黒羽転生   作:NANSAN

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九校戦編9

 九校戦は七日目となった。

 今日は新人戦ミラージ・バットを決勝まで行い、モノリス・コードは予選をする。

 ちなみにミラージ・バットは午前中を四人同時の予選、そして六つの予選から勝ち上がった六名が午後の決勝を戦うことになる。他の競技と異なり、一度に多数の選手が出場する競技なので、選手から見ればたったの二試合で済むのだ。ただし、ミラージ・バットは一度の試合でフルマラソンにも匹敵するほど体力を消費すると言われているので、二試合でもかなりキツイ。

 『跳躍』の術式で何度も飛び上がれば疲労するのも当然だが。

 そしてミラージ・バットでは第一高校から出場するのは光井ほのかと里美スバルの二人だけ。本来なら三人の出場権を持つ第一高校だが、苦渋の決断で深雪は出場を止めたのだ。

 理由は、棄権した摩利の代わりに本選ミラージ・バットへと出場するからである。二年生や三年生に混じっても優勝を狙えると期待されている一方、出場者の深雪には負担がかかる。それでも出場を決めたのは、やはり達也がバックに付いているからだろう。

 そして再び摩利のような犠牲者を出さないためにも、紫音はCAD検査用テントで見張りをしていた。

 

 

(……眠い)

 

 

 欠伸を噛み潰しながら霊子(プシオン)の波動に注意する。電子金蚕(でんしきんさん)という精霊魔法によってCADを細工していることは判明しているので、精霊を紛れ込ませる唯一のチャンスと言えるCAD検査機を見張っていたのだ。

 レギュレーションチェックをする機械を利用するとは考えたものだが、これに気付かない大会側も思ったよりザルである。大きなスポンサーも集める大会であるにもかかわらず、そして使用施設が軍のものであるにもかかわらず、このような醜態をさらしているのでは色々と先が思いやられた。

 

 

(あー……気を抜くと見逃しそうだな)

 

 

 正直、大会中に色々と動き回ったりした挙句、昨日の試合もあって紫音はかなり疲れていた。油断すると立ったまま眠りそうになるほどである。

 理想としては工作員を現行犯で抑えること。

 決して言い逃れ出来ない状態ならば、警察ではない紫音にも逮捕権がある。取り押さえた状態なら、『シンクロダイヴ』で多くの情報を根こそぎ奪える。

 

 

(もう一つの目的のためにも、電子金蚕(でんしきんさん)はこの眼で見ておかないとな)

 

 

 正確には眼で見るのではなく、脳で知覚していると言った方が正しい。波動を知覚する異能は、イデアを介しているので、死角で発生した波動すらも感知できるからだ。

 そして特典で貰った記憶力増大によって、波動のパターンすらも写真のように記憶できる。

 

 

(ん……?)

 

 

 そして紫音の波動知覚能力が、霊子(プシオン)の波動を感知した。特定波長パターンを有する塊が、第四高校のCADに侵入するのをハッキリと感じたのである。

 

 

(記憶したぞ。電子金蚕)

 

 

 CAD検査機を利用して四高のCADに電子金蚕を侵入させた大会スタッフの顔だけでなく、電子金蚕の波動パターンもしっかりと記憶した。

 だが、紫音はここで大会スタッフに扮した工作員を抑えることなく泳がせる。

 ただ、心の中で呟いた。

 

 

(悪いな森崎。()()()を表に出す必要があるんだ)

 

 

 

 基本的に秘匿技術である古式の精霊魔法。

 それを公然と見ることの出来る機会を逃すわけにはいかない。紫音は今後のために、敢えて今回の細工を見逃すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 大会委員会は騒然となった。

 モノリス・コード予選、一高と四高の試合。

 廃ビルの中にスタート地点を設定された森崎たち三人の一高選手は、試合開始直後に奇襲を受けた。しかも室内で発動するとき、殺傷ランクA指定となる『破城槌』によって、である。

 まず、試合開始直後に魔法攻撃を受けたということは、四高のフライングが疑われる。さらにレギュレーション違反の魔法を使用したことも含めれば、言い訳の余地もない。

 これによって森崎駿を始めとした選手三人が重症となった。

 

 

「計画通り……!」

 

 

 速報をテントで聞いた紫音は早速行動を開始する。

 すぐに紫音は四高CADに細工をした検査スタッフへと近づき問いかけた。

 

 

「少し宜しいですか? 先程、四高CADを検査したことについて聞きたいのですが」

「な、なんだね君は!」

 

 

 四高のレギュレーションチェックを担当したスタッフは驚いて大きく後ずさろうとした。

 だが、紫音は即座に腕を掴んで逃げられないように押さえる。

 

 

「聞きたいことがあるので待ってくださいませんか?」

「な、なにをするんですか!?」

「四高のCADに細工しましたか?」

「濡れ衣だ! 僕は何も知らない!」

 

 

