一月一七日、二二〇〇。
それが作戦の決行時間だった。
「行きますよベン」
「ええ。準備は完璧です」
カノープス少佐の言葉に頷きつつ、リーナは十字型の杖を構えた。そして照準を合わせるかのようにして視線の先にある建物を眺める。
東京都内にある小さな家屋……というよりビルに近い建物。そこがこれから作戦を実行する場所だ。スターズが保有するサイオンレーダーによってミアのサイオンパターンが検出され、場所が判明したのである。
同時に、ミアが吸血鬼であることも分かっていた。
『総隊長、こちらシルヴィア・マーキュリー・ファースト准尉です。対象ミカエラ・ホンゴウを
「こちらシリウス少佐。窓から見える場所で隔離されているわけではなさそうです。やはり地下と思われます。よって狙撃による任務達成は不可能です」
『分かりました。では第二プランに移行してください』
「了解」
ブリオネイク。またの名をブリューナク。
貫くもの、という意味を持った神話武器の名だ。ケルト神話に登場する光の神ルーの武器である。戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』をコントロールしやすくするためのデバイスであり、見た目は十字の杖だった。
十字の横木は杖を支えるグリップ、そして先端は太く空洞となっており、内部には金属粉を押し固めたものが入れられている。空洞は結界の容器として機能し、この内部で金属粉をプラズマへと分解して発射する装置だ。
高温プラズマが刃となって放たれる。
限界はあるが、射程も基本的には自在。戦略兵器としては不十分な威力だが、局所的魔法戦闘においては凄まじい威力を発揮する。
このブリオネイクを使って建物の外部からミアを狙撃し、消滅させるのが第一プランだった。しかし、これは失敗――というより断念――が前提の作戦である。本命は少数精鋭で乗り込んでミアを殺害することだった。
「ではまずは私とカノープス少佐でそれぞれ先行します。貴方たちは後に続きなさい」
リーナはブリオネイクを近くにいた部隊員に渡しつつ指示を出した。屋内戦闘でブリオネイクは取り回しが悪すぎる。よってナイフや拳銃デバイスを使うのが最適だ。
ブリオネイクを受け取った部下は緊張気味だったが、それを丁寧に抱えつつ下がっていく。
「作戦通り、私は表」
「そして私は裏からですね総隊長」
「ええ、頼みます」
これは予め部隊員にも伝えていることなので、確認でしかない。しかし、この小さな確認こそが重要だったりする。ここはスターズにとって戦場であり、いつ死んでもおかしくない場所だ。ちょっとした油断や勘違いで命を落とす事を防ぐため、このような確認が義務付けられている。
リーナとカノープスは互いに頷き、自己加速術式を展開した。そして一気に飛び出し、それぞれが目的の場所へと走っていく。
表から潜入するリーナは、ビルの正面扉へと向かい、部隊員数名もそれに続く。
そして裏口へと向かったカノープスは、音もなく建物の陰へと消えていった。
(見張りは無し……どういうこと?)
パッと見た様子では正面側に見張りがいなかった。これは既に分かっている、赤外線観察でも見張りの存在は確かめられなかったので、魔法で隠れている可能性も指摘されていた。
だが、正面扉に到着し、扉を開けて中に入っても反応一つない。
これにはリーナも違和感を覚えた。
(まさか罠?)
その可能性を察したリーナは、すぐに軍用のインカムでカノープスへと呼びかけた。勿論、壁に張り付いて周囲を警戒しつつ、小声で。
「ベン、そちらに異常はありませんか? 正面には見張り一人いません。これは少しおかしいです」
『……』
「ベン?」
全く返事がなく、リーナは焦る。
このインカムは部隊全員で周波数を合わせているので、通信はリーナの後ろにいる者たちを含めて全員に聞こえているハズだ。しかし、リーナに従って付いてきた部隊員のインカムからはリーナの声がしなかった。
リーナがインカムに話しかけているのは分かるが、インカムからは声がしない。
そして機械が壊れていないのは任務前に確認したばかり。
電波妨害という言葉が部下の頭に過った。
「総隊長。恐らくは電波妨害です。通信できません」
「私たちが使っているレベルの通信機に妨害……? そんなまさか」
電波妨害はつい最近苦しめられたばかりだった。
四葉の部隊と交戦したとき、通信電波を妨害されたばかりか、乗っ取られてしまったのである。ミアを誘拐した組織は判明していなかったが、もしかすると四葉家かもしれないと察した。
「急ぐわ。こうなった以上、裏口から侵入したベンの部隊と合流を優先する」
追随する三人の部下は、無言で頷く。
少なくとも撤退はあり得ない。元は二方向から同時に侵入して相手を混乱させる作戦だったのだが、こうして連絡が取れないのならば別れる必要はない。素早く合流し、一気に決めるのが最善だろう。
だが、それよりも先にリーナたち四人を囲む影に気付いた。
(しまった! もう見つかっているなんて!?)
