黒羽転生   作:NANSAN

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横浜騒乱編
横浜騒乱編1


 横浜。

 多くの船が行き来する港で、不審船が発見された。通報を受けた魔法師の警察官が現場に派遣される。

 

 

「おーおー。こりゃ物騒だねー」

「無駄口は止めてください千葉警部」

「いやしかし稲垣君。これは大事件だよ」

 

 

 恐らくは海外からやってきた特殊部隊の類だ。

 武装を見れば分かる。

 千葉家の長男であり、警察に勤める千葉(ちば)寿和(としかず)は木刀を肩に乗せつつボヤいた。

 

 

「行きますよ。魔法犯に対処できるのは、我々魔法師の刑事だけですから」

「全く。俺は君の上司なんだが?」

「自分は貴方より年上です」

 

 

 やれやれ、と言いつつも寿和は自己加速術式を使って現場に迫る。千葉家の得意とする、魔法を利用した白兵戦法は体に染みついている。今更、会話した程度で体勢を崩したりはしない。

 

 

「仕方ない。お仕事をしよう、か!」

 

 

 寿和はそう言って飛び上がり、移動魔法を使って物理に喧嘩を売っているかのような空中機動をする。気付いた犯人たちは手に持ったサブマシンガンで対応するも、寿和はそれを全て回避した。

 次の瞬間、木刀が牙を剥く。

 

 

「が!?」

「ぐあ……」

「く……そ……」

「ぎゃっ……!?」

「いっちょ上がりってね」

 

 

 そう言いつつ、木刀を再び肩に乗せた。

 援護射撃が担当の稲垣は、拳銃機能のある武装一体型CADを構えつつ、寿和に追いついた。

 

 

「警部。あそこに船が! 押さえますよ!」

「え? 俺がやるの?」

「さっさとやる」

 

 

 仕方ねぇ……と呟きつつ、寿和は木刀からスラリと刃を解き放つ。どうやら仕込み杖のように、内部に刀を仕込んでいたらしい。

 そして刀を構えつつ、稲垣に向かって命じた。

 

 

「君がまず、船を止めてくれ」

「自分では沈めることになるかもしれませんが?」

「上手くスクリューを狙えば大丈夫さ。それに沈めても責任は課長が取ってくれる」

「分かりましたよ……」

 

 

 稲垣はそう言って武装一体型CADに弾丸を込める。

 そして照準を付け、加速魔法を加えた銃弾を放った。空気と海を切り裂いて弾丸は飛び、海中の水による粘性抵抗すら振り切ってスクリューを破壊する。

 

 

「お見事」

 

 

 魔法で跳躍した寿和は一気に船へと飛び移る。

 そして斬撃で船の甲板を破壊した。

 だが……

 

 

「もぬけの殻……か」

 

 

 船底には海中に逃げるための穴が開いていた。

 もはや追跡は不可能だろう。

 

 

「全く……無駄骨だったじゃないか」

 

 

 その溜息は暗い夜空に消えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終わり第一高校では新生徒会、風紀委員会が発足した。

 生徒会長は中条あずさ、副会長が深雪、会計が五十里啓、書記が光井ほのかである。そして風紀委員長には九校戦の女子アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝した千代田花音が就任した。なお、他の風紀委員メンバーは変わらずである。

 紫音か達也が生徒会に移籍する案もあったのだが、風紀委員において書類担当――本来はそんな担当などない――の達也が抜けるのは困ると言って花音が引き留めた。そして紫音は、単純に風紀委員にいると学校全体が引き締まるからである。

 そして季節は秋になり、そろそろ論文コンペティションの時期が迫っていた。

 また、その件について紫音は頭を悩ませていた。

 

 

「達也。なんで君は論文コンペティションの手伝いに選ばれたんだ?」

「市原先輩、五十里先輩、平河先輩から是非と言われてな」

「お陰で誰が風紀委員の書類仕事をすると思ってるんだ」

「お前だろ?」

「そうだよ! 俺だよ! 千代田先輩が全ての書類仕事を俺に押し付けるんだよ!」

 

 

 紫音は風紀委員会本部で本音を叫ぶ。

 実は達也は秋の論文コンペティションで発表する一高チームから、助っ人として要請されていた。基本的に、論文コンペティションはメイン一人に補助二人の三人で出場するのだが、準備段階においては風紀委員や生徒会、部活連などからお手伝いを要請してよいことになっている。

 その名目で達也が呼ばれたのだった。

 勿論、それもこれも九校戦で達也が凄まじい技術力を示したからである。

 また、鈴音たちが発表する論文のテーマも達也向きだった。

 

 

「市原先輩たちは重力制御魔法式熱核融合炉をテーマにしているらしい。俺も同じテーマを志している以上、興味がある。助っ人を要請されて受けたのはそれが一番の理由だ」

「別に理由なんて聞いてないっての……」

「しかし俺としても驚いた。市原先輩や五十里先輩はともかく、平河先輩も好意的だとは思わなかったな」

「平河先輩って言ったら、九校戦でもエンジニアしてたからな。達也の活躍を生で見ていたわけだし、注目していて当然じゃないか?」

「ああ、なるほど。そう言えば、ミラージ・バットの時も少しあったな」

 

