午後三時、第一高校のプレゼンテーションが始まった。
重力制御魔法式熱核融合炉という加重系統魔法三大難問に挑戦するということで、多くの注目を集める発表だ。核融合によって連続的に質量が変化してしまうため、重力魔法を安定化させるのが難しいというのが主な課題だったのだが、鈴音はアプローチを変えることで解決して見せた。
それは重力制御の負担を減らすということである。
核融合で必要なのは、原子核同士のクーロン力(電気的斥力)に逆らって接触させること。クーロン力を上回る重力で無理やり引き起こすのが、一般的な考えだ。
鈴音はクーロン力を減らす方向で術式を開発し、一瞬だけ核融合を起こすことにした。
断続的に核融合を発生させ、熱は重力制御とクーロン力制御の魔法式に充てる。余った熱が回収分のエネルギーになるという寸法だ。
魔法による水素の常温プラズマ化、魔法によるクーロン力低下、魔法による重力制御、熱回収、そして再び水素のプラズマ化……と言う風に繰り返すことで、断続的に核融合反応を実行し、熱機関とするのである。
今回はデモンストレーション用の実験機なので、エネルギー回収効率は非常に悪い。そのため、どちらかと言えば回収効率はマイナスであり、核融合機関維持には魔法師が必要だ。だが、そこを改良すれば、一番初めに起動するだけで、維持が可能になる。
これが鈴音の主張だった。
「へぇ……あれってループキャストだろ? 達也が手伝ったのもあの辺?」
「そうだ。主にプログラムの手伝いだが、俺がやったのは平河先輩の補佐程度だ」
「達也が手伝っている時点で色々ズルいと思うけどね」
この時間帯、会場内警備をしていた紫音と達也は、一番後ろで立ちながら鈴音の発表を見ていた。国際会議場の外は、魔法協会が手配したプロの魔法師による警備がされている。各校の風紀委員や部活連が担当するのは、国際会議場の中にある各フロア、および会場内だった。
「次は三高か。予想通り吉祥寺だな」
「ああ、俺としてもカーディナル・ジョージの発表は少し楽しみだ」
「俺は技術系に関してあんまり得意とは言えないからなぁ。知識はあるけど、実用的に役立てる知恵はないわけだし」
「紫音には魔法力があるだろう?」
「いや、こうやって軍事的要求以外に魔法師が役に立つってことを主張する場にいると、俺も思うところがあるってことだよ」
紫音は少し遠い目をする。
自分の持つ魔法は破壊の力だ。四葉家が生み出した……いや、第四研究所が生み出した最強にして最凶の兵器が紫音なのである。
四葉の求めた精神系統魔法の終着点を体現したのが『調律』。
故に生まれた時から兵器としての道は決まっていたといっていい。
「後悔しているのか? 四葉の兵器になったことを」
だが、紫音は達也の質問に首を振りつつ答えた。
「そうでもない。今の俺には満足している。ただ、俺は
「
「後遺症ってほどじゃないと思う。
それに、と紫音は言いながら鋭い目を達也に向ける。
「こういう非常事態の時は、力が必要だからな」
その言葉と共に、爆発音が響く。
横浜国際会議場が激しく揺れた。
午後三時三〇分。
後世において、人類史の転換点と呼ばれる事件が始まった。
◆◆◆
横浜、山下
その隙を突いて貨物船に偽装した揚陸艦がミサイルを発射。
辺り一帯は混乱に包まれた。
更に、この混乱に乗じて、各地に配置されていたゲリラ部隊が一斉に行動を開始。
狙いの一つには、論文コンペが行われている横浜国際会議場も含まれていた。
午後三時三十七分。
今度は会場を直接揺らすような激しい爆発音と振動が響く。
論文コンペに集まっている生徒や各企業の重役たちは悲鳴を上げた。
「達也は深雪の方に行け。それと達也、俺はアレを使う」
「分かっている。伯母上の命令もあるのなら許可しよう」
紫音はそう言って会場の扉を開き、フロアに出た。