電波妨害されている時点で、待ち伏せの可能性を考慮した。だからカノープスと合流して素早く作戦を終わらせるつもりだったのだ。
しかし、その現場判断ですら遅すぎた。
なぜなら、ここは既に紫音の領域なのだから。
リーナはすぐに戦闘に意識を切り替え、戦闘服に組み込まれているCADデバイスへとサイオンを流し込む。そして自己加速術式を選択した。同時にコンバットナイフで『分子ディバイダー』を発動しようとする。
だが、その二つは発動失敗に終わった。
「んな!? どうして!」
思わず声を挙げてしまうリーナ。これは彼女が未熟だからではない。現に、引き連れている三人の部下たちも魔法発動が失敗してしまったのだから。
そうしている間に、黒装束を纏った六人の人物に囲まれてしまった。
更に言うと、その内の一人は顔を隠した紫音だったりする。
(『リベリオン』は戦略級魔法師ほどの魔法干渉力でも抗えない。それを実際に確かめることが出来たのは有意義だったな)
系統外精神干渉戦略級魔法『リベリオン』。
『調律』によって精神干渉を行い、他人の魔法演算領域を意味する精神波長パターンを、紫音と同じものに調整する。そしてリンクを形成し、魔法演算力を奪い取るという魔法だ。
この魔法の利点は、効果が無差別ではなく、紫音の選択一つで切り替え可能だということにある。
敵の魔法師から魔法演算力を全て奪い取り、味方の魔法師には意識リンク以外何もしない。そうすることで、敵の魔法師を非魔法師へと一時的に変えてしまうのだ。
そして、魔法を使えない一般人の魔法演算領域を紫音のものと同じにすれば、非魔法師を魔法師のように扱うことが出来る。当然、元は一般人なので魔法演算領域が形成されても本人は使えず、リンクによって紫音の魔法演算力を底上げするために利用する。
こうして何百、何千人分の魔法演算力を束ね、
魔法師と非魔法師の境界を操る裏切りの魔法、それが『リベリオン』。
スターズ総隊長シリウスも魔法師である以上、この魔法の効果から逃れることは出来なかった。
「ぐあっ!」
「ぎゃ……」
紫音が自己加速術式を使い、リーナの部下を纏めて二人吹き飛ばす。魔法が使えない以上、スターズの惑星級魔法師もただの人だ。一撃で無力化され、吹き飛ばされた先で黒羽の配下が確保した。
その間も紫音は止まらない。
フラッシュキャストによって記憶領域から魔法式を呼び出し、移動魔法で残るもう一人の惑星級魔法師を水平に飛ばした。その慣性力と壁に叩きつけられた時の衝撃で意識が奪われる。
残るはリーナ一人だった。
「投降はしないのか?」
「出来ない相談ね」
相手は同い年の少女ということもあり、紫音は投降を呼びかける。だが、リーナはスターズ総隊長としてそれを拒否した。
腰のホルスターから拳銃を抜き、早打ちで紫音に鉛玉を発射する。残念ながら、魔法が使えない今では魔法師の情報防壁を破ることが出来ない。銃弾は紫音から数十センチ離れたところで、見えない壁にでもぶつかったかのように弾かれた。
「それが答えか」
そう呟いた紫音は、フラッシュキャストで自己加速術式を発動。慣性制御、回転制御、停止、ベクトル操作、と連続して魔法を使い、リーナの背後に回り込んでそのまま押し倒す。リーナの右腕を背中に回して抑え込み、左腕は動かせないように足で踏みつけた。
同時に、紫音はリーナの右手から拳銃を奪い取る。
「きゃっ!?」
一瞬のことで何が起こったか理解できないリーナは、少し遅れて可愛らしい悲鳴を上げる。魔法の使えないリーナはひ弱な少女に過ぎず、紫音に抑え込まれると動くことが出来ない。
素の格闘術もある程度は会得しているが、こんな状態から逆転できるほどの達人ではないのだ。
「こちらは制圧完了した。それぞれ報告しろ」
『裏口担当です。無事に制圧しました』
『外を担当しているチームっす。こちらはあと数人で終わりっすよ』
「分かった。捕まえた奴はここの地下に運べ。すぐに俺が『調律』を使ってスターズの作戦指令室の場所を調べる。強襲作戦の用意を進めろ。電波妨害はしばらく続ける。特定周波数しか使えないから気を付けろ」
紫音は予め、部下に『リベリオン』をかけておいた。勿論、魔法演算領域に干渉するレベルではなく、通常の精神リンク状態に留めてである。
そして黒羽の部下がスターズに接触すると同時に、『リベリオン』を感染させるのだ。
これによって、正面、裏口、外のスターズ魔法師は無力化されてしまったのである。
外に関しては四葉家から隠蔽用の部隊を借り受けている。多少は派手に戦っても、精神系の結界によって誰にも気づかれることなく処理可能だ。
こうして、スターズはあっという間に捕獲完了されてしまったのであった。
