最後の物語へようこそ   作:新藤大智

7 / 29
最後の物語へようこそ 第七話

 階段をかけ上がれば、殻に閉じ籠るように丸くなって身を守るシンのコケラの姿が見える。家一軒分はあろうかという大きさだ。

 

 正面には既に戦闘態勢でシンのコケラと対峙するユウナ達。ワッカとキマリの二人が前衛、その少し後ろにルールーが控え、ユウナは最後尾で杖を構えている。

 

「お前は、ユウナの傍で万一に備えてくれ」 

 

 少し遅れて到着し、前衛に加わろうとしたらワッカから指示が飛ぶ。雑魚が相手ならともかく、俺達はまだお互いにどのような動きをするのか把握しきれていない。そんな状況でいきなり大物相手にしての戦闘は危険との判断だろう。万が一ワッカ達が抜かれた場合の保険という意味でも後衛にいたほうがいいか。

 

「了解。でも、危なくなったら助太刀に入ろうか?」

「へっ、そんな状況には陥らないから安心しろ」

 

 ワッカが力瘤を見せながら任せろと豪語する。その姿に頼もしさを感じるものの、ゲームの時と違って何が起きるかは分からない。いつでも動けるように準備だけはしておく。

 

「さて、そんじゃあ、まずは一発!」

 

 先手はワッカの一撃。鍛え抜かれたな筋肉としなやかなフォームから繰り出される剛速球は、一直線にシンのコケラへと向かって行き、当然の様に命中する。だが、衝撃や内蔵された刃による斬撃は、固い外殻によって阻まれ内部にまでは到達することはなかった。ダメージはほぼないようにみえる。

 

「ちっ、こいつは随分と硬てーな」

「………フンッ!」

 

 次いで攻撃に移ったのはキマリだ。ロンゾ族の獣のような俊敏性と強靭な筋力を存分に発揮した槍での一閃。通常の魔物であれば一撃で幻光虫に還される威力だが、硬く閉じこもっているシンのコケラに対しては外殻に傷をつけるのみ。『かたい』特性を持つシンのコケラにはどうしても物理攻撃は効果が薄い。ならばどうするか?

 

「キマリの槍でも効果なしか。ってことでルー、頼む!」

「はいはい、ここは私に任せなさい」

 

 答えは簡単。物理がダメなら魔法を使えばいい。ルールーは、シンのコケラを一瞥すると魔力を身に纏いながら呪文の詠唱を始める。

 

 黒魔法とは、世界のそこかしこにある四大の精霊力(火雷水氷)を引き出すことにより、超常の現象を引き起こす術のことを示す。精霊力を引き出すための呼び水として己の魔力を放出し、引き出された力に命令を与えるキーワードとして呪文を詠唱。この二つの工程を経ることにより魔法が発動する。

 

 今回ルールーが唱えている魔法はファイアという初級の魔法だ。初級なだけあって、魔力の低い者が使えば火種程度にしかならない魔法なのだが、熟練の黒魔導士が使えば魔物に対する有効な攻撃手段となる。三秒にも満たない僅かな時間。高速で詠唱を終えたルールーは、最後のキーワードを呟く。

 

「ファイア」

 

 その一言で周囲で急速に精霊力が高まる。魔力に惹かれて集まってきた炎の精霊力は、呪文という命令を受諾して具現化。そして、敵を焼き尽くす───はずだった。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の声を上げたのはワッカだ。魔法が顕現する直前、シンのコケラの左右から触手が地面を突き破って出現した。そして、触手は一瞬輝いたかと思うと、ルールーの魔法を吸収してしまう。………やっぱりいたか。姿が見えないと思ったら、地中に隠れていたようだ。

 

「おいおい、まじかよ。そんなのありか?」

 

 左右から新たに表れた触手を警戒しながら悪態をつくワッカ。だが、魔法を吸収された当のルールーは、この事態も予測済みなのか涼しい顔のままだ。

 

