紫音は香澄と泉美を伴って近くのカフェに入った。クリスマスイブということで、中はかなり混んでいるように見える。インターネットでカフェの空席情報を調べておかなければ、かなりの時間を待たされていたかもしれない。
情報化社会が進んだ現代では、公共交通機関だけでなく外食店などもインターネットで空席情報を調べることが出来る時代となっているのだ。
店員に案内されて、三人はカフェの奥側にある席へと座る。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って店員が下がるのを見計らい、紫音は七草の双子へと話しかける。
「好きなものを頼んでいいよ。お金は出すから」
「別にいい……です。借りは作りたくないので」
「この程度で貸したりするほど狭量じゃない。カフェに誘ったのは俺だから、金を出すのは当然だ」
香澄は少し反発したが、紫音にそう言われて大人しくメニューへと目を落とした。メニュー表も電子デバイスになっており、ここから注文することが出来る。
なお、泉美は初めから遠慮なくメニューを選んでいた。
「
「泉美と一緒でいいよ。あ、ボクはミルクティーで」
(……ボク?)
紫音は香澄の一人称に違和感を覚えたが、表情には出さずスルーした。そういう女子もいないことはないので、特に指摘する必要もないだろうと思ったのである。
それはともかく、紫音もメニューに目を通して適当に選んだ。
「じゃ、俺はガトーショコラとコーヒーかな」
メニューデバイスを操作して注文を終える。これで厨房にも届いたはずなので、五分以内に注文したものが持ってこられることだろう。
いきなり本題に入るのも詰まらないので、ケーキと飲み物が届くまでは雑談を興じることに決めた。
「改めて自己紹介でもしようか。俺は四葉紫音だ」
「七草香澄です」
「
「取りあえず分かりにくいから名前呼びで構わないか?」
「別に構いません」
「敬称も不要です」
「分かった。一応聞くけど、香澄と泉美は七草真由美先輩の妹ってことで間違ってない?」
その質問に対して、二人は同時に頷く。
となると、今年で中学三年生だったはずだ。恐らくは真由美に倣って第一高校を受験するのだろう。この時期に遊んでいて構わないのかと疑問に思ったが、そこは問題ないと考え直す。
香澄と泉美は十師族七草家の一員なのだ。
ちゃんと対策ぐらいはしているはずである。
寧ろ、受験よりも紫音は別のことが気になった。
「七草家って言ったら、この時期は各界のクリスマスパーティに参加しているんじゃないの? こんなところに居てもいいわけ?」
「問題ありませんわ。
「ボクはパーティなんか面白いとも思わないけどね。明日のパーティも休みたいなぁ。受験を理由にしたら休めるんじゃない?」
「ダメですよ香澄ちゃん。それは理由になり得ません。寧ろ、七草家だからこそ、余裕を見せつけてやるのです」
「うぇー」
香澄は本当に嫌そうな表情を浮かべている。
相当面倒なのだろう。
「パーティねぇ。
基本的に、四葉は外に対して情報を発することがない。更に言えば、四葉家の血族ですらほとんど秘匿されているありさまだ。
現在の四葉分家は司波、
四葉姓なのは当主である四葉真夜、養子の四葉紫音、そして紫音の祖母にあたる四葉
これだけでも、どれだけ隠れた一族なのかよく分かる。
更に言えば、四葉本家は日本地図に記されておらず、魔法協会上層部ですら大まかな位置しか知らない。また、本家に向かう時は、特定の場所で特定の魔法を使い、ゲートを開ける必要があったりする。
紫音ですら、色々面倒臭いと思ったことは一度や二度では済まない。
「それで二人は第一高校に進学する予定……で合ってる?」
「そうです」
「わざわざ他の魔法科高校に行く理由はありませんから」
「ということは、四月から俺の後輩になるってこと?」
『…………』
その質問に対しては二人揃って目を逸らした。双子だからか、全く同じ方向へと逸らしている辺り面白いと思う。
だが、それはともかく何故目を逸らされたのか気になった。
「……何? なんか悪いことでも言った?」
「いえ、その……少し戸惑っていると言いますか……」
「戸惑ってる?」
泉美が右手を頬に当てつつ答えるのを見て、紫音はさらに訳が分からなくなる。全く話の流れが読めず、寧ろ紫音の方が戸惑った。
しかし、ここで丁度良く注文していたケーキと飲み物がやってくる。
