黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編9

 吸血鬼二体に対し、紫音は一瞬で勝負を決めた。

 世界最強の魔法師が使用する、世界最速と言える魔法。

 

 

(馬鹿な……)

(肉体に多大な損傷!)

 

 

 吸血鬼はそんな思いが過る中、冷たい地面に倒れた。紫音が使用したのは四葉真夜の固有魔法『流星群(ミーティア・ライン)』である。嘗ての実験で精神性を真夜に近づけた結果、使用可能となったものだ。

 この『流星群(ミーティア・ライン)』の特徴は、光の少ない場所で真価を発揮するというもの。光の分布を偏移させることであらゆる物質を透過させるのが主な仕組みなので、室内や夜のような光量の限定される条件が望ましい。

 光があるほど真価を発揮する『暗黒流星群(ダーク・ミーティア)』とは逆だ。

 

 

「捕獲しろ」

『かしこまりました紫音様』

 

 

 通信デバイスに向かって短く告げた紫音は、公園の端で倒れているレオの姿に目を向けつつ、更に言葉を続けた。

 

 

「あと、西城レオンハルトの保護も頼む。すぐに検査してから病院に搬送してくれ。吸血鬼に襲われて生きている重要なサンプルだ。丁寧にな」

『バラしてもいいんですか?』

「んなわけないだろ。一応は高校の同輩だ。丁寧に扱えって話、聞いてたか?」

『聞いてみただけですよ……そんなに凄まないでくださいって』

「だったらちゃんと働け。俺は亜夜子や文弥みたいに甘い対応はしないぞ」

『りょ、了解です……』

 

 

 すると、早速とばかりに黒羽の配下が姿を現し、血を大量に流して倒れている吸血鬼と、吸血鬼に襲われたレオの二手に分かれて作業を開始した。

 吸血鬼は厳重に拘束するので時間がかかりそうだが、レオの方はすぐである。

 二人がかりでレオを持ち上げ、紫音の方に一度頭を下げてからこの場を去って行った。この後は四葉の息が掛かっている病院で検査し、それから別の病院へと移す予定となっている。

 

 

(さて、これでまた二体を確保だな)

 

 

 吸血鬼に発信機などが取り付けられていないか探っている配下たちを眺めつつ、そんなことを考える。しかし、ここで予想外の通信が新たに入ってきた。

 

 

『すみません紫音様』

「どうした?」

『USNA軍のバックアップ部隊が予想以上に早く対応してきました。既にスターズの部隊が紫音様のところに向かっています』

「……おい」

 

 

 予定ではあと十分以上時間を稼ぐはずだった。

 しかし、想像以上にUSNA軍が優秀だったということだろう。いや、これまで紫音が簡単に出し抜き過ぎていただけだった。今回の相手は世界最強を謳う魔法師部隊スターズだ。並みのものと同列にしてはいけなかった。

 紫音は即座に予定を変更し、指示を出す。

 

 

「相手の包囲網は?」

『不明ですが、恐らく包囲はされていません』

「だったら逃走ルートを確保しろ。殿は俺がする。確保した吸血鬼を守護しつつ、USNA軍と戦闘だ。俺の補佐に数人だけ残せ」

『了解しました。すぐに取り掛かります』

「それと、戦闘になったら俺が魔法で電波妨害をする。全ての用意を三十秒以内に済ませろ」

 

 

 紫音はすぐに通信を切って、フードを被った。顔を隠せるのはこれぐらいだが、ないよりはマシだろう。それに、元からUSNA軍相手にバレたところで大した問題ではない。

 USNA軍の方こそ、極秘裏にならなければならない立場なのだ。

 寧ろ、紫音は日本の治安のために十師族として仕事しているというスタンスで押し通すことも出来る。勿論、それは最終手段だが。

 

 

「吸血鬼の拘束は完了したか?」

「もう少しです……こいつら、暴れて、中々!」

「痛覚がないんですかね? かなり手間取っています」

 

 

