リーナには脱走兵の始末という任務の他に、謎の戦略級魔法『グレート・ボム(仮称)』の使い手を探ること、また四葉紫音について探りを入れるという任務がある。
正直、潜入捜査任務は専門ではないため自信はないのだが、軍からの命令である以上、しっかりとこなさなくてはならない。
昨夜シルヴィアから受けた助言に従い、リーナは風紀委員を訪れていた。
名目は『日本の風紀委員活動を見学したい』というもの。交換留学生という立場を利用した、上手い手だとリーナも自負していた。
「おはようございます」
授業終了後の夕方だが、これは風紀委員の挨拶だ。本部にいた皆が入り口に目を向けると、今や風紀委員の大戦力として数えられている司波達也が立っていた。
「あ、司波君。ちょっといい?」
「何でしょうか千代田先輩」
風紀委員長となった花音に呼ばれ、達也がそちらに向かう。勿論、その側にリーナがいることは気付いていたが、この段階でここにリーナがいる理由は知らなかった。
「シールズさんのことは知っているわよね? 実は風紀委員の活動を見学したいって言われて、今日が当番だった司波君に見回りを一緒に行って貰おうと思って」
「はぁ、自分がですか。こういうのは委員長か風紀委員の先輩がする仕事ではありませんか?」
「同じ一年の方が肩ひじ張らずに済むという見方もあるわ」
この厄介事から逃れるのは無理だと悟り、達也は諦める。
「分かりました」
「初めからそう言えばいいのよ」
絶賛注目中の美少女留学生を連れて学校を歩くというのは、嫉妬の視線を受けることに等しい。ただでさえ、リーナはUSNAの魔法師シリウスという爆弾のような事実を抱えているのだ。事前に紫音から忠告を受けていた達也としては、関わりたくない人物といえる。
しかし、無闇に拒絶するのは世間体的に良くない。
「よろしくねタツヤ」
「ああ、こちらこそよろしく頼むリーナ」
既に風紀委員会本部で嫉妬の視線を感じつつ、達也は頷くのだった。
◆◆◆
達也は居心地の悪さを感じながらリーナを連れて歩いていた。それは、擦れ違う生徒から妬みの目を向けられることだけが理由ではない。
リーナの方から達也を探るような視線を感じるのである。
紫音からの忠告通り、戦略級魔法師として疑っているのだろうと達也も感じていた。
そんなとき、達也はふと紫音の言っていた言葉を思い出す。
『面倒だと思ったら俺を生贄にしろ。それで達也が注目から逃れられるなら、問題ない』
五日ほど前に秘匿回線を使って言われた話だ。
元々、紫音は達也と深雪のカモフラージュとして第一高校に入学している。その役目を果たすという意味だろうと達也も認識していた。
実を言うと、達也も紫音の仕事は全て把握しているわけではない。
しかし、決して無駄なことはしないだろうと確信していた。なので、ここは言われた通り、紫音を生贄として自分への興味を逸らすことに決める。
「ところでリーナ」
「えっ? ど、どうしたのかしら?」
急に声を掛けられたからか、少し動揺気味でリーナも返事する。しかし、達也は敢えてスルーしつつ、質問を投げかけた。
「風紀委員に四葉紫音という生徒がいるのは知っているか?」
「……知っているわ。だってあの有名な四葉だもの」
少しリーナからの警戒度が上がった気がした。
だが、それは当然である。何故なら、リーナは紫音と接点を持つためにも風紀委員会にやってきたのだ。こちらから話題を振る前に、ターゲットの話が出てくれば怪しんだりもする。
しかし、達也はリーナの警戒に気付きつつも、口調を変えずに言葉を続けた。
「他にもこの第一高校には元生徒会長の七草先輩、元部活連会頭の十文字先輩がいる。日本では魔法の名家と言われているんだが、USNAにもそう言った名家はあるのか?」
思ったより普通の質問だったからだろう。リーナは警戒を緩めて普通に答えた。
「勿論、あるわ。でも、日本の十師族のように大きな力があるわけではないの」
「十師族についても認識があるんだな」
「ええ。ワタシには九島の血も流れているのよ?」
「ああ、そう言えばそうだったな」
アンジェリーナ・クドウ・シールズがリーナの本名だ。ミドルネームとしてクドウが入っている通り、彼女の祖父はあの九島烈の弟になる。それ故、十師族についてもある程度の知識があった。
「十師族はUSNAでも知られているのか?」
「というより、十師族の四葉が知られているのよ。特に魔法師の中では……ね」
「それなら、紫音はリーナからしても興味がある人物ということになるのか」
「え、ええ。そ、そうね」
リーナは戸惑いながらも頷く。
何故だか、紫音に対して強い興味を示しても疑われない構図が出来上がってしまった。都合が良いと言えばそうなのだが、流石にこれでいいのかと考えてしまう。
(違うわ。これでいいのよ。そう、作戦通りよ!)