「魔法を吸収する敵は珍しいけど、いないことはないでしょ。それに、わざわざ触手の方が出てきて魔法を吸収したのだから、殻に閉じこもっている本体と思わしきシンのコケラに魔法吸収能力はなさそうよ。ワッカ、キマリ、先に触手の処理をお願い」

「あいよ!」

「………(コクン)」

 

 流石に二度の旅に出ているだけあって冷静だ。自身の攻撃が吸収されても動じることなく、相手を観察し、瞬時に対処法を考え出す。

 

 触手の方にはかたい特性がない。よってダメージは普通に通るのでワッカが左の触手をキマリが右の触手を受け持ち、それぞれに攻撃を加えていく。時折、触手がその鞭のような触腕をしならせて襲い掛かるが、前衛の二人はなんなく躱すと攻撃の手を緩めず、ものの数分で触手を蹴散らすことに成功。残るは、未だに殻に閉じこもったままの本体のみ。それを確認したルールーは、薄く笑うと先程と同じ呪文を繰り返す。

 

「今度こそ喰らいなさい、ファイア」

 

 邪魔するものがいなくなった今、ルールーから解き放たれたファイアは本体に直撃。かたい特性も、魔法の前には無意味だ。物理的な攻撃には無反応だった本体が、殻の中で身じろぎを繰り返して苦しんでいるように見える。

 

「ヒュー、相変わらずスゲー威力だぜ」

「この程度は一人前の魔導士なら誰でもできるわ。それより無駄話している暇があるなら、あんたも攻撃の手を緩めないで」

「へいへい、わかりましたよっと!」

 

 ルールーの魔法で外殻も脆くなってきているのか、ワッカ、キマリの攻撃も徐々に外殻を削り取っていく。

 

 それにしても、今更だが、本体はどうして触手と一緒に仕掛けてこないのか理解できない。ゲーム時においては、ある一定以上のダメージを受けないと本体は殻から出てこない特性があった。そいつを利用して、まずは触手から片付けて、残る本体をユウナの召喚かルールーの魔法で焼き払う流れが基本的だ。その時は、そういう仕様だから、と疑問にも思わなかったが、こうして目の前でその光景を見ると本当に理解できない。魔法を吸収する触手と本体で同時に攻撃されると結構苦戦したはずだろうに。いや、そのほうが楽でいいんだけどさ。

 

「みんな凄いね。私の出る幕が全然ないよ」

 

 ユウナは誰かが怪我をしたときの為、いつでも回復魔法を放てるようにしているが、少し手持ち無沙汰になっているようで話しかけて来る。

 

「本来はそれが一番いいんだけど、何もしないでいるのも、ちょっとね」

「確かに、俺達だけのほほんとしているのも悪い気がするな」

 

 ちなみに、ユウナは白魔法の中でエスナやケアルなどの回復魔法しか使えないらしい。ゲームの時のようにスフィア板を進めていけば、誰でも簡単に白魔法も黒魔法も手に入れられる訳ではない。時折、戦闘中に魔法を閃いたりする人もいるらしいが、基本的には呪文を教わる座学と、実際に呪文を詠唱しての実践を経て覚えていく形だ。

 

「だけど、そろそろ出番もあるかもよ」

「え、なんで?このまま倒しちゃいそうだよ?」

「いやいや、流石にこのままで終わるってことはないと思うよ。………ほら」

 

 俺とユウナが話している間もガード総出の猛攻は続いていた。そして、とうとう耐えきれなくなったシンのコケラが、ようやくその本性を現す。外殻の中から出てきたシンのコケラは、両手に数本の触手を持ち、まるで食虫植物を思わせるフォルムをしていた。本体に目らしきものはなく、どうやって俺達の位置を捕捉しているのか分からないが、両手にある触手で攻撃を仕掛けてくる。

 

「いっつ!」

 

