黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編
来訪者編1


 二〇九五年十月三十日、そして三十一日に二つの戦略級魔法が使用された。実戦において戦略級魔法が投入された意味は大きく、その破壊規模と戦略性を全世界が注目した。

 『暗黒と灼熱のハロウィン』。

 そう名付けられた歴史の転換点は、幾つもの流れを作り出す。一つは反魔法主義者による魔法反対運動の増加、一つは魔法の軍事的優位に関する認識、そして日本が発表した新しい戦略級魔法師への対策である。

 戦略級魔法師、五輪(いつわ)(みお)の『深淵(アビス)』に続いて発表されたのが、四葉紫音の名前だった。

 戦略級魔法『日蝕(エクリプス)』は、仕組みも効果も発表されず、ただ実戦で使用された結果のみが各国の知る情報となった。半径十キロにも及ぶ広範囲を闇が覆い尽くし、軍艦や空母すらも藻屑へと変えてしまう謎の魔法。

 その見た目と仕組み不明な部分から、『正体不明(ブラックボックス)』とも呼ばれるようになる。

 USNAの学者たちは放出系プラス基本コードによる魔法ではないかと予想した。光子を放出系魔法で操ることで一方向に飛ばし、そのエネルギーで対象を破壊するというのが彼らの見解だった。通常の放出系魔法だと考えるには規模が大きすぎるので、魔法的な負担の少ない基本コードが有力だと思われたのである。

 勿論、基本コードだけでは説明できない部分もあったので、結局は分からないままだったが。

 ただ、流石に『日蝕(エクリプス)』が力技の魔法だと思っている人物は皆無だったようだ。

 そしてUSNAが最も頭を悩ませたのは、発表されなかった方の戦略級魔法である。いわゆる『灼熱』の部分だ。学者たちは質量からエネルギーを取り出す魔法ではないかと予想した。自分たちが認知していない方法で質量エネルギーを取り出す魔法があることを知り、彼らは焦りを覚える。

 

 

 故に、少しでもヒントを得ようと、安全面からゴーサインの出なかった『余剰次元理論に基づくマイクロブラックホールの生成・蒸発実験』が行われた。

 

 テキサス州ダラス郊外にある国立加速器研究所は未知に潜む危険を無視して、あの大艦隊を消滅させた大規模魔法の手がかりを掴もうとしていた。

 

 それが本当の危機を招き入れると知らずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋も深まる中、紫音は本家に戻って真夜と面会をしていた。

 横浜事変以降、新たなる戦略級魔法師として紫音は多忙を強いられていたのである。防衛省各所への挨拶を含め、五輪澪と面会、更に命令系統の決定確認などである。

 国の保有する貴重な兵器である戦略級魔法師なだけあって、その扱いは非常に丁寧だった。他国から狙われないように、様々な形で護衛が付くことになりそうだったので、それは流石に断った。四葉で護衛を付けると言えば、相手も引き下がらざるをえない。

 ただ、どちらにせよ国は紫音に護衛を付ける予定だった。表立って護衛するか、裏からひっそり護衛するかの違いである。

 今回の面会は、それらの報告を兼ねて、戦略級魔法発動後の体調確認も行っていた。

 

 

「精密検査の結果を拝見させて貰ったわ。また深夜の力が増していたようね」

「はい、精神構造干渉の力が増幅されているのは確かです。元々、『リベリオン』は深夜様の残滓とも言える力ですからね」

「ええ、深夜と違って構造を作り変える力はないみたいだけど……精神構造を波長パターンとして認識することで、その構造に一時的な干渉をすることは可能。一度の『リベリオン』で魔法力が大きく増加したのは興味深いわね」

「そうですね……精神干渉系『調律』の力は増加していると思います。確実に」

 

 

 あの日、『リベリオン』で多くの人の精神を支配下に置いた紫音は、結果として『調律』の力を増幅させていた。深夜の残滓とも言える精神構造干渉の力がより強くなったのである。

 イメージしにくいが、元から持っていた精神構造干渉の力の破片が凝縮し、一つのサブシステムとして紫音の魔法演算領域に組み込まれた感覚である。

 この表現も正確とは言えないが……

 

