死体を爆発させたことで、戦場となった公園は炎に包まれた。
そして、予めレオに連絡されていたお陰で、他の警察より一足早く辿り着いた千葉寿和は、その惨状を見て茫然とした。
「おいおい……いつから日本はこんな国になったんだ?」
「それよりも警部。生存者の確認と保護を」
「ああ、急ごうか」
相棒の稲垣と共に寿和は周囲を探る。
すると、燃える公園の木々の間で、幾つもの爆散死体が見つかった。その全てが内部から破裂したかのような状態であり、そういったものに慣れている二人も吐き気を覚える。
まるで一条家の『爆裂』を思わせる死体だった。
「これは……」
「魔法か? いや、それとも爆弾か?」
「恐らくは爆弾ですね。僅かに火薬の匂いが残っています」
「ってことは……人間の体内に爆弾を仕込んで爆破させる趣味の悪い奴がいたってことかよ」
ただでさえ、最近は吸血鬼事件に行方不明事件と怪奇が続いていたのだ。そろそろ勘弁してほしい。寿和はそんな思いで死体の顔を確認していく。
「……レオ君のはないようだ」
「例の少年ですか?」
「こうなる前に逃げてくれたのか……だとすればいいんだけどね」
二人が早くこの場に来ることが出来た理由は、レオが『吸血鬼はここにいる』というメールを送って来てくれたからだ。そのメールは正しく、二人が到着する少し前までは吸血鬼がこの場にいた。
しかし、僅かに遅かったのだ。
「犯人はまだ近くにいるかもしれん。稲垣君は本部に連絡して封鎖要請を」
「了解です」
結局、その後の捜索でも犯人が見つかることはなかった。
そして、爆散した死体が行方不明者として捜索中だった者たちであることが判明したのだった。
◆◆◆
翌日、任務に失敗したリーナは学校を休んでいた。理由は家の用事ということになっているが、その実態はUSNA軍の駐屯基地に呼び出されていたからである。
アメリカ大陸本土の基地と衛星通信で昨晩の報告を行っていた。
『――ほう。つまり、スターズ総隊長シリウスともあろう者が、日本の魔法師一族ごときに出し抜かれた上、謎の第三者によって襲撃された挙句、何の功績もなく戻ってきたというのかね』
「……その通りです」
解釈に悪意を感じたが、リーナは頷くことしか出来ない。
ここで言い返せば悪者になるのは自分だと分かっているからだ。
(何が日本の魔法師一族ごときよ! 四葉を知らないの!?)
昨晩見た謎の攻撃(『
しかし、本土の役員たちはそれが理解できていなかった。
『そもそも、軍の通信を乗っ取られ、さらにこの事実に気付かなかった時点で軍人としての適性を疑いたいな。一度本国で検査でも受けてみるかね?』
『シリウス少佐が吸血鬼に感染しているという可能性はないか? なんなら、ここでチェックしてみるかね。身体に咬み跡がないか……を』
『おお! それは大事だ。吸血鬼を本国に持ち帰られては困るからな』
つまりここで脱げと。
リーナは屈辱のあまり、そのまま画面を殴ってやろうかと思った。勿論、軍である以上は男女の間に区別はない。ある程度の配慮こそあれど、検査のために男性の前で衣服を脱ぐこともある。
しかし、画面の向こうにいる役員は本当にそういった目的ではないだろう。寧ろ、
(この狒々親父……)
しかし、ここでリーナにも救世主が現れた。
突然、画面の向こう側にある会議室の扉が開いたのである。
『私を除け者にしてこんな会議を開いているとはな』
『なっ!? 貴女はバランス大佐!』
『どうしたのだ? 私がここにいたら拙いのかね? そもそも、私もこの会議に出席できる身分の者だったと認知しているのだが』
ヴァージニア・バランス大佐。
彼女の肩書はUSNA統合参謀本部情報部監察局第一副局長。つまり、内部不正を監査する役職である。正直に言えば、彼女に頭が上がらない者は何人もいた。
バランス大佐がこの場に初めから呼ばれていないのは不思議なことであり、敢えて彼女に情報を流さなかった役員の何名かは視線を伏せた。
そんな様子を観察しつつ、バランスは口を開く。
『発言、よろしいか?』
『許可しよう』
『ありがとうございます。今回、シリウス少佐が出し抜かれたのは少佐の責任ではなく、バックアップとして付いていた部隊にあるでしょう。なんでも、通信電波を乗っ取られ、少佐はそれに振り回されて後手に回ってしまったとか?』