 初めから『調律』で精神を眠らせたほうが早かったかもしれない、と考えるも今更遅い。精神への直接干渉は微妙な力加減が必要な作業であり、今の状況でするべきではないのだ。

 一度引き上げてから別の場所で吸血鬼を眠らせる予定だったのだが、逆にそれが仇となってしまったらしい。

 

 

「もうすぐスターズが来る。急げよ」

 

 

 紫音はそう言って、電波妨害のために『調律』を発動させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、四葉に騙されていたと既に知っているリーナは怒りのオーラを発しながら全速力で目的地へと向かっていた。

 

 

(何が魔法による電波妨害よ! しっかりしなさいよスターズの後方支援部隊でしょ!)

 

 

 その怒りは四葉に対する怒りではない。綺麗に騙された自分と、何もできなかった後方支援部隊に対しての怒りである。

 

 

『四葉の部隊と戦闘が予想されます。注意を』

「分かりました。援軍は?」

『申し訳ありません。急がせているのですが、十五分はかかります。それも四葉が―――』

「ああ! そちらもですか!」

 

 

 思わず苛立ちが口調に表れてしまう。部下に当たるなど、上官にあるまじき行為だ。しかし、今のリーナにはそれだけの余裕がなかった。

 

 

ハンターR(レイチェル)ハンターQ(クレア)はキャスト・ジャマーの用意を。私に続き、ターゲットに対して放射しなさい」

『はっ!』

 

 

 スターダストと呼ばれるスターズの失敗作がRとQだ。惑星(プラネット)どころか衛星(サテライト)の名すら与えられず、アルファベットで呼ばれている。リーナはそれを嫌い、便宜上の名を付けた。

 彼女たちは強力な魔法師であることに違いないのだが、遺伝子異常などの事情によって寿命が非常に不安定である。燃え尽きるまで一瞬の輝きを見せる星屑(スターダスト)

 それが彼女たちだった。

 使用するキャスト・ジャマーとは、USNA軍が開発したCADを無効化させる魔法である。無系統サイオン波動を飛ばし、展開される魔法式を阻害することを目的としている。

 これによって四葉部隊の無力化を測ろうとしたのだ。

 

 

『間もなく目的地です。注意を――』

「……どうしました?」

 

 

 ここで途絶える通信にリーナは不審さを覚える。紫音が『調律』の魔法で電波を妨害しているのが原因なのだが、それをリーナが知ることは出来ない。

 再びの不手際に、一瞬だけ通信デバイスを握り潰してやろうかと思ってしまった。

 

 

(落ち着くのよ私。総隊長たるものクールでなければならないわ……)

 

 

 こんな時シルヴィアなら……とリーナは考える。シルヴィアは日本に来るにあたって、同居している人物であると同時に、バックアップの責任者でもある。しかし、彼女は現在、四葉に通信電波を乗っ取られた事態へと対応しており、リーナの対応は出来ない。

 魔法と思われる方法で電波介入をしてきた四葉にどう警戒すれば良いのかは不明だが、シルヴィアもシルヴィアで苛立っているようではあった。

 そんな上官(シルヴィア)にバックアップを任され、更にバックアップ先である総隊長(リーナ)からもイライラした声で接されたら、胃が痛くて仕方ないだろう。

 尤も、リーナが我慢せずに叫んだところで、既に通信は途切れているのだが。

 

 

(見えた!)

 

 

 自己加速術式で急いだ結果、まだ四葉は引き上げていなかった。追っていた吸血鬼と思われるターゲット二名が既に倒れており、拘束が完了している。もう少しで連れ去られるところだったと知り、リーナは少しだけ安堵した。

 吸血鬼を抱えているのは四名。

 そして、その四名を守るようにフードを被った人物と、黒服の男が数名。自分たちが接近していることを察知し、待ち構えていたのだろうと予想できた。

 つまり、交渉はあり得ない。

 リーナにも交渉するつもりなどない。

 吸血鬼はUSNA軍が開発した魔法師が素体となっているので、持ち去られるのは非常に困るのだ。

 