 狙いは前衛の二人。二人は触手を躱したり、ブリッツボールや槍で迎撃したりするが、先ほどの触手とは比べ物にならないほどの怒涛の連続攻撃が襲い掛かってくる。そして、ついに避けきれなくなったワッカが攻撃を貰ってしまった。傷自体はそこまで深くはない。だが、初めて仲間が負傷するところを見たユウナは血相を変えて回復魔法を放つ。

 

「ワッカさん!暖かき癒しを、ケアル!」

 

 魔法の発動と同時にワッカの体が淡く発光し、傷は即座に跡形もなく消え失せる。

 

「悪いな、ユウナ。助かったぜ」

「は、はい。でも、気を付けてくださいね」

「おう!」

 

 攻撃を喰らって気が引き締まったのか、その後は危なげなく触手を避けながら攻撃を続ける。

 

「まったく、油断してるからそんな攻撃に当たるのよ」

「いや、ほんとすまんかった。なにせ最近はビサイドでのぬるい魔物との戦闘ばっかりだったからな。動きが錆びついちまった」

「ならとっとと錆びを落としなさい」

「あいよっと!」

 

 一度体勢を立て直すと、ワッカ、キマリ、ルールーの猛攻が再び始まる。ルールーの魔法は元から効いていたが、硬い外殻に籠っていたときには殆ど効果のなかったワッカ、キマリの攻撃も通るようになり、着実にダメージを重ねていく。

 

「最後に強烈なのをお見舞いするわ。詠唱が終わり次第下がって頂戴」

「了解!」

 

 いくら高い体力を誇るシンのコケラとはいえ、物理と魔法の両面から攻撃を仕掛け続ければ、そう時間はかからずに削り切ることはできる。三人の猛攻に晒されたシンのコケラは瞬く間に虫の息だ。だが、ここで油断することなく、ルールーは火力を一段階上げる。通常の魔物と違い、シンの体の一部であるコケラは、完全に滅する必要があるためだ。

 

 シンは自分の身から剥がれ落ちたコケラの存在を感じ取れば、それを回収しに来る習性がある。もし、滅しきれなければ、またシンが戻ってくる。そうなれば次こそ本当に壊滅してしまうだろう。植物系のシンのコケラに逃げられるとは思わないが、リスクは完全に消し去るに限る。

 

「これで終わりよ。燃え尽きなさい、ファイラ!」

 

 ファイアをガスバーナーとするのならばファイラは火炎放射器といったところか。大量の魔力に惹かれてやってきた精霊力はファイアの比ではなく、呪文の詠唱が終わると同時、高さが十メートル以上にもなる火柱が出現した。ただでさえ虫の息だったシンのコケラには、なす術もない。そのまま火柱に飲まれ、最後に断末魔を上げると幻光虫へと姿を変えることとなった。

 

「………討伐完了ね」

「流石だなルー。やっぱ頼りになるぜ」

 

 相変わらず調子のいいワッカに、溜息を吐きながらもそうねと答えるルールー。キマリは念のためにシンのコケラが出現した場所を確認している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で殆ど観客と化していた俺とユウナは、今の戦闘を見ていて圧倒されていた。

 

「みんな凄い………」

「だな、特にルールーの火力は尋常じゃないな。個人であそこまでの火力をぶっ放せるなんて………ん?というかユウナはファイラ見たの初めてなのか?」

「ビサイドで出る魔物はかなり弱いらしいから、魔法は使ってもファイアくらいかな。だから、今回初めてファイラの威力を見てびっくりしたよ」

 

 スピラの中では、比較的平和なビサイド島。そこは死者の思念が薄く、魔物もそれほど強くなることがないため、戦闘は初級魔法で十分だったりする。中級魔法を使うなど明らかにオーバーキルもいいところだ。ゲームの時のように経験値が多く貰えるならともかく、ここではそのような保証はない。というか、ファイラ等のラ系でこれほどの威力だと、ファイガ等のガ系の威力はどうなってしまうのか恐ろしいくらいだ。

 

