最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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本当は明日更新予定でしたが、ちょっとした事情により急遽投下します。土日も投下予定で、そこからまた書き貯めに入ります。



最後の物語へようこそ 第二十二話

 ───べベル

 

 大陸の北方に位置する水上に築き上げられたスピラ最大の都市。赤を基調とした石造りの建物が幾つも折り重なり、その中央にはエボン教の総本山である聖べベル宮が聳え立つ。

 

 べベルはエボン教の中心地であり、上層部がこの地に居を構えていることから日常的に物々しい警備が敷かれている。上空には聖獣エフレイエ。また地上は武装した僧兵たちが常に巡回して治安を保っており、魔物一匹侵入する隙間はない。

 

 そんな日常的に厳しい警備が敷かれているべベルだったが、とある日の警備はいつもより五割増しで僧兵達が増員されていた。過剰ともいえる警備の理由は、先日もたらされたとある重大なニュースにあった。

 

 そのニュースとは、エボン老師シーモアと大召喚士の娘ユウナの婚姻発表だ。

 

 三日ほど前に発表されたそのニュースは、少しばかりの混乱とそれ以上の興奮を持ってべベルに住む人々を歓喜させた。

 

 スピラには明るいニュースがあまりに少ない。十年前にブラスカがシンを倒した時、世界中でそれはそれは盛大に盛り上がった。普段は物静かなべベルでさえ昼夜を問わずお祭り騒ぎが続き、人々は平和な日々の訪れに狂喜乱舞した。が、それもシンが復活するまで。数年後、当然のようにシンが復活してからは、どこそこの街がシンに壊滅させられた、討伐隊が壊滅した等々、そんな暗い話題ばかりである。いつしか鬱蒼とした雰囲気が再び社会を包み込んでいた。

 

 そんな中、久しぶりに発表されたおめでたい話題に人々が食いつかない訳がなかった。

 

 グアド族の族長にしてエボンの老師。人当たりがよく召喚士としても最高の技量を持つシーモア。対するユウナは大召喚士ブラスカの娘であり、シンの討伐に期待が寄せられている有望な召喚士。

 

 誰もが羨むビックカップルの成立に普段は厳粛なべベルの雰囲気も一変。街の至る所でその話題で持ちきりとなり、人々はお祝いムード一色となっていた。

 

 渦中の人物であるシーモアは、最上位の礼服に身を包み招待客に挨拶をして周っている。いつも通りの穏やかな仮面を被り、その内に秘めた黒い感情を一欠けらも表に出さない。理知的で物腰柔らかく人当たりのいいシーモアに人々は次々と祝福の声をかける。

 

 一方でもう一人の主役であるユウナ。彼女にも祝福の言葉をかけようとした人々は、少しばかり首を傾げることになる。朗らかな表情のシーモアとは真逆。表情を強張らせ、返答する声もあからさまに固い声であった。

 

 彼等は皆一様に疑問に思う。純白のウェディングドレスに身を包み、本来は使用できない聖べベル宮にて式を挙げる。女性であれば一度は夢見るシチュエーションだろう。しかも相手はエボンの老師という最優良物件。なのに何故これほどまでに表情を硬くしているのかと。

 

 疑問に思いつつも、結局彼らの殆どはこれがマリッジブルーかと勝手に納得するに終わってしまう。おめでとうございます、と手短に祝福の声をかけるに留めてその場を去っていった。

 

 これはある意味で仕方がない。彼らが見ているのはシーモアが十数年をかけて作り上げた虚像。そう易々と見破れるものではなく、彼らには裏の顔など想像すらできなかった。薄々シーモアに危険な気配を感じていたごく少数の者達も、決定的な証拠なしに老師を糾弾することなど出来ず、仮に証拠があったとしてもグアド族族長としての立場もあるため迂闊に動くことはできないでいた。

 

 やがて挨拶回りも終わり、式は終盤へと向かう。残すところは聖べベル宮で待つマイカ総老師の前にて愛を宣誓し、誓いのキスを交わすのみ。式の主役である二人は、ゆっくりと聖べベル宮へと進み行く。

 