 スタッフの男は周囲に訴えかけるように、わざと大きな声で否定する。それを聞いた近くの警備員も、異常だと考えて近寄ってきた。

 そして、状況を見て紫音を取り押さえるべきと判断する。

 しかし、紫音はそれを無視して一言告げた。

 

 

「嘘はダメだろう?」

「がっ!?」

 

 

 腕を捻りつつ足払いを仕掛け、あっという間に転ばせて男の肩を固める。これには警備員たちもあわてて近寄り、紫音を引き剥がそうとした。

 

 

「待ちなさい。一高の生徒だね。暴行は止めるんだ」

「少し黙ってください」

「いや、しかしだね……」

 

 

 確かに、一見すると、モノリス・コードにおけるルール違反を見た一高の生徒が逆上して大会スタッフへと暴行を加えているように見える。警備員が止めるのも当然だ。現に、このテント内にいた他の学校の生徒たちも遠巻きに見ているのだから。

 そこで、紫音は冷静な口調で淡々と説明した

 

 

「反魔法師団体の工作員を確保しました。名前は池崎純一郎、三十四歳です。大会スタッフへと紛れ込んでCADチェック機器を利用し、精霊魔法による電子機器介入魔法、電子金蚕(でんしきんさん)を使用したと思われます。背後関係を洗った結果、彼と同じ工作員は他に六名。名前は中山伸介、北条昭雄、大島竜二、小谷宗太、美輪良平、佐々木恭子ですね。まぁ、これらは大会スタッフに紛れ込むための偽名ですが」

「な……」

 

 

 既に紫音は『シンクロダイヴ』を発動し、男の記憶を読み取っている。

 無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)からイザクトへと細工自体は売り渡されたが、買い取った細工を実行したのはイザクトが雇った者だ。当然、イザクトの潜伏地も記憶から読み取れた。更に言えば、彼と同じく大会スタッフへと紛れ込んでいる工作員も判明したのである。

 それが事実であることは、動揺する男を見れば明らかだった。

 

 

「香港系の犯罪シンジケートから入手した電子金蚕(でんしきんさん)は全部で十回分。その内一つは犯罪組織が元から計画していた方法を流用して使用。そして六回分をミラージ・バット新人戦の決勝で使用するつもりでしたね?

 確かに、『新人戦』の『女子』競技で大きな事故が起これば、魔法師社会に大きな打撃を与えることが出来るのは間違いないでしょう。九校戦という大きな大会での出来事なので、揉み消すことも出来ません。これによって魔法の危険さを訴えることが反魔法師団体イザクトの目的ですね?

 そして残り三回分の電子金蚕(でんしきんさん)は十師族が選手として出場していないモノリス・コードの試合で使用し、魔法戦闘がどれほどの惨事を生むのかを強調。流石に十師族に手を出すほど愚かではなかったようですが、これはとんだ自作自演ですね」

 

 

 紫音は読み取った計画を淡々と述べていき、周囲を味方につけていく。これほど具体的に男の素性や計画を口にしているのだから、紫音の言葉は信憑性が高い。

 更には、新人戦クラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクで大きな活躍を見せた紫音は、顔もかなり知れ渡っていた。つまり、周囲も紫音が十師族……さらには四葉家の人間であることを理解していたのである。

 こういう時は家名の力に感謝だった。

 

 

「警備員の方々、すぐに中山伸介、北条昭雄、大島竜二、小谷宗太、美輪良平、佐々木恭子の六名を捕えてください」

「いや、しかし……」

「証拠が必要ですか?」

 

 

 如何に十師族の言葉といえど、鵜呑みにして捕らえることは出来ない。

 警備員たちは苦々しい表情で紫音から目を逸らした。

 そこで紫音は地面に倒して取り押さえていた男、池崎純一郎から手を放す。そして立ち上がり、警備員の方へと向き直ってから改めて述べた。

 

 

「ではこの男を身体検査してください。どうやら、証拠となる電子金蚕(でんしきんさん)を残りの八回分全てを所持しているハズですよ」

 

 

 CAD検査機は大会テントに一台だけだ。選手の数もそれほど多くないので、一台だけ導入している。つまり、CADへの工作は一人で十分ということだ。だから電子金蚕(でんしきんさん)も今は彼一人が所持している。CAD検査機の担当を他の工作員と交代するとき、電子金蚕(でんしきんさん)が保存された器も受け渡すことで、好きなタイミングで工作できるということだ。

 そしてスピード・シューティングやクラウド・ボール、アイス・ピラーズ・ブレイク、バトル・ボードで殆ど行動を起こしてこなかったのは、単純にCAD検査機を担当するシフトの関係だったらしい。

 電子金蚕(でんしきんさん)の数の上でも、担当シフトの上でも全ての試合で工作するのは不可能だったので、上手くシフトでミラージ・バットやモノリス・コードの試合の時を担当できるように調整した、というのが真相だったようだ。

 

