黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編6

 

 二〇九六年という新しい年を迎え、一週間もすれば流石に正月気分は抜ける。三が日が過ぎるまでもなく働き始めるという伝統は変化しておらず、学生を除けば大抵の人は会社へと足を延ばしていた。

 とは言え、そろそろ学生たちの冬休みも終わる。

 魔法科高校も新学期を迎え、魔法を研鑽する日々を送ろうとしていた。

 しかし、それは留学生の到来という一大イベントによって崩れ去る。三学期からはUSNAから交換留学生がやってくるという噂でもちきりとなり、学校全体がソワソワとした雰囲気になっていた。

 

 

「ねぇ、聞いた?」

「交換留学生でしょ? A組だよね」

「A組の北山さんと交換って話らしいからな」

「なんで俺たちはB組なんだよー」

「そんなに気になるなら見に行けば?」

 

 

 一年B組のクラスでは、やはり留学生の話で盛り上がっていた。しかし、その中で紫音だけは電子書籍を眺めながら考え事をしていた。

 

 

(来たか。アンジェリーナ・クドウ・シールズ……)

 

 

 真夜からも忠告されているが、アンジェリーナこと通称リーナが今回の事件でキーパーソンとなる。彼女の正体はUSNA魔法師部隊スターズ総隊長シリウスにして、戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』の使い手。追加で言えば、紫音という戦略級魔法師、そして謎の戦略級魔法『マテリアル・バースト』の使い手を探るためにスパイ活動もすることになっている。ただし、作戦の本命は吸血鬼と化した脱走兵の始末だ。

 この辺りの知識は紫音も覚えていた。

 

 

(暫くは接触を避けるのが吉か。どうせ向こうから近づいてくる。それよりも先にこちらが近づくと、『アンタの情報は四葉に筒抜けだぜ』って言ってるようなものだし)

 

 

 こういうときは四葉という名前が邪魔をする。

 国という単位で見れば、四葉を過小評価するところもある。しかし、それは魔法師でない政治家たちが甘く見ているだけの話であり、実働部隊の魔法師たちは、寧ろ四葉を激しく警戒している。

 つまり、不用意な接近は警戒心を抱かせるのに十分ということだ。

 接触禁忌(アンタッチャブル)に触れようとする心意気のある者すら少ないのだが。

 しかし、スターズ隊長ならば確実に近づいてくる。

 今は警戒心を出来るだけ抱かせず、待てばよい。

 

 

(後の注意点は、達也や深雪と仲良くしないこと)

 

 

 真夜からの依頼で最も重要なのは、達也にかけられている戦略級魔法師疑惑を取り去ることだ。同じ戦略級魔法師である紫音が達也と親し気にしていると、疑う材料として扱われる。普段から特別仲良くしている風には装っていないので、気を付ければ問題ない。

 あくまで、紫音は達也の実力を認めているという風に振る舞う。

 ただし、認めているのは魔法力ではなく戦闘力というところをアピールするのも重要だ。どうせ、接していれば達也の特異性はバレてしまう。

 戦略級魔法などを扱うような魔法力など皆無だが、達也は実戦において優れている。このような印象をリーナに与えるのが最も自然であろう。下手に隠蔽するよりかはマシになるはずだ。

 

 

(達也に吸血鬼と関わらないよう、釘を刺しておかないとな……原作ではなんで達也が吸血鬼と関わることになったんだっけ? 思い出せん……)

 

 

 特に深雪へと危害が加わるような事件はなかったはずだ。

 しかし、逆に深雪の生活圏で事件が起こったのも事実。それを理由に達也が動くとすればあり得る。紫音はそう結論付けた。

 

 

(なんにせよ、今夜は()()()の吸血鬼を捕獲するとしますかね……)

 

 

 新学期初日の学校は、特に事件もなく終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 夜の十一時にもなると、流石に人通りも少なくなる。

 そんな中、黒い衣服をまとった紫音はビルの隙間を縫うようにして駆けていた。サイオンレコーダーに感知されないように魔法を行使するのは当たり前。自己加速術式だけでなく、ベクトル操作系の加速魔法も利用して人間離れした移動を見せていた。