 傍から見れば文句のつけようもない最上級の結婚式。人々に祝福され、夫となる人物はエボン教の老師の地位にある。あまりに出来すぎていて嫉妬の対象にさえならないほどの状況だ。だが、そんな誰もが羨む状況の中、主役の片割れが考えていることは式とは全く無縁のことだった。

 

(………皆、どうか無事で)

 

 彼女の頭に浮かんでくるのはマカラーニャで離れ離れになってしまった仲間達のことばかり。その中でも特に考えてしまうのは一人の青年のことだった。

 

 重傷を負ったまま落下してしまった彼。もしも一人で魔物の多い地帯に飛ばされてしまえばどうなるか、想像するだけでユウナの背筋には寒気が走った。ポーションで回復させていると言っていたが、あそこまでの重症ではポーションを多用しても治すのにそれなりに時間がかかってしまうだろう。あの時に無理にでも回復魔法を使用していれば………この三日間で何度そう思った事か分からない。

 

(………大丈夫………きっと大丈夫。あの時、私に待っててくれって言ってた)

 

 不安になる気持ちを押し殺し、自分に言い聞かせる。その言葉は彼の口から直接聞いたわけではない。だが、落ちていく彼と視線が交差した時に感じ取った意思は、待っててくれ、と物語っていた。絶対に気のせいなんかじゃない。あの瞬間、彼の意思は確かに伝わってきた。

 

 彼は約束を破るような人じゃない。時間的に見れば短い付き合いだが、彼に対する信頼は長年一緒にいたルールー達にも匹敵する。それだけの事をこれまでの旅で示してくれた。

 

 本来であれば重傷を負った彼にこそ助けが必要だったはず。なのに、最後まで自分の身を案じてくれた彼の生存を信じて待つ。囚われの身となったユウナに許された数少ない出来ることがそれだった。

 

 もっとも、ユウナ自身としてはただ座して待つだけのつもりはなかった。もう一つ出来ることが存在した。囚われの身となっても、いや、だからこそ出来ること。

 

 隣を歩く男を横目に見ながら思う───異界送りの隙が少しでもあれば、と。

 

 大人しく従っているのは、ただ助けが来るのを待っているだけではない。皆が来てくれた時の負担を少しでも減らそうと、シーモアに異界送りをするチャンスを窺っているためでもあった。

 

 シーモアは特大の危険人物だ。マカラーニャ寺院で現した本性を見ればそれは疑いようもない。彼の目的が達成してしまえばスピラにとって極めて良くない事態になるとジスカルの証言もある。一体何をしでかすのか想像もつかないが、絶対に阻止せねばならない。だから、こうして大人しく花嫁を演じてまで隙ができるのを待ち構えている。

 

 正直に言えば、本性を知った今では結婚などしたくはない。偽りとは言え、これから夫婦となると思うと嫌悪感すら覚える。しかし、元はと言えば自分が招いた事態だ。嫌悪感や敵意、その他全て飲み込んで今は耐えると決めた───はずだった。

 

「シーモア様、ユウナ様、ご成婚おめでとうございます!」

「ありがとう。皆からの祝福を嬉しく思う」

「………ありがとう………ございます」

 

 集まった人々から笑顔で祝福の声をかけられる。その度にユウナは胸を締め付けられた。

 

 スピラの人々に笑顔を届けたい。それが自分の願いであり、過程や原因はどうであれ、一度は自分が望んだ通りの光景が目の前に広がっているのに、何故か胸が痛くなり目を背けたくなった。目の前の人達はシーモアの本性を知らず、素直に今回の結婚を喜んでくれているというのに。

 

(なんで………なんで、こんなに痛いんだろう)

 

 式が進むにつれて胸の痛みは増していく。

 

 ユウナにとって、結婚とはそれほど重要なものではない。召喚士はシンと戦い死ぬ運命にあるため、元々幸せな結婚など考えたこともなかった。自分が結婚することで少しでもスピラの人々が笑顔になってくれればいいな、とそのような認識であり、自分自身の気持ちなど考慮の埒外であった。今回も同じこと。シーモアを討つチャンスを作るための一つの手段に過ぎない。

 

 なのに何故、今更こんなにも胸が痛むのだろうか?