 

「ターゲット殺害を優先」

「了解しました」

「キャスト・ジャマー発動」

 

 

 リーナの命令に従い、RとQはキャスト・ジャマーを使ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好都合だな」

 

 

 紫音は波動知覚によって、アンティナイトによるキャスト・ジャミングにも似たサイオン波動を感知していた。『調律』によってそれを利用し、即座に魔法障壁を張った。

 勿論、守ったのは確保した吸血鬼である。

 同時に二発の銃弾が透明な障壁に激突し、運動量を失った。

 

 

「なっ!?」

 

 

 深紅の髪を振り乱し、黄金の瞳をギラつかせた仮面の少女――リーナの変装した姿――が驚きの声を上げる。キャスト・ジャマーによってCAD操作は抑制されているハズであり、あの速度で銃弾を止めるほどの強度を持った魔法を使うことなど出来なかったはずだった。

 しかし、目の前で起こったことが事実。

 リーナがターゲット殺害のために放った銃弾は、確かに止められてしまったのである。

 そして、ここでどういうことかと考えてしまったのがいけなかった。

 

 

「ぐあ!」

 

 

 一瞬の煌めきの後、ハンターRが悲鳴を上げて倒れる。魔法が発動したのは理解できたが、それが一体何なのかはリーナに分からなかった。

 戸惑い、慌てる様子のリーナを見て、紫音がフードで顔を隠しつつ声をかける。

 

 

「大人しく引いて貰おうUSNA軍魔法師部隊スターズ。それとも、ここで死にたいのかな? スターズ総隊長にして戦略級魔法師アンジー・シリウス」

「なんですって……?」

 

 

 リーナは紫音が流暢な英語で質問してきたにもかかわらず、日本語で返してしまった。それほど動揺しているということだろう。

 一瞬でRがやられたことにも、そして自分たちの身分がバレていることにも。

 紫音はそれが手に取るようにわかった。『調律』による精神的揺らぎを知覚すれば、リーナが動揺しているのは一目瞭然だった。

 

 

「引けないということなら、こうなるがな」

 

 

 再び闇の中に何かが閃き、今度はハンターQが倒れた。よく見ればRもQも全身を何かに貫かれたかのような傷を負っており、大量の血を流している。

 そんな魔法をリーナは知らなかった。

 当然である。

 これは四葉真夜だけの魔法『流星群(ミーティア・ライン)』なのだ。目の前の人物が、それを使うなどと予想する方が無理である。

 紫音はリーナがそのように考え、混乱することを予想して、敢えて『流星群(ミーティア・ライン)』を使ってみせた。考える心の余裕も時間も与えないつもりなのである。

 しかし、意外にもリーナは強かった。

 

 

「断ります。貴方こそ引きなさい」

「言っておくが、これは交渉じゃない。命令だ」

「従えない命令ですね」

「なら、仕方ないな」

 

 

 紫音は『流星群(ミーティア・ライン)』を発動し、リーナの持っていた銃を破壊した。続いて目に映った武装デバイスと思われるナイフも『流星群(ミーティア・ライン)』で打ち落とす。

 一瞬にしてリーナは武装解除をさせられてしまった。

 

 

「これでもか?」

「く……」

 

 

 リーナは壊れた銃を懐に仕舞いつつ、歯ぎしりする。

 ここで紫音がリーナを殺害しないのは、流石にスターズ総隊長アンジー・シリウスを殺してしまうことが拙いと分かっているからだ。USNAと明確に戦争をしているのならば問題にならないが、一応は同盟国となっている。幾ら不正に潜入してきたとは言え、殺してしまっては問題が生じるのだ。

 あまりにも大物すぎて容易に殺せないというのは難儀な話である。

 それに、数か月前にあった灼熱のハロウィンで、大亜連合の戦略級魔法師が死亡している。日本の魔法師が公認戦略級魔法師を二連続で始末したとなれば、世界の調和を乱そうとしているとして世界中から糾弾されることになるかもしれない。

