『対象ミカエラ・ホンゴウを捕捉』
『捕獲作戦に入る。マクシミリアン・デバイスからの帰宅ルートに相違なし』
『輸送ルートも確保済みです』
「よし、作戦開始だ」
◆◆◆
「ミアが!?」
「はい、総隊長。間違いありません」
ミカエラ・ホンゴウ(=ミア)はリーナが滞在している部屋の隣に住んでいる。攫われたのはすぐに判明した。今夜はバックアップ要員の一人であるミアと相談事があった。勿論、次の吸血鬼に対応するための話し合いと、USNAからきたベンジャミン・カノープス少佐を紹介するためだった。
「ベン、場所は判明しているのですか?」
「残念ながら……いえ、判明したようです」
食い気味に問い詰めるリーナを宥めるカノープスは、今朝に日本へと到着したばかりだ。リーナの補佐をすることになるや否や、全ての仕事を部下や同僚に任せて飛び立ったのである。名目は、駐屯基地を監査に訪れるヴァージニア・バランス大佐に同行したとされている。駐屯地に滞在する米軍魔法師の様子をスターズとして視察するのだ。
しかし、その実態は四葉(と思われる)勢力への対抗である。
そしてミアが攫われたと分かり、早速カノープスが仕事したのである。
「サイオンレーダーで居場所を特定しました。都内にある何の変哲もない建造物のようです。スターダストのチェイサーが既に現地付近まで到着し、様子を見ているとのこと」
「ではすぐに向かいましょう」
「お待ちください総隊長。まず、彼女が誘拐された理由が不明です」
慌てるリーナに対して、カノープスは冷静だ。まず、ミアとは個人的面識が殆どないので、客観的に物事を考えられる。そして何より、リーナより経験豊富で大人だ。
「まず、彼女が攫われた理由を考えましょう。そして、次は彼女を攫った勢力について。救出はバランス大佐が検討してくださっていますから、私どもは一度冷静になりましょう」
「そ……うですね」
「分かって下さって何よりです。それで総隊長、理由については?」
リーナは少し考える。
まず、ミアはマクシミリアン・デバイス日本支社への潜入を利用して、戦略級魔法『グレート・ボム』――『
質量エネルギーの変換というアプローチで『
そのことから考慮すると……
「日本政府のエージェント……が知り過ぎたミアを捕えた?」
「確か、彼女はマクシミリアン・デバイス日本支社のセールスエンジニアとして魔法科大学に潜入調査を仕掛けている諜報員でしたね。十師族が動いたという線は?」
「それもあり得るかと思います。四葉と思われる勢力と交戦しましたから」
「東京は七草や十文字が監視していましたね。そちらの線は?」
「うぅ……分かりません。ですが、他のエージェントは交戦があったと聞いています」
「なるほど」
カノープスは考える。
どの可能性が最も高いか、そしてミアが処分される可能性はあるのか。
仮に処分されるとすれば、裏方仕事を得意とする相手と判断できる。ミアは非合法の諜報活動を行っているため、証拠が出れば日本の国防軍に捕まってしまう立場だ。しかし、表向きはマクシミリアン・デバイスの社員である。合法的な組織が攫ったとは思えない。
そこから逆算すれば、勢力は絞られる。
「十文字は清廉なことを好むと聞きます。七草や四葉……十師族ではこの辺りが怪しいでしょう。あとは日本政府が保有する、公的には存在しないはずの機関ですか。そちらは見当もつきませんね。少なくとも私では」
「ただの愉快犯という可能性はありませんか? ミアは……美人ですし」
美人というより可愛らしい見た目をしているのがミアだ。というより、魔法師は基本的に整った顔立ちをしている。部分的に遺伝子操作を受けていたり、海外の血が混ざっていることもあるためだ。狙われることも少なくない。
尤も、魔法師は自衛に魔法の使用を許されている。
そういう目的の犯人に誘拐されるかどうかと言えば、首を傾げそうになるが。
カノープスもその可能性は否定した。
「彼女は本職が研究系とは言え、魔法師です。それにエージェントとして最低限の護身術は会得しているのでしょう? 少し考えにくいですね」
「そうですよね。すみませんベン」
「構いませんよ。今は可能性の話をしているのですから」
そう言ったカノープスは、何かハッとした様子で耳元に手を当てた。何か通信が来たのだろう。暫く話を聞いた後、『了解です』と言って切った。
それからリーナの方へと向く。
「総隊長、バランス大佐の方でも準備が完了したと連絡が。すぐに繋ぎます」
「お願いします」
頷いたカノープスは、デバイスを操作した。するとディスプレイが切り替わり、ヴァージニア・バランス大佐の顔が大きく映った。
リーナとカノープスはすぐに敬礼する。
バランスも敬礼を返し、口を開いた。
『楽にしていいぞ』
「はっ!」
「はい!」
