黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編12

 翌日、紫音は捕らえたチャールズ・サリバンを厳重に椅子へと縛り付け、その正面に立っていた。手に持っているのはナイフのようなCADであり、とある魔法を行使するために用意したものだ。

 ここは都内にある四葉の魔法実験施設。

 学校が終わった後、ここへとやって来たのである。

 

 

「紫音様、取りあえずは完成です」

「『分子ディバイダー』をもう解析したとはな。中々やる」

「はははは。まぁ、それなりのプロテクトはありましたけどね。私たちにかかれば、一日で充分です。後は紫音様が考案されていた術式に嵌め込み、調整すればすぐですよ。コピー・ペーストが殆どだったので難しくはありませんでした。そのデバイス『死怨(しおん)プロトタイプ』は紫音様専用に調整したものです。今回の実験では術式の使い勝手を調べてくだされば、残りは私たちで完成させます」

「そうか」

 

 

 紫音は手に持った新デバイス・死怨プロトタイプに軽くサイオンを流す。発動の直前まで持っていき、感触を確認した。

 それから、椅子に縛られている吸血鬼チャールズ・サリバンへと目を向ける。

 

 

「で、あれはもういいのか? この術式を使えば確実に殺してしまうぞ?」

「生きた吸血鬼については、以前に紫音様が捕らえられた吸血鬼からデータを採取しています。今回、吸血鬼から()()()()()が出て行く様子を観察したいのです」

「なるほどね」

 

 

 パラサイト。

 Paranormal Parasite(超常的寄生体)の略だ。

 既に吸血鬼は、このパラサイトによって引き起こされたものだと判明している。パラサイトは嘗て(あやかし)や妖魔、デーモンと呼ばれていた存在と同等である。プシオン体であり、対象の精神と同化して寄生するということも分かっていた。

 これらは、紫音が捕獲した吸血鬼によってもたらされた解析結果である。

 

 

「ま、コイツを殺すのは賛成だ。USNA軍は特定のサイオン波動を追跡する技術を持っているみたいだからな。さっさと殺しておかないと、USNAにこの場所がバレる」

「そういうことです。存分に、()()()()を実験してください」

「じゃ、遠慮なく」

 

 

 紫音は椅子に固定されたチャールズ・サリバン……的に向かって死怨プロトタイプを向ける。そして、サイオンを流しつつ、横向きに薙ぎ払った。

 すると、一瞬の後、チャールズ・サリバンの首に赤い筋が浮かび上がった。それは、空間を飛び越えてナイフで切り裂かれたようであり、実際にそのように見えた。

 

 

 

 ゴト……

 

 

 そのまま、重力に従ってチャールズ・サリバンの首が落ちる。断面は恐ろしいほど水平であり、達人が名刀で切り裂いたかのような切り口となっていた。

 血飛沫が高く吹き上がり、天井を染める。

 部屋中に生臭さが立ち込めた。

 

 

「おお! 素晴らしい」

「実験は成功だ!」

「流石は紫音様です」

「いやぁ、我々も『分子ディバイダー』を解析した甲斐があったよ」

 

 

 実験を観察していた研究員たちは歓声を上げる。こちらは紫音のデバイス開発に協力した研究員であり、パラサイト遊離観察実験を行っている研究員は何かのディスプレイを眺めていた。

 紫音も引き起こされた結果を見て呟く。

 

 

「『圧斬(へしぎ)りモドキ』で代用しようと思っていたけど、『分子ディバイダー』のお蔭で完全に上位互換の術式になったな」

 

 

 首が綺麗に切断できたのは『分子ディバイダー』によるものだ。小さな負担で、このような魔法を引き起こせるとは流石である。USNAが秘匿とする術式なだけはあった。

 この術式を解析して死怨プロトタイプに嵌め込んだ研究員は紫音に近寄りつつ、嬉しそうな笑顔で告げる。

 

 

「これで完璧です。紫音様の『リベリオン』もあれば、たった一人で国を滅ぼすことすら不可能ではありません。そして四葉の呪い、司波達也を物理的に殺害する手段を――」

「少し黙れ。まだコイツは未完成だ」

「――失礼しました」

「それに、達也と敵対するつもりはない。確かに、俺は達也を物理的に止めることが出来る最後の鍵だ。だが、そもそも俺が働く必要のないようにすればいい話。それを忘れるなよ」

 

 

 世界を滅ぼす力を持つ司波達也は、四葉の分家当主たちが恐れる存在だ。大抵の使用人や研究員は達也を劣等生だと思い込んでいるようだが、一部の者は達也の力を知っている。

 この研究員も、真実を知る者の一人だった。

 

 

「理論射程は無限、防御は不可能、条件さえ整えばどんな人物でも瞬間に殺せる。だからこそ、この魔法は四葉の新たなる象徴として輝くべき。いずれ、この力を世界に見せる時が来る。

