魔法科高校二日目。
この日は授業もなく、履修登録後はオリエンテーションとなっていた。このオリエンテーションもクラスごとに回るような行儀の良いものではなく、割と自由に見ることが許されている。更に言えば、帰るタイミングも自由だ。
だからこそ、紫音は履修登録が終わり次第、学校を出た。
そして目的地へと移動する途中でメールを打つ。
(さて、これで死体処理班にも連絡できたし、あとは蹂躙タイムだな)
昨晩の宣言通り、エガリテを潰すことにしたのだ。
一応、現在は上の組織ブランシュが水面下で動きつつエガリテが魔法科高校内部に侵入している。まずは表面の除去をするために紫音が動くのだ。
紫音が指定の位置に行くと迎えの車が用意されている。この車と運転手は四葉の関係者であり、紫音が自由に使える道具と使用人だった。予め連絡は入れてあるので、特に指示をすることなく目的地へと車は走って行く。
数十分ほどすると、エガリテのアジトであるボロアパートに辿り着いた。
「すぐに終わらせる。待機しておけ」
「かしこまりました」
それだけ言って紫音は外に出た。
ボロアパートの見た目をしているが、内部はそれなりに改装してあるらしい。部屋の壁をぶち抜くことで大きな空間を確保しているようだった。
紫音は『調律』という収束系と振動系に属する特異魔法を使用する関係上、波動について敏感だ。魔法的資質と共に、特異体質として電磁波を知覚できるようになっている。この電磁波を知覚することで『
そしてそれを利用すれば、ボロアパート程度の薄い壁の向こう側も知覚できる。
「十六人ってところか。情報通り、エガリテ幹部は揃っているようだな」
紫音は気負うことなくボロアパートの扉の一つに手をかけると、わざと激しい音を立てて開いた。そんなことをすれば注目されるのだが、それが目的である。
案の定、エガリテ幹部の一人は紫音を見て叫んだ。
「何者……その制服は魔法科高校のものか! 何しに来た!」
「ちょっと用事があってね。この中でリーダーは誰かな?」
「舐めんじゃねぇぞガキが!」
エガリテ幹部たちは落ち着いた様子の紫音を見て武器を構える。法治国家日本では銃火器を沢山用意できなかったのか、十六人のうちの五人は鉄パイプだ。しかし、逆に言えば十一もの拳銃が紫音に向けられていることになる。普通ならば声も出ないほど恐怖することだろう。
だが、残念ながら紫音は魔法師だ。銃弾程度ならベクトル反射障壁で簡単に弾ける。魔法師にとって銃火器は脅威になり得ないのだ。魔法師を倒せるとすれば、魔法による事象改変を上回る出力で吹き飛ばす特殊兵器ぐらいだろう。ただし、これらの兵器は軍事機密級なのでエガリテ如きでは手に入らない。
「リーダーは誰かな?」
相変わらず涼しい口調で問いかける紫音にエガリテ幹部は苛立ちを募らせる。
だが、意外にも一人が名乗りを上げた。
「俺がリーダーだ。(馬鹿め。素直に名乗り上げると思ったか? 真のリーダーは俺の右斜め後ろに―――)」
「はいダウト」
紫音は容赦なく『
精神系統魔法『調律』は脳波を調律することで紫音と思念リンクさせることが出来る。つまり、考えたことが筒抜けになるのだ。
「嘘はダメだろう? リーダーは君だ」
紫音が真のリーダーを指さした瞬間、エガリテ幹部に動揺が走った。
その隙に紫音は追加の魔法を放つ。
「罪には罰を。『
空間を埋め尽くす光の乱舞。
だが、一方向へと完全調律された光は、決して目に届くことがない。故に暗黒のラインを残すという見た目も恐ろしい魔法。人が喰らえば一撃で穴だらけとなる。
『ぎゃあああああああああああ!?』
悲鳴が重なって不協和音となり、ボロアパートに響く。
生き残ったのは紫音がわざと外したリーダーだけだった。そして紫音は血だまりの中を一歩ずつ進みながらリーダーに話しかける。
「君は質問に答えればいい。ただし、嘘はいけない。さぁ、ブランシュについて教えて貰おうか?」
絶望が一歩ずつ迫る光景にリーダーは力なく膝をつく。
これが魔法の暴力。
圧倒的な力。
気に入らなかった魔法に反抗したが故に、こうなったのである。