しかし、リーナは納得する。今の会話に不自然な流れは感じられない。達也からも、リーナを試すような口調の変化は見られなかった。
つまるところ、リーナは見事に達也の掌へと収まってしまったのである。
「紫音は流石と言える魔法力だな。九校戦は知っているか?」
「初めて聞くわね。どんなものか説明してくれるかしら?」
「ああ、勿論だとも――」
その後、達也は見回りをしつつリーナの興味を紫音へと移らせる。達也も限度は弁えているので、紫音の力を完全には話さない程度で、適度に興味を引くのだった。
―――なお、仲睦まじくリーナと話している姿が学校で噂となり、氷の女王が降臨したのは余談である。
◆◆◆
一月十四日、夜の渋谷。
軽く変装した
「おお……冷えるなぁ」
「ちゃんと見回りもして下さいよ警部」
「分かっているさ稲垣君」
二人は吸血鬼事件であたりを捜索している。体内の血液が一割ほど抜かれた状態で死体が見つかる変死事件だ。これが警視庁全体を悩ませていた。
「最近は吸血鬼事件以外にも行方不明事件だってありますから、注意してくださいよ」
「既に二十人を超えているらしいからねぇ。大事件だよ」
「上の方々は吸血鬼事件と関連があると考えているみたいですし」
この吸血鬼事件と同時に起こったのが行方不明事件だ。警察に多くの捜索依頼が提出されており、時期を鑑みて関連性が疑われている。
だが、実を言えばこれだけではなかった。
「稲垣君。こんな話を知っているかい?」
「なんです警部」
「一月ほど前に、横須賀にある国防軍の倉庫から爆薬が盗まれたんだよ」
「なっ―――!?」
「ちょっと声が大きいよ」
慌てて稲垣は自分の口を塞いだ。
本当に思わず叫び声を上げる所だったので、良い判断である。そして、少し落ち着いた稲垣は寿和へと小声で尋ねた。
「初めて聞きましたよ」
「僕も実家の伝手で知った話だから、君は知らなくて当然だよ」
「……もしや、それも吸血鬼事件と関連が?」
「ないとは言い切れないんじゃないかな? 時期も大まかには重なっているよ」
これが表に公表されないのは、盗まれた爆薬が少量だったからである。テロを起こすには少なすぎる量だったので、まだ隠されていた。
勿論、犯人は捕まっていない。
「お蔭で国防軍もてんやわんやさ。それに、あの七草家まで動いているらしい」
「十師族が……ですか?」
「噂じゃ、四葉にも動きがあるとか……ないとか?」
「なんだか不安になってきましたよ」
「四葉についても実家からの伝手だよ。どうも、あの戦略級魔法師君が色々と動いているらしいね。護衛が数日に一回の割合で
「……怪しいですね」
勿論、
紫音は吸血鬼を確保する際、国からの護衛を適当に撒いていた。それ故、毎日は吸血鬼を追うことが出来ない。流石に何日も見失うほど、見張り役は愚かではないからだ。
護衛たちも紫音が何をしているのかは分かっていないが、偶に消えることから、何かをしているのだろうと考えていた。ここから、四葉にも何かの動きがあると予想されたのである。
「こんなことが立て続けに起こっているんだ。きっと大事件になるよ」
「呑気に言っている場合ですか!」
本当のことを言えば、あまり悠長なことをしていられない事件だ。何故なら、既に多くの死者が出ているのだから。
「手がかりがその辺に落ちていたらいいんだけど」
「そんな都合のいいことはありませんよ警部」
二人して溜息を吐く。
そんな寿和と稲垣のすぐ側で、ガタイのいい少年と擦れ違ったことに気付きもしなかった。
「あれ? エリカの兄貴の警部さん?」
