意識が浮上し、薄っすらと目を開ける、
(ここは……)
目を覚ましたヴァージニア・バランスは周囲を見渡す。同時に自分の状況を理解することに努めた。
(体は……椅子に縛られているか。流石に抜け出せないな)
一応は軍人であるバランスは、それなりの訓練を受けている。しかし、USNA軍統合参謀本部に就任してからはそれも無くなったと言って良い。
こうして捕まったことで、身体の鈍りを感じていた。
(部屋は小さな立方体。全面がコンクリートで窓は無し。地下ということか?)
強いて言えば鉄扉が目の前にある。しかし、かなり重そうな扉であり、鍵も掛かっているだろう。そもそも、縛られている身では扉に近づくことすら出来ない。
首を傾け、回しながら天井へと目を向ける。
一台だけ監視カメラが設置されていた。
(さて、次は……どういう経緯でここにいるのか思い出すとしようか)
バランスは目を閉じて作戦指令室でのことを思い出す。
まず、指令室の扉が魔法と思われる力で破壊された。その後、侵入してきた幾つかの影が一瞬にして指令室のオペレーターたちを無力化していく。指令室にいた魔法師が魔法を使おうとしたが、『魔法が発動しない!』と叫んでいた。
助けも呼べず、魔法も使えない状態。
それに対して敵は奇襲を成功させた魔法師。
勝負は一瞬で決着した。
バランスも黒ずくめの人物によって捕獲されてしまい、布を口と鼻に押し当てられ、そこで意識を失ったのだ。これはあの場にいた全員が同じだろう。
「はぁ……無様なものだな……」
どこかにマイクが仕掛けられていることを警戒して、これまで言葉を発することなく考察していた。だが、こればかりには口に出して溜息を吐くしかない。それほどやるせない気持ちだった。
そんな時、正面の鉄扉からガチャリと金属音が響く。
鍵が開けられたのだとバランスは悟った。
開かれた扉からは、黒髪の少年が入ってくる。同行しているのは、少し強面の男だった。
「ハロー。いい夜だねヴァージニア・バランスUSNA軍統合参謀本部大佐殿。監査官がこんなところまでようこそと言ったらいいかな?」
「……」
何がいい夜だとか、意外と流暢な英語を話すとか、色々と言いたいことはある。
だが、ここで何よりも言及するべきなのは少年の素性だった。
バランスはこういった任務をしている性質上、彼のことはよく知っていた。
「戦略級魔法師、シオン・ヨツバ」
「あー……まぁ、知ってて当然か」
紫音は頭を掻いて微妙な表情を浮かべているが、バランスからすれば、どうして自分の身分が詳細にバレているのか気になってしまう。バランスはUSNAの軍人であり、仕事の性質を考えると身分がバレているのはおかしい。
改めて四葉の情報収集能力を恐れた。
いや、正確には紫音の能力を恐れた。
そして同時に理解した。
「なるほど。私たちは四葉に手を出そうとしていたのだな」
「いいや。手を出そうとしたんじゃない。既に手を出したんだ。手遅れという奴だよ。ミズ・バランス」
「……」
知らなかったでは済まない。
それに、元からバランスは対四葉すら想定して日本へと来ていた。正直に話せば、あれほど軍部に四葉の恐ろしさを力説しておきながら、バランス自身も四葉の本当の恐ろしさを理解していなかった。
それだけのことである。
「貴方がたからは有意義な情報を頂きました」
「なんだと?」
「―――ブリオネイク」
「っ!?」
「FAE理論を利用した模造神器。結界内部で魔法反応を引き起こし、それによって物理的制約が緩くなるFAE現象を通常より長く維持する。戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』を局所的魔法戦闘に使うためのデバイス……というより杖と言った方がいいかな?」
ブリオネイクは絶対的な機密であり、その秘密を知られているなど有り得ないことだった。
紫音はブリオネイクの名称だけでなく、その仕組みや用途まで大まかに知っている。これはバランスを焦らせるのに十分だ。
「こちらの……四葉の力は認識して頂けたかな?」
紫音の言葉はバランスの心に刺さった。
これこそが四葉、これこそが
「理解した……いや、させられたよ。それで、君は私に何をするつもりかねシオン・ヨツバ」
「ああ、誤解しないでいただきたいのですけど、既に貴方にして貰うことは終わりました。すぐに解放したいと思います」
「なんだと……」
バランスは意味が分からなかった。
自分がこうして捕縛されている以上、尋問でもされるのかと思った。もしくはUSNA軍と交渉する材料にされるのではないかと思った。
