黒羽転生   作:NANSAN

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横浜騒乱編5

 呂剛虎(リュウカンフゥ)を撃退した翌日、紫音は何食わぬ顔で普通に登校していた。朝は小春を迎えに行き、通常通りの授業を受ける。午後は手早く風紀委員の書類を片付けて、論文コンペ準備の警護に向かった。

 全国高校生魔法学論文コンペティションは三名での発表だが、その準備では多くの生徒が関わることになる。風紀委員や部活連はもとより、機材や資料の準備は美術系や純理論系の部活も積極的に手伝うことになっているのだ。

 論文コンペで使用する機材は、ただのハリボテではいけない。設計、補助術式設定、安全装置なども全て生徒で準備して、実際に動くものを作り上げる。

 結果として、放課後には多くの生徒が集まっていた。

 今日は常温プラズマ発生装置を作成するために、鈴音、小春、啓が中心となって準備を進めていた。

 

 

「作動準備、三、二、一……」

 

 

 鈴音の掛け声で啓と達也が装置を動かす。今回、各種プログラムは達也が色々とアドバイスを行っているので、当然のように作業を一緒にしていた。

 小春はデータを記録して、不備がないかを確認している。

 結果として、常温プラズマ発生装置は、しっかりと機能した。

 内部に閉じ込められた高圧水素ガスがプラズマ化することで電子が飛び出し、激しい光を放つ。エネルギーを加えれば簡単に起こせる現象だが、エネルギー供給なく魔法で実行するのは難しい。今回の実験装置で難所と思われていた部分が見事に成功した。

 

 

「やった!」

「第一段階クリアだ!」

 

 

 設計や組み立てを手伝った生徒たちが歓喜の声を上げる。

 鈴音や小春、啓も安堵したようだった。

 だがその時、紫音は不正な電波を知覚する。実験装置を制御するデバイスに向けた不正電波の発信源は、思いのほか近かった。

 それは見学をしていた生徒の一人が持っている機器。

 紫音はそれが無線式パスワードブレイカーだと分かった。

 即座に自己加速術式を使い、少女の腕を掴む。

 

 

「そこまで」

「な、何するんですか!?」

「悪いけど、連行させて貰う。証拠は揃っているんでね」

「あたしが何したって言うんですか!?」

「君が持っているそれ。パスワードブレイカーだろ?」

 

 

 それを聞いた少女は慌てて隠そうとしたがもう遅い。

 周囲も、紫音が確保したことで小さな騒ぎになっていた。同じく近くにいた新委員長こと千代田花音も気付く。

 

 

「ちょっと四葉君。どうしたの!?」

「千代田委員長ですか。いえ、この生徒が不正に論文コンペ用の機材にアクセスしようとしたので、即座に取り押さえました。手に持っているパスワードブレイカーが証拠ですね」

「本当……?」

 

 

 花音は怪訝そうに少女へと近寄る。

 

 

「貴女、名前は?」

「1-G、平河千秋です……」

 

 

 その答えに、紫音は『ん?』となった。

 名前にかなり聞き覚えがあったからである。

 

 

「平河先輩の妹……?」

「そうです。それが何か?」

「何でそんなことをしたんだ?」

「そんなことも何も、あたしは何もしていませんよ。こんなの持っているだけじゃ、不正アクセスの証拠にはなりませんから!」

 

 

 持っている時点でアウトな代物だが、確かに使った証拠はない。

 しかし、この場合は証拠など必要ないのだ。

 

 

「残念ながら、風紀委員である俺の言葉は百パーセント信用されることになっている。君がパスワードブレイカーで無線電波を実験機器に向けたのは既に分かっているから、言い逃れしても無駄」

「……電波を飛ばしたなんてわかる訳ないじゃないですか」

「分かるんだよ。特異体質で電磁波に対して敏感なんだ」

 

 

 紫音の言った通り、風紀委員の言葉はそのまま証拠になる。電磁波を知覚できる紫音が、電波を観測したと言ったなら、それがそのまま証拠になるのだ。

 千秋に逃げ道はなかった。

 

 

「取りあえず事情聴取ですかね千代田先輩?」

「そうね。連れて行きましょう」

 

 

