黒羽転生   作:NANSAN

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入学編3

 

 七草真由美と渡辺摩利が騒ぎを聞いたのは偶然だった。入学の時期に新入生が羽目を外すのは珍しいことではなく、いつものことだと判断して現場に急ぐ。

 だが、途中で聞いた騒ぎの場所に行ってみれば、そこにいたのは今年注目している二人の新入生。

 一人は入試をトップで合格した司波深雪。減衰振動系を得意とする絶世の美少女。そして彼女の兄はペーパーテストにおいて教師を唸らせるほどの成績を叩きだした。だからこそ、摩利はともかく、真由美はよく知っていた。

 そしてもう一人は―――

 

 

「もう一度聞くぞ、四葉紫音。お前が原因か?」

「そうですよ」

 

 

 摩利の質問に躊躇いなく紫音は頷いた。

 今年の新入生において最も注目されていたのが四葉紫音だろう。十師族の中でも異質と言える四葉の後継者候補であり、噂では『夜』を継ぐ者と言われている。確実に台風の目となる人物だった。

 摩利は眉を顰めながら再び問いかける。

 

 

「事情を聞こうか?」

「入試結果如きで優越感に浸っている愚か者にアドバイスをあげただけですよ。静観するつもりでしたが、どうやら禁止用語を使ってしまったみたいなので、注意をしてあげました」

「なに……?」

 

 

 さも良いことをしたと言わんばかりの態度に戸惑う摩利。だが、それと同時に事情を察した。それは真由美も同じだったのか、後ろにいる達也たちにも問う。

 

 

「司波さんたちから見ても四葉君の言った通りで正しいですか?」

「はい。概ねその通りです」

 

 

 代表して深雪が答えると、達也、レオ、エリカ、美月も頷いて同意する。

 暴力沙汰があったわけでもなく、ただの揉め事だったと判断した真由美は、厳重注意だけで済ませることにした。

 

 

「わかりました。今回についてはお咎めなしにします。四葉君も、その名を背負っている以上は不用意なことを避けてください。いいですね?」

「自分は校則に則ったことしかしていないのですがね」

「それでもです。七草としてではなく、一校生徒会長としてお願いします」

「……それならいいでしょう。心に留めておきます」

 

 

 真由美も七草と四葉の確執を理解しているが故に、紫音の扱いには注意する。表立って喧嘩しているわけではないとはいえ、仲が悪いのは事実だ。特に現当主の七草弘一は四葉を毛嫌いしている節がある。長女である真由美まで気を使わなければ御家問題にまで発展しかねない。

 また、四葉紫音という人物について掴み切れていないことも一つの要因である。

 だからこそ、真由美は人格を知るために一手を打つことにした。

 

 

「そうそう。四葉君は明日の昼休みに生徒会室へときてくれませんか? 生徒会メンバーと昼食を一緒にしながら話を聞きましょう。十文字君も呼んでおくわ」

「構いませんよ。自分としても元々、今から生徒会室に行く予定でしたから」

「あら、そうなの?」

「ええ、七草生徒会長と十文字部活連会頭にお話があったので」

「それは十師族の関連かしら?」

「いえ。関係ありませんよ。挨拶のようなものです」

「そう、なら明日の昼休みにお願いします。そうだ! 司波さんも来てくださいませんか? 昨日はあまりお話できませんでしたから」

 

 

 唐突に目を向けられた深雪は少し驚きつつも、達也の方に目を向ける。そして達也が頷いたのを確認すると、肯定の意を示した。

 

 

「分かりました。あの、お兄様も一緒で構いませんか?」

「深雪!?」

 

 

 達也の頷きは『好きにしなさい』というものだった。だが、深雪はそれを拡大解釈して、そのように答えたのである。達也は慌てたが、真由美は笑顔で許可してしまった。

 

 

「構わないわ。ね、摩利?」

「ああ、別にいいんじゃないか?」

 

 

 あっさりと許可が下りてしまったことで気の毒そうな目を向けるレオと美月。なお、エリカは一人で面白がっていた。

 生徒会長と風紀委員長、部活連会頭はともかく、四葉と共に食事など恐怖でしかないだろう。そう思ったからである。達也と深雪が紫音と親戚同士であるとは知らないので、そう思っても仕方ないが。

 ともかく、達也は面倒を避けたかったので、優秀な頭脳を働かせて断りの文句を口にした。

 

 

「七草会長。生徒会と昼食ということは副会長殿も一緒なのでしょう? 自分は副会長と揉め事なんて御免ですよ」

「あら、昨日睨まれたことを気にしているのかしら? 大丈夫よ達也君。はんぞーくんは部室で昼休みを過ごすから」

「紫音の話を聞くなら生徒会が揃っている方が良いのでは?」

「大丈夫よ。私と十文字君さえいれば良いみたいだし……ね、四葉君?」

 

 

 紫音は背後から達也の視線を感じる。

 ここで達也の参加を断って欲しいという意思がハッキリと伝わってきた。

 

