九校戦九日目となり、そろそろ総合順位も確定し始めていた。
現時点で一位の第一高校と二位の第三高校との差は二百十ポイントであり、既に一高の優勝は決まっている。
本日行われるミラージ・バットは、一位が五十ポイント、二位が三十ポイント、三位が二十ポイント。明日の本選モノリス・コードは一位が百ポイントだ。
例え三高がミラージ・バットで一位から三位を独占し、モノリス・コードで優勝したとしても、第一高校の総合優勝は揺るがない。
勿論、一高としては残る競技も全力で臨むつもりだったが。
だが、その一方で大会委員会では大きな問題が浮かび上がっていた。
「どうしますか? 反魔法師団体が工作していたことは隠せません。最悪、九校戦自体が無効になる可能性も……」
「被害に遭ったのは一高、四高、そして七高ですね。特に一高と七高には怪我人も出しています」
「スポンサーからもどういうことかと説明の要求があるのですが、どうしましょう?」
「馬鹿野郎! それよりも老師様だろ!」
もうすぐ九校戦が終わるという時になって、頭を抱えたくなるような事態だった。
反魔法師団体イザクトによるCAD細工は非常に悪質であり、許しがたい事件である。だが、紫音が現場を直接抑えたことで、そういった細工が横行していたと一部で広まってしまった。大会委員会も鎮静に努めたが、広がった波紋は止まらない。
老師を含めた関係各所から説明請求をされているのである。
「新人戦モノリス・コードの事件は一番痛いですね。重傷者を出してしまいましたから。四高を失格にしたのも、体裁上仕方ないとは言え、不満は挙がっています」
「七高の件もですね。バトル・ボードで危険走行をしたのもCAD細工のせいだと思われます。九校戦に選ばれる選手が、そんなミスをするとは思えませんし」
「一番被害を被っている第一高校が圧倒的な点数差で優勝するでしょうから、文句は付けにくいと思います。ですが、不信が高まるのは避けられませんよ」
工作員と、それを手配していたイザクトのメンバーは既に全員捕まっている。この件でUSNA東海岸にあるイザクト本部にも抗議文を提出するつもりだ。
犯罪組織との繋がりもあるので、恐らくイザクトは解散の方向へと進んでいくことだろう。
長期的に考えれば都合の良い事件だった。
しかし、短期的に見ると問題だらけである。
「魔法協会の方からも抗議文が届いています。どうしますか?」
「そちらもイザクトか!?」
「いえ、一条選手が負けたことに関する内容でした」
「そっちもか!」
そしてもう一つの厄介事は、達也が将輝に勝ってしまったことである。所詮は学生のスポーツとは言え、十師族の一員が一般魔法師に負けるとなると、威信にかかわる。
日本を代表する名家、十師族の傷は魔法社会の傷だ。
それについて魔法協会から対応を求める文書が届いていたのである。
「あー! なんでこう、問題が二方向からやって来るんだ!」
スタッフの一人がそう叫んでしまうのも仕方ない。
こうなってしまった以上、九校戦の大会委員会は一つ姿勢を示さなければならないだろう。反魔法師団体には屈しないという強気、そして十師族の力を示す機会を九校戦の間に用意してその力を見せつけさせておかなければならないのだ。
誰もが悩んでいた時。ふと一人のスタッフが提案をした。
「あの、こういうのはどうですか――――?」
それを聞いた時、誰もが一瞬だけ難しい表情を浮かべる。
だが、有効な手の一つであるのは間違いない。
有効な手段を他に思いつかない以上、大会委員長も許可を出すしかなかった。
大会スタッフは、委員長の指示のもと、早速手配を始めるのだった。
◆◆◆
九日目の本選ミラージ・バットは第一高校が圧勝した。二年生と三年生に交じって出場した深雪も、トーラス=シルバー作(つまり達也が作った)飛行魔法デバイスによってぶっちぎりの優勝をしてみせたのである。
加重系統魔法の三大難問と言われた汎用飛行術式。
勿論、飛行自体には問題ないのだが、飛行中に何度も加速減速を重ねると魔法力の関係で限界が訪れてしまい、平均して十回ほどの魔法行使で墜落してしまうことが分かっていた。そこで達也は魔法をごく短時間で終了するように、起動式にデジタル処理を加えることで解決する。
