最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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これにて一先ず完結です。


最後の物語へようこそ 第二十七話

「彼の準備は整ってる。何時でも構わないよ」

 

草木も寝静まる深夜。聖べベル宮祈り子の間にて異界召喚が行われようとしていた。異界召喚は禁術に指定されている術であり、その難易度もあって現在スピラで使えるのはたったの二人だけ。

 

「………では召喚します」

 

その希少な使い手の一人、ユウナレスカは最後になるであろう異界召喚を行使する。通常の召喚と比べてさらに大きく、複雑な召喚陣が展開されていく。対象は異世界の住民であり、彼女が兄と呼ぶ人物。

 

ユウナ達はそれを少し離れた位置から見守る。会いたくもあるが、会って何と言えばいいのか分からない。その胸中は彼に対する負い目で溢れていた。

 

やがて、展開した召喚陣の上で高密度の幻光虫が一人の青年へと姿を変えていく。彼は召喚獣と同じ幻光体でありながら人と殆ど変わらぬ肉体を持って現界した。

 

ユウナレスカは現れた人物にお帰りなさいませと頭を下げると、体に何か不都合はないかと尋ねる。

 

「………大丈夫みたいです。召喚ありがとうございます」

「いえ、お兄様にして頂いたことに比べれば、この程度では恩返しの一部にもなりません」

 

現れた極々平凡な容姿をした青年───江本実は、自分の体を一通り確かめると礼を言う。正直に言えば不具合というか、前よりも体が軽くなって力強さが増している気がするのだが、多少身体能力が向上している程度であれば問題はないだろうと結論付けた。この辺は違和感を感じない程度にユウナレスカが強化した所為だったりする。

 

「実………あの………」

 

消え入りそうな声で彼の名が呼ばれる。実が視線を向ければ、そこにはギュッと手を握りしめ、まるで迷子になって今にも泣き出しそうな子供と同じ表情をしたユウナがいた。

 

実はその様子に、一つため息を付くとユウナに近づいて行く。そして、顔を俯かせてしまったユウナの両頬をおもむろに摘むとそのまま上を向かせる。まさか、いきなり頬を摘まれるなど夢にも思わなかったユウナは思わず目を白黒させていた。

 

「た・だ・い・ま!」

「………お、おひゃえりなはい」

「はい、よくできました。それにしても柔らかいな」

 

花丸を上げよう等と言いながら、伸ばしてた頬を名残惜しそうに離す。解放されたユウナは、半ば呆然としながら頬を擦っている。

 

「しかし、よかった。本来の俺がティーダみたいにイケメンじゃないから、てっきりお帰りも言って貰えないのかと思ったじゃないか」

「そんなことないよ!実は実だし、私にとっては誰よりも格好いいから!」

「はは、サンキュー」

 

すぐさま強く否定するユウナに、少し照れくさそうにする。正直な所、ほんの少しだけ不安な気持ちがあったが、それも今のユウナの一言でそれも吹き飛んだ。

 

「そう、本当に恰好よくて………いつも私を守ってくれて………今回の事だって………」

 

だが、実の気持ちが晴れた一方で、ユウナの心は荒れたままだった。ユウナレスカから語られた真実。それを思い起こせば自分の存在が彼にとってどれほど迷惑だったのかは明白だ。私なんかの所為で彼に一生消えない傷を負わせてしまった。この罪は一生を懸けても償いきれない。

 

───そんなことを考えているんだろうな、と当たりを付けた実はもう一度ユウナの頬を摘む。今度は先ほどよりもっと強く。

 

「い、いひゃい」

「痛くしてるんだから当たり前。ったく、ユウナが何を考えているか当ててやろうか?大方、私の所為で~とか、俺に重荷を背負わせてしまった~とか、この罪をどう償うか~とか、考えてるんだろ?」

「………ひゃい」

「はっはっは、本当に分かりやすいな。このほっぺたもちもち娘は」

 

ユウナのほっぺたを笑顔でみょんみょんと伸ばしながらも、その目はまるで笑ってなかったと、後にリュックは語る。

 

「ユウナ、それから皆もだけど、お前等は一つ勘違いしてる」

「………勘違い?一体何を勘違いしていると言うの?計画を立てて実行したのは祈り子様だけど、それでも私達の世界が実にしたことは───」

「ああ、そうだ。俺が親父を殺す原因となった」

 

その事実は変わらない。あの時の気持ちは、多分一生忘れることは出来ないだろう。

 

