黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編2

 USNAにはスターズというエリート魔法師部隊が存在する。アメリカ全土から集められた魔法師の中で、最も優れた魔法師たちの部隊という認識だ。

 彼らを構成する十二の部隊の隊長には一等星の名前が割り振られており、その中でもシリウスは総隊長を意味している。

 戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』の使い手であり、スターズ総隊長でもあるアンジー・シリウス少佐は憂鬱が滲み出るような表情で自室にいた。

 

 

「はぁ……」

 

 

 今の時期はクリスマスだ。

 世間一般ではお祝い事ムードになりつつあり、このような表情を浮かべるには相応しくない季節である。元はキリスト生誕を祝う日とはいえ、現代ではすでに形骸化した祭りの一種だ。宗教に関係なく、喜び楽しむべきである。

 だが、やはり彼女の表情はすぐれなかった。

 そんな時、部屋のインターホンが鳴らされる。

 

 

「どうぞ」

 

 

 ドアホンのリモコンマイクに向かって答えると、椅子に座って出迎えの準備をする。別に会うことを約束していた相手ではないが、これぐらいは礼儀だ。

 

 

「失礼しますよ総隊長」

「やはりベンでしたか」

 

 

 入ってきた相手はベンジャミン・カノープス少佐。同じスターズ所属であり、カノープス隊の隊長でもある彼は、良い相談相手としてシリウス少佐の中に確立していた。

 

 

「聞きましたよ。日本へ行くと」

「ええ。脱走兵がまさか海外に行くとは思いませんでしたが。それに……まさかフレディまで……」

「フォーマルハウト中尉が脱走兵となるなど、予想できるはずもない。本部も慌てていましたよ」

「それに、スターズ隊長クラスとなれば、総隊長である私が出るしかありません」

 

 

 シリウス少佐が憂鬱気味なのは、これが原因だった。

 魔法師部隊であるスターズからの脱走兵。これはUSNA軍全体に衝撃を与える結果となった。

 始まりは、謎の人体発火事件である。何もないところで人が燃えるという事件は、魔法師が関連していると、すぐに判断された。そして捜査の結果、犯人として浮上したのがアルフレッド・フォーマルハウト中尉である。

 彼は発火念力(パイロキネシス)の使い手であり、視点を合わせた個所から火種を生み出すことが出来た。

 しかし、フォーマルハウト中尉が犯人だと分かった時には既に遅い。

 彼は日本へと亡命していたのである。

 幾人かのUSNA兵を伴って。

 

 

「しかし総隊長。自分が聞いた限りでは、脱走兵排除だけが任務ではないそうですが?」

「はい。特別任務が与えられました。あの『大爆発(グレート・ボム)』の使い手を探ること、そして『正体不明(ブラックボックス)』の使い手と接触することです」

「『正体不明(ブラックボックス)』……正式名称は『日蝕(エクリプス)』でしたか。なんでも、あの四葉が使い手だとか?」

「ええ。上層部は四葉がどういった存在なのか理解していません。あの接触禁忌(アンタッチャブル)に触れろという任務ですから」

「抗議は……できるはずもないですね」

 

 

 シリウス少佐こと、アンジェリーナ・クドウ・シールズはまだ十六歳だ。つまり、本来ならば高校生なのである。恐ろしいまでの才能と魔法力によってスターズ総隊長の地位に就いているが、これが厄介事を呼ぶ。

 年端も行かない少女がUSNA最強の魔法師部隊で隊長を張っていることに不満を持つ者も少なくないのだ。

 四葉に触れるのは良くないと進言したところで、『世界最強の魔法師、スターズ総隊長ともあろう者が日本の魔法師一族如きを恐れるとは……』などと嫌味を言われるだけである。

 シリウスといっても所詮は実働部隊だ。

 結局、上層部には逆らえない。

 また、上層部は四葉を理解していない。

 

 

