モノリス・コード新人戦決勝。
草原ステージで行われる第一高校と第三高校の試合は砲撃戦から始まった。
初期位置での互いの距離は六百メートルであり、すぐに近寄れる距離ではない。有利となるのは魔法砲撃を得意とする一条将輝だった。
「押されている!」
「だが司波も負けてないぞ!」
「魔法を全部『
「ホントに二科生だって言うの!?」
第一高校のテントは誰もが驚いていた。
達也の技術力は、もはや誰もが知る事実だ。担当した選手が全て優勝または入賞していることを鑑みれば、認める他ない。しかし、あの一条を相手にして動じることなく砲撃戦に応じていることも驚きである。
右の拳銃型CADで魔法を撃ち落とす。
左の拳銃型CADで攻撃魔法を放つ。
一進一退の魔法戦を見て、誰もが息を飲んでいた。
しかし、距離が縮むに連れて、達也の魔法力という弱点が露呈し始める。達也の使える攻撃魔法は、将輝が無意識の情報防壁で防げる程度のものであり、攻撃は牽制にもならない。対して、攻撃に集中できる将輝は一方的に攻めたてていた。
どちらが有利なのかは一目でわかる。
「やっぱり不利ね……」
「しかし、会長。仕方のないことかと。寧ろ決勝まで進んだだけでも快挙ですから」
「あら? はんぞーくんも言うようになったわね」
「どうやら司波君に負けてから少しは考え方も変わったようですね」
「し、司波は関係ありません! 会長も市原先輩も揶揄わないでください!」
しかし、服部がそんなことを言ったところで不利なのは変わらない。
互いに歩きながら距離を詰め続け、遂に試合が動いたのは五十メートルを切ったところだった。
「司波が勝負に出たな」
克人が呟く。
その言葉通り、達也は将輝に向かって一直線に走り出した。既に向こうは吉祥寺ともう一人の選手も迂回するように動きだしており、そちらは幹比古とレオが対処している。
実質、達也と将輝の一騎打ちだ。
「凄いサイオン量ね。あれだけ『
「並みの魔法師では一日中、サイオンを絞り出しても集めることが出来ないと言われているほどの量を圧縮する必要がありますから、司波君の保有サイオンは相当なのでしょう。ですが効果は相応のものですね」
「現存する対抗魔法では最強と言われているもの。十師族相手にここまで撃ち合えるだけでも凄いことだわ」
感心を込めた真由美と鈴音の解説によって、一高陣営で映像観戦している他の一校選手たちも達也への印象を改める。
勿論、これらの会話は意識改革を狙った真由美の作戦だったので、彼らは見事に嵌ったわけだが。
それはともかく、映像の向こうでは激戦が広がっていた。
将輝の使う圧縮空気弾は四方八方から達也に襲いかかる。これほどまで近づくと、座標指定も目視で楽にできるので、攻撃も激しくなるのは必至だ。その分だけ達也も防御を強いられることになるため、ついに達也は隠し札の一枚を切った。
(達也の奴、『
紫音は達也の動きが急に良くなったので、そのことを察した。
情報世界であるイデアを観測できる『
それを使って将輝の使う魔法を察知し、その全てを『
ひとまずの停滞。
だが、決して抜け出せない不利な停滞である。
一高陣営でも、この膠着を見てもう一つの戦いへと目を向けた。
「こっちも始まるぞ!」
「二人が勝てるかどうかで司波が足止めしている意義が変わってくるぞ……」
「頑張れ! 勝てる!」
レオと幹比古も二科生なのだが、思ったより声援を受けていた。
飛び入り参加で気に入らないところもある一方、これまでの試合を見て認めているところもあったのだ。
風で翻ったマントや不格好なローブが気になるものの、勝つことを信じて応援している。
「吉祥寺がCADを構えた。来るぞ!」
摩利の言葉に誰もが息をのんだ。
吉祥寺真紅郎の使う魔法は『
だが、照準を付けられたレオは即座に対処して見せた。
一瞬でマントを脱ぎ棄て、硬化魔法で堅くして地面に突き立てる。真っ黒な壁がレオの前に出現したことで、目視が必須の『
吉祥寺は驚き、その隙を突かれる。
『小通連』が発動し、横方向から飛ばされた刀身が薙ぎ払われた。柄の部分と飛ばされた刃の間は空洞なので、壁を挟んで攻撃できるのも利点の一つ。それを上手く利用した作戦である。
「やった!」
「いや、まだだ!」
辛うじて吉祥寺は移動魔法で飛び下がる。
しかし、そこに幹比古が突風を仕掛けた。これで地面に叩きつけようとするが、吉祥寺は咄嗟に魔法を更新して突風に逆らわず飛ばされ、衝撃を逃がして上手く着地する。
マントで作った壁で『
だが、それが罠だった。
古式魔法による幻術の発動。視覚を狂わされ、廻る風景に酔って膝をつく。そこへレオが『小通蓮』で薙ぎ払いを仕掛けた。
「今度こそ決まった!」
誰かの叫びが一高陣営に響く。そして誰もその言葉を疑わなかった。
それは紫音や真由美、克人、摩利といった実力者もである。
しかし、レオは予想外の場所から攻撃を喰らい、吹き飛ばされた。将輝の圧縮空気弾である。結果として吉祥寺への攻撃も外れ、驚いた幹比古はもう一人いた三高選手の攻撃を喰らう。
小さな攻撃だったので、これでダウンする程ではない。
だが、『
吉祥寺の得意魔法を喰らい、強い荷重で幹比古は地面に縫い付けられる。
「ああっ!」
たったの一瞬。
それで形勢が崩れた。