「でも、それはユウナの所為なんかじゃない」

「………」

「俺は家族の為、ユウナの為、そして自分の為に行動した。言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、『誰かの為にすること』と『誰かの所為ですること』は決定的に違う」

 

例え、どれ程選択肢を狭められようとも、最後は自分で選んだ。なら、その結果は受け止める。

 

「もう一回言う。ユウナの為というのはあれど、ユウナの所為なんかじゃない。俺の物語の行く末は俺が決めたんだ………だから、もう自分を責めるのは止めてくれ」

「………うん………ぁ………」

 

ユウナの所為じゃない。そう力強く断言するその言葉に、力が抜けて崩れ落ちそうになる。実はその華奢な体をそっと受け止めた。

 

「ご、ごめん」

「いいからこのまま………ろくに眠れてないんだろ?」

 

多分に内罰的な側面がある彼女は、真実を聞いてからずっと自分を責め続けていた。無論、ユウナとてそうしたところで何の解決にもならないのは理解している。事は一個人の力の及ぶ範疇ではなく、自分の生まれる遥か前から計画されていたものをどうこうできる筈もない。しかし、だからといってきっぱり割り切れるような器用な少女でもない。結果、ユウナはこの二日間一睡も出来ず、精神的にも限界に達しようとしていた。ルールーが薄く化粧を施したが、顔色の悪さや目の下の隈は隠しきれていない。

 

それが、彼のお蔭でようやく自分を責めることを止めることが出来た。ピンと張り詰めていた糸が切れ、睡眠不足と精神的な疲労によりふらついてしまうのも無理はなかった。

 

「………ねえ、一つ聞いてもいいかな」

「何?」

「えっとね───」

 

答えを聞くのがほんの少し怖くもあるが、ユウナは実の腕の中から意を決して尋ねる。

 

「実の物語に………私の場所はあるのかな?」

 

シンが消滅した世界で自分が生存しているとは思ってもみなかった。だからユウナは将来の事を具体的に考えたことがない。しかし、もうシンは存在せず、彼女が犠牲になる必要はなかった。今まで閉ざされていた道が急に開けたのだ。

 

初めて自分の将来を思い描いてみる。中々に難しい。というか、具体的な事が殆ど思いつかなかった。ただ、一つだけはっきりと分かったことがある。それは、どんな未来でも彼の傍に居るであろうことだ。自分の居場所はそこしかない。そこ以外は考えたくもない。結婚式の最中に自覚した恋心。それはもう抑えられそうにもなかった。

 

恐る恐る顔を上げると、そこには少し驚きつつも嬉しそうな表情。

 

「勿論、特等席が空いてる」

「………よかったぁ」

 

その言葉を最後にユウナの意識はプツリと切れる。彼の腕の中、安心しきった寝顔で眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは謝罪ではなく感謝の言葉、でいいのかしらね?スピラを、いえ、ユウナを助けてくれてありがとう」

 

頭を下げたルールーは、随分と変わった仲間に心の底から感謝の言葉を伝える。

 

彼が愛する妹分を救ったのはこれで何度目だろうか。一度目はキーリカ、二度目はマカラーニャ。それ以降もユウナの心の支えとなっていた。そして、今回の事でユウナは文字通り身も心も救われることとなった。辛い選択を迫られながらも、ユウナを救ってくれた彼にはいくら感謝をしても足りそうにない。ルールー同様の思いを抱えているガードの面々も、それぞれ感謝の言葉とともに頭を下げる。

 

「あいよ、皆の感謝の気持ちは確かに受け取った。これ以上はもう十分だから」

「そうね、あんたがそう言うのであればそうするわ」

 

ユウナと違ってルールーはその辺きっぱりと割り切った。これも二度の旅に出ている経験故にだろうか。また、そうでもしないと何処かの誰かさんみたいにほっぺたを伸ばされそうだし、と珍しく冗談めいて肩を竦めてみせた。

 

実は苦笑しながらふとルールーの頬を引っ張る想像をしてみるが、ブリザガ級の冷たい視線に襲われるイメージしか沸かなかった。仮に実行してしまったら、視線だけで凍え死んでしまいそうだ。

 

「はは、俺はそこまで命知らずじゃ………あ、いえ、何でもないです。すみません」

 

そんな想像をしてしまったせいか、思わず漏らしてしまった本音にイメージ通りのブリザガ級の視線が突き刺さる。実は一瞬も持たずにルールーに屈した。

 

