想像以上にボロボロですね(笑)
紫音がブランシュ壊滅について許可をもらった一週間ほど後のこと。
それは突然起こった。
『全校生徒の皆さん!』
授業が終わり、さぁ帰ろうと準備している者が多くいる中で、耳を塞ぎたくなるほどの大音量が校内で鳴り響いた。多くの生徒が耳を塞ぎ、不快感で眉を顰めている。
それは達也たちも同じだった。
『――失礼しました。全校生徒の皆さん!』
今度は正常な音量がスピーカーから流れる。どうやら音量調節をミスしただけらしい。どことなく申し訳なさが乗っていた。
「どうやらボリュームの絞りをミスったようだな」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
達也の呟きにエリカがツッコミを入れる。
確かに、このような放送があるなど通常とは思えない。事実、この放送は不正なものだった。
『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!』
先日から火種がくすぶっている二科生による運動。そしてその背後にいるブランシュ。
それらが形となって現れたのが今回の放送らしい。
達也はそう判断した。
これから風紀委員として呼び出しがかかるだろう。そう思ってデバイスをチェックすると、風紀委員専用コードによる連絡が入ってきた。
「行かなくていいの?」
「ああ、行ってくる」
達也はエリカに背を向けて走り出した。達也が風紀委員であることを知るクラスメイトは、それとない応援を送る。不安そうな表情と共に送られる応援を背に、達也は放送室へと向かったのだった。
すると、途中で放送室へと向かう深雪を見つける。
「あ、お兄様」
「深雪も呼び出されたのか?」
「はい、会長から放送室の前に来るようにと」
二人は並んで走りつつ、会話を交わす。
「やはりこれはブランシュの……? 紫音さんが言っていたテロの一環でしょうか?」
「いや、そこまでは分からない。今回は全て紫音に任せているからな。こんなことなら詳しい資料を貰っておけばよかった」
しかし後悔先に立たず。
有志同盟とやらに、どういう意図があって今回の件に走ったのか不明なまま現場へと向かう。放送室前には既に紫音を除いた風紀委員全員と、真由美を除いた生徒会全員、そして十文字克人が揃っていた。
「遅いぞ司波」
「すみません」
達也は形式上の謝罪をして現場の観察をする。
放送室の前で固まっていることから、扉は固く閉ざされているのだろう。立てこもっている犯人は何らかの手段で鍵を強奪したということになる。
「ここまで来ると犯罪ですね」
もはや悪戯で済まされるレベルではない。ルールを超えた手段を取った以上、それは犯罪者と同じだ。
「ここは慎重に動き、彼らを暴発させないように対応するべきでしょう」
「いや、だからと言って相手がこちらのペースに合わせてくれるとは限らない。早急な解決こそが必要だと思うぞ」
市原鈴音と渡辺摩利は対極の意見を出して口論する。正直、どちらの意見も一理あるので、決めかねているのが現状だ。その結果が今の停滞なのである。
達也は出しゃばり過ぎかもしれないと思いつつ、これまで意見を発してこなかった十文字克人へと話を振ってみた。
「十文字会頭はどのようにお考えですか?」
「俺は彼らの要求に応じても良いと考えている。彼らは交渉を求めているわけだ。元より誤解が招いた結果なのだから、公に話し合える場が出来るなら願ってもない。それに、ここで事実関係をハッキリさせなければ、いつまでたっても憂いが残ることになるだろう」
「では、このまま待ち続けますか?」
「それは難しいところだ。早急に話し合いを持ちたい反面、学校の設備を壊してまで急ぐ必要もあるまいとも思っている」
克人の意見は鈴音に近い。多数決の原理で考えるならば待機を選択することになるだろう。摩利の不満そうな視線が突き刺さる中、達也はおもむろに携帯端末を取り出した。
このタイミングでなぜ、と誰もが思ったが、達也は説明もなく電話をかける。数回のコールが鳴った後、相手が電話に出た。
「壬生先輩ですか? 司波です」
まさかの電話相手に皆がギョッとする。
「それで今はどちらに…………はぁ、放送室ですか? それはお気の毒です」
その瞬間、周囲にも分かるぐらいの音量で何かを叫んでいる音がする。達也はそれを直に受けてしまったからか、一瞬だけ携帯端末を耳から離した。
しかし、それでも落ち着いた声で説得を試みる。
「落ち着いてください。十文字会頭は交渉に応じると仰っています。それに生徒会も……今、了解が得られました。そういうわけで、交渉の場所や日程の取り決めをしたいのですが……ええ、今すぐお願いします。
大丈夫です。先輩の自由は保障されます。それにまだ警察沙汰にもなっていませんが、出来れば早めの対応をお願いします」
電話での交渉は成立したのか、達也は端末を仕舞う。
すると摩利は首を傾げながら達也に尋ねた。
「今のは壬生紗耶香か?」
「はい、以前からカフェで話す仲になっていまして、その関係でプライベートナンバーも。こんな風に役立つとは思いもしませんでしたが」
「なんだ。君も手が早いな」
「誤解を招く言い方は止めてください」
主に深雪に向かって言い訳する達也。流石の深雪も、この非常事態で兄の腕をつねるようなことはしないらしい。
達也も誤魔化すようにして摩利に進言した。
「では取り押さえる態勢を整えましょう」
「は? 自由を保障するのではなかったのか?」
「壬生先輩の自由は保障しました。それに約束したのは個人としての俺です。風紀委員は関与していませんね」
つまり、言外に壬生紗耶香の他は自由を保障しないと言っている。更に、取り押さえない約束をしたのは達也だけであり、風紀委員自体は関係ないということだ。
