

 そのセリフとユウナを抱えながら上を見上げる仕草に嫌な予感がした。

 

「ま、待った………や、やめ………」

「オ、ォォォオオッ!」

「きゃああっ!?」

 

 遅かった。俺の声が届く前にユウナを崩落してない場所に渾身の力を込めて投げ飛ばす。結果、多少の擦り傷はあるだろうが、ユウナだけはどうにか落下を免れた───あまり喜ばしくないことに。

 

 通常であればキマリの行動はガードとして正しい。原作でも状況が少し違うが、湖の湖底に落下するシーンがあった。その時は奇跡的に全員それほどのダメージもなく助かっていたが、唯一ユウナだけが長いこと気絶してしまうはめになる。

 

 他の皆ほどの身体能力もないことを考えれば気絶で済んだだけ御の字だが、万が一を考えればユウナだけは落下を防いだ方がいいと俺も思う。

 

 ただし、ここがグアド族の巣窟でなければだ。今この時だけはまずい。一人取り残されたユウナはグアド族に捕まってしまう可能性が高い。さらに時間をかければシーモアも復活してしまう。

 

「~~~っっ!!みんなっ!?ま、待ってて、すぐ召喚するから!」

 

 落下を免れたユウナはすぐさま召喚獣で助けることを思いつく。そして、慌てて杖を構え召喚陣を構築しようとするが───

 

 

 

 

 

 

「残念ですが、それは無理というものです」

 しかし、それは背後から現れた人物に拘束され、阻まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ───馬鹿な、どうしてお前がそこにいる?

 

 体に走る痛みも一瞬で忘れてしまうほどの衝撃。現在進行形で落下中だというのに俺達は半ば呆然と上を見上げていた。ユウナの背後にいる人物。そいつは

 

「………え、な、なんで?あ、あなたは………」

「くく、実に良い表情ですね、ユウナ殿」

 

 俺がたった今、首を刎ねたはずのシーモアその人だった。

 

(嘘だろ………もう死人に?いくらなんでも早すぎ………いや………まさか)

 

 本当にたったいま奴の首をこの手で確実に刎ねた。故に殺し損ねたということは絶対にない。となれば死人以外に答えはないのだろうが、その時間があまりに早過ぎる。

 

 ゲームではどの程度の時間がかかったのかは分からないが、死んだその場ですぐに死人となるなんてことはなかった。だからどんなに早くても数時間~数日はかかると予想していた。それが五分もかからずに死人として蘇ってきたのだ。予想外にもほどがある。

 

 そう思っていたが、ゲームの時との違いを思い出す。

 

(究極召喚とマスター召喚か………)

 

 思いつく原因はこれしかない。

 

 死人になるために必要な物は主に二つ。強い未練と、それらを現実に固着するための膨大な量の幻光虫だ。強い未練というか、怨念めいた執念をもつシーモアは前者を余裕でクリアーしている。となれば残る問題は大量の幻光虫を如何に集められるかということなのだが、今この時に限ってはそこも問題にならない。

 

 なにせ、今この場でマスター召喚されたヴァルファーレと究極召喚されたアニマが幻光虫へと還ったのだ。高濃度の幻光虫が辺りを漂い、死人として蘇る条件を完全に満たしてしまっている。それがここまで早く死人となった原因でまず間違いないだろう。

 

「は、離してください!」

「抵抗は無駄です。貴女にはこのまま見届けてもらいましょう。丁度下にはあれも来ているようですしね」

 

 ユウナは必死に拘束を振りほどこうとするが、シーモアは余裕の表情でそれを抑え込む。それも片手でだ。

 

 シーモアは召喚のイメージが強いが、実は純粋な肉体性能もかなり高い。なにせミヘンセッションで自分の数倍もあるシンのコケラを素手で押し返しているほどだ。一応鍛えているが、一般人より少し上程度のユウナでは一度捕まってしまえば抵抗は不可能。

 

(くそ、切り札を使ってこんな有様かよ………っ!)

 

 歯噛みする。現状はゲームのときより数段悪い。シーモアを完全に始末出来なかったどころか、この時点でユウナを捉えられてしまった。べベルでのイベントが何時行われるのかは分からないが確実に早まってしまう上に、これからのシーモア戦の難易度もかなり跳ね上がるだろう。かといって今この状況下ではもはや手も足も出ない。だったら、せめて───

 

「ユウナ!」

 

 まだ大声を出すだけでもきつい。幾分か治った体にまた鋭い痛みが走るが、それでも絶望の表情を浮かべるユウナにどうしても伝えたいことがあった。

 

 ───絶対に生き延びて必ず助けに行く。だから少しだけ待っててくれ

 

 視線に思いを乗せる。果たしてその思いが伝わったのか、ユウナが唇を噛みしめながら微かに頷いたのが見えた。

 

 次に会う事ができるのは恐らくエボンの総本山、聖べベル宮。究極召喚に至る貴重な召喚士を手荒に扱うことはないと思うが、シーモアの手の内にユウナがいると思うといてもたってもいられなくなる。しかし、今の俺には助けに行くまでどうか無事でいてくれと願う事しかできない。

 

(っ………これは………)

 

 そして、遠ざかるユウナとは対照的に落下するにしたがって強大な気配がどんどん近づいて来る。この気配は今までに何度も体感したことがある。祈りの歌を聞いていた為、今までの荒々しさはあまり感じられないが、間違いなくシンの気配。

 

 スピラにおいて夥しい数の死をまき散らし、それをもって千年もの間死の螺旋を形成してきた最悪の厄災、シン。この世界の人に最も出会いたくない存在は?と質問すれば、まず間違いなくこの名前が上がるだろう。