「ルールーがいれば火力に困ることもなさそうだし、知識に経験も豊富で頼もしい限りだな」

「うん。ワッカさんやキマリも凄く頼りになるけど、ルールーが居てくれるととっても頼もしいよ」

 

 その表情を見れば、どれほどの信頼を寄せているのが分かる。特にルールーに一際高い信頼をおいているようで、文字通り全幅の信頼を寄せているようだ。三人の事を話すユウナは、とても誇らしげな表情だ。

 

「今日改めて思ったけど、みんな本当に凄いと思う。でも、それに比べて私は………」

 

 だが、自分のことになると表情に陰りが出てきた。

 

「召喚獣はとても強力だけど、いつも呼び出せるわけじゃない。特に私は、まだ一体しか呼び出せないから、誰かが召喚中だと何もできない………」

 

 少し自嘲気味に呟くユウナ。恐らく、今のユウナの脳裏には、船の上で召喚できなかった記憶が蘇っているのだろう。仮に召喚できたとしても、究極召喚でない以上結果は変わらなかったはずだ。だが、それでももしかしたら………と思ってしまうのがユウナという少女だった。

 

 昨日、初めてシンという脅威を目の当たりにして少し気弱になっているのか、どんどんネガティブな思考に沈みかけている。どれほど大人びていても、どれほど気丈に振る舞っても、ユウナはまだ十七の女の子だ。キーリカの惨状を目の当たりにして、落ち込んでしまうのも無理はない。

 

「大丈夫だって!今から二体目も呼び出せるようになるんだろ?それに、ユウナには回復魔法があるじゃないか。それがあるから、皆安心して前に出ることが出来るんだよ、きっと」

「………そうなのかな?」

「そうそう、さっきだってワッカの怪我を治して勝利に貢献してたじゃないか。そんなユウナが何も出来ない、なんて言ったら、のほほんと見てるしかなかった俺の立場が………あれ?というか、俺ってば、今の戦闘は本当に何もしてないじゃん!」

 

 おどけた様に言ってみせる。大根演技もいいところだが、表情を和らげてくれたくれたので良しとする。

 

「励ましてくれたのかな?………ありがとう」

「俺は本当のことを言ったまでなんだけど。まあ、どういたしまして」

「それなら、私も言うけど、ティーダだって私の護衛をしてくれてたよね。そうじゃなければ、前衛に出て活躍できてたでしょ?」

「うーん、どうだろうな。震えて役立たずのまま、ルールーに怒られてたかもしれないしな。あんた邪魔よ、丸焦げになりたくなかったら後ろに下がってなさい!ってさ」

「ふふ、ルールーはそんなに怖くないから大丈夫。でも、それ以上言うと本当に怒られちゃうかもよ」

 

 しー、と人差し指を立てて口元にあてながら、微笑を浮かべる。その仕草に思わず息を飲んだ。

 

 ───綺麗だ。

素直にそう思い、少しの間見惚れてしまう。太陽のような大輪の笑顔ではないが、月のように神秘的な笑顔。語彙に乏しい俺では表現しきれないが、世界で一番綺麗な笑顔だと本気で思った。

 

「どうしたの?」

「………あ、いや、大丈夫。な、なんでもないっす」

 

 小首を傾げながら覗き込んでくる。俺は、はっとして我に返るが、心臓の音が今までにないくらいにうるさく聞こえてくる。チョロインか俺は!と内心で突っ込みをいれて、深呼吸を繰り返す。平常心には程遠いが、なんとか落ち着きを取りもどした。

 

 

───だからだろうか?ユウナの背後にある森の中から奇襲を仕掛けて来る『そいつ』に気が付けたのは。

 

 

「………なっ!?」

 

 完全に無警戒だった。大物を退治し、気持ちが緩んでいるところを奇襲されてしまう。

 

 森の中から凄まじいスピードで迫りくる触手。ずんぐりむっくりした巨体に、四本のツタのような触手を振りかざしたフォルム。脳裏に一匹の魔物の情報が浮かび上がった。

 

 くそったれ、思い出した!そういえばいたな!『はぐれオチュー』って奴が!!

