黒羽転生   作:NANSAN

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感想欄にて参考になる話を沢山もらいました。




九校戦編8

 紫音の試合を見て第一高校が沸き上がった一方、他校では意気消沈していた。それは一高のライバルになり得ると言われていた第三高校も同じである。

 本選に出場する二年生や三年生はともかく、新人戦で戦う一年生は暗い表情だった。

 

 

「あれが四葉なのかよ……」

 

 

 男女含めた第三高校の一年生は一部屋に集まり、唸っていた。彼らの前には大きな画面があり、そこには紫音の試合光景を映している。特に彼らを唸らせたのはアイス・ピラーズ・ブレイクで見せた『闇』だった。

 正式名称、光波振動・収束系魔法『暗黒流星群(ダークミーティア)』。新たに『インデックス』へと掲載されることになった魔法である。勿論、使用者は紫音しかいない。

 通称、『闇』。

 九島烈がそのように称したことで広まった俗称である。

 

 

「『魔王の子(セカンド・デヴィル)』想像以上だったね」

「ああ、だが負けるわけにはいかない」

 

 

 その中でも、二人だけはまだ戦意を喪失していなかった。

 一人は吉祥寺真紅郎(きちじょうじしんくろう)。カーディナル・ジョージとも呼ばれている彼は、『基本コード』を発見したことで有名だ。

 加速・加重、収束・発散、放出・吸収、振動・移動の四系統八種には、それぞれの現象を司る正負の魔法的コードが存在すると言われ、吉祥寺真紅郎はこの中の『加重プラスコード』を発見した。当時十三歳ということもあり、有名になった話である。

 そしてもう一人が一条将輝(いちじょうまさき)。一条家の跡取りにして、三高新人エース。またの名を『クリムゾン・プリンス』。

 明日の決勝戦で紫音と戦うわけであり、恐るべき『闇』を正面から打ち破らなければならない本人である。十師族の一員ということもあり、怖じ気づくわけにはいかないのだ。

 

 

「十二の氷柱を砕くのにコンマ三秒未満。これに対して将輝(まさき)は最速でも四秒。もう気合では埋めきれない差があると思っていい。『爆裂』を十二同時にパラレル・キャストできるなら別だけど……」

「正直な話、無理だな。いつものCADならともかく、競技用のものじゃ、処理が足りない」

「だと思ったよ。それに、彼は恐るべきことにCADを一切使用していない。自前で魔法式を展開しているんだ。とんでもない相手だよ」

 

 

 吉祥寺はやれやれと言った様子で溜息を吐く。

 そんな将輝を見て、一人の女子生徒が声を荒げた。

 

 

「ちょっと! そんな覇気のないままでいいの!?」

「ま、まぁ落ち着いてよ……」

「そうだぞ。事実はしっかりと受け止めるべきだからな」

 

 

 一色愛梨。十師族ではなく、師補十八家の一つだ。

 十師族と師補十八家を合わせた二十八の魔法名家は、家名に一から十までの数字が含まれており、ここから選ばれた十の家が十師族として君臨することになる。なお、十師族は必ず一から十まで揃っている必要はないのだが、現在は丁度、一から十まで綺麗に並んでいた。

 ちなみに、十一以上の数字が家名に入っている魔法師一族は百家と呼ばれており、師補十八家と合わせて『数字持ち(ナンバーズ)』と呼ばれている。百家は、例えばエリカの()葉家などもこれにあたる。

 そして一色は師補十八家といっても、その血統は十師族と同等だ。

 一年生の中でも相応の実力と発言力を持っている。

 

 

「四葉なんかに負けるんじゃないわよ! 気合で勝ちなさい!」

「そんな簡単に言うけどなぁ……」

 

 

 将輝としても、今年の新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクは確実に優勝だと考えていた。

 しかし、ここで現れたのが四葉紫音。

 クラウド・ボールで謎の透明化魔法を見せただけでなく、新たに『闇』という力を見せつけた。『魔王の子(セカンド・デヴィル)』という二つ名は相応しいものだと言える。

 既に一条将輝と吉祥寺真紅郎の頭からは、一高エンジニア司波達也のことなど抜けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会六日目。

 アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦は男女ともに多くの観客が押し寄せていた。

 まず、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの目的は当然の如く司波深雪である。実は決勝に進む三名を第一高校が独占してしまい、大会委員からは三人を同時優勝にする提案がされていた。

 明智英美(あけちえいみ)こと通称エイミィは体調不良を理由に賛同したのだが、雫と深雪は白黒つけたいとのこと。そこで、エイミィを三位とし、雫と深雪による決勝戦を行うことになったのである。