 

(………あぁ……そっか……)

 

 少し考えて気が付いた。いや、気が付いたと言うより、今までその事実から目を背けていただけ。

 

 横にいるのが彼ではないから。

 

 単純で、何よりも重要なことだった。

 ユウナは結婚を重要なものではないと考えていたが、それは少し違う。これまで自分は恋などしないだろうと思っていた。だからその先にある結婚についても無頓着でいられただけ。恋愛感情がなくとも、シーモアと結婚することでスピラが明るくなるのであればそれでも構わないと思っていたのは、そのような考えが根底にあったからである。

 

 だが、彼に出会ってしまった。

 

(私は………実が好きなんだ)

 

 自分の気持ちを自覚して、胸が一層締め付けられる。

 

 恋などしないと思っていた───シンを倒す覚悟が鈍るかもしれないから。好きな人が出来ても辛いだけだから。しかし、彼に出会って気が付いてしまった。だから手段の一つに過ぎなかった結婚でこんなにも胸が痛くなる。

 

 彼に好意を抱くようになったのは何時からなのか?明確には分からないが、興味だけなら出会った当初から抱いていたと思う。

 

 スピラにおける召喚士の地位は極めて高い。それ故に老若男女問わず対等な立場で気楽に話せる友人のような存在は、姉や兄達を除いてほとんどいなかった。同世代でいえばそれこそ皆無。

 

 彼と出会ったあの日、同世代の男の子と何気ない会話を楽しんだのは生まれて初めての出来事となった。いつもなら人前で召喚士としての立場を崩すことはないが、あの時はただのユウナとして、気が付けば素の状態を晒していた。家に帰ってから初めてその事に気が付いて、自分で驚いてしまったのを覚えている。それから彼に興味を覚えた。

 

 無論、それだけでは恋愛感情にまでは発展しなかったはずだ。いい友人になれたかもしれないが、そこで終わっていた可能性の方が高い。

 

 はっきり意識し始めたのは、恐らく命を救われてから。

 

 キーリカではシンのコケラ討伐後、気の緩みから魔物に強襲される事態が起きてしまった。避けろ!と叫ぶ声に周囲を見渡せば、眼前には既に敵の攻撃が迫っていた。大鎌を思わせる鋭い爪は、さながら死神の鎌のよう。初めて感じる明確な死の気配。避けなければ、と思っても体は硬直して反応してくれない。ビサイド島で箱入り娘の如く大事に育てられた弊害がここにきて出ていた。

 

 死を目前にして意識のみが加速する中でユウナは絶望していた。シンを倒すどころか、このまま何も出来ずに終わってしまうのかと。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 グイッと急に体が引っ張られ、そして抱きしめられた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、直ぐに庇われたのだと理解する。その結果、魔物の攻撃は自分には傷一つ付けることはなかったが、庇った彼の背中を深く抉っていた。

 

 幸いといっていいのか、敵の攻撃は深く肉を切り裂いていたが、重要な臓器を傷つけることもなく致命傷には至らなかった。取り乱しながらもすぐに魔法を唱えて傷を癒す。ケアルラとエスナの併用で直ぐに傷は元通りに治った。そのことに安堵するも、ユウナは唇を噛みしめて俯く。

 

 自分が動けなかった所為で彼に大怪我をさせてしまった。下手をすれば死んでいたかもしれない。謝って許されることじゃないかもしれないが、謝ろうとした。だが、ユウナの謝罪は他ならぬ彼により止められてしまう。そして、そんな言葉ではなく、もっと別の言葉が欲しいと言われた。そこで、まだ助けて貰ったお礼を言ってないことに気が付く。こんな重要な事を言われるまで気が付かないなんて、と自分のダメさ加減に落ち込んだりもした。

 

 どうにか笑顔を作ってお礼を言うと、彼はそれを笑って受け入れてくれてた。いや、むしろ治療をしてくれてありがとうと言ってくる。自分の所為で怪我をさせてしまったのだから治癒するのは当然なのに………。少し前に励まされたばかりなのに、また励まされてしまった。どうにも彼の前では立て続けに情けない姿ばかり見せてしまう。そんな自分がどうしようもなく恥ずかしくて、召喚士失格だと思いながら、でも何故か悪い気はしなかった。

 

 強く意識し始めたのは、やはりこの時からだろう。

 