 紫音と花音は千秋を風紀委員会本部へと連行しようする。

 だが、千秋は最後の抵抗とばかりに実力行使に出た。

 右手に仕込んだバネ仕掛けのダーツが飛び出す。向けられたのは近かった紫音だ。いや、紫音が掴んでいたのが右腕だったので、そのまま矛先を向けられたというのが正しい。

 そのような至近距離でも、紫音は冷静にフラッシュキャストで障壁を張った。手で触れていたので、『調律』で簡単に思考が読み取れたからこそ、問題なく防げたのだ。

 

 

「ちょっとっ!?」

 

 

 だが、この不意打ちに花音は思わず動きを停止させる。

 今は紫音が防いだが、もしも防げなかったら大怪我をしていたのだ。これは流石に見逃せない。立ち直った花音は反射的に振動系魔法を千秋に使い、意識を奪ったのだった。

 紫音は倒れる千秋を支える。

 

 

「これ、どうします?」

「今のは明らかに傷害未遂よ……取りあえず保健室に運びましょう」

 

 

 そして騒ぎに気付いたのか、鈴音や小春や啓もやってきた。

 特に、小春は気絶している千秋を見て慌てる。

 

 

「千秋!? どうしたの!」

「やはり平河先輩の妹でしたか」

「そうよ四葉君。千秋はどうしたの?」

「詳しい説明は後で、取りあえず彼女を運びますので」

 

 

 紫音は小春を宥めて、千秋を抱える。

 取りあえず保健室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 その後、事情を理解した小春は驚いたようだった。

 そして千秋が紫音に傷害を負わせようとしたことを知り、頭を下げて謝る。

 

 

「ごめんなさい四葉君。あたしの妹がそんなことを……」

「謝罪は受け取ります。取りあえず頭を上げてください」

 

 

 準備も今日の分は鈴音と啓と達也に任せて、小春は紫音と共に保健室で千秋が目を覚ますのを待っていた。軽い振動系魔法による失神なので、すぐに目が覚めるだろうというのが保険医の安宿(あすか)が出した見解だった。

 一度戻るのも手間なので、ここで待っていることにしたのである。

 

 

「でも、なんで千秋がこんなことを……」

「下手すれば……犯罪行為ですからね。一つ考えられるのはマインドコントロールです。論文コンペに出場する平河先輩の妹ですし、産学スパイの手が加わったと考えるのが自然でしょうね」

「そんな……」

 

 

 紫音はそんな嘘を述べる。

 昨日、『八咫烏』を仕込んだことで、大亜連合が千秋を唆したことは分かっている。正確には、大亜連合に協力している周公瑾という人物の仕業だ。

 だが、あくまで一般人の小春――魔法師は一般人とは言えないが――に真実を言う必要はないので、納得できる理由だけ伝える。

 

 

「そのために護衛の俺たちがいるのですが、流石に家族関係までは守り切れませんからね……」

「いえ、責めてるわけじゃないわ」

「分かっています。悪いのはここにいる誰でもありません」

 

 

 思ってもいないことを真顔で述べる。

 別に千秋が悪いとは思っていないが、愚かだと思ったのは事実だ。そしてもう一人、第一高校の内部に裏切り者がいることも知っている。

 関本勲(せきもといさお)

 風紀委員会所属なので、紫音もよく知っている先輩だ。

 鈴音と同じく論文コンペ代表候補者だったのだが、今回は選ばれなかった。嫉妬の感情に付け込まれて、利用されてしまったのだろう。

 こちらも、近いうちに行動を起こすと思われる。今は問題を起こしていないので捕まえることは出来ないのだが、バレないように警戒はしていた。

 

 

「ん……」

 

 

 そして、丁度良いタイミングで千秋も目を覚ます。安宿の見立て通り、割とすぐに目を覚ました。

 小春はすぐに駆け寄って千秋の顔を覗き込む。

 

 

「千秋? 目が覚めた?」

「…………姉さん」

「そうよ」

 

 

 状況が理解できていないのか、千秋はボーっとしていた。

 だが、次の瞬間には色々思い出したらしく、跳ね起きる。

 

 

「ちょっと千秋。まだ大人しく寝ていないと……」

「別に大したことない」

「でも……」

「うるさい!」

 

 

 姉妹にもかかわらず、距離を感じる。

 以前に紫音が聞いた通りだった。

 このままではダメだと悟り、間に紫音が入る。

 