 

 キーリカ寺院に行く途中にある森には、はぐれオチューという魔物が生息している。こいつは気性が荒く、討伐隊ですら手を出しあぐねている森の主だ。炎が弱点なのでルールーの恰好の餌食だが、そこそこ高い体力があるので少し面倒くさかった記憶がある。

 

 シンのコケラに気を取られ過ぎたというのもあるが、本来であれば、森でルッツとガッタに出会った時に警告を受けるはずだった。だが、今回は二人と出会わなかったため、その存在をすっかり忘れていた。それがここに来て仇になってしまう。

 

 オチューは自分の縄張りで暴れた俺達が気に入らないのか、殺意だけはヒシヒシと伝わってくる。

 

「ユウナ!避けろっ!」

「………え?………ぁ」

 

 避けろとは言ったが、背後からの鋭い攻撃は既にユウナの目前まで迫っている。不意打ちに動きが硬直しているユウナでは、避けることはできそうにない。

 

 触手の先にはまるで大鎌を思わせるほど鋭い爪。ぬらぬらと不気味に濡れているのを見るに、ご丁寧に毒までついているようだ。あれを受けてユウナが無事で済むか?

 

 ………無理だ。ゲームの時と同じで攻撃を受けたとしてもHPが減るだけとはいかない。そのまま引き裂くつもりか、捉えるつもりでいるのかは分からないが、どちらにせよかなりのダメージを負うのは必至。最悪の場合は、そのまま………

 

「っ、ざけんな!」

 

 ユウナの死、それを僅かにでも考えてしまった瞬間、自分でも驚くほどの激情が沸き上がってくる。

 

 俺は、ゲームの中でのユウナを一方的に知ってはいるが、実際に知り合ってまだ数日しか経っていない。だが、そんな短い間でもユウナがどれだけの思いで旅を決意したのか、その一端くらいは俺にも直に感じ取ることはできる。

 

 ───ナギ節をスピラの人々に送りたい

 

 ユウナの根底にある思い。シンの影に怯えることなく、安心して眠れる安息の日々。それは、死の螺旋に囚われたスピラにあって、何物にも代えがたい貴重なものだ。僅か数年で終わってしまっても、そんな素敵な日々をスピラの人々に送りたい。例え、自らの姿が平和になったスピラになかったとしても………

 

 そんな純粋な思いを胸に、自ら死出の旅を選んだユウナがこんなところで終わる?………そんなの認められるわけがないだろうがっ。

 

 シンが現れてから千年。その間に召喚師は幾百、幾千もの数が存在した。だが、実際にシンの討伐を成し遂げたのは僅かに五名のみ。それを考えれば、召喚師が志半ばで死に絶えることは、決して珍しい事ではない。仮にここでユウナが死んだとしても、死が渦巻くスピラにおいては、数ある悲劇の内の一つで終わってしまう。

 

 大召喚師の娘ということで期待が大きかった分、悲しみも大きくなるが、それだけだ。ビサイドの人々は別だろうが、直接ユウナに出会ったことのない人々は、その存在をすぐに忘れ去るだろう。

 

 そう考えただけで、言葉にできない程の様々な衝動が沸き上がってくる。俺は、いつの間にかその衝動に任せて動き始めていた。

 

「ヘイスト!」

 

 反射的に加速魔法を発動。魔力の被膜が体を包み込み、神経の伝達速度、及び運動神経系を大幅に強化する。神経速度の加速により、自分以外の全てがコマ送りに見える光景の中、即座に動き出す。そして、動きの妨げになる邪魔なフラタ二ティを放り投げ、腰のホルスターから一粒のカプセルを取り出すと口に放り込んだ。使わずに済めばいいが、念のための保険だ。

 