 ふとした瞬間に目で追ってしまう自分がいた。ブリッツの試合で彼にボールが渡る度に一喜一憂する自分がいた。召喚士にあるまじき行為なのに、彼に弱音を吐いている自分がいた。俺がユウナを守るよ、と言われて内心舞い上がっている自分がいた。リュックが彼に抱き着いているのをみて、心にもやもやした嫌な感情を抱いている自分がいた。誰も知らない本当の名前を教えてもらって、密かに優越感を感じてしまった自分がいた。彼がいれば、シーモア老師と敵対する事態になっても後悔しないと思う自分がいた。

 

 今までこんな自分がいるなんて知らなかった。彼と一緒にいると今までに感じたことがない感情に振り回されてしまう。それを嫌だとは思ったことはない。むしろ心地よさすら感じていた。

 

 でも、正直に言えば、心の片隅で薄々気が付いていた。これは自分が抱いてはいけない感情だと。気が付いていながら、この気持ちを捨てたくなくて、今この瞬間まで目を背けてた。

 

(覚悟を決めたはずなのに…………)

 

 ユウナは唇を噛みしめる。自分の気持ちに正面から向き合った今、シーモアとの結婚に躊躇が生まれていた。気が付かなければ嫌悪感を覚える相手でも我慢できたはずなのに、今は感情が拒絶してしまっている。彼以外の人とこの道を歩いていることに寒気すら覚えた。

 

「会いたいな………」

 

 思わずそんな言葉が漏れる。今すぐ会いたい。会って彼の暖かさに触れたい。無茶なことと分かっていても、考えずにはいられない。

 

 もし、今この時、彼が助けに来てくれたなら…………

 

 そこまで考えてユウナは自嘲した。生きててくれるだけで喜ぶべきなのに、なんて都合のいい妄想なのだろうか。そんな奇跡のようなことは物語の中でしかあり得ない。

 

「ん?………お、おい、あれ」

 

 ───そう思っていた。

 

 私語一つない厳粛な雰囲気の中で、その小さな呟きは思いのほか響き渡った。思わず視線を向けると一人の参列者が呆然と上空を見上げていた。幾人かがそれにつられて上を見上げると、すぐに同じ表情となる。ユウナも見上げてその理由を知った。

 

「船が………飛んでる?」

 

 空飛ぶ船が急降下でこちらに向かって来ている。見たままを言葉にすればそうなった。

 

「そ、空飛ぶ船………まさか、アルべドの襲撃か!?エフレイエは何をやっているんだ!?」

「騒ぐな!どうやってエフレイエの警戒網を掻い潜ったのかは知らんが、今はとにかく迎撃の準備を整えろ!」

「りょ、了解です!」

 

 上空からの襲撃というありえない事態に周囲が騒めくが、警備責任者であるキノックの指揮の下すぐに迎撃の準備が進められる。ライフルを構えた一般的な僧兵に、さらに本来は教えに反する砲弾射出型の機械兵を全面に展開することで真っ向から空飛ぶ船を打ち落とすつもりのようだ。

 

 慌ただしく動く僧兵達と、避難しようとする参列者。先程までの厳粛な雰囲気は吹き飛んでしまい、その場は混乱に包まれた。

 

(………来て………くれた)

 

 そんな中、ユウナはその場に立ち尽くしていた。視線は船に固定され微動だにしない。いや、正確に言えば船の甲板にいる一人の青年の姿を見つけてから、その姿を捉えて離さなかった。

 

(本当に………来てくれたっ)

 

 シーモアが何か言ってくるが、全く耳に入ってこない。業を煮やしたのか、ついには強引に腕を掴まれて壇上に連れていかれるが、そんなことどうでもよかった。

 

 彼の姿を視界に捉えてから様々な感情が溢れてくる。怪我は大丈夫なのかと心配する気持ちがあれば、こんな無茶をしてと怒りたい気持ちもある。

 

 でも、助けに来てくれたことが、何よりも嬉しくてしょうがなかった。

 

「………実っ!!」

 

 捕まれていた腕を振り払い、彼の元へと駆けだす。

 

 先程まで感じていた寒さは、いつの間にかどこかに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウナの心情を上手く書けてるといいのですが

次回はようやくべベル突入。

感想や誤字脱字報告ありがとうございます。m(__)m

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