先に動いたのは紫音だった。
早撃ちの要領でCADを
音を一方向に増幅、収束することで衝撃波に変える魔法、『音壊』。
普通ならば一撃で気絶する威力である。
しかし、
理由は彼が最も得意とする魔法、硬気功の発展形である
ただし、凄まじい威力だったためにその反動は受けたが。
「頑丈な奴め……」
紫音は効かないと分かった魔法を無暗に使うことはない。サイオン量が少ない以上、無駄な魔法行使をするわけにはいかないからだ。
このCADは『音壊』を使うことを前提としたギミックが組み込まれている。それは拳銃における銃身の先から、特定周波数の破裂音が出るようになっているのだ。音の大きさや波長は一定値であるため、『音壊』を放つための変数代入もかなり省略される。
小さな魔法演算で高威力の衝撃波を打つことが出来る特製のCADなのだ。
そして、このCADには照準補助装置が組み込まれていない。
代わりに、銃身の先から筒状の事象改変領域が展開されるようになっている。
『音壊』もこの筒の内側で音を収束することで、威力を増していた。
見た目には衝撃波の弾丸を飛ばす魔法だが、実際は相手の位置まで筒状の事象改変領域を展開し、結果ゼロ距離で衝撃波を撃ち込む魔法なのである。
こういった特性のCADであるため、きっちりとCADの先を相手に向けなければならないという弱点もある。
「四葉……っ!」
だが紫音は迫る
これには
紫音まで数メートルの位置まで迫った。
「ふっ……」
紫音の目が鋭くなり、息を吐きだす音と共にCADを振り抜く。
これに悪寒を感じた
結果、血飛沫が舞う。
「勘がいいな。戦士として一流と呼ばれるだけはある」
そう言った紫音は、再びCADの先を
拙いと感じた
使えないはずの『闇』だった。
夜という制約を受ける時間帯においても、紫音が戦闘力を低下させないために要求した特殊CAD。
このCADは照準補助を外した代わりに、CADの先から筒状の領域を展開できるように補助が組み込まれている。先程は『音壊』のためにこの筒状領域を使用したが、本来の使い道は別だ。
閃光魔法からの単発『
この筒状領域はCADと相対位置が固定されているため、CADを振り回すことで剣のように使うことが出来るのだ。先程はこの一撃で
薙ぎ払う闇。
この魔法はCADと同じく『黒薙』と名付けている。
いや、寧ろこの魔法が『黒薙』というからこそ、CADに黒薙と名付けたのだ。
閃光魔法からの連続魔法であるという特性上、『黒薙』が発動されるのは一瞬だ。そのため、タイミングよく振らなければならない。
紫音は走り出し、CADを構えた。
対する
「はっ!」
「ぐ……」
斬撃の軌道上から逸れるように大きく回避し、
更に、紫音はCADから『黒薙』で攻撃しつつも、フラッシュキャストで振動系魔法を地面に使う。
だからこそ、
紫音と自分では明らかに相性が悪いと。
一撃で相手を殺すことに特化した紫音は、
一対一の戦闘において、間違いなく自分一人では勝てないと認めるしかなかった。
体術の心得もある紫音は、防戦一方の
(右に回避した後、蹴り)
脳波を合わせることで表層思考を読み取り、先読みによって
(半歩逸れて右手で攻撃)
紫音は受け止める系統の武器を持っていないので、避けるしかない。
この隙を逃さず、
螺旋回転する力場を纏った一撃が紫音の顔面に放たれる。
しかし、これをチャンスと思ったのは紫音の方だった。
――脳波接続完了
―――フィードバック防止完了
―魔法演算領域を調律
―――『
紫音は左手で横から
理解できず停止してしまった
地面に打ち付ける瞬間に加重系魔法を使用したことで、
背中を強打して息が止まる。
更に切り裂かれた胸から大量の血が噴き出る。
紫音はその隙を逃さない。
――記憶領域参照
―――
―人工精霊の構築
――『
一瞬の間に
隠密性が非常に優れているので、流し込む瞬間の喚起に気付かれなければ、その後もバレる心配は殆どない。
(目的は完了したな)
紫音の目的は
後は撤退でも構わない。
数秒とはいえ動けなくなった
◆◆◆
「
「何……!?」
実に屈辱的な報告だった。
「記録はあるか?」
「念のために映像記録が残っています。再生しますか?」
「やれ」
陳祥山の命令で、部下の一人がモニターへと映像を映し出す。
後詰部隊として控えていた一人が、紫音と呂剛虎の戦闘をカメラで記録していたのだ。念のため、といった程度のつもりだったが、本当に役に立つとは思わなかった。
そして一通りの戦闘を見終わった後、陳祥山は怪訝な表情を浮かべる。
「最後に呂上尉が魔法を停止したのは何故だ……?」
確実に紫音を仕留めるはずだった、呂剛虎の右腕。纏わせていた螺旋の力場は一瞬の後に消失し、紫音はその隙に一本背負いを仕掛けた。
呂剛虎ほどの魔法師が、魔法をミスするとは思えない。