何度も魔法を発動しては終了させることで、魔法の重ね掛けによる飛行魔法の限界を解決したのだ。
勿論、大量の魔法行使が必要となるので、相応のサイオン量が必要になる。
深雪だからこそ使いこなせる魔法だった。
ミラージ・バット予選で飛行術式を披露したので、大会委員からこれはズルいと判断される。他校からも不正が疑われたので急遽、決勝から飛行デバイスをコピーして全ての選手に配布したのである。
勿論、使いこなせず途中でサイオン切れを起こし、深雪の圧勝となったが。
そして忠告を聞いて、飛行術式を使わず『跳躍』のみで戦った一高のミラージ・バット出場者、小早川景子も見事に二位となり、第一高校は更に点数を伸ばしたのだった。
初めも彼女は飛行術式を使うことを望んでいたのだが、担当エンジニアの平川小春が止め、彼女に協力する形で達也も説得したのである。
ちなみにもう一人いた一校選手は予選で敗退しているので、一位から三位まで独占とはならなかった。
(飛行術式……また達也が別方向から疑われているみたいだな)
紫音は中条あずさを観察することで、達也をトーラス=シルバーだと半ば確信していることに気付いた。確かに、あれほど高校生から逸脱した技能を見せた上に、飛行術式まで披露したのだ。
技術者ならば疑って当然である。
他の生徒たちは、達也が二科生という先入観から、そこまで想像できていないようだ。
しかし、その先入観がなかったあずさは誤魔化せなかったらしい。
(始末は……リスクが高いか。まぁ、彼女も周囲に言いふらす性格じゃないし、今は放置でいいだろ。達也がモノリス・コードに出てくれたお陰で、
九日目の行程が終了した今、紫音は優勝記念の祝賀会に向かっていた。新人戦が終了した昨日の時点で優勝が確定していたとはいえ、ミラージ・バットの準備もあったので一高だけのささやかな祝賀会すら開く暇はなかった。
だが、最終日である明日はモノリス・コードだけであり、生徒の大半は暇になる。
そこで、主に一年生を集めて祝賀会を開いたのだった。
これは優勝記念でもあるが、その本当のところは新人戦優勝のお祝いである。
当然、活躍した紫音も参加する予定だった。
だが、ホテルの廊下を歩いていると、不意に背後から声をかけられる。
「四葉、少しいいか?」
「あれ? 十文字会頭じゃないですか。モノリス・コードの打ち合わせがあるんじゃないですか?」
「それは切り上げてきた。後は細かいところだけだからな。それよりも少し来て貰いたい」
「分かりました。どこまで?」
「大会本部だ」
十文字克人がわざわざ呼びに来たということは、十師族関連だろうと推測する。紫音としても呼び出される心当たりがなくもないので、素直に応じることにした。
そして暗くなっている夜道を歩き、まだ明るい大会本部テントへと向かう。
中に入ると、前に会った大会委員長、そして一条将輝がいた。
「待たせたようだ。済まない」
「いえ、十文字殿も四葉殿もよく来られました。どうぞこちらへ」
委員長に着席を促されたので、紫音も克人も座る。
そして紫音たちの正面側に委員長も座ったところで、スタッフの一人がお茶を持ってきた。四人分が用意されたのち、委員長が口を開く。
「突然お呼びして申し訳ありません」
「出来れば明日の試合があるので、早めに終わらせて貰いたいのだが……」
「勿論です十文字殿。話はすぐに終わります」
委員長はそう言って資料を取り出し、紫音たちに配った。
紫音は受け取るとすぐに読んで内容を把握する。
(そうきたか)
記されていたのは、モノリス・コードによる特別試合。
紫音、克人、将輝で十師族による合同チームを組み、富士軍事演習場にいる本職の軍人と試合するのだ。ちなみに、軍でもモノリス・コードは競技として存在する。魔法を鍛えるスポーツの一環として認められているのだ。
なので、モノリス・コードにも精通した相手となる。
学生を相手にするのとは比べ物にならない。
「なるほど。内容は理解しました。つまりこれは、十師族の力を見せつけつつ、軍との関係性を強調することで反魔法師団体が九校戦で細工していた事実に対し、強気の対応を見せる。そういうことですね?」
「その通りです十文字殿。受けてくださいますか?」
これには克人も腕を組んで考える。