 高出力振動系魔法による『共振破壊』で攻める北山雫。

 『インフェルノ』という超高等魔法を披露した司波深雪。

 その戦いに誰もが興味津々だった。

 勿論、その美貌を目的とした人物も多くいたが。

 一方で男子アイス・ピラーズ・ブレイクは十師族の対決ということもあり、こちらも多くの観客と関心を集めていた。同じく決勝リーグに進んだもう一人の選手は肩身の狭い思いをしているだろうが、それも仕方がない。ただ、既に午前の試合で二人に負けているので、もはや出番すらない。

 なにせ、世間一般的に見ても、決勝とは『魔王の子(セカンド・デヴィル)』と『クリムゾン・プリンス』の戦いなのだから。

 

 

「ところで、あーちゃん先輩」

「私をあーちゃんと呼ぶのは止めてください!」

「お菓子とか食べます?」

「無視ですか!? 無視なんですね!? だから私を子ども扱いするのは―――」

 

 

 そして紫音は超余裕だった。

 それはもう、あずさを弄り倒せるぐらいには余裕だった。

 弄り過ぎて地味に仲良くなってしまったほどである。既にあずさも紫音のことは怖がっておらず、割と歯に衣着せぬ言葉で言い返すほどになっていた。

 

 

「―――って、聞いているんですか!?」

「聞いていますよ。聞いた端から抜けていますが」

「それって実質、聞いていないってことじゃないですかーーーっ!」

 

 

 面白すぎる。

 紫音はそう思った。

 じゃれてくる子犬と遊ぶような感覚である。

 

 

「おっと、そろそろ時間のようですね。では行ってきます」

「ま、また無視ですか!? 私って先輩なんですよ!?」

「知ってますよ、あーちゃん先輩」

「だから私は中条あずさですーーーーー!」

 

 

 そんな叫び声を背に、紫音は控室を出たのだった。

 特に迷うこともなく通路を歩いていく。その道中では真面目な表情で考え事をしていた。

 

 

(やはりイザクトはまだ手出しして来ないか。予想通り、狙い目はモノリス・コードとミラージ・バット。明日は注意が必要だな)

 

 

 紫音のミッションは色々とある。

 一つは司波達也という超優秀なエンジニアが目立たなくなるぐらい、圧倒的な力を見せつけることだ。二つ目に四葉の力をアピールし、養子とは言え真夜の息子ということを知らしめる。

 これは日本だけでなく海外にも向けたアピールなので、これから後は紫音を調べたり誘拐しようとするスパイも増えることだろう。また、より優秀なスパイが派遣されると思われるので、紫音はそれを捕えて各国に関するディープな情報を根こそぎ奪い取る。

 そして今回の九校戦で一番大事なのがイザクトの企みを阻止することである。

 達也を暴走させないためにも、深雪の安全の確保は大事だ。

 紫音にとっても深雪は大切な友人であり親戚なので、防げる事故は防ぎたい。ミッションの中では一番重要と言えるだろう。

 もはや紫音にとって将輝に勝つのは片手間の話でしかない。

 真剣に戦おうとしてる将輝……哀れである。

 

 

「四葉紫音選手ですね。こちらです」

 

 

 ステージに上がる所で大会スタッフに最後のチェックを受ける。これは大会規定にかかわる不正を犯していないか、ということを調べるからだ。後は服装のチェックもしている。

 このアイス・ピラーズ・ブレイクは特に動き回る競技でもないので、ある程度は服装の自由が認められている。公序良俗に反する服装でなければ、自分にとって気合の入る恰好で構わないのだ。

 そしてその公序良俗に反していないかもチェック項目に入る。

 紫音は何の面白みもない一高制服なので、無難に通り抜けたが。

 

 

「では、頑張ってください」

「どーも」

 

 

 手を振って送り出す大会スタッフを背に、紫音はステージに昇るエレベーターに乗った。アイス・ピラーズ・ブレイクのステージには、下からせり上がる形で登場する。

 向かい合い、お互いの顔を確認し、眼下の氷柱を意識する。

 これがアイス・ピラーズ・ブレイクの始まりだ。

 

 

「一条将輝か」

「四葉紫音……」

 

 

 お互い、声が聞こえる距離ではない。

 だが、口の動きでそれぞれの放った言葉は理解できた。

 決勝リーグは三人による変則的なものになる。決勝リーグ進出を決めた他の選手と一回ずつ試合を行って優勝、準優勝、三位を決定するのだ。

 決勝へと駒を進めていた二高の選手は紫音と将輝によって瞬殺されているので、今から行われる試合こそが真の決勝戦。

 紫音は右手を翳し、将輝は赤い特化型CADを構える。

 そして将輝は、吉祥寺の言葉を思い出していた。

 

 