「ご注文のベリーチーズケーキが二つ、ガトーショコラがお一つ、ハーブティーがお一つ、ミルクティーがお一つ、そしてコーヒーになります。コーヒーのお砂糖とミルクはテーブルに置いてあるものをご自由にお使いください」
店員は持ってきたケーキと飲み物を丁寧に並べ、お辞儀をしてから下がっていく。
取りあえず、落ち着くために紫音はコーヒーをブラックのまま口に含んだ。強い苦みと程よい酸味が口の中に広がり、独特の香りが鼻腔を通り抜ける。
それに続いて香澄と泉美も飲み物を一口含み、落ち着いたようだった。
「……で、何を戸惑ってるって?」
「いえ、ただ
「カフェに誘われた時点で気が抜けたけど」
「あー、なるほど」
世界的な基準で言えば、四葉=接触禁忌だ。
そして日本でのイメージで言えば、四葉=怖い・よく分からない、となる。
四葉一族が
香澄と泉美がそう思ってしまったのも、仕方ないと言える。
「実際、俺は第一高校でも敬遠されているからな。ハロウィンのこともあって余計に」
「う……やっぱりアレって本当なんだ……」
「
勿論、『ハロウィンのアレ』とは戦略級魔法のことである。
暗黒と灼熱のハロウィンと称される大事件の片方を担ったのが、この四葉紫音なのだ。学生が軍事的に大きな意味を持つ魔法を会得しているという事実は、日本中で大事件のように報道されたので、香澄と泉美も当然のように紫音のことを認識している。
もしも戦略級魔法師が四葉の者でなければ、反魔法師運動が今より盛り上がりを見せていたことだろう。学生を戦争に徴用している魔法師社会を非難するという、格好のネタになったはずだ。ある意味、四葉の名前に助けられた形である。
一応、全く反発がないというわけではないが。
ただ、十師族の、あの四葉家なら仕方ない……という風潮は確かにあるということだ。
だからこそ、香澄も泉美も紫音が思ったより普通であることに戸惑っていたのである。
「要するに、四月から俺の後輩になるけど、四葉であり、あんな魔法を使う人物が先輩にいるってことが分かって怖かったと」
「別に怖い訳じゃありません……」
「まぁまぁ香澄ちゃん。『お姉ちゃんの後輩にヤバい人がいるなんて!』『ちゃんと調べてボクが安全確認しないと!』なんて言ってましたものね。
流石、香澄ちゃんは勇ましいですわ」
「わあああっ!? 何言ってるのさ泉美っ!?」
「事実でしょう?」
「それを言うなら、泉美だって『お姉さまに近づく虫は調べる必要がありますわね……』とか言ってたじゃないか!」
「そんなことは言ってません! 『お姉さまに近づく殿方は
「似たようなものじゃない?」
「全然違うでしょう!」
そんな二人のやり取りを聞いて、紫音は大体のことを察する。
ガトーショコラをフォークで切って口に運びつつ、大まかな内容をまとめた。
(要するに、四葉家で戦略級魔法師である俺のことが気になったってことね。第一高校には七草先輩もいるし、四月からは香澄と泉美も入学だ。気になって当然か)
これが尾行の主な理由だろう。
それだけ紫音が戦略級魔法師として発表されたのは衝撃なのである。
結局、尾行されていた理由も大したことはないらしい。こうして対面して話すことで、ある程度は解消したようだった。
取りあえず、紫音は二人の口喧嘩を止めることにする。
「一旦落ち着け二人とも。ここは公共の場だぞ?」
別に二人の声が大きかったわけではない。
精々、周囲の喧騒に紛れてしまう程度だろう。しかし、七草という上流の家に育ち、一流の教育を受けてきた二人としては痛いところを突かれた気分だった。
ハッとして口を噤み、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
ここも二人同時だったので、流石は双子と驚いた。同じ双子でも、文弥と亜夜子はここまで動きがシンクロすることは滅多にない。男女の違いというのもあるのだろうが。
「ともかく、大体の事情は理解した。尾行は素人すぎて逆に罠を疑ったけどな」
『うっ……』
余程恥ずかしいのだろう。
精神波長が乱れている。
紫音としては、年下の女子を虐めるような趣味もないので、この辺りで勘弁することにした。
「けど、俺の尾行なんかして大丈夫だったのか? 七草の護衛もいるだろう? 絶対に止められる気がするんだけど」
「基本的にボクたちの護衛は何してもスルーですから」
「
「ああ、なるほど」
