黒羽転生   作:NANSAN

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横浜騒乱編2

 帰り道、紫音は風紀委員としての仕事をこなすために平河小春とキャビネットを共にしていた。最大四人が搭乗可能なバスであり、運転手はいない。全て、コンピューター管理によって運用されている。

 そもそも、現代において運転とは趣味の領域だ。

 ネットワークで交通量などを把握し、コンピューターが最適ルートで目的地まで運んでくれる。紫音と小春が乗っているキャビネットもそのシステムが搭載された乗り物だった。

 

 

「へぇ。平河先輩には妹さんが?」

「そうなのよ。四葉君と同じ学年よ。千秋って言うの。二科生だけどね」

「それは知りませんでした」

「あたしともあんまり仲良くないんだけどね……やっぱりあたしが一科生で千秋が二科生だから、どうしても親が比較しちゃって」

「拗ねてしまったということですか?」

「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと距離が出来ちゃったのよ」

 

 

 小春は溜息を吐きながらそんなことを言う。

 無言で先輩女子とキャビネットを一緒にするのは御免だと思って紫音が振った話だったのだが、思いのほか微妙な関係だったので若干後悔する。

 

 

「二科生でも司波君みたいに出来る人もいる訳だし、それを目標にして欲しいんだけどね」

「アレは特殊なので、あまり参考にしない方がよろしいかと……」

「まぁね。司波君は天才って域だと思うわ。あたしも嫉妬してしまうぐらいの技術力だもの」

 

 

 事実、達也はトーラス=シルバーとして働いているプロだ。

 ちなみに務めている会社はFLT(Four Leaves Technology)である。FLTは四葉が絡んでいる会社なので、トーラス=シルバーのパーソナルデータはキッチリ保護されている。

 (Four)(Leaves)という如何にも手抜きなネーミングの会社だが、四葉や八葉を意味する名前の魔法系企業は日本でも多いので、丁度良いカモフラージュになっていた。

 それはともかく、そんな達也と張り合うのは無茶というものである。

 

 

「司波君はあのトーラス=シルバーを思わせる技術者よ。九校戦でも他校の生徒が叫んでたわ。将来的には、きっと第一線で活躍するでしょうね。論文コンペの作業も一緒にしていると嫌でもそう思わされるわ」

(バレかけじゃねーか)

 

 

 流石に九校戦はやり過ぎたのだろう。

 それに関しては紫音も咎めるつもりなどないが、面倒な疑惑が浮上しているのも間違いない。今は小春も達也とトーラス=シルバーが同一人物である可能性を頭から排除しているのだろう。だが、ちょっとしたきっかけで繋がってしまう要素は芽生えている。

 

 

「確かに、彼の技術力はすさまじいですよね。自分もさきほどCADの調整を頼んでみたのですが、なかなかいい仕事をします。四葉で雇ってしまいたいほどですね」

「あははは。司波君も凄いところに目を付けられちゃったみたいね」

「魔法師も各所で不足していますが、優秀なエンジニアはそれ以上に不足気味です。ところで、平河先輩はどうして魔工師志望に?」

「魔法を使った戦闘は怖くてね……やっぱり、魔法師って最終的には軍に所属することも多いし、それなら技術者がいいかなって。それに理論系にも興味があったから」

「一応、進路の自由はあるはずですが……確かに、魔法科高校卒業後は防衛大学か魔法科大学へと進むことが多いですね。大学卒業後はそのまま国防軍というのが一般的な流れになっていますし」

「魔法師にも色んな道があっても良いと思うの。だからあたしは市原の主張する、兵器以外の道には大きく賛成だよ」

 

 

 鈴音、小春、啓は三人とも兵器以外の魔法師というコンセプトを持っている。啓は五十里家の得意分野である刻印魔法を利用した、経済的な必要となる魔法というものに興味があるようだ。

 達也としても、重力制御魔法式熱核融合炉というテーマに引かれたのではなく、この三人の志に引かれたからこそ、論文コンペの手伝いを了承したのだろう。紫音はそう思えてならなかった。

 

 

「あ、長く話し過ぎたみたいね。もう到着だよ」

 

 

 小春の言った通り、キャビネットは停車駅で止まる。

 スライド式のドアが大きく開かれ、ドア側に座っていた紫音が先に出た。続いて小春も降車し、キャビネットは次の人を乗せてどこかへ行ってしまう。

 

 

「先輩の家はここから近いのですか?」

「そうね。徒歩で数分かな」

「良かったです。あまり遠いと自分としても大変なので」

 

 

 キャビネットの駅から出た二人は、とりとめのない会話を交わしつつ平河家へと向かって行く。そして小春の言った通り、数分で到着した。

 