確かに思うところがあるのだろう。だが、これを九校戦の場でやるべきかは慎重に考えなくてはならない。
言い方は悪いが、これは誤魔化しなのだ。
イザクトが九校戦で細工をしていた事実に対する誤魔化しである。
だが、まだ学生の十師族が軍人と試合をすることで、反魔法師団体に対しても正面から強気のアピールをすることになる。有効な手段であることには違いなかった。
更に言えば、特別試合をすることで各スポンサーたちへの機嫌取りも行うつもりである。
「良いでしょう。四葉と一条はどうだ?」
「構いませんよ」
「問題ありません。元はと言えば俺が司波に負けてしまったことも発端のようですし」
紫音としても目立てる場はウェルカムなので了承する。疲れもすっかり回復してるため、モノリス・コードを行っても問題ないだろう。
それに真夜からも『出場しないの?』という催促を頂いていたのだ。
丁度いい機会でもある。
寧ろ真夜が仕込んだのではないかと紫音も疑ったほどだ。
そして達也に負けた将輝としても汚名を晴らすチャンスだと考えたので、受けることにした。
「良かった……では、そのように調整していきます。試合は、明日のモノリス・コード決勝戦が終わった後です。九校戦のすべてが終わった後に、特別試合として行います。恐らく十文字殿は連続試合となるでしょう。一時間ほどは休憩を挟む予定ですが、それで問題ありませんか?」
「こちらは構わない」
「ありがとうございます」
大会委員長もホッとした様子で胸を撫で下ろした。
これで十師族や魔法協会に対しても面目が立つかもしれないと安堵しているのだろう。
「では、よろしくお願いします」
委員長は深く頭を下げたのだった。
◆◆◆
九校戦の最終日。
第一高校は既に優勝確定とは言え、モノリス・コードにも気合が入っていた。なにせ、十文字克人が出場するのだ。気合の入り方が違う。
更に、一条将輝の敗北を受けて、師族会議から一つの通達があった。
それは十師族としての力を見せつけろというもの。
十文字家のお家芸である『ファランクス』によって相手選手を跳ね飛ばし、圧倒的な力を見せつけた。どんな魔法攻撃も障壁が阻み、克人の攻撃は防げない。
あっという間に優勝してしまったのだった。
そして、ここで一つのアナウンスが鳴る。
『以上を持ちまして、九校戦の全ての行程を終了させていただきます。なお、一時間後から十師族の代表選手によるモノリス・コード特別試合が行われます。第一高校三年・十文字克人選手、第一高校一年・四葉紫音選手、第三高校一年、一条将輝選手がチームとなり、陸軍所属のモノリス・コード選手と試合を行います。
繰り返します―――』
紫音たちを除けば、誰も知らなかったサプライズイベント。
これには観客だけでなく一高や他校選手たちも驚き、沸き上がる。
十師族の一員がチームを組んでモノリス・コードをするというのだ。その興奮は計り知れないだろう。一体どのような試合になるのか、予想も出来ない。
一高陣営も、完全優勝に対する喜びの他に、この特別な試合に対する興奮が強かった。
「また十文字先輩が出るぞ!」
「四葉も出るんだろ? どんな魔法を使うんだろうな」
「一条選手とも組むんだって。ドリームチームよ!」
「相手はプロのモノリス・コード選手だろ? 勝てるのか?」
「分からないぜ? なにせ十師族だからな」
このサプライズはスポンサーたちにとっても間違いなくビッグイベントである。そして、この一つの試合だけで各界に魔法協会の姿勢を見せつけることも出来るだろう。
まだ子供とは言え、十師族がどれだけの力を持つのか、日本の魔法師はどれだけの力を持っているのか、ということを発信する機会である。テレビ局でも急遽、九校戦の番組を延長することになっていた。
そして紫音のもとには、真夜から電話がかかってきていた。
「紫音です」
『どうやら特別試合に出るようね。楽しませて貰うわ』
「私としてはそんな予定もなかったのですが……達也のこともありますからね」
『ええ、そうね。だから存分に戦いなさい』
「お任せを、母上」
CADを必要としない紫音はともかく、将輝や克人は調整に入っている頃だろう。指定された集合場所に向かうために、足を速めるのだった。
一体いつから、紫音がモノリス・コードに出ないと錯覚していた……?