意味が分からないという表情をしているバランスに対し、紫音は意外にも理由を示した。
「おい」
「了解です紫音様」
先程から紫音の隣に立っていた強面の男が、デバイスを手にして何かの操作をする。そして一つの画面を開き、椅子に縛り付けられているバランスに見せようとした。
だが、その前に紫音が口を開く。
「あ、それは俺が見せるわ。お前はミズ・バランスの拘束を解いてやれ」
「分かりました。お任せします」
男は紫音にデバイスを渡し、バランスの背後に回って縄を解く。その間に、紫音はバランスへと画面を見せつつ説明した。
「これ、見覚えないかな?」
そこに記されていたのは全て英語の文章だ。
バランスが内容を読んでいくと、その内容に顔を青ざめさせた。戦略級魔法『マテリアル・バースト』を探る諜報員のリスト、潜伏先、得られた情報、その他にも戦略級魔法『
もはやスターズを始めとして、USNAの軍事機密がかなりの部分で記されていた。
バランスが顔色を悪くするのも当然である。
「ば、馬鹿な……」
「ああ、それとこんなものもあるけど」
うろたえるバランスは、拘束が解かれても動く様子がない。それほどの衝撃なのだ。紫音はデバイスを操作して別画面を開き、それもバランスに見せた。
それは今回の作戦に参加したスターズの魔法師やオペレーターが縛られて閉じ込められている映像である。男女は別にして二つの部屋に閉じ込められていた。
よく見ればリーナやカノープスの姿もある。
スターズの隊長である二人を捕縛できるほど余裕があったということだ。バランスは戦死者がいないか一人一人の顔を確かめていく。すると、ただの一人も欠けていないことが分かった。
いや、分かってしまった。
「こんなことが……可能なのか……スターズだぞ……世界最高峰の魔法師部隊だぞ……」
この呟きだけはバランスの本音だった。
彼女は自分がUSNA軍大佐であることを誇りに思っており、スターズはUSNAの誇りだと思っていた。それが無様に敗北し、圧倒的な差を見せつけられた。
心が折れそうになっても仕方ない。
(ああ……これが本当の四葉。魔法を突きつめ、狂気とも言える領域に至った一族)
四葉には強大な魔法師が意外と少ない。真夜、紫音、達也、深雪は圧倒的な魔法力を持っているのだが、この四人は寧ろ例外である。
繊細な精神干渉、戦闘における魔法活用など、そういった面において四葉は群を抜いている。第四研究所は魔法兵器を効率的に生産するための研究所だ。四葉の真の恐ろしさは、一人の魔法師を究極に高めてしまうところにあると言えるだろう。
使い道の少なそうな魔法であっても、それを絶対的な力へと高め、有用に利用する。
一人一人の魔法師が、たった一つの究極を持っている。
故に強いのだ。
「君たちが四葉の手に落ちていることは、既にUSNAも認知していることです。流石にシリウスやカノープスを切り捨てるようなことはしなかったようですね。勿論、貴女のことも」
「既に交渉など終わっていたか」
「はい。後で知ることになると思いますから、貴女を含めた全員の処遇と、これからの動きについて軽く説明して差し上げます」
もはやバランスは項垂れるしかなかった。
◆◆◆
数時間前、紫音からの報告を受けた真夜は早速とばかりに行動へと移していた。血のつながりが薄いとは言え、息子が為した大きな成果である。当主であり、母である自分が活用しないなど有り得ない。台無しにするなど論外である。
慎重に計画を定め、紫音が手に入れたUSNAの秘匿用電波回線とパスコードを利用して、連絡を送った。
『軍上層部を揃えた上で、指定時間にこの回線へと繋ぐように』
その文章と共にネットワーク上にある一つの回線を提示された。暗号化されたパスコードも添付されており、回線を開くにはパスコードを解読するしかない。
普通ならば悪戯だと思われるような内容だったが、そもそもUSNA軍の持つ秘匿用回線を通じて送ってきた連絡なのだ。彼らは悪戯だと考えなかった。
なんとか指定時間以内に暗号を解読し、回線を接続したのである。
軍の中でもそれなりの地位を持つ者たちは、多少渋りながらも集まり、モニターを前に着席する。
「間もなく時間ですな」
「我々も忙しいのだが……」
「まぁまぁ、悪戯ということはないだろうよ。もしかすると、有能なハッカーが自分をプレゼンしてくれるのかもしれないな?」
「そのために我らが呼び出されたのか?」
「ふん。USNAの秘匿回線を解析できるハッカーならば、軍部に迎えても良かろう。今日はそういう余興だと思えば良いのだ」