「そもそも、私は諜報について専門的な訓練を受けていません。それにもかかわらず、脱走兵排除と同時に、日本の戦略級魔法師に探りを入れろなど、お門違いです!」

「しかし、相応のバックアップも得られるのではありませんか?」

「『大爆発(グレート・ボム)』の使い手候補、そして四葉は高校に通っているそうです。ですから私も高校生に扮して、留学生という立場を利用することになりました。内部潜入捜査というやつですよ」

「そうなると、高校内では大きな援助が受けられそうにありませんね」

 

 

 本来なら、この手の任務は幾らでも適任者がいる。

 しかし、上層部は紫音を恐れてシリウスの投入を決めたのだ。それは四葉の名を恐れたのではなく、紫音が多くのスパイを捕えているという実績である。

 並み程度の魔法師では捕らえられる。

 そこそこ強い程度でも同じだ。

 ならば、紫音と同様の戦略級魔法師であり、偶然にも近い任務地で活動するアンジー・シリウス少佐をぶつければ良いと上層部は考えたのである。

 

 

「まぁ、ハイスクールライフを楽しむ……といった感覚でいれば良いのではないですか?」

「ベン……それは些か拙い気がします……」

「いえ、こう考えてはいかがでしょう。少佐の役目は四葉、そして『大爆発(グレート・ボム)』の使い手候補と接触し、揺さぶりをかけること。詳しい調査は補佐として付くスターズ隊員に任せればよいのです」

 

 

 シリウス少佐としても、そう言われると楽になる。

 やはり、彼は相談相手として適格だった。

 

 

「そうですね……そう考えることにします。私の留守中は任せましたよ、ベン」

「はい。お任せください」

 

 

 笑顔で敬礼するカノープス少佐に対し、シリウスもほぐれた表情で答礼するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 二〇九五年一二月二四日。

 クリスマスイブということもあり、街は綺麗なイルミネーションで飾られている。寒冷化の影響もあって凍えるような寒さである一方、街の雰囲気は暖かで柔らかいものだった。

 しかし、そんな日でも魔法科高校に休みはない。

 夕刻、紫音は一人で帰路についていた。

 

 

「はぁ―――」

 

 

 吐き出した息が白く染まる。

 別に憂鬱なわけではない、だが、少々疲れただけだ。

 戦略級魔法師であることが公に発表されて以降、紫音は少しばかり学校でも避けられがちになった。慣れ親しんでいる風紀委員会や生徒会はともかく、クラスでは敬遠されている。

 そうやってあからさまに避けられると、流石の紫音でも多少は傷ついた。

 しかし、それよりも疲れを増幅させるのは、紫音を付け狙う存在である。大亜連合、新ソ連、USNA、EUなどからスパイが放たれ、紫音の周囲を見張っている。特に手出しはしてこないようだが、それが鬱陶しくて仕方なかった。

 

 

(二人……かな)

 

 

 今日も紫音を尾行している人物が二人。

 だが、今日に限ってはお粗末すぎる尾行だった。なにせ、目を向けなくとも尾行されていることが分かるほど気配が漏れているのである。素人すぎて、逆に罠を疑うほどだ。

 明らかに怪しいので、今のところは手を出していない。

 

 

(確認はするべきか)

 

 

 こちらから視線を投げかけていないので、相手の姿形は全くの不明だ。しかし波動観測で精神波長を視れば、相手の様子は観察できる。

 『リベリオン』を発動し、精神構造干渉の力が強まってからは、精神波長観測の力も増大した。波動パターンを見ることで、相手の抱えている感情もある程度は理解できる。

 そして、紫音を尾行している二人から読み取れたのは、緊張。

 尾行の心得など一つもない、素人丸出しの様子に紫音は少し呆れた。

 そして人混みに紛れるようにしてフラリと路地に入る。

 尾行している二人組は慌てて紫音を追いかけた。

 クリスマスイブの街中で一度見失うと、再び見つけるのは不可能に近い。しかし、ここで慌てて追いかけてしまうあたり、やはり素人だった。

 二人が路地に走り込むと、そこでは紫音が待ち構えていたのである。

 

 

「おー……随分と可愛らしい尾行者だな」

「なっ!?」

「嵌められました!?」

 

 

 紫音の前に現れたのは二人の少女だった。

 観測できる声紋パターン、サイオンパターン、精神波長パターンが酷似していることから、双子である可能性が高い。

 

 

(丁度、亜夜子と文弥ぐらいか?)