先程まで会議室にいなかったバランスがなぜ、詳しい話を知っているのか。そんな疑問を口に出せる猛者はこの場にいない。
『更に、相手は日本の十師族の中でも魔法力で最も優れた四葉一族だったと聞く。貴方がたは、四葉が何者か知っているのですか?』
『ただの魔法師一族だろう? 一族で国を滅ぼしたなどという逸話もあるが、直接的に滅びた原因は大亜連合が大漢を吸収したからだ。何を恐れる必要がある』
『なるほど、他の方々も同じ認識なのかな?』
バランスが見渡すと、この場にいた殆どが首を縦に振った。中には無反応な者もいたが、バランスは少しだけ不快そうな表情を浮かべつつ言葉を続ける。
『甘い。甘い、としか言いようがない』
『なんだと?』
『貴方がたは日本の十師族について、どれだけのことを知っている?』
バランス大佐の問いに応えられることは少ない。十師族とは日本を代表する魔法師一族であり、最も強力な遺伝子を持つ者たちというのが一般的に知られていることだ。
しかし、軍に在籍する以上、彼らはもう少し踏み込んだことも答えられる。
それは、十師族が日本の経済界に大きな影響力を持っているということである。十師族は魔法力だけでなく、経済力やその他影響力も含めて力が求められるのだ。魔法は万能ではない。日本という国を守るためには、様々な方面に強くなければならない。
情報機密、情報操作、経済力、人員など、それら総合的な影響力が十師族を十師族たらしめている。
『――そういう認識ですね?』
一通りの説明をしたバランスは問いかける。
彼らでも、知識としてあるのはこの程度でしかない。十師族の中で最も特別な四葉のことを知らないのも当然だった。
『十師族の中で四葉だけは特別なのです。かの一族は、ただ魔法力だけで十師族という地位に就いている。世界最強の魔法師、四葉真夜がその筆頭です。更に戦略級魔法師、四葉紫音を抱え、USNAの諜報員もかなりの数が四葉によって処理されている。また、薬物耐性のある彼らから情報を抜き取り、諜報員の拠点までも抑えてくる。何もかもが不明であり、どんな戦力を持っていたとしても不思議ではない』
それこそが、四葉。
最後に呟かれた言葉は会議場を静かに打った。画面を眺めているだけだったリーナですら、思わず息を呑んでしまう。昨晩相手をした四葉は、それほどの相手だったのかと慄いた。
しかし、ここで終わらないのがバランスである。
『故に! スターズ総隊長シリウス少佐をバックアップ不十分で任務地に送り込んだ我らにこそ責任があるのではないか……と。本官はそう思います』
シリウスと言っても人間だ。一人で何もかも出来るわけではない。任務を達成するためには、後方支援が絶対に必要となる。
今回の任務失敗は後方支援部隊が通信を乗っ取られた上に、第三者による介入を事前に防げなかったことが全ての要因なのだ。バランスにそう言われると、これ以上はリーナを追及できなくなる。
完全に主導権を握ったバランスは、最後にこう告げた。
『このままシリウスに任務を続行して頂くのに際し、最高水準での支援を行いたいと思います。具体的には、駐在武官の監査を名目に本官が東京へと向かいましょう』
その言葉に会議場が騒めいた。
だが、バランスの提案はこれで終わらない。
『同時に、シリウス少佐の補佐官としてカノープス少佐も同行。また、本部長より
「大佐殿! それは真ですか!」
『ああ、勿論だともシリウス少佐』
リーナの問いに、バランスは笑顔で答える。
その後、会議はバランス大佐とベンジャミン・カノープス少佐の来日予定日などを話し合う場に変化していったのだった。
◆◆◆
その日の夜、閑静な東京の路地裏を走る男がいた。息を切らし、何かから逃げているようにも見える。
(馬鹿な……どうして私の居場所が……)
彼は元USNA軍スターズ所属デーモス・セカンド。本名をチャールズ・サリバンという。CADなしに高度な軌道屈折術式を扱えるようになった吸血鬼だった。
昨晩、公園で紫音に追い詰められたが、
それでも、まだ死ぬつもりのない彼は
(だが、どうして見つかった!)