『ジョージ。どうすれば勝てると思う?』

『防戦……だね。四葉紫音は一秒以内で勝負を決めてくる。勝つにはその一発目を耐えなければ話にならない……と思う』

『情報強化でいいのか?』

『難しいだろうね。あれだけの威力だし、専用の対抗魔法が必要かもしれない。多分、情報強化では確実に破られる。領域干渉でも無理かもしれない』

 

 

 両脇のランプが赤から黄色へと変わる。

 

 

『ならどうする?』

『うん。もう負けても良いんじゃない?』

『は?』

 

 

 そして青色が灯り、試合が開始された。

 紫音と将輝は同時に魔法を使用する。

 特異魔法……つまりBS魔法に近いゆえに、魔法演算領域が専用に最適化されている『調律』は、瞬きよりも早く発動する。

 上空から黒い光が閃き、将輝が魔法式を展開する頃には全ての氷柱を破壊した。

 ブザーが鳴り、勝負は決したことを知らせる。

 ここまで一方的な試合を見せた紫音に、将輝は悔しそうに唇を噛みつつCADを下ろしたのだった。

 

 

『負けるなら負けるでいいじゃないか。これも経験だよ』

『ジョージ……』

 

 

 吉祥寺の言葉を思い出し、将輝は敗北を認める。本番になれば何とかなるかもしれないという一縷の思いも、ここで砕けた。

 そもそも、魔法は根性だけで何とかなるものではない。

 負ける要素は初めからあったし、逆に勝てる要素は一つもなかった。

 しかし、将輝は完全敗北だとは思わない。

 

 

「次は勝つ……!」

 

 

 自分より上の存在がいるなら、超えるまで。

 一条家次期当主として、敗北したままではプライドが許さない。

 将輝は最後にそう言って、ステージから退場したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高陣営に戻った紫音は、当然の如く称賛の嵐を受けた。あの一条を相手にして完勝。それは士気を高める上でも大きなことである。

 特に喜んでいたのは、珍しくも十文字克人だった。

 

 

「よくやったぞ四葉」

「どうもありがとうございます十文字会頭」

「どうした? 優勝したのに浮かないようだが」

「少し……別の心配事もあるもので」

 

 

 まだ確保が終わっていないイザクトのことを考えていたので、紫音は勝者とも思えぬ表情を浮かべていた。周囲からすれば、何が不満だったのかと問いたいほどである。

 しかし、克人としても思うところがあったのか、軽く注意を促した。

 

 

「何を心配している。四葉が心配する理由も分からなくはないが、今はそれを考える時ではないだろう。四葉は勝利した。それも圧倒的な力でな。それが今の全てだ。

 勝者は胸を張れ。

 それが勝った者の礼儀だ」

 

 

 威風堂々。

 克人にはそんな言葉が似合うだろう。

 言葉の一つにすら、そんな力が込められているように感じる。

 摩利の負傷が第三者からの妨害による不正なものである可能性がある、という事実は、当然ながら克人も知っていた。つまり、摩利で終わらず、他にも妨害工作を受ける可能性は残っている。紫音の言う心配事も察していた。

 それでも尚、今は新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの優勝を喜ぶべきだという。

 紫音も克人の言葉を受け入れることは難しいと考えたが、取りあえずは一段落したことを喜んでも良いかと思えた。

 

 

「そうですね。ひとまず、勝ったことを喜ばせて頂きます」

「そうしろ。それに四葉は今日の段階で試合を終えたのだ。あとは俺たちに任せろ。あれだけの戦いを見せてくれたのだから、俺たちも負けるわけにはいかない」

 

 

 克人は九日目と十日目で本選モノリス・コードに出場する。

 新人戦で見せた十師族・四葉家の力は、同じ十師族・十文字家の力をも象徴することになるだろう。十師族は格が違うと思わせるに十分な材料となる。

 

 

「そういえば、女子の方はどうなったんですか? まだ結果を知らないのですが」

「む? どうやら司波妹が勝ったようだ。北山も善戦したようだが、やはり地力で敵わなかったようだな。お前といい、司波といい、今年は本当に逸材揃いだ」

「お褒め頂き光栄ですね」

「謙遜するな。現に、お前たちのお蔭で新人戦は優勝が濃厚だ。勿論、総合優勝もほぼ確実と言っていい」

 

 

 実は、紫音がクラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクで優勝したことにより、本来の歴史よりも多くの点数を稼いでいた。この時点で新人戦優勝も総合優勝も目前の域まで迫っていたのである。

 

 

「では素直に受け取ることにしましょう。あとは十文字会頭も頑張ってください」

「うむ。期待に応えてみせよう」

 

 

 紫音にはまだやることがある。

 いや、試合が終わったからこそ、本格的にやらなければならないことがある。

 そのために……イザクトの計画を潰すために再び動き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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