系統外精神干渉魔法『調律』。
その応用として脳波リンクを利用した表層意識の読み取りができる。だが、もっと深い領域まで『調律』した場合、それは深層意識や本人すら思い出せない幼少期の記憶にもアクセスできるようになる。
それが『シンクロダイヴ』だ。
「く……」
紫音は
転生特典で貰った演算強化と記憶力強化があってこそ可能な魔法である。
「雇い主はウクライナ・ベラルーシ再分離独立派。そして金の出どころは大亜連合か。調べていた通りみたいだな。第一高校へのテロは父親の再婚で連れ子の……義理の弟が出来たのが始まりか?」
「ひっ……」
「
第一高校内部で情報操作が行われているのは分かっていたが、まさか洗脳まで利用されているとは思わなかった。尤も、マインドコントロールを受けているのは司甲と壬生紗耶香の二名だけのようだが。
「明日に実行予定だったテロで魔法科大学図書館の資料室からデータを盗み出す。ご丁寧にパスワードブレイカーまで用意していたのか。で、その手引きを壬生紗耶香と司甲にさせようとしていたと……」
記憶を探っていく内に、紫音は忘れていた原作知識を思い出していく。
本来なら、今日の段階で壬生紗耶香たちが放送室を占拠し、差別撤廃のために生徒会と部活連に交渉を要求する。そして交渉は受諾され、公開討論会という形を取ることになった。
そして討論会は明日。
更に言えばテロ実行も明日。
放送室の占拠も
厄介な人材は一か所に纏めておきたいという思惑だろう。
「図書館の特別閲覧室にある貴重データは大亜連合に売り渡す……その条件で金やアンティナイトを支援して貰ったと……なるほど、利害の一致というやつか」
三年前、大亜連合は沖縄へと攻め入り、司波達也によって大打撃を受けた。それ以来は小さな小競り合い程度だったが、再び日本へと侵略の手を伸ばしているらしい。
今回の事件もその一環ということだ。
「取引ルート、スポンサーも記憶させて貰った。後は死ね」
「ひぎゃっ!?」
紫音は光を『調律』して司一の額を貫き、絶命させる。
残るはブランシュの幹部級が数名。
問答無用で情報を奪い取り、殺し尽くしたのだった。
◆◆◆
翌日、紫音はブランシュ壊滅について真由美と克人、そして摩利に報告することになった。時間は昼休みであり、いつもの小会議室を利用している。
「――というわけで壊滅させました。主犯……というよりブランシュ日本支部リーダーだった
「ご苦労、四葉」
「ありがとね四葉君。これで憂いなく討論会に臨めるわ」
「あたしが想像していた壊滅より物騒だが……まぁ、よくやった」
第一高校でも事情を深く知る三人には報告が必須。
そう考えて、昼休みにアポイントを取ったのである。真由美と摩利は少しばかり頬を引き攣らせていたが、克人は最後まで表情を変えることなく耳を傾けていた。
(十文字克人。割と残虐な話でも顔色一つ変えないか。流石に手強いな。敵にはしたくない)
正面から戦えば勝てる自信もある。
しかし、十師族とは本来殺し合う間柄ではない。戦うとすれば政治的な方面だろう。精神的にも完成されている克人は、そういった意味で敵に回したくない相手である。
紫音はそんなことを頭の片隅で考えつつ、報告を続けた。
「そして
「なんだと! 他にもマインドコントロールを受けている奴はいるのか!?」
「落ち着いてください渡辺先輩。マインドコントロールを受けているのは今の二人だけです。そして司先輩は霊子放射光過敏症なのですが、それを利用して同じ霊子放射光過敏症の生徒を勧誘していたようです。表向きはこの体質に悩む者たち専用のサークル、実態は二科生であることへの劣等感と一科生への憎悪を刷り込むための集会ですね」
司一は本当に小物だったが、意外と手腕はあったらしい。司甲という中継地点を利用して、見事に第一高校を切り崩していたのだから。
「そしてブランシュの最終目的……それは図書室の特別閲覧室からのみアクセスできる貴重な魔法研究データです。これを奪い取り、大亜連合へと売り渡すつもりのようでした。危なかったですね」
「それが本当なら大事件よ! ……これまで何もできなかったのが悔やまれるわ」
「七草の言う通りだ。これは俺たちの問題だな」
真由美と克人は苦々しい口調で反省する。自分たちが想像していた以上の大事だったのだ。下手すれば手遅れな事態に発展していたことだろうと思うと、今更ながら恐怖が湧いてくる。
そんな中、摩利は不意に紫音へと尋ねた。
