カフェは一瞬にして騒然となった。
店の壁が吹き飛ばされ、更にその犯人は紫音によって四肢を貫かれ、血だらけになっている。これで騒ぎにならないはずがなかった。
(狙いは俺か?)
四葉として、また戦略級魔法師として各国から狙われているのは知っている。しかし、ここまで派手で直接的な行動を取ってきた人物はいない。
流石の紫音も戸惑った。
呻きながら倒れている犯人の顔を確認すると、外国人らしいと分かる。
白人系の男性であり、歳は三十代に見えた。
「け、警察! それに救急車!」
店員はここで思い出したかのように電話を取り、警察と救急に通報する。壁が吹き飛ばされた時に怪我をした客がいたので、救急車も要請したのだ。これで五分もすればパトカーも救急車もやってくることだろう。恐らく、紫音は当事者の一人として警察から事情聴取されるはずだ。
監視カメラと共に設置されているサイオンレコーダーを見れば、紫音が魔法を使ったことは明白となる。その気になれば紫音はサイオンレコーダーで感知されないように魔法を使うことも可能なのだが、今回は目撃者もいるので不要だと判断した。
寧ろ、サイオンレコーダーで記録されない魔法を使うとなれば、警察から目を付けられかねない。
よって今回は敢えて記録を残すことが正解となる。
そして事態を察した七草の双子こと香澄と泉美も紫音の元に走り寄ってきた。
「なんなのさこれ! もしかしてテロ?」
「決めつけるのは早計ですよ香澄ちゃん。それよりも大丈夫でしたか四葉さん」
「俺はね。二人も大丈夫そうで良かった」
二人にも犯人の男が魔法を使ったと察知出来たのだろう。
だからこそ、十師族の一員として現状確認にやってきたのだ。そして、流石にこれだけのことが起こって傍観しているのは拙いと思ったのか、香澄と泉美の護衛も現れる。
「香澄様、泉美様。ご無事ですか」
「大丈夫ですわ。お父様への連絡は?」
「いえ、まだです。泉美様の方からなさいますか?」
「貴方に任せます」
今回の事件で手を出したのは紫音だけだ。如何に魔法師一族の七草とは言え、ただカフェでケーキを食べていたに過ぎないのだ。恐らく、警察からの事情聴取も最低限だろう。
泉美自らが報告する必要はないと判断した。
護衛の男も同じように考えたのか、同意を示す。
「かしこまりました」
そして護衛の男は少し離れて通信端末を取り出し、どこかへと連絡を始める。紫音もそれを眺めていたのだが、そうして犯人から一時的にでも目を離したのは致命的だった。
「う……うおおおおおおおおお!」
四肢を穿たれたはずだった犯人は声を張り上げながら飛び上がる。そして右手にはどこからともなく取り出したナイフが握られていた。
更に、ナイフからは魔法の兆候が見える。
まだ犯人が動けるとは思わず、また普通ならば痛みで魔法どころでないにもかかわらず、魔法を発動しようとしたのだ。紫音としてもこれはまさかの事態である。
しかし、一瞬目を離していたとは言え紫音も四葉の人間だ。
反射的にナイフの軌道から逸れる。
(ナイフに魔法的兆候……武装デバイス)
武装デバイスとはCADの一種であり、武器としての効果を魔法的に底上げすることを目的としている。例えば硬化魔法で硬くした籠手、振動系や加重系魔法で切れ味を底上げしたナイフ、加速魔法で威力を上げた銃などがそれにあたる。
そして刃物系の武装デバイスの場合、切断効果のある範囲が延長されている場合が多い。
単純に切れ味を上げるのは勿論、刀身を基準にして仮想領域を伸ばし、魔法を展開して切断範囲を広げるのが一般的だ。
それ故、紫音はナイフの軌道から逸れたのである。
事実、犯人が振り下ろしたナイフは、刀身が伸びているかのように効果を発揮する。結果として、運悪く魔法効果の範囲にいた店員の一人が切り裂かれてしまった。
「ぎゃっ!?」
相当魔法の威力が高いのか、店員の左腕を抵抗もなく切断した上に、店の床にも大きな傷跡を付ける。ただの振動系や加重系にしては威力が高過ぎた。
刀身が延長されていることから、振動系ではなく加重系による魔法だと判断しかけたが、それにしては綺麗に切れ過ぎた。
その事実から、紫音は一つの可能性を導き出す。
(まさか……『分子ディバイダー』!?)