大人しく隠れているつもりだった。
都内のホテルに身を隠し、警察の手が引いて動きやすくなるまでは何もしないつもりだった。
だが、さっき部屋を黒服に襲撃され、今は逃げているのである。
(仲間へのテレパシーも繋がらない。どうなっている)
吸血鬼は仲間とテレパシーで意思疎通が出来る。それによって救援を呼ぼうと考えた。しかし、どんなに叫んでも応答がないのだ。
サリバンは焦った。
パン、パパン……と軽い銃声がなり、サリバンは軌道屈折術式で迫る弾丸を防ぐ。幾ら逃げても、何処からともなく銃弾は飛んでくるのだ。まるで、既に相手の網の中に納まっているかのような感覚すら覚えてしまう。
「ま、まさか……」
いや、本当に自分は詰んでいるのではないか。
サリバンはそう思った。
(既に包囲網は完成し、私は誘い込まれている……のか?)
「その通りだ」
その時、走るサリバンの前方から声がした。
カツ、カツと靴音を鳴らし、ゆっくりと近づいてくる。夜の月明かりに照らされ、サリバンはその人物の正体を知った。
「シオン・ヨツバか」
「正解だ。既に包囲している。お前は昨日の段階から、俺の掌の上だ」
「なんだと? それは――」
サリバンは言葉を終える前に、膝から崩れ落ちた。見れば、両足に幾つかの穴が開き、出血している。足の腱を貫かれているらしく、もはや立ち上がることは物理的に不可能だった。
続いて足の付け根、両肩、両肘を穿たれ、サリバンは地面に倒れる。
「が……」
「眠れ」
その言葉を最後に、吸血鬼チャールズ・サリバンは意識を閉ざしたのだった。
◆◆◆
「さてと」
部下たちに吸血鬼を回収させた紫音は、一息つく。そしてサリバンから
「ギリギリで『八咫烏』を打ち込んでいて正解だったな」
こうして紫音がサリバンを捕捉できたのは、昨晩の内に『八咫烏』を仕込んでおいたからである。この『八咫烏』は精霊魔法の一種であり、九校戦で手に入れた
紫音自身は精霊を使役する才を持たないので、『八咫烏』は特殊な運用をする。対となる精霊を作り、片方を観察対象に埋め込み、もう片方は紫音が保持しておくのだ。保持した精霊を操作することで、対となったもう片方を動かすことが出来る。
そういった仕組みなのである。
その応用で、埋め込んだ『八咫烏』が観測した事象を、紫音が保持する対の『八咫烏』で見ることも出来るのだ。このようにしてチャールズ・サリバンを捕捉したのである。
「さて、俺も引き上げないと……」
そう言って帰ろうとしたところで、不意に通信デバイスが振動した。見ると、電話をかけてきたのは達也と表示されている。
昨日のことでも聞きたいのだろうと考え、その場で電話に出た。
「もしもし」
『紫音か。聞きたいことがあるんだが―――』
「昨日のことか?」
『ああ、レオが吸血鬼に襲われ、入院したことについてだ。何か知っているんだな?』
「知っている。詳しいことは帰ってから電話し直すよ。今は外にいるから」
『何かしているのか?』
「丁度、レオを襲った吸血鬼の一体を捕縛したところだよ。もう一体は明日……いや、明後日あたりになるかな?」
『流石と言うべきか……呆れたと言うべきか……』
電話の向こうで感心気味の声がした。
こうして電話をしてきたのも、深雪のために情報を集めたいからだろう。達也は深雪のガーディアンであるため、防衛に必要な情報を与えるのは紫音としても吝かではない。
「この際だから、色んな情報を共有しておく。すぐに帰って秘匿回線を開くよ」
『頼む』
「資料も必要なら作っておくけど?」
『いや、そこまで手間を取らせるつもりはない。口頭で充分だ』
「分かった。じゃあ切るぞ」
『時間を取らせたな。また後で頼む』
「ああ」
電話を切り、紫音はデバイスをポケットに入れながら呟く。
「もう一体は本郷美亜……いや、USNA軍支援部隊オペレーター、ミカエラ・ホンゴウか。確かマクシミリアン・デバイスに潜入していた奴だっけ。襲撃計画を立てないとな」
昨晩の内に付けておいたもう一つの『八咫烏』により判明した事実だ。今日はチャールズ・サリバンを捕獲完了したので、明後日にミカエラ・ホンゴウを捕縛する。
明後日にした理由は、チャールズ・サリバンが持っていた『分子ディバイダー』の軍用デバイスを解析したいからだ。
「忙しいな。ホント」
その呟きと共に、紫音は闇に紛れていったのだった。
転んでもただでは起きない紫音さんでした。
一応、前々回、前回、(特に)今回の話は後のフラグになっています。