 

 

「速いな。流石に三体も捕獲されたら警戒するか」

 

 

 紫音はそんな呟きを漏らしつつ、ターゲットに迫る。波動感知によってプシオン波動を知覚し、吸血鬼独特の不思議な波長を追う。吸血鬼からすれば隠れているつもりでも、紫音にとっては見つけてくださいと合図を放っているようなものだ。

 これほど特徴的な波動ならば、数百メートル離れていても余裕で見つけられる。

 

 

「逃げられると思うなよ」

 

 

 紫音は吸血鬼の動きが止まったことを知覚した。先回りさせておいた黒羽の者が抑えたのだろう。その間に紫音はさらに加速し、現場に到達する。

 丁度、そこでは吸血鬼と黒羽家直属の魔法師が戦闘を繰り広げているところだった。ちなみに、戦闘場所へと余計な人が近づかないよう、人払いする部隊も別で展開している。

 よって、ある程度の激しい戦闘は問題にならない。

 

 

(後は俺がやる)

 

 

 吸血鬼を抑えていた者たちにアイコンタクトを送ると同時に、紫音は吸血鬼の背後に現れて『音壊』を使用した。衝撃音などを増幅し、敵を内部から潰す魔法だ。シンプルさの割に効果は極悪である。

 

 

「ごぶふっ!?」

 

 

 背骨と内臓を掻きまわされた吸血鬼は、その場で崩れ落ちた。しかし、これで終わりではない。吸血鬼には凄まじい再生能力が備わっている。この程度で終わりだと侮れば、不必要な反撃を喰らうことになる。

 紫音は徹底的に吸血鬼を痛めつけ……たりはしない。

 ただ、相手の背中を踏みつけながら告げた。

 

 

「眠れ」

 

 

 それだけ言って、『調律』を発動した。吸血鬼の精神波長を調律し、完全に一定化させる。つまり、精神に変化を与えないのだ。

 言い換えれば、外部からの刺激に対して反応できない精神を作り上げる。

 目で見ても見えず、耳で聞いても聞こえず、匂いすら無臭と捉え、食べ物は無味となり、痛みどころか触れられているという感覚すらない。

 それが何の刺激にも反応しない精神状態である。

 分かりやすく言えば、眠っている状態だ。

 身体は起きているが、精神が眠っている。

 吸血鬼はピクリとも動かなくなった。

 

 

「手早く拘束してくれ。この魔法は長時間使うと心肺停止状態になるかもしれないから」

 

 

 精神は体に引かれる、などというが、それより体が精神に引かれることの方が多い。ストレスが溜まれば体調は崩れるし、下手すれば胃に穴が開く。

 この精神一定化の魔法も、使いすぎると相手が心肺停止状態になることもある。何の刺激にも反応できないので、身体が死んだと勘違いしてしまうのだ。ただし、あくまでも可能性であり、絶対にそれが起こるわけではない。

 更に、この魔法は相手に長く触れながら『調律』しないといけないので、刹那の戦闘では全く使えない。

 相手を無力化するこの魔法を使用するために、相手を一度無力化しなければならないというとんでもない矛盾が生じてしまうのだ。今回のような特殊ケースでもない限り、出番はないだろう。

 

 

(今回の吸血鬼も脱走兵じゃなかったか)

 

 

 黒羽家の配下たちが吸血鬼を拘束する様子を眺めつつ、そんなことを考える。どうやら、吸血鬼の全員がUSNA軍の脱走兵ではないらしいと分かっていた。

 そして、脱走兵でない吸血鬼は弱い。

 肉体能力と多少の異能で苦戦はするが、四葉の戦力を投入すれば怪我人もなく確保できる。その程度でしかなかった。

 

 

顧傑(グ・ジー)が温存しているのか……そもそも制御できていないのか)

 

 

 顧傑(グ・ジー)が吸血鬼を日本に手引きしたのは既に分かっている。そして、彼の目的が四葉であることも明白だ。以前にカフェで襲撃されたのも、顧傑(グ・ジー)の差し金だとすれば納得できる。

