最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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最後の物語へようこそ 第六話

 キーリカ島

 

 

 歴史上シンを倒した五人の召喚士の内の一人であるオハランド。彼がここの寺院で修行時代を過ごしたことで有名になった島である。

 

 若かりし頃はブリッツボールの名選手として名を馳せていたことから、今日ではブリッツの必勝祈願寺として全国から参拝者を集め、オハランドがトレーニングに励んだ石段は当時と変わらずに残され、有名な観光スポットとなっている。其れゆえかキーリカ島では、あちこちでブリッツボールを興じる人々を見ることができた。

 

 シンが来るまでは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死者は迷う。

 

 自分が死んだことが理解できずに、あるいは理解したくなくて現世を迷い彷徨う。やがて死者の魂は生きている人々を羨望し、それは時が流れるにつれ嫉みや恨みに変わっていく。そして、その負の想いが幻光虫と結合し、魔物が形成される。

 

 異界送り───それは、そんな悲しい魂の魔物化を防ぎ、迷える魂を異界へと導く神聖な儀式だ。

 

 ユウナはキーリカの生き残りの人々に見守られながら何かに耐えるように水に降り立つ。水中を見れば、そこには死んでしまった人達の亡骸が同心円状に沈めてあった。その亡骸の中央で立ち止まり、一つ深呼吸をすると異界送りの儀式を始める。

 

 儀式により淡く発行する幻光虫

 

 辺り一面を真紅に染め上げる夕日

 

 幻光虫に反応し、燃え盛る蒼き炎

 

 そして、ユウナの異界送りの舞

 

 この世のものとは思えぬほど幻想的な景色。儚くも美しい舞。恐らく今この瞬間、ここは世界中で一番美しい場所だ。

 

 ………けど、今ならよく分かる。ティーダがこの美しい舞を二度と見たくないと言ったその意味───俺もユウナが泣きながら舞うのは、もう見たくはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私………ちゃんと踊れてたかな?」

「ええ、初めてにしては上出来よ………ただ、次があったら泣かないようにしないとね」

「………うん」

 

 異界送りを終えたユウナはルールーの側にいた。ルールーはそんなユウナの涙を拭って優しい声で慰めている。その様子は妹を慰める姉といった感じだった。

 

 俺はユウナに何て声を掛けたらいいのか分からず、そんな二人の様子を少し離れた所から見ていると、不意に顔を上げたユウナと目が合った。

 

「ユウナ………その、大丈夫か?」

 

 俺はそんなユウナに何て声をかけたらいいのか分からず、出てきた言葉はそれだけだった。気の利いた言葉の一つも掛けたやれない自分自身が歯痒い。

 

「うん………私は大丈夫だよ」

 

 ユウナは、質問に笑顔で返す。が、その声は少し強張っており、笑顔もいつもの自然な微笑みとは違い、無理に作った様などこか不自然な笑顔だった。

 

 誰が見ても大丈夫じゃないのは明白だ。もっとも、俺がそのことを指摘したところで妙に頑固なところがあるユウナは大丈夫だと言い張るだろうけど………

 

「………そっか。分かった」

「心配してくれてありがとう」

 

 ユウナはそう言って今度は作った笑顔ではなく、一瞬いつもの笑顔を見せると新たに運ばれてきた怪我人の元へと走って行った。ルールーもユウナを見送ると積極的に村人の手伝いを買って出る。俺はそんな二人を黙って見送った。それにしても───

 

「ありがとう、か」

 

 声に出して呟いてみる。果たして俺にはその言葉を受け取る資格なんてあるのか?ザナルカンドやキーリカが壊滅することを知っていたのに何もできなかった俺に………

 

「………ある訳ねーよなぁ」

 

 けど………もし言い訳をさせてくれるなら、俺にはどうしようもなかったと言いたい。

 

 ザナルカンドではそもそもシンと言う存在についての情報が皆無なので、シンが来るから何処か遠くに避難しろと訴えたところで聞く者なんかいやしない。

 