すると、既に正面入り口ではプロの魔法師と敵部隊の交戦が始まっている。敵は対魔法師用のハイパワーライフルを所持しているので、迂闊に攻撃を喰らう訳にはいかない。
ハイパワーライフルは、魔法師の持つ情報改変強度を超える威力の弾丸を放つというものだ。
「今の内に使っておくか」
弾丸に当たらないよう、物陰に隠れながら自身の持つ特異魔法を発動した。
『調律』。
これによって紫音は周囲の人間と精神波長レベルでリンクしていく。勿論、フィードバックが起こらないように調整された魔法だ。『調律』において一番難しいのがここで、四葉家の実験でも、この部分のコントロールに重点を置いていた。
精神波長を『調律』された人物は、非魔法師であっても紫音と同じ魔法演算領域を持つことになる。更に、その魔法演算領域は紫音のコントロール下におかれるのだ。逆に魔法師の場合、本人が元から持っている魔法演算領域と紫音の魔法演算領域に互換性が生じる。それによって他人の魔法演算領域を自在に操作することが可能になる。
非魔法師を魔法師に変える。
そして魔法師は自分の持つ魔法演算領域を紫音に奪われる。
この調律はウイルスのように次々と感染していき、あっという間に広範囲へと広がっていく。
戦略級魔法『リベリオン』が密かに発動した。
本来、これは他者の魔法演算領域を操り、強制的に過剰な魔法を発動させることで自爆させるのが戦略級魔法としての使い方だ。自分の魔法演算キャパシティを超える魔法演算を実行することでオーバーロードを引き起こし、精神から殺す。
周囲を破壊せず、人間だけを殺す魔法。
自分の魔法演算領域に裏切られる魔法。
しかし、『リベリオン』はそれほど無差別ではない。
敵味方が入り乱れる場所で使用した場合、味方の魔法演算領域は残し、敵の魔法演算領域は非魔法師を含めて奪い取ることが出来る。更に言えば、『調律』のお蔭で敵のサイオンを紫音のものとして扱うことも出来る。
サイオン量不足など殆ど意味がない。
寧ろ、無尽蔵と言っても過言ではない。
紫音は、この場で『リベリオン』を発動させることで、会場内にいる魔法科高校の生徒たちともリンクを確立した。深雪や達也ともリンクすることになるので、先程は一応の許可を取ったのである。
魔法演算領域を奪い取らずとも、このリンクがあれば紫音は『リベリオン』範囲のどこにでも魔法を発動させることが出来る。
「把握、完了」
リンクを繋げば繋ぐ程、紫音の魔法演算領域は広がる。
仕組みとしてはソーサリー・ブースターと同じだ。他人を使って自分の魔法演算領域を増幅させているのだから。
つまり、『リベリオン』は幾ら広げても限界がない。
そこに人がいれば、幾らでも広がる。
リンクはネットワークのように繋がっているので、途中で途切れる心配もない。
紫音は五分かけて、周囲一帯にいる数千人と魔法演算領域をリンクさせた。
「戦闘開始」
そう呟き、紫音は無数の『
それは敵の体ではなく、武装を正確に破壊した。
現在、紫音は敵から魔法演算領域を徴収している状態なので、今は無闇に殺さず、捕縛して利用するつもりなのである。
武器を失った敵は立ち往生し、敵魔法師は魔法が使えなくなって動揺する。
後は魔法協会が手配したプロたちによって取り押さえられた。
次いで、国防軍も国際会議場へと踏み込んでくる。元から四葉家が防衛省に情報を流しておいたお蔭で、早急な出動が出来たからだ。国防の本職たちは国際会議場に侵入している敵部隊をあっという間に捕虜へと変えてしまったのだった。
◆◆◆
国際会議場へと駆け付けたのは、達也も所属する一〇一旅団独立魔装大隊だった。隊長の風間少佐はもとより、多くの隊員が駆け付けたことで事態は一気に収束。
論文コンペに集まった生徒や各企業の重役たちは、独立魔装大隊に誘導される形で別れて避難することになった。