それはUSNA軍スターズ先代総隊長ウィリアム・シリウス少佐が開発した機密術式だ。分子結合を弱めるというようなものではなく、分割してしまう魔法である。
これは振動系や加重系の魔法と比較しても恐ろしい効果だ。
まず、切断とは突き詰めてしまえば圧力による分子結合の破壊だ。振動系や加重系の魔法はあくまでも切れ味を高める魔法であり、対象を切断できるかどうかは使い手の技量に依存する。
しかし、『分子ディバイダー』は違う。
これは魔法の対象を割断してしまう魔法なのだ。例えナイフを扱う技量が素人レベルだったとしても、振れば切断できてしまう魔法なのである。
(USNAの魔法師部隊がなぜ……)
流石に『分子ディバイダー』が流出しているということはないだろう。アレは魔法師部隊スターズが厳重に秘匿し、保管しているのだから。
紫音はそう思った。
だが、すぐにそんなことはどうでも良くなる。
何故なら、犯人についてもう一つの不思議な点に気付いてしまったからだ。
「こいつ、傷が消えてる!?」
紫音は確かに両手両足を『
しかし、現に犯人は怪我がないかのように動いてナイフを振るい、実際に傷も消えている。
確かに治癒魔法というものも存在はしているが、このように一瞬で傷がなかったことになるような便利魔法ではない。紫音の知る限り、それが可能なのは達也の『再成』だけだ。
基本的に、治癒は傷がある状態という情報を書き換えることで行っている。情報体に書き込まれた治っている状態を世界が修正しようとするので、それを何度も書き換えることで徐々に世界を騙していくのが一般的な治癒魔法だ。
そこで、紫音は確かめるべく再び『闇』を放った。
「がっ!?」
犯人は右掌を貫かれ、持っていたナイフ型武装デバイスを落としてしまう。そして紫音は右足を軸にして背中向きに回転しつつ一歩分だけ踏み込み、右手で掌底を叩き込んだ。
この時、フラッシュキャストで『音壊』を発動する。
掌底を叩き込んだ時の衝撃音を操り、増幅して犯人の体を内部から破壊した。
内臓を掻きまわされるような衝撃を受けて、犯人も吐血しながら再び倒れる。左胸に当てれば一撃で心臓を破壊できる魔法なのだが、今回は殺さないように胃を破壊する程度で留めた。
「これで再生するかは疑問だけど……」
紫音は今度こそ目を離さないようにしつつ、香澄と泉美の護衛に対して指示する。
「七草の護衛さん。腕を斬られた店員さんの処置をお願いできますか?」
「良いだろう。お嬢様方は御下がりください」
護衛は香澄と泉美を奥へと追いやり、自分のズボンからベルトを外して店員の傷口を縛る。店員もかなり痛そうに呻いたが、救急車が来るまでは保てるだろう。
その間、紫音は懐からハンカチを取り出して犯人の落とした武装デバイスを拾いつつ、『闇』で貫かれた犯人の右手を観察する。
血が溢れている傷は、逆再生でもしているかのように修復してしまった。
やはり、何かしらの特殊な魔法を持っているらしい。
紫音は朧げになりつつある原作知識から、手掛かりを探す。
(達也と似たような能力なら、原作でも取り上げられてた可能性は高いな。横浜事変の後は確か……)
そう、吸血鬼だ。
USNA軍と吸血鬼が色々と騒ぎを起こすというのが主な部分だった。
紫音はそれを思い出したことで、犯人の正体について当たりを付ける。
(こいつも吸血鬼か? USNA軍の機密装備も持っているし、スターズの秘密兵器って線もあるけど)
仮にスターズが裏で開発した魔法師なのだとすれば、紫音暗殺のために寄越した理由もある。吸血鬼よりもそちらの方が尤もらしい。
しかし、それは普通に考えればの話だ。
紫音には、犯人の男が吸血鬼かどうか調べるだけの能力がある。
(男の精神波長は……やはり、人とは違うか)
精神波長は人によって形が変わる。
しかし、大まかに『人』を表す精神パターンと言うのは存在しているのだ。しかし、男はそのパターンから大きく外れていた。
例えば『人』の精神が四角形だとしよう。個人差によって台形、ひし形、平行四辺形、正方形などの微妙な差はあるが、基本的に四角形から外れることはない。しかし、『人ならざる者』は四角形から外れ、五角形や六角形といった、まるで別の型に変化しているのだ。
