黒羽転生   作:NANSAN

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横浜騒乱編4

 先に動いたのは紫音だった。

 早撃ちの要領でCADを呂剛虎(リュウカンフゥ)に向け、引き金を引く。真っ黒に塗られた拳銃型のCADから、見えない弾丸が発射された。音速を超えた一撃が呂剛虎(リュウカンフゥ)を仰け反らせる。

 音を一方向に増幅、収束することで衝撃波に変える魔法、『音壊』。

 普通ならば一撃で気絶する威力である。

 しかし、呂剛虎(リュウカンフゥ)は倒れない。

 理由は彼が最も得意とする魔法、硬気功の発展形である鋼気功(ガンシゴン)によるもの。皮膚の上に鋼よりも硬い領域を展開し、物理攻撃を弾く。衝撃波も事象改変によって生じた結果の物理現象なので、容易に弾くことが出来た。

 ただし、凄まじい威力だったためにその反動は受けたが。

 

 

「頑丈な奴め……」

 

 

 紫音は効かないと分かった魔法を無暗に使うことはない。サイオン量が少ない以上、無駄な魔法行使をするわけにはいかないからだ。

 このCADは『音壊』を使うことを前提としたギミックが組み込まれている。それは拳銃における銃身の先から、特定周波数の破裂音が出るようになっているのだ。音の大きさや波長は一定値であるため、『音壊』を放つための変数代入もかなり省略される。

 小さな魔法演算で高威力の衝撃波を打つことが出来る特製のCADなのだ。

 そして、このCADには照準補助装置が組み込まれていない。

 代わりに、銃身の先から筒状の事象改変領域が展開されるようになっている。

 『音壊』もこの筒の内側で音を収束することで、威力を増していた。

 見た目には衝撃波の弾丸を飛ばす魔法だが、実際は相手の位置まで筒状の事象改変領域を展開し、結果ゼロ距離で衝撃波を撃ち込む魔法なのである。

 こういった特性のCADであるため、きっちりとCADの先を相手に向けなければならないという弱点もある。

 

 

「四葉……っ!」

 

 

 呂剛虎(リュウカンフゥ)は自己加速術式を展開して紫音に向かってくる。その肉体こそが武器である彼にとって、近距離戦闘が勝利の要。そして現在は日も沈んだ夜であり、最も脅威的な『闇』を恐れる必要はない。

 だが紫音は迫る呂剛虎(リュウカンフゥ)に対して、落ち着いたままCADを構えた。拳銃型にもかかわらず、まるで居合でもするような構え。

 これには呂剛虎(リュウカンフゥ)も疑問を感じるが、それでも止まることはない。

 紫音まで数メートルの位置まで迫った。

 

 

「ふっ……」

 

 

 紫音の目が鋭くなり、息を吐きだす音と共にCADを振り抜く。

 これに悪寒を感じた呂剛虎(リュウカンフゥ)は、急いで自己加速術式を中止し、慣性を打ち消す魔法を行使して緊急回避した。

 結果、血飛沫が舞う。

 呂剛虎(リュウカンフゥ)は切り裂かれた胸を抑えつつ、下がった。

 

 

「勘がいいな。戦士として一流と呼ばれるだけはある」

 

 

 そう言った紫音は、再びCADの先を呂剛虎(リュウカンフゥ)に向ける。

 拙いと感じた呂剛虎(リュウカンフゥ)は咄嗟にその場から回避した。微かに見えたのは、闇を切り裂くようにして伸びる暗黒のライン。

 使えないはずの『闇』だった。

 夜という制約を受ける時間帯においても、紫音が戦闘力を低下させないために要求した特殊CAD。

 

 黒薙(くろなぎ)

 

 このCADは照準補助を外した代わりに、CADの先から筒状の領域を展開できるように補助が組み込まれている。先程は『音壊』のためにこの筒状領域を使用したが、本来の使い道は別だ。