論文コンペで使用したデモ機の処分をした後、基本的には各校で集まって避難指示に従う。地下の避難経路や地上など、それぞれ分かれて移動することになった。独立魔装大隊の隊員が守ってくれる形になっているので、生徒たちも少しは安心しているようだった。
そんな中、達也と深雪だけは別室に呼ばれていた。
風間少佐、藤林少尉の二名が達也を待ち構える。
「大黒特尉。情報統制は解除されている」
「はっ!」
部屋に入るなり掛けられたその一言で、達也は敬礼する。
つまり、ここからは独立魔装大隊特務士官、大黒竜也として動くことになる。
「藤林少尉。特尉に状況の説明をして差し上げろ」
「はい」
藤林は手に持ったデバイスを操作し、部屋にあるスクリーンへと戦況を映し出す。
「現在、我が隊を中心として横浜に国防軍が展開。港では最も激しい戦いが繰り広げられています。近くにある魔法協会支部、つまり横浜ベイヒルズタワーでは独自戦力を展開し、防戦に集中しているもようです。
既に避難ルートは確保。順調に一般人の避難は進んでいます。
しかし、沖合上に空母一隻、駆逐艦四隻を発見。
大規模な戦闘が予想されています。
また、敵は大亜連合で確定。内閣府より速やかな迎撃作戦が命じられています」
「この通りだ特尉。これより特尉は例のムーバル・スーツを着用し、部隊を率いて貰う。目標は港の早急な確保、及び迎撃準備だ」
「質問があります」
「手短に言い給え」
「迎撃、と申されましたが、具体的にはどのように?」
その問いに対して、風間は眉を顰めつつ答えた。
「防衛省より、新たなる戦略級魔法実験を行うという通達があった。これは『マテリアル・バースト』のことではない。そもそも、あの規模を撃滅するには『マテリアル・バースト』は強すぎる。余波による津波の心配があるからだ。
そして防衛省に圧力を掛けたのが……四葉家だ」
「四葉が……なるほど、紫音ですね」
「その通りだ。新たなる戦略級魔法師として、四葉紫音が相応しいかを見定める実験でもある」
紫音の言っていた通りになったな、と達也は考える。
原子力が禁止されている今の時代において、空母は効率の悪い兵器だ。しかし島国の侵略戦争においては非常に役立つ兵器でもある。ここでコストを無視して投入してきたということは、この戦争が大亜連合にとって沖縄以来の本気であることが窺える。
この戦力は四葉紫音一人を恐れてのものだとは誰も思っていないようだが。
達也は、深雪の肩に手を置いて、優しく語り掛けた。
「深雪。この通りだからお前は避難してくれ。既に紫音の加護が周囲を覆っている。これも伯母上の命令だそうだ」
「お兄様……」
深雪は、達也が戦場へと身を投じるのは自分の責任だと思っている。
かつて力の至らなさゆえに傷つき、達也に眠る残された感情を引き出してしまった。
沖縄で『悪魔の力』と『神の如き力』を振るい、国防軍に対して力を見せてしまった。
それが今に繋がっていると思っている。
だからこそ、達也の力を縛る枷を外すことを決意した。本来は勝手に外してはいけない枷だが、達也は深雪のガーディアンという立場なのだから、深雪の好きにしても構わない。
深雪の魔法力を枷として達也を縛る『
「枷を外します」
深雪は達也へと両手を伸ばし、その頬に触れる。
一瞬だけ目を見開いた達也は、次の瞬間には目を閉じて跪いた。
頭一つ分だけ低くなった達也に対し、深雪は唇を近づける。そして額へと静かに口付けを落とした。
嵐が吹く。
封じられていた達也の魔法力が解放され、『分解』の力を最大まで引き出せるようになった。
普段は束縛されている力の解放に伴い、サイオンの嵐が部屋を薙ぎ払う。
これには風間と藤林も眩しそうにしていた。
そして深雪は一歩下がり、スカートの裾を掴んで優雅に一礼する。
「ご存分に、お力を振るってくださいませ。お兄様」
四葉の有するもう一つの兵器が解き放たれたのだった。
とりあえずリベリオンの解説でした。
アホみたいなチートですね。