 

「さて、平河千秋さん? 色々と聞きたいんだけどいいかな?」

「……あたしが言うことは何もありません」

「千秋!」

「お待ちを平河先輩」

 

 

 紫音が制止したことで、小春は下がる。

 そうなったところで、再び質問を開始した。

 

 

「聞きたいことは一つだ。君が今回のようなことをしでかした理由を教えて欲しい。何が気に入らなくて論文コンペを妨害しようとした?」

「それは……」

 

 

 記憶を読み取ってしまえば一発だが、公共の場で同級生の女性に触れるのは一般常識的に良くないこととされているので却下だ。表層意識だけ読み取り、嘘かどうかだけ判断する。

 だが、千秋は何も話すことはなく、チラチラと小春の方を見るだけだった。

 表層意識から、千秋の要求を理解した紫音は、小春に対して小声で話しかける。

 

 

「すみません、平河先輩。彼女が話しにくいそうなので、一度席を外してくださいますか? 結果は報告しますので」

「……不本意だけど分かったわ。あたしがいても邪魔になるみたいだから」

 

 

 こういう時は理解の早い小春に感謝だ。

 小春が一礼して保健室を一時退室したところで、再び話しかける。

 

 

「お姉さんがいて話しにくかった。だよね?」

「……」

「さ、答えてくれないかな?」

 

 

 千秋は沈黙を貫く。

 だが、それでも紫音はじっと待ち続けた。

 二分ほど経った頃、先に耐え切れなくなった千秋が話し始める。

 

 

「全部アイツが悪いのよ。九校戦が終わってから、姉さんはアイツの話しかしなくなった。二科生でもアイツのようになれる、二科生でもアイツは凄いって……。論文コンペもアイツなんかを頼って……」

「アイツってのは司波達也のことか?」

「……」

 

 

 沈黙は肯定。

 紫音はそう受け取って質問を続けた。

 

 

「昨日は達也たちの後を付けていたよね? それで見つかって逃げた。下手すれば街中で大爆発が起こるところだったんだけど、ロケットエンジン付きのスクーターなんて誰に用意して貰った?」

「……なんで昨日のがあたしだって分かったのよ?」

「俺の情報網を甘く見ないで欲しいな。それより質問の答えは?」

「……」

 

 

 ここでも沈黙。

 紫音としても、答えは知っているので、千秋の口から聞かなくても別に構わないと思っている。そこで、次の質問に移った。

 

 

「なら、今日のことは? パスワードブレイカーなんか使って何をしようとした? 論文コンペのプレゼンを失敗させたかったのか?」

「違う! プログラムをちょっと書き換えて作動しなくしようとしただけ! それに、この程度なら、どうせあの男が簡単に解決してしまう。でも、本番直前にプログラムをダメにしてやれば、あの男も、あの男の話ばかりする姉さんも困らせることが出来ると思った。あたしの気持なんか知らないアイツらなんて、プログラム修正で疲れてダウンしちゃえばいいって……!」

「要約すると、質の悪い嫌がらせだったと?」

「そうよ! 悪い!?」

「いや、悪いだろ」

「う……」

 

 

 正論を言われて言葉に詰まる千秋。

 自分でも悪いことをしている自覚はあるのだろう。

 

 

「はぁ……今回は未遂だったが、下手すれば退学にもなっていたかもしれない。君が想像している以上に大事になっていたと思うんだけど?」

「構わないわ。アイツと姉さんに一泡吹かせてやれれば……それで……」

 

 

 思想の一点突破。

 マインドコントロールでよく見られる傾向である。それ以外のことが考えられなくなるので、飛び抜けたことも簡単に実行してしまう。

 最悪は入院が必要だろう。

 

 

「あの男だって……姉さんも唸らせる実力を持っているクセに! きっと実技で手を抜いて、あたしたち二科生を嘲笑っているのよ! だから……だからっ!」

「ハイハイ、ストップよ」

 

 

 興奮した千秋の手を取って保健医の安宿が止める。

 確かに、これ以上は質問しても意味がないだろう。今回のことは報告書にして風紀委員会の方でもまとめることにする。今回のことで動機は聞きだせたのだから、充分だろう。

 

 

「分かりました。では失礼します」

 

 

 紫音は、外で待つ小春に報告するため、保健室を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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