話し合いにおいて、まず初めに行われたのは現状確認だった。
細工を行った七人の身元、そして今回の事件の黒幕と言えるイザクトについて、細工に使用された方法、最後に九校戦の大会スタッフにそのような人員が紛れ込んでいたことへの謝罪である。
大会委員長一人の責任とは言い難いが、このような時に責任を取るのが彼の仕事である。
そして、どうするべきかという相談のために十師族が四人も集められたのだ。
ここで老師や真夜が呼ばれないのは、単純に怖いからだろう。
そして相手が学生ならば、どうにか誤魔化せるという意識が透けて見えた。
(ま、その考えは甘いだろうけどな)
紫音はそんなことを考えつつ克人の方へと目を向ける。
話を一通り聞いた克人は、一度頷いたうえで意見を述べた。
「まず、今回の件について、遺憾の意を表明させていただく」
「も、申し訳ない……」
「そしてこれ以上の細工がないか、そして不審人物が紛れ込んでいないかを徹底的に洗い出して貰いたいと思う」
「それについては当然です。これ以上の失態は重ねられない!」
九校戦には日本全国の富豪も観戦のために集まり、スポンサーとして大金を出している。もはやこれ以上の失態は有り得ないし、中止などもっての外だ。
正直、重傷者が出た時点で新人戦モノリス・コードは中止の方向へと持っていく予定だった。だが、スポンサーたちの意向により、第一高校を抜きにして予選が進められることになったのである。その折衝もあって大会委員長は遅れたのだった。
ちなみに一条将輝は試合が終わったところであり、そのせいで事故は把握していても、その真相までは分かっていなかった。
「モノリス・コードにつきましては、とりあえず第一高校を抜きにして進めております。裏があるとはいえ、惨事を起こした第四高校は失格とさせていただきました。そして第一高校も棄権という形になるかと思います、はい……」
「ふむ。大会側としての意向は理解した。だが、こちらは被害者だ。新たな選手を出すということで新人戦モノリス・コードに出ることは可能ではないのか? 元はと言えばそちらの責任だろう?」
「しかし第四高校も被害者です。失格にした以上、第一高校だけを特別にするのはどうかと……それにモノリス・コードへと出場できるメンバー自体、調達できるのですか? あれは寄せ集めで勝ち上がれる競技ではありません」
「それは当然理解している。相応のチームを用意しよう」
毅然とした態度を崩さない克人を見て、大会委員長は第一高校にだけ、特例でチーム替えを認めることに決める。
本来なら、一度提出された出場メンバーは変えることが許されない。仮に怪我をしたならば棄権をするのが常道だ。それに照らし合わせれば、第一高校は棄権という形を取るはずだった。
しかし、今回は明らかに大会側の不手際である。
真実を知らない観客側としても、第四高校の不正によって強制退場させられたと映ることだろう。
特例でメンバーを変えること自体は不可能ではない。
そこで、大会委員長はせめて利を得ようと、克人に要求する。
「なら、第一高校がモノリス・コードのチームを再編する場合、四葉殿を必ず加えて頂きたい」
これには紫音だけでなく、真由美や将輝も驚いた。
何故なら、既に紫音はクラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクに出場しているので、出場限界である二種目を消化しきっているのだ。優秀な選手の使い回しは、普通認められない。
だが、大会委員長からそれを破るように促したのだ。
驚くのも当然である。
克人も目に見えた動揺はなかったが、これについては肯定しかねた。
「四葉は既に二種目をこなしている。流石にそれは難しいのでは?」
「いえ、メンバー交代自体が特例なのですから今さらです。それならば、滅多に見ることの出来ない四葉一族というのを見てみたい観客は多くいらっしゃいます。特例を許す以上、それぐらいの譲歩やサービスは必要ではありませんか?」
「確かに一理ある意見だ。しかし、他の高校から見てどう映る? 四葉は二つの競技で圧倒的な力を見せた上で優勝した。それはここにいる一条将輝も理解しているだろう」
「ええ。そうですね」
将輝は克人の問いに苦々しい表情で答える。