 

「ぐっ……クソッ!」

 

 

 紫音が真実を述べたことで言い逃れ出来ないと悟ったのだろう。手を離した隙に、男は逃走を図ろうとした。

 しかし、これは自分に後ろめたいことがあると語っているようなもの。

 優秀な大会警備員が一瞬で取り押さえ、紫音の言葉通りに身体検査をする。

 すると、魔法的な封印が施された、明らかに怪しい電子デバイスが見つかった。恐らく、この中に電子金蚕(でんしきんさん)を封じているのだろう。

 

 

「これは……」

「大会委員の魔法師を呼んで調べさせろ!」

「了解しました」

「それと残る六人もすぐに捕まえて大会本部に連れて行くぞ」

 

 

 証拠らしき品を見つけたことで警備員も本格的に動き出す。

 これにはテント内にいた学生たちも騒然としていた。大会で有名になった紫音が暴れただけでなく、大会の威信にも関わるような事件性を匂わせているのだから当然である。

 公然の場で『シンクロダイヴ』すら使用してしまったのは拙いかもしれないが、まだ誤魔化せる範囲内である。

 

 

(あの程度だったら『頑張って調べた』で押し通せるだろ)

 

 

 紫音にしては杜撰な考えだが、実際にこれぐらいなら誤魔化せる。何しろ、四葉の人間である紫音がそう言ったのだから。十師族はそれだけ発言力のある一族なのである。

 この光景を見ていたのも学生や少し魔法に詳しい程度の大会スタッフだけであり、『調律』の力がバレることはない。

 流石に老師クラスの人物がいたら拙かっただろうが。

 そして池崎――これは偽名だが――を捕まえた警備員は、次に紫音へと声をかける。

 

 

「申し訳ないが、大会本部まで来てくれないだろうか? 事情を聞きたい」

「構いません」

「顔色が悪そうだが大丈夫かな?」

「少し疲れているだけですので」

 

 

 紫音はそのまま警備員と共に大会本部テントへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会本部テントに到着したとき、そこには運営委員の他に、十文字克人と七草真由美がいた。大会スタッフに紛れ込んでいた工作員によって、第一高校の一年生三人が重傷を負ったのだ。そういう意味でも、二人がこの場にいるのはおかしいことではない。

 だが、それは建前であり、今は十師族の一員としてこの場に集っていた。

 

 

「十文字会頭に七草会長も呼ばれたんですね」

「うむ。少し事情を聞いたが驚いた」

「四高の不正だとは思っていなかったけど、まさかこんなに早く証拠が出るなんてね」

 

 

 既に工作員は七名全員が捕まっており、事情聴取という名の尋問が行われている。電子金蚕(でんしきんさん)という物的証拠がある以上、言い逃れは不可能だと思われるが。

 なにせ、電子金蚕(でんしきんさん)を封じていたデバイスに七名全員の指紋が付着していたのだ。これで無関係ですとは言い切れまい。

 そしてしばらくすると、同じ十師族の一員として呼ばれた一条将輝が現れた。彼はどうして呼ばれたのか把握しておらず、紫音、克人、真由美の姿を見てギョッとする。特に、紫音に対しては睨みつけるようにしていた。

 なので紫音は問いかける。

 

 

「どうかしたか一条?」

「いや……何もない。だが何のために集められたんだ? どうやら十師族が集められているみたいだが」

「その通りだ一条将輝。大会委員長が来てから詳しい話が始まるそうだが、その前に少しだけ状況を説明しよう」

 

 

 紫音の代わりに克人が答え、簡単な経緯を説明する。

 大会委員に反魔法師団体の工作員が紛れ込み、CADに細工した恐れがあるということ。それが原因で四高のCADから『破城槌』が起動され、一高の生徒が重傷を負ったこと。

 そして紫音が証拠となる電子金蚕(でんしきんさん)を発見し、犯人を取り押さえた上で協力者も見つけたことも語った。

 将輝はそれを聞いて驚き、怒り、不快感を示す。

 

 

「舐められたものだな……」

「その通りだ。だからこそ、俺たちが集められた。大会委員長殿から説明もあるのだろうさ」

 

 

 克人がそう言ってテントの入口へと目を向けると、丁度そこに九校戦の大会委員長が走り込んできた。額の汗をハンカチで拭っていることから、相当急いだのだろう。息も少しばかり切れている。

 

 

「も、申し訳ない。待たせてしまって」

 

 

 大会委員長は本部テントの奥へと四人を案内し、そこにある椅子へと腰掛ける。四人もそれに続き、更に真由美は音を遮断する魔法を張り巡らせた。

 盗聴対策である。

 そして五人は、大会のこれからについて話し合いを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




九校戦編ラストのために仕込み直しました。
これでラストのためにも、より自然になったハズ。
どういうことかはもう少し先で。


あと、達也の活躍は作ります。横浜騒乱編の冒頭部で必要になるので。

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