黒羽転生   作:NANSAN

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はじまり2

 

 五年がたち、紫音は十五歳となった。

 次は高校生であり、一応は魔法科高校への進学が決まっている。決まっていると言っても、試験自体はまだ先だ。更に言えば願書提出も三か月先である。

 だが、紫音の実力からすれば受かるのが当然。

 問題は何処へ行くかだけだった。

 

 

「ただいまーっと」

 

 

 紫音は眠そうな表情を浮かべつつ山梨県の四葉本邸に上がる。するといつもは使用人が迎えに来るところを、今日は筆頭執事の葉山が立っていた。

 

 

「お帰りなさいませ紫音様」

「……珍しいね。葉山さんが来るなんて」

「はい、本日は奥様から紫音様が帰還次第、通すように命じられておりますので」

「今日の仕事の報告……なわけないか。大したことのない情報の抜き取りだったし」

「詳しくは奥様から」

 

 

 紫音は黒羽の中でも拷問官という立ち位置にいる。黒羽家が捕らえた他国のスパイから情報を抜き取るのが主な仕事だ。だが、拷問官といっても残虐な行為をするわけではない。

 特異魔法『調律』によって脳波をリンクさせ、思考を直接読み取るのである。紫音が予てから開発していた戦略級魔法の応用なのだが、黒羽としては非常に便利な力だった。

 結局のところ、拷問官(笑)なのである。

 それはともかく、紫音は葉山に連れられて当主、四葉真夜の部屋へと案内される。ノックの後に入ると、ナイトドレスを纏った真夜が待ち受けていた。四十代にもかかわらず、恐ろしいほどの美貌を放つ彼女こそが『極東の魔王』とも呼ばれる最強の魔法師。決して色香に惑わされてはならない存在だ。

 

 

「こんばんは当主様」

「ええ、こんばんは紫音さん。今日は貴方に頼みごとがあるのよ」

「頼み事……ですか」

 

 

 姿勢を崩す許可がないところを見ると、短時間で済む内容らしい。逆に言えば『はい』か『Yes』しか許されない命令ということだろう。頼み事と言っているが、そんなものは形ばかりのものである。

 そもそも、次期当主候補の一人とは言え、分家の長男如きが当主に口答えできるはずもない。

 尤も、真夜は自身と似た魔法を使う紫音を気に入っている節があるので、多少の口答え程度なら赦されるだろうが。

 

 

「魔法科高校へ進学することは決まっていたのだけど、ようやく貴方に行って貰うところを決めたわ。結論から言うと第一高校に行っていただきます。四葉として」

「かしこまりま……はい? 四葉として?」

「ええ、四葉として」

 

 

 第一高校に進学する部分は良い。

 想定外だがそこは構わない。

 しかし、四葉として入学するということは、自分が次期四葉家当主候補であることを世間に晒すということを意味する。かつての事件から身内を守ることに執着する四葉らしくない行動だった。

 故に紫音は驚いたのである。

 

 

「理由は簡単です。深雪さんの囮になりなさい」

「……つまり、自分が第一高校に入ることで司波兄妹の異常性を誤魔化そうと?」

「ええ、加えて、貴方にはアレがありますから、二人の役に立つでしょう。それに紫音さんにはガーディアンがついていません。来年になれば水波(みなみ)も入学できるようになりますが、少なくとも今年の内は達也さんにガーディアンを兼任して頂くことになります」

「しかし達也と深雪の囮が目的なのでしょう? 達也に守って貰っては本末転倒では?」

「ええ、ですからこれは建前。貴方の情報収集能力には期待しているわ。本当ならガーディアンすら必要ないでしょう? 貴方が黒羽に戻るのは真の次期当主が決定するとき。紫音さんは自身を囮にして情報収集に励み、そして深雪さんから目を逸らさせる役目もこなす、ということよ」

 

 

 これも黒羽としての仕事なら問題ない。

 規模は大きいが、囮捜査も含めたカモフラージュだからだ。しかし、四葉紫音として第一高校に入学するとなると、かなり気を使う必要が生まれる。達也と深雪に情報を伝えるだけでも、不自然にならないように工夫を凝らさなくてはならない。

 唯一の救いは、手加減しなくても良いことだろう。

 十師族であるという括りのお陰で、大きな力を見せても不審がられることはないし、他の十師族から勧誘を受けることもない。そこだけは四葉というネームバリューが効いてくる。

 しかし、紫音は念のために真夜に尋ねた。

 

 

「第一高校入学の件は承りました。ところで、どこまで見せても宜しいですか?」

「本当の力を見せてはいけないわ。貴方の持つ真の魔法は四葉の最重要機密。それを隠すためにも、逆に貴方は四葉を名乗りなさい。『暗黒流星群(ダークミーティア)』を見せれば周囲も納得するでしょう。私の『夜』は有名ですもの」

 

 