 言っておくぞ。この魔法は達也を想定した魔法じゃない。達也を暴走させないために、世界の全てから四葉を……特に深雪を守るための魔法だ」

 

 

 紫音は『リベリオン』も『八咫烏』も、全て()()()()のためだけに精度を上げた。そして、全てが明かされるとき、紫音は四葉真夜すら超える魔王として世界に君臨することになる。

 ()()()()と比較すれば、『日蝕(エクリプス)』など大した魔法ではない。

 

 

「……明日、もう一体の吸血鬼を連れてくる。準備をしておけ。それと、顧傑(グ・ジー)との繋がりを見つけるために探る。すぐには始末するな。残念ながら、さっきの奴は知らなかったみたいだからな。次に期待する」

「かしこまりました紫音様。整えておきます。それと新デバイスの調整も」

 

 

 紫音は死怨プロトタイプを研究員に渡し、この場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、紫音は真夜とテレビ電話していた。

 

 

「お久しぶりです母上」

『ええ、久しぶりね』

 

 

 軽い挨拶を交わし、まずは紫音が報告する。

 

 

「相変わらず、顧傑(グ・ジー)の情報は手に入りませんね。躱し方が巧妙です」

『あら? 紫音さんにしては珍しいわね』

「申し訳ありません」

 

 

 勿論、紫音はこれがフリズスキャルヴのせいだと考えている。淡くなりつつある原作知識のお蔭で、フリズスキャルヴについては軽く認知していた。それに、真夜からも電子的情報のやり取りは監視されている可能性を忠告されているので、重要な情報は紙でやりとりするようにしている。

 それでも顧傑(グ・ジー)を追いきれないのは、少し予想外だったが。

 

 

「吸血鬼と顧傑(グ・ジー)が繋がっているのは確実。なので、吸血鬼を捕えて『シンクロダイヴ』で情報を奪い取っています。今のところ、当たりはありません。明日にも一体捕獲予定ですので、それに期待しようと考えています」

『そう。頑張りなさい。応援は必要かしら?』

「お願いします。先日、スターズと接触してしまいました。『夜』も見せましたし、向こうも相応の準備を整えてくるでしょう。最悪、本国からスターズの隊長格を連れてくるかもしれません。なので、スターズとの大規模戦闘が起こった場合に誤魔化せる人員をお願いします」

『そんなものでいいのかしら?』

 

 

 真夜は疑問の声を向ける。

 スターズがシリウス以外も動くのならば、四葉の戦闘部隊を送り込むぐらいが丁度いい。そのように考えたからである。

 しかし、真夜も紫音がスターズに劣るとは考えていない。なので、笑みを崩さなかった。この質問は、あくまで紫音を試しているに過ぎないのだから。

 

 

「母上は()()()()以外ならば使って良いと仰いました。なので『リベリオン』を使います。スターズと戦闘になったとしても、『リベリオン』を使用して捕獲。私の軍籍を利用して捕虜にすれば国防軍に貸しを与えられますし、四葉で直接交渉して伝手を作るのもアリです。その辺りは、本当にこれが起こった際に母上へと委ねます」

『あらあら……スターズと戦闘はもう前提なのかしら?』

「ええ、襲撃予定の吸血鬼はミカエラ・ホンゴウといいます。彼女はシリウスのバックアップとして活動しているUSNA軍の者です。私たちで誘拐すれば、すぐにバレるでしょう。戦闘は避けられないかと思います。まぁ、勝手に潜入活動しているのは向こうですし、騒ぎになって困るのはあちらでしょうが」

『そうよねぇ。まぁ、構わないわ。紫音さんの要望通りに援軍を送りましょう。存分に戦闘をしても構わないわ』

 

 

 愉しそうな笑みを浮かべる真夜は、本当に歳不相応だ。画面越しにも漂う妖艶さを見ると、紫音でも目を背けたくなる。

 勿論、そんな失礼なことはしないが。

 それはともかくとして、真夜は先の話を蒸し返した。

 

 

『そうそう。()()()()なのだけど、凡そは完成したそうね?』

「……つい先程のことなのですが」

『私が知らないとでも思ったの?』

「いえ、どうせ知っていると思いましたよ。結論を申し上げれば、九割以上完成しました。あとはデバイスの調整を行い、実戦を想定した運用実験が成功すれば完成になるかと」

()()の運用実験ねぇ……どうしましょうか?』

 

 

 殺傷力が高すぎるだけに、実験を行うのも色々と手間がいる。近場で戦争でも起これば、紫音を投入することで幾らでもデータを取ることが出来るだろう。

 真夜は妖しいオーラを深める。

 

 

