黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編10

 元大漢(ダーハン)の魔法師顧傑(グ・ジー)は死体を操る術を得意としている。分類としては古式に相当しており、伝承で言えばキョンシーになるだろう。

 同時に、生命に関する魔法を得意としている魔法師だった。かつては不老不死の研究をしていたこともあったので、その手の術式には明るいのである。

 死者が生者であるときに持っていた、生命エネルギーとも言えるものをエネルギー源として、死体を操ることが出来る。生者が死んだ(生命エネルギーを失った)時に生じた余剰の生命エネルギーを死体に貯蓄し、それを魔法力として利用することすら出来るのだ。

 しかし、今回顧傑(グ・ジー)が用意した死体は吸血鬼が殺したことで生じたものだ。その過程で生命エネルギー、またはプラーナとも呼ばれるものが大幅に失われており、複雑な動きは難しい。

 

 

「まるで一昔前の映画だな」

 

 

 紫音は自分たちを取り囲む死者の数々を見てそんな感想を覚えた。血の気を失った動く死体は、周囲を取り囲むようにして配置しており、一歩ずつ、ゆったりと近づいてきている。

 また、死体に紛れて吸血鬼も数体が感知することが出来た。

 明らかに精神の波動を失った動く死体、人ならざる精神波動を見せる吸血鬼。

 本当に映画のような光景である。

 

 

「怪我人を報告しろ」

『八人です。とんでもない身体能力の奴に奇襲されまして……』

「多分、吸血鬼だな。こちらも撤退する。今日は吸血鬼の回収は不可能だ。()()()()()()()()。今回は命を大事に、で行け」

『了解です紫音様!』

 

 

 もう、捕獲した吸血鬼を運んでいる場合ではない。スターズに始末されるとしても、ここは引き下がっておくほうが賢明だ。

 

 

「行くぞ。死体を切り抜けて脱出する。必要なら手伝ってやるから来い、アンジー・シリウス!」

 

 

 ここでリーナを放置するほど紫音は鬼ではない。それに、出現した動く死体はともかく、吸血鬼に囲まれている状況というのはそれなりにピンチだ。紫音自身はともかく、配下たちを守りながらとなると難易度が跳ね上がってしまう。

 なので、リーナの戦力を当てにする――そちらはあまり期待していない――と同時に、恩を売る目的で共闘を申し出たのだ。

 

 

「…………いいでしょう!」

 

 

 しばらく考えた後、リーナはやけくそ気味に了承した。紫音は配下に指示を出し、倒れているハンターRとハンターQを抱えさせる。

 その間に、リーナは電波が繋がった後方支援部隊へと通信していた。

 

 

「想定外の事態です。吸血鬼に囲まれました。一時的に四葉と思われる敵戦力と共闘し、撤退します」

『お待ちください総隊長。ターゲットはどうなりましたか?』

「始末は不可能です。どうやら、フォーマルハウト元中尉もいるようですから」

『分かりました。C地点で合流してください』

「了解です。ハンターRとQが負傷していますので、救護班の用意を」

『すぐに手配します』

 

 

 紫音は波動知覚でリーナの通信を聞いていた。それによって、リーナがしっかり協力してくれそうなことを察知する。

 幸いにも動く死体は歩くスピードが極端に遅く、吸血鬼も向こうから攻撃してくるということはなさそうだ。なので、紫音は先手を打つ。

 

 

(動く死体と言っても結局は魔法。死体の中に術者の精神と同調させるためのコアがある。それを乗っ取れば死体は俺の制御下だ)

 

 

 この辺りは感覚的なものだが、蠢く死体に共通した精神波動が宿っている。それが顧傑(グ・ジー)のものであることは明白だった。

 紫音は周公瑾から情報を奪い取った時に、その手の魔法についても知識を得ている。

 仕組みはある程度理解してるので、後は実践に移すだけだった。

 

 

(精神波動を感知、同調開始、干渉……『術式強奪(グラム・ディバージョン)』)

 

 