「あはは、よわーい」

「実、もうちょっと頑張るっすよ」

「まったくだぜ、と言いたいところだがルーのあの視線に晒されればしょうがねーよ。俺も何度か食らったが、あの視線を前にしちまったら凍り付いたかのように動けなくなるんだぜ?」

「まじで?」

「ああ、直で食らった俺が言うんだから間違いない。確実にブリザガ級はある」

「「うへ~」」

 

ワッカは遠くを見ながら語り、リュックとティーダは絶対零度の視線を想像してしまったのか渋い顔となる。彼等は精神年齢が近いのか、この二日間で急速に打ち解けていた。

 

「あら、あんた達は氷漬けがお望みかしら?」

 

青筋を立てたルールーが微笑と共に問いかける。周囲に氷の精霊が漂い始めているところを見ると割と本気だったりするのかもしれない。

 

新賑やか担当トリオは、地雷を踏んだことに気が付いたのか米つきバッタの如くペコペコと必死に謝る。ルールーはそんな情けない三人を見て一つため息を付き、彼等の背筋に氷柱を生成することで一先ず許すことにした。

 

「………アホだなぁ」

 

悲鳴を上げる三人に成仏しろよと合掌しながら呆れ顔を作る。だが、内心ではこうして依然と変わらない態度で接してくれる彼等に感謝していた。

 

「実」

 

背後からの声に振り向けば、そこにはキマリとアーロン。

 

「戦友を送ってくれたことに感謝する」

「キマリはお前の覚悟に敬意を払う」

 

二人は言葉少ないながらに感謝と敬意を払う。

 

本当はもっと色々と言いたいことがあった。自らの無力さを謝りたくもあった。しかし、実はそれを望まないだろうと理解していた。だから、ただ真剣に思いを伝えた。元々口数の多い方ではない自分達は、言葉を重ねるよりも思いを込めた短い言葉の方がいいはず。

 

実もそんな二人の思いを汲み取ったのか、分かってるとばかりに頷いて返した。

 

「さて、ちょっといいかい?」

 

バハムートの発言と共にその場が静まり返る。背中に氷柱を突っ込まれ大騒ぎをしていた三人もピタリと動きを止めた。

 

「………何か?」

 

先程までとは打って変わって温度を感じさせない冷たい声。バハムートはそんな実の態度を気にも留めていない素振りで話しを続ける。

 

「そう警戒しないで欲しいんだけど、今までの事を考えれば無理もないか。まあ、話は簡単に言えば僕の処遇はどうするってことなんだけど」

 

バハムートが実に尋ねたのは、自らに対する処分のことだった。

 

「僕はこれまで君に対して数々の非道を行ってきた。スピラ救済のためその行為自体は後悔はしていない。けど、信じられないかもしれないが、これでも罪の意識はある。だから、君が望むのであればどんな罰でも受け入れるつもりだ。殴るのであれば気が済むまで殴っていいし、祈り子像を砕いて僕を消滅させても構わない」

「………へえ、本当に何をしてもいいのか?」

「勿論。ただ、その範囲は僕だけにしてくれると助かる」

 

全てを受け入れると言ったバハムートを冷ややかに見る。その目は本気のようだった。実が望めば本当に何でも受け入れるだろう。

 

「ティーダはもう殴ったのか?」

「ああ、実が向こうに行った後でな」

 

聞けば全力で一発ぶん殴ってチャラにしたと言う。祈り子はそのままでは実体を持たないが、召喚獣として呼ばれなくても幻光虫の密度を高くすれば触れること位は可能だ。

 

「分かった。それじゃあ、遠慮なく言わせてもらう。俺はあんたに───」

「うん」

「何もしない」

「………え?」

 

初めてバハムートの表情が崩れた。

 

「ああ、言っておくが俺はティーダほど優しくはない」

 

何もしないと言ったのは、バハムートを許したからではない。むしろその真逆。

 

先程ユウナに話したことに嘘はない。父を殺す選択したのは自分で、誰かにその責任を擦り付けるつもりはなかった。が、実は聖人君子ではないのだ。これだけの事をされて恨みを持つなと言う方が無理というもの。その心の奥底には、バハムートに対する恨みが渦巻いている。

 

だからこそ何もしない。

 

「殴ったらそこで一区切りついちまう。消滅はそこで終わっちまう………はっ、そんな簡単に許せるはずがないだろが。俺は一生恨む。アンタはそれを抱えてティーダが寿命を全うするまで存在し続けろ」