 だからこそ、武装解除と降伏勧告をしたのだ。

 

 

(リーナを確保できれば、四葉家はUSNA軍と有利な条件で繋がれる。これを逃すなんて馬鹿だ)

 

 

 当然、捕縛した後の利益についても考慮済みだ。その後のことは真夜に任せれば、良いように進めてくれることだろう。四葉の当主は伊達ではない。

 また、仮にUSNAがリーナを切り捨てるなら、四葉に取り込んでしまえば良いのだから、どう転がったとしても利益にしかならない。

 

 

(どうすれば……)

 

 

 逆に追い詰められたリーナは考えた。このままでは動くことも出来ず、血を流しているRとQの治療すら不可能だ。その上、ターゲットである脱走兵の始末も出来ない。

 通信が出来れば支援部隊に意見を聞いているところだが、今は電波が妨害されている。まさに、詰みという言葉が相応しい状態だった。

 この状況がひっくり返るには、盤上以外の要素が必要になる。

 今の場にある駒とは異なる、何かがなければどうしようもない。そして、リーナはそんな奇跡を願うほど現実逃避はしていない。

 

 

(もう無理……ね)

 

 

 逃げよう。

 ターゲットを四葉に奪われ、自分まで捕まっては査問会で資質を問われることになる。スターズ総隊長であることに誇りを持っているリーナにとって、それは耐えがたい屈辱だった。

 故に逃げることを選択する。

 

 

(『仮装行列(パレード)』を使えばあるいは)

 

 

 せめてハンターRとQだけでも抱えて逃げようと、隠し持っているCADから『仮装行列(パレード)』の魔法式を呼び出そうとした時、状況が動いた。

 

 

「ぐぎゃ!?」

「うわあああ! うわああ!」

「熱い! 早く消してくれ!」

「ああああああ!」

 

 

 吸血鬼二名を抱えていた四人がいきなり燃えたのである。

 何もない場所で人体が発火する。

 リーナはこの現象をよく知っていた。

 

 

発火念力(パイロキネシス)! まさかフレディ!」

 

 

 リーナは急いで周囲を見渡した。

 USNA軍スターズ恒星級フォーマルハウトを冠する元同僚の姿を探した。

 アルフレッド・フォーマルハウト元中尉はこの近くにいる。

 

 

「間に合え。『凍火(フリーズ・フレイム)』」

 

 

 紫音は即座に発火した部下に魔法を行使し、炎を消した。

 しかし、その間に今度は拘束した吸血鬼に発火念力が行使される。紫音はスターズの別動隊が吸血鬼を始末しようとしているのだと考え、吸血鬼に『凍火(フリーズ・フレイム)』を使いながら電波妨害を解除する。

 そしてすぐに通信を入れた。

 相手は包囲網を形成している配下の一人である。

 

 

「スターズに抜かれているぞ。包囲網はどうなっている!」

『紫音様! 早くその場から脱出を! 大量の吸血鬼と死体が――ぎゃああああ!』

「おい! 死体ってどういうことだ!」

 

 

 これはUSNA軍の仕業ではない。

 紫音は即座にそれを悟った。死体という言葉から推測できるのは、顧傑(グ・ジー)の僵尸術である。フリズスキャルヴで四葉の動きとスターズの動きを眺め、手を打ってきたのだろう。

 電波妨害を使って通信を阻害していたのが仇となった。

 流石の紫音も、第三者による介入は警察か七草か十文字あたりしか警戒していない。

 

 

「撤退だ!」

 

 

 紫音は領域干渉で分子振動を支配し、発火念力を防ぐ。そのまま即座に撤退することを決めた。通信機に向かって叫ぶと同時に、ここに残った配下たちにも命令する。

 しかし、既に時遅し。

 公園の周囲から、紫音たちを囲むようにして、大量の人影が現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グ・ジーさんならこうする
異論は認めます

長くなってしまったので、二話に切っています。続きは明日の18時に投稿しますので

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