 この魔法は特別だ。

 精神干渉によって魔法の制御を乗っ取るというものだ。本来、これは術者に直接干渉することで効果を発揮する。しかし、今回の場合は別となる。

 『術式強奪(グラム・ディバージョン)』はつまるところ、干渉できる精神があれば良い。

 動く死体には顧傑(グ・ジー)の精神リンクがある。

 それを元にして精神干渉魔法『調律』を発動すれば……より正確には、その部分を紫音の精神波長に書き換え、紫音の命令を聞くようにしてしまえば良い。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 動く死体には命令を上書きし、その場で停止するようにした。そして、同時に懐からCAD黒薙を取り出し、トリガーを引く。

 連続して音が増幅され、『音壊』が動く死体を吹き飛ばした。

 この拳銃型CAD黒薙は紫音用に調整が施されている。銃口に相当する部分から破裂音が発生し、その音を増幅することで衝撃波を形成するのだ。破裂音は一定なので、変数代入する必要がない。なので、発動がかなり速い。

 『音壊』については、いちいち指を鳴らすよりも、こっちの方が連射は速かったりする。

 

 

(後、気を付けることは――)

 

 

 紫音は衝撃波を最大まで増幅することで、動く死体を吹き飛ばした。だが、吹き飛ばすだけでは済まない。死体は既に腐りかけだったので、引きちぎれ、四散した。

 同時に死体が大爆発を引き起こす。

 これは紫音の魔法による効果ではない。元から死体に仕掛けてあった爆弾だった。

 

 

(やはり仕掛けられていたか)

 

 

 爆発した死体を見て、紫音はこれが顧傑(グ・ジー)の仕業であることを確信した。死体に爆弾を仕掛けて特攻させるのは、原作でもあったことだ。その印象が残っているので、紫音も覚えていた。

 そもそも、ゆっくり動く程度の死体が魔法師に何を出来るというのか。このことから想像力を働かせれば、自ずと答えも見えてくる。

 

 

(国防軍の基地から爆薬が盗み出されたって話も聞いていたからな。あの事件も顧傑(グ・ジー)の仕業で確定っと)

 

 

 発火念力を防ぐために領域干渉を発動している状態なのだ。それなりに紫音も限界まで能力を酷使している。動く死体は『音壊』で倒すにしても、吸血鬼の対処は困った。

 吸血鬼はCADなしに強力な魔法を行使できる。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 ベクトル障壁により、紫音の補佐役として残っていた配下が弾き飛ばされる。発動が早く、感知もしにくいので、避けるのは至難だろう。

 紫音は自分の魔法力と相談し、可能か不可能かを判断する。

 

 

「いや、悠長に考えるのは間違いか」

 

 

 死体爆弾の檻と吸血鬼による魔法攻撃。

 それを凌ぐには、無茶も必要だ。

 

 

「借りるぞ。アンジー・シリウス!」

「は? 何を!?」

 

 

 紫音は戸惑うリーナの言葉を無視して戦略級魔法『リベリオン』を発動する。そして強制的にこの場にいる魔法師の精神波長を紫音のものへと整えた。別にリーナの許可を取る必要はなかったのだが、咄嗟のことで思わず聞いてしまったのである。

 とはいえ、それはどうでも良い。

 これこそが系統外精神干渉魔法『調律』の真骨頂。

 魔法師を非魔法師に変え、非魔法師を魔法師のようにすることができる。その境界すら操る紫音が持つ究極の力がこの場で発動した。

 更に、ここで終わらない。

 整えた精神波長をリンクさせ、全て紫音の魔法演算領域に接続する。そして自身の魔法演算領域を四葉真夜のものへと近づけた。

 つまり、条件が整った。

 

 

(発動、範囲拡張『流星群(ミーティア・ライン)』)

 

 

 一瞬の間に紫音の支配領域が降臨した。

 光が瞬き、死体と吸血鬼が纏めて貫かれる。無数の光条(ライン)が流れ、一瞬にして全てを無力化してしまった。

 同時に、紫音は『リベリオン』を解除する。

 リーナは一瞬だけ『リベリオン』の違和感を感じたようだったが、それよりも紫音の使った魔法の方がインパクトを与えたらしい。少し唖然としていた。

 

 