 

「それはそうと紫音さん」

「はい」

「紫音さんは正式に戦略級魔法師として公表されました。恐らく第一高校でも少し敬遠されることはあるでしょう。しかし、これからも紫音さんの仕事は変わりません。深雪さんと達也さんの力が周囲に知られることの無いように立ち回りなさい」

「しかし、横浜事変のせいで達也の立場もある程度は知られてしまったようですが?」

 

 

 紫音が言っているのは、独立魔装大隊との関係である。

 非常時だったとはいえ、一部の一高生徒には達也が軍籍を持っていることがバレていた。

 しかし、真夜は微笑みながら答えた。

 

 

「問題ないわ。最も避けるべきなのは深雪さんと達也さんが四葉の人間であることが知られること。それに、独立魔装大隊は十師族をよく思っていない部隊ですから、今のところは達也さんと四葉の関係を結びつける人物はいないと思って良いわ。

 それに、分かりやすい四葉として紫音さんがいるのですから。

 達也さんにも、勝手に封印を解いてアレを使用した罰として、暫くは独立魔装大隊との接触を禁じています」

「つまり、結局は私が注目を集めることになると?」

「ええ、戦略級魔法師として世界に発表したのもこのためよ。本当は紫音さんが成人するまで名前は伏せようと思ったのだけど……達也さんが『マテリアル・バースト』を使ったことでUSNAも探りを入れているみたいなのよ。

 だから、紫音さんには色々と苦労を掛けるわ」

「USNAが……ですか?」

「ええ。達也さんの魔法を『大爆発(グレート・ボム)』と呼称して使い手を探っているわ。そしてUSNAが突き止めた使い手候補の中に、達也さんの名前も入っているみたいなの。

 近いうちに第一高校にも探りが入れられるはずだから気を付けなさい」

「承知しました」

 

 

 どうやって真夜がUSNAの事情を知ったのかは不明だが、何かしらの伝手があったのだろうと紫音は納得する。

 そして紫音が戦略級魔法師と知られた以上、これからはもっと多くの諜報員が紫音の周囲に現れることだろう。それを捕えて情報を抜き取るのは今まで通りなので、これからもやることは変わらない。

 紫音がそう思っていると、真夜はそれを見抜いたのか、釘を刺してきた。

 

 

「紫音さんが捕らえた周公瑾という男は覚えていますか?」

「はい。勿論です。母上の命令で捕えたのですし」

「紫音さんのお蔭で彼の背後にいた黒幕も分かりました。その黒幕が直接仕掛けてくるかもしれません」

「確か顧傑(グ・ジー)でしたか。ブランシュの総帥で無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)を支援した人物でしたね。つまり反魔法師運動が強まると……?」

「どうやら周公瑾は日本における彼の代理人という立場のようでしたから、本人がやって来る可能性は高いと考えるべきよ。気を付けなさい」

 

 

 可能性、などと言葉を濁しているが、真夜がわざわざ注意を促している意味はしっかり理解しなければならない。

 紫音は表情を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顧傑(グ・ジー)にとっては全てが予想外だった。

 周公瑾を通してブランシュや無頭竜を暗躍させたのだが、その全てが四葉一族によって封殺された。結果としてブランシュ日本支部はほとんど壊滅し、無頭竜も日米の共同作戦によって壊滅させられた。

 無頭竜はボスだったリチャード=孫の一人娘である孫美鈴(スンメイリン)をリーダーとして立て直しを図っているが、日本への手出しは一切を禁じているらしい。

 もはや使える手駒は周公瑾だけだった。

 しかし、その周公瑾すらも消された。彼によって築かれた亡命方術師によるネットワークは残されている一方、日本で暗躍する基点はない。

 顧傑(グ・ジー)は本当に困り果てていた。

 

 

「尽く四葉が立ち塞がる……か」

 

 

 USNA西海岸のとある街に顧傑(グ・ジー)は拠点を構えている。

 そして物事がうまく進まないことで不満の声を漏らしていた。

 元々、彼は大漢(ダーハン)の出身だ。四葉一族によって滅ぼされた国である。そこの魔法師開発機関だった崑崙方院(こんろんほういん)に所属していた古式魔法師だったのだ。