ちょっとした冗談が飛び交いつつ、指定の時間まで待つ。
そして遂に時間となり、モニターが明るくなった。だが、彼らはそこに移った人物を見て腰を抜かしそうになる。
「なっ! お前はマヤ・ヨツバ!」
上層部の一人が叫びながら立ち上がり、この場は騒然となった。四十代であることを思わせない美貌に加え、その魔法力も世界最高クラス。防御不可能な『夜』の魔法によって世界最強とも言われているのだ。
知らないはずがない。
『USNA軍部上層部の皆さん、ごきげんよう』
軽い口調で挨拶が行われ、部屋は一気に静まり返った。
そんな部屋の様子を眺めつつ、真夜はゆっくりと話し始める。
『本日、日本時間の二十二時頃でしたか……東京の
ゴクリと生唾を飲み込むような音が鳴る。
それが自分のものだと気付いた者は、いつになく緊張しているのを感じた。
『どうしてそのようなことが起こったのかは分かりません。ですが、息子が襲われた以上、私は抗議をすることにしました』
「な、なにが抗議だ。我らがそんなことをした事実がどこにある?」
『あら……では証拠を見せれば良いのですね』
まるで予定調和であるかのように会話が進む。
真夜が小さく手を振ると、モニターの端に幾つかの画像が表示された。そこには捕らわれたスターズの魔法師とオペレーター、そして一人だけ別室に監禁されているバランス大佐の姿。
彼らは思わず動揺してしまい、口にしてはならないことを口にする。
「バランス大佐! それにシリウス少佐もだと!?」
『ふふ、やはり知っている方なのですね?』
「あ……いや、そうではなくてだな……」
『では、何だというのですか?』
完全な不意打ちだった。
リーナを小娘だと侮る者は確かにいるが、あれは確かな魔法力によってシリウスを継いだ魔法師だ。経験豊富で実力者なカノープスは言うに及ばず、その他の惑星級魔法師も同様である。
何より、あのバランスが捕まっているという事実に誰もが驚愕した。
そんなことがあるのだろうかと目を疑った。
『私たち四葉家は非常に憤っています。調べてみれば、国防軍でもスターズが日本で活動することは認められていないそうではありませんか? これは不法な活動であり、諜報行為であると断定してよいでしょう。シリウスの戦略級魔法を失った貴方がたは、
USNAは他にも戦略級魔法『リヴァイアサン』を保有しているが、それは拠点防衛・攻略に有用な魔法であり、更に大量の水が存在する場所でなければならないという条件もある。その点、ある程度の重金属があれば効果を発揮する『ヘヴィ・メタル・バースト』は非常に使い勝手の良い魔法だった。
本当の意味で、リーナはUSNAに無くてはならない魔法師なのである。
それこそ、催眠などで傀儡にしてしまいたいほどに。
「四葉と戦争など……そんなつもりはない!」
「何かの間違いだったのだろう。一度こちらで相談させてはくれないか四葉殿」
『間違い……ねぇ。そんな言い訳が通用すると思っているのかしら?』
いつになく強気の真夜に対して、USNA上層部は言い返せない。
今回は本当にまずい状況なのだ。何より、スターズが呆気なく敗北して、捕縛されているという事実が彼らを動揺させた。殺害はともかく、捕縛は非常にリスクの高い要求だ。相当実力に差がある場合、または非常に戦術が上手く嵌った場合でなければ不可能である。
そして、余りにも突拍子もない画像であったからか、現実を受け止めきれない者もいた。
「こんなもの加工だ! 画像を加工したに決まっている!」
「止めろ! 今、スターズに所属するリストと比較した。顔がすべて一致している。秘密部隊のスターズは顔の割れていないものも多い。それを的確に加工するなど不可能だよ」
「馬鹿な! 全員が捕縛されているということの方がよっぽど非現実的だ! それならば情報が漏れ出していたという方が納得できる」
「そうだ。連絡を取れ! それで確かめろ」
「ダメだ。幾ら呼びかけても繋がらん。あのバランス大佐がだ!」
騒ぎ立てる上層部たちの様子を眺めつつ、真夜は結論を待つ。画像に映っていたスターズ隊員たちと連絡を取るべく通信を繋ぐが、そのどれもが使えなかった。
これにより、彼らは事実を認識し始める。
『理解して頂けましたか? では、私たち四葉の要求を伝えます。それに了承してくださるなら、捕らえたスターズ隊員は解放しましょう』
「……要求を聞こうではないか」
上層部の一人がそう答える。
真夜は口を開いた。
『
この後、USNAは真夜の要求を全て飲むことになる。
真夜様(どやぁ)
USNA(絶望)