 

(だが、すまんな達也。俺は深雪が怖い)

 

 

 そう、紫音は達也よりも深雪の方が怖い。

 単純な戦闘においては達也の方が怖いが、こういったときには深雪が最も怖いのだ。ブラコン姫から達也を超えるオーラが飛んできているのを感じつつ、紫音は真顔で答える。

 

 

「いえ、ならば自分は明日の放課後にでも行きましょう。放課後なら副会長もいますよね?」

「ええ、そうね。呼べば来ると思うわ」

「ならば十文字会頭と副会長には明日の放課後にアポイントをお願いします。昼休みは司波兄妹とお話をして下さい」

「それでも構わないわよ」

 

 

 恨めしい目を向ける達也と、嬉しそうな視線を送る深雪。

 紫音は咄嗟に『調律』を使い、達也と脳波を合わせて念話する。

 

 

(スマン達也。深雪には逆らえないんだ)

(……まぁいい。恨むぞ)

(恨むならお前のトラブル体質を恨んでくれ)

(…………)

 

 

 その日はそこで解散したのだった。

 達也と深雪はレオ、エリカ、美月に加えて先程の一科生に混じっていた光井ほのか、北山雫を伴って帰る。一方、紫音は一人で帰路に就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、職員室に呼び出されたことで少し遅れた紫音は、急ぎ足で生徒会室へと向かった。そして軽く服を整えてからノックしようとすると、勝手に扉が開かれる。

 まさか気配を察して開けられたのかと思ったが、それは単なる偶然だった。

 

 

「あら、四葉君?」

「七草会長。これは一体?」

 

 

 真由美に続いて生徒会室から出ようとする一団を見て紫音は怪訝な表情を浮かべる。すると、真由美が簡単に説明をした。

 

 

「紆余曲折あって達也君を生徒会推薦の風紀委員にしようと思ったんだけど、はんぞーくんが反対しちゃってね。それで平行線になりかけたから、十文字君が模擬戦をしてみろって」

「なぜ模擬戦なのかは理解に苦しみますが……」

「話を端折り過ぎだ七草」

 

 

 首を傾げる紫音に対し、十文字家の次期当主と言われる十文字克人が呆れたように口を開く。そして簡潔かつ分かりやすい言葉で紫音に説明をした。

 それによると、生徒会副会長こと服部刑部少丞範蔵が司波達也の風紀委員入りを反対したのだ。そもそも、なぜ達也が風紀委員に推薦されてしまったのかと言えばお昼休みまで遡ることになる。

 まず、新入生のトップ司波深雪が生徒会役員になって欲しいと要請された。新入生のトップが生徒会に入るのは毎年のことなので、ここまでは良い。だが、ここで深雪が達也こそ相応しいと言いだしたのだ。残念ながら生徒会は一科生で構成されると校則で決まっているので、変えようがない。しかし、風紀委員ならば大丈夫だということで、達也は生徒会推薦による風紀委員入りがほぼ決定したのである。

 決め手は深雪が思わず漏らしてしまった達也の解析能力だった。

 達也のことを力説するあまり、魔法起動式から一瞬で発動する魔法を読み取るという特技がバレてしまったのである。通常は発動しなければ結果の分からない魔法を、発動準備段階で知覚できる能力。これを買われたのだ。

 なお、深雪が嬉しそうにしていたのを達也も無下にできなかったという理由がメインである。

 

 

「ところが服部は司波の風紀委員入りに強く反対しているようでな」

「当然です十文字会頭。風紀委員とはいえ、二科生で務まるとは思えません。いえ寧ろ、まともに魔法も使えないのに、風紀委員の仕事を任せるなど……」

 

 

 克人の言葉を補足するように服部が口を開く。紫音がチラリと深雪に目を向けると、かなり不愉快そうな表情を浮かべていたので、その後のことは予想できた。

 

 

「服部と司波兄を庇う司波妹が口論になったので、ならば模擬戦をして風紀委員たる実力があるかを見せてみろと言ったのだ。これから第三演習室で模擬戦をすることになっている」

 

 

 達也の持つ真の力を知っている深雪からすれば、達也への不当な扱いに我慢できないだろう。激しい口論になり、売り言葉に買い言葉で模擬戦に至ったことは容易に想像できる。

 そして達也も、深雪のために模擬戦を受けることにしたのだ。そうでなければ、達也は必ず自分から引き下がっていたはずだから。

 深雪がいるので目立つのは避けられないと思っていたが、まさかここまでトラブルを引き寄せるとは予想外である。流石の紫音も内心で達也を哀れんだ。

 

 

「……なら、ご一緒させてください。自分も興味が湧きました」

「構わないな、服部に司波?」

「大丈夫です会頭」

「自分も問題ありません」

「うむ。ならば同行を許可しよう。それに確か、四葉は教師推薦で風紀委員になるのだったな? ならば寧ろ着いてきた方が都合も良い」

「ありがとうございます」

 

 