カノープス、リーナの順に少しずれて返事をする。そして休めの体勢を取った。それから、バランスは早速とばかりに本題へと入る。
『まず、誘拐されたミカエラ・ホンゴウだが、彼女は戦略級魔法について調査する諜報員だったな? 正直に言えば、スターズが救出に動くような事案ではないと思うのだが』
「で、ですが大佐!」
『落ち着き給えシリウス少佐。こうして私自らが指揮を執っているのだ。事情が変わったのだよ』
「事情ですか?」
『ああ、ミカエラ・ホンゴウは吸血鬼だと判明した』
「な……それは、まさか!」
『そのまさかなのだよ。詳しく説明しよう』
動揺するリーナに対し、バランスは冷静に説明を始めた。ディスプレイに幾つかのデータを提示し、グラフが二種類並ぶ。
『まず、右側にあるのが観測し、解析した吸血鬼のサイオンパターンだ。例の日にデーモス・セカンドと共にいた吸血鬼のものだな。ノイズが多かったのだが、解析班が何とかやってくれた。そして左側にあるのがミカエラ・ホンゴウのサイオンパターンだ。見事に一致している』
ディスプレイ上のグラフが重なると、確かに一致していた。これではリーナも反論できない。納得は出来なかったが。
『理解してくれたようだな。そう、彼女が吸血鬼だと判明したからこそ、スターズが動くのだ。早急に彼女を捕獲……いや、始末する』
「そんな……」
『私情を挟むなシリウス少佐』
「……失礼しました」
そうだ。これはシリウスとしてあるまじき言動だった。
リーナは反省して頭を下げる。
しかし、その気持ちも理解できたのだろう。バランスも特に追求しなかった。そして、次に具体的な作戦を語り始める。
『やることは簡単だ。シリウス少佐とカノープス少佐で一気に制圧する。要は少数精鋭による制圧作戦と同じだ。スターダストではなく、呼び出した惑星級のメンバーを同行させよう。即座にミカエラ・ホンゴウを発見し、始末しろ。死体は持ち帰らなくともよい。最悪、魔法で焼き尽くして構わん』
冷たい判断ではある。しかし、軍の行動は命懸けだ。遊びではない。まだ高校生とは言え、リーナもそれを知っている。
了解するしかなかった。
何も言わないリーナとカノープスを見て、バランスは頷きつつ言葉を続ける。
『では、詳しい話を詰めていこう』
リーナの胸に、嫌な黒い渦が巻いたのだった。
◆◆◆
四葉家(というより黒羽家)が秘密裏に拠点としている家の地下室にて。
無事(?)にミアを捕獲した紫音は、『シンクロダイヴ』で記憶を探っていた。パラサイトに寄生されて自我を歪められても、記憶は残っている。そこに
尤も、
どう利用するか、どのように消すか……誘導の仕方も考えなければならない。
(ま、こいつも
これも紫音への対策だろうと思っている。
大亜連合、新ソ連、USNAなどの諜報員を捕獲して、次々と情報を抜き取っているのは――裏での話だが――有名な話だ。薬物や拷問への対策をしている諜報員からも、全ての情報をごっそり抜き取ってしまう。つまり、情報を抜き取る精神干渉魔法を持っていると予測できなくもない。
一部では、四葉にはそのような技術があると推測されていた。
「駄目、だな」
「そうですか。本当に何も?」
「一昨日の奴もそうだったけど、
「その話は前にも聞きましたね」
『調律』で眠らせたミアから手を離した。すると、側にいた配下も残念そうな表情を浮かべる。しかし、すぐに表情を戻して口を開いた。
「なら、吸血鬼から情報を手に入れるのは諦めますか?」
「諦めはしないけど、期待しないことにする。
「そうですかね? 俺たちはそっちがメインだと思っていましたけど」
「俺が周公瑾から手に入れた記憶によると、やつはあの忌まわしい事件より先に崑崙方院を追い出されている。全くとはいかないかもしれないけど、
不老不死の研究に失敗したことで、
反魔法師団体ブランシュを作り、
「母上殿は
「複雑っすね。まぁ、俺たちは当主様、そして黒羽家に従うだけです。勿論、今は当主様の息子ですけど、紫音様にも従いますぜ」
「母上の手足になる俺たちは大変だな」
「それを言っちゃおしまいですよ紫音様……」
そこまで話したところで、扉を開き、配下の一人が走り込んできた。入り方は慌てているようだが、意外にも冷静な口調で報告する。
「紫音様。USNAが囲んでいます」
「ようやくか。まぁ、予想通りになったな」
「そうみたいですね。おい、ちゃんと迎撃の用意はしてあるな?」
「当然ですよ。紫音様に命じられた通り、誘い込む構図で準備しておきました。この地下室に上手く誘導して見せますよ」
「よし、やれ」
命じられた配下の男は、頷いて出て行く。
同時に、デバイスを操作してメール送信を実行した。
dakgai454kagjae33
意味は、『スターズが動き出した。周囲に隠蔽を』である。