『横浜事変以降、大亜連合と我が国は何度も交渉を続けているそうね。それに介入して、本格的に戦争でも起こそうかしら?』

「冗談でもやめてください」

 

 

 本当に出来そうだから困る。

 

 

「しかし、どちらにせよ母上は……()()()()を世界に見せつける機会を伺っているのでしょう?」

『ええ、その予兆はあるわ。そのために顧傑(グ・ジー)を泳がせているのだから』

「……母上が本気になられないのはそういう理由ですか」

 

 

 外国ならまだしも、顧傑(グ・ジー)がこの国にいる状態で四葉が何も出来ていないとは思えない。紫音はそう考えていた。紫音のお蔭もあり、四葉家は原作よりも遥かに諜報能力が上がっている。

 顧傑(グ・ジー)の情報が紫音にまわって来ないのは、真夜が敢えて止めているという部分もあるからだろう。それにもかかわらず真夜は紫音に顧傑(グ・ジー)を調べろと言っているのだ。少し意地悪である。

 

 

顧傑(グ・ジー)という男は私の復讐相手。紫音さんに命じた始末する件を撤回するつもりはないけど、タダでは殺さないわ。存分に利用し、限界まで搾り取ってから無様に死を与えてあげましょう。期待しているわ紫音さん』

「お任せください。あと、追加で頼みますが、七草や十文字への対処もお願いします」

『息子に頼られるというのは良いものね。いいでしょう』

 

 

 真夜の雰囲気が柔らかくなった。

 それを見ると、極東の魔王とも呼ばれる四葉真夜とのギャップを感じてしまう。紫音も四葉の全てを理解しているわけではないし、真夜の目的を完全に知っているわけではない。しかし、真夜の本性がかなり子供っぽいことは知っている。

 普段は当主らしく振舞っているが、気を許した者の前ではそのように振る舞うこともあるのだ。

 自分は気を許されている人物の一人なのだと知り、密かに頬を緩ませる。

 

 

『それで、今夜の報告は以上かしら?』

「はい。そうなります」

『そう……なら、紫音さんもゆっくり休みなさい』

「はい。おやすみなさいませ」

『ええ、おやすみ』

 

 

 画面が暗くなり、通信は途切れる。

 その後すぐに達也と深雪の家へと電話をかけた。今度もテレビ電話であるため、画面に兄妹(きょうだい)の顔が映る。

 

 

「こんばんは。達也に深雪」

『こんばんは紫音さん』

『紫音か。何かそちらで動きでもあったのか?』

「いや、こちらは大したことはないよ。聞きたいのは千葉エリカの話だ」

『……ああ』

 

 

 達也は何か納得したのか、すぐに答えた。

 

 

『レオがやられたことで、千葉家を動かしているようだ。レオは千葉の門下生だったことがあるからな。その報復ということらしい』

「やっぱり。こちらでも千葉家が変な動きをしているのは掴んでいた。達也に確認して正解だったみたいだな。ちなみに、止めることは出来るか?」

『難しいだろう』

「七草先輩や十文字先輩を通じてもか?」

『止まらないだろうな』

 

 

 吸血鬼を捕獲するにあたって、第三者の介入など二度とお断りだ。明日の作戦では、より緻密な情報収集が必要となるだろう。

 一瞬だけ考え事をした紫音は、すぐに画面へと向き直って口を開いた。

 

 

「いや、悪いね夜遅くに。その確認がしたかっただけだ。達也も深雪もおやすみ」

『役に立てて何よりだ。では切るぞ』

『おやすみなさい、紫音さん』

「あ、切る前に……深雪はリーナのことを観察して、今度様子を教えてくれ」

『はい、それぐらいでしたら。他にはありませんか?』

「いや、それぐらいか。今度こそおやすみ」

『ええ、おやすみなさい』

 

 

 深雪の雰囲気が真夜に似ているな、などと感じつつ紫音はテレビ通話を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あー……ようやくここが書けました。(というか、予定を前倒しにして書きました)
先に言っておくと、今回出て来た魔法が紫音を最強たらしめる魔法です。『リベリオン』ですら、その踏み台でしかありません。

まぁ、ようやく最強タグが有効になるということです。劣等生世界で最強を名乗れるのは達也を倒せるかどうかだと個人的には思うのです。
この魔法の仕組みや名前、効果、活躍はまだ先ですけどね。なので、暫くはまだ……

それと、これを以て『最強』→『後に最凶』へと変更します。たぶん、このタグがこれまでで一番誤解を招いていたようなので。最近は『最強』より『最凶』の方が相応しいかもと思っています。
『水波』タグでも分かりますように、まだ書いてない部分のこともタグとしてつけています。『オリジナル展開』『最凶』が有効になるのは、2年の夏あたりからです。
そこはご了承ください。

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