「ちょっと貴方! 今の魔法で吸血鬼を倒さないの!?」

「煩いぞアンジー・シリウス! 今はこっちが後手に回ってるんだ! 死にたくなかったらさっさと逃げろ馬鹿が!」

「んな!? 馬鹿とは何よ!」

「ともかく、悪趣味な包囲をしてきた黒幕は、二重三重にも罠を張っていると思え。明日の朝日を見て安心するのが丁度いいぐらいだ」

「はぁ!? どういうことよ!」

「いいからこっちだ!」

 

 

 紫音はフードで顔を隠したまま、『仮装行列(パレード)』で変装しているリーナを引っ張る。そして『音壊』で開いた道に向かって一直線に走った。

 リーナは途中で紫音の手を振り払うが、もう文句は言わなかった。

 そして公園を出るか出ないかといったところで、死体が全て大爆発を引き起こした。軍用の爆薬であったので、それなりの爆発力がある。凄まじい熱と爆風で紫音はフードが外れないように手で抑える。

 

 

「やっぱりどこかで監視してるな」

 

 

 爆発も紫音たちが逃げるのを見て顧傑(グ・ジー)が起爆させたのだろう。あまりにもタイミングがいいのだから疑うなという方が無理である。

 そう思ったからこそ、一目散に撤退したのだから。

 流石に、あの爆発で黒羽の部下たちを守りながら吸血鬼を回収するなど、幾らなんでも無理だ。

 

 

「おい! 誰も爆発に巻き込まれていないな!」

「大丈夫です若!」

「若こそ大丈夫ですか?」

 

 

 今はリーナが近くにいるので、配下たちも紫音を名前では呼ばない。紫音は『若なんて久しぶりに呼ばれたな』などと考えつつ、走りながら人数を確認する。

 どうやら欠けたメンバーはいないと知り、紫音は安堵する。

 

 

『紫音様、スターズの援軍がそちらに向かっています。ご注意を』

「ここでか」

『アンジー・シリウスに発信機でもついているのかと』

「黒羽の援軍はあるか?」

『すみません。怪我人の救護と撤退で人員を割いてしまって。それに、先の爆発で警察も動き始めていますから、すぐに動きにくくなります』

「踏んだり蹴ったりだな。顧傑(グ・ジー)の奴……」

 

 

 顧傑(グ・ジー)が想像以上に直接的介入をしてきたのが全ての原因だった。この辺りは既に原作とずれているので、紫音が僅かに持つ知識も役に立たない。

 

 

(下手に利益を求めるより、損をしないようにする方が今は大事か)

 

 

 紫音は共に走っている部下に目配せをした。その内の二人はハンターRとQを抱えていたが、紫音のアイコンタクトに気付いて頷く。

 その瞬間、紫音はフラッシュキャストで自己加速術式、ベクトル制御術式、慣性制御術式を連続して発動させる。そして少し後ろを走っていたリーナの腕を掴み、片足を軸にしながら回転、腕を捩じりつつ持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。

 変則的な一本背負いである。

 リーナもプロテクターを付けていたのでダメージは少なかったが、いきなりのことで動きを止めてしまう。その間に、紫音はリーナを押さえつけた。

 

 

「っ!?」

「大人しくしてくれよ」

「何のつもり!?」

「間もなくスターズの援軍がやってくるみたいだ。俺たちはスターズと戦うなんて事態は避けたいんでね。ここでお別れしようか。公園からもかなり離れたし、ある程度は安全だと思うから」

 

 

 紫音は言うことだけ言って、リーナの拘束を解く。リーナはこのまま捕縛されてしまうと思っていたので、少し意外だと考えたのである。

 そして去って行く紫音たち――リーナは紫音のことを紫音と認識してはいない――を見て、唖然とするのだった。

 

 

『総隊長。まもなく援軍が到着しますが……』

「……」

『総隊長?』

「いえ、何でもないわ。C地点に行くよりも早く合流できそうですし、共に向かうことにします」

『了解です』

 

 

 遠くで聞こえるパトカーのサイレンが虚しく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前々回に『次は蹂躙』と言いましたね。

そう、スターズを虐めました。吸血鬼ではありません。

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