 しかし、今日捕獲した分を含めた四体の吸血鬼は手ごたえがなさ過ぎた。

 それに、紫音が夜の街に繰り出すと簡単に見つかるような場所にいたというのも不審だ。

 何か怪しい計画でも立てられているのではないかと疑ってしまう。

 

 

(警戒は必要だな)

 

 

 紫音は顧傑(グ・ジー)を過剰に警戒していると言って良い。それは周公瑾の思考や記憶を『シンクロダイヴ』で読み取ったからこそだ。

 悍ましいほどの怨念が顧傑(グ・ジー)にはある。

 

 

「拘束完了しました紫音様」

「よし、撤退だ」

 

 

 ともあれ、今日の仕事は終了である。

 捕らえた吸血鬼は黒羽の者に任せ、紫音は自宅に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「四葉紫音とは未接触……ですか?」

「ええ、機会がなかったわ」

 

 

 リーナは拠点としているアパートに戻り、同居人であり任務のサポート要員でもあるシルヴィアと情報交換をする。

 シルヴィア・マーキュリー・ファースト。スターズ惑星級魔法師マーキュリーの一番手というコードネームだ。リーナは恒星級魔法師シリウスなので、立場上は部下にあたる。

 ただし、プライベートでは割と対等な付き合いをしていた。

 

 

「四葉紫音は日本が新たに発表した戦略級魔法師。小さな国土で二人も戦略級魔法師を抱えているという時点で異質だけど、何よりも異質なのは四葉の魔法師ということです。極端なまでに情報がなかったあの家が、まさか……というのが正直な感想です」

「彼とはクラスが違うわ。だから無理やり接点を作らないと接触は難しいです」

「向こうからは来てくれないのですか? 噂の美少女留学生となれば、一目見ようという気になると思うのですけど」

「シルヴィ……揶揄うのは止めてください」

 

 

 客観的に見て、リーナは美少女だ。

 輝く金髪、宝石のようなブルーの瞳、白い肌は万人が認める美少女だと証明している。しかし、事実として紫音からの接触はなかった。興味がないということなのか、ミーハーっぽい行為を避けたのか……彼女たちにとって真相は不明である。

 

 

「まだまだ初日です。頑張ってくださいリーナ」

「はい。それに、もう一人のターゲット……司波達也とは接点が出来ました。彼があの『大爆発(グレート・ボム)』の使い手だとはとても思えませんでしたけど」

「それを言うならリーナも同い年でしょう?」

 

 

 呆れたような目で諭すシルヴィアに対し、リーナは肩を竦める。

 

 

「そう考えれば、四葉紫音も戦略級魔法師ですし、魔法と年齢は関係ないことも多いです。気にするだけ無駄でしたね」

 

 

 最後にはそう言って溜息を吐くシルヴィア。

 リーナのサポート要員として派遣されただけあり、苦労人っぽさが漂っている。

 

 

「事前情報では、司波達也は風紀委員というものに所属していましたね。確か四葉紫音も同じ所属だったはずです。そこを接点にしてどうにか接触を試みてはいかがですか」

「なるほど。名案です」

「でも、慌て過ぎないでくださいね。リーナはおっちょこちょいなところがありますから」

「お、おっちょこちょいって……」

 

 

 リーナは反論しそうになったが、言い返せないところもあるため途中で黙る。

 そんな彼女に対して、シルヴィアは優しく語りかけた。

 

 

「慎重に行きましょう。ただでさえ、スパイなんて慣れない任務ですから」

「う……はい」

 

 

 スターズ総隊長アンジー・シリウスも万能ではない。戦闘力では最強と言えるだけの実力を保有しているが、まだまだ少女でしかないのも確か。冷静な判断力、的確な対応力は圧倒的に足りない。

 自分の至らなさにもどかしい感情を覚えつつ、留学初日を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一か月ぶりです。
段々と更新ペースが落ちていますねぇ。

一応、原作19巻の辺りに相当する部分まではストーリーも考えているので、少しずつでも更新はする予定です。消えたりはしません。

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