 チラッと視線を横に移す。その先では、ガードの三人も動き始めているのが分かる。だが、キマリの槍の間合いには程遠く、ワッカのボールも狙いを定めるための時間がない。ましてやルールーの詠唱など到底間に合いそうにない。やはり、一番近くにいる俺がどうにかするしかない。

 

 視線を戻せば、死神の鎌にも思える攻撃は、ユウナの目と鼻の先にまで迫っていた。

 

 正直に言えば、今すぐに逃げ出したい気持ちもある。大鎌のような爪が迫ってくるのに、それに自分から向かっていくなど正気の沙汰じゃない。だが、元々護衛を頼まれたのは俺で、それを了承したのも俺だ。自分の役割くらいきっちり果たしてみせる。何より、万が一にもユウナを死なせてたまるか!と、沸き上がる感情が歩を前に進める。

 

 硬直しているユウナの腕を引っ張り、後ろから抱きしめる。そして、くるりと俺とユウナの位置を入れ替える。勿論そのまま素直に肉の盾になるつもりはない。即座にその場から離れようと地を蹴る。だが、いくらヘイスト状態であるとしても、人一人を抱えてそこまで素早い動きが出来るはずもなく、無防備な背中に攻撃を受ける。

 

 背中が引き裂かれる、というよりは抉られる感触。最初は痛いではなく、むしろ熱いと感じたが、次の瞬間には叫ぶことさえできなかった。みっともないが、あまりの激痛に涙が出て目の前が霞んで見える。

 

「~~~~っっ!!」

 

 歯を食いしばって耐えると共に、口に放り込んだカプセルを即座に噛み砕く。

 

 カプセルの中身は何かと言えば、濃縮したハイポーションが入っている。初めてポーションを使用した時は即座に傷が治ることに感動したが、よくよく考えると、戦闘中に瓶の蓋を開けてから飲んだり、患部にかけたりは、不便だとも思った。なるべく早く無駄なく、回復するのにどうしたらいいのか?色々考えた末に思いついた手段が、カプセルにして口に含んでおくことだった。これなら傷を負った瞬間、カプセルを噛み砕くだけで即座に回復することができる。わざわざ特注で作ってもらうのに時間と金が飛んだが、念の為に準備してよかったと本当に思う。

 

 噛み砕かれたカプセルからポーションが溢れ出し、即座に背中を癒し始める。流石にカプセルに入るほどの少量では全快とまではいかないが、痛みは大分ましになった。これならなんとか動けそうだ。

 

 ユウナを抱えながら三人の近くにまで駆ける。途中でヘイストが解けてしまったが、なんとか追撃を受けることなく逃げ切った。

 

「ユウナ、回復魔法、よろ、しく………」

「ティーダッ!だ、大丈夫!?怪我はどこ!?………っ」

 

 危機を脱して気が抜けたせいか、ユウナを解放してその場にへたり込む。毒が回り始めたのか、その場から一歩たりとも動ける気がしない。

 

 解放されたユウナは一瞬呆けていたが、すぐさま状況を認識すると、俺の背後に周り、息を飲む。………そんなに酷いのか?自分の背中だから見えないが、怖い物見たさでちょっとみたくもある。これでもポーションである程度ましになったはずなんだが、なかったら相当やばかったってことか。

 

「聖なる浄化を!エスナ!絶大なる光の癒しを!ケアルラ!………どう?大丈夫?他に痛みはない?」

 

 状態異常回復魔法のエスナと、ケアルの上位魔法、ケアルラが発動する。ポーションとは比べ物にならない程の癒しの力が俺に降り注いだ。

 

 回復魔法を受けるのは初めてだが、これは凄いな。傷口が盛り上がり、癒えていくのは少しむず痒い気もするけど、とても心地いい感覚を覚える。なんというか、凄く疲れた時に入る温泉?いや、それよりもずっと心地よい気がする。時間にして十秒も経ってないだろうが、痛みは完全に消え去った。恐る恐る背中に手を伸ばすが、抉れてるといったことはなく、普通の肌に戻っている。