それでいいのかと言いたくはなるが、他家の事情に口を出すつもりはないので納得しておく。
予想はしていたが、今回の件は七草家が関わっているわけではなく、香澄と泉美の独断だった。
とりあえず、クリスマスイブに美少女二人とカフェでひと時を過ごせたと考えれば、単なる役得で済ましても構わないだろう。別に被害を受けたわけではないのだから。
「二人ともあまり危険なことはするなよ? 今回は俺だったから良かったけど、変なことをしてたら七草家にも迷惑がかかるわけだからな」
「あ……はい」
「そうですわね。確かに、今回は軽率だったかもしれません」
「ケーキ食べて息抜きしたら早く帰れよ。今の時期は日没も早いからな。中学生女子が出歩くと碌なことがない」
今の時代、大抵の店で十八時以降は中学生の入店を断っている。高校生になれば一気に縛りが緩くなるので、やはり義務教育の段階では早く帰れということだ。
香澄と泉美がケーキを食べ終わる頃には丁度いい時間になっている頃だろう。それを二人も分かっているのか、特に反発はしなかった。
そして、まだ手を付けてなかったベリーチーズケーキにフォークを入れる。
「んー、まぁまぁかも?」
「及第点、というところでしょうか?」
「ここは普通のカフェだぞ。二人は何を基準にしているんだ」
流石は十師族の中でも四葉に並んで力を持つ七草家の令嬢。
中々に辛い評価である。
紫音としても特別美味しいと思えたわけではなかったので、特に反論はしない。そもそも、ここは香澄と泉美から話を聞くために入ったカフェなのだ。そこまで上等なものを求めてはいなかった。
「ところで二人は迎えが来るの?」
「どうかな泉美?」
「連絡すれば来てくれると思いますよ」
「なら、俺は先に帰るよ。会計は済ませておくから」
紫音はそう言って立ち上がる。
すると、泉美が咎めるような視線を向けつつ呟いた。
「誘っておきながら先に帰るのはどうかと思いますが……?」
「あまり仲良くするのも問題になりそうだからな。特に
「それは……そうですけど」
「今の俺が微妙な立場にいるってこともある。俺は四葉以外に特定の魔法師家系と仲良くすることは出来ないって分かってくれ」
戦略級魔法師である紫音が特定の家と仲良くすることがどれぐらい波紋を呼ぶのか、泉美にも理解できる。それとこれとは違うだろうと言いたい部分はあれど、紫音の言っていることは事実だった。
今日のところは『ちょっと話しただけ』で済むかもしれないが、結構ギリギリである。
クリスマスイブということもあり、余計な詮索を入れられかねない危険もあるのだ。
「今日のところはここでお別れだ。四月からは宜しく。気を付けて帰れよ」
尾行をされていたこともあり、面倒なクリスマスイブを迎えるのではないかと思っていたが、蓋を開けてみれば勘違いのようなものだった。
結果としてクリスマスイブっぽいイベントをこなせたと思えば悪くもないだろう。
殺伐としていた最近のことを思えば、今日のことはクリスマスプレゼントのようなものだ。
そう思うことで納得した。
(支払いは……電子マネーでいいか)
会計を済ませるべくレジの方へと向かいつつ、ポケットから携帯端末を取り出す。近年では電子マネーが拡大しており、紫音も現金は最小限しか持っていない。
何より、電子マネーは端末でタッチするだけなので支払いが楽なのだ。
そうしてレジの前に立ち、店員の指示に従って端末を認証させると、無事に支払いが終了した。
後は帰るだけだと出口に足を向けようとする。
だが、同時に紫音は気付いてしまった。
レジのすぐ側にある窓の外で、右手をこちら側に伸ばし、魔法を発動しようとしている男の姿に。
「っ!?」
反射的にフラッシュキャストを実行し、障壁魔法を展開する。
それと同時に、店の壁ごと窓が吹き飛んだ。
轟音が鳴り響き、ガラスが割れ、店内は一瞬で騒乱に包まれる。間違いなく紫音を狙った魔法攻撃。紫音は自分を守ることに成功する一方、その他の被害までは防ぎきれなかった。
防壁を張った紫音を避けるように壁の破片が飛び散り、店の床を汚す。
紫音を魔法攻撃した男が再び魔法を発動しようとしたので、『
「……こんなクリスマスプレゼントはいらなかったよ」
達也のトラブル体質が感染したのかもしれない。
場違いだが、そんなことを思うのだった。
尾行の理由としては弱いかな……?
でも、香澄と泉美ならやりそうな気がします。