つまり、紫音という強すぎる手札を三度も使うのはズルいのではないかということだ。ここにきて三枚目のジョーカーが飛び出てくるなど、他校からすれば悪夢でしかない。
たとえ観客は良くても、選手側としては認められないだろう。
しかし、大会委員長も引き下がらない。
「どうにかなりませんか? 例えば三人チームの中に能力の低い者を入れるなどという方法でバランスを取ったりは……」
「……一条はどう考える?」
「は? 自分ですか?」
「そうだ。今は十師族としてではなく、選手の一人として意見を述べてみろ」
「……わかりました」
将輝もモノリス・コードの出場者なので、その意見は貴重なものとなる。そう判断した克人は、将輝の意見を聞くことにしたのだ。
そして将輝も、少し考えた後、正直な気持ちを述べる。
「自分は……一度アイス・ピラーズ・ブレイクで四葉に敗北しました。だからこそ、リベンジしたいとは思っています」
「なるほど! では―――」
「しかし!」
喜ぶ大会委員長を遮るように、将輝は続きを述べる。
「チームとしては四葉の参加を認めることは出来ない……と思います。他にも一度しか競技に参加していない人もいる中で、四葉に三度目の出場をさせるのは……」
将輝も三高の選手だ。
私見を述べつつも、チームとしての判断は忘れない。
そこで縋るように、大会委員長は紫音の方へと目を向けた。恐らく意見を求めているのだろうと考え、紫音は一言告げる。
「体調が悪いのでやめておきます」
事実、紫音はかなり顔色が悪い。
昨日のクラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクでかなり魔法演算力を消耗した上、連日をイザクト捜索に費やして体力的な疲労も蓄積している。その状態で先程は『シンクロダイヴ』まで使ったのだ。
本当のことを言うならば、今すぐにでもホテルのベッドで寝たいほどである。
尤も、出場を断る本当の理由は違うが。
これには大会委員長も頭を抱えた。
「こういうわけですから、四葉を出すのは難しいでしょう。彼以外でメンバー替えをさせて頂きたい」
「九校戦は公正であるべきです。そう思いませんか?」
克人と真由美の言葉に、大会委員長は項垂れた。
確かに、紫音を出せば高確率でモノリス・コードも優勝できるだろう。少なくとも入賞は間違いないハズである。そうすれば第一高校が有利になるのも間違いない。
だが、克人と真由美は過剰な優遇で優勝を掴みたくはなかった。
三連覇のかかった今年だからこそ、文句のつけようがない勝利を飾りたい。
だから、克人と真由美は紫音の出場をかたくなに拒んだ。
「わかり……ました……」
最終的には四葉紫音の出場を諦める。
だが、克人は大会側の不手際を強調してメンバーの入れ替えだけは勝ち取ったのだった。
◆◆◆
「クソクソ……クソがっ!」
九校戦が行われている富士の演習基地。
そこにある軍施設の一室で、とある人物が怒りに燃えていた。
「落ち着け真壁大佐」
「これが落ち着いていられるか! 細工は失敗し、工作員も捕まった! イザクトの考えに賛同してくれた同志を七人も失ったんだぞ!」
「分かっている。だが怒るだけではどうしようもないぞ真壁」
今回の黒幕とも言うべき組織、イザクト。
過激派反魔法師団体であり、多数の国で人間主義を掲げている。魔法という不自然なものに頼らず、人らしくなろうというのがメインの主張だ。しかし、過激派であるイザクトは、魔法師育成機関の前で過剰なデモ行進をしたり、魔法師への資金援助――CAD購入費など――を行う政府に抗議したりと、かなり活動が激しい。
中には実力行使で魔法師に暴行を加え、警察に御用となったメンバーもいるほどである。
そして、イザクトのメンバーは軍の中にも入り込んでいた。
「ふざけやがって……クソが! 四葉のガキが!」
最も怒り狂っているのが
「声を抑えろ真壁大佐。ここだって防音じゃない」
そう言って諫めるのが、軍医の
しかし、それでも恨まずにはいられないので、せめてもの反抗としてイザクトに所属している。
「その通りだ。忌々しいのは同意だがな。真壁も今は耐えろ」
「く……」
そして最後の一人が