 

それが実の下した罰。殴って終わり、消滅して終わり、等とすぐに楽にさせるつもりはなかった。罪悪感と罪の意識に苛まれながら存在し続けることで復讐とする。

 

実は、今この時ユウナが気を失っていて良かったと心から思っていた。人は誰しもが多かれ少なかれ負の感情を持っている。普段は理性で蓋をしていても、今の実のように時には抑えが効かなくなり爆発してしまうこともあるだろう。しかし、そうと分かっていても、負の感情を剥き出しにした自分を見て欲しくはなかった。

 

「それは………確かに殴られるよりもずっと堪えるね………」

 

バハムートは計画が予定通りに進行した場合、どんな罰でも受ける覚悟をしていた。だが、何もされないとは思いもしなかった。彼にとっては、単純な苦痛や消滅よりもその方がよっぽど辛い。

 

「でも、それこそ僕に相応しい末路か………分かった、君の言う通りにするよ」

 

一瞬、目を伏せて辛そうな素振りを見せるも、それはすぐに消えた。元の淡々とした表情に戻ると粛々と罰を受け入れる。

 

「用件がこれで終わりなら俺はもう行く。あんたの顔はもう見たくないからな」

 

眠るユウナをそっと抱き抱え、バハムートを一瞥すると出口に向かい歩き出す。他の者達も実の後に続いて祈り子の間を後にした。最後にユウナレスカも姿を消し、その場に残るのはバハムートただ一人。

 

「………これでいい」

 

小さく呟いたその言葉は、誰の耳にも届かず消え去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───その後

 

 

エボン寺院から永遠のナギ節の訪れが正式に発表されると世間は大いに賑わった。あの日の光の奔流はスピラの全土の人々の目に触れ、各地でシンが討伐されたのでは? と話題となっていた。だが、それが永遠のナギ節とまでは思っていなかったようで、その旨が伝わると一部では怪我人が出るほどの狂喜乱舞っぷりとなった。それほどまでにシンの影に怯えずに済む平穏な日々の到来に人々は酔いしれ、大いに開放的となっていた。

 

また、それが原因なのか分からないが、ナギ節から数年間は結婚する若者達が急増していた。至る所でカップルが成立し、既にカップルだった者は結婚の道へと進む。

 

その中にユウナ達の姿もあった。ワッカとルールー、ティーダとリュック、そして実とユウナ。彼等は紆余曲折を経て結ばれることとなる。

 

ワッカとルールーは三組の中で一番に式を挙げ、そして順当にかかあ天下となった。外ではビサイドオーラカの頼れる監督としてメキメキその実力を発揮し始めるも、家庭では哀愁漂う姿が度々目撃されている。

 

次に結ばれたのはティーダとリュックだ。お互いにどこか波長が合うところがあったのか急速に仲を深め、付き合い始めて一年後に無事ゴールインとなった。ちなみにティーダはユウナに対して好意を持っていたが、恋愛感情とはならなかった。実がいたからというのもあるが、彼女に対する好意は、言うなれば画面越しに見るアイドルに対する感情であり、奇しくも実が日本でFFをプレイしている時にユウナに抱いた感情とほぼ変わらなかった。

 

そして、最後に実とユウナだ。ユウナはシーモアと結婚した(正式にはまだ完了してないが)と知っている者が多くいるので式自体はひっそりと仲間内でのみ行った。規模が小さくても実やユウナとってはどうでもいい話なのでなんのマイナスにもならない。それよりも仲間達が心の底から祝ってくれることが嬉しかった。なお、式には神父としてマイカが、そして実の親族としてユウナレスカが参加していた。規模自体は小さいが、その二人にプラスして伝説のガードも加わり、スピラ史上でも滅多にない程の豪華メンバーだったりする。

 

アーロンは式の数日後、ユウナの手で送られた。本当はジェクトと共に異界へと行くつもりだったようだが、実がスピラに戻って来るのを待っていたため、機を逃した形だ。その後はスピラの各地に残った強大な魔物を屠りつつ、実とユウナが正式に結ばれるのを見届けてからジェクト達の待つ異界へ送られた。

 

キマリはユウナを守る役割を実に託し、ロンゾ族の故郷であるガガゼト山に帰った。帰った矢先にビランとエンケに絡まれることとなるが、見事にこれを打ち破りその数年後に族長としての地位を得る。かつては小さな体と角なしと蔑まれながらも以降の数十年、偉大なる族長としてロンゾの頂点に立ち続けた。

