モノリス・コード特別試合が始まる数分前、紫音たちは自陣モノリスの側で待機していた。フィールドは新人戦決勝と同じく草原ステージ。恐らく、十師族との戦いをより分かりやすくするために選ばれたのだろう。
九校戦側の意思が透けて見えるようだった。
「四葉、それに一条。作戦は特に与えない。所詮は即席のチームだ。チームワークなど期待する方が難しいからな」
克人の言葉に紫音も将輝も頷く。
この試合も昨日言われたことであり、作戦立案も出来ていない。強いて言うなら、克人が『ファランクス』を展開しながら突撃し、紫音と将輝が背後から砲撃に専念すると言った程度。
とても作戦とは言えない。
「そろそろ始まる。相手は軍属の魔法師だ。油断はするな。一条も宜しく頼む」
「了解です十文字会頭」
「宜しくお願いします」
うむ、と克人が頷いたところで、試合開始のサイレンが鳴り響く。
相手は陸軍所属の魔法師だ。魔法での実戦を想定した訓練を積む猛者たちである。九校戦で戦った学生とは天と地ほども差があることだろう。それは魔法力の差ではなく、魔法の使い方だ。
老師の言っていた『工夫』を凝らしているはずである。
「行くぞ」
「わかりました」
「全力で行きます!」
克人は悠々と歩きだした。
相手チームとの距離は凡そ六百メートル。開けた場所なので、遥か向こうにある三つの影だけは認識できる。早速とばかりに砲撃戦がスタートした。
まず、特化型CADを構えた将輝が圧縮空気弾を使う。魔法において物理的距離は関係なく、認識できる場所ならばどこにでも魔法を発動できる。これによって、遥か遠くにいる相手チームの上空から空気弾を放った。
だが、相手も陸軍に所属する程の魔法師だ。
その程度ではビクともしない。
悠然と空気を拡散させる魔法を使い、無効化した。
更に、意趣返しとして相手も圧縮空気弾を使ってくる。
「ふん」
それは全て克人の障壁魔法によって防がれた。
四系統八種の魔法障壁を使いこなす十文字家にとって、この程度はわけない。
「流石ですね会頭」
「おい四葉! お前も働けよ!」
紫音が普通に感心していると、将輝から怒られる。
そこで、肩をすくめた紫音は右手を伸ばして相手チームの方へと向ける。そして親指と中指を付け、弾くことで指を鳴らした。
だが、克人にも将輝にも音は聞こえない。
紫音はフラッシュキャストによって音を増幅させ、更に一方向へと『調律』することで衝撃波に変えて飛ばしたのだ。達也の魔法では一方向に飛ばすことが出来ず、拡散させることになった。しかし、紫音ならば全ての音エネルギーを無駄なく一方向に飛ばすことが出来る。
これによって克人と将輝には音が聞こえなかったのだ。
しかし、飛ばされた衝撃波は凄まじい威力になる。一秒ちょっとで衝撃波が相手チームの元に届き、一人が吹き飛ばされた。
指を鳴らして音を増幅させ、一方向に衝撃波として飛ばす紫音の汎用魔法『音壊』。
本来は相手を直接殴打したときの音を増幅させ、内臓を破壊することを目的としている。この魔法のために紫音は体術も習得していた。
「もう一発行きますか?」
暗に『自分だけで始末できるけど、どうする?』と問いかける。
これには将輝もムッとしたのか、パラレルキャストで大量の圧縮空気弾を生成する。相手チームもいきなり一人が吹き飛ばされたことで動揺しているらしかった。それで乱れてしまったのか、将輝の魔法を回避するのに遅れてしまう。
直撃こそ避けたが、相手はペースを乱されたらしかった。
「攻めるぞ二人とも」
「では自分が閃光魔法を使いますので、十文字会頭と一条は光波系の防御を使いつつ走ってください」
「おい四葉! 俺はその手の障壁魔法をCADに入れてないぞ!」
「分かった。なら、一条の分も俺が障壁展開しよう。任せたぞ四葉」
早口で会話を終えた三人は、即座に陣形を変える。
克人と将輝が二人とも前に、そして紫音が後ろである。そして紫音はフラッシュキャストで強い閃光を放った。今の時点で相手との距離は四百メートルほどであり、自己加速術式を使えば二十秒以内に詰められる距離である。
そして魔法の射程を考えれば、限界まで距離を詰める必要はない。