 閃光魔法からの単発『暗黒流星群(ダークミーティア)』。これによって、筒状領域の内側に暗黒のラインが一瞬だけ出現する。

 この筒状領域はCADと相対位置が固定されているため、CADを振り回すことで剣のように使うことが出来るのだ。先程はこの一撃で呂剛虎(リュウカンフゥ)の胸を切り裂いたのである。

 薙ぎ払う闇。

 この魔法はCADと同じく『黒薙』と名付けている。

 いや、寧ろこの魔法が『黒薙』というからこそ、CADに黒薙と名付けたのだ。

 閃光魔法からの連続魔法であるという特性上、『黒薙』が発動されるのは一瞬だ。そのため、タイミングよく振らなければならない。

 紫音は走り出し、CADを構えた。

 対する呂剛虎(リュウカンフゥ)は、自分を一撃で殺す魔法を目の当たりにしたことで警戒を増す。

 

 

「はっ!」

 

「ぐ……」

 

 

 鋼気功(ガンシゴン)では防ぎきれない可能性のある攻撃は避けるしかない。

 斬撃の軌道上から逸れるように大きく回避し、呂剛虎(リュウカンフゥ)は普段では有り得ない隙を晒してしまう。本来ならば最小限の回避と鋼気功による防御で相手を圧し潰すのだが、紫音にはその戦術が使えなかった。

 更に、紫音はCADから『黒薙』で攻撃しつつも、フラッシュキャストで振動系魔法を地面に使う。呂剛虎(リュウカンフゥ)に反撃のチャンスを与えなかった。

 だからこそ、呂剛虎(リュウカンフゥ)は認めることにする。

 紫音と自分では明らかに相性が悪いと。

 一撃で相手を殺すことに特化した紫音は、呂剛虎(リュウカンフゥ)の鋼気功でも防げない攻撃を使ってくる。紫音を殺すならば、一人では足りないのだ。

 一対一の戦闘において、間違いなく自分一人では勝てないと認めるしかなかった。

 体術の心得もある紫音は、防戦一方の呂剛虎(リュウカンフゥ)に負けたりしない。流石に純粋な白兵能力では彼に劣るが、一撃必殺の魔法を警戒させている今ならば勝機はあった。

 

 

(右に回避した後、蹴り)

 

 

 脳波を合わせることで表層思考を読み取り、先読みによって呂剛虎(リュウカンフゥ)相手に有利な立ち回りを続ける。

 

 

(半歩逸れて右手で攻撃)

 

 

 呂剛虎(リュウカンフゥ)の右手に螺旋回転する力場が生まれる。全身の骨肉を連動させ、捻りの一撃を加える中華拳法を発展させた魔法だ。まともに喰らえば、皮膚を引き裂かれ、骨を砕かれる。

 紫音は受け止める系統の武器を持っていないので、避けるしかない。

 この隙を逃さず、呂剛虎(リュウカンフゥ)は防戦から攻めに移った。

 螺旋回転する力場を纏った一撃が紫音の顔面に放たれる。

 しかし、これをチャンスと思ったのは紫音の方だった。

 

 

 

――脳波接続完了

 

―――フィードバック防止完了

 

―魔法演算領域を調律

 

―――『術式強奪(グラム・ディバージョン)』発動

 

 

 

 紫音は左手で横から呂剛虎(リュウカンフゥ)の右手を掴む。

 呂剛虎(リュウカンフゥ)の右腕に展開されていた力場は消え去っており、紫音の左手が傷つくことはなかった。

 理解できず停止してしまった呂剛虎(リュウカンフゥ)に対し、紫音は一本背負いを仕掛ける。フラッシュキャストで慣性や重力を操作し、体格が遥かに上の相手を軽々と背負って地面に叩きつける。

 地面に打ち付ける瞬間に加重系魔法を使用したことで、呂剛虎(リュウカンフゥ)にかなりのダメージを入れることが出来た。

 背中を強打して息が止まる。

 更に切り裂かれた胸から大量の血が噴き出る。

 紫音はその隙を逃さない。

 

 

 

――記憶領域参照

 