これには摩利だけでなく、鈴音や克人も呆れた。
そして余裕が生まれたのか、摩利はふとあることに気付く。
「ん? そういえば四葉の奴がいないな。何しているんだ?」
よくよく周りを見れば、紫音は何処にもいない。摩利は風紀委員全員に招集をかけたので、連絡が届いていないということはない。それに、これだけの事態なのだから風紀委員が出動することぐらい分かるはずである。
摩利はサボりを疑ったが、それを否定したのは克人だった。
「いや、四葉は例の事をしている。だから今日は学校に来ない」
「例の……ああ、アレか」
摩利は一週間ほど前に聞いた話を思い出した。紫音がブランシュのアジトをテロ部隊ごと壊滅させるという話である。それが今日だったのは初めて知ったが。
「ならばこちらもしっかり働こうか。今頃、真由美の奴も教職員共に色々と手をまわしているだろうからな」
そして直ぐ後。
放送室から出た今回の実行犯たちは取り押さえられた。勿論、壬生を除いて。
壬生は話が違うと抗議したが、達也も嘘はついていないと反論。丁度そこに教職員と話を付けてきた真由美が登場し、交渉についての話がまとまる。
結果、壬生たちは一度釈放され、交渉の場所や日程についての話し合いをすることになったのだった。
◆◆◆
まだ空が青い時間帯の夕方。
紫音は第一高校の近くにある廃工場へとやって来ていた。自身の情報網を使って調べ上げたブランシュのアジトであり、テロ部隊の駐屯地、そして仕入れた武器の管理場所でもある。
既に周囲は黒羽の部隊によって包囲され、あとは紫音が殲滅するだけとなっていた。
「さて、行こうか」
紫音が呟くと、暗黒が巨大鉄格子の門を破壊する。一方向に進み続ける光の乱舞によって、障害物など紙切れのように吹き飛んだ。
それだけ派手に壊せば、当然のように気付かれる。
廃工場からテロ部隊の一部が出てきて、紫音を見つけた。彼らは銃を構えながら叫ぶ。
「敵襲だ! 殺せ!」
アジトを見られた以上、帰すわけにはいかない。イコール殺害だ。
躊躇いなく引き金が引かれる。
子供一人を殺すのに機関銃など必要ないと判断したのだろう。単発の拳銃から発砲された。
パンッと乾いた音が響く。
しかし、標的は彼の視界から消えていた。
「なにっ!?」
そして再び暗黒の蹂躙。
自己加速術式で銃弾の着弾点から逃れた紫音は、即座に『
さらに暗黒の光は廃工場の壁を吹き飛ばし、紫音はそこからアジトに侵入する。
そこから先は蹂躙劇だった。
「ぎゃああああああああ!?」
「足が! 足がああああああああああああ!」
「いでぇぇぇよおぉぉぉ」
「逃げっ……ぎゃっ!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あ、アンティナイトを早く持って来い」
「化け物だ! 早く逃げろ!」
攻撃速度は光速。
そこにはもはや回避という概念は存在しない。『調律』の性質上、一方向にしか光を飛ばすことは出来ないのだが、武器となる光は幾らでもあるのだ。敵を殺し尽くすのに問題はない。
『
「アンティナイトを使え!」
一部の者たちが持ち直したのだろう。
指輪型のアンティナイトを使い、キャスト・ジャミングを放った。キャスト・ジャミングとは不規則に変化し続けるサイオンノイズによるものであり、魔法師がこれを浴びると魔法発動が阻害される。
イメージとしては、歌っている最中に他の曲を幾つも同時に流されるようなものだろう。そんなことをすれば自分の歌うべきメロディーとリズムが狂わされてしまう。これと似たような仕組みを引き起こせる希少物質が、アンティナイトなのである。
アンティナイトは希少な軍需品なので、一般では手に入らない。
テロ組織とは言え手に入れている以上、相応のバックが付いているということである。
「ま、大亜連合ってところだろ」
紫音はそう言いながら『調律』でサイオンノイズを整える。そして空間を埋め尽くすほどのサイオンを逆に掌握し、自身の魔法に変えた。
「これだけのアンティナイト。折角集めたのに意味がなかったな」
これまでにないほどの数で展開された『
「な、何故アンティナイトが効かない!?」
「アンティナイトのサイオンノイズなんて、俺にとってはエネルギーの宝庫だ。覚えておくといい。世の中にはアンティナイトで逆に強化されてしまう魔法師がいるってな」
「ぎゃっ!?」
「まぁ、覚えても意味ないけど」
サイオンノイズは様々な波長を持つ波だと考えることが出来る。ランダムに変化するサイオン波が魔法発動を邪魔するならば、『調律』で整えてしまえばよいのだ。そして紫音のサイオン波形に変化させてしまえば、逆にそれらは利用できるサイオンとなる。
サイオン量の少ない紫音にとって、アンティナイトによるキャスト・ジャミングは格好の餌でしかない。
勿論、使用される前に無効化も出来るが、利用する方が効率的である。
「邪魔だ」
廃工場は血の海に沈み、生臭さが充満する。紫音は自身の精神を『調律』することで吐き気を催すような光景に対しても冷静でいられたが、テロリストたちはそうもいかない。
あまりの凄惨さに、発狂寸前の者すらいた。
「な、ななななななんだ貴様はぁ!?」
それはブランシュのリーダーであっても変わらない。
初めて見る地獄の戦場。
死が背後に迫っている絶体絶命の瞬間。
暗黒を操る死神を前に、恐怖で顔を歪めたブランシュ日本支部リーダーは逃げることすら出来ない。いや、逃げるための五体は揃っているが、恐ろしさのあまり逃げるという発想が浮かばない。
「さて、仕上げだな。ブランシュ日本支部リーダー、
紫音は
そして右手で首を掴み、呟いた。
「『シンクロダイヴ』」