真壁、春日部、山根の三人が今回の黒幕として動いていたイザクトのメンバーだった。これに加えて七人の工作員、更に九校戦前夜にホテルへと侵入しようとした三人を加えれば、動いていたメンバーはこれで全てになる。
そして三人は軍に所属していたので、工作員を紛れ込ませるのも楽だった。
更に九校戦前夜にホテルへと侵入してきた賊は、内部犯であることを誤魔化すための策。適当に侵入させた後、引き揚げさせることで内部から目を逸らさせる予定だった。
残念ながら達也と幹比古によって捕まってしまったが。
「どうする? もはや九校戦に手出しする方法は皆無だぞ?」
「いっそ爆弾でもあればな……」
「馬鹿か。九校戦には魔法師じゃない
「魔法を見て喜んでるんだ。同罪だろ」
人間主義を掲げるだけあって、イザクトを含めた反魔法師団体は一般人を巻き込むテロまではしない。勿論、テロを辞さない反社会組織も存在するが、あくまでもイザクトは言葉によって訴えかけることをモットーにしているのだ。
ただし、表向きは。
メンバーの中には魔法師を直接排除するべきと唱える者もいるので、絶対とは言えない。元から過激派の組織なので、そのような人物が集まってしまうのだ。
この三人の中では真壁が一番の過激派だった。
「待て真壁。それよりも気にするべきなのは捕まった奴ら経由で俺たちのことがバレるかもしれないってことだ」
「山根中尉の言う通りだ。今はこちらの身も危うい状況なんだぞ。まさかCADへの細工に気付かれるとは思わなかったからな……舐め過ぎだったかもしれない」
山根は友人として、そして三人の中では一番の冷静さを持つ春日部は客観的な分析を以て真壁を諫める。しかし、それは既に遅かった。
荒々しく扉が開かれ、武装した数名が真壁、春日部、山根を取り押さえる。
「が……く、そ……」
真壁は必死に暴れて逃れようとするが、武装した一人がCADを操作する。すると、真壁の背中に凄まじい重圧が加えられ、動けなくなった。加重系統魔法である。
そして無事に鎮圧したころ、一人の男が部屋へと入ってきた。
「ご苦労」
『はっ!』
その男は真壁もよく知っていた。
陸軍の中でも優秀な魔法師として名を馳せている一方、優秀な上司に恵まれなかったせいで昇進が遅れている人物。
『大天狗』、
秘匿されている所属としては、陸軍一〇一旅団独立魔装大隊。そして彼がその隊長である。
「貴様……風間ァ!」
「残念だよ真壁大佐。今回の件に君たちが関わっているのは既に突きとめている。職権乱用による九校戦への意図的介入、及び殺人未遂、暴行未遂……こんなところか」
風間は魔法を利用する部隊の隊長として九校戦の観戦へと赴いていた。そして、もう一つの目的として達也もある。独立魔装大隊には達也も所属しているので、上司として様子を見に来たのだ。
達也は秘匿級魔法『
技術スタッフとは言え、公的な魔法大会に出場するのだ。秘匿するべきものを見せていないかという監視の意味もあった。勿論、達也がそのようなことをするとは露ほども思っていないが。
「証拠も殆ど出揃っている。明日、午前零時の時点で貴殿らの軍籍は破棄され、法的措置によって拘留所へと送られることになるだろう。覚悟をすることだ」
「風間ァ! 貴様には分からんのだ! 魔法とは悪だ! 諸悪の根源だ! 魔法師を擁護し、あまつさえ補助までする今の日本は絶対に許せん。これは―――」
「黙れ真壁! 言い訳は聞こう。だが高校生を巻き込んだ事実は変わらん」
風間は達也から、軍の者が今回の件に関わっていると聞いて驚いた。そして同時に怒った。
国を守るはずの者が、高校生に対して復帰不可能になるほどの怪我を負わせるところだったのだ。これは許せることではない。
ちなみに、『シンクロダイヴ』でイザクトの黒幕を掴んだ紫音が達也に情報を伝えたことで、風間まで情報が回ってきたのだ。流石に紫音も軍の者を問答無用で捕まえられるほど権力を持っているわけではない。
今回に関しては伝手を頼ったのである。
「連れていけ」
突き放すような風間の一言で三人は連れていかれる。
こうして、九校戦の影で一つの事件が収束したのだった。
紫音は新人戦モノリス・コードに出ません。
普通に考えて、こうなるかと。
ただし、ここでイザクトは退場です。
小早川先輩が助かるぞ