黒羽転生   作:NANSAN

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横浜騒乱編6

 数日後の夜、論文コンペまであと八日となった土曜日に、紫音は真夜から電話を受けていた。

 

 

『紫音さんが手に入れてくださった情報のお蔭で、産学スパイは全て駆逐できたそうです。先ほど、国防軍から連絡がありました。

 お手柄ですよ紫音さん』

「ありがとうございます」

『ふふふ。七草の無能さも浮き出てきたのではないかしら? 苛立つ弘一さんを想像するだけで笑みが零れそうになるわね』

「しかし宜しいのですか? わざわざ七草に喧嘩を売るようなことをして」

『構いません。第一高校に進学していた紫音さんが()()()()()()()手に入れた情報のお蔭で事件が解決したのですから』

「母上……とても楽しそうですね」

『ええ、楽しいわ』

 

 

 人工精霊魔法『八咫烏』によって、大亜連合特殊工作部隊の動きは丸裸になった。今もリアルタイムで紫音のデバイスに情報が集まっており、すっかり特殊工作部隊(笑)となっている。

 特に特殊工作部隊と本国との通信ログは重要な情報を教えてくれた。

 

 

『さて、紫音さん』

「はい」

『私たち四葉家は、紫音さんの功績によって重要な情報を掴みました。現在、大亜連合の軍は鎮海軍港に多数の駆逐艦を招集中です。更に空母一隻が駆逐艦四隻を伴って既に出航。こちらは横浜へと向かっているようですね』

「把握しております」

『空母については公海を航行中ですので、国防軍は把握したところで攻撃できません。恐らく、横浜で大規模侵略を実行した際、後詰としてやって来るのでしょう。いえ、正確には紫音さん、貴方一人を殺すためだけにこれだけの部隊を揃えたようですね。

 達也さんの戦略級魔法で始末するのは難しいと思われます』

「津波の心配ですね」

『その通りです。紫音さんは、その時に『日蝕(エクリプス)』を披露しなさい。専用CAD、神薙(かんなぎ)の使用を許可します。本家から送らせますから、しっかりと受け取ってくださいね』

「かしこまりました」

 

 

 名目上、空母の派遣は、紫音を含めた十師族への対策である。

 侵略の決行日は十月三十日の論文コンペ当日であり、その日には一条、四葉、七草、十文字が揃うだろうと大亜連合も理解していた。

 特に四葉は恐ろしい。

 一切の躊躇いを捨て、四葉の名を持つ一人を滅ぼすためだけに空母の派遣を決定したのだ。

 大げさではない。

 嘗て、四葉は数十人で一国を滅ぼした。

 一人に対して空母をぶつけるのは妥当と言える判断である。

 四葉という存在を過小評価しないからこそだった。

 

 

『四葉の敵を『闇』に沈める……その日を楽しみにしているわ』

「ええ、ご存分に楽しませてみせましょう」

『ではおやすみなさい。ゆっくりと休みなさい』

「はい。失礼します」

 

 

 大画面に映されていた真夜の姿が消えて、音声通話も途切れる。

 大亜連合も、まさか既に四葉の掌の上で転がされているなど、知る由もないだろう。決して触れてはならないものへと触れようとした罰が降りかかろうとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、東京某所にある大亜連合特殊工作部隊の秘密基地で、隊長の陳祥山(チェンシャンシェン)は苛立っていた。

 

 

「各地の連絡員が全員消えただと!? どういうことだ!」

「も、申し訳ありません。現在、調査中です。ですが、恐らくは日本の国防軍に捕まってしまったものと思われます」

 

 

 興奮した陳祥山は拳を握りつつ……すぐに冷静に戻った。

 隊長として、いつまでも苛立っているわけにはいかない。次の指令が必要だった。

 

 

「何処から情報が漏れたか分かるか?」

「不明です。最有力は現地協力者かと……特に第一高校の娘は既に失敗し、捕まったようです」

「第一高校の小娘か……」

 

 

 周公瑾の紹介で手に入れた駒だったが、所詮は素人。下手を打って捕まってしまったのだと容易に想像できた。所詮は捨て駒なので、失ってもいたくはない。だが、そこから情報が漏れたのだとすれば、すぐにでも消さなければならない。

 陳祥山の判断は早かった。

 

 

「明日予定していたFLTへのセキュリティ攻撃は中止しろ。レリックよりも先に小娘だ。現在位置は分かるか?」

「国立魔法科大学付属立川病院です」

「呂上尉」

 

 

 陳祥山は呂剛虎(リュウカンフゥ)を呼びつつ、鋭い視線を向けた。

 

 

「小娘を消せ」

(シー)

「ついでだ。第一高校にいるもう一人の協力者も消しておけ。もはや必要ない」

 

 

 作戦のためならどこまでも非情になれることで有名な陳祥山(チェンシャンシェン)

 その本性が顔を出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の日曜日、紫音は平河小春と共に魔法科大学付属立川病院へと赴いていた。小春が妹である千秋のお見舞いに行くというので、護衛として紫音もついてきたのである。