こうして、数分と経たずにエガリテは壊滅し、紫音の『調律』によって全ての情報を抜き取られる。加えて魔法科高校の生徒を勧誘している証拠、更には一校生徒の中でエガリテに所属している人物のリストを手に入れた。エガリテはメンバーの証として赤、青、白が縞模様になったリストバンドをしている。メンバーリストに加えて、実際のリストバンドという証拠があれば内部からの浄化も簡単になるだろう。
そしてブランシュの情報も得た紫音は、死体処理を使用人に任せて再び学校へ戻るのだった。
◆◆◆
真夜への報告や、エガリテから得た情報の裏取りをしてから学校に戻ったので、既に夕方となっていた。第一高校にブランシュの手が入り込んでいる以上、生徒会長にも報告するべきだろう。
幸いにも、第一高校の生徒会長は十師族に属する七草の長女だ。更に同学年には同じく十師族の十文字もいる。四葉からの報告となれば、すぐにでも動いてくれることだろう。
また、これによって敢えて目立つことにした。
しかし、紫音は校門でトラブルを目撃することになる。
「いい加減に諦めたらどうなんですか!? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう!」
柴田美月。
達也と同じクラスであり、入学式で席が隣だったことから仲良くしている。霊子光放射過敏症という
深雪と並ぶと見劣りしてしまうが、十分に美少女の領域だろう。
大人しい見た目に反して、言いたいことはしっかり言える性格らしい。
(なんだあれ?)
少し離れた場所から見ていた紫音は、状況観察から事態の把握に努めた。
まず、深雪と達也の他に、柴田美月、千葉エリカ、西城レオンハルトが固まっている。二科生の中に深雪という一科生が一人だけ混じっているのは、少し不思議な光景だ。しかし、達也の関連で共に居ると考えれば納得できる。
深雪は達也のいる所ならどこにでも行くだろうから。
そして相対しているのは一科生数人だ。それを見た時点で紫音は状況を察する。
(深雪を取り合っているって訳ね)
左胸の紋章に誇りを持つ
だが、行き過ぎた自信は転落を招く。
所詮は試験の成績による結果でしかない。正直、実戦ともなれば達也一人で一科生を蹂躙できてしまうだろう。それだけの実力差がある。
「相変わらずトラブルに愛されているな達也は」
紫音が溜息を吐いている間にも言い争いはヒートアップしていく。
「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」
「そうよ! 司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから」
無茶苦茶な論理だが、自分たちが特別だと愉悦に浸っているからこその意見である。それに対し、レオンハルトとエリカも喧嘩腰で言い返した。
「ハッ! そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」
「相談だったらちゃんと本人に同意を取ってからにすれば? 深雪の意見も無しに相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなってそんなことも知らないの?」
エリカの煽るような口調は実に腹が立つ。赤い髪と強気な表情が余計にソレを際立たせていた。そして遂に逆切れした一科生の一人が禁則事項を口にする。
「うるさい! ウィード如きが僕たちブルームの邪魔をするな!」
あ、これはダメだ。
紫音はそんなことを思った。一高において差別用語とされ、公に禁止が言い渡されている言葉を使ってしまったのだ。我慢していた深雪もそろそろ限界だろう。
達也の安寧を守るためにも、このあたりで出しゃばるべきである。
紫音は暗殺技術の応用で流れるように動き、『ウィード』と口にした男子生徒の背後に立った。そして右手を彼の肩に置き、囁くように声をかける。
「へぇ。なんだか楽しそうな話をしているね」
『ッ!?』
突然現れた紫音を見て、達也以外が驚く。達也の場合、周囲を完全知覚する『
だが、本業で鍛えた隠密を破れる人物など高校レベルではそういない。
故に誰もが驚いたのだ。
「だ、誰だあんた!?」
「ふーん? 俺のこと知らないんだ?」
「はぁ? 知るわけねぇだろ!」
普通、十師族が入学するときはそれなりの噂が出回る。しかし、四葉の場合はかなり秘匿したので、一部の家系しか入学していることを知らないだろう。まして、顔など分かるはずもない。