 

 達也はどこか遠い目をしながら、数か月前の話を始めた。

 

 

「本選ミラージ・バットの決勝戦で、他校も飛行術式を使ってきただろう? それで平河先輩がエンジニアを担当していた小早川先輩も飛行術式を使いたいと言ってきたんだ。だが、平河先輩はいきなり使える術式じゃないから危ないって説得してな。それでも小早川先輩は聞かなかったから、俺も一緒に説得したんだ」

「それで謎の連帯感が生まれたってことか?」

「結果として小早川先輩はミラージ・バット二位だった。他校が飛行術式を使ってこの結果だ。だから余計にな」

「なるほどねぇ」

 

 

 原作において、無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)による工作で小早川景子はミラージ・バット予選中に落下事故を起こしてしまい。そのエンジニアだった平河小春も、事件が原因で心に傷を負い、体調を崩していた。

 その穴埋めとして達也が論文コンペティションのメンバーとして選ばれたのだが、どうやら平河小春が無事な状態でも論文コンペティションの助っ人はするらしい。

 なんとしてでも原作に沿おうとする力が働いているかのようだった。

 気味悪いな、と思いつつも、紫音は表情に出すことなく会話を続ける。

 

 

「しかし高校生にしては大きなテーマを選んだものだな。重力制御魔法式熱核融合炉って加重系統魔法の三大難問……いまは二大難問か。飛行術式がシルバー様によって解決されたからな」

「だが、テーマが大きいかどうかは関係ない。そこに付随する意義が重要だと、俺は思っている」

「というと?」

「魔法師を兵器ではなく、別方向に導くということだ。確かに、魔法師は兵器として運用するために開発されてきた存在だ。しかし、これからはそれだけではいけないと思っている。魔法師にとって兵器だけが道ではないと市原先輩は示したいんだ」

「……それはそれは」

 

 

 四葉の兵器であることを選んだ紫音にとって、中々に眩しい目標である。

 『調律』の力は、人を傷つけ、殺し、精神に侵入し、尊厳を踏みにじることしかできない魔法だ。精神治療にも使えなくはないが、紫音はその方向で魔法を鍛えて来なかった。

 ただ、兵器としての力だけを高めてきたのである。

 特に父親である黒羽貢は、何かと対抗するかのように紫音を鍛え続けた。何を思って紫音に破壊の力を与えたのかは分からない。しかし、どこか必死だったので特に理由は聞かなかった。

 既に紫音は兵器として、育てられた。

 今更、人の役に立つ方向を見出そうとは思わない。

 この破壊の力も、四葉や黒羽を守る力なのだから。

 

 

「それで紫音。本題に入りたいんだが」

「今までのは何だったんだ……」

「ただの前置きだ」

 

 

 元々、風紀委員会本部で書類仕事をしていた紫音のもとに達也が来たのが会話の始まりだった。いきなり論文コンペティションの話題を振ってきたので、ただの報告だと思ったのだが、別の用件があるらしい。

 紫音は座り直して話を聞く姿勢になる。

 

 

「実は、論文コンペでは出場者に風紀委員会か部活連から護衛を付けるらしい。機材や資料、出場者本人が狙われるケースもあると聞いている」

「高校生レベルって言っても、貴重な資料を使ったりするからな。論文だって学術誌に記載される程ハイレベルなものもあるし」

「そうだ。市原先輩には部活連から服部先輩と桐原先輩が付くそうだ。そして五十里先輩は―――」

「千代田先輩だろ?」

「その通りだ。で、平河先輩にはお前が推薦されている」

 

 

 達也は真顔でそういったが、紫音はすぐに嘘だと気付いた。

 長年、達也と付き合っているのだ。

 それぐらいは分かる。

 

 

「……本当は選ばれたの、達也だろ。お前だって風紀委員だし、助っ人という立場だし。面倒だから俺に押し付けたな?」

「その通りだ。俺が推薦した」

「おい、何が『お前が推薦されている』だ。お前のせいじゃないか」

「平河先輩も問題ないそうだ。寧ろ、四葉の家の者と話せる機会かもしれないって言っていたぞ」

「逃げ道を塞いでくるねぇ……まぁいいけどさ」

 

 

 達也に護衛を任せた場合、その異常性が滲み出てくる。

 仮に襲撃があった場合、達也は『分解』を使うことになるだろう。それは間違いない。だからこそ、公に力を振るえる紫音が護衛に就くのは間違いではない。

 

 

(俺も最近は周囲を嗅ぎまわられているんだけど……大丈夫かね?)