 キーリカ、というかこっちの世界では逆にシンの恐ろしさについては骨の髄まで染みているだろうが、エボンの教えにより電話等の機械が禁止されているので今度はその情報を伝達する手段がない。

 

 よしんば伝える手段があったとして、素性の知れない怪しい男にいきなり明日シンが来るので逃げたほうがいいですよ、と言われて素直に信じるだろうか?よっぽどの世間知らずかお人よしでもない限り、普通は信じない。だけど───

 

「事情がどうであれ、結局は見殺しにしたのも同然だよな………」

 

 そのことが俺の胸に重く圧し掛かってくる。どうしようもなく甘かった、と言うしかない。

 

 犠牲が出ることについて計画を立てた時には割り切ったつもりだったが、所詮は本当につもりでしかなかったようだ。ザナルカンドでは死体を見ることもなかったし、自分自身のことでいっぱいいっぱいだったので何処か現実味がなかった。だが、こうして死体を見て周りで泣き崩れている人々を見るとじわじわと罪悪感が湧き出してくる。その重みに押しつぶされそうになるが、

 

「………………いってぇ」

 

 自分で頬を思い切り引っ叩いて強引に気持ちを切り替える。少し力を入れすぎて頬が半端じゃなくヒリヒリするが、今はそれくらいが丁度よかった。

 

 とにかく、今は過ぎてしまったことでうだうだ悩んでる場合じゃない。ただ悩むなら後ででもできる。今はとにかく少しでも人手が必要なはずだ。そう思ってキョロキョロと辺りを見回す。すると瓦礫の除去に手間取っている人がいたので、すぐさま手伝いを買って出た。

 

 それからしばらくして、瓦礫の除去や仮設住居の設置の手伝いなどでへばってきた頃、被害を受けなかった近隣の村から少量ながらも救援物資が到着。

 

 また、キーリカ寺院の僧兵達や討伐隊の連中も駆けつけてきて作業は一気に進んだ。特に討伐隊の面々はこういった作業に慣れているのか、本職さながらにてきぱきと行動していた。

 

 聞いてみると、なんでもシンの被害にあった村を直して回っている内にこういった作業が得意になってしまったらしい。討伐隊を引退して大工にでもなるかな、なんて真剣に呟く奴もいるくらいだった。

 

 やがて辺りが暗くなり始めたので、これ以上は危険だということで今日の作業はストップとなった。ユウナ達と合流して討伐隊が用意した簡易宿舎へと向かう。

 

 慣れない事をしてへとへとになっていた俺は食事をとった後、ベットに倒れこむ。胸の底にはまだ罪悪感が燻っていたが、極度の疲労のお蔭か、すぐに寝付くことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。簡易宿舎で体の疲れを癒した俺は、村の復興作業を討伐隊の人達に託し、ユウナ達とキーリカ寺院に向かっていた。無論、ワッカやオーラカの面々も一緒である。

 

 本来は別々に行動するはずだったが、夕飯時に約束を取り付けておいたからだ。というのも、全てはキーリカ寺院の石段で出るシンのコケラ対策のため。

 

 原作ではユウナがティーダを誘って一緒に行くはずなのだが、こっちのユウナが俺を誘うかといったら、恐らくそれはない。ユウナを助けるために寺院に乗り込んでもいないし、ジェクト関連の話もしていない。

 

 ただユウナが正式に召喚士となった夜にブリッツの話で盛り上がっただけ。そんな中でユウナがわざわざ俺をガードに誘うかって言ったら………悲しいことに皆無と言ってもいいかもしれない。

 

 だが、それではまずい。なぜまずいのかというと、キーリカ寺院で出現するシンのコケラ(触手)が魔法を吸収するという厄介な能力を持っているからだ。

 

 このシンのコケラ(触手)を倒さない限り、俺達の中で最大の火力(召喚獣抜き)を持つルールーの黒魔法が通用しないことになる。

 

 もしユウナたちが俺とワッカを除いた三人で先にキーリカ寺院に行き、シンのコケラと接触してしまったら、実質的な戦力はキマリ一人だけとなる。

 