 勿論、紫音は呂剛虎(リュウカンフゥ)が千秋を始末するために、今日ここに来るのを知っている。正確には、各種手配の通信ログから予想したのだが。

 しかし、元からこの日は小春から一緒に病院に行ってくれないかと頼まれていたのだ。大亜連合の『人食い虎』が来るからお見舞いを止めましょうとは言えないので、危険と知りつつもやってきたのである。

 寧ろ、あえて呂剛虎(リュウカンフゥ)に接触し、始末するのもアリだと考えていた。

 

 

「平河先輩。千秋さんは何階に入院しているんですか?」

「四階よ。今日は午後から論文コンペの準備があるし、それまでは一緒にいようと思うんだけど、四葉君も付き合ってくれる?」

「勿論ですよ。そのために来ましたから」

 

 

 日曜日と言えど、あと一週間に迫った論文コンペの準備がある。今日はプログラムのデバッグ作業、その他細かい見直しなどをする予定だった。

 小春は休みの日にまで付き合ってくれる紫音に申し訳なさを感じつつも感謝していた。

 そして恐怖の象徴とも言える四葉も、本当は心優しい人たちなのではないかと思い始めていた。

 勿論、錯覚だが。

 別に紫音は優しいわけではない。人並みの気遣いは出来るが、心からの思いやりではない。

 人の心が読めるゆえに、多くの嘘や裏切りを見抜いてきた紫音は、身内とその他という区分で人を分ける。身内は犠牲を払っても守るべき存在であり、その他は最悪切り捨てることの出来る存在だ。

 その他の存在をどうでもいいと思っているわけではないが、いざという時は切り捨てることが出来る。

 今はいざという時ではないので、人並みの気遣いを見せているだけなのである。

 

 

「そう言えば、お見舞いですから花や果物でも持ってくればよかったですね」

「そんな、いいのに!」

「いえいえ、もし機会があれば、次の時は持っていくことにしましょう」

「気遣わせてごめんなさいね」

 

 

 二人はエスカレーターを昇りながらそんな会話をする。

 そして四階に辿り着いた二人は、千秋が入院している病室の扉の前まで移動した。そして小春がノックをする。

 病室に付けられている電子錠が外れた音がしたので、小春がスライドドアを開いた。

 

 

「お見舞いに来たわ千秋」

「姉さん……とアンタは!」

「ちょっと千秋! 四葉君はお見舞いに来てくれたのよ。アンタって言い方はないでしょう!?」

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ平河先輩。俺は気にしていませんから」

 

 

 紫音が宥めると、小春も落ち着いたらしい。

 大きな溜息を吐いて、ベッドにいる千秋へと近寄る。そして備え付けの椅子に座り、千秋と目を合わせた。

 

 

「具合はどう?」

「別に……元からどこも悪くない」

「千秋……」

 

 

 小春は言葉を詰まらせる。

 マインドコントロールを受けている可能性から入院ということになったのだが、本人にはその自覚がないらしい。それがマインドコントロールの特徴とも言えるため、当然と言えば当然だが。

 そんな千秋の手を握りながら、小春は頭を下げた。

 

 

「ごめんね千秋」

「姉……さん?」

「あなたと司波君は違うもの。比べたりなんかしてごめんなさい。本当はあなたが努力しているのも知っているわ。魔法工学だって、期末テストの成績は司波君に続いて二位。しかも九十二点だったんでしょう? あたしだってそんな点数は取れないわ。

 だからね、ごめんなさい」

 

 

 突然のことで動揺したのか、千秋はオロオロとしながら視線を彷徨わせている。

 そして紫音と目が合った途端、視線を逸らして小春の方へと向けた。

 

 

「うん。あたしもごめん」

「千秋……ごめんね」

 

 

 今日、ここに来るまでに小春は妹と仲直りしたいと言っていた。それが叶って何よりだと、紫音は心の内で考える。

 良い雰囲気なので、一度席を外そうかとも考えたが、すぐにそんな余裕はなくなった。

 

 

(殺気!?)

 

 

 病室の入口から微かな殺気を感じる。

 咄嗟に紫音は小春たちを庇う位置に立って、右腕を突き出した。

 突然のことで驚いた小春は驚きの声を上げる。

 

 

「よ、四葉君?」

「下がってください平河先輩。千秋さんも俺の後ろで大人しくしてくれ」

 

 

 その言葉と共に、病室の扉が破壊される。

 メキメキと音を立てながら無理やり破り、顔を出したのは獣のような殺気を放つ大柄の男。

 呂剛虎(リュウカンフゥ)

 

 

「死ね!」

 

 

 紫音は即座に『闇』を発動した。

 今は午前中なので、使える光は幾らでもある。この前と異なり、自在に暗黒のラインを飛ばすことが出来る状態だ。

 そして呂剛虎(リュウカンフゥ)も病室の扉を破った途端、四葉紫音の顔が見えたので、本能的にその場を離れた。結果として『闇』を回避することが出来たので、命拾いする。

 

 

(来るとは知っていたけど、このタイミングか)

 

 

 紫音は振り返って、怯える小春と千秋に指示を出した。

 