また紫音の見た目は今どき珍しい純日本人的な風貌をしている。海外から優秀な魔法師の遺伝子を取り込んだことで、魔法師は日本人離れした顔つきになることが珍しくないのだ。濡羽色の髪と色白で線の細い紫音は古式魔法師の名家でよくみられる容姿をしている。
故にまさか紫音が十師族であるなどとは想像もつかないだろう。
だからこそ、紫音は嗜虐的な笑みを浮かべながら名乗ることにした。
「四葉紫音……四葉家の後継者候補だよ」
それを聞いて急速に空気が冷える。
実際に冷えているのではなく、そう感じてしまうほどに誰もが動揺していた。
歴史が語っているのだ。
史上最強の兵器が目の前にいると。
「面白い話をしていたよね? ブルームが優れていてウィードは劣っているんだっけ?」
そんな問いかけをされても頷くことすら出来ない。
いや、許されない。
紫音はそれだけの畏怖を放っていた。
「だったら俺が司波深雪さんと帰ろうか。何、問題ないだろう? 優秀な者は劣っている者よりも優先されるのだから……ね?」
紫音にお前たちは劣っていると言われても言い返すことは出来ない。
一科生であることが誇りなのか。それは紫音の前で見事に砕かれた。上には上がいる。優秀な者が深雪と共に居られるというのなら、紫音には決して逆らうことが出来ない。
流石の一科生も四葉に言い返すなど無理と思っているらしく、気拙そうにしながら一人ずつ去って行った。
そして残ったのは一科生であることを特に鼻にかけていた男子生徒。そして少し離れた背後に女子生徒が二人。
「僕の名は森崎駿。ウィードなんか認めない! 司波さんは僕たち一科生といるべきなんだ!」
せめてもの反抗なのか、男子生徒はそんな捨て台詞を吐いて逃げていった。
たった一人の登場によって解決してしまったことに、レオンハルト、エリカ、美月はポカンとする。
「はぁ~。すげぇ」
「流石は名家ってやつね」
「ちょっとエリカちゃん……」
そんな風に茫然としていると、紫音は振り返りつつ笑顔で話しかけた。
「いや~。済まない。たかが入試の成績で舞い上がっている程度の奴らが失礼なことを言ったね」
「構わない。寧ろ助かった」
紫音の言葉に達也が返す。
「四葉君ですね。ありがとうございます」
「気にしなくていい。俺を抜いて成績一位になった君には少し注目していたところだよ。ああ、それと俺のことは紫音と呼んでくれ。四葉の名は大袈裟過ぎて嫌いなんだ」
「分かりました。では紫音さんとお呼びします」
「俺も紫音と呼ぼう」
「そうしてくれ。司波では分かりにくいから、俺も深雪と達也でいいかな?」
「ええ、勿論です」
「構わない」
これで公でも普段の呼び方を使える。流石に公私で呼び方を使い分けるのは肩が凝るので、自然に名前呼びをする流れを作ったのだ。
そしてそんなやり取りをしていると、今のやり取りを見ていた二人の少女がやって来る。一人は無表情で大人しそうな見た目である一方、もう一人はビクビクとしながら紫音の方をチラチラと見ていた。この二人も先の一科生と共に居たメンバーだった。
恐らくは半分流れで付いてきただけだったのだろう。
そしてビクビクしている女子生徒が頭を下げて達也に謝る。
「光井ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした」
これには達也も面食らう。
だが、紫音の登場によって自分が恥ずかしいことをしていたと自覚したのだろう。豹変ぶりにもビックリしたが、それでも謝罪を述べるだけの根性もあるようだ。
「いや、構わない。皆もそれでいいな?」
「お兄様がそう仰るなら」
「ああ、いいぜ」
「まぁ、赦してあげるわ」
「はい、謝罪は受け取ります」
深雪、レオ、エリカ、美月もそれぞれ頷きながら同意する。
だが、そこでまた一つ問題が起きた。
「貴方たち。少し話を聞かせて貰えないかしら?」
凛とした声に反応して全員が振り返ると、そこにいたのは生徒会長こと七草真由美だった。入学式で顔を見ているので、この場にいる誰もがそれを理解している。
そして真由美の隣にいるのは風紀委員長を務める渡辺摩利。
真由美の言葉を引き継いで、摩利が口を開く。
「騒ぎがあったと聞いてな。まさかお前が原因か四葉紫音?」
面倒なことになった、と紫音は密かに溜息を吐くのだった。