つまり、相手が閃光を喰らって、そこから回復するまでに十分距離を詰めることが出来る。
向こうも、草原ステージのモノリス・コードで閃光魔法を使ってくるとは思わなかったのか、激しい光を浴びて明転しているようだった。
その間に克人と将輝は距離を詰めて魔法を使おうとする。克人は加重系統による障壁で相手を吹き飛ばす魔法、将輝は空気弾を無効化されたことから、移動魔法で土砂をぶつけることにした。
だが、二人が魔法を発動しようとした直前に、足元で放電が発生する。
「む?」
「何!?」
放出系魔法による電子の強制排出。これによって電撃を浴びせる魔法だ。
放ったのは紫音に吹き飛ばされたはずのもう一人。距離もあったので、衝撃波は予想以上に減衰していたらしい。気絶させるには至らなかったようだ。
吹き飛ばされた後は、一度戦線から外れてチャンスを窺っていたのである。
克人が反射的に障壁魔法を展開し、放出される電子を防ぐ。これによって克人も将輝も辛うじてリタイアを免れた。
しかし、その間に向こうの二人も閃光による明転から復帰してしまう。
そして距離を詰めたことで照準がつけやすくなるのは相手も同じだ。如何に魔法が距離に縛られないといっても、人の認識はほとんど目に頼っている。近ければ近いほど、狙いやすい。
振動魔法によって地面が大きく揺らされ、将輝どころか克人までも膝をついた。
「今だ吉岡!」
「了解!」
吉岡――紫音に吹き飛ばされた男――は再び放出系魔法で放電を発動させようとする。しかし、後方にいた紫音が『音壊』による衝撃波を飛ばす方が早かった。
知らぬ間に距離を詰めていた紫音から飛ばされた衝撃波は、一瞬と経たずに吉岡を吹き飛ばす。これによって事象改変が実行されかけていた放電の魔法はキャンセルされた。
更に紫音は、この事象改変を
既に事象改変によって物理の制約が弱まっていたので、簡単に魔法が発動する。
これには今度こそ、吉岡も気絶してしまった。
「十文字会頭! 一条!」
紫音の言葉と同時に、持ち直した克人は『ファランクス』で相手を一人吹き飛ばした。凄まじい衝撃を全身に受けたことで、一撃ノックダウンとなる。
本来は重装車両すら圧し潰すことの出来る魔法なのだ。人が喰らえば一溜まりもない。
そして将輝も飽和砲撃を得意とする一条家の跡取りだ。『爆裂』ならともかく、圧縮空気砲ならば、相手が対処しきれないほど一度に発動できる。
大量の空気弾を喰らい、残る一人も気絶。
試合終了を知らせるサイレンが鳴った。
「お疲れ様です会頭」
「うむ。四葉もよくやった」
少し離れたところに居た紫音は、克人と将輝の元に近寄った。
だが、将輝はその紫音に掴みかかる勢いで問いかける。
「おい四葉! 最後のアレは何だ!? 相手の魔法を引き継いだように見えたぞ!」
「その通り。何か問題でも?」
「そんなことが出来るのか!?」
「当たり前だ。相手の魔法をそのままコピーして奪い取るならともかく、事象改変を借り受けて発動補助するぐらいなら出来るに決まっているだろ。理論上」
「理論の上ではな!」
確かに、将輝の言った通り理論上の話である。
例えばFAE(Free After Execution)理論がそれに近い。
これは魔法が本来の物理法則から外れている故に、魔法発動後には物理の束縛が緩くなるというもの。それは一ミリ秒以下のことだが、実際にその現象は起り得る。
とはいえ本当に理論だけの話だ。
実戦で使用するには多くの偶然と経験が必要になる。
将輝が驚くのも当然だった。
紫音は『調律』によって表層意識を読み取り、相手の選択する魔法を把握することで、相手の事象改変を利用することを思いついただけであった。いわば、一つの偶然である。紫音がたまたま電子を放出する系統の弱い魔法をフラッシュキャストで記憶していたからこそ出来たことである。
(まぁ、
紫音はそんな心の声を仕舞い込む。
系統外精神干渉魔法『調律』の真なる力は誰にも明かすわけにはいかない。知っているのは四葉の中でも一部だけだろう。分家を含めた親族を除けば、葉山のような側近クラスの人物だけだ。
ともかく、将輝も納得はしたらしい。
微妙な表情を浮かべつつもこれ以上は質問して来なかった。