 

 

 高校生と言うには少し幼い顔立ちなので、恐らくは中学生だろう。

 紫音を尾行する人物としては首を傾げざるを得ない。

 

 

「で、君たち二人は何で俺を尾行していたわけ?」

「……」

「……」

 

 

 当然ながら、そんな問いに二人は答えない。

 少しばかり警戒しているらしく、今にも逃げそうだった。それに、ここは人通りの少ない路地とは言え、少し移動すれば大通りに出ることが出来る。逃げるのは簡単だ。

 だが、どういうわけか少女たちは引かなかった。

 

 

(精神波長から見ると……単にプライドが邪魔してるってところか)

 

 

 つまり、彼女たちのプライドを適度に刺激してやれば良いのである。

 

 

「……クリスマスイブだからって男を尾行するのは流石に変質者っぽいと思うんだが、そういう解釈で良いのか?」

「んなっ!? 違うに決まってるでしょ!?」

「そうです! 私たちはただお姉様の―――あっ」

「お姉様?」

 

 

 予想通り簡単に引っかかってくれた。

 紫音が問い詰めるような目で聞き返すと、二人は慌てだす。

 

 

「ちょっと泉美! なにポロっと言ってんのさ!」

「だってこの人が私たちを変質者呼ばわりしたんですよ!? 仕方ないじゃないですか!」

「開き直るなーっ! お姉ちゃんにバレたら怒られるじゃん!」

「香澄ちゃん。私たちは双子なんです。怒られるときは一緒ですよ」

「しれっと巻き込むんじゃなーいっ!」

 

 

 どうやらこの二人は香澄と泉美というらしい。香澄は少し活発なイメージ、そして泉美はお淑やかな雰囲気が出ているが、姿形は瓜二つだ。髪型が違うので見分けることが出来るものの、その気になれば入れ替わっていても気付かれないだろう。

 そして紫音は二人の名前を聞いたことで、その正体が確定した。

 朧げな原作知識のせいで自信はなかったのだが、今なら確信を持てる。

 

 

「はぁ……七草先輩の妹か……」

 

 

 七草の双子と呼ばれる二人のことは、紫音もよく知っている。

 戦略級魔法『リベリオン』発動中において、調律した支配下の精神へと魔法演算を割り振ることで乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)を使用できる。これによって『日蝕(エクリプス)』は制御されているのだ。

 そして、魔法師社会において有名な乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)の使い手が、目の前にいる七草の双子なのである。

 偶然によってサイオンパターンや魔法演算領域のパターンが一致しており、二人は魔法演算を分担することで相乗的に魔法力を高めることが出来る。これによって、通常では有り得ない合体魔法とも呼べる技術を扱えるのだ。

 この場合、魔法力は単純な足し算ではなく掛け算。

 紫音の『日蝕(エクリプス)』が極端に広範囲なのも、乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)が魔法力の掛け算だからこそ、というわけだ。

 それはともかく、どういうわけで七草家の双子が自分を尾行しているのかは気になった。

 確かに、最近は七草家も自分の周囲を嗅ぎまわっている。しかし、配下ではなく、わざわざ令嬢を出してくるのは明らかにおかしい。つまり、今回のことは二人の独断だと理解できる。

 

 

「ど、どうするんだよ泉美~」

「バレてしまっては仕方ありませんね香澄ちゃん。ここは素直に謝るのです」

「はぁ? なんでさ?」

「不躾に尾行していたのは事実ですから」

 

 

 どうやら、後ろめたいことをしていた自覚はあるらしい。

 流石の紫音も気が抜けた。

 

 

「……取りあえず、その辺のカフェにでも入る? ここで立ち話をするには寒いし」

 

 

 そう切り出した紫音に、香澄と泉美は縦に首を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フォーマルハウトさん生存ルートです
顧傑が早く動き出したので、スターズに察知される前に日本へと逃げ切りました。

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