「待てよ……もしかして今日の討論会中にテロが起ころうとしていたのか!? もしそうだとすれば、図書館なんぞザル警備だったぞ!」
「それが狙いだったのでしょうね。最低でも七草会長、十文字会頭、渡辺先輩の三名は一か所に縛りつけたかったのだと推察できます。そして差別撤廃の交渉とやらをしている間に、壬生先輩がテロリストたちを特別閲覧室まで手引するつもりだったようですね。御三方が揃っている場所でテロリストたちが暴れ始めたら、必ず鎮圧するでしょう? 彼らはそれを囮にして特別閲覧室に向かうつもりだったということですよ」
「ifの話とは言え、ゾッとするわね」
テロのことを知らなければ、見事に思惑通りの事態へとなっていたことだろう。原作では達也たちが特別閲覧室へと向かっていたので、どちらにせよテロは失敗するのだが。
「さて、渡辺先輩」
「どうした四葉。改まって」
「実は、壬生先輩や司先輩はブランシュが壊滅したことを知りません。そして今日の討論会の間、ブランシュを手引きするべく動きます。そこへ風紀委員を派遣してくださいませんか?」
「……何とも間抜けな話だな。既に起こらないと決まっているテロに加担する生徒か……」
「お勧めは壬生先輩のところに司波達也を。そして司先輩は重度のマインドコントロールを受けているようなので、暴れられても対応できる腕の持ち主をお願いします」
それを聞いて摩利は首を傾げる。
「なぜ司波を?」
「彼は壬生先輩と仲が良いようなので、話し合いで終わるかもしれません。まぁ、念のために渡辺先輩も行って欲しいですね。どうやら壬生先輩は渡辺先輩に因縁があるようです」
「因縁だと?」
「はい、詳しくは本人にどうぞ」
摩利は壬生紗耶香と何があったのか思い出す。
そして辛うじて可能性があると考えたのは、昔に剣の試合を申し込まれたことだ。
これでも摩利は千葉家の剣術道場で門下生をしている。故に剣の腕前もかなりのものだ。尤も、魔法を前提としているので、純粋な剣技ではそこそこ程度だが。
『あの、渡辺先輩の剣技に感動しました。是非ともお手合わせ願えますか?』
『すまないが、あたしの剣では到底、お前の相手は務まらない。だから無駄な時間を過ごさせることになると思う。自分の腕に合った練習相手を見つけてくれ』
『そう……ですか……』
そんなやり取りだったはずである。
しかし、それで恨まれているとすれば逆恨みも甚だしいところだ。
この事件以外に壬生と関わった記憶もないので、摩利はただ首を傾げるのだった。
◆◆◆
放課後、公開討論会には想像以上に人が集まっていた。一科生と二科生の聴講者は半々であり、今回の事案に興味を示されていることが窺える。
そして当然の如く、討論会は真由美の独壇場となった。
差別撤廃同盟という二科生の生徒たちは、所詮、扇動によって行動しているに過ぎない。具体的なビジョンを持たないまま、討論会に臨んでいるのだ。元から誤解である以上、真由美一人でも跳ね返せる。
同盟側は差別されているという主張を繰り返すが、真由美は根拠に基づいて反論を続ける。施設使用制限、部活動費の分配における贔屓……そんなものは初めからない。
最終的には逆に真由美が一科生と二科生の意識改善を訴えかける演説会へと変貌し、何事もなく終了したのだった。
一方、剣道部主将の司甲は焦っていた。
(なぜ、なぜ……)
テロリストを手引きするハズだった。
だが、肝心の兄とは連絡がつかず、指定の場所には誰もいない。どうなっているのかと思考を重ねるが、まるで霞がかかったかのようにハッキリしなくなる。まるで、特定のことしか考えられなくなっているかのような状態だった。
マインドコントロールは科学的根拠に基づいた洗脳だ。大元である司一が消えたところで、マインドコントロールは消えない。
そんな司甲の元に、一人の男子生徒が近づいた。
「随分と挙動不審だな司」
「……辰巳か」
そして振り返ったところを、挟み込むようにしてもう一人が出てくる。
「ちょっと同行願えませんかね司先輩」
「沢木……僕に何か用なのかい? 風紀委員が二人で物々しいね」
誤魔化そうとしているが、逃れることなど出来ない。
何故なら、既に辰巳も沢木も摩利から捕縛命令を受けているからだ。
「悪いがウチの委員長様から逮捕命令が出ているんだわ。なんでも……『心当たりならあるだろう?』らしいぞ」
「そういうわけです。大人しくしてくださいませんか」
「残念だが……出来ない相談だ!」
もはや言い逃れは不可能と判断したのだろう。司は実力行使に出る。相手は魔法に自信を持つ一科生。だからこそ、アンティナイトを使えば逃げることも容易いと考えた。