 

 

 九校戦以降、紫音の周囲では監視が増えている気がする。

 それは国外からのスパイに限らず、国内における十師族の者もいるらしい。特に七草は紫音の周囲を常にウロウロしていた。

 そんな人物が護衛として相応しいのか、甚だ疑問ではある。

 しかし、既に外堀を埋められている以上、断ることも出来なかった。

 

 

「分かったよ。取りあえず引き受けよう」

「そうか。助かる」

「念のためにCADを持ち歩くかな……夜の戦闘はCADがないと辛いし」

「分かった。調整しよう」

「頼む」

 

 

 紫音にはフラッシュキャストと『暗黒流星群(ダークミーティア)』があるので、昼間の戦闘においては殆ど無敵だ。しかし、太陽光のない夜になると戦闘力は大きく落ちる。『音壊』があるので戦えなくはないものの、この場合はCADによる補助があった方が良い。

 紫音のCADは夜の戦闘を意識した特別仕様なのだ。

 

 

「ちなみに護衛はいつからだ?」

「今日だ」

「早急にCADを頼む。久しぶりに使うし」

「ああ、分かった。あとでCAD調整実習室を借りて行おう」

 

 

 紫音は厄介事の予感に溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員の書類仕事を終わらせた紫音は、論文コンペの準備室へと向かっていた。予め達也から場所は聞いているので迷うことはない。広い魔法科高校も、日頃見回りをしている風紀委員からすれば迷う要素のない場所だ。

 こういうところは風紀委員であることに感謝した。

 尤も、その感謝も書類仕事を考えれば消え失せるが。

 そして準備室の前に立ち、ノックをしてから入室する。一応、市原の返事は聞こえたので問題はない。

 

 

「四葉です。先程、風紀委員の仕事が終わったので訪れたのですが……」

「平河さんの護衛の件ですね。よく来てくれました四葉君」

「こんにちは四葉君。あたしが平河小春よ。護衛を引き受けてくれてありがとね。やっぱり十師族の人に護衛して貰うってなると、安心感が違うわ」

 

 

 四葉が恐怖の象徴という一面を持つ中で、小春の言い分は珍しいものだ。

 紫音は少し驚く。

 

 

「驚きましたか四葉君?」

「ええ、まぁ」

 

 

 心を読んだかのような鈴音の言葉に、紫音は頷いた。

 

 

「これでも怖がられることの方が多いですからね。頼られるなんて久しぶりですよ」

「九校戦の活躍は存分に見たからね。期待もするよ」

「そういうことです」

「それだけ四葉君の試合が衝撃的だったってことさ」

「そういうものですかね?」

 

 

 鈴音だけでなく啓も同意したので、紫音は納得する。

 そして紫音もここに来た本題を思い出し、用件を述べることにした。

 

 

「では、風紀委員より平河小春先輩の護衛を務めさせていただきます、四葉紫音です。護衛と言うのは主に登下校中を考えれば良いですよね?」

「そうね。登校、帰宅の時を護衛して欲しいかな。朝は早くから来て貰うことになるし、迷惑かもしれないけどお願いね?」

「それぐらいなら。これでも早起きする習慣が付いているので問題ありませんよ」

「よかった。じゃあ、早速だけどメールアドレスを交換してくれない?」

「そうですね。連絡がつかないのは不便ですから」

 

 

 紫音はポケットから携帯端末を取り出し、アドレスの交換を済ませる。

 すると丁度そこで、準備室の扉がノックされた。鈴音が許可を出すと、扉を開けて達也が入ってくる。

 

 

「ここにいたのか紫音。風紀委員会本部に一度寄ったんだが、いなくてな。ここに来て正解だった」

「風紀委員の方が終わったからな。俺もここに来たのはさっきだし、どうやら擦れ違ったらしいな」

「CADの調整をやっておいた。念のために確かめてくれ。長期間使っていないから、かなり調整が必要だったぞ」

「悪いな」

 

 

 紫音は達也からケースを受け取り、開いてCADを取り出した。銃身の長い拳銃タイプのCADであり、全体が黒で塗られていた。

 初めて見る紫音のCADに鈴音が興味深げな目を向ける。

 

 

「特化型ですか?」

「いえ、汎用型ですよ」

「まさか照準補助の付いた汎用型ですか? 九校戦でも司波君が披露した……」

「違います。これは銃の形をしているだけで、照準補助装置はありません。普通の汎用型ですね」

 

 

 黒塗りの銃を彷彿とさせる紫音のCADは、特殊な形状をしている汎用型だ。見た目は特化型で見られる拳銃型だが、その先端部分は照準補助ではなく、領域展開補助のパーツとなっている。

 勿論、それを素直に言うつもりはなかったが。

 紫音は手に持って違和感がないか確かめ、サイオンを流して起動式展開の直前まで持っていく。そして不具合がないことを確認し、起動式展開をキャンセルした。

 

 

「よし、問題ないな」

「それは良かった」

 

 

 紫音は黒いCADを懐に仕舞いつつ、達也に礼を言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 夜の戦闘はCADで補う。
 そして紫音は平河先輩の護衛になったぞ

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