しかも、捕らわれたのはスターズ総隊長シリウス、そしてカノープス。強制的に情報を引き出せる紫音にとってこれほどの獲物はそうそうない。
「このまま一気にUSNA軍を落とす。上手くいけば、母上殿の依頼はこれで一つ完了だ」
真夜からの依頼に、『マテリアル・バースト』の使い手が達也であるという疑惑を取り除けというものがあった。USNAは達也を『マテリアル・バースト』の使い手候補であると断じており、その調査としてスターズを向けてきた。
より正確には、『
リーナに関してはパラサイトに憑依された裏切り者のスターズ隊員処刑がメインとは言え、達也を調べようとしている諜報員はそれなりにいる。今回の件は、それを一掃するチャンスだった。
◆◆◆
USNA軍が秘密裏に手に入れたビルに、作戦指令室は置かれていた。この建物は東京二十三区内にあるビルなのだが、周囲には住宅も殆どなく閑散とした区域となっている。実を言うと、黒羽家が用意しているパラサイト保管兼研究用ビルから数キロほど離れた場所にあった。
「シリウス少佐! カノープス少佐! 応答しろ!」
そこの作戦指揮官であるヴァージニア・バランスは非常に焦っていた。作戦開始と同時に目的のビルへと侵入したまでは良かった。しかし、そこから数秒後には通信が途絶えてしまったのだ。
更にはビルの外に展開していた惑星級やスターダストの魔法師からの通信も全て断絶。
現場の状況は何一つ分からない。
「バランス大佐! 既に通信が途絶えて十五分以上経過しています。恐らくは敵勢力に無力化されたものと思われます」
「く……追加で送った部隊はどうなった?」
「そちらも通信が途絶えています」
「やはりスターダスト程度ではダメだったか」
リーナやカノープスとの通信が途絶えて三分後、バランスはスターダストの追加部隊を送った。彼らに現場の様子を監視させようと考えたのである。
実を言うと、追加で送ったスターダストは、隠蔽を担当している四葉の部隊に始末されていた。
「衛星画像は手に入ったか?」
「もう少しお待ちください……認可が下りました! すぐに表示します!」
奥の手としてUSNA本国に衛星画像の使用を申請した。
認可が下りるまで時間が掛かってしまったが、文句は言えない。すぐに指令室のモニターへと画像(正確には映像)が映される。そこには、特に変化のないビルの様子が映されていた。
「……変化はなしか。いや、そもそも変化がないことがおかしい。やはりシリウス少佐とカノープス少佐は既に―――」
最悪の場合を考えてしまい、バランスは唇を噛む。
血の味が口の中に満ちていくが、気にしている心的余裕はない。
「あの二人をこれほどの短時間で無力化するなど……どんな組織だ」
衛星による監視を見る限り、既に目的のビルでは戦闘が行われていない。連絡がないことを加味すれば、シリウスとカノープス、そして十名を超える惑星級魔法師は無力化されたのだろう。
彼らはスターズが誇る強力な魔法師であり、それを短時間で無力化するなど有り得ないことだ。
バランスも、相手が魔法師を非魔法師に変える魔法を使うなど想像できるはずがなかった。
「どういたしましょう大佐!」
「……止むを得まい。作戦は失敗と断定する。まずは本国に連絡だ。大きな失態だが、報告をしないわけにはいかない」
「すぐに本国と連絡を取ります」
今回のことは、バランスのキャリアを大きく傷つける要素となるだろう。吸血鬼一体を仕留めるためにスターズの隊長クラスを二人も動員し、惑星級魔法師も多数同行させて全滅という結果なのだ。降格すら覚悟しなければならない。
(ふふ。本国に戻れば査問会だな)
内心で自嘲するバランスは、腰かけていた椅子に深くもたれかかる。その表情に疲れが見えるのは間違いではないだろう。この指令室でオペレーター席についていたシルヴィア・マーキュリー・ファーストも、リーナを心配しつつ、バランスにも気の毒そうな視線を送っていた。
落胆の空気が漂う中、本国との通信を開こうとしていたオペレーターが突然叫ぶ。
「ば、馬鹿な! 周囲一帯の通信が全て妨害されている……これは魔法!?」
「なんだと!」
バランスは勢いよく立ち上がって叫んだが、もう遅い。
激しい物音を立てて作戦指令室の扉が破壊され、黒い影が大量に飛び込んできた。
それを見たバランスは、作戦の失敗どころか、自分たちの命の危機すら感じたのだった。
昨日、エスケープ編の上下巻を買って読みました。
人によってはネタバレと感じてしまうかもしれないことを書くので、避けたい方は読み飛ばしてください。
……このSSではパラサイト・フォーマルハウトをラスボスにしようとしていたので、少し危機を覚えました。
原作ラスボス(おそらく)の劣化版じゃんと思ってしまったので考え直します。ちょっとずつ進めていたフラグ構築が無駄になって悲しいです。