 

「すぐに暴力行為対策警報を出してください。俺はアイツを始末しますから」

「危ないわ四葉君!」

「何もしない方がもっと危ないです」

 

 

 紫音は小春の言葉を振り切って病室から飛び出す。

 それと同時に、病院内で警報音が鳴り響いた。無事に小春か千秋が暴対警報のスイッチを押してくれたのだろう。

 紫音は、病室前の廊下で鋭い眼光を放つ呂剛虎(リュウカンフゥ)へと目を向けた。

 

 

「一週間ぶり、か。『人食い虎』」

「四葉……」

「先輩の付き添いでお見舞いに来ていたら、まさかお前に出会えるとはな。丁度いい機会だ。ここで始末してやる」

 

 

 白々しくも偶然だと主張して『暗黒流星群(ダークミーティア)』を放とうとする。

 病院内なので派手には使えないが、数本の黒いラインが呂剛虎(リゥカンフゥ)を貫く軌跡を描いた。

 自己加速術式を使いつつ、野性的な勘でライン上から回避した呂剛虎(リュウカンフゥ)だが、廊下という狭い場所では明らかに不利を強いられる。

 つまり、撤退こそが正解だった。

 この病院はエントランスが吹き抜けになっており、各階の廊下は剥き出しになっている。呂剛虎(リュウカンフゥ)は廊下から飛び降りて、一気にエントランスまで落下した。

 

 

「ちっ! 待て!」

 

 

 紫音は『闇』を使おうと思ったが、エントランスには多くの人がいるので控える。間違って誤射が起これば、幾ら紫音でも揉み消しは出来ない。

 仕方なく、フラッシュキャストで重力を中和しつつ、落下した。

 だが、肉体の強化で自由落下の衝撃に耐えた呂剛虎(リュウカンフゥ)は、身体を引きずりながら病院の外に逃げてしまう。ゆっくりと落下している紫音では追いつけなかった。

 千秋が狙われていることを知っている紫音は、深追いを止めてその場に留まる。また、大亜連合の魔法師には鬼門遁甲という八門遁甲から派生した方位を狂わせる術者がいると聞くので、追っても無駄だろうと判断した。

 その後は事情聴取などで時間を取られ、小春と共に学校へと行くのは午後二時頃になってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 学校に赴き、準備室へと到着した紫音と小春は、まず初めに意外な報告を聞くことになった。

 

 

「関本先輩を捕まえた?」

「そうだ」

 

 

 紫音の問いに達也が答える。

 今日の午後、ロボ研でプログラムのデバッグ作業をしていたところ、催眠ガスを利用して眠らされるところだったらしい。達也が眠っている隙に、ハッキングツールでプログラムを盗み出そうとしていたのだが、問題なく捕まえたという。

 ご丁寧に自動警報装置を切ってからの行動だったそうだが、『再成』を持つ達也は催眠ガスを無効化して手動による警報を作動させた。結果として千代田花音が駆け付け、御用となったのである。

 それを聞いて、紫音は『ようやくか』と思っていた。

 

 

(関本先輩が大亜連合に唆されているのは知っていたけど、今日動くとはね。呂剛虎(リュウカンフゥ)の暗殺対象に入っていたから、俺が病院で邪魔しなかったら一高で暴れられていたかもしれないな)

 

 

 そう考えると、病院で呂剛虎(リュウカンフゥ)を撤退させたのは意味のあったことだと言える。

 

 

「それで、関本先輩がプログラムを盗み出そうとした理由は?」

「それは――」

「それは私からお答えしましょう」

 

 

 紫音の質問に対して、達也の代わりに鈴音が口を開いた。

 

 

「関本君は純粋に魔法の発展を望んでいます。魔法理論は世界で一丸となって発展させるべきだというオープンソース主義者というわけです。だからこそ、魔法後進国にも我が国の魔法技術を公開し、世界的に発展を促すのが目的だそうです」

「浅はかですね。軍事的対立がなければ素晴らしい考えですが」

「その通りです。国家機密漏洩の罪に問われる可能性すらありますね」

 

 

 紫音だけでなく鈴音もバッサリと切り捨てる。

 だが、関本だけが悪いとは言い切れないだろう。恐らく、その考えに付け込まれて、マインドコントロールを仕掛けられたのだ。時間をかけず、証拠も残さずにマインドコントロールを行っている様子を鑑みると、精神干渉系の魔法師が関与している可能性が高い。

 いつかのブランシュ日本支部リーダーが使用していた光波振動系の『邪眼』モドキとは異なり、本物の精神干渉系『邪眼』を有していると思われる。

 『八咫烏』でも、その辺りの情報は詳しくなかったので、分からないままだ。

 

 

「あと一週間とは言え、こういうことも起こり得るということを心に留めてください。宜しいですね」

『はい』

 

 

 鈴音の忠告に、皆返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 人食い虎さんも尻尾撒いて逃げます。
 これはもう八門遁甲を使うしかない。


青い猛獣さん「八門遁甲の陣!」

人食い虎さん「それや」

紫音さん「やめろ!?」

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