「四葉、一条。よくやった。これで運営側も満足だろう。相手をして下さった軍の方を起こして戻るぞ」
「あー、そうですね。当て馬みたいになってしまいましたし、それぐらいは」
「え、ええ……」
こうして、九校戦における全ての試合は終了したのだった。
◆◆◆
長い表彰式も終わり、第一高校は見事な総合優勝を飾った。
そして、夜。
九校戦の全てを終えた選手たちは、その祝賀会に参加していた。第一高校から第九高校までの全員が、十二日前に懇親会を行ったホテルのパーティ会場に集まっている。
その時とは異なり、ここは本当に親交を深める場となる。
闘いを終えた選手たちは、ライバルたちとも交わりつつ時を過ごしていた。
なお、この場には各企業も優秀なエンジニア候補の生徒を勧誘する場でもあるので、達也は大層忙しそうにしていたが。
そして、このパーティの場に紫音はいなかった。
「一応、頑張ったと思うのですがね。真夜様?」
「そうではないでしょう?」
「え?」
真夜にそう言われた紫音は少し考えてから言い直す。
「ああ……どうでしたか母上?」
「とても素晴らしかったわ」
現在、紫音はホテルの一室で真夜と共にいた。
今日の内に真夜は本邸へと戻るので、最後の挨拶のために訪れていたのである。
「今回は想像以上に梃子摺らされました。四葉の方にも迷惑は掛かっていませんか?」
「問題ないわ。私が訪れている場で起こった不祥事。それを半分以上、貴方の功績で捕えたのだから貸しを与えたと言っても過言ではないでしょう。防衛省の方にも手が伸びました。訪れた甲斐があったというものです」
「一時は九島閣下の手も借りようかと思ったぐらいでしたが……」
「それはしなくて正解よ」
紫音は心の内で密かに安堵する。
本当の最終手段として考えていただけとはいえ、実行しなくてよかったと思えた。
「ところで、
「それについては直接的利益にはなりませんでした。ですが、防衛省や公安の方からの覚えは良くなったと思います。どうやら、
「確か……魔法師の脳にあるニューロンを利用した疑似感応石。それによって特定魔法の演算規模を増大させることが出来るものでしたか? あれは人間の脳を利用するという特性上、真っ黒な代物ですから、どこかの犯罪組織が独占していると聞いていました。まさか
「その通りです。これによって軍の……勿論、独立魔装大隊以外の部分と接点が生まれました。これは貴方を戦略級魔法師として出すときに必要になる繋がりです」
紫音のことを公表するときも、ただ軍の方に打診する訳にはいかない。勿論、それでも構わないと言えば構わないのだが、もっと有意義にこの手札は切るべきなのだ。
具体的には戦略級魔法が必要な状況下において、司波達也の『
具体的に力を見せつける状況であると同時に、より上の立場に立つ。
四葉側が『この子を戦略級魔法師として使ってください』と言うよりも、防衛省に『是非ともその子を戦略級魔法師として迎えたい』と言わせるのが目的である。
そのために軍への貸しを積み重ね、いざという時に四葉の力を使う場を提供させなければならない。
今回の件で、一段階進んだ。
「最後に一つ、紫音さんに忠告しておきます」
「忠告ですか?」
「今以上に慎重になりなさい。どうやら、貴方のことを嗅ぎまわっている人物がいるようです。特に電子的なやり取りは常に監視されていると思いなさい」
「……ならば黒羽の報告も紙媒体が望ましいでしょうか?」
「今のところは必要ないでしょう。私の方でも、貴方を監視している人物を監視していますから」
「いつも通り、囮というわけですね」
「ええ。だから忠告はしました」
「ではお言葉通り、気を付けます。丁度、今回の九校戦で
紫音は掌の上に
そこには紫音の記憶領域に刻みつけられた
それを古式魔法師が見ればこう言ったことだろう。
精霊―――と。
紫音さんが四葉大嫌いメンヘラおじいちゃんに目を付けられたぞ☆
愚爺に狙われるってことは……?
というわけで、九校戦編は終わりです。
次は夏休み+1編ですかね……と思わせつつ、すっ飛ばします。きっと紫音さんは最近の疲れを長期休暇で癒したんです。そっとしてあげてください。
次から横浜騒乱編が始まりますよー。