 現代魔法師の風潮に押されていく中、彼は不老の魔法を開発した。

 しかし、それは適性のない者を死に追いやる魔法だった。神仙術の素質を持つ古式魔法師ならば、若いままの体を保つことが出来る――ただし、不死ではないので寿命は変わらない――魔法。だが、素質のない者が使えば、数か月で死に至る。

 何故なら、魔法とは効果がいずれ消えてしまうもの。つまり定期的に魔法をかけ直すことになり、これを自動化したのが不老の魔法だったのだ。魔法的素質のない人物が、自動とは言え自分自身に魔法をかけ直すことを繰り返せば、どうなるか予想に難くない。

 そのリスクを知らずに大漢の権力者へとその魔法を献上した顧傑(グ・ジー)は、あっという間に粛清対象となった。現代魔法へ対抗するための逆転策として打ち出した魔法が、古式魔法師たちへのトドメとなったのである。

 結果として周公瑾を始めとした弟子たちと共に亡命を果たし、顧傑(グ・ジー)はUSNAへと移り住むことになった。

 故に顧傑(グ・ジー)にとっても崑崙方院と大漢は復讐の対象だ。

 しかし、その復讐は四葉によって奪われてしまった。

 自分を社会的に抹消した大漢を滅ぼした四葉。顧傑(グ・ジー)は復讐の対象を四葉へと変えてしまった。自分が復讐するべき対象を奪った四葉を社会的に貶め、抹消するために、周公瑾を通して暗躍を繰り返していた。

 しかし、尽く上手くいかない。

 

 

「もはや私が出るしかない……が頼れる伝手も殆どない……」

 

 

 顧傑(グ・ジー)が得意とするのは、人間を魔法の部品として、呪法具として造り変える悍ましい技術だ。魔法師の脳を魔法力増幅装置へと変えたソーサリー・ブースター、魔法師を改造強化したジェネレーター、そして死体を操る僵尸術(きょうしじゅつ)

 お世辞にも、前に出て戦う魔法師ではない。

 どう頑張っても、四葉一族と正面対決するのは不可能だ。

 だからこそのブランシュや無頭竜だったのである。なにせ、敵を前にした戦闘では弟子の周公瑾にも劣っていたのだから。

 そこで、顧傑(グ・ジー)は自分に残されたもう一つの手段を使うことにする。

 バーチャルリアリティーを利用したデバイス、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着し、自分の有する権利を行使した。

 フリズスキャルヴへのアクセス権を。

 

 

(日本の伝手が頼れないならば、USNAのモノを利用するしかあるまい)

 

 

 そう判断して、指をなぞる。

 すると、その軌跡が文字となって浮かび、検索ワードとして打ち込まれた。

 フリズスキャルヴとは、あらゆるネットワーク情報へとアクセスし、どんな暗号すらも解析して盗み見ることが出来るハッキングシステムだ。

 全地球傍受システム、エシュロンⅢのバックドアを利用したものであり、正規システムを遥かに上回る効率で情報を集めることを可能とする。

 そのシステムによってランダムに選ばれた七人のオペレーターの内、顧傑(グ・ジー)もその一人だった。

 

 

(……吸血鬼?)

 

 

 顧傑(グ・ジー)はUSNA内部の不祥事を中心に検索する内に、一つのワードへと注目した。それはテキサス州で起こった不審死事件。体内の血液が一割ほど失われ、衰弱死しているというもの。

 魔法による殺害が疑われ、反魔法師団体の動きが活発になりそうだった。

 これは使えると顧傑(グ・ジー)も考える。

 新たな策略を練るために、更に詳しい情報を集め始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先週忙しすぎました……
忙殺ってこういうことを言うんですね。忙しさに殺されます。

久しぶりにハーメルン開ける
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大量の誤字報告と感想
 ↓
そっとじ


そんなわけで、今回は感想を返せていません。
来年になるまではこういうことも続くと思います。

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