 

彼等の結婚後は穏やかで平穏な日々が続いた。無論、争いが全く起きなかったわけではないが、元々国と言う枠組みではなく、エボンの名のもとに大部分が纏まっていたスピラでは火種になるものは少ない。アルべド族への弾圧もマイカが巧みに舵取りを行う事により少しづつ減っていった。Ⅹ2のようなマキナ派や青年同盟のような組織もぽつぽつ出てきてはいるが、もう少しはエボン一強の時代は続くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、さらに時は流れ───シンの完全消滅から六十年後。ビサイド島にある小ぢんまりとした一軒家に一組の老夫婦の姿があった。

 

「………あなた………そこにいる?」

「ああ、ここにいる」

 

少し前から寝たきりとなってしまった妻が夫の名を呼ぶ。そのあまりにも弱弱しく消え入りそうな声は、彼女の命が尽き掛けていることを物語っていた。

 

「そろそろ………お別れみたい」

「………そうか」

 

覚悟はしていたが、やはりショックは大きい。最愛の妻との別れに夫は声を震わせた。

 

「今まで一緒に居てくれて………本当にありがとう」

「いや、それを言うのは俺の方だ」

 

彼女との生活は掛け替えのないものだった、と今までの人生を振り返る。あの旅が終わってからずっと一緒の時を過ごした。長い夫婦生活の中では、楽しい事ばかりではなく、辛い事も悲しいこともあった。時にはつまらないことで喧嘩もしたりした。でも、その一つ一つが彼にとってはかけがえのない宝物となって胸に残っている。

 

「出会えて良かった。心からそう思うよ」

「ふふ、ありがとう」

 

万の思いを乗せて伝える。言葉は少なくとも、それだけで分かり合える確固たる絆が二人の間にはあった。

 

「……っ………もう限界みたい」

 

和やかな談笑の果てにとうとう別れの時が訪れる。瞼は自分の意思に反して重くなり、意識は次第に遠くなっていく。最後の時はもうすぐそこまで来ているようだ。彼女は力尽きる前、気力を振り絞って別れの言葉を告げる。

 

「お休みなさい、実」

「ああ、お休み、ユウナ」

 

そして、愛する夫に見送られながら彼女は静かに息を引き取った。

 

「ユウナは………悪い、間に合わなかったか」

 

一時間後、ティーダが実の元に駆けつけた。

 

「いや、こうして来てくれただけでありがたい………俺ももう行くつもりだったから」

「そっか、寂しくなるな」

 

実の他に唯一生き残っていたのはティーダだけだ。二人はそれぞれ仲間を看取って来た。そして最後の仲間との別れの時が来た。

 

「すまん」

「ま、向うにいるお袋さん達を散々待たせているからな………じゃあな、向うでも元気でやれよ、実」

「ああ、今までありがとう。さよなら、ティーダ」

 

二人の間に多くの言葉は要らなかった。顔を見合わせ最後に拳を合わせると永遠の別れをすませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖べベル宮。祈り子の間。

 

「ユウ、バハムート、出てきてくれ」

「はい、お兄様」

「ここにいるよ」

 

ユウナを埋葬し、身辺の整理を終えた実は千年前から変わらぬ姿の二人を呼び出す。彼等は実の呼びかけにすぐさま答え、姿を現した。

 

「久しぶり、ユウ」

「お久しぶりです、お兄様」

 

実がユウナレスカのことをユウと呼び捨てにしているのは、本人からの要望があったからだ。曰く、様付けは他人行儀のような気がしてあまり好きではないとのこと。そして兄は妹を呼び捨てにするものだと熱く語るのでユウの愛称で呼ぶことになった。

 

「用件は分かっております。召喚解除ですね?」

「ああ、頼むよ」

 

ここに来たのはユウナレスカに召喚を解除して貰い、日本に帰るため。六十年前、苦悩する実を見かねたティーダからの提案。それは、スピラで人生を全うした後、日本に帰って母と妹のために生きることだった。

 

実はユウナと共に生きることを望み、また父を殺したまま日本にいることが出来ずにスピラに戻るしかなかった。しかし、残された家族の事が心配でもある。それ故の提案だ。母と妹には半年以上待ってもらうことになるが、日本に帰った後は家族を支えるために生きる。ティーダからの提案を受けて実はそう決心していた。

 