―――霊子(プシオン)を調律

 

―人工精霊の構築

 

――『八咫烏(ヤタガラス)』発動

 

 

 

 一瞬の間に呂剛虎(リュウカンフゥ)へと精霊を流し込む。九校戦で得た電子金蚕と、幹比古から得た精霊魔法におけるパターン波長特性によって、紫音が独自に完成させた精霊魔法『八咫烏』。

 隠密性が非常に優れているので、流し込む瞬間の喚起に気付かれなければ、その後もバレる心配は殆どない。

 

 

(目的は完了したな)

 

 

 紫音の目的は呂剛虎(リュウカンフゥ)に『八咫烏』を流し込むこと。

 後は撤退でも構わない。

 数秒とはいえ動けなくなった呂剛虎(リュウカンフゥ)を捕まえることも、殺すこともせず、紫音は自己加速術式と跳躍術式でその場から逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

(リュウ)上尉が失敗しました。かなり負傷したもようです」

「何……!?」

 

 

 陳祥山(チェンシャンシェン)にとっても呂剛虎(リュウカンフゥ)の敗北は予想外だった。しかも、詳しい報告を聞くと、呂剛虎(リュウカンフゥ)は見逃されただけのようにも思える。

 実に屈辱的な報告だった。

 

 

「記録はあるか?」

「念のために映像記録が残っています。再生しますか?」

「やれ」

 

 

 陳祥山の命令で、部下の一人がモニターへと映像を映し出す。

 後詰部隊として控えていた一人が、紫音と呂剛虎の戦闘をカメラで記録していたのだ。念のため、といった程度のつもりだったが、本当に役に立つとは思わなかった。

 そして一通りの戦闘を見終わった後、陳祥山は怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「最後に呂上尉が魔法を停止したのは何故だ……?」

 

 

 確実に紫音を仕留めるはずだった、呂剛虎の右腕。纏わせていた螺旋の力場は一瞬の後に消失し、紫音はその隙に一本背負いを仕掛けた。

 呂剛虎ほどの魔法師が、魔法をミスするとは思えない。

 そうなると、それ以外の要素が絡んでいることになる。

 

 

「対抗術式か? いや、そんな様子はなかった……呂上尉に聞くしかないか」

 

 

 ブツブツと独り言を呟いていた陳祥山は、決心したように命令を下す。

 

 

「第一高校への手を広げろ。必要なら他の人員を回しても構わん。例の小娘にも手を貸してやれ。そうだな……武器でも持たせてやれ。

 それと、呂上尉を呼べ」

 

 

 大亜連合特殊工作部隊。

 その隊長、陳祥山は四葉の凄まじさに改めて危機感を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅後、紫音は玄関で座り込みながら一気に息を吐いた。

 かなり遠回りして隠れながら帰ったので既に夜は遅い。疲れるのも当然だった。

 それに、あれ程の緊張感で殺し合いをするのは久しぶりである。相手は世界最高峰の魔法師だったのだ。初見殺しの魔法で攻めたて、どうにか目的を果たすことは出来た。

 

 

「はぁ……二度と戦いたくはないな……」

 

 

 せめて昼間ならばもっと楽に勝てた。

 夜における戦闘能力の低さは今後の課題である。

 『術式強奪(グラム・ディバージョン)』も簡単ではないのだ。アレは『調律』によって精神的波長を合致させ、相手の魔法演算領域を乗っ取るというもの。時間を掛けるならまだしも、咄嗟の発動は結構な負担をかける。

 本来ならば変数の書き換えによって魔法をそのまま奪い取ることが出来る魔法だ。

 しかし、咄嗟の発動ならば停止が限界。

 今回もギリギリだった。

 

 

「さて、やることやらないと……」

 

 

 とりあえず体を起こし、紫音は自室へと向かう。

 そこでとあるデバイスを立ち上げ、サイオン情報を電子情報に書き換える特殊な装置を接続した。この装置は感応石を組み込んだタブレット型CADサイズの機器であり、トーラス=シルバーに依頼して作らせたものだ。紫音は、その装置内に自身のプシオンを収束させて、人工的な精霊を宿らせる。