 実は紫音は風紀委員に推薦されていた。

 職員室に呼び出されていたのも、それが原因である。本来ならば森崎駿が教師推薦の風紀委員となるはずだったのだが、四葉の名の方が相応しいと判断された。風紀委員に四葉がいるだけでも、生徒たちは気を引き締めることだろう。

 それを狙っての推薦である。

 

 

「ああ、そうだ。渡辺委員長、これからよろしくお願いします」

「うむ、ご苦労。また後で風紀委員のメンバーを紹介しよう」

「お願いしますね」

 

 

 紫音としては生徒会プラス十文字克人にブランシュについての話をしたかったのだが、どうやら後回しになりそうだ。だが、達也と服部の模擬戦を見るのも面白そうである。

 だが、自由人な真由美の気まぐれによって紫音は傍観者の地位から引きずり落とされた。

 

 

「あ、そうだ! ついでだから四葉君も模擬戦をどうかしら? 十文字君もいるし、十師族どうしでちょっとだけやってみない?」

「はい?」

「む?」

 

 

 これは克人も予想外だったのか、珍しく驚いた表情を浮かべる。高校生らしからぬ体格と雰囲気を有する彼が年相応の驚きを見せるのは珍しい。いたずらが成功したと言わんばかりに真由美は口元を吊り上げ、言葉を続けた。

 

 

「彼も風紀委員になるわけだし、摩利としても実力を見てみたいでしょ?」

「確かにな。一理ある」

「でしょう? 十文字君が良ければ、是非とも四葉君にもやってほしいわ。どうかしら?」

 

 

 紫音は少し考える。

 服部と達也の模擬戦で達也の異常性が出てしまうのは確実だ。そこで、自分が更に異常な姿を見せれば上塗りも出来るだろうと考えた。紫音の役目はあくまで囮。目立って目立って、達也と深雪から目を逸らさせるのが仕事である。

 模擬戦程度ならやっても良いと判断した。

 

 

「いいでしょう。では胸をお貸しください十文字先輩?」

「ふむ。確かに俺も興味がある」

「決定ね!」

 

 

 こうして、達也と服部、そして紫音と克人の模擬戦が行われることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 第三演習室で、達也は模擬戦のためのCADを準備していた。使用するのはシルバーモデルの中でもループキャストに特化したシルバーホーン。同一の魔法を連続発動することを可能としたループキャストシステムを搭載しているので、警察組織などで人気となっている。

 非常にプレミアの高いモデルなのだが、実はこのCADの開発者トーラス=シルバーとは達也のことである。正確には二人の開発者がトーラス=シルバーを名乗っているため、達也はその片割れだ。

 フォア・リーブス・テクノロジーという企業に勤めるプロフィール不詳の天才開発者トーラス=シルバーが実は高校生だったという冗談のような事実がそこにはあるのだ。

 そういった理由で、達也はフルカスタマイズしたシルバーホーンを持っている。

 達也が魔法式のストレージを入れ替えていると、摩利が興味深げに尋ねた。

 

 

「いつも複数のストレージを所持しているのか?」

「自分では汎用型を使いこなすほど処理能力がないので」

 

 

 実際、達也が使用するのは処理速度を強化した特化型CADだ。一つの系統魔法しか使えない代わりに、その系統における処理能力が格段に高い。特化型は一つのCADに九個までしか魔法式を入れられないので、様々な魔法を使う場合はストレージに魔法を込めて持ち歩くことになる。

 逆に汎用型は様々な系統を組み合わせて使える。複数系統を組み合わせる複雑な魔法はこちらでなければ使えない。ちなみに、こちらは九十九個まで魔法を入れられる。

 逆に言えば特化型しか使えないというのは魔法演算能力が低いということ。やはりウィードだと服部は達也を見下す。

 

 

「ルールを説明するぞ。相手を死に至らしめる攻撃は禁止だ。回復不可能な障碍(しょうがい)を与えるような攻撃も禁止。相手の肉体を直接損壊する術式も禁止する。ただし、捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃は許可する。素手による攻撃も許可するが、武器は禁止だ。蹴り技を使うなら学校指定のソフトシューズに履き替えろ。

 勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合に決する。双方開始線まで下がり、合図があるまでCADは起動させないこと。このルールに従わない場合はその時点で負けとする。あたしが力づくで止めさせるから覚悟しておけ。

 以上だ」

 

 

 摩利の説明が終わると、達也も服部も開始線の上に立つ。距離は五メートル。この距離ならば一秒以内に発動できる魔法の方が強い。服部は勝利を確信していた。

 それは自身の使う腕輪タイプ汎用型CADが特化型より処理能力で劣ることを加味してもだ。一科生と二科生ではそれだけの差があるため、自惚れ抜きにして敗北など有り得ないと思っていた。

 互いにCADへと手をかけて開始の合図を待つ。

 

 

「始め!」

 

 

 摩利の合図と同時に達也の姿が消える。

 そして次の瞬間、背後から魔法を浴びせられ、服部は床に倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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