しかし向こうは気付いたらしい。そのセリフで自分のことを指していると気付いた寿和は、慌てて声のした方へと向く。すると、そこには見知った高校生、西城レオンハルトの姿があった。
だが、それよりも先にすることがある。
「君、ちょっと来てくれ」
舌打ちしそうな表情で稲垣はレオの腕を引っ張り、小さな路地へと入る。
レオはただ知り合いを呼び止めただけの感覚だったが、寿和や稲垣からすると事情が異なってくる。夜の渋谷は不良気味の若者が騒ぐ歓楽街と化しており、その中に警察の者が入っていくことには一定の意味が生じる。
捜査している事件が事件だけに、注目は避けたかった。
なので、人目を避けるように路地へと入ったのである。
レオも寿和と稲垣が知り合いということもあり、特に抵抗せず従う。三人は路地裏の小さな酒場へと入り、マスターの声も聞かずに奥の密室へと入った。
「いや、何なんすか……?」
あまり状況の掴めていないレオは、ようやく問いかける。
それには苦虫を噛み潰した顔の稲垣に代わり、寿和が答えた。
「いやぁ、よく僕たちに気付いたね。西城君だったっけ? 気配は消してたつもりなんだけどなぁ」
「……?」
苦笑いする寿和を見てレオは首を傾げる。
だが、すぐに何か気付いた様子を見せた。
「もしかして……捜査の邪魔をしちまったとか……?」
「いや、そんなことはないよ。気配を消していたのはトラブルを避けるためさ。夜の渋谷は無駄に絡まれるからねぇ」
「ああ、なるほど。確かに、警察の人は目の仇にされるからなぁ」
レオも深夜の渋谷は偶に歩いている。それは彼が不良だからではなく、単に本能に任せた散歩をしているからだ。放浪癖と言っても良い。
だから、寿和の言わんとしていることは理解できた。
そんな態度だからだろう。稲垣も少しだけ雰囲気を軟化させた。
「……警部。折角なので彼に話を聞いてみませんか?」
「ん? ああ、そうだねぇ。となると、ちょっとだけ事情を話さないといけないかな」
状況を把握できないレオは首を傾げる。
そんなレオに、寿和は吸血鬼事件についての説明を始めた。この事件はまだ世間に出ていない情報なのだが、実を言うと明日には報道されることが決まっている。言っても言わなくても同じだった。
「ちょっと奇妙な変死事件が起こっていてね。死因は衰弱死、かすり傷以上の外傷もなく、毒の疑いも全くない。強いて言うなら血液が一割ほど失われているのが特徴かな」
「変死ねぇ……まさに怪異ってことか」
「そうだ。そんな怪異事件について情報が欲しいのさ。何か渋谷で変わったことはなかったかい? 例えば、見知らぬ人間が入ってきたとか。噂なんかでも構わないよ」
「余所者や変な噂か……」
レオはしばらく考えたが、首を横に振った。特に心当たりはないらしい。
寿和も稲垣も期待はしていなかったのか、すぐに顔を見合わせて諦めた。
だが、レオはそんな二人に希望を告げる。
「なんなら、俺のダチからネタを仕入れておくぜ? そいつらなら、何か知ってるかもな」
「え? いやいや。そこまでしなくてもいいよ。それは警察の仕事だし」
「でもよ、夜の渋谷で警察が聞き込みできるのかよ?」
遠慮しかけたが、レオの言っていることは事実だ。
正直、魅力的な提案と言える。
「危険なことはしねぇよ。これでも嗅覚には自信がある」
「……そうか。じゃあ」
「警部!?」
稲垣は止めようとしたが、寿和はそれを無視して自分のメールアドレスが書かれた名刺を差し出す。
「何かあればここに連絡してくれ」
「おう」
レオは名刺をポケットに仕舞い、店から出ていくのだった。
今回はサクサク書けました。多分、一時間もかかっていないですね。
お蔭さまで早めに投稿出来ました。