 

 だが、今だけはこの場に来てくれて安堵している自分がいた。なぜか?多分それは死ぬことよりも恐ろしいことが出来てしまったからだと思う。

 

(待っててくれ)

 

 もう殆ど見えなくなってしまったユウナを見上げる。

 

(何があろうと、必ず──────)

 

 シンとの距離が一定以上近くなり、意識が徐々に薄れていく。そして、俺達は意識を失うと同時にマカラーニャ湖の湖底からその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、遅くなりました」

「ご苦労様。で、どうだったんだい?」

 

 とある建物の一室で二人の人物が向かい合っている。一人はアジア系の成人女性で一人は黒人の少年の姿。だだっ広い部屋には家具の一つも置いておらず、酷く殺風景な様子だ。唯一目を引くものと言えば、中央に設置された透明なドームの内部に竜を模った像があるくらいか。

 

 少年は挨拶もそこそこに女性に端的に問いかけ、女性もそれに答えた。

 

「一つイレギュラーが発生しましたが、修正の必要もなく概ね順調のようです。それから、彼女に呼ばれて心を重ねましたが………流石ですね。貴方の読み通りに事は動いています」

「それは重畳。僕も時折彼等の様子を覗いていたけど、もういつ真実を話しても大丈夫そうかな」

「………はい、まず間違いなく」

「浮かない顏だね。無理はないが、責任は全て僕にある。君がそこまで気に病む必要はないよ」

「いえ、この計画に賛同している時点で私も同罪ですから」

 

 ただその二人には少々、いや、かなり奇妙なところがあった。よく見れば体が半透明で向こうの側の景色が透けてしまっているのだ。それもそのはず。二人は純粋な人ではなく謂わば幻のような存在だ。スピラに住む人々の希望、召喚獣という幻想が彼等の正体だった。

 

「相変わらずの真面目っぷりだ。まあ、それが君らしくもあるけど………あの人はなんて?」

「一言だけ、手加減できずに申し訳ないと。それから、今は一人にして欲しいそうです」

「そっか………わかった、今はそっとしておこう。ああ、悪いけど後で気に病むことはないと伝えておいてくれるかい?手加減が出来なかったのは仕方ないし、なにより息子さんの今後を考えれば一人になりたい気持ちも理解できる」

 

 少年の言葉に女性は分かりましたと頷く。その後も彼等の計画が順調であるとの報告が続くものの、彼等の顔には決して喜ばしい色が浮かんでこなかった。

 

「───以上です」

「分かった。ありがとう」

 

 報告を聞き終えた少年は重苦しいため息を付きながら、それにしても、と思わず言葉を漏らした。女性はその言葉にどうしたのかと首を傾げる。

 

「ああ、いや、彼の人生は召喚に本当に縁があるなと思ってね。その原因の一端となってる僕が言う事じゃないと思うけどさ」

 

 彼───本来であれば異世界の平和な国で平穏な生活を送っているはずだった一人の青年。女性はその言葉に表情を曇らせながら深く頷いた。

 

「………ええ、本当に。彼からしてみたら何においても切り捨てたい縁でしょうけど」

「だろうね。召喚術によってこの世界に呼び出され、ここ千年で六回しか使われていない究極召喚と史上初めて敵対し、こうして僕ら召喚獣に利用されている。そしてなにより───」

 

 

「“本当の究極召喚”を追い求めた結果が、今の状況を作り出したのだから」

 

 

 少年は吐き捨てるかのようにその単語を口にする。“本当の究極召喚”それがどのような事象であるのか、このスピラで知っている者は極めて少ない。なにせエボンの上層部はおろか老師クラスの地位にあるシーモアやキノック達ですらも、現在の究極召喚と呼ばれている“出来損ないの究極召喚”の先に“本当の究極召喚”があることを知らないでいる。

 

「機械文明どころか魔法文明すら発達していなかった遥か昔、かの召喚士が追い求めた召喚術の遥かなる到達点、ですね」

「因果な物だよ。千年どころか万年もの昔のしわ寄せが今ここに押し寄せている」

「そして、私達はそれを彼に押し付けようとしています………………すみません、今更こんなこと言っても無意味なのに」

「いや、いいさ。仕方ない、では済むことじゃないと僕も分かっている。しかし、これ以外に方法は………」

 

 沈黙と重苦しい空気が場を支配する。世界を救うためという御大層な名目があるが、ただ一人の青年に自分たちが突きつけようとしている選択はあまりに非情。そして選択だと言ってはいるが、実質選べるのは一つだけだった。

 

 無論、祈り子達とて好んでこのような手段を選んだ訳ではない。シンがこの世界に出現して千年。気の遠くなるような時間の果てにこれ以外の手段が見つからなかった。もし他に解決する手段があればそれに飛びついているだろう。

 

「なんにせよ計画は既に最終段階だ。近いうちに彼は必ずここに来る。その時にどのような罵倒も恨みも受け入れよう。彼が僕の消滅を願うなら無論それも受ける。もっとも、それで彼に対する僕らの仕打ちが無くなる訳じゃないけれどね」

「………はい」

 

 女性は静かに頷き、失礼しますと言うとその姿を完全に消す。残った少年はただ一人部屋の中心でどこか遠くを見詰める。

 

「あんなものを追い求めたために………いや、あれがなければそもそも………現実ってやつは本当に───」

 

 ままならないね………そう呟いた少年の姿もやがて足元の竜の像の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シーモア速攻復活の巻&究極召喚についてのオリ設定追加な話しです。究極召喚はともかく、シーモアに関しては、まあ予想通りって人も多かったですかね?



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