 ユウナがヴァルファーレを召喚することが出来れば何の問題もないだろうが、ゲームのように確実に呼べるという保障はない。実際、船の上でも別の誰かが召喚中でヴァルファーレを呼べなかったし。

 

 そうなってくると最悪の事態も十分にありえる。なので、誘われる可能性が低いのならば、いっそのことこっちから誘ってしまえと言う訳で、夕飯時にどうせなら皆で行こう、とユウナを誘ってみると………

 

「あっさりとOKを貰えて今に至ると言うわけだ」

「ん?何か言ったか?」

 

 ワッカが振り返りながら聞いてくる。俺は首を振りつつ否定する。と、丁度首を振った先にでかい蜂みたいな魔物の姿が見えた。

 

「いや、なんでもない。それよかワッカ、あの蜂みたいのは任せた」

「んお、早速お出ましか。よし、飛んでる敵はワッカさんに任せなさい!」

 

 ワッカはそう言うと、小脇に抱えてたブリッツボールを投げつけ、一撃で蜂の様な魔物を倒す。その手際は実に鮮やかなものだった。俺はヒュウと口笛を吹き、ワッカを賞賛する。

 

「へ~、凄いもんだな」

「ふふふ、どんなもんよ」

 

 えっへんとばかりに胸を張る様はちょっとアホっぽく見えるが、よくよく考えると実際にやってることは凄い。先程の蜂の様な魔物は体長は約4~50cm程度で、しかも結構なスピードで空を縦横無尽に飛び回っていた。にもかかわらず、ワッカは当たり前のように一撃でこいつを仕留めてみせた。

 

 しかも、ちゃんとボールが手元に戻ってくるように回転までかけて。少し冷静に考えてみれば、はっきり言ってこれは神業といっても言い過ぎじゃないような気がするような………

 

「なあ、ワッカちょっと聞いていいか?」

「おう、いいぞ」

「あのさ、なんでブリッツボールを武器にしてんだ?」

 

 考えてみればゲームをしているときは全く気にならなかったが、現実にここにいるとなんでブリッツボールを武器にしたのか不思議でならない。

 

 先程、俺はワッカの技を神業といっても過言ではないと言ったが、これはつまりブリッツボールを戦闘で使うには、神業級のテクニックが必要ということを意味する。果たしてその技術を身に付けるためには一体どれ程練習を積んだらいいのか俺にはちょっと想像がつかない。

 

 そんな練習をしなくても明らかに剣とか槍とかで攻撃した方が、ブリッツボールよりダメージを与えやすいはずなのに………

 

 俺がそう言うとワッカは少し苦笑しながら返す。

 

「まあ、確かにお前の言うことも尤もだ。だがな、俺には剣や槍の才能なんてこれっぽっちもなかったんだ。まして魔法の才能なんてそれこそ微塵もない。………あまりの才能のなさに自分で言ってて悲しくなってくるけどよ、そんな才能のない俺にも一つだけ誰にも譲れないものがあった。────ブリッツボールに掛ける情熱だ」

 

 ワッカはブリッツボールをひょいひょいと操りながら話を続ける。

 

「と言ったって、俺も最初からブリッツボールを武器にしようとは思わなかったさ。実際、最初にガードをやったときは剣を使ってたしな。だが、実戦を経験してみると、さっき言ったように俺には剣の才能がないことがすぐに分かった。ま、そんなこんなで、剣や槍が手に合わなかった俺は、慣れ親しんだブリッツをどうにか実戦で使えないかってことを考え始めたんだ」

 

 もともとビサイド島では、ブリッツの練習をしに行く途中で弱い魔物に出くわすことが多々あって、その都度ブリッツボールをぶつけて魔物を追っ払っていた。

 

 なら、威力と命中率をどうにかすれば十分戦闘で使えるのではないか?少なくとも自分にとっては剣や槍より有効な武器になるんじゃないか?………ワッカはそう考えた。それからは試行錯誤の日々が続く。

 

「威力の方はボールを改造することでクリアーした。公式の試合だったら色々と制限があるけどよ、実戦ではそんな制限はないからな。ボールの表面を硬い材質で覆い、重量を調整してさらに当たった時にその衝撃で鋭い刃がでるように仕込んで威力を上げたんだ」