「これまで俺を支えてくれてありがとう」

「いいえ、そのようなこと………お礼を言うのは私の方です。お父様を救って頂き本当にありがとございました」

 

ユウナレスカと別れの挨拶を交わす。彼女は約束を違わずこれまで実を支え続けてくれた。最初は千歳も年上の妹にお兄様と親しみを込めて呼ばれることに戸惑いもしたが、今では本当の妹のように親しみを感じている。

 

「バハムート」

 

それとここに来たもう一つの理由。済ませておきたい野暮用があった。

 

「………なん───っ!?」

 

実はバハムートに歩み寄ると、その右頬に拳を叩きこんだ。年の所為で少しよろけさせる程度の威力しか出なかったが、目を見開いて驚きを顕わにする彼に満足そうに頷く。

 

「ユウ、やってくれ」

「………はい、さようならお兄様。お母様と妹様をよろしくお願いします」

 

深々と頭を下げたユウナレスカはエボンの印を切り、召喚を解除しようとする。

 

「待って!今のはどうして………」

 

右頬を抑え、バハムートは半ば呆然としたまま問いかける。実はかつて何もしない事で彼への罰とした。ならば今殴った事が意味することは───

 

「さてな、俺が殴った理由は自分で考えろ」

 

実は意地の悪い笑みを浮かべて答えない。

 

正直に言えば、心の奥底にあった恨みはとうの昔に薄れていた。誰かを恨み続けると言うのは、とてつもないエネルギーが必要になる。バハムートが悪意を持って実に父を殺させたのなら今でも許すことはなかっただろうが、彼もまた限られた選択肢の中でもがいていただけ。当時は理性では分かっていても感情が納得しなかった。

 

そして、絶対に口に出さないが、実の中にはバハムートに対する感謝の気持ちもあった。彼が居なければ実は日本で平穏に暮らしていたはずだが、それは裏を返せばユウナに会えたのは彼のお蔭でもある。その事実は何があろうとも覆せない。だから最後の最後に拳に全てを乗せて清算した。答えは自分で考えろと言ったのはつまらない意地だ。バハムートがどのように捉えるかは彼次第。

 

「………ごめんなさい!」

 

印が完成する直前にバハムートは叫ぶ。

 

バハムートが謝ったのはこれが初めてのことだ。これは実に対する罪悪感や負い目を感じていなかったからではない。今まで一言も謝らなかったのは、全ての恨みを自分に向けさせて発散させるため。

 

実はエボンの一族である。その並外れた才能が負の方面に落ちればどのような事態になるか予想がつかない。万が一スピラの全てを恨むようなことになれば、最悪は第二のシンが生まれる可能性もないとはいえないだろう。それだけは避けねばならない。恐らくだが、あの当時でも誠心誠意謝れば許して貰えたかもしれない。しかし、そうなった場合は心の奥底にある憎悪を向ける矛先がなくなって、恨みを溜めこみかねなかった。

 

だから誘導した。バハムート個人に恨みを集中させれば、それがスピラに向かう事はない。最悪の場合は、祈り子像を破壊され、異界に行くことも出来ずに消滅するかもしれないが、それもまた今まで彼にしてきたことを考えれば当然だろうと考えていた。結果は予想外の方向に動いたが、ならばこのまま恨まれたままでいようと決意した。それが自分に唯一出来る贖罪として。

 

しかし、最後に許されて今まで抱え込んでいた思いが吹き出でしまった。

 

「君を巻き込んでしまって、酷い事をして本当にごめんなさい!」

 

声を震わせて謝るバハムートに目を向けると、ふと表情を柔らかくする。

 

「………じゃあな」

 

その一言を最後に実はスピラから消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斯くしてファイナルファンタジーⅩと呼ばれた物語は本当の終わりを迎えた。

 

 

そして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お早う、実君。今日もいい天気で………え………せ、先生!実君に反応が!微かに目を空けてこちらの行動に反応も示してます!」

「っ!江本先生の息子さんがか!?今行く!すぐにご家族にも連絡をとりたまえ!」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!」

「実!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た………だ………いま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の物語へようこそ   fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお付き合い頂きありがとうございます。誤字脱字報告をしてくれた皆さま、お気に入り登録や評価をして頂いた皆様には本当に感謝です。最後は駆け足気味で終わりましたが、これにて一先ずの完結とさせて頂きます。出来れば感想など頂けるとありがたいです。



『最後の物語へようこそ』をご覧いただき本当にありがとうございました。


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