「待て。今度は司波が動き出したぞ!」
摩利の言葉を聞いて、今度は達也を映していた画面に向く。
すると、将輝が先の一撃でよそ見した瞬間に、縮地を思わせる速さで距離を縮めていた。忍術使い・九重八雲の下で体術を学んでいる達也だ。忍らしく意識の隙間を突くのも得意である。
油断していた将輝は驚き、反射的に魔法を発動した。
レギュレーション違反になるほどの強力な魔法を十六発も。人体に直撃すれば大怪我は間違いなく、下手すれば死に至る攻撃。
将輝は魔法を発動させた瞬間、自分が大きなミスをしてしまったことに気付いた。
(拙いな)
紫音も焦る。
別に、達也のことが心配だからではない。二十四時間以内の情報を辿り、バックアップとして上書きすることで状態を復元する『再成』がある以上、達也は怪我を負うことがない。一撃で死なない限り、達也を殺すどころか怪我させることすら不可能なのだ。
ここで問題なのは、公衆の面前でそのような魔法を使ってしまうことである。
達也自身に対する『再成』は自動発動であるため止めることは出来ない。
願わくば、違和感を抱かれないことを……
紫音は冷や汗を流しつつ、そんなことを考えた。
「拙いわ!」
こちらは真由美が本当に焦ったような口調になる。
レギュレーション違反となるのは確実な威力の魔法だ。それは改変されている事象の規模を見れば一目で理解できる。
達也は『
つまり、残り二個は直撃を喰らうことになる。
ここまできて『分解』による魔法の消滅……『
呆気なく魔法を喰らった達也は吹き飛ばされ、丁度、将輝の目の前で倒れた。
――【修復/開始――完了】
そして『再成』が発動し、達也は意識を取り戻す。達也が唯一、無意識下で高速処理できる魔法。その発動は人の認識を超える。
審判ですら、達也が僅かな間だけ気を失っていたことに気付かなかった。
目を覚ました達也からすれば、いつの間にか目の前に将輝がいるようなもの。レギュレーション違反を犯したと思って茫然としていた将輝は隙だらけだった。
九重八雲の下で鍛えた体幹を存分に活かし、すぐに起き上がって右手を将輝の左耳の側へ突き出す。
指を鳴らし、フラッシュキャストで極限まで増幅した。
まるで音響爆弾のような効果となり、将輝は脳を揺さぶられて倒れる。
同じく轟音を側で聞いた達也も、その場で膝をついた。
「今のは……なに?」
映像を見ていた真由美は茫然とする。
いや、ここにいた生徒の内、紫音以外は誰も理解できなかっただろう。達也は下手すれば死に至るほどの魔法を喰らったのだ。だが、すぐに起き上がって魔法を発動し、将輝を倒してしまった。
意味不明である。
とりあえず冷静だった紫音は、真由美の問いに答えた。
「指を鳴らし、その音を増幅したようですね。アレを至近距離で喰らえば一溜まりもないでしょう。それにしても、達也は忍術使いの弟子だけあって、
しれっとした表情で息を吐くように嘘を述べる。
とりあえず『忍術凄い』で納得してもらうのが一番なので、紫音は先手を打った。
「あれは忍術で片付けて良いものなの……?」
「しかし、そう考えれば納得できるのも事実ですね」
「事実を見ろ七草。現に司波は怪我もなく……いや、自分の放った魔法の影響は受けているようだが、
「リンちゃんも十文字君もそういうなら納得するけど……」
真由美は今一つ納得できていないようだったが、ここは引き下がった。
まだ試合は終わっていないからである。
画面を見ると、将輝が倒れたことで吉祥寺は幹比古から目を離してしまう。照準が逸れたことで『
ここぞというところで幹比古は起き上がり、雷魔法を使う。
吉祥寺は電気抵抗を操作する魔法『避雷針』で雷を逸らしたが、攻防が逆転してしまった。
幻術で『
ホテルに侵入しようとした賊を一撃で無力化した術式だ。
吉祥寺は堪らずダウンする。
(やるな)
紫音も幹比古を素直に称賛していた。
賊の件では紫音も現場に居たので、達也と幹比古のやり取りも知っている。恐らく、今回のモノリス・コードでは、達也が術式を最適化していたのだろう。一科生にも劣らぬ……いや、一科生上位にも通用する魔法だった。
幹比古は流石に『
それをチャンスと判断した残る三高選手は、移動系魔法で土砂を叩き付ける『
だが、土砂の塊が幹比古へと直撃する直前に、目の前を黒い何かが覆う。レオが自身のマントを硬化することで発動する即席の盾だった。
「あ……」
誰かがそんな声を上げる。
まさかレオが復帰してくるとは思わなかったからだろう。将輝の一撃で吹き飛ばされていたのだから。
そして『小通蓮』を振り回したレオは、最後の一人を殴り倒す。
勝負は決してしまった。
「……勝った、のよね?」
現実味が湧かないのか、真由美は誰かに問いかける。
「ああ、勝ったな」
「勝ちましたね」
摩利と鈴音はハッキリと答えた。
その瞬間、一高テントは大歓声に包まれる。
あの一条を相手に奮戦し、相打ちに近いとは言え倒した。そして最終的にはモノリス・コードの試合にも勝利し、優勝を決めたのだ。
この歓声も当然である。
その中で十文字克人と四葉紫音だけは難しい表情を浮かべていた。
(司波……確かめる必要があるな)
(あー、フォローしないといけないよなぁ……)
二人の悩みは誰も知ることがない。