 

「ここがあたしの家よ」

「そうでしたか。では、明日からは何時にここへ来れば宜しいですか?」

「うーん……八時でどうかな?」

「了解です。では、自分はこれで」

「明日も宜しくね?」

 

 

 小春に手を振られて、紫音は来た道を引き返す。

 既に十月ということもあり、外はかなり暗くなり始めていた。

 

 

(帰る頃には真っ暗だな)

 

 

 紫音の住む家は、ここから一時間ほどかかる場所にある。

 風紀委員の仕事とは言え、少し面倒だと思ってしまった。再びキャビネットに乗って、自宅から最寄りの駅まで向かう。

 だが、その途中で紫音は何かに追跡されていると気付いた。

 

 

(これは……精霊? いや、化成体による使い魔か?)

 

 

 イデアを通して感じ取れる異質な波動。

 霊子(プシオン)ではなく想子(サイオン)の塊で、精霊に近い何かだった。紫音がキャビネットの中からチラリと視線を向けると、上空には黒い鳥が一羽いる。恐らく、あれが使い魔だと即座に理解した。

 

 

(使い魔による監視……大亜連合の奴らか)

 

 

 化成体と呼ばれる魔法が存在するのだが、それは大亜連合の魔法師が得意としている。古来から存在しているらしく、これを使うとすると日本の魔法師ではない。断定はできないが、ほぼ確定と言って過言ではないだろう。

 それを見て、紫音はひとつピンときた。

 

 

(横浜事変の準備に来ているのか。つまり順調に原作の流れを辿っているってことだな)

 

 

 紫音は黒い鳥型の使い魔を消すべきかどうか思案する。

 サイオンの塊に幻影魔法を被せ、加重魔法などで質感を出したのが化成体の正体だ。古式故に隠密性に優れた術式なのだが、紫音のようにサイオン波動を感知できるならば隠密も意味をなさない。

 普段ならともかく、最近は周囲に気を配っていたので、どうにか気付くことが出来た。これを消したとなると、相手に警戒心を与えることになるだろう。碌に情報を取ることも出来ないなら、泳がせる意味を込めて放置でも良いかもしれない。

 所詮、紫音は囮なのだ。

 見張られたり観察されるのも仕事である。

 最寄り駅についてキャビネットを降りた後も、使い魔は紫音の後を付けているようだった。

 

 

「念のために感知範囲は広げておくか」

 

 

 そう呟いた紫音は、数キロ範囲で波動観測を広げる。

 紫音は目で波を見ているのではなく、イデアを介して波動を理解しているのだ。脳内で観測された大量の波動を処理することで、大まかに周囲の様子をリアルタイムで感知することが出来る。

 ただし達也の『精霊の眼(エレメンタルサイト)』と異なり、常時発動すると脳が疲れてしまう。如何に紫音が反則じみた演算能力を持っていたとしても限界はあるのだ。脳に供給される栄養分も有限なので、こればかりは特典で貰った健康な体も機能しない。無から栄養分を作れる能力ではないからだ。

 そこで、この波動感知も必要のない波を観測対象から削除することで、整理している。

 電磁波は殆ど削除し、音も生活音レベルは削除する。サイオンやプシオンの他、銃声などの非生活音だけは広範囲に探索していた。

 特に、銃声については遠距離狙撃の可能性を考慮して、警戒強めで注意する。

 

 

(確か原作で達也も狙撃されてたよな。俺には『再成』なんてないし、気遣っておかないと)

 

 

 原作において、達也は瓊勾玉(にのまがたま)と呼ばれるレリックを狙った襲撃犯に狙撃された。このレリックは達也が勤めるFLTが国防軍から複製を請け負ったというものであり、魔法式の保存が可能とされている。

 魔法式が保存できるとすれば、それは魔法兵器の大規模製造、及び配備を可能とする。

 狙われて当然の代物だった。

 そして、高確率で相手は大亜連合だ。絶対とは言えないが、これは原作の知識から明らかである。

 現在、紫音を監視している化成体は大亜連合で使用される魔法なので、紫音も達也同様に狙撃される可能性も捨てきれない。紫音は四葉という、厄介な存在なのだから、問答無用で消されかけてもおかしくないのだ。

 だが、その日は特に手を出されることなく、無事に家まで辿り着くことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 その日の八時ごろ、紫音は司波家と結んでいる秘匿回線から連絡を受けていた。

 この回線を使うのはかなり久しぶりであり、何事かと考える。

 

 

『少し厄介なことになったかもしれない』

「どうした達也?」

 

 