腕に巻き付けたアンティナイトのブレスレッドにサイオンを流し込み、キャスト・ジャミングを発動させる。しかし、次の瞬間には腹部に鈍痛を覚えた。
「抵抗の意志あり……強硬手段に移らせていただきました」
「勘違いしているようだから教えてやるぜ。沢木はこれでも魔法無しで強い」
「そん……な……」
沢木の拳が鳩尾に突き刺さっていた。
そして司甲は捕獲完了したのだった。
◆◆◆
同時刻、達也と摩利も壬生紗耶香を見つけていた。
「壬生先輩。どれだけ待ってもブランシュは来ませんよ」
「っ!? 司波君! ……と渡辺先輩」
建物の陰から近づいたからだろう。壬生は驚いて後ずさる。その行為が、後ろめたいことをしようとしていることを示しているように思えた。
「すでにブランシュは壊滅しました。愚かなことは止めてください」
「っ! 愚かなことですって!?」
ちなみに、達也は壬生説得に当たり、摩利から詳しい事情を聞いている。ブランシュとの関係も既に知っていた。
淡々と事実を述べる達也に対し、壬生は激昂する。
「差別をなくそうとしたのがいけないことだったの!? 平等を目指したのは間違いだったというの!? 二科生だからって蔑まれて、馬鹿にされて……貴方だって感じてきたでしょう!? 司波君だって不当な侮辱を受けてきたはずよ!」
しかしその言葉は達也に届くことはない。
激しい怒りを達也が理解することはない。
強い情動を消し去る代わりに魔法演算領域を得た達也にとって、壬生の姿は理解しがたいものだった。だからこそ、代わりに摩利が答える。
「それは司波に対する侮辱だぞ壬生」
「……なんですか渡辺先輩。先輩だって二科生を馬鹿にしているじゃありませんか?」
「何の話だ? ……司波は確かに二科生で、多くの生徒から蔑まれている。だが、少なくともあたしは司波を認めているし、司波妹や真由美だって同じだ。ちゃんと司波を見ている奴はいる。それを無視して闇の部分にだけ目を向けるのは侮辱だと言っているんだ!」
珍しく激しい剣幕の摩利に対し、壬生は少しだけ怯んだ。
しかし、今度は摩利の方を睨みつつ叫ぶ。
「だったら……だったらなんで去年は私を馬鹿にしてあしらったんですか! 去年の勧誘週間で先輩の魔法剣を見て……凄いと思って……その剣を見てみたくて練習を申し込んだ! それなのに先輩は『お前では相手にならないから無駄だ。自分に見合った相手を探せ』って……これも私が二科生だから―――」
「ちょ、ちょっと待て! なんだそれは! あたしはそんなことを言っていないぞ!」
「………………え?」
「え?」
見つめ合う摩利と壬生。
落ち着いたところで達也が仲裁に入った。
「渡辺先輩、壬生先輩も落ち着いてください。一旦整理しましょう。まず、壬生先輩の主張については置いておきます。どうやらお二人の間に誤解があるようなので、それを確認しましょう」
「あ、ああ」
「……分かったわ司波君」
そこで、摩利は紫音が言っていたことを思い出す。壬生と確執があるという話だったが、どうやらこのことを指しているのだと理解した。
同時に、何か勘違いが起こっているとも理解できた。
「落ち着いて聞いてくれ壬生。確かに、壬生から練習相手を申し込まれたのは覚えている。だが、その時はこう言ったはずだ。『すまないが、あたしの剣では到底、お前の相手は務まらない。だから無駄な時間を過ごさせることになると思う。自分の腕に合った練習相手を見つけてくれ』とな」
「え……? あれ……?」
「あたしの剣は魔法ありきのものだ。純粋な剣では流石に敵わない。そう思ったからこその断り文句だったんだが……」
「じゃ、じゃあ……勘違いで……」
摩利は無言でうなずく。
壬生はチラリと達也の方に目を向けると、やれやれと言った様子だった。
「い、いやああああああああああああああああああ!」
恥ずかしさのあまり、壬生はその場で蹲って叫び声をあげることになる。勘違いで逆ギレした上に、テロ組織にまで加担していたのだ。事実を知れば、自分のしでかしたことの大きさが見えてくる。
勿論、これらの勘違いはマインドコントロールによるものなのだが、本人には自覚がない。恐らくは一生の黒歴史として残ることだろう。
こうして、ブランシュ事件は本来の歴史よりもちょっぴり平和に終わったのだった。
というわけで入学編は終了です。
始めから原作と異なる流れを作ってみました。
次は九校戦ですね。
暴れますよ~