そうなると、それ以外の要素が絡んでいることになる。
「対抗術式か? いや、そんな様子はなかった……呂上尉に聞くしかないか」
ブツブツと独り言を呟いていた陳祥山は、決心したように命令を下す。
「第一高校への手を広げろ。必要なら他の人員を回しても構わん。例の小娘にも手を貸してやれ。そうだな……武器でも持たせてやれ。
それと、呂上尉を呼べ」
大亜連合特殊工作部隊。
その隊長、陳祥山は四葉の凄まじさに改めて危機感を覚えるのだった。
◆◆◆
帰宅後、紫音は玄関で座り込みながら一気に息を吐いた。
かなり遠回りして隠れながら帰ったので既に夜は遅い。疲れるのも当然だった。
それに、あれ程の緊張感で殺し合いをするのは久しぶりである。相手は世界最高峰の魔法師だったのだ。初見殺しの魔法で攻めたて、どうにか目的を果たすことは出来た。
「はぁ……二度と戦いたくはないな……」
せめて昼間ならばもっと楽に勝てた。
夜における戦闘能力の低さは今後の課題である。
『
本来ならば変数の書き換えによって魔法をそのまま奪い取ることが出来る魔法だ。
しかし、咄嗟の発動ならば停止が限界。
今回もギリギリだった。
「さて、やることやらないと……」
とりあえず体を起こし、紫音は自室へと向かう。
そこでとあるデバイスを立ち上げ、サイオン情報を電子情報に書き換える特殊な装置を接続した。この装置は感応石を組み込んだタブレット型CADサイズの機器であり、トーラス=シルバーに依頼して作らせたものだ。紫音は、その装置内に自身のプシオンを収束させて、人工的な精霊を宿らせる。
精霊魔法『八咫烏』を。
紫音が呂剛虎にも使ったこの魔法は、とある特徴を持っている。それは二つセットであるということだ。古式魔法師でない紫音は、精霊を使役するようなことは出来ない。波動観測で感じ取ることは出来るものの、使役する才能は皆無だ。
そこで、紫音はコンセプトを変えた。
精霊を使役するのではなく、強制的に操作すれば良い。
呂剛虎に捻じ込んだ『八咫烏』と、紫音が今出した『八咫烏』は繋がっているのだ。『調律』の特性を付加しているので、片方の『八咫烏』を操ると、もう一つも連動して動くのである。
精霊は『調律』によってプシオン波長パターンを強制操作することで、各種の動きを再現している。この動きと波長パターンを調べるために、九校戦では幹比古の魔法を見る必要があった。
夏休みの間に練習を重ね、最近になってようやく動かせるようになったのである。自在とまではいかないが、十分に使えるレベルにはなっていた。
「同調開始っと……」
『調律』で精神波長をリンクさせ、精霊の視界を得る。
映し出されたのは、呂剛虎の視界だ。
彼の中に『八咫烏』を仕込んだので、その繋がりで見えるようになっている。電子金蚕を元にしているので、隠密性は非常に高い。よほど活発な動きをさせない限りは、呂剛虎のオーラで隠されてバレることもない。
現在、呂剛虎は会話をしているらしかった。
『呂上尉の話は理解した……次は四葉のガキを殺せるか?』
『
『だが、行動を起こすのは後だ。
言語は日本語ではなく中華言語――旧中国語――だったが、紫音は理解できた。これも黒羽家の教育のお蔭である。
会話はそれで終わったのか、呂剛虎は話していた男の背後に控えたようだった。
(感じからして……今の男が特殊部隊のリーダーか?)
紫音はそう判断する。
そして呂剛虎の視界を借りて、基地らしき場所を観察した。大量のモニターが並べられ、通信記録などが映っている。各所に放っているスパイからの情報を纏めているらしい。
(丁度いい。これで大亜連合の動きは丸わかりだ)
紫音は手元の『八咫烏』を波長操作して、呂剛虎に仕込んでいる『八咫烏』を動かした。バレないように素早く精霊を移動させ、大量に設置されている機器の一つへと侵入する。
元々は電子金蚕を元にした精霊なのだ。
本来の役目は電子的な部分にある。
機器に侵入した『八咫烏』は、同調している紫音側の『八咫烏』へと情報を伝達する。正確には0と1で構成された電子的記録をサイオン信号に変えてそのまま転送していた。
そしてサイオン信号は、再び電子信号に変換されて紫音のデバイスに転送される。
これを専用プログラムで解析すれば、大亜連合の情報がリアルタイムで、全て手元に贈られてくる――誤字にあらず――という仕組みだ。
告げ知らせる使い。
故に『八咫烏』。
これを手に入れるために、九校戦では少し苦労した。
「さてと、真夜様にも連絡だな。四葉家を敵に回した恐怖を味わわせてやるよ……」
一段落させた紫音は、そう言って制服を脱ぎ捨て、ベッドに倒れるのだった。
紫音さんのCAD登場ですね。夜間でも普通に強いです。
ちなみに『黒薙』は『
でも前者は気に入っていたのでここで採用しています。
九校戦で色々したのは、全てこのため。
疑似フリズスキャルヴですよ。