 

 もっとも、硬い材質を使ったことや仕込んだ刃で威力が上がったのはよかったが、逆にその刃で自分が傷つく危険性も十分にあった。しかし、そこは補球技術を徹底的に磨くことでクリアーした。というか、その捕球技術を磨くことが一番苦労した。

 

 ボールと直に接触する手足は生傷が絶えず、掌は跳ね返ってくるボールを受け止める衝撃で幾度となく膨れ上がった。だが、愛するブリッツの延長でユウナを守れると言うならそんな痛みは何てことはなかった。

 

「命中率なんかに関しては、足場を固めて動かず、じっくり狙いを定めることで飛躍的に上がった。それに魔物どものほとんどは本能に従って行動するから動きが読みやすい。はっきり言って試合でボールを奪おうとする百戦錬磨の相手選手の隙を掻い潜ってパスを通す方がよっぽど難しかったな」

「………なるほど、ワッカにしては考えてんだな」

「ふふん、まあな………って、ちょっと待て、ワッカにしては、てどういう意味だ!?」

「そのまんまの意味だけど?」

「ぅおい!なんじゃそりゃ!?俺は断固として前言の撤回を要求するぞ!」

 

 ワッカは、俺の少しからかいの混じった言葉に猛然と抗議する。俺はワッカの抗議の声をはいはい、と言って聞き流しながら少しワッカの評価を修正した。勿論いい方に。

 

 確かにルールーの言う通りワッカは優柔不断で周囲に流されやすい部分もあるが、やはりそれだけの男ではなかったようだ。ブリッツボールを用いた戦闘など、恐らく大召喚士にしてブリッツの名プレイヤーとして名を馳せたオハランドでさえ考えなかったものを、ユウナを守るためにおよそ尋常ではない修練をつみ、実戦可能な域にまで引き上げたワッカ。

 

 その点に関しては本当に凄いと思うし、素直に尊敬できる。けど、

 

「ワッカ、うるさいわよ」

「う………す、すまん」

 

 ルールーの冷たい視線を受け、へこへこと低姿勢で謝っているワッカの姿を見ていると、その評価も消し飛んでしまいそうだけどな。

 

 いや、むしろ微妙にヘタレな部分もあってこそのワッカか?こりゃあ、どっちにしろ結婚後の主導権をワッカが持つことはありえそうにないな。ルールーの尻に敷かれる様がリアルに想像できる。

 

「ワッカ、ご愁傷様………」

 

 俺はワッカの未来に向かって合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろか………」

 

 俺はスピラ一有名な石段を駆け上がりながら、ポツリと呟く。

 

 ワッカがルールーの冷たい視線を浴び、子犬のように縮こまってしまってからほどなくして、俺達一向は大召喚士オハランドが現役時代にトレーニングを積んだかの有名な石段にたどり着いた。

 

 石段にはいたるところに傷があり、その重厚さは積み重ねた年月の重みを肌で感じさせてくれる。そしてさらにその上には、ブリッツ選手にとってはもはや聖地といっても過言ではないキーリカ寺院が聳え立つ。本当ならここで観光の一つでもしたいのだが、生憎とこれからシンのコケラとのバトルが待っているのでそれは断念した。

 

「体調は良好、魔力もほぼ満タン、フラタニティの点検もOK、回復薬は準備万端と」

 

 俺は必死こいて石段を駆け上がるワッカやオーラカのメンバーをよそに、後方で少しゆっくり走りながら装備や道具の最終確認をする。一通り道具や装備の状態を確認すると、俺は呼吸を整えながらしながらシンのコケラの出現に備える。

 

 そして、それから一分もしない内に上の方から悲鳴があがった。と、同時にワッカの大声が響き渡る。

 

「シンのコケラだ!すぐ来てくれ!!」

 

 俺は両頬をひっぱたき、気合を入れて石段を駆け上がる。

 

 この時俺は、シンのコケラという存在を意識しすぎたがために、もう一匹の魔物の存在をすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 


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