 精霊魔法『八咫烏』を。

 紫音が呂剛虎にも使ったこの魔法は、とある特徴を持っている。それは二つセットであるということだ。古式魔法師でない紫音は、精霊を使役するようなことは出来ない。波動観測で感じ取ることは出来るものの、使役する才能は皆無だ。

 そこで、紫音はコンセプトを変えた。

 精霊を使役するのではなく、強制的に操作すれば良い。

 呂剛虎に捻じ込んだ『八咫烏』と、紫音が今出した『八咫烏』は繋がっているのだ。『調律』の特性を付加しているので、片方の『八咫烏』を操ると、もう一つも連動して動くのである。

 精霊は『調律』によってプシオン波長パターンを強制操作することで、各種の動きを再現している。この動きと波長パターンを調べるために、九校戦では幹比古の魔法を見る必要があった。

 夏休みの間に練習を重ね、最近になってようやく動かせるようになったのである。自在とまではいかないが、十分に使えるレベルにはなっていた。

 

 

「同調開始っと……」

 

 

 『調律』で精神波長をリンクさせ、精霊の視界を得る。

 映し出されたのは、呂剛虎の視界だ。

 彼の中に『八咫烏』を仕込んだので、その繋がりで見えるようになっている。電子金蚕を元にしているので、隠密性は非常に高い。よほど活発な動きをさせない限りは、呂剛虎のオーラで隠されてバレることもない。

 現在、呂剛虎は会話をしているらしかった。

 

 

『呂上尉の話は理解した……次は四葉のガキを殺せるか?』

(シー)

『だが、行動を起こすのは後だ。白虎鎧(パイフゥジア)の着用も許可する。まずは傷を癒せ』

 

 

 言語は日本語ではなく中華言語――旧中国語――だったが、紫音は理解できた。これも黒羽家の教育のお蔭である。

 会話はそれで終わったのか、呂剛虎は話していた男の背後に控えたようだった。

 

 

(感じからして……今の男が特殊部隊のリーダーか?)

 

 

 紫音はそう判断する。

 そして呂剛虎の視界を借りて、基地らしき場所を観察した。大量のモニターが並べられ、通信記録などが映っている。各所に放っているスパイからの情報を纏めているらしい。

 

 

(丁度いい。これで大亜連合の動きは丸わかりだ)

 

 

 紫音は手元の『八咫烏』を波長操作して、呂剛虎に仕込んでいる『八咫烏』を動かした。バレないように素早く精霊を移動させ、大量に設置されている機器の一つへと侵入する。

 元々は電子金蚕を元にした精霊なのだ。

 本来の役目は電子的な部分にある。

 機器に侵入した『八咫烏』は、同調している紫音側の『八咫烏』へと情報を伝達する。正確には0と1で構成された電子的記録をサイオン信号に変えてそのまま転送していた。

 そしてサイオン信号は、再び電子信号に変換されて紫音のデバイスに転送される。

 これを専用プログラムで解析すれば、大亜連合の情報がリアルタイムで、全て手元に贈られてくる――誤字にあらず――という仕組みだ。

 告げ知らせる使い。

 故に『八咫烏』。

 これを手に入れるために、九校戦では少し苦労した。

 

 

「さてと、真夜様にも連絡だな。四葉家を敵に回した恐怖を味わわせてやるよ……」

 

 

 一段落させた紫音は、そう言って制服を脱ぎ捨て、ベッドに倒れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 紫音さんのCAD登場ですね。夜間でも普通に強いです。
 ちなみに『黒薙』は『暗黒流星群(ダークミーティア)』の前に考えていた名前です。どっちがいいか悩んだ結果、後者が相応しいと判断しました。
 でも前者は気に入っていたのでここで採用しています。

 九校戦で色々したのは、全てこのため。
 疑似フリズスキャルヴですよ。

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