 首を傾げながら画面の向こう側にいる達也に向かって尋ねる。

 すると、達也はジュラルミン製の頑丈な箱を手に取り、カパリと蓋を開けて中身を見せた。そこに入っていたのは、鮮やかな赤色を放つ勾玉。

 瓊勾玉系レリックである。

 丁度、帰りにこのことを考えていたところだ。凄いタイミングである。

 紫音はその正体を知りつつも敢えて尋ねた。

 

 

「それは?」

『小百合さんから預かったレリックだ。魔法式を保存できる可能性が濃厚らしい。国防軍の方からFLTに複製の依頼があったらしくてな。俺が預かることになった』

「そんな貴重品を一般家庭にねぇ……」

『俺と深雪の家を一般家庭と称すなら、な』

 

 

 四葉の関係者である達也と深雪の家を一般家庭と言うのは少しおかしい。そもそも魔法師の時点で一般家庭ではないのだが、それはそれだ。

 ちなみに、小百合とは書類上における達也と深雪の母親だ。二人の父である司波辰郎の後妻であるため、二人にとっては継母(ままはは)にあたる。彼女もFLTの人間であり、四葉のことも多少は知っている。

 それはともかく、レリックとはその辺の家に置いておくようなものではないのだ。

 

 

「それで問題は? ただ、レリックを預かるからと言って問題になるわけじゃないだろう?」

『ああ、実はこれを巡って襲われた。風間少佐にも報告したんだが、どうやらかなり大きな組織による犯行らしい。夜間に千メートル級の狙撃をこなしてくるスナイパーに撃たれたからな』

「『再成』まで使ったのか?」

『街頭カメラは誤魔化してある』

「ならいいけど」

 

 

 達也の異能とも呼べる魔法は、公の場で使って良いものとは言えない。近年のように、どこにでも防犯用監視カメラがある中では、簡単に能力を記録されてしまう。そのカメラ映像も、知り合いの国防軍の方で揉み消したのだろうと予想できた。

 

 

『紫音。お前の方で、何か心当たりはあるか?』

「あるにはあるかな? 少し前に横浜の山下埠頭で密入国者がいたらしい。魔法師の警察官が駆け付けるも、既に船はもぬけの殻。見事に入国されたって話だ。密入国ってことは海外の組織だ。警察から容易く逃げ切ったわけだし、腕の良いスナイパーを雇えるルートを持った大組織かもしれないな。

 詳しい話は分からない。

 最近は七草の監視が面倒で、黒羽の部隊も動かしにくいから」

『わかった。参考にしよう』

「で、襲撃者は全員殺したのか? スナイパーを含めて」

『いや、スナイパーは始末したが、襲撃者二人には逃げられた』

「となると、達也がレリックを持っているのはバレそうだな」

『確定ではなくとも、可能性には入れられるだろう』

 

 

 紫音は少し考える。

 まだ覚えている原作知識が正しいなら、恐らく相手は大亜連合だ。レリックという国家機密レベルの物品を奪おうとする時点で、並みの組織ではないだろう。

 機密事項であるはずのレリックを知っていること。

 恐ろしい腕のスナイパーを雇えること。

 この二点を考えれば、間違いないと言える。

 だが、確定も出来ない。

 九校戦の時、無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)ではなく反魔法師団体イザクトが暗躍していた。それによって振り回された経験があるため、絶対とは言えない。

 

 

「俺の方でも可能な限りは動いてみる……が、期待はするな」

『頼む。俺たちも警戒はしておく。それと九重先生、もしくは小野先生の方にも頼ってみよう』

「小野先生……? ああ、一高でカウンセラーをやってる人か」

『あの人も九重先生の弟子だ。ある程度は融通も利くし、こういう時は頼れる』

 

 

 小野遥。

 第一高校でカウンセラーをしている人物だが、公安の人間でもある。情報を集めるときには頼れる存在と言えるだろう。

 状況と場合によっては紫音以上に役立つ人物だ。

 

 

「俺の方も監視された。化成体を使った使い魔による監視だ。この手の術式は大亜連合のものと相場は決まっている。レリックを強奪しようとしたのも大亜連合の可能性がある。確定は出来ないけど気を付けろよ」

『お前を監視していた使い手と、レリックを強奪しようとしてきた奴らが同一組織だと? それも大亜連合だと?』

「可能性は高い。そして、場合によっては戦争に発展するかもしれないな。真夜様からも、近いうちに俺の戦略級魔法が必要になるかもしれないと言われている」

『……よく覚えておこう』

 

 

 そのほか、数点ほど確認ごとを行って通信を切る。

 あまり長く使える回線ではないので、本当に必要事項だけだ。

 ただ、達也の思考から、『戦争』という単語がこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 原作とは違い、この時点で大亜連合を示唆します。

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