 四葉という家系は二種類のタイプが生まれる。

 一つは先天的に精神系の魔法を有するタイプ。もう一つは歪な魔法演算領域によって特殊な魔法を操る真夜のようなタイプである。

 紫音は前者、精神系統魔法『調律』の使い手だが、その応用によって後者に見せかけることも可能だ。『暗黒流星群(ダークミーティア)』は真夜の魔法と似ているので、説得力もあるだろう。つまりは見せ札を作ることで、真なる切り札を隠すという手法である。

 殺すことに特化した、兵器としての魔法『暗黒流星群(ダークミーティア)』。実に四葉らしいと誰もが思うことだろう。

 

 

(まさか原作に無理やり関わるとはね……しかも四葉の名前でときた。俺を転生させた神モドキは、そこまで原作に絡ませたいのかね)

 

 

 その心の呟きは誰にも聞こえることなく、嘆きは誰にも知られることがないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一高校への入学が決定した数日後、紫音は黒羽家の家族会議に出ていた。家族会議といっても、参加者は黒羽家当主であり父親でもある黒羽貢、双子の亜夜子と文弥だけである。紫音の母親である亜弥は不参加だった。

 

 

「―――というわけで第一高校へ入学することになりました。四葉紫音として」

「よりにもよって……真夜様は何を……」

 

 

 貢は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。嫌われ者のガーディアン司波達也と同じ高校であることまでは許容したとしよう。だが、四葉の名で入学するとなると、様々なしがらみが襲ってくる。しかも、自身を囮にしたカモフラージュがメインだというのだ。

 親からしてみれば心配もするだろう。

 これでも貢は子供に甘い部分があるからだ。

 

 

「紫音兄さんとは滅多に会えなくなるってことだよね?」

「ああ、その通りだよ文弥」

 

 

 そして兄を慕う文弥も残念そうに俯く。

 四葉を名乗る以上、不用意な接触は出来なくなる。一緒に住むなど言語道断だ。既に紫音は一人ぐらしが決まっており、教育が終わり次第、桜井水波をガーディアンとしてつけることになっている。これから最低でも三年は会うだけでも不自由することになるだろう。

 

 

「これからは俺がしていた仕事も亜夜子と文弥に振り分けられると思う。情報の抜き取りは秘密裏に俺が担当するだろうけど、捕縛は回ってくるだろうな……お前たちこそ大丈夫か?」

「大丈夫よ! 私も『極散』を実戦レベルで使えるようになったし、隠密行動なら誰にも負けないわ。文弥だっているもの」

「うん。姉さんの言う通りだよ。兄さんも心配しないで」

「ああ、せめて女装して違和感が出るぐらいしっかりしてきたら安心するよ」

「兄さん!?」

「あらあら? だったら文弥は一生安心させられないわね」

「姉さんも!? 僕だって好きでやってるんじゃないよ!?」

 

 

 亜夜子と文弥は黒羽の仕事を手伝う際に変装をしている。その際、文弥は女装しているのだ。裏では双子の姉妹と認識されているが、実際は姉弟。見事に騙せてしまっているのである。

 文弥はそのことを地味に気にしていた。

 そろそろ文弥が涙目になってきたので、紫音が折れることにする。

 

 

「悪かったよ文弥。ちゃんと期待している。頑張れよ」

「……はい」

 

 

 紫音は文弥の頭に手を置いて激励を送る。妹と弟に期待しているのは事実なので、最後は茶化さずにしっかりと託した。

 それから紫音は貢の方に目を向ける。

 

 

「父さん。あっちの仕事はまだ続けるつもりだから、専用の場所を用意して欲しい」

「思考の読み取りはお前にしか出来んからな。次代を育てるためにも口の軽い奴らは部下に任せる。だが、面倒な奴は頼むつもりだ」

「任せてくれ。それが『調律』の本来の使い方だからな」

 

 

 紫音がやっている情報吸い出しは高校進学後も続ける予定なので、四葉を名乗ってからも専用の場所を用意することで誤魔化す予定だ。紫音の『調律』は貴重なので、囮の役目があっても手放せない。

 圧倒的な演算能力のお陰で精神系統魔法を連続使用しても負担が少なく、肉体へのフィードバックが全くと言って良いほどない。特典として頼んだ健康な体が効いていたという部分もある。嘗ての四葉深夜のように魔法の使い過ぎで衰弱するようなこともない。

 相変わらず妙な部分で特典が仕事していた。

 ちなみに記憶能力向上のお陰でフラッシュキャストまで習得していたりする。しかも類稀なる演算能力のお陰で発動する魔法は相当な威力だ。

 紫音の基本戦術は『暗黒流星群(ダークミーティア)』なので、実戦においてはフラッシュキャストも滅多に使わないが。

 

 

「最低でも三年は不自由なままになると思う。父さんにも迷惑をかける」

「気にするな紫音」

 

 

 パーソナルデータ上でも紫音が黒羽家の者であるという情報は完全秘匿されるので、紫音は完全に謎の人物となる。

 両親不詳の四葉一族。

 大きな注目を集めるのは間違いないだろう。

 だが、それでこそ司波兄妹のカモフラージュになる。

 

 

「ま、なるようになるか」

 

 

 紫音は入学早々のテロ事件を思い出しつつ、今のひと時を噛みしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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