 

「おお、すげーっ!ばっちり治ってる。もう全然痛くない」

「………よかったぁ」

 

 安堵の溜息を漏らすユウナだったが、怪我が治ったことを確認すると、今度は唇を噛みしめて俯く。

 

「私が動けなかった所為………だよね。だから、あんな怪我を………本当にごめ「違う」………え?」

 

 ユウナの性格上、こうなるのは分かり切ったことだったが、違う、俺は謝罪の言葉が聞きたい訳じゃない。

 

「俺はワッカから護衛を頼まれて、それを了承した。つまり、俺がユウナの身を守る責任があるのは当然のことだよ。背中の怪我だって、回復魔法で即座に治してくれたし、それでチャラだろ」

「で、でも………」

「でも、じゃない。ユウナは守られた。そして、俺は責任を全うした。それでいいんじゃないか?………もし、それでも何か言いたいことがあるのなら、俺としては謝罪の言葉じゃなく、もっと別の言葉が欲しいかな」

「別の……言葉?………あ………」

 

 謝罪じゃない、まだ言ってない言葉があることに気が付いたようだ。ユウナは、少しぎこちないながらも、笑顔を作ると、その言葉を口にした

 

「あの、助けてくれて、本当にありがとう」

「どういたしまして。俺の方こそ治療してくれてありがとうな」

「………うん。でも、またティーダに励まされちゃったね」

 

 言いながら、頬に手を当て少し恥ずかしそうにするユウナ。それだけであの激痛に耐えた価値は十分にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で俺とユウナを守る形で陣形を組んだ三人は、はぐれオチューが向かって来るのを待ち構えていた。わざわざ森の中で戦うよりも、広場の様になったこの場所のほうがずっと戦いやすい。ただ、触手のようなツタでの攻撃はかなりの速度だったが、本体の移動速度は人の歩みよりも遅いので少し時間がかかっている。

 

「本当によくやってくれた。お前がいなかったら、肝が冷えるどころじゃなかったぜ………」

「………キマリでは届かなかっただろう。お前の行動に感謝する」

 

 ワッカ、キマリは、今度こそ油断なく敵に向かい合い、背中越し言葉をかけてくる。だが、二人の気持ちは伝わってくる。ルールーは振り向いて俺に目を合わすと、今までに見たことがないくらいに柔らかい眼差しを向けてくる。

 

「ユウナを助けてくれて、本当に感謝するわ。………それにしても、ワッカに油断するな、なんて偉そうなこと言えないわね」

 

 感謝の言葉を口にすると、今度は自嘲気味に呟く。目に入れても痛くない程可愛い妹分を危険に晒したのは、相当に堪えたようだ。そして、またオチューへと向かい合った。

 

「まあ、なんにせよ───ユウナを狙った以上、楽に死ねると思わないで頂戴ね」

 

 振り返る途中、一瞬だけ見てしまった眼光は、今までと比べものにならないほどに鋭かった。………はぐれオチューの末路はもう完全に見えたな。

 

 

 その後、都合八度の雷鳴が辺り一帯に響く。炎ではなく、わざわざ雷の熱量でじわじわ焼かれ、そして引き裂かれる。無残な姿となったオチューは、幻光虫となって消え去っていった。

 

 

 

 

 




精霊力云々に関しては若干の捏造も入ってますが、基本的に公式設定です。個人的にピンとこないですが、こんな感じで説明にありましたので捏造を混ぜ込んでこんな形となります。
ポーションはオリ設定です。濃縮できるのか分かりませんが、ここではできるという設定で。
最後に、ちょっとご都合主義的にユウナを打たれ弱くし過ぎた感がありますが、このssでのユウナはこんな感じとなります。徐々に成長していくかもですが、旅の最初は落ち込むことも多かったりします。

nekotoka様 誤字報告ありがとうございます。とても助かります。m(__)m

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。