紫音はその型を感じ取り、犯人が人ならざる者であることに気付いた。
(そうだ。ちょっと思い出してきた。確かUSNA軍の脱走兵の中に吸血鬼がいたんだっけ? それなら機密装備を持っているのも多少は納得できる)
確定は出来ない。
しかし、人ならざる存在が目の前にいることから、新しい厄介事が舞い込んできているのは分かる。
取りあえず、紫音は傷が修復しかけている犯人に対して振動系の魔法を使用し、脳を揺さぶる。これによって犯人は脳震盪に近い状態を起こし、気絶してしまった。
如何に吸血鬼といえど、器は人なのだ。
意識さえ失わせれば、能力を使われることもない。
「四葉殿、応急処置は終えた」
「ありがとうございます七草の護衛さん。しかし面倒なことになりましたね」
少し周囲を見渡すと、犯人を血だらけにして倒した紫音を恐れるような目が並んでいた。今は魔法科高校の制服を着ているので、学生だと分かったのだろう。
その学生が、カフェへの襲撃犯を倒してしまったのだ。
血が飛び散っている地面で気絶している犯人を見れば、殺してしまったように捉えることが出来る。そのことで紫音を恐れていたのである。
正当防衛である上に、自衛のために魔法を使用することは合法だ。
しかし、彼らの証言で紫音は過剰防衛だったのではないかと問い詰められる可能性もある。魔法師に対して良くない感情を抱いている警官が来ないことを願うばかりだった。
「はぁ……ホント最悪のクリスマスイブだよ」
その後、到着した警察から事情聴取を受けて紫音は夜遅くに解放される。
犯人は捕まり、紫音の正当防衛は認められたが、世間では魔法師による大きな事件として扱われることになるのだった。
◆◆◆
東京の某所にある警察病院。
ここに紫音が倒した吸血鬼の男は収容されていた。彼が吸血鬼だと知らない警察は、カフェ襲撃犯という風にしか扱っていない。精々、魔法師であることを考慮した束縛をしているぐらいだろう。
「隊長。こちらです」
「わかった」
そして、その警察病院に忍び込む二人の影。
USNA軍の脱走兵を始末するべく派遣されたアンジー・シリウス少佐と、その部下だった。彼女たちはカフェ襲撃を引き起こした男を始末するべく、忍び込んでいたのである。
実を言えば、犯人の男はUSNA魔法師部隊の脱走兵だった。
正確には脱走兵の内の一人である。
今回の事件によってその一人の居場所を特定したシリウスは、秘密裏に処理するべくここへと忍び込んでいたのだ。彼は末端の兵だったが、それでもUSNA魔法師の一人だ。その身体には秘密にしなければならない情報が刻み込まれている。
下手な調査を受ける前に処分しなければならないのだ。
「この先、角を曲がって二つ目の部屋です。ご武運を」
シリウスは無言で頷き、素早く動いて男が収容されている部屋の前に立つ。そして軍用のパスワードブレイカーで扉のキーを解除し、中へと入り込んだ。
ベッドの上では男が拘束されて寝かされており、特に見張りもいない。
そして今から数分だけは監視カメラとサイオンレコーダーを無力化するように細工していた。
(……ごめんなさい)
心の中でそんなことを思いつつ、シリウスは手に持ったナイフを振り下ろす。そして一撃で男の心臓を貫き、即死させた。
そして魔法を使い、男の体を燃やす。
しばらくすれば警備も火災に気付くことだろう。それに乗じて逃げる予定である。
音もなく部屋を出たシリウスは、部下が待っている位置まですぐに戻った。
「上手くいきましたか隊長?」
「はい。任務は成功です」
「丁度先ほど、『分子ディバイダー』を搭載した武装デバイスの回収班からも連絡がありました。無事に回収を終えたそうです」
「そうですか。では、私たちも脱出しましょう」
「了解です隊長」
二人が消えた数分後、警察病院内部で火災警報が鳴り響く。
そして消火後、カフェ襲撃事件の犯人は、黒焦げになって発見されたのだった。
イブに合わせてイブの内容です。
時期的に上手く合いそうだったので、頑張って仕上げました。
うーん……描写が少し雑かも……
リーナの心情描写も入れたかったんですけど、カットしてしまいましたし。